終末世界ぶらり旅1   作:イーストプリースト

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遊園地で遊ぼう 1

 

 ドロシーとトトは互いに顔を見合わせた。

 二人の前には巨大なピエロの口を模した門ある。白色に塗られた頬に歯の代わりに柵があり、片目に星、もう片方に赤い丸の装飾が入っていた。

 その背後、門を超えた向こう側にはジェットコースターやメリーゴーランド、いわゆる遊具が見えている。

 二人の視界に見えている城を中心にしたらテーマパーク、すなわち遊園地のようだった。 

 

「うーん、迷宮、森、お菓子の家と続いて、次は遊園地? これ、本当にどういう意図でつくられたんだろう」

「自分に聞かれても判りかねるであります」

 

 目を細めるドロシーに対して、どこか投げやりな様子でトトが答えた。

 そこに、

「やぁ、みんなサイケデリックの精密操作度テスト場へようこそ!」

 ピエロの眼がぎょろりと二人を捉えると、唇の端をにやりと持ち上げ、話しかけた。

 ドロシーが背負っていた棺桶を盾にする様に地面に降ろし、トトはドロシーを庇うために棺桶の前に立った。

 地面を抉り、金属音を響かせて鍵爪が持ち上がる。

「おーおー、待て待て!オレは中立だ!ノー暴力!ノー暴力!」 

「わかりました、とりあえず壊すであります。いまのところ、会話が成立してよかった試しがありませんので」

「トト、ストップ!ストップ!」

 

 鍵爪を振り上げるトトの後ろから肩をつかみ、ドロシーが止めた。ピエロが安堵の息らしきものを漏らした。心なしか表情引き攣っているように見える。

 

「えーと、あなたは話が通じるようだから、なにがなんだから説明してほしいのだけど……」

「ハハハ、もちろんさお嬢さん。ボクはそれが役割だからね」

 ピエロの門がウィンクした。

「さぁさぁ、ご清聴。楽しいお話の始まりだよ。何処から語ったろうか」

「むしろ、何をしゃべれるのであります? 知ってることを全部、吐いてくれるのなら手間が省けるのでありますが……」

「オーケー、お嬢さん。とりあえず、振り上げた手を下ろそうか……。尤もボクが知ってることは限られてるんだけどね」

 トトが疑わし気な視線を送る。ドロシーが困ったように微笑んで、トトをなだめた。

「やれやれ乱暴なお嬢さんだ。――さぁ、ここは超能力開発の最終実験場。君たちのゴールだ」

 予想外の単語に二人は顔を見合わせた。

「それは――」

「おっと、質問は受け付けないよ。そもそも答えを知らないからね!残念だったねぇ!」

 ピエロの門がケタケタと自らを震わせながら笑う。柵が揺れ、鈍い金属音を響かせた。

「超能力とは、どういうことでありますか?」

「君達もここまで来たなら気づいてるんじゃないかな、いままであった不可思議な現象や、わかるはずのない場所を見事言い当てた子がいることを。

そう、君だよ! おめでとう、君の性能は証明された!」

 ピエロの門は片目をねめつけるように開き、ドロシーを覗き込んだ。門そのものが柵を軋ませながら動く光景は性質の悪い冗談のようで気味が悪い。

 口の部分となっている柵がまるで歯のようで、食べられるような錯覚を覚えそうである。

「それは―――」

 完全に隠された道を簡単に見つけられたのは誰か。

 壁に埋め込まれた死人の襲撃を感知したのは誰か。

 相棒の気持ちを自分の様に感じることが出来たのは誰か。

「―――わたしなの……?」

 そして、挽き肉機に囲まれた時に発生した突風を起こしたのは、誰か。

「そう、そうだよ、君さ」

 唇の端を吊り上げて、ピエロはそういった。

 からから、と柵が横に開いていく。

「さぁ、ここが君達の最後の試験だ。心して入るんだよ」」

 地面から暗い赤色の舌が伸ばされる。厚い肉でできたそれは、舌の形をしているが湿ってはおらず、その上には何かの枠が置かれていた。

 手のひらサイズの額縁のパズルの額縁であった。

「それは君達を導いてくれるパズルさ。何処にあるかはひ・み・つ。ご自慢の超能力で探ってみてね! あっ、それと」

 ピエロの目に反転し、何かの画面となる。画面には時計が写っており、

「時間には注意してね!時間以内に全部のピースを集めきらないと、愉快なことが起こるよ!」

「まったく」

 トトが鋼の手をパズルの額縁に伸ばす。

「本当に言葉が通じてよかった試しがないであります」

 ピエロの舌ごと額縁を掴むと、そのまま力任せに舌を引っこ抜いた。

 絶叫が響く。

 

