陽だまりの君へ   作:Mi-Me-2

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2.朋友/憂慮

 その日、カチューシャはまたあの芝生の上にいた。今日も先客の隣で目を瞑り丸くなっている。

 男子生徒の持つ雰囲気はとても穏やかで、この芝生には相応しい。そう考えながらカチューシャは睡眠欲求に身を委ねる。子守唄なしで、ただ隣にいる男子生徒の微かな寝息に耳を休ませながら。

 

 

 

 なぜか彼女が目を覚ます時、いつもあの男子生徒の姿は見あたらない。カチューシャよりも先に起きてしまっているのだろう。だが、文句を言ってカチューシャを起こさないところを見ると嫌な訳ではない…と思う。この男子生徒が寝ている相手に遠慮しているだけで、実際迷惑しているかもしれない―――そう考えられなくもないが、今はそうでないように祈るしかない。

 ただ―――彼女を気持ち良く眠らせてあげようと細かな気を使ってくれているのだけは伝わってきた。寝たときには周りにあった筈の落ち葉が無くなっていたり、寝ている場所に木の枝が落ちていることが無くなった。

 そうして今日も、カチューシャは眠りにつく。

 彼らの体が、触れ合うことは今日もなかった。

 

 

 

 そうして、数週間が経過する。

 相も変わらずカチューシャと男子生徒は共に眠り、だが体は一度も触れ合わず、ただ同じ場所で眠るだけという習慣を続けた。時々ノンナがついてこようとする時もあったが、そんなときには「カチューシャは一人で大丈夫よ!」などと言って離れることが多かった。どうしても悲しそうな目で見られたりしたときには芝生での昼寝を諦めたりもした。

 雨の日も勿論あった。流石に雨の日には芝生に男子生徒の姿は無く、昼寝は室内でノンナの子守唄を聞きながら、という定番で過ごすことになる。

 だが、どこか物足りない。あの陽だまりの暖かさと、男子生徒の微かな呼吸音。あの穏やかさが、カチューシャは時としてたまらなく恋しくなった。

 

 戦車道は非常に充実していた。カチューシャの元気に触発されたのか、隊の雰囲気が以前より遥かに明るくなった。カチューシャ自身も隊長としてきちんと振舞えるようになり、自信も付いた。あのドジばかりの一年生、ニーナやアリーナたちも訓練を重ねた成果か、戦車乗りが板についてきたように思う。隊長の影響というものはこんなところにも現れるのかとカチューシャは度々新鮮な気持ちになったものだ。これも、あの男子生徒のおかげなのだろう。

 

「つまり……であると言えます。それで……。

  ……同志カチューシャ。どうなさいました?」

 

「えっ!?…いえ、なんでもないわ。それで、何の話だったっけ?」

 

「次の練習試合、ワッフル学園との対戦時の作戦です」

 

「ああ、そうだったわね。…大丈夫よ、ノンナ。作戦は既に考えてあるわ」

 

 すこし考え事をしていたために上の空になっていたらしい。そうだ、今は作戦会議中だ。ノンナも、クラーラも、ニーナも皆自分に注目している。こんなところで呆けて無様をさらすわけにはいかない。カチューシャは即座に思考を切り替え、事前に考えてきた作戦を話し始めた。

 以前よりも、さらに彼女達の士気は上がっている。カチューシャが隊長となって部隊を纏め上げたそのカリスマ性にさらに磨きがかかったようにノンナは思う。それに、以前までの理不尽な傲慢さや見下した態度がすっかり鳴りを潜めた。今話している作戦も相当に練られ、傲慢や油断という不安要素が抜け落ちている、今までのものより遥かに優れた作戦だと分かる。

 

 今や彼女は、プラウダという大部隊を率いるにこれ以上ないほど相応しい人材だ。

 

 そこに、上級生に「おチビちゃん」と呼ばれ過小評価されていたカチューシャはもういない。今ここにいるのは、「地吹雪のカチューシャ」だ。…それに、その成長に。自分が関与できているのなら、それこそ最上の喜びだ。ノンナはそんな感情をおくびにも出さず、しかし微笑んで隊長を賞賛する。

