東方超越歌──Il Trovatore 作:堕天奈落
胸騒ぎがしてならなかった。
こうして夜風に当たってないと落ち着かない様な感覚。
「妹紅、少し良いか?」
「なんだ慧音?」
慧音、私の数少ない理解者。
どうしようもない私の味方。
「いや、お前のことだ。何か嫌な予感でもしてるんじゃないか?」
鋭いな。隠し事とかは出来そうにない。だが、此処は意地を張ってでも慧音を安心させようとした時、慧音の両手が私の頭に添えられ───
「てい」
「痛ぁァァァァッ!?!??」
頭突きが私の頭を揺らす。
相変わらずの威力の頭突きだ。
この頭突きで一体何人沈めたのかわからない。きっと数多くの人々が痛い目にあった事だろう。
「妹紅、私を安心させるとか考えるなよ?
お前はそういう下らない事を考える癖があるからな」
「………心配したって良いだろ。それに他にも──」
「彼の事をだろ?
まあ、彼は未だ不安定に近いからな。自分の渇望が何か、全く認識してないんだ。仕方ないだろうな」
そう、蓮香は渇望を認識していない。
認識していないから私達とは違い、まだまともな部類でいられる。
しかし、何かの反動で、何かが変わってしまう様な気がして………
「ま、仕方ないさ。彼の事は私達二人でフォローすれば問題ないだろう」
やはり、慧音は優しすぎる。
いくら人間が好きだからといっても、私達はもう………人間から逸脱してるのに。
「なあ、慧音。私、蓮香にこう言われたんだ。『貴女に恋をしました』って」
「それは、また何とも情熱的じゃないか」
「私なんかの何処が良いのやら……」
私には嫌われる要素は多々あっても、好かれる要素なんて一つもないのに。
「………妹紅、お前はすぐに自分の魅力を否定するのが悪い癖だ。もう少し自分の魅力を自覚する事だ」
「そんなもんかねぇ………」
「そんなものだよ」
ふと、思うのだ。
蓮香は私の過去を知れば、どんな反応を示すのか。今まで通りか?
それとも嫌われて私から離れていくのか?
私は一体、蓮香をどうしたいのだろう。
わからない、わからない。
一体、私は────
藤代蓮香をどう思っているのだろう。
「なあ、慧─────」
だから、私の数少ない理解者に聞こうと言葉を紡ごうとした時だった。
「
狂気の
☆★☆★☆
落ち着かない。
我が女神が何かを感じているのは分かったが、俺にはどうする事も出来ない事に腹が立つ。気を紛らわせる為に夜の人里を歩く事しか出来ない。
疎ましい、煩わしい、もどかしすぎてこの身が張り裂けそうだ。
彼女が俺を、慧音を、人里の事を心配している。しかし、俺は足手まといだ。
転生者の中には、俺よりも格上の存在がいる可能性が高い。
ああ、彼女の心を曇らせる事など有ってはいけないのに………
だから、思うのだ。
あの時、あの夜、告白した瞬間を───
───永遠に、不変に出来れば良いのに。
などと我ながら妄想に耽っていた様だ。
現実を見ねばならない。俺は彼女を守らねばならない。
彼女の方が俺よりも格上?
だからどうした。
愛する女を戦場に出して、後ろで観戦していろとでも?
それこそ愚かだ。それでは彼女を愛しているなどと口が裂けても言えない。
覚悟など決まっているのだ。
さあ、奴らの襲来に備えなければ。
そう思って俺は歩みを進めている時。
「たず、……けでぐレェェェ!!」
背後から助けを求める声が聞こえた。
振り向けば其処には血塗れの男が這いつくばっていた。
一目見れば分かる。助からないと。
「おい、其処のアンタ………転生者でも何でも良いんだ………俺を助けてくれ……! 人里にも詫びも入れる! 死にたくないんだ……!
だから、俺を彼奴から守ってくれ!」
成る程、此奴は人里を襲うと脅迫した張本人の様だ。
しかし、俺達が迎え撃つ前に既に死に体だとは思わなかった。
だが、目の前の男が言っている彼奴とは一体誰だ?