 

 

 ドロシーがうんうんとベンチに座り唸っている。

 今のところ園内にはひとっ子一人みかけない。外と違い遊園地の中は地面が舗装され、珍しく平らで均された、綺麗なコンクリートの道となっている。

 柵に囲まれたそれぞれの遊具は多少錆びているものの、これまでの廃墟に比べれば驚くほどきれいな外観をしている。

 これらの遊具は人もいないのに自動的に動いている。試しに2人が入り口をくぐると自動的に止まり、搭乗されるのを待っていた。

 ざざと濁った音の後に、スピーカーが『時計は9時を指しました、閉園までごゆっくり』と言葉を吐く。

「それで、ドロシー。何を唸っているのでありますか?」

 周囲を見渡していたトトが声をかける。雑多な、聞き覚えの無い音楽が園内に流れていた。

「いや、わたし、超能力をつかえるみたいだから、なにかこう、ビビッと来ないかなって……」

 問われたドロシーは少し気まずそうに眼をそらし、

「阿呆でありますか?」

 血のついた額縁を睨みつけていたドロシーにトトが呆れた視線を送った。ドロシーは明後日の方向を向いてごまかしの笑みを浮かべた。

「いままで火事場で力を発揮することはあっても、意図的に能力をつかえたことはなかったありましょう」

「ほら、自覚したことでなにか覚醒するかもしれないじゃない」

「そんな都合のことを期待してどうするのでありますか」

 トトが溜息をつく。

「まったく、あなたは自然体でいればいいのでありますよ。使えるかどうかわからない力に何て縋るなんて、神頼みと変わらないであります」

「けど、わたしの超能力が重要みたいなこといってたよ」

「敵の戯言に囚われて唸ってたところで時間の無駄でありますよ。それよりできることを詰める方が重要であります」

「……そんなものかなぁ。……うん、そうだね」

 しばしドロシーは思案した後、なにかに納得したかのように頷いた。そして、ベンチから勢いよく立ち上がる。

「うん、せっかく遊園地に来てるんだもの、いろいろと試すついでにあそぼ、トト」

 

 

 くるり、くるり。黄色いティーカップに二人が座っている。ドロシーが真ん中のハンドルを回し、ティーカップの回転速度を上げている。遊具場の外側からスピーカーを通して陽気な音楽が聞こえる。

 その大きすぎる鍵爪のためか、ドロシーの向かい側に座っているトトは3人分ぐらいの空間を占有している。

 邪魔になる棺桶とアンデッドガンは、赤い看板の遊具の荷物置き場に置いてきている。敵が突然襲ってきたらどうするんですか、と視線に込めたトトが睨みつけていたが、ドロシーは敢えて無視した。

 くるりくるりと周囲の景色が高速で変わっていく。

 緩やかに動いている観覧車、ジェットコースター、そういえば植物、主に木が見えないなと、ドロシーは気づいた。

 勢いがついてきたところで、さらにハンドルを回す手に力を籠める。外に体が引っ張られるような感覚と共に、視界のものが線を残してぼやけるように高速で移動していく。

 その中でトトとドロシーは互いの姿だけがはじめと変わらずに見えていた。まるで、2人しか世界にいないような雰囲気が訪れる。

「そういえば、トトは知っていたの? わたしが超能力を持っていたこと」

「いえ、そこまでは知らないであります。しかし」

 トトは言葉を切り、思い出すように

「ドロシーが超能力を持っていれば腑に落ちる点がたくさんあるであります」

 トトの頭上についている犬耳が僅かに動く。今も敵が来ないか音を探っているのだろう。

 

