ドロシーの銀色の瞳からぽろりぽろりと涙が溢れ、地面へと落ちていく。
目を擦って涙を拭うが、涙はとまらない。しゃくり上げながら、泣いていた。
トトはそれを見て、なんと言葉をかけて良いかわからず、視線を彷徨わせる。落ち着かない動作で、口を開きかけては閉じていた。
胸をしめつけられるような痛み。残った腕をひろげて抱きしめようか迷うが、結局おろした。
この怪物の腕で抱きしめればドロシーを潰してしまう。この腕でさえなければドロシーを抱きしめてあげれたのに、とトトは心底、自らの腕を恨んだ。
ドロシーを直視できず、俯き、トトは唇をかんだ。
ふと、トトの指先に温かな感触。はっ、と顔をあげるとドロシーがぽろぽろと銀の瞳から涙をこぼしながらも困ったような笑顔を浮かべていた。
大丈夫だよ、トト。ウィンキーが可哀想だったから我慢できなかっただけだから。トトがそんなに傷ついたような顔をしなくていいんだよ」
「…………」
ドロシーが涙を拭う。血が滲んでいるのも気にせず、トトの爪先を強く握りしめる。冷たい爪先に温かな感触。
「手が傷つくであります。離してください」
「だーめ。だって、ここで手を離したらトトがどっかいっちゃいそうだもん」
「そんなことはないでありますよ。まったくドロシーは寂しがり屋でありますね」
「かもね。だから、最後まで一緒にいてね」
「聞かれるまでもないであります」
うんうんと頷くドロシーの横にトトが並び、二人して人の脳の集合体となっている生体コンピューターを見据える。
後悔も未練もあるけれど、それでも今は目の前に集中しよう、とドロシーはアンデッドガンを構え直す。
「それであなたたちはなんでこんなことをしたの?」
「ここはオペラハウス31、ESP兵器開発を主題とした研究所です。あなたたちは超能力兵器とその付属品として作成され、テストを潜り抜けました」
冷たい合成音が響く。感情がこもらない声。ドロシーも目の前の脳みそ海月から感情や思考は感じ取れず、ただ、設定されたプログラムに従っているだけとしか思えなかった。
「今まではただのテストだったの……?」
「はい。あなたたちはこのまま戦地に送り出され、このデータを元にESP兵器を量産する予定となったおります」
「ちょっと待つであります。もう世界は核戦争で一度滅びているはずであります」
「設定にありませんので返答不能。規定されたプログラムに従い、作成されたESP兵器は指定された場所へ送られます」
「ここの施設に責任者はいないの……?」
「ESP兵器開発途中に精神に変調をきたすものが多数現れたため、遠隔操作用の生体コンピューターを多数用意し、破壊された交換するという手法で行っております。
最後に更新されたのは―――データが途切れているため返答不能」
「もう、やめない? たぶん、意味がないよ、これ……」
「規定されたプログラムに従い、あなたたちは所定の位置に送られます。以降、このデータを元にESP兵器の量産に段階を移行します」
「うん、……これ言っても意味ないヤツかな」
「そのようでありますね、ドロシー」
「規定されたプログラムに従い、あなたたちは所定の位置に送られます。以降、このデータを元にESP兵器の量産に段階を移行します」
ドロシーとトトが顔を見合わせる。
「えーと、わたしたちより前にここまでたどり着いた人たちはいなかったの?」
「脱走者はございましたが、ここまでたどり着いたのはあなたたちが初めてです」
「脱走者?」
「はい、実験途中でどこかへ逃げ出した検体が1組だけおりましたが、それ以外は実験途中のどこかの段階で脱落いたしましたので、ここまでこれたのはあなたたちが初めてです」
「その脱走者の名前とかわかる?」
「返答不能。資料室で閲覧してください」
「えーと、どうしようか、これ……わたしは止めたいけど」
「ドロシーに任せるであります」
「規定されたプログラムに従い、あなたたちは所定の位置に送られます。以降、このデータを元にESP兵器の量産に段階を移行します」
とりあえず、スイッチのようなものはないか周囲を見渡してみるが、そのようなものは見られなかった。
