ミッコというクラスメートは、とにかく無口で顔色を変えない。かといって嫌われているということはなく、むしろ「クールな人だよね」と見られることが多い。
 身体能力が高くて、時には人の手伝いだってこなす。更にはイヤミさが感じられないものだから、周囲からは良い意味で一目置かれているのだった。

が、

「ほ、ほんと? MTBに興味を抱いてくれたの? ほんとっ?」

 水木が、頼りなさげに「う、うん」と頷く。
 しかしミッコは、そんなもの気にもせず、

「うわあ、嬉しいなあ……いいよいいよ、あたしでよければ喜んでレクチャーするよッ!」

――これは、MTBから始まる恋物語。

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密恋

 高校戦車道全国大会が終了して、はや数日が経過した。

 惜しくも二回戦目で敗退してしまったが、誰もが「いい試合だったよね」と話題にしている。戦車道履修者が「来年は勝つよ」と意気込み、それを聞いた男子は「おお、期待してるぜ」と明るく笑う。

 自分の席でくつろいでいる白井も、表情だけで「頑張れ」と応援する。黒森峰女学園は確かに強敵かもしれないが、そこは継続直伝のドライビングテクニックで何とかなる――はずだ。

 

 継続高校学園艦は、とにかくモータースポーツが盛んである。何故そうなのかと聞かれれば、大抵は「風に乗るのって楽しいじゃん」と返答することが多い。かくいう白井もその一人だ。

 年がら年中レースをやっているような「お国柄」なので、事のほか車両との距離は近い。それは車だったり、バイクだったり、モーターボートだったり、戦車だったり。

 そうした繋がりもあって、継続高校戦車道は、男女から長らく愛されてきた。だからこうして、今も大会の話題で盛り上がれるわけだ。

 

 教室内を一瞥する。

 今日も天気に恵まれたからか、窓からは暑苦しいまでに日光が射しこんできている。時々ぬるい風が吹き、透明のカーテンが紙のように煽られた。

 机の上に座りながら、女子が「黒森峰の戦車欲しいなー」と企む。男子グループの一人が「来週のレース、俺出るわ」と決意し、どっと喝采が上がった。白井も「事故んなよー」と煽り、未来のレーサーから「事故るのは人生だけだ」と、上手いんだか上手くないんだかの返しをされた。

 たぶん上手くない。

 

 あと数分で次の授業が始まるが――何となく、同じクラスメートであるミッコと目が合った。

 頬杖をつくミッコからは、特に何の感情も抱かれない。眠っているような、ぼんやりしているような、無気力そうな表情は、休み時間が始まって以来ずっと変化していない。

 けれど白井は、「まあいいか」と思考した。いつものことだと、頭の中で処理した。

 ミッコというクラスメートは、とにかく無口で顔色を変えない。かといって嫌われているということはなく、むしろ「クールな人だよね」と見られることが多い。

 身体能力が高くて、時には人の手伝いだってこなす。更にはイヤミさが感じられないものだから、周囲からは良い意味で一目置かれているのだった。

 

 ――その時、席に座っていた水木が「起き上がった」。

 水木という男子に関しては、とりわけ特記すべきところはない。昼寝が好きで、散歩が趣味で、モータースポーツもそれなりに好きという、模範的な継続高校生徒だった。

 本来なら、水木がどう動いたところで注目などはしない、しないのだが、

 

「……ミッコ」

 

 あのミッコに声をかけたのであれば、話はまるで変わってくる。

 一部の生徒も異変に気づいたのか、「何だ?」と目の色を変えた。

 

「あのさ」

 

 頬杖をついたままのミッコは、相変わらず何も答えない。かろうじて、視線だけは水木と合った。

 

「えーっと……こんなことをいきなり言うのもなんだけど」

 

 騒がしかったはずの教室は、授業以上の静寂さに陥っていた。

 「あの」ミッコに対し、「あの」水木の組み合わせ。前者は隠れた人気者で、後者は若干マイナーな部類に入るクラスメート――だからこそ、展開に予想がつかない。女子の一人が「あ、もしかして……」と小さく口にするが、あながち否定できないから恐ろしい。

 おいまさか言うのか、言ってしまうのか。無口でクールで頼りがいのあるミッコさんに対して、寝てばっかりでぼーっとしててイマイチ熱意が感じられない水木が、「アレ」を告げるのか、告白してしまうのか――。

 一部から大部分へ、やがてはここにいる全てのクラスメートが――いや、グラウンドへ遊びに行った土屋は別か――水木とミッコのことを、少し気まずそうに見守っていた。

 

「俺にさ」

 

 そこは「俺と」じゃないのか。

 いよいよもってよく分からなくなってきて、白井は首をかしげた。

 

「俺に……」

 

 ミッコの表情は、やっぱり変化しない。無愛想に、水木のことをしんどそうに見上げているだけだ。

 

「――MTB」

 

 そうか、MTBか。

 一旦冷静になって、白井が「え」と吐いた。男子八名(土屋除く)、女子十名が、「え」と漏らした。

 そして、白井は決して見逃さなかった。ミッコのピッグテールが「びくっ!」と反応したのを。

 

「俺に、MTBのテクニックとかを教えてくれッ!」

 

 まず、ミッコは「え、マジ?」と言いたげに目を見開いていた。

 

「その……お前のテクニシャンっぷりを見て、MTBに興味を持って……」

 

 そして、ミッコは「え、マジ?」と言いたげに顔が明るくなっていった。

 そして、クラスメートは「え、マジ? ミッコのあんな顔」と言いたげに困惑していた。

 

「だからその、俺に教えてくれると嬉しいかなーって」

 

 間。

 

「ほ、ほんと? MTBに興味を抱いてくれたの? ほんとっ?」

 

 水木が、頼りなさげに「う、うん」と頷く。

 しかしミッコは、そんなもの気にもせず、

 

「うわあ、嬉しいなあ……いいよいいよ、あたしでよければ喜んでレクチャーするよッ!」

 

 先ほどまでの浮世っぷりは何処へいったのか、今のミッコは普通の女の子のように大はしゃぎしていた。それどころか、水木の手をとって上下にぶんぶんと振り回していた。

 ――モータースポーツ愛好家の白井は、何となくこう思っていた。

 マウンテンバイクなんて、この学園艦じゃあ随分と珍しいな、と。

 

 色々あったが、何事も無く休み時間が終了する。

 担任が立て付けの悪い引き戸を開けた頃には、ミッコは既に無表情無気力頬杖モードに入っていた。

 

―――

 

 全ては、たった数日前に遡る。

 水木は自他共に認める昼寝好きで、隙あらば散歩へ出かけたりもする。モータースポーツに対する関心もそれなり、成績も普通、素行も悪くなかったりと、極めてノーマルな継続高校生徒だった。

 

 休日が訪れ、最初にやった「遊び」はといえば散歩だった。モータースポーツと違って危なくはないし、金がかからないし、健康的だし、何だかんだで知り合いも増えるし、何より性に合っている。

 それほど派手好きでも無いから、一生このままだと思う。周囲はモータースポーツに恋愛、戦車道と、結構行動的なのだが――それはそれで良い。それも人生だ。

 

 朝の日差しを浴びて、心地良くあくびを漏らす。

 地上から伺える青空も、自分を導くアスファルトも、通りすがる白い車も、彼方へ飛んでいった鳥も、今すれ違った犬連れのおばちゃんも、何もかもが他人事で、散歩の一部と化していく。

 やっぱり良い、こういうのは。

 

 つま先を地面につけて、捻る。

 継続高校学園艦は、良く言えば自然に恵まれた、はっきり言ってしまえば田舎そのものの世界である。

 そびえ立つ建物なんか皆無で、代わりに山がでんと構えている。少し歩けば湖とすぐ遭遇するし、森なんて生やし放題の伸び放題だ。なので、他校からは「サバイバルがしたかったら継続に行け」なんて言われている。

 

  が、

 

 そんな継続の世界が、自分ののんびりとした気質とぴったり合っていた。モータースポーツだって、ビビって見る専に留まっているし。

 左右を見る。誰にも聞こえない程度の声で、「ここ、先週も通ったっけ」と漏らした。

 よし。

 今日は、コースでも変えてみよう。流石に何度も同じ場所を回っては、足取りが作業的になってしまう。

 鈍い動きで、空を見上げてみる――公園にでも寄ってみるか。

 広いだけの場所だが、散歩野郎からすれば好ましい環境といえる。

 

 

 お上りさん気分で公園に差し掛かった時、水木はそれを見た。

 休日の空の下で、自転車だけを駆使して「踊っている」何者かを。

 

 ヘルメットを被っているので、男か女かは判別がつかない。見た感じは小柄なので、もしかしたら年下の女の子なのかも――それはともかく、ジャージ姿のライダーは、ひたすらなまでに走り回って、ただただやりたいように飛び跳ねて、気ままにその場でターンして、時にはライダーがペダルの上で立ち上がり、自転車ごと静止させていた。

 

 水木は、あっという間に飲まれていた。

 めちゃくちゃ格好良かった。

 男として、憧れていた。

 

 もっと近づく為に、公園へ繋がる長い階段を下っていく。ライダーは、そんな些細なことなど気付きはしない。

 ライダーは、公園に設けられた飛び石へ「跳ね乗り」、ウィリーの姿勢のままで一旦停止――そのまま、次の飛び石めがけ跳躍する。前輪を空に掲げたままで。

 もう止まらない。飛び石から飛び石へ、ケンケンパの要領で進んでいく。水木の声なんて出てこない。

 