 

Хорошо(ハラショー)。素晴らしい作戦です、カチューシャ」

 

「そうでしょ?カチューシャにかかればこれくらい朝飯前なんだから!」

 

 その賞賛に見得を切り、カチューシャはその小さな胸を張った。威厳の代わりに可愛らしさが溢れている仕草に、彼女は思わずくすりと笑みを洩らしてしまった。

 むくれるカチューシャ。宥めるノンナ。笑って見ているクラーラ。どう反応していいかわからず戸惑うニーナたち一年生。

 

 今日も、プラウダは平和だった。

 

 

----------

 

 

「最近のウチの戦車道チームすごくない?」「知ってる知ってる。すごいよねー、練習試合でも負け無しなんでしょ?」「黒森峰とか強いって聞くけど、どうなの?」「あそことはまだ練習試合とかはやってないみたい。やっぱ去年十連覇逃しちゃったの根に持ってるのよ。…それより、最近新しいアクセサリーグッズの店が出来たんだけど、知ってる?」「あー、あそこ。カッコいいけど値段がさぁ……」「あのゲーム買ったか?」「いや、まだ学園艦じゃあ販売されてねーだろ」「へへへ…これ、何だと思う?」「うお!マジか!」「陸からの連絡船にさ、知り合いが乗るって言うから買ってきてもらっんだ」「いいなー、すげーよ」「あっ」「何で学校にゲーム持ってきてんのかなぁ?没収しとくな」「いやいやいやいやそりゃねぇって風紀委員長!」「そうだー!」「横暴だぞー!」「何だ、希望はシベリア補習行きか?それならもっと早く言ってくれりゃあ…」「「「すいませんでした」」」「素直が一番だぞー」

 

 廊下では、生徒達が男女問わず他愛もない話で盛り上がっている。高校生らしさに満ちているその中で、その雰囲気に全く馴染む気配がない男子生徒、白沢夜一は小さく息を吐いた。相も変わらず、何も考えていないかのような表情。いつものことながら、廊下を歩くだけで少数の女子生徒がこちらを見てくる。彼が何も考えていないような目でその視線の元を見つめると、女子生徒は恥ずかしそうに目を逸らした。白沢は何を言うでもなく、また歩き出した。

 もうすぐ四時限目の授業が始まる。確か今日は生物室での実験だったか。いや、それは来週の話だったか?ちょうど小此木がトイレから廊下に出てきた。丁度いい、小此木に聞いておこう。

 そう思った時、夜一が近づくまでもなく彼の方から近づいてきた。何故か、その視線は夜一の背後を確認するようにチラチラと目線を向けている。

 

「おい、夜一。…お前、何かしたのかよ?」

 

「ん?」

 

 わずかに首を傾げる。なぜ小此木にそんなことを言われなくてはならないのだろう、と。

 白沢は、文句なしの優等生と言うわけではない。授業中も時々眠るし、教師に好かれるような明るい性格でもない。だが不良と言うわけでもなく、宿題や予習復習はきちんとして学校に来るし、眠ることを除けば授業中も大人しい静かな模範的生徒だ。やれと言われたことは人並み程度にはこなすし、成績も優秀で、別段不潔に感じるような見た目でもない。むしろ見た目で言えば10人が10人即答するほどの好青年だ。教師からの評判も、女子からの人気もそう悪くはない。白沢自身は知る由もないが。

 だから、自分を好いているものがいるとは思わず、さりとて自分を嫌っている人間がいるとは思っていない白沢にとって、小此木の言葉は不可解だった。

 

「いやさ、お前のことすげェ目つきで見てる女子がいンだけど…なンだ、とうとう手でも出したか?」

 

「そんなことは記憶にないが…」

 

 そういって白沢は後ろを振り向いた。

 そこに、自分を睨んでいる女子生徒などいない。嘘を吐いたのか?と白沢は小此木に疑いの目を向ける。

 

「いや、マジだっての!さっきまでマジでいたンだって!」

 

「…好きの反対は無関心だろう?俺に無関心な奴は大勢いるだろうけど、俺のことが嫌いな奴なんてお目にかかったことはないぞ。ましてや好きな奴なんて、だ」

 

