ふう、ようやく四話を書き終えました。
「『レビテーション』」
しばらく続いた沈黙を破るかのようにカリーヌは再び杖をふるって呪文を唱えた。
「…いま私が手に持っているのは、魔法を発動させる媒体みたいなモノの杖なんです……」
カリーヌは床から1メートルくらいの高さに浮き上がりながら、唖然とした状態の海人に簡単に説明すると。
掲げていた杖を下におろしてレビテーションの魔法を止めた。
「……カリーヌさん、あなたはいったい…」
海人はまだ先ほどの光景が忘れられないのか、言葉すくなであった。
「これで解ったでしょう……私がどういう女なのか、こんな訳の解らない魔法のような力を持っている…氏素性のしれない女なんです……
それからまだ言っていませんでしたけど、担当のお医者さんが仰っていたんです……
精密検査で解ったことですけど、私…半年以内に赤ちゃん出産していたみたい何ですよ。
そんな女なんです……私は平賀 海人さんが庇うようなまともな女じゃないの、だからこれ以上かかわってはいけ…」
カリーヌが自分にかかわってはいけないと海人に対して哀しい表情で話していたのだったが、海人は何かを決断した顔で、まだ話している最中のカリーヌの言葉を遮る(さえぎる)ようにして大きな声で重要な言葉を語りだしていた。
「魔法が使える…それがいったいどうしたと言うんだ! 少し驚きはするが、魔法を使えるといっても…カリーヌさんはカリーヌさん何だろう。俺が惚れた唯の女だよ…貴女は……
それに子どもを産んでいると言うなら、俺にも満1歳になったばかりの才人という男の子が一人いる……でも、母親の綾子は元々、身体が丈夫じゃなかった…才人を産むとすぐに亡くなった……だから俺は…記憶を失い苦しんでいるカリーヌさんの事が心配でほっておく何て出来ないんだ!
貴女はこのままだと東日本入国管理センターへ送られ、その後はたぶんアメリカが難民認定扱いとして引き受けるはずだ……
でも、それは市民権がない唯の難民としての暮らししか出来ないんだ! 俺が惚れたカリーヌさんにそんな暮らし、させたくない………
だから俺と結婚してほしい! 日本人の男と結婚すれば永住権が取れる。そうなったら、ゆくゆくは帰化申請したら日本人になる事ができるんだ…」
平賀 海人が興奮した勢いに乗ってカリーヌにプロポーズすると、言われた本人は驚愕の表情になったまま、しばらくの間この状況を心の中で整理するように考えていた。
(……いま、何て言ったの…海人さんは……確か私にプロポーズしてくれたように聞こえたのは…私の聞き間違いじゃ…ないわよね? )
カリーヌはしばらく思案した後、何かを決心したみたいな表情で海人に対して話し出していた。
「あの、海人さん…私に結婚を申込んでいるんですか……そうでしたら、お気持ちはうれしいですけど……お断りします。
あなたは私の境遇に同情しているだけだと思います…だから少し頭を冷したら解るはずです。こんな身元も不明なあやしい女なんかとかかわってはいけない事が……」
カリーヌは海人に対して、そのプロポーズは唯の同情だから冷静に考えるように諭すように、はっきり結婚の申込みを断っていた。
「違う! 確かに最初は記憶のない貴女を不憫だと思っていたのは本当だ……だが、あなたに接していくうちに段々と好きになっていたんだ……いや、もうごまかすのはやめる…最初に見たときから惚れていた…ひとめぼれだった…そのことに関して嘘偽りはない!
