繋いだ手と手が 紡ぐもの   作:雪宮春夏

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お久しぶりです。約一ヶ月ぶりの投稿となりました。雪宮春夏です。

……下手したら今月最初で最後になりそうですが。
音沙汰無しの一ヶ月。その分長さも程々となりました。

どうぞ気をつけてお読み下さい。



明かされる真実

入江正一は頭を抱えていた。

自らが開発した装置の状態から、失踪……何者かに拐かされた沢田綱吉の身体状況は解明出来たものの、それが現状を打破する具体策に全く結びつかないものであったからである。

「……仮に、正一のここまでの仮定が正しかったとして」

画面に目を向けたまま、スパナが常と変わらない平淡とした声で、状況の復習を始める。

「現在のボンゴレの状況は、二つには分けられると思う」

二本、立てられた指にリボーンは黙ったまま、口を挟まない。

専門家では無いが為に聞き手に回っているのだろう。それが分かっている話し手二人も、それを理解した上で言葉を続けた。

「まず一つ」

人差し指をまっすぐに伸ばし、誰に目線を向けること無く、スパナは続けた。

「装置から出され、空気中に放置されている。でもこの場合、分子状態の肉体は空気中に分散してバラバラになるんだが……この場合はどうなるんだ?正一」

「正確な分子量の不観測により物質への再構成は不可能になる。……この場合は不可逆的な死へと向かうはずだ」

「そうか。じゃあこの選択肢は可能性は低いな。では二つ目」

正一の意見を引き継ぐ形で続けるスパナには先程の会話から感じる不安や焦燥、何より何も出来ない事に関する躊躇いなど一切無かった。

また、敵の詳細を知らない筈のスパナが動揺さえ見せなかった事実に、リボーンはジッと視線を注いでいた。

(まるで敵の胸中を理解出来ているようなもの言いだが……)

もしや、綱吉を拐かした何者かと繫がっているのかと、リボーンから、スパナに向けられる警戒心はそのまま、リッジョネロが前身であるブラックスペルとは言え、元ミルフィオーレの一員でありながらこちら側となったスパナへの不信感が起因している。雲雀恭弥と協力関係を築いていた為に背景がはっきりと確認できる入江と異なり、スパナがボンゴレに味方したのは良くも悪くも過去の綱吉がいたからと言う理由だ。その当人がいない以上当然スパナの立場は微妙なものだ。スパナ本人もそれは分かっている筈だ。

そう思いながらもまるでこちらを気にすることなく、見向きもせずに作業を続けようとするスパナに、今まで黙っていたリボーンは声を上げた。

「なぜそれを断言出来る?相手が装置の性能を熟知せずに、誤ってツナを殺しちまっている可能性は考えられねぇって事か?」

言葉を続けようとしたスパナを遮り問いを挟むと、漸くスパナは画面からこちらへ視線を移した。

「何を焦っている?アルコバレーノ」

しかしそれは問いに対する答では無く、新たな疑問。しかもその内容はリボーンからすれば予想していないもので。

「俺が、焦っているだと?」

こちらを侮るかの内容に、リボーンは眉を顰め、僅かに殺気を漏らしていた。

思わず唾を飲み込む正一を双方気にする様子など無く、更にスパナは続ける。

「自覚が無いなら言うが、さっきの問いはあり得ない。あの装置はチョイスが開催される前に手に入れた匣兵器の雷モグラを使って正一が割り出した安全と思われる地点に隠した。掘り進める過程でも確認したが、あの場所は並盛基地の地下と同じように公共の地下施設や配電の混線で入り組んだものになっていたから雑なやり方だと公共機関に障害が出る。しかしうちらの様に掘り進めるとすると何らかの跡は残るんだ。全く同じように掘って、同じように埋める。……そんな芸当が出来ない限りは」

