終末世界ぶらり旅1   作:イーストプリースト

3 / 7
魔女の家を訪ねて

 

 薄暗い森。

 黒ずんだ茶色の樹皮をした木々。ひび割れたような縦筋が幾つも走る表面には緑青色をした苔が覆うように生えている。

 それらは何故か整地された道の上にも生えており、二人が脚を踏みしめるたびにじわりじわりと湿った感触を靴越しに伝える。

 曇りの空、ただでさえ少ない光を大い茂る木々たちが拒んでいた。

 生命が息づくような虫や獣の音はなく、何かが息をひそめてこちらを窺っているような不穏な気配がそこらへんに漂っている。

 清涼な木々の香りはなく、湿りじめっとした空気に混じり、甘ったく淀んだ匂いが混じっている。

 道に出ている根に引っかかって引き摺りづらいので、ドロシーは棺桶を背負って歩いている。

 

「ねぇ、トト。この森おかしくない? なんでこんな甘ったるい匂いがしてるの? それに、なんで道が舗装されてるのかな」

「舗装といいましても、ただ、通り道の木が伐採されて道が均されてる程度でありますけどね」

「どうみても罠かなにかだよね、それ」

「否定はできないであります。迷宮の巨人も第一テストと言っておりましたし、テストを潤滑に行うために舗装してるのではないでありますか? または――」

「または?」

 トトの耳がピクリと動き、頭上を見上げ、木々の間を見つめた。

「このように待ち伏せをしている場所に誘導するためでありましょうな」

 視線の先、全長3mはあろうかという巨大な蜻蛉が飛んでいる。迷宮の空中にもいた変異生物、ヘビトンボだ。

 それは空中を細かい方向転換しながら、時折、空中で方向転換したかと思うと、鋭角に曲がり、ドロシーへと襲い掛かった。

 強靭な顎の一撃をドロシーは背負っている棺桶で防いだ。金属音が響き、衝撃でドロシーが後ずさる。即座にトトがヘビトンボに鍵爪を振るうが、ヘビトンボはそれを容易く右に躱し、宙へと舞い上がる。空中を自在に動き回るヘビトンボを格闘戦で仕留めるのは厳しそうだ。

 ぽきりと乾いた枝の折れる音がする。

 トトが振り向いた先にはねじくれた形をした少女たちがいた。

 薄汚れたシャツに擦り切れるほどに履き続けたズボン、それらはすでにぼろきれの様になっており、すでに服としての体裁がなっていない。

 布地は汚れ、破れ、その下の薄汚れた肌を晒し出している。赤く横筋が入り、切れ切れとなった肌。

 ぶらりぶらりと胸部から垂れ下がっている布切れは下着であろうか、いずれも苔に覆われてよくわからない。

 その肢体は人型をしているが、しかし、それらはもはや人間とは言い難かった。

 体と一体化するように内側から生えている茸、肩から、腹部から、首から、頭から。

 部位はそれぞれ違うが、何本もの寄生植物が生えたそれは、生きたまま――あるいは死んだまま――体を乗っ取られていた。

 

「森に入って3回目の襲撃でありますね。変異昆虫ばかりだった今までと違って些か奇妙な敵がまざっているでありますが」

「うん。……けど、これは……」

 

 ぶつぶつと、ぶつぶつとつぶやいている個体、トトは「誰?誰?」「そこにいるの?」と聞き取る。目の内側から2本の茸が生え上がっており、見えてはいないようだ。

 恐らくではあるが、脳内をのっとりちょうどいい生餌としているのだろう。この声に惹かれて近づいた人物に何らかの方法で寄生するのだろう。

 他の少女たちも大小それぞれ、何かを呻いていた。恐らく自意識はまだあるのだろう。

 あるものなどは太い樹木と半ば一体化し、呻きながら二人に手を伸ばしている。自らの状態に気付いていないのか、木と一体になっている半身をひっぱりながら近づこうとしているが、当然のことながら樹木は微動だにしていなかった。

