永らくお待たせして申し訳ありません。
こういう話はやはり重いんでしょうか?
カリーヌが意識を取戻してからの2日間は、担当医師による様々な精密検査(主に記憶喪失のための頭部中心にした各種検査)が行われていた。
「〇〇先生。私にとって、大事なお話があると担当の看護師さんから伺っていますけど……どういうお話なのですか? 」
ベッドの上に座ったカリーヌは、真正面のパイプ椅子に座っている担当医に訊ねた。
「……この2日間、各種精密検査をした結果。記憶をなくしてお辛い貴女にいま言うのもどうかと思えるのですが……
私も医師の立場としてはっきり言いますが…カリーヌさんあなたはここ半年以内に赤ちゃんを産んでいたことが、検査の結果、判明いたしました……
それから、記憶のことですが…残念ながら現時点ではカリーヌさんのケガを負う以前の記憶が戻る可能性はいまのところ殆どないというしかありません……
記憶というものは不意に何かのきっかけがあって戻ることも無いとはいえないのですが
一生戻らないで生を終えることも有ると、考えておいて下さいとしか現段階では私からはそれしか言えません………
私からは以上です。これで失礼します」
カリーヌにとって、衝撃的内容の検査結果を述べるとお付きの看護師ふたりと共に担当医は病室を退室した。
担当医と看護師たちが出ていった後、ひとり病室にいるカリーヌは先ほど述べられた検査結果に打ちのめされて、肩をおとして落ち込んでいた。
「……記憶が戻る可能性はいつになるのか…解らない……このまま、死ぬまで…元に戻らないかも…しれない……うふふ…しかも、以前に子どもを産んでいた……何の冗談なの…これは…ウフフ…アハハ…………
はぁ~……どうりで、お乳が張って痛いと思っていたら…真相はこういうことだったのね……
今日から搾乳しないとならないわね……海人さんには真実は言いづらいわ……どうすれば良いのかしら? 」
カリーヌは自分に知らされた真実を命の恩人であり
また異性として意識しはじめた海人に事実をどう語ろうかとベッドの上で悩んでいると
『コンコン』と軽く二回、病室の扉をノックする音に気づいたので
「どちら様ですか? 」
と訊ねていた。
「カリーヌさん。平賀 海人です…入っても良いかな? 」
「海人さん……入ってください」
カリーヌはいまの今まで、悩んでいた問題の人物その本人の訪問にすこし驚いていたが、すぐに病室にはいる許可の返事をだしていた。
「ケガの具合はどうかな、良くなった? 」
病室にはいって、いきなりカリーヌに傷病の経過を訊ねる海人。
「…頭部のケガは順調に直ってきていると、看護師さんが仰ってくださいました……
でも、記憶のほうは先ほど此処へ来られた担当の〇〇先生のお話では、よほどのことがない限り記憶が元に戻る可能性は少ないと……仰っていました………海人さんにお、お話することは今のところ……これだけですわ……」
海人に記憶喪失の件については医師に言われたことを正直に話していたのですが
自分が半年以内に子どもを産んでいた事実を今のカリーヌのイロイロ問題が有る不安定な精神状態では到底、海人に語ることはできなかった。
「…やはり戻らないようだね」
海人はすこし困った表情で淡々と述べるのが精いっぱいであった。
(ごめんなさい…海人さん……子どものことは今は話せないけど、いずれ正直に言いますから…赦してください…)
親身になって自分のことを気にかけてくれる海人に子どもを産んだ真実を伝えなかった申し訳ない気持ちでいっぱいのカリーヌは心の中で詫びていた。
平賀 海人は元々頻繁に見舞いにこれるほど、暇な部隊に所属しているパイロットではなかったが、カリーヌの事が気になってしょうがないので忙しい中、おもに休憩時間を削って機会をみつけては病室に様子をみにきていた。