だけれど、とスパナは淡々と分かっている現状を言い聞かせる。

「装置を隠した地点にはこれと分かる異変は無かった。周辺も掘り返された形跡は無い。その上、装置にもボンゴレの分子貯蔵装置以外の欠如は愚か、僅かな損傷も無かった。……にも関わらず、分子貯蔵装置とそれに付随するものだけが綺麗になくなっている。まるで最初からそこに何もなかったかのように。これがどういうことか分かるか?」

「……相手が、装置の事を熟知している。……ツナが入っていた装置がどれか、正確に分かっていたって事か?」

自業自得と言うものか。自他共に認める頭の回転率の良さから相手の言わんとしていることを察したリボーンは、不本意ながらも己の意見の誤りを認めた。

焦っている、と言う問いについては無言で流すが。

(だがまるで動じる様子のねぇ、その余裕の有り様はやはり気に入らねぇな)

そう毒づく事は止める気は無い。

「それで、二つ目は?」

まだ何か言葉を続けようとしたスパナを遮るように、しかしそれを気取られぬように仕切り直すかに見せかけて、こちらから言葉を投げると、今度は入江が言葉を引き継いだ。リボーンのスパナに対するやや婉曲した嫌がらせには気づいていないようだ。

「装置から何らかの方法で、綱吉君を構成している分子が移されている可能性だね?」

問いの形こそ取っているが、ほとんど確信に近かったのだろう。流れるような首肯に僅かに笑みを浮かべて、入江はでもと問いかけた。

「具体的な物はやはり分からないままだ。……八方塞がりも良いところだよ」

情け無いなと、肩を落とす正一に、「焦る必要は無い」と、言葉が返ってくる。

画面に向けた目線を変えることなく、スパナの言葉は滑らかだった。

「敵はボンゴレをかなり用意周到なやり方で連れ去っている。必ずそれ相当の目的があるはずだ。……僅かな例外さえ除けば、放っておいても敵の方から尻尾を出してくるだろう」

「……僅かな、例外?」

淀みの無い言葉とは反比例するように内容を濁したスパナの態度に、入江は珍しく、己の鼓動が高鳴るのを感じた。それは決して良い予感では無い。寧ろ、その真逆。

「例えば……白蘭がゴーストと呼んでいた雷の守護者にしたように、何者かの手によって、別の平行世界へ連れて行かれた可能性」

「バカな!」

その言葉に、真っ先に反論したのは、今回の綱吉と共犯関係となった事に加え、白蘭と「友人」であったが故に、入江だった。

「あり得ないよ!白蘭さんでさえ無理だったのに!!」

「今の先端科学では、な」

淡々と言葉を返すスパナのあまりにも内容の突飛の無さに、しかし、白蘭というやろうとした前例がある事実に、リボーンの背筋に怖気が走る。

平行世界はその分岐の数だけ存在する。ここより科学の力が発展し、白蘭のように他に数多の平行世界が存在する可能性に誰かが気づいている可能性は、零とは言いきれない。

「だが……そうなれば」

その先の言葉を発することが出来ずに、正一は口を噤んだ。

打つ手が無い、そう言葉に出してしまえば、本当にそうなってしまうかも知れない。それはここにいる三人、全員が同時に抱いた恐怖だった。

「打つ手は、有るぞい」

……その声を、聞くまでは。

 

「久しぶりだね。皆元気だったかな」

発せられた声は囁くように微かな物だったが同時に誰よりも強い存在感があった。

「九代目……」

言葉として出したのは誰だったか。その言葉に目を細める彼は好好爺然としているが、それが彼の人の一面でしか無い事は疑いようもない。

綱吉がボスの座を継いだことで先代と呼ばれるようになったとしても、現実として実権の半数はまだ彼の手の中に有る。

高齢となったが為にボスとしての役割を十分に果たすことが出来なくなったと言う名目で綱吉にボスの座は譲りはしたが、若年である綱吉ではまだ海千山千の大狸の巣窟である上層部を一人で相手取る事が出来ないからだ。

