繋いだ手と手が 紡ぐもの   作:雪宮春夏

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何とか、事件そのもの終了まで書き切れました!
雪宮春夏です。
……いや、Ⅰ世って便利。今回はそれをしみじみと感じました。

いつもと比較するとかなり長めになってしまいましたが、その分、内容も濃い、筈なので。(苦笑)
楽しんで頂ければ幸いです。


ジョット-プリーモ-

(いや……!違うっ……!?)

目の当たりにしているだけで身動きが出来ない程の威圧感の中で、グラントリノは確信していた。

(これは……ジョットじゃねぇ……!!)

まるで双子かドッペルゲンガーのように、酷似した容姿。全く同じと言って良い声音。しかし、口を開く度に発せられる空気には、()()が持っていた筈の暖かみが無い。

(第一……生きているわけはねぇんだ!()()()()は、あの男に殺された!!)

市民の声によって、ヒーローが公的職務となり、無個性と個性の軋轢が無くなるに連れて、彼女達自警団(ヴィジランテ)は姿を消した。

ヒーローの増加に伴い、自ら解体したのだ。

その素性は紛れもなく犯罪者であったが故に、活動を停止しても彼らは敵予備軍として扱われ、警察からは監視を受けていたが、彼女は「そんなものは、気にしなければないのとかわりないさ。置物とでも思えば良い」と、軽く微笑むだけだった。その様子は神経質そうに監視の人間の数を確認する夫であり、相棒である彼の方が余程苦労しているのでは無いかというのが良く見て取れ、盟友であり、同じ故郷で、彼らに憧れてヒーローを志した志村と顔を合わせ、良く笑っていた物である。

(そう。全ては過去の話だ……そして、あの事件から、志村は己の受け継いだ力……ワン・フォー・オールの宿命と向き合うことを選んだ……!)

グラントリノの目には、あの時の記憶がまざまざと思い起こされる。自分達が訪れた時は、全てが手遅れだった。外見はまるで変わらないのに、散々に荒らされた内部。所々に飛び散る血飛沫。四肢を方々に散らばされ、夫であり、「G(ジー)」と呼ばれた彼女の相棒は息絶えていた。

そんな状況下で、体の内部まで蹂躙されていたジョットに意識があったのは彼女の「個性」による所が大きかったのだろう。戦闘には不向きだと笑っていた彼女の個性が、皮肉にも彼女に言葉を発する力を僅かでも残していたのだ。

「おし……えた、だろ、なな」

言葉を発する度に口から溢れる血の塊。視力はほとんど無かった。ガラス玉のように、その瞳は虚ろだった。それでも……彼女は言った。

「りふじんな、この……せかいで、……つよい………のは」

ガハッと咳き込む音と共に、ビクンと体が痙攣する。弱々しい声と、体の反応は、如実に彼女の命の終わりを語っていた。

それでも、グラントリノも、言葉をかけられる盟友も、彼女の言葉を遮れ無かった。……そんなことをしても、助けられないと分かってしまったからだ。

「わらい……つづけた、やつだ……!」

……それが、彼女の最期の言葉だった。

『世の中、笑っている奴が一番強いからな』

そして彼女から志村に与えられた教えは、その弟子、オールマイトにも確実に受け継がれた。

(彼女は……ジョットは確かに死んだ!それだけは間違いねぇ……!俺と、志村が看取ったのだから……!!)

混乱しかける思考の中で、グラントリノが放った問いかけが、事態の硬直を解くこととなった。

「お前は……一体何者だ?」

それは、いみじくも目の前にいる彼女によく似た敵と同じ問いかけ。

彼女に酷似した容姿の男は、俺をジッと見つめたまま、口を開いた。

()()ジョットだ。だが……貴様の知る()()()()()ジョットでは無い」

 

「お前は……一体何者だ?」

ジョットが炎を使っている影響か、脱力したまま動けなくなってしまったのだろうこの世界のⅨ世(ノーノ)の近くにいた、彼とは年の離れたご老人の問いには、いくつかの思いが混じり合ったかのような複雑な色があった。