 とんと、トトの背中に何かが当たる。柔らかい感触、ドロシーのようだ。視線をそちらに向けると、ドロシーが少女たちに視線を向け、痛ましそうな表情をしていた。

 

「いままでも酷い死体とか見てただけど、これはちょっと酷過ぎないかな」

「そういう感想はあとでお願いするであります。空の変異生物も決して油断できる相手ではないので」

「う、うん……」

 

 納得はできなさそうなドロシーであったが、無理やり飲み込み、アンデッドガンを上空へ向ける。

 トトがドロシーから離れ、少女たちへと鍵爪を振るった。

 

 

 連結したショットガンが火を噴き、全長3mはあろうかというヘビトンボを次々と撃ち落とす。透明な羽に穴が開き、飛行を維持できなくなったそれらは地に堕ち、用をなさなくなった羽を振るわせて蠢いている。

 哀れなヘビトンボを踏みつけ、全身がからキノコを生やした人型の――元は人体であったと思われる――寄生植物たちがのそりのそりとドロシーに近づいてくる。彼らの腹部が風船のように膨らんだかと思うと、ぽかりと開いた口から白色の胞子を飛ばしてくる。それを吸い込まないように、袖を口に当て、地面を転がりドロシーは回避した。立ち上がると即座に鎖を引き、棺桶を引き寄せる。

 地面に生えている木の根が背中に当たり痛い。転がった直後にドロシーは、連結したショットガンを中折りし、排莢。即座に腰に下げている予備弾を指の間に挟むと装填しなおし、件の茸人間に対して発砲する。それらは弾の雨にさらされ、腕や足と、それらに生えていた茸の傘をまき散らして、地面に落ちた。

 ドロシーと少し距離が離れた位置に精神が崩壊したような少女が数人、彼女たちを見ている。彼らは虚ろな瞳で何かを呟き、口から涎が垂れているが彼女たちは気にしない。右目から白色の菌糸の傘が映えている物、手の指の先からキノコ傘が見えているものもいる。

 彼女たちは既に寄生植物に侵されたバンシーたちのようだ。まだ、完全には寄生されきってないようで、まだ人間の面影を多く残しているがところどころから茸を生やし、また一体化していた。

 トトはその彼女たちを掴み、握り潰す。くちゃりと腐肉がつぶれる音が聞こえ、ぼたりぼたりと黒く濁ったしずくが落ちた。一人つぶされても、彼女たちは鈍い動きで、トトを見つめている。

 死体を握りしめたまま、トトはほかのバンシーを殴り飛ばす。少女の顔がつぶれ凹み、ひしゃげた面は黒ずんだ紫色に変色している。

 トトは近くにいたバンシーに持っていた死体を投げつける、二人は抱き合うようにぶつかりよろけた。その二人ごと巨大な鍵づめが掴み、背後にあった木に押し付け、挟みつぶした。

 残りは一体。

 それは右目から白色のきのこを生やし、首から下、つまり胴体から無数の巨大な茸が映えており、人面が茸の上に載っている人型のように見えた。トトが潰した二人とは逆の位置におり、よろりよろりとドロシーに近づいてきていた。

 ドロシーはそれに対してアンデッドガンを向けるが射線にトトが入っているため、撃つことができない。

 それを知ってか知らぬかバンシーは虚ろな瞳でドロシーを見つめ、孕むように腹部を膨らませる。ドロシーは自らの後方にアンデッドガンを向けると発砲。その反動を利用し、加速させたアンデッドガンを下から弧を描くように振り回し、バンシーの顎を殴り飛ばした。

 視界の端で緑色のつたがトトに伸びている。バンシーは首がのけぞり、空中に白い胞子をまき散らした。こきりと音がしているが、動きには支障がないようだ。

 ドロシーが棺桶を勢いよくバンシーに当て、バンシーをよろめかせる。そのままもう2発、棺桶でバンシーを殴り、木にたたきつけるようにして、トトから射線を外した。そして、照準を合わせて、引き金を引く。

 