並の組織ならこのような方法を取れば組織の中での派閥が生まれ、分裂が避けられない事態になるのだが、そこは呆れるほど権力欲のない十代目と穏健派と呼ばれた九代目。

九代目を十代目の指南役としてボンゴレ本部に在住させ、十代目本人は生国である日本と、本部があるイタリアを交互に行き来することで何とかバランスを保っていたのである。

「まずは、ご苦労だったね。ミルフィオーレとの戦いの記憶は大空のアルコバレーノから受け取っているよ」

映像を介して聞こえる声はどこまでも穏やかだった。

しかしその瞳は未だ戦いの最中のように鋭い。それだけでここにいる全員がこの戦いが単に抗争を終えた者達を労う為の物ではないと分かった。

「そして、今そちらで何が起こっているのかは、チェデフのバジル君から報告は受けている」

映像を間に挟んでさえも隠されない鋭い空気に、その場にいた全員が自然と背筋を伸ばす。マフィア嫌いを豪語する骸でさえも、顔を顰めながらもそこに立ち尽くしたままだ。

「だが……私に綱吉君の事について教えてくれたのはバジル君()()ではない」

敢えてその言葉を強調しながらも、九代目はその視線をこの室内全体に行き渡らせた。

「私は……そこで教えられたことを、綱吉君の連れ去られた場所に関する情報を、君たちに伝える為にこの通信を送っている」

 

ある者は驚愕に目を見開き、ある者は不安から目を伏せ、唇をかみ締める。その一方で言葉もなく、歓喜に体を震える者もいた。

その言葉を聞いた守護者達の表情は、見事にバラバラなものだったが、その奥に共通していたのは恐れだった。

何者かによってボスである十代目が、綱吉が浚われていた事にも気づかず、のうのうと眠り続けていた自分たちに、果たして九代目のいう情報を聞く資格はあるのか。

答えが出ることの無い恐れを抱えたまま、彼らは誰一人九代目の言葉に返答を返せないのだろう。

しかし九代目、ティモッテオはことこの事に関して彼らに何かを咎める資格など無かった。

なぜなら彼は、彼ら以上に何も出来なかったのだから。

彼の後継者である綱吉は、彼を始め、他のボンゴレ本部の者達を、上層部を何一人巻き込むことなく、関わらせる事無く、一連の抗争を終わらせた。

それほどにまで、ボンゴレ本部の面々は、十代目の信を得られていなかったと言うことだ。

(彼らを咎めるのは、筋違いと言うものだろう)

彼とともに計画の主軸を担った雲と、外部協力者である入江正一は勿論、他の守護者達も彼らに出来るやり方で、最後の最後までボスの信頼に答えたのだ。

その上で過去の、十年前の世界の己自身に、全てを託した綱吉の気持ちを、九代目は分かるわけではない。勿論、残された守護者の気持ちもだ。

(しかし、これだけは伝えなければならない)

彼らへの通信を送ると決意した時に行った選択。それを思いおこし、九代目は決意を固めるように、僅かに瞬いた。

それは時間にすれば僅か一瞬。

しかし画面越しにも分かるほど、その瞬間、九代目の纏う気配は変わっただろう。

「私は綱吉君の現在の居場所、そして彼の置かれている状況について、大空のボンゴレリングに宿る歴代のボンゴレボス達から見せられた」

その言葉の意味を理解した者達の顔つきが瞬時に変わる。その変化を見つめながら、ティモッテオはそれを事実として断じた。

「綱吉君はボンゴレリングを破壊した。しかしそれは、ボンゴレリングを失わせたと言うわけではなかったのだよ」

 

最後の記憶は、崩壊していくボンゴレ本部に自分自身が呑み込まれていくことだった。

そこから気が付けば、己は長い夢の中にいたような気がする。

それはやけに鮮明な夢で、俄には信じがたい内容だった。

そこで見たのは、懸念していた敵対ファミリーのボスと、後継者である彼の過去の姿が戦う姿だったのだ。

その力は今より決して強くはないが、己の知る同じ年頃からすればとても強い。

(夢にしては……現実味があり過ぎる……!)