「いや、その反対ってェのは対義語って意味じゃねェと思うが…。じゃなくてよ、さっきいたのは明らかにお前に対する敵意でいっぱいの目だったように見えたンだけど。てか、自分を嫌いな奴がいないって言い切れるお前もすげェけどな」

 

 そうか、と気のない返事をする。大抵のことに無関心な白沢である。

 そんな友人を見てため息をつく小此木。

 

「…お前こそ、何に対しても無関心なンじゃねェかって思うときがあるよ」

 

「それは誤解だ。関心は何に対しても持っているつもりだが」

 

 そんなもンかね、と小此木。話は済んだとばかりに他クラスへ行こうとする彼の背に声をかけ、「あー、生物?実験は来週だろ」という情報を得た。今日は生物室にいく必要はないらしい。安心したように息を吐く。端的に言って、彼は実験があまり好きではないのだ。

 「もういいか」と歩き出したその背中に、夜一はもう一度声をかけた。しぶしぶながら、小此木が振り返る。嫌な顔一つしないのは、この男の器の広さを表しているのだろうか。そこそこ女子にモテる、という本人の弁もあまり間違っていないのかも知れない。…口調にどこか変なクセがあるのも、個性と言えば個性なのだろうし。

 

「なぁ、その女子ってどんな見た目だったんだ?」

 

「あァ?お前が女子に興味を持つなンて珍しいな。異性から睨まれたいとかそういう趣味でも持ってンのか?」

 

「生憎と、そんな趣味は持ち合わせてない。…いいから話せ」

 

「あー?何かどっかで見た顔な気がすンだけど…アレだ。髪が長くて、目つきが鋭くて、背が高い…あれ、まさか」

 

「そうか。呼び止めてすまなかったな」

 

 白沢はそれだけ聞くと、考え込んでいるクラスメイトを放って自分のクラスである8組に向かった。『あの』女子生徒ではないらしいとわかった途端である。

 

 その背が遠くなってから、小此木が顔を上げた。声が届かないと分かっているからなのか、そうでないのか、呟くように口に出す。

 

「あれって、ひょっとして4組のノンナだったンじゃねェのか…?」

 

 

----------

 

 

『近頃、カチューシャの様子が変なのです、同志クラーラ』

 

『変?というと、どのようにですか?同志ノンナ』

 

 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、生徒達が昼食をとりに思い思いの行動をとろうとしている中、突如としてロシア語で会話が始まった。

 クラスメイトたちは一瞬そちらを向いたものの、いつもの事なのかすぐに行動を再開する。慣れている、と言うよりは聞こうとしても無駄だからだろうか。プラウダ高校がロシア語を必修科目にしているとはいえ、日常的にロシア語で会話している彼女達の話など、一介の高校生には聞き取れないのだ。

 一部の生徒―――主に男子生徒―――が彼女達と話すきっかけを作ろうと理解できる単語を聞き取ろうとコソコソしているのも、いつものことである。

 

『最近、昼休みにふらりと菜園や花壇のあるエリアに立ち寄っては、予鈴のチャイムが鳴るまで出て来ないのです』

 

『…はあ、それで、カチューシャ様は中で何をしているのです?ノンナのことだし、どうせこっそり見たのでしょう?』

 

『それが花壇には隠れるところが少なすぎるので…近くには行けないのです。いくらカチューシャとはいえ見つかればどうなるか分かりません』

 

『ノンナほどの人間なら気付かれないように行動できるのでは…いえ、なんでも。続けてください』

 

『…私とて万全を期すのですよ、クラーラ。そうしてチャイムが鳴った後、彼女が花壇から出てくるのですが…その直前に、ある男子生徒が花壇から出てくるのです』

 

 その言葉を聞いて、クラーラの顔が真顔になる。

 こういう時の彼女は、非常に怖い。何しろ、普段は微笑んでいることが多い優しげな女子生徒なのだから。周りのクラスメイトも、急な雰囲気の冷え込みに体を震わせる。

 関わってはいけない。彼らがそう思うのに、躊躇いはない。聞き耳を立てていた男子グループがコソコソと撤退していった。

 