「魔女の家での出来事を覚えておりますか?」

「あの至る所に蟲が敷き詰められていたお菓子の家のことかな」

 嫌な記憶を思い出してドロシーが苦い顔をする。前回、森を抜けた先にあったお菓子の家。その中ではお菓子に擬態した無数の羽虫が蠢いていた。

 外見はケーキやクッキー、飴玉といった一般的なお菓子に蟲の足や触手、羽などがついた姿は何か根本的な嫌悪感があり、もし、この世界でお菓子を見つけたとしてもあれらを思い出し、食べるのを躊躇してしまいそうである。

 そして、それらに囲まれるように椅子に座っていた1人の少女、それが前回であった魔女である。

 彼女は一見、普通の少女であったが、その実、無数の羽虫の集合体が知性を持ったものであった。

 見た眼こそ愛らしかったが、その眼窩では幼虫が蠢き、口から、皮膚の下から、服の中から溢れるように変異した羽虫が湧き出てきていた。

 それらはがちがちと金属にも似た強固な顎を鳴らし、

 

 ――”あら、また来たのね。あなたたちが何度も来るたびにわたしたちは賢くなるわ。こういうときどういうのかしら……そう、お礼を言うべきね。ありがとう、この調子で餌をどんどん持ってきてちょうだい”

 と、2人に襲い掛かってきた。

 今考えると、自分たち以外にも実験に使われた子たちも存在し、その子たちは魔女に食われたのかもしれない。

 

「そうであります。そこで蟲の統率者である魔女が唐突にこちらに吹き飛ばされたでありますね。あれもドロシーが無意識にしたのでしょう」

「あれがなければ、蟲に遮られて攻撃が通らなかったものね。本当に邪魔で邪魔で、退いてって真剣に願ったから発動したのかな」

「何らかの発動条件があるのかもしれないでありますな。いまのところは、危機の時に発動してる様でありますが」

「あ、でも、たまに敵の妨害に対して身体がふよふよ浮いて避けたりしてたよ。浮遊とかありえないと思って、気にしてなかったけれど」

「ドロシー、さすがに暢気すぎでありますよ……」

 

 ティーカップの回転が落ちてきたのでドロシーがハンドルを勢いよく回しなおす。おぼろげながら見えはじめていた背景が再び、線を残してぼやけたような光景となる。

 明るく陽気な音楽は相変わらず流れたままだ。トトがドロシーの足元に視線を送る。彼女の足はしっかりと地面についていた。

 それを確認してから、呆れを隠さずドロシーの顔を見つめた。

 

「んー、あの巨人戦でもそういえば、何回かそれで避けたね」

「そういえば、避けられない態勢からも避けていたでありますね」

 

 思い出されるのは天を衝かんばかり巨人。それは聖書に語られるゴリアテの如き巨躯であった。

 それに比べるとトトとドロシーはその巨人の足首ぐらいの大きさしかなく、それが軽く手を払うだけで、空を飛ぶヘビトンボが撃ち落とされていた。

 土気色の血色の悪い肌に、大木の如き強靭な四肢、表情の読めないペストマスク、体の各部は大雑把な造形しかなく、接合処理のためのつぎはぎがそのまま露見していた。

 人の形をしているだけで、人としての部品がついていない巨人。2人が迷宮から出た先で出会ったのはそれであった。

 

「わたしにとっては自然なことだったから気づけなかったのかなぁ」

「ドロシーは勘が鋭いのか天然なのかわからないでありますね……、まぁ、生前もそうでありましたが」

「そうだったの?」

「生前からあなたは対人での勘が特に鋭かったでありますよ。まるで相手の考えがわかるようでありました」

 トトが言葉を切る、無表情ながら何かを思い出しているかのようだ。ドロシーはなんとなく優しい思い出を回想しているのだと、感じた。

「ええ、自分が困っているときや悲しいとき、何度も助けてもらったのであります。本当に、自分が窮してる時に狙ったかのように近づいて手を差し伸べてもらったものです」

 もっとも、それはほかの人に対しても同じようなことをしてましたが、とトトが付け加えた。

 多大な感謝と、少しばかりの嫉妬が混じった言葉であった。

 くるりくるりと回っていたコーヒーカップの勢いが弱まり、楽し気な音楽が止むと同時に遊具が止まった。

 

