この話の中では初の、主人公以外の視点も入ります。
楽しんで頂ければ嬉しいです。
俺の住処として与えられているのは、独居型のものでは無い。
何故かは知らないが、ファミリー型の団地の一角である。
(もしかして将来、死柄木や黒霧さんと住めってことなのかな? ……絶対嫌なんだけど)
あり得ないことだろうと断言できない所が、辛いことだ。それ相応の時間を共に過ごしたはずなのに、あの人の考えが分かるとは口が裂けても言えない。
一だけで十を知ると言う言葉があるが、先生は、一だけで、千通りぐらいの可能性を考察する方と言っても過言では無い。
実年齢は怖くて聞けないが、見た目通りの年でも無いのは、接していれば嫌でも分かる。
滅多に胸中を明かさない故に、思考の結果が分かるよりも、分からないことの方が多いのも相まって、あの人の思考回路の解明は既に俺の理解優先度から除外されて久しい。
(だけどやることに、必ず意味があるんだよなぁ。あの人)
全てが全て……己のために。
そんな生き方をしている人だ。
俺を死柄木に会わせたのも、そもそも俺の面倒を見ていたことさえも、なんらかの計画の一部だろうと言うことは、いつからか見当はついていた。
そしてそこには、おそらく俺の意志は介在出来ないだろう。
そう言うことだけは聞き入れるように育てられてもいる。
「……面倒な」
呟くその言葉は、そんな風にしか生きられなくされた己に対してか、そこまで分かっていてどうにもならない現状に対してか。
それとも。
「あら? ……貴方もしかして」
出かけようとして、隣家に住む住人と鉢合わせしてしまった、現在に対してかは……定かではない。
「それでね、三件隣の奥様なんだけど……」
無難な自己紹介は、まぁ良い。死柄木達の計画が終わるまでの一時的な住処なのだから、永住するわけでもない。ボロが出る可能性も少ないだろう。
「あそこのおばあちゃんは……」
隣近所の紹介も、適当な合いの手を入れながら続く。
別段、外に出たのとて、用事があったわけではない。
黒霧さん達からの詳細な説明はまだ無いし、現状は待機が妥当な処だろう。
そう、だからこれは何もおかしな事は無い。そう俺は言い訳を続けながらも、隣家の女主人と連れ添って、町の中を歩いていた。
彼女は息子と現在二人暮らしで、夫は単身赴任しているらしい。
浮気と思われちゃいますよ? と茶化したら、貴方みたいな可愛い相手なら、あの人も気にしないわよと、何とも寛大な答えが返ってきた。
ふくよかな身体ながらも、きびきびと動きながら町の中の細かいところまで説明してくれる。
単なる親切と言うにはどこか違和感があった。
(けど……いやな予感はしないんだよなぁ)
これが死柄木や黒霧、先生だったら、悪寒の一つでも来していただろうが、彼女相手にはそれが無い。
ただ何かが引っ掛けるようなむずがゆさだけだ。
「……どうしたの? クロ君」
いつの間にか応答が途切れていたのか、どこか心配そうな顔つきで、彼女は俺の顔を覗き込んでいた。
始めに真黒君と呼びかけた彼女に、クロと呼んでくれと頼んだのは俺自身だった。道中によそよそしい距離を感じたわけではないが、誰かと町並みを歩くという行為に、前生の何かを思い起こしたのかもしれない。
思い浮かべてみれば、あの頃は何か愛称のようなものがあった気がする。
「いえ……あの……」
咄嗟に誤魔化そうともしたが、上手く言葉にすることが出来なかった。
そのまま黙りこんだ俺を不審に思っただろうに、彼女は追求するでもなく、柔らかい笑みを浮かべ……あることを提案した。
「ごめんなさいね。こんなおばさんの我が儘に付き合わせてしまって」
そう言った彼女が差し出したのは自販機で買ったばかりの缶コーヒーだった。
彼女の奢りという形になってしまったそれは、お礼だそうだけど。
「いえ。俺も楽しかったです」
お世辞抜きの本音の言葉に、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
考えてみれば、今生の俺にはこんな笑顔を向けてくれた人はいない。
物心着いた時には、既に先生しか身寄りがいなかったし、他に接する相手と言えば、先生と俺の主治医であった、ドクター位だ。
「でも一人暮らしなんて、ご両親も心配なさるでしょう? ……寂しくはない?」
俺を覗き込んで発せられた言葉に、俺は目を瞬かせた。
最初に、その言葉を理解するのに時間を要した。
「……寂しい、ですか?」