『…それで、カチューシャ様は?どこか、変わった点はないのですか?』

 

『焦らないでください、クラーラ。…カチューシャが最近機嫌がいいのは、貴方も知っているでしょう』

 

『そうですね…私もどうしてか気になっていたのですが、理由はそのことに関係があるのでしょうか』

 

 最近のカチューシャの上機嫌具合は正直なところ彼女達にとってありがたいのだが、男が絡んでいるとなると見過ごせないらしい。二人の目が、暗殺を企てるような昏いものに変わる。

 その、花壇から出てくる男は誰なのか、とクラーラの目が訴えた。

 

『当然、その男子生徒については調べがついています。…『白沢夜一』。その男子生徒の名前に間違いありません』

 

『ヤイチ・シラサワ、ですか。聞いたこともないような名前ですね』

 

『貴女も知りませんでしたか。…実は、どこかで聞いた気がしなくもないのですが…。まぁ、そこは置いておいて。とりあえず、私も彼が一体どんな人物なのか知ろうと先ほど観察してみたのですが』

 

『ええ。危険分子でしょうか?粛清でしょうか?』

 

『いいえ。なんというか…彼には、何もする気がないように見えます。やる気がない、闘志がない、目的がない。ただひたすらに受動的で、それでもそこに在る。何にも反応することはないような、そういう目をしていました。もう少し調べてみないことにはなんとも言えませんが、…そうですね、私の彼に対する第一印象は、例えるなら彼の名前の通り―――』

 

『名前の通り?』

 

『夜、でしょうか。』

 

----------

 

 

「なぁ、小此木」

 

 昼休みが終わるチャイムが鳴る直前に、夜一が話しかけてきた。…珍しく、あちらから話しかけてきた。大事な話なのだろうか。だが、詳しく聞いてやる暇がない。五時間目の宿題に追われている最中だからだ。

 クソ、昨日なんでやらなかったンだ俺は…。漫画読んでて気づいたら夜遅かったって言い訳が先公に通じるわけがないし、休み時間で終わらせるしかない。だが、せっかく話しかけてきた夜一を無視することも出来ないので一応口だけで反応しておく。

 

「なンだ?ちょっと忙しいンだが」

 

「やっぱ、人間だったよ」

 

 ん。何の話だ?今日の夢か何かか?その考えがそのまま口から出てしまった。

 

「はィ?何の話だよ」

 

「前言った『妖精』。…人間だった」

 

「ふーん。……はァ!?」

 

 俺は、前回よりも遥かに大きく声を上げ、俺と夜一は一瞬で注目の的になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

注目をなんとか自分たちから逸らして、いつかと同じように小声で夜一に話しかける。

 

「人間だったって…お前、そりゃア一体どういうことだよ」

 

「悪い。言ってなかったんだがその女の子、あの日からずっと隣で寝てた」

 

「…はァ、もう何言ってンのか分かンねェよ。つまりなンだ、アレか?お前が『妖精がいた』なンて言ってた日から今までずっと、お前が昼寝してるときに隣で女子が寝てたわけか?」

 

「そういうわけだ」

 

「そりゃア訳わかんねェ……自慢か?」

 

 とは言っても、そう言った本人が一番不思議そうだ。そりゃそうだろう。昼寝してるやつの隣に来てあまつさえ一緒に寝るなンかまず有りえねェし、ましてや初対面の異性だ。なンといっても異常の一言に尽きる。

 

「ンで。…手ェ出したわけか」

 

「なんでそうなる」

 

 即答。怪しいとすら思えないほどの即答だった。

 …まぁ、予想はしてたが。コイツがそんなことする訳ゃアないのだ。そこまでイカレてる奴じゃねェんだし。

 

「…今まではどうしてたンだ?」

 

「俺が起きる方が早いから、毎回置いて帰ってきてる」

 

 なンだそりゃア。その回答を聞いて思わず脱力する。一緒に寝てた相手を放って帰ってきていて、一度も喋ったことがねェたァ…。そう聞けば、なんだかいかがわしい関係に思えちまわァ。

 

「あー……いや、でもそれが最善なのかも知れねェ。初対面でまだ喋ったこともねェんだろ?ならそうやって逃げ帰って来るンで対応としちゃア正解なのかもなァ。相手もお前と喋ることなンざ興味無いのかも知れねェしな」

 

「いや、でも」

 

お?