 そして、少しばかり静止した。未だにウィリーをキメたままで。

 水木が「え」と声を出した時、ライダーは、飛び石を「二段越え」した――後輪が重く着地する。少しの間を挟んで、前輪も、音を立てて地に張り付いた。

 全てやりきったのだろう、終了したのだろう。ライダーの両足もペダルから離れ、今初めて地に着いた。

 

 間が生じる他なかった。

 

 そして、水木なんかの存在を知ってかしらずか、ライダーが赤いヘルメットを脱いだ。

 ――波がかったミドルショートヘアが、水木の両目をあっさり釘付けにした。

 少年のような、少女の素直そうな顔が、水木の意識を遠くする。

 

「できた……!」

 

 惚れた。

 

 満ち満ちた笑顔が、水木の心をあっさりとつかみ取った。

 だからこそ、「何処かで見たような」と冷静に思考出来た。

 

「……あれ?」

 

 見つかった。

 やましさがバレたような、そんな恥を瞬く間に覚える。

 何事も無かったかのように、歩いて立ち去ることにした。散歩どころじゃなかった。

 ――公園の階段を上っている最中に、

 

「あ」

 

 声が出た、なぜだか思い出した。

 あの出で立ちは、あの青白ジャージは――

 

 

 ――というような回想を、六割ほど嘘を混ぜながらミッコへ語った。

 自分が散歩好きであるということ、たまたまミッコを見かけたこと、テクを見て刺激されたこと、使いもしない貯金をはたいてMTBを購入したこと――正直に話した事柄といえば、これぐらいだ。

 

「なるほどねえ。いやー嬉しいな、あたしをきっかけにMTBを始めてくれたなんて」

 

 放課後の公園で、ミッコがペダルの上で直立したままけらけら笑う。

 かれこれ数十秒はこのまま、危なっかしそうにMTBが揺れに揺れる。しかしミッコは物ともせずに、かえって楽しげにバランスを調整し続けていた。

 

「いやー、何か悪いね。のぞき見したような」

「いやいや、謝る必要はないよ。公園のど真ん中で遊んでたわけだからね」

 

 バランスを崩し、転倒しそうになって――ミッコが、慣れた調子で軸を合わせた。

 

「それよりも、あたしの影響でMTBを始めてくれたことが嬉しいよ」

「そ、そうかな?」

 

 MTBをゆらつかせながら、

 

「うん。ここはモータースポーツが主体だからさ、どうしてもチャリはマイナーって感じでねー」

「あー、そう言われてみれば」

 

 交通手段としてはともかく、それをスポーツとして、趣味として昇華させる者はあまりいないのだろう。

 ミッコが「やれやれ」といった感じで苦笑している。MTBのバランスを整えながら。

 

「サイクリングが趣味って人は、いくらか見かけたんだけどね。でもあたしは、どっちかっていうとテク派だからなー」

「なるほどね――ミッコは、モータースポーツに興味はない?」

「あるよ」

 

 あっさりと言った。

 

「戦車大好きだしね」

 

 そういえば、ミッコは戦車道履修者だった。水木が、なるほどと頷くと、

 

「けど、あたしん家は貧乏でねー。維持費とかどうとか、払える自信がないよ」

「ああ」

 

 納得した。MTBだって安くはない買い物だが、それさえ乗り越えられれば割と何とかなる面はある。

 車とは違い、MTBは燃料費がかからない。これは大きい。

 

「でも、どーしてもこう走りたくてねー。で、そこで目をつけたのがMTBってわけ」

 

 なるほどと、水木が頷く。

 ――水木がちらりと、己がMTBを眺める。水色の、格安モデルだ。

 

「MTBねー……最初に値段を見た時は躊躇したけど、店主が安くしてくれてさー」

 

そこでミッコが食いついた。目がきらりと光り

 

「あ、もしかしてそれ、山の前の自転車屋で購入したの?」

「ん? ああ、そうそう。どうもモータースポーツ人気に押されて、あんまり売れないって聞いた」

 

 ミッコが、勢い良く手を叩く。

 

「同じこと言われた! いやー、気前いいねあのおじさん!」

 

 水木が、「まじで?」と笑ってしまう。

 

「自転車好きが多くなって欲しいって嘆いてたなー。あ、もしかして、これも言われた?」

「言われた言われた! うわー、大変だなあ店主さんも」

 

 ミッコが、そうだねえと苦笑する。

 

「ほんと、格安で売ってくれてさ……親にも相談したんだけれど、そしたら嬉しそうに『いい趣味を見つけたじゃない』って言ってくれて、お金を振り込んでくれたんだ」

 

 水木の息が漏れる、ミッコが懐かしそうに微笑む。

 

「――この趣味は、一生続けてくつもり」

 

 ミッコが、赤いMTBのハンドルをそっと撫でた。

 水木も、同調するように頷く。ミッコがそう言うのならば、自分だってそれについていくつもりだ。

 風が吹く。何でもなかったように、ミッコが「よっ」と整える。

 

「買った当初は、そりゃもうはしゃぎまくって走り回ってサイコーだったよ。……で、次第にこう、色々やりたくなるじゃん?」

 

 最後の「じゃん?」は、明らかに同意を誘った声色だった。

 水木は勿論、下心を隠しながら「うん」と頷く。

 

「いやー、自由自在に動くのって楽しいよね。いつの間にか、走ることよりもテクニックが目的になっちゃって」

「いいんじゃないかな。楽しめれば」

「だよね。――だから嬉しいんだ、君がMTBを始めてくれたことが」

「そうなの?」

 

 水木が、己がMTBのハンドルを軽く握り締める。

 

「だってさ、その……語り合える仲間が増えるってことじゃん」

「へえ、意外。ミッコって、我が道を行くタイプだとばかり」

「そんなことないない、あたしだって普通の人間さ」

 

 ミッコは、未だにペダルの上で直立したままだ。かれこれ三分――この域に達するのに、どれほどの時間がかかったのだろう。

 いつかは自分も、ああなれるのだろうか。

 

「だからさ……MTBのことを嫌いにならない限りは、あたしが手取り足取り教えてあげるよ」

「ありがとう、ミッコ」

 

 MTBを購入するに至った要因の一つに、確かに「男としての刺激」はあった。新しい世界を堪能してみたい、格好良いテクを使いこなしてみたい、一流のライダーになってみたい――それは間違いなく、水木の本音だ。

 

「っと、限界か」

 

 五分ほど経過して、ようやくミッコが下界へ着地した。

 

「いやー、未だに五分の壁が越えられないなー」

「難しいものだね」

「そだねー。ま、十分っちゃ十分かもしれないけど」

 

 そして、ミッコがにこりと笑い、

 

「じゃあ、今度は君がやってみよう。これはスタンディングといって、全てのテクに繋がる基本中の基本なんだ」

 

 なるほどと、水木が頷く。

 それならばと、早速とばかりに挑戦して、

 

「うわ、瞬殺だ」

 

 ものの数秒も経たないうちに、自転車のバランスは完全に崩れてしまった。

 

「最初はみんなこうだから、練習すればいけるいける。手伝うからさ」

 

 ミッコが、水木の背中を軽く叩く。

 

「まずは頑張ってみよう、ねっ?」

 

 確かに今は、MTBのことが好きだと断言出来る――MTBにミッコが乗っていたからこそ、MTBを操るミッコが格好良かったからこそ、技の成功を喜んだミッコに魅せられたからこそ、水木はMTBに対して関心を抱いた。ミッコに対して恋心を抱いた。

 馬鹿みたくモチベーションが高いのも、半ば本音混じりの下心のお陰だ。ミッコに近づきたい、ミッコに相応しい男になりたい、ミッコと肩を並べたい――ミッコとMTBを繋ぎ合わせることで、ミッコに対する罪悪感を少しでも潰した気になっていた。

 

「……ありがとう、ミッコ。俺、頑張るよ」

 

 張り切って、拳を作る。応えるように、ミッコも手を握りしめた。

 

「そだねー、じゃあ壁に寄りかかって練習してみよっか。出来るようになったら、平地でね」

 

 

 こうして、長らくスタンディングの練習が繰り返されていく。夕暮れのことなんか忘れて、気づけばもう夜中だった。

 こんなにも熱中したのは、いったい何年ぶりのことだろう。呼吸は荒み、体温が好き勝手に上昇していって、それがひどくたまらなくて。

 途中から昼寝に逃げなかったのも、きっとミッコのお陰だ。ミッコは自分のことをよく見てくれていて、「ペダルの高さを意識して!」とか「最初は壁に頼って!」とか、様々なアドバイスを全力で送ってくれた。

 

 そんなに応援されたら、ミッコのことがもっと好きになるじゃないか。

 そんなに応援されたら、MTBのことがもっと好きになるじゃないか。

 

 また、水木がバランスを崩す。けれどミッコは、あくまで優しい微笑を浮かばせたままで、

 

「記録伸びてる、才能あるよ水木。……あ、今日はここまでか」

 

 気付けば、夕暮れを通り越して夜中だった。MTBのライトは既に点火済みだったというのに、肝心なことに気づけていなかった。

 呆けたような、達成感を抱いたような、実感が沸かないような、それ故に「ほんとだ」としか呟けない。

 

「いやごめんね、地味な技しか教えなくて」

「いや、基本なんでしょ? こういうのは大事大事」

 

 ミッコが「そっか」と、安堵するように笑った。

 ――公園へ来て、初めて知ったことがある。ミッコは優しい、そしてよく笑う。

 

「今日はありがとう、ミッコ先生」

「たはは、先生なんて大袈裟大袈裟。ミッコでいいから」

 

 そうだねと、水木も苦笑する。

 

「それじゃ、明日の放課後もここにいるから。時間があったら、また来てよ」

 