「ごめんなさい…海人さんにはこの病院に支払う各種費用や手続きしてくださったり
本当にお世話になりっぱなしで申し訳ないと思っています…だから早く記憶を取り戻そうとしているけど……思いだそうと努力しても頭の中が霞がかかったようになって
どうしても名前と歳以外、ムリみたいなんです……」
カリーヌはベッドに腰かけながら、病院の費用に入院などの各種手続きをしてくれたことに対し、申し訳なそうに平賀 海人を見つめて謝罪の言葉を述べていた(カリーヌの手術および入院費用や各種手続きなどは全て平賀 海人が、1歳になる亡き妻が産んだ男の子は父親が面倒みていてお金には余裕があったからできた事である)。
「いや、カリーヌさんが謝る必要はないよ…各種費用や手続きは俺がすきでしたことなんだし。
それに、記憶の事はどうしようも無いからな……」
各種費用を支払ってもらったうえに、更に記憶を思い出せなくて落ち込むカリーヌを(子どもを産んだ事実を隠していたことも含めて)何とかして海人は励まそうとしていた。
カリーヌと海人の会話がとぎれて暫く静寂が漂っていた病室に、ふいに
『コン』『コン』
と扉を軽く二回ノックする音が響いた直後、廊下から男性の声がかかってきた。
「突然、訪れて申し訳ありませんが、わたくし法務省管轄下の入国管理局の者ですが
お取り込み中ではなかったのでしたら、ご入室させていただいても宜しいでしょうか? カリーヌさん」
「………私に用があるんですね。どうぞお入り下さい」
入国管理局の職員が自分に用事があって訊ねて来ていたので、最初は少し戸惑っていましたが
目の前にいる平賀 海人に目で窺うとアイコンタクトでOKのサインをがでたから、カリーヌは男性の入室許可を認めた。
扉をあけて病室にはいるなり黒のスーツの内ポケットから一枚の名刺をカリーヌに差し出した入国管理局、職員の外見は背は170前後で細身の身体に顔つきはどこにでもいる普通の30代半ばくらいと思える年齢の男だった。
「どうも初めまして、わたくし東京入国管理局。調査第一部門、調査第一担当官の木崎 一郎と申す者です。以後お見知りおき下さい」
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。私はカリーヌといいます」
木崎 一郎の丁寧なあいさつに対し、簡単な挨拶をカリーヌは返していた。
「入国管理局の第一調査担当官の木崎さんとおっしゃいましたが
なぜ入国管理局の方がわざわざカリーヌさんに会いに此処へ来たのか、理由をお聞かせ戴けないでしょうか? 」
語り口は普通だったが、木崎 一郎を見つめる海人の眼差しからはカリーヌを困らすような事を言ったら赦さないぞ。というような決意が感じられていた。
「貴方はどちら様でしょうか? 」
木崎は海人に対して、少し警戒するような態度で訊ねていた。
「俺は傷つき倒れていたカリーヌさんを見つけた第一発見者の平賀 海人という者だ! 俺が此処の病院へ運んだから
気になって様子を見に来ていただけなんだが、それがいけない事なのか? 」
海人は木崎の態度に少しだけ腹が立ち、強気な口調でカリーヌに関わる者だと言い放っていた。
海人の抗議するような物言いに対し、特に気にすることもない感じの木崎だった。
「いえ、別に含むところは有りません……そうですか、貴方が平賀 海人さんでしたか…それなら時間が省けて丁度よかったですよ」
「……どういう事だ、それは? 」
木崎の言葉の意味が解らず少し戸惑っていた海人なのであった。
「はっきり申しあげますが、日本各地くまなく調べつくしましたが、カリーヌさんの入国記録はむろんの事
税関審査と検疫をうけた痕跡が全く有りませんでした……いま欧米各国の関係部署に問い合わせて出国記録を調べて戴いている段階なんですが…
