「これが……僕っ……です!!」
「違うぞ!大丈夫か!?」
悩みの中に見いだした一筋の光につい、必要な説明を前略してしまった出久に、親切にもグラントリノは口を挟んでくれた。
端的すぎる己の言葉に気づいて、慌てて謝りながらも、僕は己自身で確認する意味も込めて、考えていた事を言語化していく。
昨日の組み合いでグラントリノに指摘された出久の欠点。
生まれつき個性を扱うほとんどの人達が、呼吸をするかのように自然に扱う個性の一つ一つの動きを、まだ
たったオールマイトの五%の力でも、それを己の手足のように、自由自在に使いこなす事が出来れば、出来ることの幅は比べものにならない所まで引き上げられる。
それを目標に昨日は反復練習を行ったが、中々効率の良い方法を思いつかず途方に暮れていた出久は朝食にグラントリノが食べると言ったたい焼きを暖めて……今に至った。
『バッカおまえ!!でかい皿でそのまま突っ込んだな!?』
今し方の、グラントリノの声が出久の脳裏に蘇る。
『無理に入れると中でしか回転しねぇから一部しか熱くならんのだ!!』
(一部しか……!)
電子レンジを指さして注意するグラントリノを思い出しながら、出久は言葉を口にした。
「今まで僕は、力を「使う」事に固執していた!必要な
脳裏に思い浮かべる、一部だけが暖まった、カチカチのたい焼き。それが今までの出久だった。
「でもそれだと、スイッチの切り替えで、二手目、三手目で反応に遅れが出て来る!!」
その結果が、思うように扱えない現実……それならば。
「始めからスイッチを全てつけておけば良かったんだ……!!」
それが、出久の辿り着いた答え。
「一部にしか伝わってなかった熱が……万編無く伝わるイメージ…!!」
バリバリバリと、体から電流が流れるような音が響く。それでも体のどこにも怪我は無い。
「その状態で、動けるか……試してみるか?」
含み笑うグラントリノに、出久も微かな笑みで答えた。
「お願いします!!」
三分間。その間に一撃入れること。それがグラントリノが課してきた条件だった。結果は失敗。
「保つだけで……難しい……これ。まだまだだ……」
沈んだ声音が出久の本心だった。無論最初から全てが上手く行くとは思わない。しかし一撃の蹴りだけで集中力を乱し、あの状態が解けること……そして再びスイッチを全てつけるには、僅かばかり時間を要すること。ヒーローとして活動するためには、そんな負荷をどうにか軽減させる必要がある。それが次の課題だろう。
「いや……」
そんな出久に対して、グラントリノが漏らしたのは小さな否定。
しかしそれを続ける事無く、グラントリノは言葉を入れ替えてきた。
「よし、後は慣れろ!ガンガン行くぞ!!……の前に朝飯食ってないな?」
思い出したかのように首を傾げるグラントリノに、出久も己が何も食べずに修行を始めようとしていた事に気付いた。
「食べ……って、ません!」
(滅茶苦茶だろ……)
心の中で毒づいた俺はただどうにもならない現状にため息をついた。
インコさんとその息子、出久を拒んで数日。あれ以来ずっと部屋に閉じ籠もったまま生活していた俺が、久しぶりにみた他人は黒霧さんだった。彼の命令に従って、バーへ足を踏み入れたが、何故かそこでは次に訪れたヒーロー殺しと、ここでの実質的なトップ、死柄木の喧嘩に巻き込まれ、見事に床に倒れ込んでいた。
(……って言うか俺、何もしてないよな?)