「すいません、ドロシー。援護を頼むであります」

 

 抑揚がないが、どこから逼迫したトトの声。彼女に蔓が巻き付いており、トトの動きを止めていた。

 四方向から数多の蔓が伸ばされており、特徴的な鍵爪以外にも腕や足首、胴体などに巻き付いている。さしものトトも鍵爪以外も拘束されると動きが取れないようだ。

 蔓には棘が生えており、痛々しく食い込んだ肌には棘が食い込み、赤い血が滲んできている。まるで串刺しのようだ。

 トトも力では負けてないようで、数多の蔓を伸ばされつつも、どれも張り詰めた状態で拮抗している。

 蔓をトトに伸ばしている植物のうち一つが爆散する。巨大な花びらが宙を舞う。ドロシーのアンデッドガンの銃口から煙が上がっている。

 みしりみしりと蔓が音がしている。ドロシーはアンデッドガンを中折りし、排莢。空薬莢が地面に落ち、からんからんと音が鳴った。予備弾薬を指の間に挟んだドロシーは、素早く装填し直した。

 他の植物からドロシーに蔓が伸ばされる。ドロシーのアンデッドガンが火を噴き、それを空中で迎撃した。流れ弾がトトに当たり、頬を打ち抜いた。

 

「ごめん、トト、当たった!」

 

 トトの頬にぽかりと穴が開いたが、すぐさま肉が盛り上がり、傷口が再生し始めた。気にした様子もなくトトがさらに力を籠める。蔓はみしりみしりと音を立ってているが、まだ切れていない。

 ドロシーが別の植物に銃口を向ける。連結されたショットガンの先が光る。拘束している植物の数が減り、トトの膂力が蔓を上回った。蔓は千切れた。

 

 

「やっと一息つけるね……」

「同意であります」

 

 無数の肉片が飛び散る森。赤い液体と排莢された弾丸がそこもかしこに転がっていた。

 迷宮を抜けた先でいた天を衝かんばかりの巨人を倒した二人。その後、巨人の中から出てきたデータディスクをトトが読み取り、次の目的地である魔女の家を目指して森へと歩を進めていた。

 

「もう敵が来ないといいね。今まで、ひっきりなしに現れたし……」

 

 トトの耳がピクリと動いた。リボンがひらひらと揺れる。

 

「この周囲に近寄ってくる相手はいないようでありますね。一度、休憩と参るであります」

「賛成。本当になんなのだろうね。こんなにアンデッドと……変異昆虫?化け物?に襲われたの初めてだよ」

「森は変異した昆虫や植物の楽園となっている危険地帯であります。嘆かわしいことに魔女の家が森の真ん中に建っているのではなければ、出来る限り近寄りたくはないでありますな」

「なんで魔女はそんなところに住んでるのかな。それに、あの巨人はなんだったんだろう。アンデッドだったみたいだけど」

「初期テストといってことからこちらの何かを試しているとおもわるのでありますが、……しかし、何を試しているのかまではわからないであります」

「テスト……テストかぁ。なにかとても嫌な響きだね。背中がむずむずするんだけど」

「ドロシーは成績悪そうでありますからね」

「トトよりはいいよーだ。だいたいあの迷路だって、わたしがいたから攻略できたんじゃない」

「そこをつかれると弱いでありますな。しかし、ドロシーはあの迷路を大分歩きなれていたようでありますが」

「え、だって―――」

 

 ドロシーの脳裏に唐突に光景が思い出される。今までどうして忘れていたのか自分でもわからない記憶。

 迷路の中で――泣いている少女、その子の頭をドロシーは撫で、宥める。蹲ってしまったその子をどうしようかと悩み、結局、どうしようもなく少女の手を引いて、赤黒い迷宮を歩いている。

 少女は泣きじゃくりながらも、ドロシーの後ろをついてくる。ドロシーの背筋にヒヤリとしたものが走り、少女ごとを赤黒い壁の下にしゃがみ込む。

 どうしてわかったのか、そこは一見変哲もない壁の様だが、ドロシーが強く推すと壁が外れ、通り道ができた。

 