 

「やった、ピースが手に入った」

 喜びを隠さないドロシーの手の上には小さなピースが乗っていた。

 赤い看板のティーカップが止まった後に、操作室を覗いたところ落ちていたのである。

 ドロシーはそれを早速、枠の中にはめた。ピースは全部で9つのようで、残りは8つだ。

 ざざと濁った音の後に、スピーカーが流れ『時計は12時を指しました、閉園までごゆっくり』と読み上げた。

 トトはその看板の近くで、巨大な鍵爪を用いて地面に大きくバッテンを刻みつけていた。

「なにをしてるの、トト?」

「目印をつけているであります。既にここでピースを取得したことと、もしかすると何かのヒントになるかもしれないと、念のための2つの意味を込めてるでありますよ」

「トトは用意周到だね。それで、次は何処に行こうか」

「ふむ………」

 しばし、トトが思案する。リボンをあしらった犬耳が幾度か揺れる。

 ドロシーは何か悩んだようにピースを見つめていた。

「ドロシーの思うところに進みましょう。現状、ヒントというヒントもありませんので、それならむしろドロシーの勘に従ったほうが上手くいくと思うであります」

「うーん……、あんまり頼りにされるとそれはそれで不安なんだけど」

「制限時間があるといっていたのであんまり立ち止まっていても時間が過ぎるだけであります。それよりは勘であっても進んだ方が建設的でありますよ」

「そっか、………、うーん」

「まだなにか懸念があるのでありますか?」

 ドロシーがピースを訝し気に見つめていた。何時もの優し気な眼差しは細められ、何かが引っ掛かっているかのような表情を浮かべている。

「うん、なんというか……このピースから、波長というのかな。そういうよくわからないけど、惹かれるものを感じるんだよね」

「ほう、それは朗報でありますね。ならば、それを辿ってみたらいかがでしょうか」

「それしかないかなぁ。ただ、わたしの感覚的は話でしかないから、間違えてたら困るなぁ」

「先ほども言いましたが、時間もありませんし、いまは手がかりになりそうなものがあるなら、試してみるでありますよ」

「そっか、そうだね。やってみよう」

 と、トトが子供の様の遊具に近づく。

 小さなハンドル、デフォルメされた動物、コインをいれて動き出す遊具だ。熊の形をしたそれは首元近くにあるハンドルを操作して、動かすのだろう。

 その横にある遊園地の案内が描かれている看板、トトはそれを掴むと、根元から折った。

「遊園地内の地図がおいてあればよかったのですが、無い様なのでこれを持っていきましょう」

「豪快だね…」

 トトが差し出した看板を、ドロシーは棺桶の中に入れた。

 

 

 

「んー、ここかな?」

 スピーカーから雑音と共に 『時計は15時を指しました、閉園までごゆっくり』と言葉が吐き出される。

 これまで居たアンデッドさん一人もいないため、遊園地の内部はがらんと空いており、楽し気な音楽だけが虚しく響いてる。なんとなくここだけが世界から隔離されているような錯覚を二人は覚えた。

 綺麗に整備されたコンクリートの中、いくつかの遊具に乗った二人はお化け屋敷の前に来ていた。

 あれから乗った遊具の内いくつかからはピースを手に入れることができたが、依然として法則性は不明だ。

 ドロシーは頭を捻っているがまったく法則性は見えてこない。トトはじろりと遊具を見つめ、離れて眺めたり、近づいて凝視したりしていた。

 