顔を見つめると、その表情からも多くのことが読み取れる。

不安、疑念、歓喜、否定、絶望、悲しみ……。

年を重ねただけあって、些細な言葉では表せない、何重にも意味が重なる重みがある。

だからだろう。答えられる範囲であっても、答えてやりたいと気まぐれを起こしたのは。

「俺もジョットだ。だが……貴様の知るこの世界のジョットでは無い」

そして、視線を上に向けると、眉間に皺を寄せ、こちらを嫌悪の姿で見据える、変わり果てた子孫の姿が映った。

『いつも眉間にシワを寄せ……祈るように拳をふるう……』

フッと、ジョットの思考を掠めたのは、つい先日に、彼の世界から逝ってしまった、大空の虹から送られた記憶の中で、彼女自身が言っていた言葉だった。

「変わったな……Ⅹ世(デーチモ)

端的な言葉。こうなってしまったのは、彼だけの責任では無いとは分かっている。あの混乱の中、誰もこのような事態は想定出来なかったであろうことも。

(……ボンゴレリングの破壊を決断したⅩ世(デーチモ)の力量では、ガラしか壊せなかった事だけは、僅かな救いか……!)

いや、それは力量だけの問題では無かったのかもしれない。そうジョットは頭の片隅で思考を続けた。リングを巡っての争いを厭い、ボンゴレの有り様を嫌悪しても尚、Ⅹ世(デーチモ)はリングの中に息づく歴代のドン・ボンゴレと、それぞれの守護者のリングに宿る初代守護者達に対してでさえ、非情にはなれなかっただけなのかもしれないのだ。

リングに対する深い教養を持つ存在は、ボンゴレ本部にはいなく、全壊したリングがまだ生きている事に気付ける者はいなかった。あの「神の采配」と謳われた九代目をもってしてもだ。

Ⅹ世(デーチモ)には好都合だっただろう。

ボンゴレリングの破棄を決定し、守護者達のリングを全て集めて、Ⅹ世(デーチモ)は秘密裏に、ボンゴレに古くから仕える彫金師、タルボの元を尋ねた。

ボンゴレリングの残骸を預かってくれと頼み込んだのだ。

快く応じたタルボの好意によって、破壊された状態のまま、ボンゴレリングは保管された。

(破壊された残骸、成れの果て……その認識だからこそ、所在を知っていただろうあの男も見向きもせず、まだ破壊されていない過去のリングの蒐集に拘ったのだから、皮肉としか言いようがないな……)

既に終わった事件の始まり、そのきっかけにさえ思いを馳せながらも、しかしジョットは横目で常にⅩ世(デーチモ)の動きを注視していた。

周りの者達はⅩ世(デーチモ)よりもジョット自身を警戒しているらしく、ジッと息を詰めて見守っている。

それを眺めながらも、ジョットは独りごちる。

(だが今となっては、このⅩ世(デーチモ)の決断には感謝しなければなるまいな……)

全壊していたからこそ、煩わしい騒ぎには巻き込まれなかった。

そして中が生きていたからこそ、今ジョットはⅩ世(デーチモ)に残る僅かな力の繋がりを辿り、この世界に立っていられるのである。

しかし観察を続けるジョットに対して、Ⅹ世(デーチモ)が向ける目には、嘗ての輝きは無い。予想は出来ていたとはいえ、悲しみは隠せなかった。

「やはり、正気では無いようだな」

 

「やはり、正気では無いようだな」

そう呟いて微笑むその人の空気は、明らかに戦いの中のそれではない。

敵であるはずのフレイアを見つめるその瞳にも、嫌悪や憎悪という負の感情は見られなかった。言うならば、子どもを見守る親のようと言うべきだろう。

この人は何なのだろう?