沸々と湧き上がる予感は彼の持つボンゴレリングが形を変えた事で確信に変わる。

ここにいる彼は異なる世界から来た過去の後継者なのだと。

その彼と彼のファミリーが、この時代の為に戦っているのだと。

時間としてはどれほどだったのかは分からない。

長かったようにも短いようにも感じた記憶の奔流が止まった直後、現実に戻されると思っていた己は再び、どことも知れない空間に立ち尽くしていた。

(今度は……ここは一体?)

軽く目線を走らせるが、分かるのがそこが数人の人が立ち尽くしている狭い空間だと言うことだけだ。

橙色の死ぬ気の炎が灯る仮面を被った彼らは一様に小さな穴から零れる光の下で目をこらして、その穴の向こうを見つめているように見える。

(彼らは一体……)

穴から零れる光だけを頼りにそこに集う者達を観察するが、目元を隠す仮面のせいか、表情を読み取ることは出来ない。

「つながりましたね」

無音に満ちていた空間で直後、まるで水面に波紋を立てるように呟いたのは若い男の声だった。

「ギリギリといったところですがの」

男の言葉に返すように言葉を零したのは彼よりも幾分か老いた男だろうか。

男が溢した言葉の裏には、何かに安堵しているかのような、柔らかな空気が含まれている。仮面の隙間から僅かに覗いた口髭に己の目は釘付けになっていた。

(いや……まさか。しかし彼は……!)

何故だろう。己は言葉を発する彼に既視感を覚えた。

(……いや、彼だけではない)

思い直すように否定すると、今度は若い女の声が耳に届く。

「本当に行かれるおつもりですか?」

その声に導かれるように顔を上げると、彼らが覗き込む穴の傍らに、彼らと同じように死ぬ気の炎の仮面を被る、若い男の姿があった。

そこ男の額に灯る死ぬ気の炎に、その全てを見透かすような瞳に、漸く己はここがどこなのか、この場にいる彼らが何者なのかを確信した。

(ボンゴレⅠ世(プリーモ)……!ここにいるのは……歴代のボンゴレボス?……ここは大空のボンゴレリングの中なのか!?)

そこにいる人数は己を含め九人。

歴代のボンゴレボスの数と一致している。信じがたい事であるが、あり得ない事では無い。それを己は知っていたけれども。

(どういうことだ?彼らを宿すボンゴレリングは綱吉君によって破壊された筈……!)

己の後継者である十代目、沢田綱吉は己の手で大空のボンゴレリングを含む全てのボンゴレリングを破壊している。その変わり果てたボンゴレリングの姿は、綱吉が処分するリングを一目見せるためにボンゴレ本部を訪れた際に、間違いなく確認している。

だからこそ、大空のボンゴレリングに宿る彼らが健在だとは思えなかった。

ではこれは夢か。その胸中の問いかけも、己の持つ直感が、明確な答を示してくる。

(……夢でも、幻覚の類でも無い。なら、これは……一体どうなっている?)

必死に現状を理解しようと思考を働かせる九代目を置き去りにして、ここに揃う歴代のボンゴレボス達の会話は続いていく。

「……Ⅹ世(デーチモ)をあのままにするわけには行かぬ」

Ⅹ世(デーチモ)と届いた言葉に九代目はその発言者であろうⅠ世(プリーモ)に目を向ける。

その視線を受け止めたⅠ世(プリーモ)は柔らかな笑みを浮かべ、凛とした声で己以外の七人のボンゴレボスに視線を走らせる。

「それに……守護者の持つボンゴレリングに宿るのは俺の守護者だ。俺が行けば道が繋がる可能性は更に高まる」

Ⅰ世(プリーモ)が視線を向けるのは、穴の向こう。そこには良く見れば数人の小さな人影が見えた。

(……誰だ?)

詳細な情報を掴もうとよくよく目をこらせば、どうやら厄介ごとの最中なのか。一対多数で、向き合っている人々が見えた。

(待て……あれは……!)