 場面が飛ぶ。記憶が途切れ、また再び蘇る。

 

 ドロシーの目の前で少女がぶたれていた。ドロシーが慌てて、その子を庇おうとするが、誰かに羽交い絞めにされ動けない。

 もがき、身を捩って抵抗するが、大人の力にはかなわない。

 ぶたれた少女はじわりと赤くはれていた。少女が助けてと叫ぶ。

 涙混じりの視線がドロシーに突き刺さった。

 ドロシーは後ろの人物をにらみつけて―――

 

 ふと目が覚めるように現実に戻ってくる。

 トトがドロシーの顔を無表情に見つめていた。カメラアイが絞られドロシーの顔を注視している。

 その視線は彼女にすべて向けられており、ドロシーに何か異変が起きてないか、注意深く観察していた。

 

 ドロシーはぼうと、呆けたようにトトを見つめ返す。

 先ほどの少女とトトの顔を見比べるが似ても似つかない。しかし、創られた存在であるドールに昔の記憶と似ているかは何処まで意味があるかわからない。

 だから、聞いてみることにした。 

 

「ドロシー、どうしたのでありますか? いきなり虚空を見つめて呆けていたので、さきほどの戦闘の影響かと思ったのでありますよ」

「ううん、違うよ。ただなんだろう、昔のことを思い出してる感じ……? 唐突に思い出したの。けど、あの少女はトトなのかな」

 ドロシーはトトに先ほどまで見ていた記憶のことを告げ、確認を取ってみるが、トトは首を横に振る。

「いえ、それは自分ではないであります」

「じゃあ、誰なんだろう。あの視線が忘れられないんだけど……」

 

 苦虫をつぶしたように唇を結ぶドロシー。先ほどの少女の視線が胸に突き刺さって、脳裏から離れなかった。

 助けた、と思いたいが、できなかった、という気持ちだけが流れ込んできて、ドロシーは不安となった。

 

「わからない、であります。それを訪ねるためにも魔女の家の進むであります」

「うん。……うん、今度は話ができる人だといいね」

 

 

「トト?トト?」

「………」

「トート、さっきから視線が釘付けだよ」

「…………」

「ほら、トトってば。どう見ても罠だよ、あれ」

「……いえ、確かめて見なければわからないこともあるであります。是非、試してみましょう」

「仮に本物でも、地面に落ちてるものは汚いし、そもそもアンデッドに食事は必要ないって言ったのはトトだよね」

「食事はなくとも楽しむことはできるでありますよ」

 ドロシーが溜息を吐いた。

「もう、わたしの棺桶をじっと見ないでよ。仮に本物でも詰めないからね」

「……」

「残念そうな顔しない。トト、怒らないから言ってみて、あなた甘いもの好きでしょ」

 トトは視線をそらした。

「そんなことないであります」

 

 甘い匂いが二人の鼻をくすぐる。二人の視線の先にはお菓子の山があった。

 魔女の家へと通じる一本道。均された道から外れた木々が生い茂る中にそれらはあった。

 苔と短いシダの植物が生えている脇。地面の上に直接、置かれているお菓子の数々。

 段でおかれている白いクリームが塗られたケーキ。

 茶色に焼かれたクッキー。

 各色のぎざぎざな星のような金平糖。

 串に刺さった白い団子。

 様々なお菓子がそこに置かれていた。

 薄暗い森にぽつりと置かれたお菓子の山があった。

 

 甘く魅惑的な匂いを漂わせているが、虫がよりつく様子がないのが奇怪であった。

 通常なら蟻などがたかっていてもおかしくない光景である。

 また、森の中に唐突にお菓子が置かれているのは、奇妙としかいいようがなかった。

 あまり覚えてはいないものの、そのおいしそうな匂いに食欲がわくドロシーであったが、あまりにもおかしな光景に理性は警告を鳴らしていた。

 対するトトも理性ではわかっているのだろうが、しかし、目はお菓子に目が釘付けになっていた。

 