冷たいコンクリートに肌を着けながらも、出久の頭はぼんやりとした思考を続けている。

彼がここに現れてから、もう随分と長い時間が流れてしまったかのように感じる。

正確な時間を知る術は無いが、いつまで時間を稼げるのか、それは出久には分からなかった。

(大体この人、どう考えても正規のヒーローじゃないよな!?)

今更と言えるかもしれない事に改めて思い当たり、出久の額に冷や汗が伝う。

先ず彼はこの場に現れた時から尋常では無い雰囲気が強いのだ。強さとか、そのような次元とはまるで違う。

(最初はオールマイトが言っていたワン・フォー・オールに染みついた面影と思ったけど、面影なら現実の世界に現れるなんてことあるのか!?)

面影の事についてはオールマイトにも僅かにさわりだけ教えて貰った程度だった。最後には上手くはぐらかされたような感じさえ覚えたがあの時はあまり重要には感じなかったので出久はそのまま流されたのだ。

(こんなことになるんなら、もう少し詳しく聞いておくんだった……!!)

内心歯がゆく思いながらも、動けない出久には出来ることはなく、頭の中で考察しようにも材料が足りない。

現状を見守るしかない己に自己嫌悪にも走れない出久の頭に、その声は届いた。

“……この世界の継承者達のことは知らないが、俺のことならこの事件が終わったときにいくらでも話そう。だから今は落ち着け。Ⅸ世(ノーノ)

「うえっ?!?」

突然聞こえたその声に、出久は現状も忘れて声を上げた。当然のように集まる視線に咄嗟に前に見える黒マントを見つめるが、彼は微笑み一つ浮かべない。

(もしかして幻聴?僕そこまで疲れているのかな?)

“いや、俺がⅩ世(デーチモ)から形成されている道を辿ってお前に思念を送っているだけだ。だから他の者には聞こえていない“

思わず己の正気を疑ってしまった出久の頭に再び声が届いた。それに再び声を上げそうになった出久は、その言葉の中にあった気になる単語に意図的に頭を冷やす。

(……えっと、形成されている、道って?つまりこれは僕限定のテレパシーって事ですよね?)

声を出すと怪しまれるのは分かるので、こちらも心の中で話すように考える。どうやら相手には本当にそれで十分だったらしい。

“そうだ。思っていた以上に飲み込みが早いな“

返答には僅かな感心の色が含まれていたが、気にせず出久は思考を投げる。

(その道が僕とフレイア……あなたがⅩ世(デーチモ)と呼ぶ彼限定で繫がっているって、どういうことですか?)

“理由は俺にも分からない。おそらくこの世界で独自に発達した力による物だろう。俺達の持つ力にはそのような性質は無いのだが、Ⅹ世(デーチモ)の場合はこの世界へ無理矢理連れて来られた時に、()()()によって入れられた器の中の力と、融合反応を起こし、力自体が変質してしまっているようだ“

平然とした声音で淡々と紡がれた言葉。だがその内容なすぐには噛み砕けない程の理解の範疇を超えた危険物の連弾だった。少なくとも出久にとっては。

「いえ!ちょっと待って下さい!!何ですか!?それ!!なんかツッコミ所しか無いんですけど!!」

思わず声に出してしまった出久を一体誰が責められるだろうか。

「……!お前、何をしている!?」

その出久の反応に、怪訝な目を向ける飯田や、轟、グラントリノよりも先に、彼らへ手を出したのは、対峙していたフレイアだった。

「……全く。もう少し冷静さを身につけるべきだぞ?Ⅸ世(ノーノ)。内緒話をしていたことが、Ⅹ世(デーチモ)に知られてしまったではないか」

攻撃をしかけられる男の方も最早隠す気は無くしたのか、どこか茶化すような口調で出久の方へ話を振り。

「……っ!?」

それと同時に橙色の炎が横薙ぎに広がり、フレイアを弾いていた。

「随分と微弱な炎圧だな?Ⅹ世(デーチモ)。加減をしているわけではないな。おそらくお前の中に己を形作る確固たる覚悟が無いのが原因か」

涼しい顔でフレイアの戦いを検分すらしている彼は、その余裕を前面に押し出すかのような微笑みまで浮かべている。

(……と言うか、あんな笑顔していたら、逆にフレイアの怒りに火をつけるんじゃ……!?)