「次はお化け屋敷でありますか」

 赤い看板で『二人で入ること』と書いてある。暗幕のかかった和風の家、看板の処には右の瞳を腫らしたいかにもな幽霊の人形が置かれていた。

 トトが看板を見つめている。

「トト、どうしたの?」

「いえ……ふむ」

 そして、周囲を見渡し

「この近くに色のついた看板はないでありますか」

「色?」

「そうであります。いまのところピースが手に入った看板は赤の看板だったので。他の看板の色は青と白。この中でドロシーが反応したのは赤と青だけでありますね」

「よく覚えてるね、トト」

 トトは答えず、溜息をついた。

「あ、そういうのは傷ついちゃうな」

「事実でありますので」

「むぅ」

 ドロシーが不満そうに唇を結んだ。が、トトはどこ吹く風であった。

 それを見て、ドロシーが仕方なさそうに表情を緩めた。温かな目でトトを見ている。

 トトはいつも通りの無表情であった。頭上の犬耳は周囲を警戒して、定期的に動いている。

 ドロシーは腰に下げている人形を撫でて、肩にかけていた棺桶を地面に降ろした。

 棺桶を下ろされたコンクリートがみしりと音を立てひびが入る。

「うん、まぁ、トトだもんね……」

「なにか聞き捨てならないのであります」

「トトだもの。それにしても、何かでてきそうなところだね。ここ」

「薄暗い館の中を歩む遊具でありますからね。アンデッドが出てきてもおかしくはないでありますな」

「迷宮の内部みたいない感じかな」

「あるいは、ドロシーと出会った時のようかもしれないでありますな」

 トトとドロシーの視線が交わる。ドロシーが微笑み、トトが無表情にそれを見ていた。

 冷ややかなトトの視線の中に、確かな温かみを感じ、ドロシーは自然と顔が綻ぶ。

 出会ってからここままでトトが表情を変えたことはほとんどない。しかし、それはトトが無感情ということではない。

 むしろ、内心はかなり感情豊かな子だと、ドロシーは確信していた。

「なんですか、ドロシー?」

「ううんー。トトって本当にわかりやすいなーって」

 だからこそ、言葉の裏に隠された気持ちを感じ取り、ドロシーはトトに微笑ましい気持ちを覚える。

「?」

 ドロシーが笑う。そして、トトにもたれかかる。

「…………早く入らないのでありますか、時間がないでありますよ」

「んーとね。正直、そろそろ旅も終わるなーと思ってね」

 トトの首に手を回し、額を胸に乗せた。胸に顔を埋める様な態勢。

 ドロシーが独白するように言葉を紡ぐ。ドロシーがどのような表情をしてるのか、トトからは見えない。

 トトが抱きしめようか一瞬迷うが、自らの腕の危険さを思い出して、止めた。

 

「ねぇ、トト。トトはこの旅が終わったどうする?」

 数拍。言葉に迷い。トトが口を開いては閉じた。

 何かを迷い、そして、口を開く。

「できることなら、ドロシーと共に歩んでいきたいでありますね」

「それはなんで? わたしを導くように作られたから?」

 ドロシーが上目遣いでトトを見つめる。銀色の瞳がまっすぐとトトを見据えた。

 銀色のそれはまるでトトの心を覗くように見つめている。

「いえ、それは違うであります」

 ドロシーと同じく、彼女の銀色の瞳をまっすぐと、トトは見つめ返す。

「自分は使命や役割に関係なく、ドロシーと共に居たいと思っているであります。だから、ドロシーが旅を続けたいというなら続けるでありますし、止まりたいというなら、此処で止まるであります」

「トトにそこまで言われるほどのことをわたしはしたのかな。そこまで言われるほどのことをした覚えがないんだけど」

「そう、ですか……」

 トトがドロシーの腰につけているぬいぐるみを見た。相変わらず表情は変わらず、そのカメラアイは感情を乗せることはない。

 ドロシーはそれに気づいているのか、いないのか、慌てた様子で、顔を上げて、トトの頭を撫でる。

「ごめんごめん。まだ、思い出してないだけだから、きっと思い出すから。そんなに落ち込まないで」

「絶対ですよ?」

 トトの表情は相変わらずであるが、ドロシーはトトが拗ねていることを感じ、それを微笑ましく思った。

 幼な子が癇癪を起しているようで愛らしいとドロシーは思う。

「うん、約束。……それで、どうして? どうしてそこまでしてくれるの」

 頭を撫でられてトトの犬耳がくすぐったそうに動く。

「自分が生きている間、楽しかったのはドロシーと一緒に居た時間だけでありました。それ以外は灰色の記憶しかないであります。だから、自分はドロシーといられればそれでいいでありますよ」