出逢ってまだ1週間たらずだから、理屈じゃ説明できそうもないが? 心のそこからカリーヌ! お前が好きだ! 今すぐに身も心もひとつになりたいと想っているんだ! 絶対にお前をしあわせにしてみせる……だから俺と結婚してほしい…カリーヌ! 」
真剣な表情になって言葉だけじゃなく、身体全体を使って不器用なりに心の底からの想いの全てを目の前のカリーヌに海人はぶつけていた。
(この人の私に対する想いは本気のようね……あぁ…もうダメだわ…自分自身の心にこれ以上うそはつけられそうにないみたい……そうねぇ、私も本心じゃ澄んだ少年のように真っ直ぐな熱い瞳で見つめてくる海人さんの事が好きなんだわ……)
カリーヌは海人の真摯な想いにこれ以上、本心にうそはつけないと心の中で観念して全てを受け入れることを決めたのだった。
「…本当に氏素性も解らない上に子どもと夫がいる可能性の私で良いの? 」
返ってくる言葉は解りきっているはずなのに、それでも平賀 海人に訊ねにはいられなかった。揺れ動き続ける繊細な女心のカリーヌであった。
「結婚する気持ちは本気なんだが…そうか…カリーヌさんには家族がいるかもしれないことを失念していたな……もし、カリーヌさんの家族が解った時は……その時になってみないと解らないとしか、今はそう答えるしかできない……」
実に日本人らしい考え方でこの問題を先送りする海人だった。
「……そうですね…家族の事はいま考えても仕方ない話ですしね…それより海人さんが本気で結婚する気持ちなら私も本気で答えます……私の返事は…yesです。海人さん」
家族の事はいま考えてもどうにもならないので、先送りにしてカリーヌは海人のプロポーズに承諾の言葉を発していた。
「…絶対しあわせにすると誓うよ…カリーヌさん。これからは親子3人で一緒に暮らせるぞ! 」
海人はカリーヌから結婚許可をもらって有頂天の気分になって、此処が病室だということも忘れはしゃぎすぎて、通りかかった看護婦長から
「平賀1尉! うれしい気持ちは解りますけど、此処は病室なんですからお静に願いますね! 」
と怒られしょんぼりした姿を見てカリーヌは少し微笑んでいた。
平賀 海人はカリーヌにプロポーズした後、まだ休憩時間が有ったので上司の岩瀬のところへ報告するために副司令室を訪れていた。
「うん、珍しいな…お前が此処に来るなど、問題をおこした時以外は久しぶりじゃないのか? 」
何気に海人に対してひどい言葉を投げかける岩瀬副司令だった。
「今日は岩瀬副司令に報告とお願いがあって参上しました」
海人は岩瀬に真剣な表情で述べていた。
「先に報告から聞こうか」
岩瀬にそくされて海人はカリーヌとのことを語りだした。
「自分が救助したカリーヌさんに先ほど病室でプロポーズしました。勿論、結婚許可は戴きました」
海人はカリーヌと結婚する事になったとさらりと岩瀬に述べた。
「……お前いまあの女性と結婚すると言ったのか……その目をみると本気なんだな…解った結婚を認めよう…イロイロ周囲がうるさいかもしれないが、絶対に彼女をしあわせにするんだぞ」
海人のカリーヌとの結婚報告に反対するどころか、本気ならしあわせにしろと激励の言葉をかけた岩瀬だった。
「ありがとうございます。岩瀬副司令…それからお願いの件なんですが…」
海人が言いにくそうにしていると
「あの女性…カリーヌさんと言ったか…俺に法務省の知り合いに日本国籍を取れるように手配してほしいんだろう」
と海人の本音をズバリと岩瀬は言い当てた後、ニヤリとなった表情をしていた。
「…岩瀬副司令にはすべてお見通しのようで、かなわないですね…でも、カリーヌの戸籍の件と結婚を認めてくれて、ありがとうございます。岩瀬副司令」
岩瀬に見事な敬礼をしながら感謝を述べた後
「それでは、自分は失礼します」
そう述べて海人が副司令室を出ていこうとすると
「おい、ちょっとまて! これを持っていけ」
岩瀬が海人に後ろから声をかけていた。
「なんですか、副司令? 」