夜一が口を挟ンでくるなんて、珍し――――

 

 

 

 

「俺は、あの子と話したい。話してみたい」

 

 

 

 

 ……こりゃア、驚いた。

 誰も彼も、どんな奴に対しても

白沢夜一(自分)でない人間』に関しちゃア嫌悪も愛着もしねェはずのコイツが、今、誰かに執着しようとしているのか?

 そういえば、今日の夜一は普段と違う。自分から話しかけて来て、誰かに執着しようとして。感情を、露にして。

 

 スゲェ。こいつァ、スゲェ。

 

 何が凄いって、コイツにここまで言わせた女ってのがスゲェ。夜一がその女子に対して恋愛感情を持ってるのかは知らねェが、まず夜一がここまで興味を持ってるってのがスゲェ。

 そうある事じゃねェ。少なくとも俺ゃア初めて見た。それは異性に限った話じゃアなく。

 

「…なら、話せばいいじゃねぇか」

 

「それが出来れば苦労しないんだが…」

 

 俺の言葉に夜一は少しうなだれた。痛いところを突かれた、という感じだろうか。

 

「なンでだよ、女子と話せねェって訳じゃアねェだろう?」

 

「そう、そうなんだが…」

 

 夜一らしくもなく口ごもる。…何か、うまく言えない事情ってのが夜一のもあるんだろう。コイツだって人間だ。言えないことの一つや二つくらい有るだろうさ。ならわざわざ抉らずともいい。恋愛経験が豊富なようにゃア見えねェし。

 …俺も、人のことは言えねェが。ああ、昔の記憶がよみがえる…。

 

「…いい。言いたかねェんだったらよ」

 

「そうか。…ありがとう」

 

「礼なンて必要ねェっての!」

 

 夜一の湿った言葉を笑い飛ばす。夜一でなくともそンな態度の奴がいたら気色悪ィし、高校生にもなって知り合いから「ありがとう」なンて台詞聞きたくねェし。

 …勿論、そんなことは死んでも口にはしないが。恥ずかしくて死ンじまう。

 

 で、だ。思考を回転させる。なァに、これでも未来の小説家志望だ。アイデアの一つや二つ、ポンと出なくてどうする。…まぁ、俺が書くなら間違ってもこんな男を主人公にゃアしねェが。

…そうだな。コイツが寝ていてかつ、その女子と話せる方法、となると…。アレしかねェかな。

 

「そうだ、じゃアこういうのはどうだ?」

 

 俺は夜一に耳打ちする。単純だが、そうでもしねェとコイツは一生その女子と話せねェかも知れねェし。

 

 

----------

 

 

「今日も寝てるわね…」

 

 ひょっこりと、小動物のように茂みから顔を出したのはカチューシャだ。今日も昼寝をしにやってきたらしい。その視線の先にはいつものように男子生徒が寝転がっていた。男子生徒はいつも通り惰眠を貪り、微かに胸を上下させている。

 

「ん……?なにかしら、コレ」

 

と、彼女の目に付いたのはよくある見た目の茶色い封筒。その封筒が、男子生徒の脇に重石と共に置かれている。宛先は勿論カチューシャ(じぶん)だろうと思って拾い上げて見ると、宛先のところには、

 

『陽だまりの君へ』

 

とだけ、縦に細長い、秀麗な字で記されていた。

 

カチューシャは、その手紙を手にとるや否や、昼寝をしに来たことも忘れて一目散に校舎へ駆け出した。

 

 

----------

 

 

 戦車道の練習が終了し、隊長と副隊長であるカチューシャとノンナは事務作業を進めていた。外が薄暗くなってきた頃。

 

「ねぇ、ノンナ。今、時間ある?」

 