「……ありがとう。わたしは思い出せないけど、トトが本当にそう思っていてくれるのがうれしいよ」

 トトの中で暖かい感情が渦巻いている。それは楽しい、あるいはうれしいと呼ばれるような、大事な思い出であった。

 ぼぉっと揺らめく炎のような気持ち、それにドロシーは直に触れているような温かさを覚える。

 今まで当たり前の様に感じていたけれど、この相手の気持ちにそのまま触れることが出来るこの感覚が超能力なのかな、とドロシーは思う。

 ならば、今だけはトトの気持ちに直に触れることができる、この力に感謝した。

「うん。なら、絶対にわたしの記憶を取り戻さないとね。トトとの思い出を失くしたまま過ごしたくない」

「まぁ、まだそのための方法が全くわからないわけでありますが」

「そこが問題だね。進んだ先に思い出すための方法があるといいんだけど」

 それに、とドロシーは続けて。

「わたし、少し前に思い出した少女にできれば謝りたい。だから、思い出し終わったら次はその子を探しに行こう」

 トトの抱いている気持ちが変わる。今までは橙に燃える暖かい炎だったのに、急に篝火のように熱く、燃え上がる。

「トト……?」

「いえ、なんでもないであります。ドロシーがそうしたいなら自分はついていくだけでありますから」

「……え、あの」

「なんでもないであります」

 トトの迫力に『………うん、そうだね』とドロシーは言うしかなかった。

 

 

 

「いまのところピースが手に入る施設と手に入らない施設の違いがわからないね」

 ドロシーがピースのはまったパズル枠を手にトトに尋ねる。

 何かの波長のような、紐で引っ張られているような感覚を感じるので、ピースがどの施設にあるのかはわかるのだが、ピースが手に入る、手に入らないの違いがわからないのだ。

 ドロシーが首を捻っていると、ザザという雑音と共に『時計の針は18時を指し示しました。閉園までごゆっくり』と告げた。

 かなり大きな遊園地であったため、一通り遊具に乗り、何パターンか試しているうちにすっかり日が暮れてしまった。

 遊園地内は照明が灯り、無人の売店や施設から差し伸べられる光で移動に困ることはないが、楽し気な音楽がなっているだけの無人の遊園地は異界のような不気味さを漂わせている。

「遅くなり過ぎた感はありますが、おおよその予測は立ちました」

 と、トトが言う。

 二人の前には3つの看板があった。それぞれ、赤、青、白の看板だ。

「ここはトトが敢えて残しておいた遊具だよね」

「ええ、検証にもってこいでしたので」

 ドロシーが棺桶を地面におろした。地面がみしりと音を立てて、ひびが入る。

「ドロシー、どの看板からピースの気配を感じるでありますか?」

「えーと、赤と青の看板かな」

「今まで出たピースの気配があった遊具のうち、白の看板がなかったのは気づきいたでありますか?」

「そうなの?」

「そうです。全て覚えているでありますから、地図に記しておきましょう」

 ドロシーが棺桶から看板を取り出す。近くに無人の売店の前に食事用のテーブルがあったので、その上に乗せた。

「まず、白の看板があったところをすべて消しましょう」

 全て覚えているのだろう、あるいは体内に記憶装置が入っているのか、鍵爪の動きに淀みはない。

 地図の上から半分ほどの遊具にバッテンがつけられた。

「残りが赤と青の看板がある遊具です」

「このうち、赤の遊具はあの一つ以外全部乗っちゃったんだよね」

 こくり、とトトはうなずいた。

 残りの遊具も、赤の看板があったところには「R」、青の看板があったところには「B」の文字が刻まれている。

 それぞれ、「Red」と「Blue」の意味であろう。

 中心部、または内側に近い遊具に「R」の表記が多い。

 逆に「B」の遊具は外側、または端側に多く配置されていた。

「さて、率直に申しますと、赤色の看板はその看板の書かれている通りに行動すればピースを得られるであります」

 言われてドロシーはこれまで乗った遊具を思い出す。確かにティーカップなどは、書かれた通りに乗ればピースを得られた。

 逆に青の看板の遊具は、書かれた行動をしても何も出なかった。

「となると、青は逆に行動をすればいいのかな」

「かもしれないですし、看板に書かれていることを守らないことかもしれないであります」

「んー……どっちでも同じじゃない?」

「いえ、この2つの場合、逆の行動をしないといけないのと、看板の規定以外の行動なら何でもいい、では違うでありますよ」

「なるほど」

「さて、とりあえず、検証の時間と行くであります」

 トトが立ち上がる。ドロシーが看板を棺桶の中に詰め込んだ。

 二人は残った赤の看板の遊具。すなわちフリーフォールへと足を運ぶ。

 