 黙って小さく頷く。本当は、「無くてもここに来るよ」とか言いたかったくせに。

 ――後はそのまま、ミッコが颯爽と姿を消していく。

 

 サドルに腰かけたままで、水木は意味も無くじっとしていた。

 夏だからか、夜中になっても少しだけ蒸し暑い。自然いっぱいの学園艦だからか、虫の音がどこからもどこまでも響いていく。公園を照らす街灯を浴びながら、蛾が二、三匹ほど踊っていた。

 公園には、水木以外に人はいない。寂しくて、ほんのちょっとだけ怖くて、けれど何となく嬉しいような、そんな気分になる。

 

 そんな気持ちを持ち帰る為に、水木もまた、MTBを駆って公園から姿を消す。

 

―――

 

 平日の朝を迎え、八時間睡眠を守っておいて「寝たりないなあ」と愚痴りつつもいざ学校へ。後はのらりくらりと授業をかわしていき、机の上でうつ伏せとなるだけだ。

 これが水木の日常であり、誰も気にもしない。かといって孤立しているわけでもなくて、周囲からは「よー寝るなあいつ」と思われているのだった。

 

 だから、青春に対して不満を抱いているわけではない。

 

 ちらりと視線を変えるだけで、壁側の席にいるミッコと目が合う。

 無気力そうに頬杖をついていて、目が合っても何の反応も示さない。あの頃のミッコは、よく笑うミッコは、MTBについて笑い合ったミッコは、今はここにはいない。

 

 ――満たされなくなっただけだ。

 

―――

 

 放課後が訪れ、早速とばかりにMTBのサドルへ腰かける。そうするたびに、「うん、悪くない」と思うのだ。

 自由時間といえば、散歩をするか昼寝をするか、この二択だった。それはそれで悪くはないし、一生続けていく趣味だとも確信はしている。

 ――だが、水木とて立派な男の子だった。「のんびり屋」と自称してはいるものの、それは決して停滞を意味するものではない。

 

「ミッコー」

 

 ウィリーの姿勢を保ったまま、ミッコが「あ」と水木に視線を向ける。

 一旦前輪を下ろし、ゆったりとした速度で水木へ近づき、

 

「や、また来てくれたんだね。あたしゃ嬉しいよ」

 

 教室内における無気力顔は何処へいったのやら。分かりやすいくらいの笑顔を、水木へ見せつけていた。

 

「ミッコが丁寧に教えてくれるからね。やめられないし、やめるわけにもいかないよ」

「えー、いいんだよ別に。その、嫌になったら……さ」

 

 そうは言うものの、ミッコの眉が気まずそうにへこむ。水木の心中が、とてつもなく痛くなって、

 

「いやいや、MTBは凄く楽しいよ。かっこいいし、上達すればやれることも多くなるんだろ?」

「うん」

 

 少し嬉しそうに、ミッコが控えめに笑う。水木は、あくまでも明るい表情を保ったまま、

 

「じゃあ俺、続けるよ。スポーツにしろMTBにしろ、最初はこんなもんだろうし」

「うん、まあね……でも、スタンディングばっかりだと」

 

 いやいやと、水木が首を振るう。

 

「スタンディングって、基本中の基本なんだよね? これさえ覚えておけば、後々利いてくると思うし」

「まあねー」

 

 それでも、ミッコの表情は浮かない。

 ――そりゃそうだよなと、水木は思う。スタンディングというのは、良く言えば全ての基本であり、ありのままに言えば「地味」なのだ。

 ただペダルの上に突っ立って、数秒ほどそのまま静止する。バランスが崩れそうになったら、ハンドルなり体なりを動かして、体勢を整え直す。

 本当にこれだけだ。走ったり跳ねたりターンしたりもしない、ただただ止まるだけ――それ故に、次の技への起点となる。

 

 だからミッコは、「地味なことをさせてごめん」と顔で謝っているのだろう。これが部活だったりしたら、根性無しの水木など一抜けてたかもしれない。

 ――けれど、

 

「だから続けるよ。先輩であるミッコから認めてもらえるまで」

「へえ?」

 

 うん、と水木は頷く。

 

「だって、俺の目標はミッコ。君だから」

 

 ミッコは、MTBの世界を自分に見せつけてくれた。ミッコの笑顔は、自分に恋心を目覚めさせてくれた。

 だから自分は、ミッコの背を追い続けられる。ずっと追いかけていたいと願う。

 

 そして、ミッコの頬が赤く染まった。陰りを見せていたミッコの両目に、光が生じた。

 言って良かったと、心の底から思った。言えて良かったと、本心から思った。

 

「……そっか」

 

 ミッコが、ぱっと笑顔になる。

 

「そっか。じゃあ、今日も頑張って欲しい、我が愛弟子よ!」

「うす!」

 

 

 どれだけチャレンジしただろう、どれだけ失敗を重ねただろう。けれどもミッコは指摘し続けて、水木も「分かった」と返事を繰り返す。

 少し、荒んだ呼吸を漏らす。

 勢いのままペダルの上に立って、ハンドルを捻り、ブレーキを握りしめ、体重をかける角度を常に意識する――バランスが偏りそうになるが、ここでブレーキを外し、少しだけ漕いでは体勢を整える。

 

 全部、ミッコから教えて貰ったことだ。

 

 だから、練習がこんなにも捗った。前と違って数秒で足が着いたりしなくなったし、色気づいて壁から卒業したりもした。この時のミッコは、「お、いいねえ」と反応してくれたものだ。

 何度失敗しようとも、スタンディングだけはモノにしたい――たぶん、次の技に取り掛かる時も、同じことを考えるのだろう。

 ミッコを見る。

 

「いいねいいね、タイムが伸びてってる。もう少しで基本は卒業かな?」

「かもね」

 

 変に口元が曲がる、高揚が噴水のように溢れ出てくる。感情が抑えきれなくなって、思わず口笛まで吹いた。

 

「いいねー! MTB楽しんでるねー!」

「そうかーい?」

 

 外で遊びまわる子供のように、水木の顔はすっかり喜色満面だった。

 こんなにも盛り上がったのなんて、何年ぶりだろう。こんなにも舞い上がったのなんて、何日ぶりだろう。ただただ突っ立っているだけなのに、倒れないように必死こいているだけなのに――そんなの決まっている、「出来た」からだ。それが楽しいからだ。

 

「……ミッコ」

「うん?」

「ありがとう!」

 

 遂に、水木のバランス感覚が白旗を上げた。観念したかのように、両足が砂地に着いた。

 一分か、それ以下か。そんなにも、水木はスタンディングの世界を堪能しきった。

 

「水木」

 

 ミッコの目が震え、その瞳が輝く。口元が三日月のように曲がり、感極まったとばかりに両こぶしを作り上げていて、

 

「凄いよあんた! MTBの才能、あるよ! いやあ、これはスタンディング卒業かな?」

「本当かい?」

 

 ミッコが、張り切って「うんうん」と頷き、

 

「もちろん! いやあ、凄い上達っぷりだよ。こりゃ追い抜かれるかもね」

「いやいやそんなことは。夜中、寮の前でスタンディングの練習してたし」

「え、マジで? うわー、これは逆転されるかなー」

 

 これっぽっちも不安を抱いていなさそうに、ミッコは思いっきり笑うのだ。

 

「いやいや、ミッコと違って本格的なテクはできないからねえ」

「そっかー」

 

 水木が、音を立てて手を合わせる。

 

「お願いします先生! 何とぞ、技の伝授を!」

「しょーがないなー」

 

 サドルに腰かけたまま、ミッコが両腕を組む。

 

「いいよ、教えてあげる」

「やった」

 

 ミッコが、小さく「うん」と頷き、

 

「水木」

「ん?」

「――MTB、楽しいかい?」

 

 そんなの、決まってる。

 

「楽しいよ」

「そっか、よかったよかった」

 

 水木が、ヘルメットの角度を調整し直す。

 

「ミッコが、居てくれるからね」

 

 もう少しで、夏の夕暮れが訪れようとしている。気付けばもうそんな時間で、ミッコといるにはあまりにも物足りなさ過ぎた。

 だから、明日もここへ行こう。いつかミッコと走る為に、公園へ寄ろう。

 

「――そっか」

 

 どこか嬉しそうに、寂しそうに、安堵したかのように、静かに目で笑う。

 茶色い髪がそうさせるのだろうか。ミッコと夕日は、音も無く溶け込んでいた。

 

「よかったよかった、あたしの教え方が間違っていなくて」

「うん。ミッコはいい先生になれるよ」

 

 ミッコが、背筋をうんと伸ばす。つられるように、水木も腰を曲げた。

 

「また教えてくれよ、ミッコ先生」

「ああ、もちろん」

 

 ミッコが、軽くウインクして、

 

「時間があったら、ここにまた来なよ」

 

 当然のように、水木は小さく頷いた。

 

 どこか遠くから、カラスの濁った鳴き声が伝わってくる。海の遥か向こう側では、金色の空が寂しく佇んでいた。

 学園艦に対して、右足を「とん」と乗せる。忘れそうになるが、ここは海の上だ。伸ばした手が地に届かない、寂しい世界なのだ。

 けれど、それも「良い」と思う。たぶん、背が伸びたからだろう。

 ミッコと目が合う。

 ミッコが「ん?」とまばたきするが、水木は「いや」と首を横に振った。

 

 さて、帰ろう。

 

―――

 

「ほーん」

 

 一時間目の授業が無事終了し、はきはきとうつ伏せになっているところで、男友達に声をかけられた。

 話題はズバリ、「MTBの調子はどうよ?」だ。これに関しては、眠そうな顔を隠さないまま、

 

「いやー、才能あったみたいだ」

「ほんとか」

 