その小さな背丈に似合わぬ大きな椅子に座ったカチューシャは、ノンナの顔を見ずファイルに目を向けたまま彼女の名を呼んだ。それに気を悪くするでもなく、ノンナは返答する。

 

да(はい)。なんでしょう、カチューシャ?」

 

「…ファンレターって、どう返事を返せばいいのかしら?」

 

 その言葉にふむ、と考え込むノンナ。その言葉がどれだけの勇気を振り絞って紡がれた言葉か、彼女は考えることもなかった。カチューシャは表情を見られまいと大きなファイルを机の上で直立させるほどであるというのに。

 

 

 ファンレター。

 戦車道だけでなく、様々なスポーツや活動を行っている人間にとって、貰って無条件に嬉しいものだ。自分を慕って手紙を書いて応援してくれるファンの存在は、その選手の支えになってくれる。

 なるほど、カチューシャもファンレターを貰ったのだろう。現に昨年度の戦車道全国大会では黒森峰の九連覇を阻止し見事プラウダを優勝に導いた英雄として、多くのメディアでカチューシャは取材を受け多くのファンを獲得していたのだし。

 

 

そこでふと、ノンナはあることに思い至った。

 

「カチューシャ。そういえば、ファンレターの返事を貴女が直接書くことはしないんじゃなかったんですか?」

 

「え゛」

 

 そう。

 それは昨年度の全国戦車道大会の折。念願の優勝をプラウダ高校はその手に掴み取った。故に、当時の隊長には勿論、フラッグ車を討ち取ったカチューシャの元にもたくさんのファンレターが届いたのだ。カチューシャは初めは嬉しそうに返事を書いていたのだが、その数が一日に50通を超え、100通を越えた時点で「もう書かない!」と叫んだのだった。

 

 それからは、カチューシャ宛のファンレターは一応彼女が目を通し、返事用の印刷済みハガキにその住所だけを印刷して返すという形になっている。そのハガキの写真や絵柄はこまめに(主にノンナが)変更しているので密かに人気がある、ということを彼女が知る由も無いが。

 

「…気紛れよ、気紛れ!ファンレターの数も流石に減ってきたし、また返事を私が直々に書いてあげようかなって!ファンサービスよ!」

 

「…そうですか。でも、ファンレターの返事の書き方なんて、人それぞれだと思うのですけど。貴女がその手紙を読んで思ったことをそのまま書けばよろしいのではないでしょうか」

 

「そっか、…それもそうね。ありがとう、ノンナ」

 

 予想以上に、カチューシャが素直だ。彼女がここまで素直なのは珍しい。ノンナは彼女の表情を窺おうとしたが、立てられたファイルのせいで見ることは適わなかった。

 

「何か、あったのですか?」

 

「え!?ないない、全然ない!大丈夫よノンナ、カチューシャに問題なんて全然、全く、毛頭、一切、まるっきり、ちっともないんだから!」

 

「そう、ですか」

 

 問題アリ。絶対に何かあった。そうとしか思えない。ノンナは、カチューシャに気付かれない程度にうす黒いオーラを身に纏う。そんな些細な変化には気付かない精神状態にあるカチューシャは、ノンナの追求から逃げるように作業に戻った。そんな彼女に、ノンナは外出の用意をしながら声をかける。

 

「では、それが終わったら次はあの書類に目を通しておいてください」

 

「わかったわ。…ノンナ?どこ行くの?」

 

「ええ。少し用事を思い出しまして。今日は、この辺りで失礼します」

 

「そう。…じゃあね、ノンナ」

 

「また明日、カチューシャ」

 

 ノンナはコートを身に纏って部屋を出る。その途端に、その表情は幽鬼の如きモノになっていた。今の彼女の表情を、彼女を良く知るものが見ればこう言うだろう。

 

『ブリザードだ』…と。

 




全然内容進まなくてすみません…。自分でももう少し展開は早く書けると思ったんですが…。

これから投稿スピードはガクッと落ちます。ストックが全然ないので書かなければいけないのですが、小説を書く時間がない状況でして…。プロット(らしきメモ)はもうある程度できているのですが…。

これからもよろしくお願い致します。
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