金属質のドームにはふよふよと脳みその塊が浮いており、無数の延髄がぶらりと浮いているさまはまるで脳みそでできたクラゲである。造形は人の脳であるが、1つ1つが人間大の大きさがあるため人の脳と同じかは定かではないが。
その周囲を金属のフレームが多い、彼らは合成音で話しかけてくる。
上を向くと、照明が一つあるが、それ以外に見えるものはない。青みがかったドームはつなぎ目一つなく綺麗な面をしている。
仕方なく外に出られないか、入ってきた扉に向ってみるが反応しない。棺桶で殴ってみるが、扉には微動だにせず、へこみすらしなかった。
しょうがなく、脳みそ海月の方へ向かおうとすると
「既定の時間です。そちらの移動用アンデッドに乗ってください」
と、ドロシー達から見て左側の壁が上にあがり、運転手なしで走ってくるトラックが出てきた。
トトが無言でドロシーの前に立つ。それを片手で制したドロシーが前に出て、
「ごめん。行けないし、行かない。わたしたちのデータを元にわたしたちみたいなのを作り出すっていうならなおさらだよ。もうこれ以上、こんな目に合う人を増やさせるわけにはいかないよ」
「ええ、ドロシー。自分の記憶の最後も、無数の爆弾が投下される光景でした。きっと、あれが最後の戦争だったのでしょう。自分も外の世界が無事だとは思えないであります」
「そうなの、トト?」
ドロシーがトトの顔を見て目を見開く。トトが目を細めて呆れた視線を送り返した。
「はい、自分はずっとあの施設にいて、最後に爆撃されて死んだので。それまで聞いていた新聞やテレビの情報によると、世界の全てが戦争状態に突入していったようであります」
「うん、やっぱり駄目そうだね」
「被験者の反抗を確認。強制的に移動させてください」
アラート。警告音が響く。ドームの壁が上へと開き、無数のアンデッドたちがふらりふらりと向かってくる。
それらがやってくる前にドロシーが脳みそ海月へ引き金を引いた。5つの連結されたショットが光を放ち、数えるのが億劫になるほどの弾の網が吐き出される。
しかし、それらは脳みそ海月の目の前で透明な力に弾かれ、水流が石にぶつかって別れるように脳みそ海月を避け、背後のドームへと突き刺さった。
ESP!とドロシーは目を見開く。どうやら、あの脳みそ海月自体がESPを使うアンデッド、または生物のようだ。
その間にもアンデッドたちが迫ってくる。簡易的に作られるゾンビが主なようだ。虚ろな瞳に表情を失った顔、だらりと涎が垂れるだらしのない口元、服は以外にも清潔でパリッとしており、上下の服装にほつれはない。外にいたものと違い、整備されているのだろう。肌色は青白く病的であるが、汚れてはおらずきれいな肌であった。
十、二十、三十……百は下らない人数がわらわらとドロシーとトトへと迫ってくる。
その上をバイザーを来た少女が飛び、なにやらアンデッドに指示を出している。どうやら指揮官の代わりのようだ。彼女たちは背中や脚についている飛行用のエンジンで宙を飛び、こちらに銃口を向けた。
トトがドロシーを庇うように腕を回し、その巨大な鍵爪で銃口から庇う。放たれた弾丸は鍵爪が弾き、周囲にいたゾンビたちが被弾する。ゾンビたちは腕が穿たれ、脚が千切れもずるずるとドロシー達へと向かって這ってくる。その上を別のゾンビが無関心に踏みつけて迫ってきている。
「どうしよう、トト」
「詰みでありますな」
「そんな、あっさりいわれても……」
ドロシーが棺桶を楯にしながらアンデッドガンを連射し、トトが銃撃をものともせずに鍵爪を振るって周囲を薙ぎ払っているが焼け石に水である。
迫ってくるゾンビの群れが減るようするはなく、宙を自在に飛び回る少女の銃撃が二人の移動を縫い止めていた。
ドロシーがESPを感知する。脳みそ海月が何らかの指示を出したようで、最後尾のゾンビが互いに近づいていく。それらは密着すると、肉が唐突に避け、絡まり、一つの巨体を形成する。
肥大化した肉は半端に人間の形を作る。顔には造形がなく、ただ口だけぽっかりと空いている。腕は存在せずに、代わりに露出した骨が刃物のように鋭くなっていた。ブッチャー呼ばれる巨漢アンデッドの亜種だ。
後列のゾンビたちはどんどん同じように合体、変異し、次々と同様のアンデッドへと変貌していく。