無論意味なら知っている。しかし、それと己の間で等号を発生させる事が出来なかった。
「クロ君ね。玄関先で会ったとき、迷子の子どもみたいな、そんな雰囲気があったの」
だから声をかけたのだと続けた女性に、俺は首を傾げた。
どう返せばいいのか分からない。それが本音だった。
迷子の子ども……まずそんな経験が無いからか、その雰囲気というのが、どのような状態を指しているのかは分からない。
ただ己は別に道に迷っているわけではない。やることははっきりと分かっている。
現在は先生の指示通りに死柄木に協力し、雄英を襲撃。そしてオールマイトを殺す。
やらなければならないことはそれだけだ。
迷う要素は何もない。
「ありがとうございます。でも俺は……」
咄嗟に次の言葉が出てこなかった。
俺は大丈夫です。
そう答えればきっとこの人は立ち去るだろう。単なるお節介の延長としての行為ならば、心配ごとが無ければそれで終わりだ。
「あと、もう一つだけ、実はクロ君に声をかけた理由があるの」
缶コーヒーを手で包みながら、彼女は誰もいない公園をジッと見つめている。まるで、そこにいた誰かを思い出しているように。
「クロ君ね。……私の息子に似ているのよ」
「息子さん?」
尋ねてきた男の子……
ジッと観察しているようと、言うべきなのだろうか。
この人は敵か味方か、見極めようとする眼だ。
彼女の息子は、そんなことをする子では無かったが、あることが分かってから、いつも周りに対してどこか身構えるようになってしまった。
この一年はそんな姿は無くなりつつあるが、それは注意深さや、慎重さ、冷静な判断力という、良い方向へと向きを変えて、そのまま息子の力と変わっていた。
元々、思いやり深い一面はあったのと合わさり、気弱な印象は中々己の中では拭えないのだが。
そんな背景があるためか、周りを良く見て方法を模索し、熟考することに彼は長けている。そんな彼の姿を暖かい目で見守ろうと思えるぐらいには、こちらも余裕を持てるようになった。
「そんな時にね。クロ君と会って……昔のあの子を思い出してね。そうしたら、もうほっとけなかったの」
そのまま微笑まれた俺は、どんな表情をしていただろう。自覚せざる負えなかった。俺は彼女の笑みに、魅入っていた。
(何だろう? さして、珍しいものでもないのに……目が離せない。違う。離したくないと、思うような……)
見ているだけで、心の中まで暖かくなるような、そんな穏やかな笑みだった。
「寂しくは……ないです」
一拍分の間を置いて、俺が吐き出したのは、さっきの問いかけの答だった。
「俺は……大丈夫です」
鉛を吐き出すかのように、口が重い。
何故かそんな気分がした。
あの後、彼女から逃げるように住処へ駆け込んだ俺は、そこで光る留守番電話の通知表示を見つけた。メッセージが入っているようで、点滅を繰り返している。
戸締まりをしっかりと確認して、メッセージを流すと、そこから聞こえてきたのは抑揚の少ない無機質な声だった。
『雄英のカリキュラムを手に入れました』
淡々とした、用件だけを告げる声。
『決行は明日。午後からとなります』
電話の声に合わさるかのように、外からの笑い声が途切れ途切れに聞こえた。
「それでね。今日学級委員長を決めることになって……」
幼い子供の声。彼女の相槌を打つ声。おそらく彼女の息子だろうか。
暖かい家庭の声を伴奏に、俺の前では無機質な声が淡々と流れ続ける。
『正午にバーの方へ起こし下さい。そこから3人で死柄木の集めた同士達の元へ合流します』
プツッと、連絡が途切れる音。
メッセージの終了を告げるアナウンスと、隣の鍵が開く音は殆ど同じだった。
「ほら出久、入って」
「はぁい。ただいまー」
暖かい家族の声を聞きながら、俺は何故か涙がこみ上げてくるのを感じた。
寂しいと思った事は今まで無かった。
そういうものだと思っていたからだ。
『寂しくはない?』
その言葉は思っていた以上に容易く、俺の中に入り込んできた。
何の利益も求めない、含みもない声がただ泣きたくなる位に嬉しかった。
「……お母さんがいたら、こんな感じだったのかなぁ」
思わず零してしまった言葉は、どこか現状を詰るようなもので……どうにもならなくなった過去を悔いるようなものだった。
次回は襲撃編……予定。
間は空くと思いますが、機会があれば読んで下さい。
二桁に昇るお気に入り、どうもありがとうございました。この場を借りて、お礼申し上げます。