 遊具の階段を登り、所定の位置にそれぞれの装備を置く。もっとも武装を装備しているのはドロシーしかいないため、主に彼女の荷物であるが。

 棺桶をプラスチックの箱の中に入れると、箱が砕け、下の金属が拉げた。

 トトが遊具に座り安全装置降ろそうと試するが、やはり巨大な鍵爪が邪魔をして降ろすことができない。

「……」

 トトが鍵爪で安全装置の鉄棒を握り、曲げる。

 これで、安全装置としての役割は果たさないが、装置自体をとりつけることができた。

 トトはこれから起こることのために、席をしっかりと握り、備えた。

「やっぱり手が大きすぎるからね」

「これはしょうがないでありますな」

 とため息交じりに。

 ドロシーがトトと2席分はなれたところに座る。何故なら、トトの鍵爪が巨大すぎて2人分ぐらい席を占領してしまうからだ。

 遊具が動き始める。

 鎖を手繰るような音と共に徐々に並行な台の上から塔の上部へとせり上がっていく。

 

「うーん、安全ってわかってるけど、やっぱり怖いものは怖いね」

「認めたくはありませんが、同意です」

「トトの場合、意味合いが違わなくないかな」

 仕方がないとはいえ鍵爪が巨大すぎて安全装置が使えないトトは、自らの力で捕まってないといけないのである。

「これまで絶叫系もそうだったけど、こういうときはトトの鍵爪は逆に不便だね」

「こればっかりは割り切るしかないでありますな」

 みしりと椅子が音を立てた。トトが力を込めたためであろう。

 落ちてもパーツさえあればまた復活が可能であるドールではあるが、それでもパーツの調達や修理に時間がかかるのはいただけない。

 そうこうしているうちに、塔の最上段まで遊具が昇った。

 ドロシーがつばを飲み込む。

「ト――」

 何かが外れる音と共に、一瞬の浮遊感に包まれ、すぐに地に引かれ、落下する。

 風が頬を切り、髪が空に浮き、疾走感と共に落ちていく。

 トトは遊具が怖いのか、それとも飛ばされるかもしれない不安からか、口を真一文字に結んでいる。

 ドロシーが楽しそうに悲鳴を上げた。

 遊具はそのまま二人を乗せてどんどん落ちていく。

 

 

 赤い看板で『一人で乗れ』と書かれていたフリーフォールは、トトの予測通りピースを寄こさなかった。そのため、ドロシーがもう一度、フリーフォールに乗りなおしてきた。

「やはり、でありますな」

「うん、次はもらえたね。やっぱり赤い看板はその通りにすればいいんだと思う」

「そして、こちらは青い看板の遊具から手に入れたピースでありますな」

 ドロシーが頷いて、両手に持ったピースをトトに見せる。

 フリーフォールのピースを手に入れた後、青い看板のピースを手に入れるための条件を二人は検証してみた。

 まず、赤い看板は書かれている通りの行動をすればピースが手に入る。

 しかし、青い看板は書かれている通りに行動してもピースは手に入らなかった。

「考えられるパターンは大雑把にわけて2つ」

 1つ目は書かれていることと真逆の行動をする。

 2つ目は書かれている行動をしないこと。

「逆の行動をすればいいのと、書かれていることをしないの2つだね」

「その通りでありますね」

 予想を立ててみたならあとは行動するだけだ。

 青い看板のあった遊具を見つけ、まず、看板の規定以外の行動を試してみてから、逆の行動を試してみた。

 結果、前者は何も手に入らなかったが、後者ならピースを落とした。

 念のため、2つの遊具で試してみたが、結果は変わらず。

「以上のことより、青い看板は書かれている内容と反対の行動や行為をすればよいようでありますな」

「うん、やることはわかった。だけど……」

「ええ、問題は時間でありますね」

 スピーカーが楽し気な音楽と共に『時計の針は19時を指し示しました。閉園までごゆっくり』という言葉を吐き出した。

「残っている青色の看板の遊具がある位置は遊園地の外周ばかり。急いでいかないと、時間に間に合わないかもしれないであります」

「ピースを集め終わってからもなにかあるかもしれしね。それに、時間が来たらどうなるんだろう?」

「まったく情報がないのでわからないでありますが、予測されるものとして、遊具から延々とアンデッドが出たり、遊園地自体が吹き飛ぶかも。いずれにしろろくなものではないでありますな」