そこで九代目は驚きで目を見開く。一人の方が纏う微弱な何かが、死ぬ気の炎であると言うことに気づいたからだ。何より。

(あれは……綱吉君?)

炎を纏うその相手が、己の選んだ後継者であったからでもある。

(だが何だ?……これは)

しかし次いで大きな違和感が九代目を襲う。

直感はあれが綱吉だと訴える。しかしその姿を見れば見るほど、あれは沢田綱吉には見えなかった。

(何かが……おかしい。彼とは明らかに……身に纏う空気が違う……!)

モヤモヤと胸の中に蟠るそれは漠然とした不安だった。

その原因をはっきりと断定出来ぬまま観察を続けていると、彼が纏う炎が常とは異なる事に気づいた。

「分かるかⅨ世(ノーノ)……あれはⅩ世(デーチモ)の炎ではない」

驚くほど近くから聞こえた声に顔を上げると、そこには薄い笑みを浮かべるⅠ世(プリーモ)の姿があった。

いつの間にか己は、Ⅰ世(プリーモ)の傍ら、穴の目の前に移動していたのだ。

「気配を凝らせば尚のこと。Ⅹ世(デーチモ)の炎ならば、あのような濁った色には絶対にならぬ」

確かにその通りだった。

Ⅹ世(デーチモ)が纏う炎はその量こそは多いが、確固とした纏まりがなく、炎の色も鮮やかさがない。それはそのまま炎の純度の低さとして見て取れる。

(だけど、この穴は一体……綱吉君がいるあの場所は……)

 

「よせ。Ⅸ世(ノーノ)

伸ばした手を押さえつける。おそらく無意識だろう。視線を上げるⅨ世(ノーノ)は混乱からか瞳を揺らしながらこちらを見据えている。綱吉に手を伸ばそうとして、彼は穴へ身を乗り出しかけたのだ。

「肉体を持つお前では危険すぎる。Ⅹ世(デーチモ)の二の舞になるぞ?」

二の舞。己で発した言葉に自嘲が過ぎった。

「待ってください。一体、綱吉君に何があったのですか?あの穴の向こうは……二の舞とは一体……」

口走るⅨ世(ノーノ)も、何から尋ねれば良いのか分からなくなっているようだ。それは仕方のないことだろう。だが、悠長に話していられるほど時間は残されていなかった。

「悪いが時間がない。一から全てを説明する事は出来ないのだ」

すまないと、謝罪の言葉を吐き出しながら、目線は穴の向こうへ注ぐ。

どうやら穴の向こうでは役者が一人増えたらしい。

既に成人していると見られる男はどう贔屓目に見ても、冷静とは言い難い。

しかし、現状で戦いに入ることは双方……Ⅹ世(デーチモ)にとっても、あの場にいる者達にとっても良策とは言えないだろう。

(それに現状において、あの世界に住まう者の身に何かあれば、こちらの世界にも何らかの影響は出る……!)

それだけは、あってはならない。そんな強い決意を胸にⅠ世(プリーモ)は現状を変えるため行動を起こす。

額に燃える炎が勢いよく燃え始める。それにつられるように、仮面の炎も勢いを増し、それと同時に、Ⅰ世(プリーモ)の肉体その物も淡い橙色の炎に包まれていく。

事情を知らないⅨ世(ノーノ)だけが、驚愕を隠しきれずに目を見開いているが、他のボス達は既に承知している故か、皆冷静を保ったまま、しかし強い感情を視線に込めている。

「……皆、後は頼むぞ」

言葉も少なく言い放ったⅠ世(プリーモ)に、誰も口を開くものはいない。Ⅸ世(ノーノ)も、口を開く事は出来いようだった。

事態への理解が追いつかなくなっているのだろうⅨ世(ノーノ)に苦笑を溢しながら、Ⅰ世(プリーモ)はこの先に彼らにかかるだろう負担を思い、内心で謝罪する。

他のボス達にも迷惑をかけるが、現世で生きるⅨ世(ノーノ)への負担は計り知れないものとなるだろう。

(だが……やるしかない……!)