「トトー、目的地見えてるんだから明らかにおかしなものに近づくのはやめようよ」

「…………冗談でありますよね?」

 トトが目を細めてドロシーを見つめる。ドロシーは暫しの間、考え込み、

「違うよっ、そういう意味じゃないよ!」

 と叫んだ。

 

「もう、トトは昔からそうなんだから! わたしの分のおやつが出た時も欲しがったよね。それで、いっつもわたしの分まで食べてたじゃない。本当にもう……甘党なんだから」

「ドロシー、昔とは?」

「もう、トトったら、昔は昔でしょ。ほら、病院で過ごしてた時に出てきた数少ない楽しみのおやつ」

「どこまで思い出したのであります?」

 トトの指摘にドロシーは目を見開いた。

「……わたし、あれ、なにを……、――病院にいたの?」

「ええ、はい。自分たちはかつて病院にいました。正確には自分たちは途中までは共におりましが、が、ある時期を境にあなたはどこかへ移送されたであります」

「そう。そうだったのね……。ごめんね、完全に思い出したわけじゃないんだけど――――」

 

 懐かしい記憶が思い出される。今まで忘れていたかつての記憶。

 今よりも幼いトトがドロシーをにらんでいる。幼いトトはドロシーの持っているプリンを凝視し、穴があくほど見つめていた。

 無表情なのは相変わらずであるが、一文字に結んだ唇の端はぷるぷると震えていた。

 ドロシーはプリトと幼いトトを2回ほど見くらべ、何かに負けたよう頬を緩ませ、微笑むと、プリンの皿をトトの前へと置いた。

 

 

「――――うん。トトが食いしん坊だったのは思い出したよ」

「そんなこと、……ないであります」

 

 トトが視線をそらし、そっぽを向く。

 ドロシーが微笑ましそうにトトを見ている。

 

「そういえば、トトはどこまで覚えてるの?」

「……与えられる情報には制限があると申したはずであります」

「うん、だから、言える範囲で教えて。わたし、トトのこと知りたいの」

「言えること、少ないでありますよ?」

「それでも話してくれると嬉しいな」

 トトはため息をついて。

「自分で生前覚えているのは途中まででありますな。自分が覚えてる限りの小さいころから病院にいたころまででありますか」

「となると、わたしも病院にいたんだね」

「そうでありますな。自分は小さい頃に原因不明の病で倒れ、そのまま病院に入れられました。それから4年ほどしてからでしょうか、病院の待機室で本を読んでいた時に声をかけてきた子がいたのであります」

 トトはドロシーを見つめる。ドロシーを映しているが、視線はどこか遠くを見ているようだった。

「病気は一向に治らない、様子を見に来る親族もいない。実際に見捨てられたのかもしれないでありますな。熱心な愛国主義者でありましたから、彼らは使えなくなった子供など興味がなかったかもしれないであります」

 トトは視線を左下に落とす。表情は相変わらず変わらない。ドロシーはただ事実を言っているだけ、トトにとってはもう区切りがついてることだ、と感じ、言葉を挟まなかった。

「灰色の日常ってやつでありますな。そんな時期にその子は声をかけてきたのであります。私は■■■■、アナタの名前は?と」

「ごめん、最後のところ、もう一回言ってくれないかな。よく聞き取れなかった」

「――”私は■■■■、アナタの名前は?”」

 ドロシーは首を捻る。トトの話に出てくる子供名前だけ、音が濁ったように聞き取れないのである。

「名前、聞き取れないね」

「なら、書きましょう」

 トトが巨大な鍵爪で、地面に文字を掘っていく。名前は■■■■。やはり、靄がかかったようにぼやけて読み取れなかった。

「ごめん、読み取れない」

「推測でありますが、何らかのプロテクトがかかっているのでありましょう」

「知られたら困るのかな……」

「迷宮で言った通り、暴走を懸念してでしょう。話を戻します。自分は初め、その子を無視していたのでありますが、その子は諦めずにずっと跡をついてきて、部屋にまで押しかけて来たであります」