俺は耳半分で聞いていた彼らのやりとりを思い出して、再び確信を深める。
ヒーロー殺しに応答する死柄木の声を聞きながら、俺は俯いていただけだ。死柄木の支持もヒーロー殺しの非難もしていなければ、その逆もしかり。自分でも感心するほど必死になって背景になっていたのに、何故こんな仕打ちを受けるのか、理不尽極まりない。
何をされたのかは分からないが、体を動かすことが出来ない。しかし、目を軽く向ける程度の動きには支障が無かった。
(指先一つ動かないのに、目や耳の働きには影響が無い……!五感を封じている訳じゃないという事か?単に動きを封じているだけ……)
何事かの会話を続けている彼ら三人の姿を視界に写しながらも、思考は回るのに身動ぎ一つ出来ない俺は、内心うんざりとしながらも考え続ける。
混乱したり、思考停止状態にならないのは先生の元にいた経験があるからだろうか。
(なんだろうな。何か……何が起きてもおかしくないと思えているような……)
目が覚めてから彼らに引き合わされる迄の間に、手に入れた個性を試すための実験台とされていた時期もあったので、そのせいかもしれないが。
(あれ?……
ふと、感じたそれが何なのか。何となく、深く考えてはいけないような気がして、思考を打ち切る。
そもそもどんなに考えたとしても、この現状は彼らの間の問題が片付かない限り、どうにもならないのだから。
「ちょっと待て待て……この掌は……駄目だ」
息も詰まりそうな……比喩では無く、無自覚ではあったが呼吸数は上がっている現状に終止符を打ったのはヒーロー殺しと対話していた死柄木の発した言葉だった。
「殺すぞ」
たった一言。
大声を出したわけでも、高らかに言い放った訳でも無い。
いつも通りの低音で、呟きに近いだろうそれを、しかし俺の耳は正確に捉え……俺は体中が総毛立つのを感じた。
(なん……だ!?)
この時の俺は、具体的に俺自身も何を感じていたのかはよく分からなかった。
ただ、静まり返った室内の中で滔々と続けられた死柄木の言葉に引きつけられたといっても良い。
「あんなゴミが祀り上げられているこの社会を……滅茶苦茶にぶっ潰したいなぁとは思っているよ」
(この社会を……ぶっ潰す……か)
言われた言葉を咀嚼して、俺が覚えたのは妙な納得、そして、何とも云えない虚しさだった。
死柄木と俺は馬が合わない。先生の頼みだから従ってはいるが、そうでなければ一秒だって同じ場所にはいられないだろう。
それなのに、今俺は死柄木の言葉に引きつけられた。敵対するオールマイトとは言え、人をゴミ呼ばわりする扱いや、それ以外の言動、危ないという解釈無しに平然と子どもを巻き込み傷つける危険性。……馬など合わない。たった、一点を除けば。
(そうだな……俺も)
圧倒的に数の少ないヒーロー達に全てを押しつけて、何が起ころうと我が身可愛さに無関心を装うこの世界は……そこに住まう人々は。
(……好きじゃない、けど)
けれどそれだけだった。
悲しむべきか、喜ぶべきか皮肉な事に、死柄木の気持ちは、その憎悪は理解できるのに、心のどこかで「ぶっ潰したい」という衝動だけは、
「今を壊す。その一点のみにおいて俺達の意志は共通している」
そう言い放ったヒーロー殺しに、気付けば俺はぎこちなく口元を歪ませていた。
その根拠はきっと、俺にあって死柄木には無い、前生の記憶。
はっきりとした言葉は無い。ただ漠然と感じる物の中に、今と同じ虚しさがある。
(壊したところで……空しいだけだろ)
すとんと胸中に落ちる感覚に、僅かなやるせなさが宿る。
(前生の記憶が無ければ、漠然としたこんな感情が無ければきっと、俺は死柄木と同じ選択をしている……)
それができる死柄木に、何故か、少しだけ羨ましいと思ってしまっていた。
「……おまえはどうなんだ」
死柄木の言葉に納得したらしいヒーロー殺しが振り返ったのは、道具である一人の少年の方だった。
その意味を理解した死柄木が、気にくわないと言うように声を荒立てる。
「おい。待て……こいつは関係ないだろ」