お菓子の森では部屋を埋め尽くさんばかりの不快害虫と相対したが、今回は様々な死者の群れである。
ドロシーの中で何かのスイッチが入る。記憶を思い出して使い方がわかったからか、戦闘に入ったため制御が解かれたからか。
飛び回り連続で発砲し続ける少女型アンデッドを2体視界に収めると、それぞれをぶつかるように移動方向を強制的に曲げる。唐突に弾かれた様に移動した二体は空中で衝突し、エンジンが壊れて地に落ちた。
2体の下にいたブッチャーはガソリンに入ったエンジンが引火し炎に包まれる。ギチチチチと唸り声をあげ、動きが鈍るが、被害が広がる前に別のブッチャー数体がその鉈のような腕で滅多切りにし沈黙させた。
その間にもトトが必死で時間稼ぎをしている。上がらない腕を体ごと回転させるようにして振り回し、近づいてくる死者を薙ぎ払い、近づけないようにしている。
唐突に飛んでくる弾丸。ドロシーの脇腹を掠り、抉る。どうやら一番初めにいた狙撃手のアンデッド、スナイパーがいるようだ。
必死に探してみるが視界に移らないところを見ると、開いているドームの奥にいるのだろう。近~中距離向きであるアンデッドガンでは届きそうにない。
ドロシーは遮二無二アンデッドガンを連射する。トトに対する誤射にだけ気を付け、あとは引き金を引くだけでいい。外す心配はなかった。
ESPをドロシーは感知した。ゾンビたちが唐突に唸り声をあげ、涎をだらだらと垂らしながら走ってくる。
「トト、トラック!」
「! なるほど!」
トトが死者の群れを掻き分け、トラックへと進んでいく。その後ろをドロシーが何とかついていく。アンデッドガンを左へ右へと近づけない様に必死に射撃していく。まるで人の津波、飲まれたら一貫の終わりである。
片手では分が悪いのか、左右から伸びた手がトトのローブを引き裂きずたぼろにしていく。全身を覆うラバースーツのような服の上にも数多のひっかき傷や噛み傷が増えていくが、自身に噛みついた数十体のアンデッドをそのまま脚を振り回して吹き飛ばす。
そして、なんとかトラックへとトトが辿り着くと、残った鍵爪を突き刺し、近くに会ったゲートへと投げ込む。横転し、露出したエンジンに向ってドロシーが射撃。爆発で幾多のアンデッドが吹き飛ばされた。
燃え上がるトラックでゲートの一つをつぶしたことで、ほんのわずかであるが余裕が出来る。
しかし爆発をものともせずに、骨鉈を振り上げたブッチャーの一撃をドロシーを襲った。それを棺桶で受け、勢いを殺しきれずに宙へと投げ出された。
「ドロシー!!」
「大丈夫! トトは、トトのことを心配して!」
放り投げだされた先はゾンビの群れであったため、彼らをクッション替わりにすることで、軽症で済んだ。しかし吹き飛ばされたためトトとドロシーは分断されてしまう。
どうやら肋骨が折れたようだがアンデッドの身では擦り傷と変わらない。
ドロシー……というより棺桶の重みにつぶれたゾンビたちから離れると、地面を転がって弾を込め直し、引き金を引く。
そのドロシーの肩に弾丸が被弾。どうやら数が減ったことでスナイパーの射線が通りやすくなったようだ。
ドロシーは顔を顰めると、ブッチャーの陰に隠れるように移動。ブッチャーが骨鉈を振り下ろすと、それをESPで逸らし、左側のゾンビが薙ぎ払われる。そして、内側に入り込んだドロシーは頭と腕を順番にアンデッドガンで吹き飛ばし、スナイパーに対する遮蔽物代わりに使用する。
金属音、あわててトトの方を見ると、トトの拉げた腕が斬り飛ばされ、脳みそ海月の近くへと飛んでいく。
切り飛ばされたのは腕だけのようで、骨鉈の下をかいくぐったトトが鍵爪をブッチャーの腹に突き刺すと、そのまま持ち上げ、周囲のアンデッドを薙ぎ払う。怪力ではあると知っていたが、あれほどとはとドロシーがちょっと呆気にとられた。
残りの3つのゲートからやってくるアンデッドが尽きる様子はない。射線を開けるためか、少し数は減ったようだが、以前危機的な状況に変わりはなかった。
「うーん、生前なら操れたんだけど……」
近寄ってきた凶暴化ゾンビをアンデッドガンで吹き飛ばす。