「あれ、わたし、迷惑かけてたのかな……?」

「ええ、とても。あまりにもしつこいので、どうしてそんなに自分に構うのかと聞いたら、”だってそんなに寂しがってるんだから、放っておけないよ”と返って来たであります」

 

「少し呆けて、それから烈火のごとく怒ったでありますね。そんなことはない!あなたの勘違いだ!と」

「怒るトトは想像できないなぁ。ちょっと見てみたいかも」

「今度説教する時は覚悟するであります。それでも引かないのでありますよね。そんなことないもん!と。そういって、その日は引いたでありますが、それから毎日毎日、自分の元へやってくるであります」

「それで自分の方が根負けして、一緒に話したり本を読んだりとして仲良くなったでありますな。生涯、唯一の友人でありました」

「なんというか、重いね」

「他に同世代の子供もおりませんでしたので。まぁ、その子もある日、別の病院に転院してしまったのでありますけどね。その時にもらったのがこのリボンであります」

 トトは、ドロシーの人形をじっと見つめながら、言葉を吐いた。

 どこか懐かしさを感じ、人形を撫でるドロシー。もう少しで何かを思い出せそうに感じ、きっかけをつかめないことにもどかしさを感じる。

 

「まぁ、自分が語れるのはここまででありますね。何か思い出せましたか?」

「ごめん。あとちょっとで思い出せそうなんだけどきっかけが掴めない感じかな」

「まぁ、気長に行きましょう。……ところで」

 トトは言葉を切って、怪しいお菓子を見やり

「やはり食べられないものでありましょうか」

 鍵爪を伸ばす。白いクリームのケーキを掴み、抉る

 巨大な鍵爪の上に、ちょこんとケーキの切れ端が載っている。

 

「うわっ……」

 

 抉られたケーキの下、スポンジがあるであろう場所には白い液体が零れ、抉られた痛みのせいか、ケーキから足が生え、うねうねと蠢いていた。

 トトの鍵爪に残っているケーキの切れ端からも、どろりと白い液体が垂れ、拡がった。

 クッキーと思っていたものは、チョコがチップがついた表面がぱかりと2つに分かれ、羽を出して飛び立つ。

 金平糖に見えていたそれは、折りたたんでいた8本の脚を伸ばし、うぞうぞとこの場から逃げ出し始めた。

 団子は、くねくねと体をうねらせ、ドロシーのほうへ進行し始める。ドロシーは思わず肩にかけていた棺桶でそれを叩き潰した。

 

 蟲だ。

 蟲がお菓子に擬態していたのである。

 お菓子の山に見えたそれはすべて蟲の群れであった。

 甘そうなお菓子に足が映え、羽を拡げて飛び立つ光景はなんともいえない嫌悪感をもたらした。

 トトが珍しく慌て、ケーキの切れ端を捨てる。

 ドロシーはアンデッドガンを引き抜いた。

 

 

「もう、トトったらそんなに食べたかったのっ?!」

「むぅ、好奇心を抑えきれなかったのであります」

「まったく普段の冷静に注意をくれるトトはどこにいっちゃったんだろう」

「………面目ないであります」

 表情こそ変わらないもののトトは目をしろどもどろに泳がせる。

 頭上の犬耳がぺたりと垂れ下がっていた。

 ドロシーには自分より大きなトトが今は小さく見えた。

 それがとても微笑ましく見えて。

「ほらトト、そんなに落ち込まないで」

 つい、ドロシーがトトの頭に手を伸ばして撫でた。

 トトが不満そうな視線をドロシーに向け、睨みつけた。

「逆に落ち込むのでやめるであります」

「ふふん、なら、罰ってことでしばらく撫でられててよ」

 撫でる手を止めないドロシー。トトは何か言うために口を開こうとしたが、先ほどの失態の罰という名目なので止めるに止めらない。

「だって、トトを可愛がる機会って案外ないしー。トトっていっつも寄せ付けようとしないじゃない」

「わたしはあくまでナビゲータであります」

「もう、硬いなぁ……」

 ドロシーが疲れたように長く息を吐いた。

 トトがドロシーの手を逃れ、歩き始める。

 くすりとドロシーは笑い、トトの後をついていくのだった。

 