決意を胸にⅠ世(プリーモ)は既に不安定に揺らぐ炎の塊としか認識できなくなった己の肉体を見渡し、意識を穴の向こうへ集中させた。

(目を覚ませ……!Ⅹ世(デーチモ)!!)

 

それはまるで、一筋の光明のようだった。高所から低所へ流れる水の流れのように、Ⅰ世(プリーモ)の体だった炎が穴の向こうへ流れていく。

「これは一体……どうやってこのようなことが……」

穴の向こうへ目をこらせば、おそらく綱吉だろうと思われる相手の元へ、Ⅰ世(プリーモ)の炎が、か細い軌跡となって伸びている。

「ボンゴレリングの継承者、と言うだけではない」

Ⅱ世(セコーンド)のぶっきらぼうな厳つい声が補足のように説明を加える。

「ここにいる者の中で、Ⅰ世(プリーモ)が唯一、Ⅹ世(デーチモ)に血を連ねた者。理の異なる異界においても、血脈は強い力を備えると言うことだ」

説明の間も彼らの視線はⅩ世(デーチモ)と、そこに流れていくⅠ世(プリーモ)の炎から離れない。

炎と、言っても理の異なる事が原因か、今のⅠ世(プリーモ)の炎はその場にいる者には視認できないようだった。

己がⅠ世(プリーモ)や歴代ボス達に意識を向けている間に、どうやら穴の向こうの事態はかなり緊迫していたらしい。増えていた一人の能力なのか、一目で高火力と分かる炎が綱吉を含むその場にいた者達へ向かって放たれた。