僅かに離れた男と、それとやり合うフレイア。二人の同色の炎を見ながら思考する出久の頭に再び男の声が響く。

“だからだ。Ⅹ世(デーチモ)が冷静さを欠けばその分、こちらもやりやすくなる……時間もあまりとれそうも無いしな“

最後に付け加えられた意味深そうな言動に、再び思考で問いかけようとした出久はゾワリと体中を駆け巡った異変に目を見開いた。

“フム。やはりあの横薙ぎ程度の炎だけでも、Ⅸ世(ノーノ)にかかる負担は計り知れないな。最も、この世界では「死ぬ気の炎」があちら程発達していないのだから仕方がないとも言えるのかもしれないが“

淡々と言葉を紡ぐ男には悪いが、出久には、その思考の意味はほとんど理解できなかった。

分かるのは、己の体の状態が先刻までと比べて明らかに悪化しているという事実である。

「フム。……やり合うだけでは正気に戻るとも思えんが、どうするのが吉となるか……」

 

何かに急かされるように力をふるうフレイアを紙一重で躱しながらも、男……ボンゴレⅠ世(プリーモ)こと、ジョットも訪れた膠着に眉を顰めていた。

元々あの世界でも既に死した存在である自分達だからこそ、ここまで早期に世界を越えることが出来たのだが、肉体の構築には思っていた以上にリスクが付きまとうようだ。

(あの様子ではⅩ世(デーチモ)の守護者達も遅かれ早かれ何人かはこちらとの境界線を越えようとするだろうが……果たして何人がこの世界におかしな影響を与えることなく来られる物か……)

そこまで考えたⅠ世(プリーモ)は、件の守護者達を思い浮かべ、あまりにも不毛な思考に終止符を打った。

(考えても無駄なようだな。おそらく来た者が皆例外なく、何らかの影響を及ぼすだろう……!)

そして、彼らはそれをも覚悟の上で来るのだろう。たった一人の存在を取り戻すためだけに。

(せめて仲間の声が届くよう、正気だけでも取り戻してやりたかったのだが……どうやらそれすらも難しいようだな……)

そう思考するⅠ世(プリーモ)と対峙するⅩ世(デーチモ)は、おそらく視野さえ狭まっているのだろう。背後からの殺気に反応が遅れる程度には。

「世話になった。後はこちらに任せて貰おう」

Ⅹ世(デーチモ)の肩を掴んだ巨漢が、そのままⅩ世(デーチモ)を投げ飛ばし、大通りの反対側迄距離が開く。

「ご老人。今のうちに子供達を連れてここから離れるぞ」

こちらを凝視する高齢の老人からあえて目線をそらして、Ⅰ世(プリーモ)はさり気なくⅨ世(ノーノ)を担ぎ上げた。彼の炎を使ってこの世界の肉体を構築している以上、あまり離されると肉体が崩壊してしまう危険性があるからだ。

改めてⅨ世(ノーノ)以外の子どもに目を向ければ、皆が一様にⅠ世(プリーモ)に警戒心を抱いていることが見て取れる。

まぁこのような状況下では致し方ないと言うべきだろう。

「あんたは何者なんだ……!あのフレイアという敵と顔見知りなのか……!?」

強い眼差しでこちらを睨みつけるのは、Ⅹ世(デーチモ)の霧の守護者を彷彿させるような色違いの瞳を持つ少年だった。

疑われても仕方がない状況と割り切っているが故に、その反応には何の感情も動かない。それが相手には無言の肯定に見えたのだろう。敵意を向けて、身構えられる。

(これはまずいな……!)