考え込んでいる間に事態は急変していく。
──ピチャ、ピチャと水音が鼓膜を打つ。
その音が聞こえた時、男は声が出ないほど竦み上がっていた。
俺は確信した。
これは足音だ。此奴を追い詰めた者の。
「おいおい、逃げるこたァないだろォがよォォ、三下ァァ」
現れたのは赤く装飾された白の少女。
夜の中でも赤く輝く瞳が、男を逃さないと万の言葉よりも物語っている。
そのまま、少女は倒れ伏す男の近づき、しゃがんで顔を覗き込む。
「さァて、敗者復活のチャンスだ。
問題、身体中の血液や生体電気が逆流したらァ………どうなると思う?」
そう言って、少女は指を男の傷口にねじ込んでいく。
「グギィ、がっ……! ちょ、待ってくれよ、頼む、やめ───」
パン、と小気味良い音がなる。
大地が、周辺の家々が赤く彩られ嫌悪感を催す異臭が立ち込める。
だが、どうした事か俺はひどくまともだった。
前までは自分の死ぬ姿を幻視して、恐怖に身を震わせていただろう。しかし、今は心なしか平然としていられる。
理由はわからない。否、要らない。
死んだ男を記憶の彼方に忘却し、目の前の少女を見る。
「あァ……気分が良くなるってのはこういう事なのか……なァ、其処のお前はどう思う?」
「知らん」
心底どうでも良い。
奴が何を感じ、何を思おうと、俺には関係ない。妹紅や妹紅が大切にしているモノ以外は路傍の石に等しいのだから。
「冷たいねェ……まァ、突然で悪いんだけどさァ……
目障りだから消えろよ劣等」
濃密なまでの殺気を放ち、赤い目が夜の世界で一層輝いて見えた。
そして、狂気の
「裏切られた、運命に、神に、遍く全てに裏切られた」
それは妹紅がやってみたモノと同じ己の渇望を絶対とするルールの創造。
彼女が紡ぐのは、万象を対象に放たれた呪詛。
「真実の愛ほど脆いモノは無く、偽りの愛を運命が約束してしまった」
そう、全ては偽り。
ならば真実とは何か? それは己自身。
「苦しい、悲しい、私は醜く呪われてしまった」
ならば、真実足りえる己を穢すの誰?
森羅万象、己以外の全てだろうが。
彼女は内に籠る。己が全てだと個の形に世界を閉じる。
「美しき夢は鐘の音と共に消え去った」
だから夢を見る。かつて真実だと信じていたモノに縋るために。
彼女は気付かない。渇きを癒そうと進むほど、真逆の道を突き進んでしまう事に。
そして、最後の願いが紡がれた。
「だから私は願う。二度と私を愛さないで」
拒絶、拒絶、拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶。
それ以外、望まない。
「───
だから形創る。
己の世界を。
「
溢れる滅殺の意思。
此処に少女は変生した。
己に触れさせない為に。
もう疑いようがない。此奴は俺よりも格上だと。
格上だとしてもやり方次第で、とは簡単にはいかないだろう。
俺は相手に干渉する事も出来ないが、彼奴は問答無用で干渉してくる。
「
だからといって、何もしない訳にはいかない。此奴は絶対に殺す。殺さねば問答無用に俺の不変を奪いに来ると理解してしまった。
だがら殺す。今の俺で殺せないなら、今の俺を越えれば良いのだから。
「───
さあ、どう仕掛けてくる?
遠距離からの狙撃か? 近距離からの拳撃か?