どちらとも敵対する第三勢力か。

そう結論づけたのと、綱吉が回避行動をとったのは同時。しかしそれによって、そこにいた他の面々が炎に照らされ、各々の表情が見えたのは必然だったのかも知れない。

驚愕。それを上回る絶望。

はっきりと見えた顔立ちはまだ彼らの幼さを鮮明に表していた。

成年には達していないだろう。それらが死の恐怖に怯えている。

「……あ」

しかし、それ以上に目を引いたのは、一人安全な空中に身を置く綱吉の瞳だった。

超死ぬ気状態に到っているのか、その瞳は橙に色づいている。しかし、己の記憶しているそれとは異なり、その瞳の中は驚くほど空虚だった。

怒りも悲しみも無い、感情の高ぶりを表さない凪いだ瞳。

まるで人形のように微動だにしなかった彼だが、Ⅰ世(プリーモ)の炎僅かに彼の体に触れた瞬間、その表情が動いた。

僅かに顰められた表情。微かに強ばる体。炎となったⅠ世(プリーモ)が何を行おうとしているのかは分からなかった己に、Ⅱ世(セコーンド)か言葉を加える。

Ⅰ世(プリーモ)Ⅹ世(デーチモ)の精神世界に入り込み、一時的にⅩ世(デーチモ)が囚われている肉体の主導権を握るつもりなのだろう」

普通ならば不可能だ。それこそⅩ世(デーチモ)の霧の守護者、六道骸のように特殊な体質の人間でなければ。

Ⅹ世(デーチモ)を収めている肉体は厳密にはⅩ世(デーチモ)の肉体ではない。だからこそ、Ⅹ世(デーチモ)自身も完全な主導権を持ち合わせていないのだ。

やり方はかなり強引なものになるが、このままⅩ世(デーチモ)の意識を異界においておけば、この世界もただではすまない」

淡々と語るⅡ世(セコーンド)の声には抑揚が感じられない。おそらく内心を悟らせないように敢えてそのような語り方をしているのだろう。

漸く冷静さを取り戻せてきた所で、先程の言葉を反芻して、一瞬異界の現状へ意識が向かったが、直ぐさまそれを気にすることではないと片付けた。

Ⅱ世(セコーンド)Ⅰ世(プリーモ)が動いているのだから、己が心配する必要など始めから無かったのだろう。

己が何故ここに集められたのかと言う疑問が僅かに脳裏を過ぎったが、それこそ些細なことだろう。

展望が開けかけていたことで気を緩めたことは失策だったのか、悲鳴にも似たⅧ世(オッターヴォ)の声が上がったのはこの時だった。

「一体何が……!Ⅰ世(プリーモ)っ!!」

綱吉の体を包むように覆っていたⅠ世(プリーモ)の炎が、風で煽られるかのように不安定に揺らめいている。

「何が起きている……!これは、まさか……」

Ⅱ世(セコーンド)が、現状に思い当たる何かがあったのか、僅かに息を吞む。

「まさか……「ブラッド・オブ・ボンゴレ」……肉体の違いがそこまで影響を与えているのか……!?」

 

それはⅠ世(プリーモ)にとっても予想外な事だった。

炎となった己には、己から始まった縦の時間軸……それが作ったのだろう軌跡の跡がはっきりと見えていた。

それを辿って直ぐにⅩ世(デーチモ)の精神世界に入ろうとし、眉を寄せる。

Ⅹ世(デーチモ)の精神世界へ向かう為に、Ⅰ世(プリーモ)が使おうとしたのは広義で言えば「ブラッド・オブ・ボンゴレ」……細かく言うならばボンゴレボスとなる者が、ボンゴレリングを継承するために受ける試練。それを乗り越えたものに結ばれる、ボンゴレリングとの強い結びつきだった。

未だ現世に生きるⅨ世(ノーノ)Ⅹ世(デーチモ)には伝えられていないことだが、その結びつきこそが死後、その魂をボンゴレリングの内部に彼らを導く因果となる。

Ⅰ世(プリーモ)から始まりⅩ世(デーチモ)へ続くそれはリングを介しているとは言え、……いるからこそ、何よりも強力な縁と言えるだろう。

(その筈、なのに……これは何だ?)

眉をしかめるⅠ世(プリーモ)が、注視するのはボンゴレリングを介してある筈のその強力な因果だ。

Ⅰ世(プリーモ)から他の八人の歴代ボスを繋ぎ、Ⅹ世(デーチモ)で収束しているはずのそれが、Ⅹ世(デーチモ)の精神世界、それに、触れるか否かの所で途切れている。

まるでそこから先へ進むことを妨げられてしまっているかのように。

(不味い……このままでは、Ⅹ世(デーチモ)の精神世界には行き着けない……!)

予想していなかった事態に無意識に唇をかみ締めたⅠ世(プリーモ)は直ぐさま意識を切り替え、打開策を捜す。

Ⅰ世(プリーモ)は既に穴を越え、本来の己の世界とは異なる異界へと入ってしまっている。生身では無いとはいえ、理の異なる世界に置いて、器を持たないまま存在することは危険すぎた。霊体、死ぬ気の炎の塊とは言え、意識を保つためにはそれ相応の力は必要となる。何もしなくても力が潰えて消滅という展開だけはごめんだった。

Ⅹ世(デーチモ)と共有する因果を用いて、彼の精神世界に入り込むことは最早難しい以前に不可能に近いが、それならばそれとして他の方法でⅩ世(デーチモ)か、若しくは他の人間の精神世界へ入るしかない。

(しかし今の状況では……Ⅹ世(デーチモ)にしろ他の者にしろ、精神世界にまで干渉するのは容易い事では無い)

それに加え、現時点での状況も、Ⅰ世(プリーモ)を吞気な思案に浸らせて暮れるものではなかった。

迫り来る炎によって躱したⅩ世(デーチモ)と、炎を放った第三者以外の者達が、丸焼けにされるのも時間の問題だろう。

Ⅹ世(デーチモ)の精神世界に入れぬのならば彼らの誰かしか……しかし、何の手がかりも無いでは精神世界までは辿り着く事は不可能……)