咄嗟にそう判断してⅠ世(プリーモ)が口を開くよりも前に、その場に怒声が響き渡った。

《どこで油を売っている!フレイアっ!!》

 

通信機器越しに聞こえた声に瞬間思考は止まっていた。

暴れるな。暴れさせろ。

死柄木の命令が頭の中で蘇り、動きが止まったフレイアの体に、炎を纏ったエンデヴァーの拳が容赦なく命中したのである。

「……ぐっ!」

咄嗟に後ろへ下がったが、脇腹を掠ったのか、腹部にひりつく痛みが走る。

《フレイズが()()()!遊びは終わりだ!さっさと戻ってこい!!》

こちらの状況など気にせずに発せられる命令に従い、踵を返そうとするが、それで逃がしてくれるほどNo.2は甘くはなかった。

「逃がさん!!」

一声と共に巻き上がる炎にフレイアは苦い顔を浮かべる。

チラリと見やる裏路地への道は、二つの中間をエンデヴァーが陣取っているせいで向こうの良い的になる。かといって大通りを挟んだ反対側の裏路地は、袋小路だ。逃げ場とするにはあまりにも危険であった。

(空へ逃げるか……?だがあの男は……!)

懸念の元となるのは、いきなりあの場へ現れた一人の男。彼の橙色の瞳は、言い知れない何かをフレイアに与えていた。

言語化することは難しい。時折感じる感覚が、男から目を逸らすなと訴えてくる。

(戻らないと、死柄木が……先生が……!!)

命令に背く事は許されない。だが現状が命令の実行を阻害していた。

(どうすればいい……!?どう、すれば……っ!!)

知らず知らずの内に息が上がっていく。過呼吸が起きているのか、頭の中に霞がかかる。

“本当に、分からないの?“

周囲には、既に確認した敵しか居ないはずだった。

しかしこの時フレイアの耳には、その誰とも違う声が響いた。

 

(……なんだ?この声は何者だ!?)

自らがⅨ世(ノーノ)の元へ行くために使ったⅩ世(デーチモ)の力によって作られた道。そこに混ざった雑音に、Ⅰ世(プリーモ)は目を見開いていた。

瞬時に浮かんだのは、Ⅹ世(デーチモ)を元の世界から連れ去った者による何らかの罠である可能性。しかしそれならば、同じ道の先にいるⅠ世(プリーモ)に何故被害が起こらないのか、あの者からしてみれば、Ⅰ世(プリーモ)達、世界の境界線を越える者は邪魔者に他ならないはずなのに。

“嘘だよ。君はもう……薄々でも、分かっているはず“

声はⅩ世(デーチモ)よりも明らかに幼かった。

声変わりもしていないだろう、高めな声。まるで幼子のような舌足らずな言葉。

「止めろ……!」

突然、Ⅹ世(デーチモ)が頭を抱えて叫び声を上げた。事情をわからない者達は、一様にその姿に目を丸くする。

そして……対峙していた巨漢はその隙を逃すほど愚かではなかった。

Ⅹ世(デーチモ)っ!!」

咄嗟に声を上げていた。

しかし、Ⅸ世(ノーノ)を抱えたままであったⅠ世(プリーモ)には、助けに向かうことは出来なかった。

(思えば矛盾しているのかもしれないな……!Ⅹ世(デーチモ)を助けたいと思いながらも、彼と敵対しているだろう()()()()()Ⅸ世(ノーノ)を守ろうとしている……!)

しかし、Ⅰ世(プリーモ)の直感は訴えるのだ。どちらも諦めてはならないと。

そして己の直感の力を知っているが故に、Ⅰ世(プリーモ)は動けなかった。

 

「……何……!?」

「………え?」

ジョットが、背後に目を向け、出久が呆然と正面を見た。その時、いくつかの事象が同時に起こった。

 

「……くそっ……!」

「轟君?!」

轟の呻き声と、飯田の張りつめた声。グラントリノは地に力なく倒れた轟焦凍が握っていた縄の先に、誰もいないことに遅れて気付いた。

 

頭を抱えて、拒絶の声を上げていたフレイアは、反射的に目を瞑り……それを見た。

黒鉛筆で塗り潰されたような真黒な空間。そこにいた、二人の、子ども。

そして……。

次に頭の中に流れ込んできたのは、どこかの町中の映像だろうか。並んで歩く、三つの影。それらは皆、酷くぼやけて細部は分からないが、おそらくはまだ子どもだろう、未熟な体をしていた。楽しそうに歩く彼らの姿をどこかで見たことのあるような気がした。

(どこで、見た?俺は……彼らを、この光景を……)

それを知る前に、映像はぼやける。

……曖昧になる、それは。

(これは……俺の……!)

