前回投稿したものを読んでいただいた方、本当にすみませんでした。
とあるダメ人間たちの朝
元英雄にして現状もっともセンセーショナルな時の人、同時に人類最強であり【英雄】【星墜とし】【雷神】等々多くの異名を持つ男、里見蓮太郎の朝は果てしなく遅い。
時刻にして午前10時半。常人ならばもうすでに働いている時間帯において、俺が何をしているか。
まず訓練ではない。
しかし瞑想ではない。
だが食事でもない。
かと言って何か特別なことをしているわけでもない。
俺はただただ、純粋に、誰にでも出来るが誰もがしたいことを思う存分にしていただけなのだ。
……そう、思う存分二度寝をして、1日の半分近くを寝て過ごすという夢のような行為を、俺はしていたのだ。
1日ぶりですらないのにまるで何十日かぶりに安眠を貪っているかのような安心感と、それに伴う脱力感、そして心地いい人肌の温かさの三重奏は俺から起き上がる気力を奪い去り、8時に目が覚めたにも関わらず二度寝によって10時までいまだベッドから起き上がらないという現状を作り出していた。
いや、この現状を作り出している要因はそれだけではないだろう。
安心感も脱力感も、毎日毎日普段から味わっている感覚だ。
抜け出したいとは思わないが、しかしその気になれば中断することくらいできるだろう。
だが、今味わっている脱力感はいつもとは桁違いで、もはや自分の意思で抜け出すことなど不可能であると考えずとも理解できるほどの勢いで俺の気力を奪い去っていっている。
それは何故か?
……理由は簡単だ。
これまでこのベッドには俺とティナの二人だけで寝ていた。
そしてその場合俺の方が受け攻めで言うと攻めの側にあるわけだから、簡単に終わりに出来た。
しかし今回は、或守という三人目が居て、俺は受けの側にある。
そしてそこに先日の戦闘の疲れが残っているという事実が合わさり、行動する気力を削りきってしまっている。
ゆえに起きられない。そういうことなのだ。
……だから今から三度寝をしようとしている俺はまったくもって悪くない。悪いのは普段とは違う現状と、この前のゾディアックだ。
俺はそう自分に言い訳しつつ、僅かに開いていた瞼を三度閉じてまた眠ろうとした。
が、しかし。
そこでつい僅かに身じろぎしてしまったせいか、はたまた自然にかは知らないが、この状況を作り出していた最大の要因が目を覚ましてしまう。
まだ少し眠いが、もう起きるしかないな………と思ったが、意外にもその要因、つまり或守はまだ寝ていたいという俺の心を読んだのか、それともただ眠かったからかは知らないがすぐに二度寝を始めた。
ならどうするかは考えるまでもないな。
………三度寝しよう。大体午後1時くらいに目が覚めれば問題はない。
経験上この前のゾディアックみたいなうかうか寝てられないレベルのとんでもない大事件はそうそう連続して起こったりはしないから、寝ていたって許されるよな?