海人がなぜ呼び止められたのか理由が解らず困惑していると岩瀬が近づいてきて、祝儀袋を海人に手渡すのでした。
「岩瀬副司令。戴けませんよ、このようなモノは…」
海人は差し出された祝儀袋を受け取ろうとはしなかったのですが
「良いから受け取れ平賀。結婚となったらいろいろいるだろうからな」
岩瀬の言葉に折れてここは素直に祝儀袋を受けとり
「ありがとうございます」
そうお礼の言葉を述べて頭をさげる海人であった。
「気にするな、上司として当たり前のことをしたにすぎんよ。それより結婚式はどうするつもりなんだ平賀? 」
「結婚式は自分も初めてじゃないですし…それにカリーヌは記憶がないので身内も解らないですから…二人だけで式を病院のすぐ近くにあるプロテスタント系の教会で慎ましくあげようと思っています」
海人の言葉に納得した岩瀬は一言
「おめでとう」
と述べて平賀 海人を祝福して副司令室から見送った。
結婚を申込んであれから、2週間がすぎていった。その間に平賀 海人は上司を始めとした関係各部署にカリーヌと一緒になるための了解を得るため彼方此方(あちらこちら)に飛び回っていた。
特に法務省に対してはカリーヌの戸籍を収得するために岩瀬副司令を通してのお願いと、更に裏口からのあぶない橋も渡っていた。
今日は自分とカリーヌとの結婚式をあげる日の前日の木曜日の夕方、勤務を終えてある物を持参して病室にいるカリーヌを訪ねていた海人であった。
「カリーヌさん。これをあなたに持ってきたから、つけてほしい」
海人が紙袋から取り出した物はピンク・ブロンドのそれは見事なウィッグであった。
「……これはもしかして、私の髪の毛をもとにして作っていたと、この前仰っていたウィッグですか? 」
カリーヌの問いかけに海人はうなずきながら話し出していた。
「その通りこのウィッグはカリーヌさんの髪の毛をもとにして今日ようやく完成したから持って来たんだ…だから早くつけてみてくれないか」
海人にそくされたカリーヌはつばのない帽子をぬいでウィッグを装着した。
「…どうですか、海人さん……合っていますか? 」
「いい感じだよ……やはりカリーヌさんは長い髪が似合っているよ」
海人が言うように、確かにカリーヌに長い髪は似合っていた…さすがにもとの長さはなかったが、それでも腰のあたりくらいは有ったので明日の結婚式に着るウェディングドレスには充分の長さだった。
「ありがとう…海人さん」
そう言って、感極まったカリーヌは潤んだ瞳でお礼を述べると海人の首に両腕をまわすと顔を近づけ、そのまま二人は熱い口づけを交わし合っていた。
西暦199X年6月も終りに近いある金曜日。
海上自衛隊は厚木基地附属病院の正面玄関まえのロビー。カリーヌと平賀 海人。それに東京入国管理局職員、木崎 一郎の3人が集まってなにか話し合っている最中だった。
「本当に平賀1尉。貴方という人は……イロイロやってくれましたね…法務省事務次官から直接お電話を戴いたときはびっくりして心臓が止まるかと思いましたよ。
これがお望みのカリーヌさんの仮戸籍の書類です。くれぐれも無くさないようにして下さい……
正式な戸籍は2週間後に平賀1尉のご自宅へ私直々に渡しに伺わせてもらいます。これから結婚式なのでしょう…カリーヌさん貴女のおしあわせを祈っております。では、これで失礼いします」
木崎 一郎は公務員としての事務的な言葉と態度ではなくて、一人の人間としてカリーヌを祝福する言葉を述べていた。
「私のためにお手数をおかけしまして、本当にありがとうございます。しあわせになりますから……」
木崎 一郎の言葉に対してカリーヌは心から感謝のお礼を述べていた。
「このまえは悪かった…あれは俺の言いすぎだったよ。それに今回の件はありがとう」
おもいもしなかった平賀 海人の謝罪とお礼の言葉に少しどころか、かなりびっくりしながら病院をあとにして出ていった木崎 一郎であった。
「じゃあ、カリーヌさん。俺たちもそろそろ教会へ行きましょうか」