深く思考に潜っていたのはどれほどだっただろうか。微かな息遣いが、頬を撫で……俺は目を開けていた。

「お前は、奴らとは……違う……!」

そこに立つ血まみれとなった、ヒーロー殺し、ステインは、脇腹を炎に焼かれながら、それでもまだ強い感情のこもった視線で、フレイアを、そう呼ばれる子どもを射貫いていた。

「……っ!?」

そこにある確かな自我を認めたのは、この時彼の眼前にいた、ヒーロー殺しだけだった。

「本物であるお前には……生きる義務がある」

生きる事を強要しながら、ヒーロー殺しは笑った。

「お前と死柄木がどのような信念を持って生きるのか……俺に見せてみろっ……!!!!」

 

その絶叫とも呼べる叫びに、エンデヴァーは動きを止めていた。

そして、フレイアと呼ばれる彼は知る由はなかっただろうが、それは轟、飯田をはじめ、Ⅰ世(プリーモ)の傍にいた者達も同様であった。

Ⅹ世(デーチモ)……)

唇を噛んで、その場から駆けだした彼を見ながら、Ⅰ世(プリーモ)、ジョットの力は、最後の最後で、彼が正気を取り戻した事を教えてくれた。

(……俺は、これで正しかったのだろうか?)

ふと、この時彼の頭に浮かんだのは不安だった。

Ⅹ世(デーチモ)に不要な殺戮をさせたくない思いから、彼はこの世界のⅨ世(ノーノ)に手を貸した。

変質してしまったⅩ世(デーチモ)の力に弾かれ、彼の炎を使えなかったことも、Ⅸ世(ノーノ)に手を貸すことを決めた一助にはなったが、それは結果論だろう。

(周りに味方のいないⅩ世(デーチモ)の事を考えるのであれば、彼を手助けすることの方が、Ⅹ世(デーチモ)の心を守ることにはなるのかもしれない……だが)

この時、Ⅰ世(プリーモ)の心を占めたのは、未だ姿が分からない、元の世界からⅩ世(デーチモ)を連れ去り、今も良いように彼を利用しようとする者達への怒りだった。

(たとえ、俺がⅩ世(デーチモ)に恨まれたとしても、奴らからⅩ世(デーチモ)を救い出さなくてはいけない……!)

それが、この事件の、それが起こるきっかけとされてしまった、嘗ての戦いの元凶となったあのリングの最初の適合者であった、自分なりの責任だった。

 

「どこをほっつき歩いていた」

そう零した死柄木は、給水塔の上で炎を纏って飛んできたフレイアを睨めつけ……その瞳に宿る強い意志の籠もった光に眉を顰めた。

「済まない。……帰ろう。死柄木」

死柄木を見据えるその目には、はっきりとした意思が、ある。別れる前とはまるで別人のようなそれ。そこには死柄木よりも遙かに小さな物であったが、確かに微かな怒りと憎悪があった。

「……まぁ。良いか」

それを見た死柄木が何を思ったのか、それは死柄木にしか分からないだろう。微かに笑みを浮かべながら、死柄木は踵を返した。

「明日が……楽しみだな」

そうして、保須で起こった一連の事件は幕を閉じたのである。

 

 

 




Ⅰ世によってさらっといくつか重要な物が落とされましたけど、次の後日談ではそれらを補足しながら説明していきたいと思います。
では、ここまでおつきあい下さり、ありがとうございました。
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