 遠慮なく「信じられねえなあ」みたいな顔をされるが、反論する気はない。

 水木は、クラスきっての睡眠好きである。休み時間といえば仮眠、昼休みといえば昼飯に昼寝、週末は何してるのかと聞かれれば「寝てるか散歩してるかテレビ見てる」の三択――よって、周囲からは「悪人ではない」と認識されてはいる。そのお陰か、コミュニケーション不足に悩まされているとか、そういった闇は抱えてはいないのだった。

 

「眠れる獅子だったってことかぁ?」

「いや、普通になっただけだと思う」

「ふーん。そんなに楽しいのか、MTB」

 

 常に頭の中が眠くても、怠惰な気質であろうとも、その質問ばかりは、

 

「ああ。凄く楽しいぞ、MTB」

 

 男友達が、「そうかー」と力なく返答する。

 ――ちらりと、ミッコの席を覗う。

 ミッコは、相変わらず無愛想に椅子を揺らしている。バランスを崩せば大惨事だが、「あの」ミッコに限って言えば、そんなものは余計な心配だろう。

 ふと、目が合う。

 

「あ――」

「ん? どした」

「あ、ああいやいや、何でもない」

 

 必死に取り繕うために、間抜けそうに苦笑する。男友達は「はて?」と首を傾げるものの、すぐにどうでもよくなったのか、MTBに対してあれやこれやと質問を投げかけてきた。

 ――付きまとう眠気なんか、全て吹っ飛んでしまっていた。

 

 ミッコと目が合った時、ミッコが少しだけ笑いかけてくれたのだ。

 

―――

 

 自分は飽きっぽい人間だと思っていたが、根は普通の男の子であったらしい。恋が絡めば火の中水の中、そして公園の中でMTBを乗り回したりと、今日もミッコの背を追いかけていた。

 かれこれスタンディングから卒業して、次は小さなホップを、更には段差越えと、いよいよもってMTBらしくなってきた。下心ありの底なしのモチベーションは、いよいよ火すら吹きそうである。

 しかし、やる気と成功率はなかなか比例しない。

 当たり前のように失敗を重ね、時にはビビって怖気づくこともあった。テクに動きが生じる程、こうなることは明白だ。

 だが、ミッコは決して見捨てはしなかった。あくまで明るく「頑張れ!」と応援してくれたり、「水木ならできる!」と励ましてくれたり、「流石!」と褒めてくれることもあった。

 ――やっぱり、ミッコのことが好きだな、俺。

 ハンドルを握り締め、段差めがけバニーホップを繰り出す。力の込め方を意識して、浮遊感を恐れずに、ハンドルを思いっきり引いて――

 

「できたぁ!」

「流石!」

 

 段差の上からバニーホップし、前輪から軽く着地する。サドル越しから衝撃が伝わってくるが、今となってはすっかり慣れたものだ。

 ミッコは、自分のことのように大喜びしながら、MTBを駆ってゆっくりと近づいてきた。

 

「水木、やっぱり才能あるよ!」

「いやいや、全部ミッコのお陰だよ」

「あたしは教えただけ」

 

 水木は「いやいや」と声に出し、

 

「教え方が良かったんだよ。だからこそ、俺のような奴にも出来た」

「そう? そうかな?」

「ああ」

 

 ミッコが、「そっか」と、恥ずかしそうに呟いた。

 その言葉は、すぐにでも空の中に消えてしまった。

 

「なんというか、その、水木」

「うん?」

「ここまでついてきてくれて、ありがとね。MTB、やめないでくれて本当に嬉しい」

「やめるなんてまさか、MTBはずっとやり続けるよ」

 

 あえて、大袈裟に断言した。

 ミッコの趣味がMTBである限り、ミッコの笑顔の源がMTBであり続ける限り、これからも水木は、ミッコと同じ道を走り続けるつもりだ。

 

「……凄いよね君」

「え、何が」

「なんで、そこまでやる気に満ちてるの? あたしだってMTBは好きだけれど、時には、ね?」

 

 聞かれて、すぐには返せなかった。

 答えなんて、とっくの昔から知っているのに。

 

「そ、それは、その……やっぱり、性に合っているから、かな?」

「ふーん……」

 

 納得したような、していないような。曖昧な声だった。

 

「ミッコの指導のお陰で、失敗をバネに出来たってのもある。こういうのってさ、ほら、大事じゃん?」

「うーん、確かに」

「で……上達していってさ、こう、MTBと一体化するっていうの? この感覚がたまらないんだよ」

「あー、わかるわかる」

 

 ここでようやく、ミッコが頷いてくれた。

 ほっとする。

 ここで、「ミッコに相応しい男になりたいから」なんて吐こうものなら、ミッコはどんな顔をするのだろう――してくれるのだろう。

 両肩で息をする、気持ちを切り替える。

 

「俺、もっとMTBのことを知りたい。――だからその、これからも色々なことを教えて欲しい」

「もちろん」

 

 笑いかけてくれた。その表情の中には、仲間とか、共感とか、明日とか、そういった純真さが込められているのだろう。

 眩しかった、焼き切れそうになった。

 あくまで純粋にMTBを楽しむミッコに対して、自分は腹に一物を抱えている。それは下心であって、本心であって、本音であって、間違えようのない情熱だ。

 未だに、迷いに近い罪悪感を抱くことがある。不純な自分が、こうしてミッコに近づいても良いのかと――

 

「水木」

「あ、何?」

「あたしさ、水木のお陰でさ、前よりもモチベーションが上がってるんだ」

「え、何で」

 

 ミッコが、その場でスタンディングを始める。

 

「だってさ、水木はあたしについてきてくれるじゃない。だからあたしも、新しいテクを身に着けようと頑張れるってわけ」

「あー、なるほど」

「といっても、あたしもまだ半人前だけどね。あと少ししたらネタ切れになっちゃう」

「ふむ……」

 

 そこで、ミッコの表情が浮かないものになる。

 水木は、それを見逃しはしなかった。

 

「ねえ」

「うん?」

「その、あたしから教えられることが無くなったら、水木はどうする?」

 

 どうする。

 そんなの決まってる。

 

「ここにいるよ」

「え」

「ここに居る」

「――水木は上手くなりたいんだよね? MTBを」

 

 すぐに頷く。何故ならば、ミッコから愛されるに相応しい男になりたいから。

 

「そりゃあなりたいさ。けどね、ミッコのお陰で、俺は変われたんだ」

 

 スタンディングを維持したまま、ミッコは何も言わない。

 

「今さらミッコからバイバイなんて、俺は嫌だね」

「……どうして?」

 

 どうして。

 それは、

 

「友達だと思ってるから」

 

 好きだから。

 

「――友達」

「うん、友達」

 

 恋人になりたいと思っているから。

 

「俺はそう思ってるよ」

 

 嘘をついた。

 

「ミッコがいないMTBなんて、寂しいよ」

 

 本当のことを言った。

 ミッコのスタンディングが、音も無く終わる。地に足が着く。

 

「……そっか」

 

 ミッコはうつむいたままで、夕暮れのような微笑みを浮かばせている。その目は、感情的に揺れ動いていた。

 そんな、ミッコの横顔を目の当たりにして、

 決意する。

 自分は、男の子としてMTBを極めよう。俺は、この人の為にMTBを続けよう。肩を並べられるその日が訪れたら、全ての気持ちを白状するつもりだ。

 ――それが、己が身に誓った償いだった。全部吐き出した後で嫌われても、避けられても、嫌悪されても、「俺が悪い」と受け入れるつもりだ。死ぬほど死ぬだろうけど。

 

「あたしも、水木のことは友達だって思ってる」

 

 未だにうつむいたままで、表情も変わらない。

 

「……ね、水木」

 

 うなだれたまま、そっと目を合わせてくる。

 曖昧に微笑み、力なく眉を曲げたままで、

 

「あたしは明日も、ここに居るよ」

 

 ハンドルの上に両腕を重ね、それを枕にするように顔を置いた。

 

「よかったら、また来てね」

 

 

―――

 

 朝の授業をやっつけ、水木は机の上で完全に溶解しきっていた。そのあまりにも見事な脱力っぷりに、周囲も気遣って声をかけようとはしない。

 眠い、とにかく眠い。

 もちろん、心当たりはある。ここ最近は、MTBに対するモチベーションがいよいよもって高まってきて、なんと夜遅くにまでMTBを乗り回しているのだ。

 練習場所は寮の前、流石にこの領域から脱する気はない。怖いからだ。

 肝心の練習内容はといえば、スタンディング、バニーホップ、ジャックナイフターン、マニュアルなどなど――特にマニュアルとの相性が良いらしく、ここのところ上手く付き合えている。マニュアルとは「漕がない」ウィリーみたいなもので、どちらかといえば「静」に近いテクだ。

 なるほど、のんびり屋の自分にピッタリだ。

 そんな夜中になってまで張り切れば、当然疲れもする。しかも七時間睡眠になったものだから、そりゃあ机の上で死にかけたりもする。

 

 欠伸が漏れる。偉業を成すには、なにがしかの犠牲が必要なんだなあと痛感する。

 休み時間はもう少しで終わってしまうが、仮眠してしまおうか――両目をつむろうとした時、

 

「水木」

 

 声をかけられた。声色からして女の子、それも聞き覚えがある。

 はてと、うつ伏せのままで顔を傾ける、

 嵐のように、上半身が起き上がった。眠気なんて昔の話になった。

 

「な、何、ミッコ」

「ああいや、随分とお疲れだなーって思って」

「ああ、まあ色々あってね」

 