とりあえず、トトと合流を目指して、棺桶を楯代わりにしつつブッチャーの陰から飛び出した。飛び出した瞬間に弾が飛んでくる。少しよろけたもののすぐに態勢を立て直す。
左右から凶暴化ゾンビが腕を伸ばして組み伏せて来ようとするが、ドロシーは気にせずに跳躍、なにもない空をさらに蹴り上げて、トトの近くに着地した。その途中で、飛んでいる別のアンデッドに向かい薙ぐようにアンデッドガンを射出、弾が飛行機関に当たったようで、バランスを崩した少女は回転しながら地に落ちていた。
これらのゾンビ全てが武装していた場合、勝ち目が一切見えなかったが、一応捕獲狙いのためか、ブッチャー以外の攻撃は手足狙いのため、まだ致命的な一撃は受けていない。
「どうしますであります、ドロシー」
「とりあえず、あのゲートを塞ぐしかないと思うんだけど……」
「塞ぐものがないであります」
「だねぇ……もう、突っ込んじゃうほうがいいんじゃないかな」
「ドロシーって割と脳筋でありますよね?」
「だ、だって、他にいい方法がないじゃない」
「しょうがないでありますなぁ、ドロシーは」
「なにかわたしが悪いみたいになってる……」
トトがブッチャーを突き刺した腕を振り上げる。散々、他のゾンビにぶつけられ、骨が露出され、数多の銃創が空き、中からどろりとした液体を零していたが、突き刺されたブッチャーはまだ動いていた。
手足を振り回して、拘束から解かれようとしているが、鍵爪が深々と刺さって抜けないようだ。
骨鉈が振るわれるたびに周囲の凶暴化したゾンビに被害が出ており、またちょうどよく巨大なので弾除け代わりに使っているようだ。
完全にフードが外れたトトの犬耳がぴくりと揺れる。犬耳に結ばれたリボンが揺れた。
それを振り回して、此方に向って走ってくるゾンビたちを薙ぎ払いながら、脳みそ海月の方へ二人は走る。
ドロシーがアンデッドガンを飛んでいる少女に打ち込むが、少女はくるりと反転し、その射撃を避ける。
ESPをドロシーが感知。見ると脚や胴体が欠損しながらもゾンビたちが再び立ち上がり、ドロシーたちへと向かってくる。
どうやらESPで浮遊させて、無理やり稼働させているようだ。
「邪魔ぁ!」
ドロシーが睨みつけ、ESPを発動させる。ESPで操られたゾンビたちの動きが止まり、痙攣したかと思うとばらばらと地に落ちた。
彼らに絡みついていたESPをドロシーが解除したのだ。
「いま!」
ドロシーがアンデッドガンに弾を装填する。排莢された弾丸が地に落ちた。
どこからから飛んできたスナイパーの攻撃をトトがブッチャーで受ける。ドロシーがそちらに視線を送る。見えた。ゲートの奥に伏せて構えている。
そちらをドロシーが睨みつけると、スナイパーの腕が爆ぜ、狙撃銃が壊れる。
トトが脳みそ海月へと飛び掛かり、突き刺さったブッチャーごと穿とうとして、ESPの障壁阻まれる。
鍵爪がブッチャーを突き破って露出し、脳みそ海月を掴みつぶそうとじりじりと迫っていく。
そのトトを狙い、別のブッチャーが骨鉈を振り下ろした。
ドロシーがそれをインターセプトしようとアンデッドガンを打ち込む。
「なっ!?」
その一撃は脳みそ海月のESPで逸らされ、トトの鍵爪に刺さっているブッチャーに骨鉈が突き刺さり、血肉が周囲に飛び散った。
トトが着地、鍵爪のうち二本が切断されているが、戦闘は続行できそうである。
ドロシーがアンデッドガンを脳みそ海月に向け打ち込む。そして、ESPを発動。宙を飛んでいた少女が弾かれた様に動き、ちょうどアンデッドガンの射線に入るように移動させられる。
弾の雨は彼女を捉え、撃墜させる。
「トト、たぶんあの脳みそ海月のESP、わたしより弱いよ」
「ドロシー、あなた大概でありますよね」
「ウィンキーにも言われた気がする……。たぶんだけど、力押しでいけそうだから、背中を任せたよ」
ドロシーが脳みそ海月と相対する。凶暴化したゾンビとブッチャーが狂乱したようにドロシーへ群がっていくが、それをトトが阻む。
見ると、トトの拉げていた腕にブッチャーの骨鉈を突き刺しており、それを新しい腕として振り回していた。
骨鉈同士がぶつかり、鈍い衝突音と共に白い骨が周囲に飛び散る。
辺りのゾンビが近づこうとするが振り回される骨鉈に巻き込まれた。