おそらく不法入国および不法滞在の可能性が高いですね……」
「濁すような言葉を使うな! ようはカリーヌさんは不法入国と不法滞在の疑いがあるから
東日本入国管理センターに収容するって言うことなんだろうが! 」
木崎の述べたあからさまにカリーヌを不法入国者扱いする態度に海人は思わず激昂して激しく入国管理局職員、木崎 一郎をなじっていた。
「…いえ、今すぐということではなくて、2週間後になります」
海人の怒りように対して、かなり驚いた木崎 一郎は怒りをやわらげようと今すぐじゃないと説明していたのだったが、効果はなそうであった。
海人はイスから立ち上がり木崎 一郎を睨みつけると
「誰があんなところへ行かせるか! カリーヌさんは記憶喪失者であって、難民じゃないぞ! 」
海人の言葉に対して木崎 一郎は反論の言葉を述べようとしていた。
「そうはおっしゃいますが、平賀さん! 事実入国記録がないのは確かなんですから
規定上カリーヌさんが不法入国および不法滞在者扱いの認定になっていてもしょうがないで事しょう!? 」
木崎 一郎はただ職務を忠実に行おうとして、少し厳しい言葉と態度で話していたのだったが……それがカリーヌに惚れはじめていた平賀 海人に通じるはずもないのでした。
「きさま! それ以上彼女を侮辱する言葉を吐くな!! 」
入国管理局職員、木崎 一郎の典型的な役人としての言い様に平賀 海人は怒りが爆発して
海上自衛官としてあるまじき行為の暴力を振るおうとしていた。
「公務員が暴力をふるっていいんですか!? 」
自分が殴られようとしていたので、木崎 一郎は思わず牽制の言葉を発するのだった。
「やめて下さい! 私のために平賀さんが力を振るうのは……
そちらの木崎さんのいう通り、東日本入国管理センターに行きます」
カリーヌはベッドから立ち上がって平賀 海人と木崎 一郎のふたりに向かって毅然とした態度で、いい放っていた。
(これで良いのよ…私のせいで海人さんが困る立場なんかにさせてはいけないから……でも、彼と離れると思うと胸の奥がさびしく感じるのは何故なのかしら? )
「カリーヌさんご本人のご了承も戴けたことですから、わたくしはこのあたりで失礼します。
では、2週間後にお迎えに来ますので色々準備をしておいて下さい」
木崎 一郎は使命を達成したからなのか晴れ晴れとした表情で2週間後にカリーヌを迎えにくると告げると病室を出ていった。
「カリーヌさん! なぜ、あんな奴の言い分に了承なんかしたんですか? 」
海人は先ほどの出来事に到底なっとくできないと言って、カリーヌに近寄り彼女の両肩に手を置いた。
(この人はなんて真っ直ぐな瞳で私を見つめてくるの? 見ず知らずの女ひとりのためにここまで親身になってくれると
勘違いしてしまうわ……でも、だからこそこれ以上海人さんに迷惑をかける訳にはいかないのよ…カリーヌ…)
カリーヌは何かを決意した表情で海人にある言葉を告げた。
「……海人さん…私はあなたが思ってくださるような価値が有る女じゃないんです…」
カリーヌは少し寂しそうな瞳で海人を見つめがら語ると、ベッドの後ろの棚から指揮棒みたいな一本の10㎝くらいの細長い杖を右手に持つと
「『ライト』」と静な声で唱えると、杖の先がまばゆく燦然と光り輝きだしていた。
(これで海人さんも私が普通の女じゃないと理解するでしょうね……さよなら…海人)
カリーヌは心の中で海人に別れの言葉を呟いていた。
「………カリーヌさん……それはいったい………」
カリーヌが右手に持った杖の先が光るのを見た平賀 海人はあまりの出来事に驚愕して言葉を少しだけ語ると、後は沈黙したまま時間だけが過ぎ去っていくのでした。
続く。
ではまた、次回。出逢いその三で逢いましょう。