 女子と教室で雑談を交わす――これ自体は普通の流れだが、「あの」ミッコが相手となると話はまるで変わってくる。

 教室内では、頼れる寡黙なキャラとして有名なミッコが、単なるマイナークラスメートでしかない水木に声をかけたのだ。当然ながら周囲が注目するが、ミッコは何の気にもしない素振りのままで、

 

「駄目だよ、あんまり無理しちゃあ。その調子で、MTBの練習できる?」

「ああ、それは出来るから安心して」

 

 MTBという単語を聞いて、周囲は「ああ、そうか」と納得する。センセーショナルな雰囲気は、自然と解散していった。

 モータースポーツ好きが多いからか、男女で練習に付き合ったり、勝負を持ち込まれるなんてことは、そう珍しい事態ではない。いわゆる、「継続高校的にはいつものこと」だった。

 

「それならよし。いやー、今日も色々教えてあげないとね」

 

 だるそうに、ミッコが両腕を上げて背筋を伸ばす。

 

「ありがとう。何か悪いね」

「今更今更。それにあれだあれ、友達でしょ?」

 

 まあねえと、水木が照れ笑いする。

 

「俺も何か、ミッコに教えてあげたいなあ」

「おっ、やる気あるねー」

 

 ミッコがにんまりと笑う。MTBさえ出来れば、追いついても追いつかれても構わないのだろう。

 万が一があれば、その時はまた追い抜けば良い。

 

「何というのかな、ミッコに恩返ししたいんだよ」

「え、そう? いいよいいよ別に」

「させてくれよ、俺は男だぜ?」

「え、男だから?」

 

 ミッコに話しかけられて、相当舞い上がっていたのだと思う。腕前もまあまあになってきて、調子に乗っていたのだと思う。

 

「男だから、女の子にいいカッコしたいの」

 

 だから、何でもないようにこんなことをほざけた。

 ――だから、少しの間を置いて「あ」と気づく。事の重大さを察する。

 恐る恐る、ミッコの顔を眺める。その両目は完全に見開かれていて、半開きされた口元はそのまま動かない。顔は、何の抵抗も無く赤く染まっていた。

 沈黙が訪れる、誰も水木とミッコを気にも留めない。完全に見つめあっていた、二人きりの世界だった、互いに拒絶などしていなかった。

 水木が、心の中で気合をぶち込む。

 こういう時に何とかするのが、男の役目だろう――

 

「あ、ああ、いやいや、師匠に対して何か恩返ししたいなーと」

「そ、そう? そうなの?」

「あ、ああうん」

 

 ミッコが、小さく呼吸して、

 

「いや、あたしは別に……水木の言う通りでも……」

「え」

「あ、あれ? 何言ってんだあたし? あ、ご、ごめんね? 変なこと言って」

 

 水木が、オーバー気味な動作で「いやいや」と首を振るい、

 

「気にしないで気にしないで。あ、それよかほら、授業が始まりそうだよ?」

「あ、ホントだ。それじゃあ放課後、練習な?」

 

 何でもなかったかのように、ミッコが着席する。

 ギリギリまで休み時間を堪能するつもりなのだろう、雑談はちっとも鳴りやまない。聞いた話によると、今日はパワーボートが開催されるらしい。

 さて、

 放課後になったら、早速MTBを乗り回そう。はやく、サドルの上に座りたい。

 

―――

 

 練習は順調に進んでいく、少しずつテクを学んでいく。

 無限とさえ感じられる授業と比べて、MTBの練習時間とはなんと短いものか。かれこれ三時間ほどの猶予があるはずだが、感覚的には一時間ぽっちしか体感していない気がする。

 夕暮れが落ちてくるのが早い、ミッコと触れ合う時間が短い。

 そうは思っていても、現実世界は三時間ほどのチャンスを水木へくれてやっているらしい。毎日毎日練習し続けて、いつの間にかバニーホップが怖くなくなった。そのせいか、段差を見るたびに血が疼いたりもする。

 段差から降りるにしろ、何かテクを交えて着地することが多くなった。ミッコからは「上達が早いねえ」と称賛されたが、それもそのはず、寮の前での練習も活きているのだろう。

 

 リベラ降りと呼ばれる着地テクを披露し、地に着いたところでスタンディングを維持する。ミッコからは「おお! 凄いねえ、やるねえ」と称賛され、水木はついつい口笛を吹いてしまった。

 とにかくめちゃくちゃ楽しい。それもこれも、ミッコがずっと付き添ってくれたからだ。

 どんなテクが出来上がったとしても、どんなに腕前が上達したとしても、この主張は絶対に譲らない。ミッコがいなければ、ぜんぶ始まらなかった。

 

 ペダルから足を下ろし、気分よく呼吸する。ヘルメットを脱いで、夕暮れ時を見上げて、「あー……」と声を出した。

 そんな水木に、ミッコがMTBでのろのろと近づいてきて、

 

「いやー、ここ最近はうまくいってるね」

「俺も思う。昼寝野郎も、頑張れば何とかなるもんだ」

「きっと充電してたんだよ、やる気とかを」

 

 ミッコが、けらけらと笑う。水木も、何だか一緒になって同じ顔をしてしまった。

 

「いや本当、ありがとうな、ミッコ」

「いやいや」

「――あ、何か飲みたいのある? 奢るよ」

「え? いやいいよいいよ」

 

 ミッコが手のひらを振るうものの、上機嫌で舞い上がっている水木は「まあまあ」と押し込む。

 最初は遠慮がちだったミッコも、次第に「まあいいか」と苦笑し、

 

「じゃあ――アップルジュースで。本当にいいんだね?」

「ああ」

 

 承知したと、ヤンキーピースを決めながらMTBを走らせる。後はそのまま、公園内に設けられた自販機の前までペダルを漕ぐだけだ。

 ――ものの数分後、ミッコにアップルジュースの入った缶を手渡す。水木は、冷たいココアだ。

 

「……かーっ! たまらんっ! 運動後のジュースはサイコーだ!」

「全くもって」

 

 夏真っ盛りの中で、三時間ほどMTBを走らせたのだ。そりゃあ疲れもするし喉だって乾く。

 だからこそ、この一杯がとてつもなく美味かった。

 

「あー……いやホント、なんていうかね」

「ああ、ほんとな」

 

 言葉らしい言葉なんて思いつかなかったが、夕暮れを目にすればそれで十分だった。

 息が漏れる、声が出る。サドルに腰かけたまま、無言でココアを口にする。

 今、ミッコは何を思っているのだろう。自分はといえば、「早くジャックナイフターンに慣れたいなあ」だった。これはミッコの得意技で、本当に軽々とこなしてしまうのだ。

 ということは、ジャックナイフターンこそ真の目標といえる。これをこなさなければ、ミッコの横には並べないのだから。

 

 ココアを飲んだからか、安堵を覚えたからか、夕暮れ時だからか、力なく欠伸が漏れた。

 ――それを耳にしたミッコが、ふと、こちらを見た。水木は、「ん?」とだけ。

 

「なあ水木」

「うん?」

「もし、もしもだぞ? その、あたしよりも優秀なライダーがいたら、そっちについていくのか?」

 

 こんな時間だからか、頭の中は半分ほどぼんやりとしている。大事な要件でもなかったら、きっと適当に流してしまうだろう。

 ――けれど、今の言葉に対しては、

 

「行かない」

「へえ」

「俺の師匠は、ずっとミッコのままだから」

 

 今の言葉に対しては、こう断言する。

 その断言に対して、ミッコは「へえー」と声を漏らし、

 

「そっか……」

 

 ミッコの視線は上の空へ、水木も同じものを見る。

 午後の夏らしく、淡い夕暮れが空を覆っている。この景色を眺めるたびに、「帰らなきゃな」と思う。「夕飯をとらなきゃな」と思う。

 今は――夕日に彩られたミッコの横顔を見つめるたびに、恋愛感情が熱を出す。うっかりすると、「好き」と言ってしまいそうだった。

 たぶん、この気持ちはミッコ以外には抱かないだろう。あの太陽のような笑顔は、ミッコだけのものだ。

 

「ミッコ」

「ん?」

「あのさ」

「うん」

 

 呼吸する。

 

「ずっと、友達でいような」

「……え、あ、う、うん」

 

 水木の視線が、空の世界から地上へ移る。何かおかしいことでも言ったのだろうかと、困惑する。

 

「え、何かマズったかな?」

「あ! いやいやいや、そんなことはないから、うんうん」

 

 完全に取り繕った調子で、ミッコが手のひらを左右に煽る。

 少し首をかしげつつ、必死になって脳ミソをスタンディングさせる。今自分が言った、セリフらしいセリフは――覚えている限りでは、「ずっと友達でいような」だ。それ以前もこれ以降も、目立った言動といえばこれぐらいな気がする。

 考察する、何とか答えを導き出そうとする。唸ったが、解答が思いつかない。

 

「う、うーん、なんだろう……友達はいいんだけど、いや、いいんだけどね?」

「う、うん」

「そのー……何だろ、急に胸が痛くなった」

「え、マジで? 大丈夫?」

 

 ミッコは、何でもないように「うん」と頷く。

 

「なんだろね、調子が悪いのかも? あ、あはは……」

 

 力のない笑い声が、ミッコの口から漏れる。どこか崩れそうな苦笑が、ミッコの顔から浮かび上がる。

 どうしたんだろうと思う。同時に、今はどうしようもないのだろう、と察する。

 

「分かった。今日はここまでにしよう」

「うん、ごめんね」

 

 水木は、首を横に振るった。

 

「そういう日もあるさ。――それじゃあ、気を付けてね」

 

 ハンドルを握り締め、階段めがけ前輪を傾けようとして、

 

「まって」

「え」

 