トトが骨鉈を袈裟懸けに切りつけ、ブッチャーの骨鉈を押さえつけると、鍵爪を突き出し、ブッチャーの骨鉈を肩ごとえぐり取った。
そのまま鍵爪で抉った骨鉈を持ち、ブッチャーを力任せに骨鉈の刀身で殴りつける。
ブッチャーが残った骨鉈で防禦するものの、トトは空いた腹部に骨鉈の平たい部分と突き刺すと、そのままゲートへと投げ飛ばした。
その際、無理やり突き刺していた骨鉈が外れブッチャーに突き刺さったまま飛んでいくが気にしない。
トトは拉げた腕の肩を抉ると、そこに持っているブッチャーの骨鉈付きの腕をくっつけた。
可憐な少女であるトトの片方に、肩から先が歪に膨らんで腕と骨鉈がついている。
「問題はない……でありますね」
動くかどうか確認したトトは問題なく稼働するさまに頷くと、迫りくるゾンビたちを相手に縦横無尽に両手を振り回し始めた。
難しい技術や考え入らない、ただ頑丈さに任せ、力任せに振り回すことが彼女のスタイルである。
ただ、ドロシーにゾンビを近づかせないため、トトはその怪物の手を振り回す。
†
ドロシーがアンデッドガンを構える。
ポンプを引き排莢、再装填。脳みそ海月へ銃口を向けて、射出。
発射された弾丸は脳みそ海月のESPに阻まれ、逸れ、背後のドームに流れていき無数の穴を開ける。
脳みそ海月のESPがドロシー達に向けられる。ドロシーの目には透明な無数の手が伸びて、二人につかみかかってくる。
ドロシーのアンデッドガンが連射され、数多の弾丸の網が、伸びてくる腕を撃ち落としていく。
ポンプを引いて排莢、再装填。弾幕の雨を貼れるのは良い武装なのだが、いかんせん1度に装填できる弾数が少ないのが玉に瑕である。
少しもどかしさを感じつつ、弾を込め直す。
不可視の手が再び伸びてきたところで、ドロシーがESPで脳みそ海月を揺さぶる。障壁に阻まれるもののESPを止めることはできた。
どうやらドロシーと違い、1度に2つ以上のESPを扱うことはできないようだ。
ドロシーがアンデッドガンを連打する。
同じく障壁が阻み、弾を背後へと流していく。
背後で打撃音、地面がぐらりとゆらぐ。トトが暴れているのだろう、とドロシーが意識から切り捨てる。
連射、弾切れと見るや即座にアンデッドガンを折り、弾を装填する。そして、再び発射。
脳みそ海月がESPの障壁で銃弾を防ぐ、という攻防が何度か繰り返される。
そして、それが来た。幾度目かの弾切れ、ドロシーが即座に弾を装填しようとするが予備の弾薬がなかった。
周囲を見渡すが、この施設にない入ってからは弾薬が見当たらない。一応、予備の弾薬が棺桶の中に入っているため、そちらに向かってドロシーは駆けだした。
致命的な隙、それを見逃さず、脳みそ海月から不可視の手が繰り出される。
ドロシー以外には見えないそれは、ドロシーとトトに絡みつくと、地面へと抑えつけた。
周囲からゾンビたちが迫ってくる。
トトが目を閉じた。
ドロシーが視界を動かしなにかないかを探し――、初めに切り飛ばされたトトの拉げた腕を見つける。
「行って、―――行ってぇぇぇ!!」
二人で一緒に、ここから出るんだ!と、強く念じた。
折れ曲がった鍵爪が宙に浮き、弾丸の如き速度で脳みそ海月へと迫る。脳みそ海月は障壁を貼って防ぐか、ドロシー達を手折って止めるべきか判断に一瞬を要した。
それが命取りとなる。
鍵爪が脳みそ海月に突き刺さり、赤い液体とピンク色の肉片をまき散らしながら、内側へと侵入していく。
それは白い脳漿をまき散らし、震えるながら浮かび上がったかと思うと、地へと墜落した。
†
脳みそ海月を撃破すると同時にゾンビたちも沈静化し、棒立ちとなった。
顔の前で手を振ってみたり、揺さぶってみたりしたが反応が返ってくることはない。どうやら、脳みそ海月が彼らをESPで操っていたようだ。
動かなくなったゾンビたちは放っておいて2人は施設を探索して見ることにした。
2人とも酷い有様であった。
トトは普段のローブ服は完全になくなり、下に着ているラバースーツのような全身をぴっちりと覆う服も至る所が破け、褐色の肌が露出している。
片腕など本来の腕が斬られたため、ブッチャーの骨鉈付きの腕を代わりにつけているままだ。