死柄木の言葉に、ヒーロー殺しは目もくれず、言葉を続ける。
「貴様の立場は知らない。ここにいる奴らとの関係も。しかしおまえは唯一、潜伏していた俺を捜し当てた。それだけは間違いはない」
並べ立てたれるヒーロー殺しの言葉に、道具である少年からの答は無い。俯く表情は窺えず、反応も無い姿に、先刻の様子から反応の予想は出来ていたとはいえ、遺憾の念は消えない。
「あの時俺を探り当てたのは偶然か?それとも力を隠しているのか?……俺と手を組みたいと言うのなら、俺にはそれを知る権利があるはずだ……!!」
首筋に交差するように押し当てた2本の刃物をジリジリと、肌に食い込ませる。
大抵のヒーローならばこの時点で何らかの反応を示すにも関わらず、ヒーロー殺しの目の前にいる子どもはただ表情を変えることなくこちらを見つめる。
ツゥ……と刃物の先から血が球となっ流れた時、漸く子どもが顔を顰め、囁いた。
「どうでも……いい」
目を眇めるヒーロー殺しに気付きながらも目線を合わせること無く、子どもは言葉を吐き出した。
「おまえがどれほどの事情を抱えていようが、どれほどの覚悟を持っていようが……俺には関係ない」
首筋に食い込んだままの刃物に動揺する様子もなく、子どもはヒーロー殺しに漸く目線を向ける。
その眼は死柄木以上の嫌悪……憎悪に近いものを湛えていた。
「立派な理想を掲げることは勝手だが……それを俺に押しつけるな……!」
以前見た赤茶色の瞳は常人と変わらないように見えた。
しかし今目の前にいる子どもの目の中には、僅かな揺らめきがある。
「俺はお前とも、死柄木とも違う……!ヒーローなんて欲しくない!そんな、誰かの犠牲の上にしか成り立たない世界なら……滅んでしまえば良いんだ……!!」
息を吞んだヒーロー殺しを見て、俺は自分の迂闊さにため息をついた。
たとえ求められたとしても、道具に徹するのであれば己の意見など、言うべきではない。言ったとしても死柄木と同じ言葉を言うべきだったのだ。
しかしあの時、背景に徹していた俺は会話というものを何も聞いていなく、当然死柄木が何と言ったかなどしらない。
それならばあのまま黙って切られていれば良かったのではないかとも言えるだろうがあのままであれば、間違いなくヒーロー殺しは俺を絶命させていただろう。
それぐらいのことは分かる。
だからこそ、俺は俺自身の考えを言うしかなかったのだ。
(でも……先生ならそれなら死ねって言いそうだから笑い事に出来ないんだよなぁ)
一時的に送り返されるだろうか。
死柄木達と離れられるのと、先生の再教育を受けるのとを天秤にかけるなど、どちらも御免被りたいと言うのが正直な所だが、そんな贅沢を言える身分では無いのは俺も分かっている。
どうなるかと起き上がりながら考えていた俺はそこで周りの三人を見渡して、漸く彼らの様子がおかしいことに気付いた。
「おい。先生……どうなっている?」
画面を見ながら苛立たしげに問いかけているのは死柄木である。
「あれは……薬を撃たなきゃ発動しないんじゃなかったのか?今、一瞬だけど
死柄木の言葉に、画面の向こう側……先生本人の声が抑揚も少なく答えた。しかしその声は、どこか弾んでいるようにも見える。
「あの薬は、その状態に
その直後、画面越しにこちらを見られたような気がした。彼らの話題が自分であることは分かるが、俺の何に対して話しているかは分からない以上、どう反応すれば良いのかは分からないのだが。
「中々に……良い傾向だ」
その言葉の中には、怒りのようなどす黒い感情はみられない。
しかし、その言葉を聞いた途端、俺の体は震え上がった。死柄木よりも遙かに強く、こちらを魅入らせるような絶対的な王者の声。
こちらへ来てから聞いてなかったそれに息を吞むことさえ出来ずに固まる。
「なるほどな……お前が
苛立つ死柄木を気にも止めずに、沈黙を保っていたヒーロー殺しが、漸く動いた。
死柄木と黒霧に目を向け、ほくそ笑む。
「用件は済んだだろう?“保須“へ戻せ!
原作ではあった他の雄英生のシーンが大幅カットされております。
まぁ……そんなものです。