 ミッコに背を向けたまま、首だけを振り向かせる。

 ――水木の呼吸が止まった。

 ミッコは、屈託のない笑顔を浮かばせていた。水木に。

 

「また、ここに来てくれるよね?」

 

 すぐに、首を縦に振った。

 

「ミッコが行くなら、俺も行くよ」

「そっか」

 

 どうやら、ミッコの調子は元通りになったらしい。

 ほっとする。

 改めて、ペダルを踏みしめて、

 

「……やった」

 

 決して、聞き逃しはしなかった。

 けれど、これ以上何を聞けば良いのか、耳にしたところでどうすれば良いのか。その責任を背負える気がしなくて――水木は、逃げるように公園から離れていった。

 

―――

 

 昼休みが訪れ、鼻歌交じりで格納庫へ足を進めていく。目的はもちろん、愛車であるBT-42の上だ。

 そこには大抵、カンテレを奏でているミカと、昼寝を決め込んでいるミッコがいる。後はそのままおしゃべりに興じたり、時には沈黙だけが過ぎ去ったりする。アキからすれば「そういうこともあるよね」であって、ミカとミッコが居ればどこでも良いのだった。

 ――が、今日はいつもと勝手が違った。

 まず、アキはBT-42の上に腰かけている。続けてミカは、いつものようにカンテレで演奏を。ミッコは――BT-42の上であぐらをかき、両腕を組んでうんうんと唸っている。

 ミッコが悩み事を抱えている。

 異常事態だった。こんなの初めてだった。

 

「ミッコ」

「あ、何?」

 

 声には応じるものの、その表情は実に苦い。アキは、さてどう出るべきかと思考し、

 

「一人でダメなら、二人が良い。三人ならもっと良いと思うよ?」

 

 ミカが助け船を出してくれた。心底ほっとする。

 

「うーん、やっぱりそうかな……」

「そうだよ。何か、すっごい深刻そうだもん」

 

 そうかあと、ミッコが見上げる。視線の行き先には、ほんの無機質な格納庫の天井があるだけ。

 

「なんだろ、あたしもよくわかんないんだけどさ」

「うん」

 

 ミッコが、上の空のままで、

 

「えっとさ、MTB仲間が出来たっていうのは、前に話したよな?」

 

 アキが頷く、ミカはカンテレで応える。

 

「そいつはさ、あたしをきっかけにMTBを始めたらしいんだけれど、これがもう凄いモチベーションの持ち主でね。指摘を聞いて、何度も挑戦して、成功するたびに大喜びする――いや、あたしは良い愛弟子をとったよ」

「それは、とても素晴らしいことなんじゃないかな?」

 

 ミカの言葉に、アキも「うん」と首を振るう。

 

「それは良い、それは良いんだけどさ」

 

 ミッコが、静かにため息をつく。

 

「そいつ、あたしにずっとついていくつもりなんだって」

「ほう」

 

 真っ先に食いついたのは、アキだった。

 

「教えられる技が無くなっても、あいつは……水木は、ずっとあたしといるつもりなんだって」

「ほほう」

 

 アキの口元が、露骨に曲がる。

 

「それでさ、『どうして?』って聞いてみたんだよ。水木は、『友達だから』って答えてくれた」

「趣味で培われた絆は、この上なく素晴らしいものだよ」

「うん……いつの間にか、あいつと練習することが日常になってる。水木ったら、ほぼ毎日付き合ってくれるし」

「ミッコの教え方が、とても良いものだったんだよ。堂々と誇ってもいいんじゃないかな?」

「うん……」

 

 確かに、そこには好き者同士の絆が生じたのかもしれない。友情だって、立派に育まれたのだろう。

 しかし、心の底から笑いが堪えきれない。

 いくらなんでも分かりやすすぎるのだ。水木という男の本音が、本心が、常に見ているものが。

 

「で、さ。その、ここからが本題なんだけれど」

「ふむ」

 

 格納庫内に、民謡が流れゆく。

 

「あいつから友達って言われた時……その、なんだろ? 胸が痛くなったんだよね」

「へえ?」

 

 ミカが、ちらりと目を開ける。アキが、「あ」と楽しげに予感する。

 

「よくわかんないんだけれど、なんだろ? あいつと『ずっと』友達のままっていうの? それがなんだか、こう……」

「気に入らないんだ?」

 

 アキはすっかり上機嫌だった、心の中でガッツポーズまでとっていた。

 対してミカは、カンテレを奏でたままで首をかしげている。この事情が、よくわからないのだろう。

 

「うん。なんだろう、あたしは、あいつと何になりたいんだ? 仲良く……は、なっているはずだし」

「ああ、言っちゃってもいい?」

 

 ミッコが、「うん」と頷く。アキは、にやけ顔を抑えきれないままで深呼吸し、

 

「それ、恋だよ」

 

 カンテレの音が停止した、ミッコが真っ白になった。アキは「やっぱりこうなったか」と、あくまで冷静に思考した。

 

「確認するけど、水木とは、これからも仲良くしていきたいんでしょ?」

 

 ミッコが頷く。

 

「で、水木と一緒にいるのが、日常であって欲しいんでしょ?」

 

 頷く。

 

「それで、友達のままじゃ、何だか嫌なんでしょ?」

「う、うん……」

 

 だろうね。

 どこか安堵したように、アキは、胸をなでおろした。

 

「じゃあ聞くけど。――ミッコは、友達以上になりたい? 水木と」

 

 ミッコが、黙ってうつむく。小言も発しない、唸り声も聞こえてこない、誰の呼吸も届かない。

 昼休みが停まる。とてつもなく長く、ミッコが沈黙する。無口とは違う、感情的な間だった。

 表情を見せないミッコに対して、アキはただただ見守る。この思春期的な選択ばかりは、自分で選び抜かなければならない。

 

「――なりたい」

「……へえ」

「なんでだろ、あいつと友達以上になりたい。わからないなあ、最初は弟子みたいな関係だったのに」

 

 アキが、ほっと息をついた。

 

「水木とは、長らく一緒にいたんだよね? しかも、同じ趣味をもってして」

「うん」

「で、ミッコを必要としてくれたんだよね?」

「うん」

 

 アキが、「じゃあ」と前置きし、

 

「それで、すとーんと恋に落ちちゃったんじゃない? いいっていいって、感情ってそんなものだと思うし」

 

 ミッコが首をかしげ、「うーん」と漏らす。疑問を抱いてはいるが、決して否定はしていない。

 

「け、けど、いいのかな。ほら、あたしって無愛想で雑で」

「ちがう、クールで気取らない」

「ミカと違って、綺麗系でもなくて」

「親しみやすい系という」

「お、女の子らしいところなんて……」

「そういうところが女の子らしいの」

 

 ミッコの顔が真っ赤になる。にやりと、アキが微笑し、

 

「水木も、私と同じこと考えてるよ」

「はあ!? ば、バカッ、当てずっぽうすぎる!」

 

 あえて視線を逸らし、からかい気味に「えー」と口にする。

 

「適当なことなんか言ってないよ。だって、水木はミッコのことが好きだもん」

 

 ミッコのがなりが、あっさりと止まった。

 

「水木は、ミッコのそういうところに惹かれて、弟子入りしたんだと思うよ。――その人、モチベーションが凄いんだっけ? それってあれでしょ? はやく上達して、ミッコに格好良いところを見せてやりたいとか、そんなんでしょ? そりゃあいくらでも頑張れるよね」

「そ、そういうものなの?」

 

 アキが、これまたあっさりと「うん」と頷き、

 

「男の子だからね」

 

 これまで全てのことを、この一言で総括した。

 ミッコの目は丸くなったまま、ミッコの口も開かれたまま、ミッコの頬も赤く染まったまま、演奏だけが沈黙へ溶け込んでいく。

 やがては、ミッコの表情が元通りになっていく。少しずつ冷静に、けれども熱を抱いて。

 

「――そんなものかあ」

「そんなものだよ」

 

 ミッコが、ため息をつくように「そっか……」と口にする。

 その顔は、間違いなく恋する乙女だった。

 

「あーあ、これからどうやって付き合っていけばいいのかなあ。技も、そろそろ品切れだし」

「そんなの決まってるよ」

 

 心の底から、笑えたと思う。

 

「一緒に、走り続けていればいいんだよ」

 

 それしかないと考えた、これしかないと思考した。

 ミッコと水木とは、先輩と後輩でもない、お嬢様と庶民でもない、星とそれを見る人でもない。普通の、同じクラスメートだ。

 だから、今も昔も変わらず、このまま突っ走ったとしても何の問題も無い。告白して、恥ずかしがりあって、両想いになって、せいぜい幸せになるがいい。

 

「……そっか」

 

 そう。そういうものだ。

 

「あーあ。いつ、告白しようかなあ」

 

 ようやく、ミッコがBT-42の上で寝そべる。気持ちに整理がついたらしい。

 アキも一緒になって考えるが、やっぱり、答えなんか出ないのだった。

 

 演奏が、これにて終了する。

 

―――

 

 日差しが射せば目覚ましが鳴る、数分後には通学路につく。その後はかったるい授業が始まって、束の間の休み時間が訪れるのだ。

 堂々と欠伸を漏らし、躊躇もなくうつ伏せとなる。こんなにも疲れているはずなのに、授業はなんと一時間しか乗り越えていない。これでは、今日という日を生き残れるか心配である――これが、水木の基本的なパターンだ。

 この流れは、あと二年半は、継続高校に通っている限りはずっと続くだろう。何せ自分は、睡眠「第二」、散歩がまあまあ好きな水木なのだから。

 

「水木」

 

 何とか脳ミソをはたき起こし、声の主へ視線を向ける。

 

「や、今日も死にかけてるね」

 