「うん、いままでろくなことがなかったもんね」

 ドロシーが苦虫をつぶしたかのような顔で合の手を入れた。

 既に日は落ち、閑散とした園内はさらに不気味となっている。楽し気な音楽こそ流れているが、雰囲気はこれまで見た廃虚と変わりがない。ひと気を感じないのだ。

 始まりの迷宮の中にいる時の様な、何かの巨大な腹の中にいつのまにか飲まれているような、圧迫感を感じる。

 あるいは魔女の森と同じく、常に何者かに見られているような不安感か。

「閉園は21時だから、あと2時間だね。うん、急ご」

 ドロシーがトトの手を取り、走り出す。ドロシーの手の血がにじむが、二人は気にせず、この場を後にした。

 

 

 それから、二人は園内を駆けまわった。

 地図に記載しておいた青い看板のある場所は、遊園地内の外周部に集中しているため、結果的に、遊園地の端部を一周することになるためである。

 残しておいた看板の数もそれなりにある上に、指示を反対にすると時間がかかる代物も存在していた。

 例えば「二人で一度乗れ」と書かれているゴーカートなど、「一人で二回乗れ」なのか「一人が一度ずつ乗れ」なのか、どちらの解釈も可能であったため、何度か乗りなおすことになってしまった。

 まだ、半分くらいしか制覇できていないタイミングで『時計の針は20時を指し示しました。閉園までごゆっくり』と聞こえた時には、二人とも焦ったものである。

「なんとか……、なんとか最後までいけたね」

「もう少しはやく気付くことができればよかったのでありますが。返す返す、悔やみきれないでありますな」

「ううん、けど、トトが気づいてくれなかったら、たぶん、私気付いてないよ。それに、青い看板のある遊具の場所をトトが覚えていたからなんとか乗りこなせたんだよ」

「………ふむ」

 どうやら照れてるらしくドロシーはトトの頭をそっと撫でた。犬耳がピクリと動く。

「とりあえず、はやくパズルを完成させましょう。地図の様なので、どこかの場所が指し示されると思うのでありますが」

「時間もなさそうだしね」

 ドロシーが棺桶の中にいれてあった、完成しかけているパズルの中に最後のピースを嵌める。

 絵はこの遊園地の簡略化された地図で、真ん中にあるお城に目印が描かれている。目的地については赤の看板のパズルをある程度集めた段階で判ったので、一度探ってみたのだが、入ることができなかった。

 城自体が迷宮よりも堅牢な素材でできてるらしく、扉や壁を撃っても弾かれ、トトの鍵爪さえも通らなかったのである。

 しかたなく、正攻法でパズルを集め直してからこようと、結論が出たのだが……。

 

 パズルのピースが嵌ると共に、城がライトアップし、パズル自体が光り出した。

 そして、ポップな音楽と一緒に『よくぞ、全てのピースを集めた。君達を適正ありとみなし、此処へ招待しよう。閉園になるまでに来るんだよ』とメッセージが読まれる。

 言い回りこそ、ゲームのメッセージの様であったが、読み上げているのは機械音声で造られ、声調も抑揚のない棒読みであった。

「これで、なにか変わったのかな……?」

「もしかすると、この完成したパズルが鍵のようなものなのかもしれないでありますな」

「あ、なるほど。じゃ、時間もなさそうだし、急いで行こう」

 ドロシーがパズルを棺桶に入れ、担ぎ直す。

 その時、スピーカーが起動し。

 『21時となりました。閉園です。園内に残ったお客様はパレードに参加していただきます』と流れた。

 

 

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