打つ手は無いのかと、咄嗟に彼らへ目を走らせたⅠ世(プリーモ)がそれを見つけたのは単なる偶然か否か。

それは小さな糸屑のようだった。

因果に比べては随分か細いそれ。しかしそれはしっかりと、Ⅹ世(デーチモ)の精神世界と一つの子供とを繋いでいる。

(……俺はⅩ世(デーチモ)の精神世界に入ることは出来ない。……しかし、Ⅹ世(デーチモ)の精神世界を中継ぎにしてあの子供の精神世界に行く分には……)

それは少しばかり賭けだった。しかし、出来ないことではなかった。

その子供……緑谷出久が何なのかをⅠ世(プリーモ)が知ったのは、精神世界に入った直後の事である。

 

九代目から聞かされた事柄の数々に、彼らは咄嗟に反応が出来なかった。

「道が繋がる……Ⅰ世(プリーモ)は確かにそう言ったんだな。九代目」

その声が聞こえたのは、彼らの更に背後。新たに増えた人員に、画面越しの九代目が目を見開いたのが分かった。

「間違ってはおらんよ。しかし、夢枕に迄現れるとは、奴らも相当、Ⅹ世(デーチモ)を好いているようじゃのう」

始めに口を開いたのは、リボーン。

黄のアルコバレーノにして、Ⅹ世(デーチモ)……沢田綱吉の家庭教師だ。

次に口を開いたのは見慣れぬ老人。リボーンを肩に載せ、杖をつきながら入ってきた老人は、しかし常人では感じない威圧にも近いものがあった。

「タルボ爺様……!」

画面上の九代目の声に、老人は画面越しである事を感じさせない声音で呟いた。

「老いたのう、九代目の小僧よ。儂がここへ来ることまでは分からんかったかの?」

矍鑠と笑う人物は両目を布で覆っている。盲目なのか、他に理由があるのか。

そもそもこの人物が何者かも分からないその場の者達は、自然と老人を遠巻きにしながら、その肩に乗る知己であるアルコバレーノに視線を寄せる。

視線を集めたリボーンはと言うと、彼らの問いたげな視線を気にする素振りも無くグルリと見渡し、ふっと顔を緩めた。

「揃いも揃って……情けねぇ面してやがるな」

「ちょっと待ちなさいアルコバレーノ。それ何で僕も含んでいるんですか?」

間髪を入れずに口を出したのは骸のみ。

他の面々はいつもと変わらぬ……沢田綱吉がいた時と同じようなニヒルな笑みをこちらに向けて浮かべるリボーンに、言葉を告げられなかった。

「……小僧」

漸く口を開いたのは呆然と二人のやりとりを見ていた山本武。

「何で……いつも通りなのな?」

やや躊躇うように一、二度開閉を繰り返した口から飛びだした言葉は、そんなありふれた物だった。

しかし、山本含む、骸以外のこの場所にいる者達は多かれ少なかれ、同じ思いを持っていたのだろう。

彼も、沢田綱吉の消失に動揺していたはずだ。自分達と同じように。……少なくとも、さっきまでは。

その場に立つ者達の、そんな八つ当たりにも近い感情を察したのか、軽く肩を竦める動作をして、リボーンはクッと笑みを深める。

「当たり前だぞ?あのバカツナ連れ帰んなきゃいけねぇときに、いつまでもクヨクヨしてられねぇからな」

 

「…………………へ?」

その声は、やけにはっきりと、その部屋の中で木霊した。

 

発せられた言葉を理解できない面々に構うこと無く、いつものように、突拍子も無い口調で、リボーンは言い切る。周りに起こる混乱を素知らぬ顔で無視をして。

「あいつを連れ帰るぞ。……その為の方法は分かった。……後は動いて、あいつの首に縄をかけるだけだ」

 

 




最後にリボーンさんが悉く物騒な発言をしております……詳しくは次回でどうぞ(苦笑)

さて。お気づきの方もいらっしゃいましょうが、今回ボンゴレ側視点で職場体験編の一場面を書かせて頂きました。
なるべく矛盾の無いように書いたつもりですが、おかしくても笑って見逃して下さると有難いです(;・д・)

それではここまでありがとうございました。
次も縁があればお会いしましょう。
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