 ミッコが、からかうように手のひらを振るう。その表情は実に上機嫌そうで、心底羨ましかった。

 

「朝はねー、きついんだよねー。一生このままかも」

「んー、それは分かるけどさー」

「やっぱ授業は好きになれないす、MTBは好きだけど」

 

 ミッコが、「何それ」と含み笑いをこぼす。今のは確かに、我ながらクサい言い回しだと思った。

 

「今日も公園に行くの?」

「ミッコが行くのなら」

「それは……嬉しいけど……」

 

 そこでミッコが、唇を尖らせる。心なしか頬が赤い。

 

「で、でも、ほら、都合で寄れないことがあるかもしれないし」

「あー、そっか、そうだよね」

 

 今まではほぼ毎日、練習に付き合ってもらっていた。仲間を作る為に、MTBを好きになってもらう為に、それはもう丁寧に指導してくれたものだ。

 正直、返しきれないほどの恩を感じている。ミッコからすれば「いいよいいよ」で済ますだろうが、男のプライドがそれを許さない。

 

「その時はその時、ジャックナイフターンがうまくできるように頑張るかー」

「水木ならいけるいける。何てったって、マニュアルの天才だもんね」

「大袈裟だよ」

 

 力なく欠伸を漏らす。実はこの水木、マニュアルの持続時間に関しては、師匠であるミッコよりも少し下程度だったりする。

 スタンディングといい、マニュアルといい、「静」の動作とはすこぶる相性が良いらしい。逆にジャックナイフターンとか、リベラ降りといった「動」のテクは、ビビりが入ってどうしてもぎこちなくなってしまうのだった。

 

「俺もはやく、ミッコみたいな一流ライダーになりてえなあ」

「いやいや、まだまだ半人前だし」

「憧れだよ、ミッコは」

「そっかー……」

 

 気恥ずかしくなったのか、ミッコが「くくく」と笑う。

 ――久々に、朝から気分が良い。

 

「ミッコ」

「うん?」

「昼、何食う?」

「んー、何にしよう。腹持ちが良かったら、コーヒーかなー」

 

 時折、ミッコの台所事情を耳にすることがある。あまり娯楽品らしいものを買っていないこと、食べ物はなるだけ「天然モノ」をとっていること、髪は自分で切っていること――これを聞くに、毎日カツカツで生きているらしかった。

 だが、ミッコは決して暗くはない、腐ってもいない。何だかんだ毎日楽しそうだし、MTBに対しての情熱は継続一だ。そうした一面もあって、周囲からは頼れるクールキャラとして認知されているのだろう。

 ――ここで、水木が「あ」と閃く。ポケットに入っている財布の厚みを確認する。

 

「ミッコ」

「ん?」

「何か、奢ろうか?」

 

 心底驚いたのか、ミッコが後ずさりする。寝そべったままの水木は、「えー」と苦笑し、

 

「別に罠とかじゃないよ、日ごろの恩返し」

「え、でも、悪いよそんな」

「気にしないで。これだけたくさんのことを、教えてくれたわけだし」

「いやでも」

 

 ミッコの視線が、ためらいがちに逸れる。内股になる。

 

「師匠ー、ここは愛弟子の我儘を聞いてやってくだせえ」

「……しょうがないなあ」

 

 観念したのか、呆れたようにため息をつく。

 

「じゃ、一番高い定食をゴチになるかなーっ」

「しょうがないっすねー」

 

 目標の一つを達成出来たからか、力が抜けて欠伸が出た。

 ――ミッコとのやりとりなど、やはり誰も気にも留めない。今日もMTB日和らしく、白い日光がカーテン越しから射し込んでくる。そろそろ休み時間が終わるということで、廊下からクラスメートが戻ってきた。

 あちこちから聞こえてくる雑談は、今も止まらない。愛想がまるで感じられない、壁掛けの丸い時計が、着々と休み時間を殺いでいっている。

 

「……あ、そうだ。水木」

「うん?」

 

 ミッコが、口元を手で隠す。その目つきは、どこか悲しそうで大人っぽくて、

 

「今日も、公園に寄る?」

「え、うん」

「――そっか」

 

 その一言は、とてもとても優しかった。

 

「必ず、来てね」

 

 うつ伏せのままで、黙って頷く。

 目標は、ジャックナイフターン――これをモノにしない限り、ミッコに相応しい男なんかにはなれない。大袈裟かもしれないが、これも思春期の生きざまといえよう。

 

 

 そんな日々を続けているうちに、男友達から「お前ら、付き合ってんの?」と、実に高校一年生らしい質問をされたことがある。

 答えは当然、「いいや」だ。表面上はあくまでMTB仲間であって、それ以上でもそれ以下でもない――肩を並べられたら、話はまるっきり変わるが。

 そんな返答に満足したのか、男友達は「そうかい」とひとまず納得してくれた。その後で、

 

「お前ら二人、よく笑うよな」

 

 ああ――

 それも全て、ミッコが教えてくれたことだ。

 

―――

 

 練習を続けていけば、腕前は必ず上昇していく。どんなに難しい技であろうとも、諦めなければいつかモノに出来る。

 だから、今日という日をもって、

 

「ほっ!」

 

 あっさりだった、車体が180度曲がった。ジャックナイフターンが間違いなく成功した――我ながら信じられなかったと思う、世界が止まったと思う。三秒にも満たない技をあっさりと完遂させて、水木もミッコもしばし呆然としていた。

 そして、「やった……!」と実感した。ミッコも、「やったね!」とスタンディングした。たぶん、生きてきた中でベスト5に入るほどの大喜びっぷりだったと思う。

 ――ひとまず、冷静になる。完全に取得出来たかどうか、何度もチャレンジしなくては。

 

 そしてこの日、水木は間違いなくジャックナイフターンを取得した。それはもうめちゃくちゃに歓喜して、ミッコの前でジャックナイフターンを見せびらかしまくったものだ。

 しばらくは、互いにMTBを走り回らせた。好き勝手にバニーホップして、声を上げてマニュアルを披露して、時には段差越えを、時にはリベラ降りを繰り出した。

 ――遊んだ。練習をしたのではなくて、遊びまくった。

 自分も、ここまでやれるんだなと思った。俺も、ここまでいけるんだなと実感した。疲れた。

 

 自販機へ寄っていって、ココアとアップルジュースを買ってきた。ミッコが「いいの?」と困惑顔をするが、水木は「祝杯さ」と笑う。それで、全てが通った。

 水木が「はい」とアップルジュースの缶を手渡そうとして――ミッコの手と、触れ合った。

 

「あっ」

「あっ」

 

 同時に声が漏れた。瞬間的に「ああごめん」と焦り、缶だけを渡そうとして、

 

「待って」

 

 びくりと、水木の体の動きが止まる。

 

「……待って」

 

 ミッコの小さな手と、水木の手が重なり合う。MTBで運動し続けたせいか、ずいぶんと熱い、熱かった。

 夏も、半ばを過ぎようとしている。夏休みが、近づいてきている。夕暮れが音もなくやってきて、虫が何処からでも鳴いていて、遠くから車の走り去る音が響いてきた――だからこそ、余計に静かだとさえ思う。

 ――終わった。自分に課した目標を、この手で乗り越えた。

 今日はクリスマスでも、バレンタインでも、卒業式でも何でもない。ただの夏のひと時であって、水木とミッコにはお似合いの一日だった。

 

「水木」

「な、何?」

 

 ミッコが、手をぎゅっと握り締める。

 

「水木はさ」

「うん」

「これから、どうするの? もう全部、教えちゃったし」

「――前にも言っただろ。俺は、ミッコについていくって」

 

 これで、肩を並べられた、ということになるのだろうか。

 ――ミッコは言った、「全部教えちゃった」と。

 今日は、本当に何でもない日だ。なんて、らしいんだろう。

 

「ミッコ」

 

 無言。

 

「今まで、本当にありがとう。俺、ずっとMTBを続けるよ」

「……うん」

「それで、さ。お前に、言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

 ミッコが、縋るような目つきになる。

 

「俺さ、その、お前のテクっぷりを見て、MTBを始めたって言ったよな」

 

 ミッコがうなずく。

 

「それは正しいんだけど、もう一つ理由があるんだ」

「え」

 

 自嘲するように、声も無く苦笑する。

 

「お前さ、飛び石を二段越えしたこと、あったじゃない」

 

 ミッコの視線が地面に傾き――「ああ」と思い出す。

 

「ウィリージャンプした時の」

「そうそれ。でさ、成功した時さ、凄く良い笑顔してたじゃない」

「そうだっけ」

 

 覚えているのか、照れているのか、ミッコが歯を見せて苦笑する。

 

「まあ、そうだったんだよ。それでさ、その、」

 

 ミッコに手を握られたまま、水木は深呼吸する。

 今日は本当に、日常の1コマでしかなくて――

 

「その笑顔に惚れて、俺もMTBを始めたんだ」

 

 そのコマに、クサいセリフと、思春期らしいシチュエーションが書き加えられた。

 ――ミッコが沈黙する。

 

「こんなん下心満載だろ? で、その罪滅ぼしっていうのかな。ミッコと同じくらいMTBが上手くなったら、ミッコと一緒に走れるようになったら、俺は、ミッコに告白するつもりでいた。全部、白状するつもりだった」

 

 勇気を補う為に、怯まない為に、ぬるい空気を吸う。

 

「ごめん、何ていうかその、本当にごめん。――MTBの世界を教えてくれて、本当にありがとう」

 

 無理をしてでも笑う。

 

「ミッコ、大好きだよ。お前と付き合う以外、他に考えられない」

 

 そっと、手をほどく。

 

「毎日毎日、本当に楽しかったよ。俺の事を導いてくれて、心から感謝してる」

 