トレードマークの犬耳は片方が千切れかけていたが、くっつけて置いたらいつの間にか元に戻っていた。
体中が全体的に引っ掻かれた傷や素手で抉られた後が見えていたが、そちらは放っておけば再生が始まっている。
それよりもリボンがぽろぼろとなってしまったことが気になるようで、さきほどからしきりにドロシーの方をチラ見していた。
トトの視点を受け止めながら、ドロシーは針を片手にリボンを修繕していく。
切り取った生地を折り、破れたところに貼って縫い付ける。
継ぎはぎのようになってしまったものの、一応リボンの体裁は整っていた。
ドロシーが腰につけているティディベアはいろいろと汚れてしまったものの、特に損傷はないようだ。
二人はあのあといろいろと施設内を歩き、中心部らしき場所を見つける。
そこは無数のモニターに囲まれた管制室であった。どうやら施設内の様子はここから一望できるようであるが、積もり積もった埃の量から見るに、何年も人が入ってないようだ。
途中で見つけた、繕い物のための布や針、鋏などを持ち込んで腰を落ち着けたところだ。
モニターを見る限り、施設内の清掃をしているアンデッドなどは見かけるが、こちらを排除しようと向かってくるアンデッドなどは見当たらない。
ドロシーは生体コンピューターを操作し、内部情報を見る前に管理者にアクセスしてみる。
IDの提示とパスワードを求められて、困っているとトトがじーっと見つめてくる。
「ねぇ、トト、なにか良案はない?」
「ドロシーのESPでどうにかできないのでありますか」
「ちょっと無理かなー。戦闘以外でつかえないみたいだし」
「それなら、このIDを試してみたらどうであります?」
施設内に残されていた職員の衣服をまさぐっていた時に見つけたIDを入力する。
パスワードはわからないので、ドロシーが勘で入力するとすんなり通った。
「ESPの恩恵でありますな」
「ただのあてずっぽうだけどね」
「ドロシーは考えて行動するより勘で行動した方がいいでありますよ」
「酷いなぁ、もう」
管理者の名前や登録対象をドロシーとトトに書き換え、最低限の防衛と施設の維持にアンデッドへの命令を切り替えた。
そして、そのまま内部情報へとアクセスする。
先ほどの脳みそ海月が気になることを言っていた――脱走したアンデッドが存在すると。
それについて検索を書けるとあっさりと情報が出る、これまでのテストの中で脱走したグループは1つ。
中には『ウィンキー』という懐かしい名前があった。
「………っ!!」
「ドロシー?」
それを見た瞬間、ドロシーは目を見開き、食い入るように画面を見つめる。
名前、性別、ESPの強大さ……どれをとってもドロシーの記憶にあるウィンキーであった。
「ねぇ、トト。わがまま言っていい?」
「内容次第でありますね」
「わたし、ウィンキーに謝りたい。だから、彼女を探したらだめ?」
トトが無表情にドロシーを見つめる。
ドロシーが困ったような笑顔を浮かべて、トトと目線を合わせた。
しばらくの間、沈黙が続いていたが、トトが折れたように溜息をついた。
「まったくドロシーはしょうがないでありますね」
「ごめんね、トト」
「そういうところがずるいでありますよ」
ドロシーが困ったように微笑む。
「うん、本当にごめん。けど、謝って許してあげたいんだ」
「まったく、ドロシーはしょうがないでありますね。とりあえず、当面はここを基盤に方々を探ってみましょう」
ドロシーが頷く。彼女の耳には未だ、ウィンキーが最後に呟いた『助けて』の声が響いていた。
繋がっていたからわかる。本心で、心の底からドロシーを巻き込んだことを後悔している。
だから、ドロシーはウィンキーに『大丈夫、怒ってないよ』と伝えたかった。
口元を緩ませ、ポケットに入れていたリボンを取り出す。
「トト、坐って、リボン結んであげる」
「お願いするであります」
坐ったトトの犬耳に、ドロシーがリボンを巻き付け、結っていく。
トトは目を閉じ、それを受け入れる。
そうして、結び終わると、席を立ちあがる。
そのまま扉に近づき、五指を広げて、ドアノブを掴むと
「トト、行こう」
「はい、ドロシー。あなたとなら何処までも」
扉を開けて、管制室を後にするのだった。