 

 チョコレートの扉、ビスケットの壁、スティックの柱、綿飴の屋根。

「トト、どうみてもお菓子の家よね」

 道伝いに歩いてきた二人が発見したのはお菓子でできた家であった。

「疑いようもなくお菓子で作成された家でありますね。ただ、先ほどの件から考えると本物のお菓子というよりは、お菓子に擬態している虫と考えるべきでありますな」

 森の中にぽつんとあるそれは、童話の挿絵から抜け出してきたような光景であった。

 甘い香りが二人を誘うように漂っているが、相変わらず虫は集っていなかった。

 先ほどは思い至らなかったが、もしかすると虫を遠ざけるフェロモンの類が混ざっているのかもしれない。

「本当にあれが魔女の家なの?」

「はい、入力された座標や地図はあの場所を指し示してるであります」

「座標ってどこか印があるのかな」

「自分は内蔵機械と異形としての能力に力を入れて作られたドールであります。その機能の1つに目的地を指し示す機能があるのであります」

「つまり、わたしには見えてない地図とかが見えてるってこと?」

「その通りでありますな。ドロシーにしては珍しく察しが良いでありますね」

「珍しくは余計だよ」

 二人は木の陰から魔女が住まうお菓子の家を見ている。

 

「しかし、魔女ね。どんな人なんだろう、そもそも人なのかな」

「これまでのことを顧みてみると、なんらかの装置や対象に対するコードネームだと思われるであります」

「そっか。それがあんなことしたのかな」

「推測でありますが、途中の寄生された少女たちのことでありますかな」

「そうそう。これまでも肉を潰す機械や精神が壊れた後も彷徨い続ける子たちを見たけど……あそこまで酷い、人間を冒涜したものが出てくるなんて……」

 ドロシーは地面に視線を向けながら、不安そうな表情で

「怖いのでありますか?」

「……うん、正直に言って怖いよ。死ぬならまだいい、嫌だけど。けど、あんな、あんな姿のまま生き続けるのは嫌かな」

 力ない笑顔を浮かべる。

「本当はあんなことにした相手に怒らないといけないんだけどね。でも、わたし、そこまで強くないから、怖い気持ちの方が大きいかな」

「それで、どうするでありますか? 怖いのなら引き返しますか? それとも、ここにずっととどまり続けるでありますか?」

「うん……。それができたらよかったんだけどね」

 ドロシーは泣きそうな笑顔を浮かべて。

「けど、行こう、トト」

「不可思議であります。ドロシーは真底怖がってるであります。なのに、なぜ、進もうとするでありますか?」

「うーん、トトのこともあるけど。やっぱり自分のことだよ」

 ドロシーがトトに手を差し伸べる。

「うん、わたしはやっぱり何があっていまこうなってるかを知りたい。どうしていま、こんなことになっているのか、知らないといけないんだ」

 トトがその手を取った。大きすぎる鍵爪で、ドロシーの手を傷つけないようにそうっと掴んだ。

「だから、トト。ごめんね、わたしのわがままだけど一緒に来て。お願い」

「しょうがないでありますな。ドロシーは自分がいないとなにもできないようなので、一緒にいてあげるであります」

「もう……。ありがとう、トト」

 二人は木陰から出ると魔女の家へと歩いていく。

 道に落ちている小枝が踏まれ、ぽきりと折れる。

 均された道に生えている木の根を避けながら、お菓子でできた家に近づき、ビスケットの扉を開ける。

 香り甘く淀んでいて、家の中は暗く、先が見えない。どうやら、飴でできた窓は窓の形をしているだけで、光を通してはいないようだ。

 二人は互いに見合わせ頷き合うと、魔女の家へと入り、扉が閉められた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。