 ミッコと近づく為に、MTBに乗り始めた。これは今も昔も変わってはいない。

 けれど、このMTBは、水色のMTBは、間違いなく自分の相棒だった。

 

「この数日間付き合ってきて、ミッコのことがもっと好きになった」

 

 ミッコは無表情のまま、頷きもしないまま、その目に水木を映し出している。

 

「愛してるよ、ミッコ。――その、不純でごめんね」

 

 手を強く掴まれた、アップルジュースの中身が揺れた。

 この時、自分はどんな顔をしていたのだろう。あっけに取られていたか、能面だったのか。

 

「そんなの、不純なんかじゃない」

 

 返す言葉が思いつかない。

 

「……そんなの、めちゃくちゃ嬉しいに決まってるじゃん」

 

 ――。

 

「最初から、あたしを追いかける為に、ここまで必死になって練習してくれてさ」

 

 うん。

 

「ほんと、あたしばっかり見てたんだ?」

 

 うん。

 

「そっか……」

 

 ミッコが、夕暮れめがけゆっくりと見上げる。無表情のまま、どこか遠い目で、この世界に広がる夕日をじっと眺めていた。

 ミッコの心が読めたら、どれほど楽になれただろう――この間が、単なる沈黙が、心の底から恐ろしかった。なぜだか分からないけれど、そうだった。

 ミッコが、口と鼻で深呼吸する。

 その視線は空から地へ、その意志は世界から水木へ移り変わっていく。

 

「そりゃあ、そうか」

「え」

 

 ミッコが、日常通りに笑った。

 

「あたしが、あんたのことを好きになるのも、当然か」

 

 ミッコが、MTBをその場に止める。水木に余計なことをさせる隙なんて与えないまま、あっという間に抱きしめられた。

 

「好きだよ」

 

 泣きそうな声だった。

 

「不純なんかじゃないよ、あんたは一途なだけだよ」

 

 顔を埋められた。

 

「ありがとう」

 

 水木の意志に、火が付いた。

 

「あたしのことを、必要としてくれて」

 

 水木の腕が、動いた。

 

「あたしのことを、好きになってくれて」

 

 ミッコを、抱きしめた。

 ミッコは小柄で、すぐにでも腕で覆えた。そんな彼女は世界一のライダーで、どうしようもなく乙女だった。

 

「……ミッコ」

「うん」

 

 言おう、自分達らしい言葉を口にしよう。

 

「これからも、一緒に走ろう」

 

 互いがそっと離れ、友達感覚で笑い合う。すっかり温くなってしまった缶を、軽くぶつけあって、プルタップを開けては勢いよく飲み干していく。

 ミッコから空き缶を受け取り、ゴミ箱に捨てる。

 息を吸う、吐く。

 今は、これ以上の言葉なんていらなかった。嬉しいとか、喜ばしいとか、あなたについていくとか、愛してるとか。そうした感情は、サドルとペダルに込めてやればいい。

 

 MTBの車輪が回転する。ミッコとほぼ同時に前輪が舞い上がり、ペダルは足に添えたまま。

 誰もいない夕暮れ時の公園の中で、手を取り合うように、二両のMTBが気ままに踊っていた。

 

―――

 

 いつの間にか夏休みがやってきて、アキとミカは相変わらずBT-42の上でくつろぎっぱなしだった。

 足をぶら下げ、前後に動かしながら、アキは「あー」と声を漏らす。

 なんというのか、ここまで来るのに色々あった気がする。本土へ「旅行」しに行って、風に流されるがまま大学選抜とドンパチして、ミッコのスペシャルテクにおったまげて、ついでに無人島へ観光しに行って――

 本当、めちゃくちゃで散々で楽しい夏休みっぷりだった。その中でも、

 

「ミッコのあれ、凄かったよね」

「あれってどのあれだい?」

 

 カンテレが、軽やかに流れる。

 

「試合中に見せた、あの超絶テク。やっぱり、MTBやってるとデキちゃうのかな」

「そういうものじゃないかな?」

 

 さすがのミカも、片輪走法は「よくわからん」らしい。

 当然だと思う。戦車道を歩んで少し経つが、あんなの見たことも聞いたこともない。車ならまだしも、戦車とは実に恐れ入った。

 流石の島田愛里寿も「え」な顔をして、不意を突かれて後ろからズドン。文句なしの白旗だった。

 ――そんな結果を残したものだから、練習試合の申し込みがやたらと殺到した。少しは燃料費のことを考えてほしいものである。

 

 ――見上げる。

 面白みもへったくれもない、格納庫の天井が視界に入る。淡々とした照明が、目に焼き付いていく。色気が感じられない油の匂いが、体の中へ入っていく。

 ここが、アキの居場所だった。

 

「それにしても」

 

 ミカが、演奏を止める。

 

「ミッコは、どこへ行ってしまったんだろうね」

 

 無人島から帰還して、練習試合を済ませた後、ミッコはふらりと姿を消してしまった。

 ミカは全く心当たりがないようだが、アキはなんとなく察している。

だって、水木の姿も見当たらないのだから。

 

「そうだねえ」

 

 見慣れた天井を見つめながら、

 

「きっと、風に乗ってるんだよ」

 

 寂しく、笑った。

 

―――

 

 ミッコが無人島に漂流したと聞いた時は、それはもう心底心配したものだ。

 しかしミッコは、憔悴するどころか、やたらと元気一杯だった。曰く「海の幸が獲り放題だった」かららしい。なるほど、実に継続高校なエピソードである。

 

 ――例の試合に関しては、もちろんテレビ越しから応援しまくったし、ミッコが大将首を取った時は、それはもう馬鹿みたく騒いだものだ。

 今、戦車道界隈で盛り上がっているらしい戦車片輪走りだが、ミッコ曰く「マニュアルを意識した。秘密だぞ」とのことだ。

 そんなことを言うミッコは顔真っ赤で、水木も苦し紛れに声を上げるしかなかった。

 

 ――色々あったが、夏休みは今も平穏に続いている。

 なんとなく水木とミッコが公園で出会い、「予定ある?」「ない」の一言。予想通りの間が生じたが、ふと、ミッコが「あちこち走り回ってみる? ここ以外で」と提案してきた。

 最初は困惑したが、ミッコのにやけ顔を見て「ああ」と理解した。

 せっかくMTBを好きになったのだ。いろんな世界を走り回ってみよう。

 

 

 水木とミッコは、まずは大洗学園艦を走り回った。ミッコがここを救ったんだなあと思うと、なんだか大洗のことが好きになってきた。あとで名物でも食べてみよう。

 大洗は、継続に負けない晴空を見せている。

 

 次は、サンダース大学付属高校学園艦を走り回った。流石はビッグ、MTBコースもしっかり完備してある。

 坂道を下り、障害物をホップして、時にはライバルとテクで競い合った。一方ミッコは、ナオミというライダーと互角に争いあっていて、それはもう楽しそうに笑っていた。

 ――別れ際、ナオミとライバルから、「またな!」と告げられた。

 水木もミッコも、「また会おう!」と返して。

 

 ほんとう、色々な学園艦の風に乗っていった。

 時には雪かきを手伝ったり、ある時は自転車レースに参加してみたり、その時は大道芸人になってみたり。星空が綺麗なものだから、雰囲気に飲まれてミッコとキスしたり――

 

 

 だけどやっぱり、居場所はこの公園だった。

 ただ広くて、普段は人気なんか感じられない。ベンチが設けられているものの、有効利用された場面なんてまるで見たこともないのだった。

 そんな公園の中で、自分は、ミッコの笑顔を見た。

 それが、全ての始まりだった。

 

 夕暮れの中で、水木はひたすらなまでに走り回って、ただただやりたいように飛び跳ねて、気ままにその場でターンして。時には水木がペダルの上で立ち上がり、自転車ごと静止させる。

 ふと思い立って、公園に設けられた飛び石へ跳ね乗り、ウィリーの姿勢のままで一旦停止――そのまま、次の飛び石めがけ跳躍する。前輪を空に掲げたままで。

 もう止まらない。飛び石から飛び石へ、ケンケンパの要領で進んでいって、飛び石を二段越え、できた。

 頭の中が、一瞬にして冷静になる。夕日に捧げられていたはずの前輪が、音を立てて地に着いた。

 静まり返る、呼吸する。

 そっと、ミッコを見た。

 

 ミッコが、何も言わずに、心の底から微笑んでいた。

 水木はヘルメットを脱いで、かっこつけてピースする。

 

 今は、今だけは、なにも言葉はいらない。

 この公園の中で、いつもの夕暮れの下で、水木とミッコは、惹かれあうように近づいていって、寄り添う。

 水木がミッコの肩を抱いて、ミッコが水木に身を委ねる。ずっと、いつまでも、今日も、明日も、数年後も、同じことを繰り返すのだろう。

 

 そろそろ暗くなってきたので、水木とミッコは寮へ帰ることにした。本当、なんでもない別れ方だった。

 

 こうして、継続高校学園艦の一日が終わる。

 

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
今回のお話ですが、同じものを好きになって、頑張って近づいていく、そんなストレートな話が書きたかったのです。

MTBを選択したのは、ミッコがやっても違和感はないかな? というイメージからです。
継続高校組は、趣味などが不明なので、「これで大丈夫なんだろうか」という不安があったりもします。

少し長くなりましたが、これでミッコの物語はおしまいです。また、メタルな恋愛が書けたと思います。

少しお休みをいただいてから、また何か書こうと考えています。
ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました。

ご指摘、ご感想、いつでも待っています。

それでは、最後に、

ガルパンはいいぞ。
ミッコはかっこいいぞ。

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