海人の教会へ行く言葉になぜか解らないが、不満が有るのか少し拗ねた表情になっていくカリーヌ。
「…ねぇ、海人さん…もうすぐ私はあなたの妻になるんですから、何時までもさん付けじゃイヤです! ……プロポーズをした時のようにカリーヌと呼んでくださいね…ア・ナ・タ……」
海人に対してさん付けは嫌だと言って、呼び捨てにしてほしいと顔を朱に染めながら宣うのだった(頬を真紅に染め上げたカリーヌは10代半ばの少女のように初々しかった)。
「……それなら俺の事も海人と呼び捨てにしてほしいけど」
海人は自分も呼び捨てるようにカリーヌに提案するのだったが……。
「それは出来ないわ…海人さんは海人さんだから」
そう表面上は穏やかに述べるカリーヌなのですが…その瞳は笑ってはいなかった。
海人はカリーヌの恐ろしい笑顔に少しひきつり観念した表情になっていた。
「…そ、そうか……じゃあ今から呼ぶぞ……カリーヌ」
ずいぶん緊張した声で海人がカリーヌを呼び捨てにして述べるとカリーヌは満足した表情になった。
「はい、あなた……」
お互い30歳になるいい大人の男女が、人通りが多い病院の正面玄関まえでやるような行為ではなかった。その証拠に
「チクショウ! 絶対に羨ましくなんか無いんだからなぁ! 」
そう宣って、カリーヌと海人の二人の横を通りすぎて行った女性と一生、縁がないと断言できる男性の病院患者であった。
病院から歩いて3分くらいの処にある。小さな教会へ向かって海人とカリーヌは腕をくみながらしあわせそうな表情で仲睦まじく歩いていた。
(しかし今日のカリーヌの服装は地味な紺色の普通の丈のスカートに薄手の白のブラウスに髪をアップに纏めたうなじがすごく色っぽくて綺麗だ……
ただ俺としてはスカートの丈はもう少し短いほうが好み何だかなぁ……まぁ、良いか…カリーヌも実年齢より若く見えるけど、もう三十路だしなぁ……流石にミニスカはキツいというかイタイだけだろうしなぁ……)
教会へ向かう歩道を歩きながら、平賀 海人はもうすぐ自分の妻になる予定のカリーヌに対して、心の中で不遜なことを考えていると……。
「海人さん…アナタいますごく失礼なことを考えていなかったかしら? 今度また同じことを考えたら…次は容赦しませんから…」
ニッコリと特大級な微笑みをうかべながら、海人に静に囁いたカリーヌはものすごく恐ろしい黒いオーラを醸しだしていた。
「す、すまない……カリーヌ。二度と思いうかべないから…」
顔をひきつりらせながら、カリーヌに謝っていた情けない海人だった(今からカリーヌの尻に敷かれている。男として情けない海人であったが、後年息子の才人もカリーヌの娘、ルイズに対して同じように尻に敷かれていることになるから、似た者親子と言えよう)。
「なぁ、カリーヌ……プロポーズした俺が言うのも何だが…記憶を失うまえの旦那と子どもの事を全く気にしている素振りはみせていないが、平気なのか? 」
海人にとって、いくら記憶喪失になっているとはいえカリーヌが夫やお腹を痛めて産んだ子に対して全く関心を示さないことに不思議な感じをもっていたので、丁度いい機会だと考え思いきって訊ねた。
「海人さんだから、いま私が思っている感情を正直にお話しますけど……はっきりいって何も感じないんです…確かにお乳が張って、時々搾乳しないと胸が痛くなることはありますが……
子どもと夫がいたと言われても実感がわかないの……こういう考えはダメなのかしら? いま私にとって家族と呼べる存在は海人さんだけなんです……」
カリーヌが語った心境に目を見開いて海人は驚愕の表情になっていた。
(……記憶をなくすという事は過去の全てが頭の中で厳重に封印されて、カリーヌにとってすごく大切なモノが殆ど存在価値のないことになるんだろうなぁ……)
カリーヌが語った言葉に対して心の中で海人はいろいろと複雑な思いを感じていた。
続く。
今回の四話はお楽しみ戴けましたでしょうか? では次回、五話でまた会いましょう。