すると少女は軽く地面を蹴り上げる。
たったそれだけの動作で石が散弾のように飛来してくる。
この程度では最早驚かない。
驚いていられない。
此奴らならこの程度するだろう、と認識を改めているのだから。
簡単な動きで石の散弾を避け、灰の範囲を徐々に広げていく。
少女の猛攻はまだ続く。
地面に触れているだけで俺の足元を吹き飛ばし、其処に追撃の石の散弾を放つ。
これだけ。たったこれだけの攻撃を俺は防ぐ事が出来ない。
避ける事が出来ても、続く次撃で沈められる。形成で相殺を試みたが、全く相殺出来ないばかりか逆に飲み込まれた。
これが格差だと言わんばかりに。
「あははははは! 愉快で素敵なオブジェに変えてやるよォーーッ!!!!」
更に少女は音を超えた速度で俺に近づき、その細腕では考えられない膂力で俺の顔面への拳を放つ。
かろうじて防御するが、そんなものなど知らんと防御を貫通して後方へと吹き飛ばされる。
「舐め、んなァァァァッ!!!!」
奴の攻撃は全て強力だが、良く見れば躱せない代物ではない。
その動きの一つ一つに、研鑽の後は見えない。
右からの空気を裂くように振るわれる掌。
それを下に掻い潜る様に避け、奴の顎目掛けて右アッパーを食らわせる。
顎を狙えば、大抵は脳が揺れる。元を辿れば同じ人間。格上に通じるかは皆無。
だが、手を打たないよりはマシだ。
吸い込まれる様に奴の顎に命中する俺の右手。そして───
グチャ、と嫌悪感を催す音が聞こえた。
「──は?」
見れば、俺の右腕は、手首があらぬ方向を向いていた。
折れている、使い物にならない程に。
対する少女は無傷。
何が、何が起きたのだろう。
確かに、傷一つ付けられないと感じていた。
だが、逆に俺が傷つくなど思いもよらない既知外の出来事。
「ふ、ざけ……るなァッ!」
既知外の出来事など認めない。
断じて認めない。砕けた右腕で更に一発、拳を放つ。
結果は変わらず、右腕が損傷していくばかり。
「そんなもんで私に触れられるか間抜けェェェェッ!!!!」
少女は攻撃の手を休めない。
拳撃、掌打の一発一発が身体の芯に響く。
霊的装甲が削がれていく。
俺の不変が侵される────
……要らぬ、要らぬ!
俺の不変を侵すモノなど消えてなくなれ!
そうだ。
俺が手を下す間も無く、奴は
俺の渇望をより強固に、他など切り捨てて、俺は至るのだ。
少女は止めだと言わんばかりに拳を握り、次の拳を……
「貴人『サンジェルマンの忠告』!」
「産霊『ファーストピラミッド』!」
放射状に放たれた弾幕と布陣を組んだ使い魔達の弾幕が少女目掛けて飛び交う。
だが、弾幕は触れた先から七色の光を放ちながら少女の後方へと逸らされてしまった。
「なァ、アレ。お前の連れか何か?」
少女の視線の先に、目を向ける。
其処には俺の愛しい女神と、その理解者が居て……
気づけば俺は内への渇望を止めていた。
「なあ、慧音。……彼奴がお前の言ってた奴、じゃないよな」
妹紅は慧音に問う。
見れば、彼女の頬を汗が伝っている。
妹紅は分かってしまった。
目の前の少女がどれだけの魂を喰らっているのかを。それ故に警戒せずにはいられない。
それを察してか、慧音は重々しく口を開く。
「ああ……彼女じゃない。しかし……!」
私達三人で倒せるか。
問題はこれに尽きる。
死力の限りを尽くせば撃退ぐらいは出来るかもしれない。
だが、被害をどう抑える?
アレが暴れれば、人里の被害は甚大だろう。
しかし、妹紅は笑みを浮かべて慧音に言う
「此処で止めなきゃまずいんだろ?
なら、話は簡単じゃない」
そう言って、妹紅はスペルカードを一枚手に取り、
「私達でやるんだよ。何が何でも」
覚悟を持って言葉を紡ぐ。
目の前の少女は確かに強い。だが、それで諦めるなどあり得ない。
そして、妹紅は視線を俺に向けて────
「蓮香、まだやれるか?」
……
………
そんな事言われたら………
願われたなら…………
「応えない訳には、いかないよな……!」
愛しい女神の頼みを聞かずして、何が恋をした、だ。
「無理なら別に良いんだよ?」
「愚問、言った筈だ。俺は貴女に恋をした、と。返事を聞くまで死なない。そして死なせない」
「……そうかい。じゃあ二人とも、気を引き締めろよ」
「妹紅もな、私が陽動するから。二人は……」
「焼く」
「焦がす」
「そうか。……来るぞ」
狂気の獣が三人へと駆け出した。
☆★☆★☆
さて、皆様。我が新たな歌劇を如何に見られる?
不老不死の少女を愛する不変を追い求める少年の愛の物語?
ああ、その様な解釈もできるだろう。
神やその眷属への
否、彼は彼女と出会えた事を感謝している。復讐を考える頭などない。
では、何か?
これは彼と彼女を中心とした悲恋の物語。
まあ、あの時の歌劇より出来は悪いが……それなりに楽しめるだろう。
我が女神が主演であれば、どの様なモノであろうと至高になるとなるというのに。
さて、今宵の