俺はそう判断し、少し体勢を変えると瞼を閉じて本日三度目の睡眠に入るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……しまった。
三度寝を終えて目を覚ましたとき、時刻はなんと午後2時だった。
これは流石に少々問題がある。
主にティナと或守が空腹に耐えきれなくなる可能性があるという問題が。
一瞬でそこまで思考した俺は、弾かれるようにベッドから降りて服を部屋着に替えると即座にキッチンへと向かった。
起きたときすでにティナも或守も居なかったことだし、きっと先に起きて俺が起きてくるのを待っている……のだろう。きっと。
もしかしたら先に飯を食っている可能性もあるが、まぁそれは自業自得だな。仕方ない。
だがもし二人が俺が起きてくるまで待っていたりしたら……まずい、少し二人に顔向け出来ないかもしれない。
そう思いつつキッチンと廊下を分けるスライド式の扉を開く。
するとそこには、予想外も予想外な光景が広がっていた。
「あ、おはようございます、おにーさん」
それは料理はピザしか作れない(少なくとも大抵の料理は気付くとピザになっている)ティナが何故か珍しく普通のベーコンエッグを作っている光景でもあり……
「蓮太郎さん。お疲れなのは分かりますけど、寝過ぎても体に良くないですよ?」
或守が、どこかの母親みたいなことを良いながらサラダを盛り付けている光景でもあった。
どうやら或守は料理が出来るようだな。まぁあんな場所で育ったのならある程度の生活能力は身に付くんだろうが。
しかしあのティナが割と簡単なものとはいえ普通の料理を作るなんてな……前は何故そうなると疑問に思うような材料からピザが出来上がっていたのに。
俺はそんなことを考えつつ、とりあえず二人だけに任せるのも悪いかと思って何かやることはないかと尋ねてみる。
「なぁ、俺はなにかやった方がいいか?」
「大丈夫です……おにーさんはもっと私達に甘えて良いんですよ?朝食くらいなら任せてもらっても大丈夫ですから」
……が、あっさり大丈夫だと言われて断念した。
失敗したりして怪我しないかと少しばかり心配ではあるが……まぁ、きっと大丈夫だ。万が一怪我してもイニシエーターの回復力と俺の能力があれば大事に至ることはないだろうさ。
俺は朝食の調理を二人に任せてリビングに移動し、自分の席に座って料理が出来るのを待つことにした。
そして、待つこと数分。
俺が寝ている間から作っていたこともあり、あまり待つこともなく朝食は完成したようだ。
そしてそれをなんとなく察しつつ、無理に手伝おうとするのもなんかなぁと思って特に何をするでもなくただ待っていたところで二人がそれを運んできたのだが……そこで少々問題が発生した。
「これなんだ?」
「ピザ生地にトマトソースとチーズをかけて焼いたものです」
そう、ピザだ。
ティナが作る食事の代名詞にして、アメリカ人のソウルフード(多分)、ピザ。
それが今、目の前で焼いたフランスパンとサラダに挟まれて置かれている。
……まさか気付いたらピザが出来上がっていたとでも言うのか?さっきはピザを作っている素振りもなかったのに。
「気付いたら出来上がってました……まだまだ精進が足りなかったです」
「ピザって気付いたら出来るもんなのか?」
俺はパンとピザの組み合わせってありなのか?という疑問を抱えつつ、それは表に出さないようにしてあたりさわりのないことを聞いてみた。
正直なんでいつもピザが出来上がるのかまったく分からないし、触れないようにしていたが今回はパンでパンを食うという訳の分からないことになりそうなので流石にどうしてこうなるのか知りたくなったのだ。
「すみません……私にも分からないんですけど、私の場合何を作ってもピザになるか気付いたらピザとセットになるみたいです」
だが、案の定どうしてこうなるのかはティナ自身にすら分からないらしい。
まぁ仕方ない、分からないものは分からないんだ。
或守はこの結果に少し気を落としているような素振りを見せているが、もうティナがどうやってもピザを作ってしまうのは仕方ない……筈だから、受け入れるしかないのさ。
俺はそんなことを考えながら、パンでパンを食うというある意味斬新な組み合わせの朝食をどう食うかを思案する。
まずはティナが焼いたピザから食おう。先にこっちを食っておかず代わりにしてしまえばこの組み合わせも案外相性は悪くないのかもしれない。
そうあることを願いながら、まるでそれがいつも通りのものでないかのように慎重に、ピザを齧る。
だが、当然の帰結というか、当たり前のことというか………無意識に作ってしまったものであってもピザはピザだった。
………そりゃそうだよな。ティナのピザが天下一品なのはいつものことだし。
俺は普段通りのティナのピザに安堵しつつ、何気なく空腹感を訴える体を黙らせるべく、残りのピザへ手を伸ばした。