カチューシャと白沢が登場しないのに一話分も投稿するのってどうよ、と思ったのでおまけとして投稿することにします。別に見なくても大丈夫だとおもいます。
でも本文と同じように(些かあざといくらいに)伏線っぽいものやら妄想やら散らしてるので暇な人のなかでさらに暇な人がいるなら見てもらいたいです。
『ブリザード』と評されるほどの冷徹さと射撃の腕を持ったプラウダが誇る名砲手、ノンナは、言葉こそ丁寧な口調で、しかし恐ろしく鋭く冷たい目つきで、こう問いかけた。
「率直に聞きます。貴方がこの『白沢夜一』について知っていること、すべて教えてください」
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「えっ…と」
突然の質問に目を白黒させる彼女は、4組のクラスメイトだ。一昨年、彼とは同じクラスだったらしい。一般の生徒に『白沢夜一』のことを尋ねると、彼女を紹介する者が多かったのだ。彼女は彼の非公式ファンクラブの一員であるらしい。…ノンナには正直その趣向は理解出来ないが、きっと彼女達なりに彼を好きな理由があるのだろう。そこに口出しする権利は誰にもないのだから、別にそういう活動をするのもいい。
だから、とりあえず。彼女に聞いてみることにしたのだ。
「どうしました?」
「ええっと…どうして夜一くんのことを知りたいのかな?」
ああ、なるほど。彼女が言いたいことは分かる、とノンナは他人事のように考える。自分のように男子生徒との関わりを今まで持ってこなかった女が、急に一人の男子生徒を調べだしたのだ。それは、確かに疑問に思うだろう。気にすることもなく堂々とした態度で口を開く。
「個人的興味に過ぎません。それで、何か知りませんか?」
「ええっと…何を知りたいのかな?私もそこまで詳しいわけじゃないんだけど……」
おどおどとしながらも返された言葉。一瞬理解できずに考え込み、ああ、と理解した。
人一人が持つ情報量は莫大だ。確かに雑多な情報が入ればどれほどの量になるか分かったものではないし、そこに話し手の主観的な感情が入ればなおさらだ。
それに、『全て』という言葉で問えば際限がなさ過ぎるのも問題だ。身長や体重、好物や好きな花、好きな戦車や趣味などを聞いていけばキリがないし、体重にしても好みにしても多少は変化していくものだ。…私がこの男の数年前の体重や好みなどを知ってどうすると言うのだろうか。
「では、貴方が持つ彼の印象をお聞かせ願いたいのですが」
「夜一くんの…?ええと、まず初めて彼を見たときに思ったことは足がすごく長くってスタイルがいいってことかな?身長は170cm後半くらいだったと思うんだけど」
ふむ、と手を顎に当てるノンナ。
第一印象が身体的特徴、か。確かに、この女子生徒が彼と親密な関係ではないことは分かっているのだし、遠目でみた印象くらいしか分からないのかもしれない。
それにしても足が長い、か。私の第一印象と随分違う。単に見た目で判断するか、瞳で判断するかの違いだろうか。
生徒目録で彼の写真を見たとき。普段よりも更に無表情だろう表情よりも、まず先にノンナの目に入ったのは彼の目だった。白沢夜一の目は名前の通りの夜のような黒色というよりは、鷲のような深い茶色だった。無気力な、受動的な印象はあまり受けない瞳の色。何にも流されない在り方を、ノンナはその目に見た気がした。
「それで、結構優しいの。何か自分で行動を起こすことはほとんどないんだけど、ゴミが落ちていたら必ず拾うし、先生とかの指示にはきちんと従うし、落し物はさりげなく持ち主に渡すし」
「受動的、ということでしょうか」
「ああ、そうだね。受動的って言葉がしっくりくるかな。積極的って言葉はあんまり似合わな――――あ、そういえば」
「何か?」
何かを思い出したように彼女は口を閉ざす。先をノンナが促すと、彼女は躊躇うように言った。
「夜一くん、絵が…上手いんだけど……」
歯切れ悪くそう言うと、黙ってしまう。言いにくいことがあるのかもしれない。このままこちらが黙っていては彼女は口を開かないだろうと、ノンナは助け船を出した。
「絵が得意、ですか?でも彼は美術部どころか、どこの部にも入部していませんよね?」
だが、言ってノンナは少し自身の発言を悔やんだ。絵が上手いからといって、誰もが美術部に入るとは限らないだろうに。
「ああ、そういうんじゃないのよ。
…あのね、美術の授業、この学校じゃ必修でしょう?夜一くんが授業で描いた絵って取り立てて言うほど上手って訳じゃないの。上手いんだけど、それは一般的な上手いってレベルというか。先生のいう通りに、模範的に描いた絵っていうのかな」
「ええ。…では、どういう点で上手いというのですか?」
「絵が上手いって分かったのも、ほとんど事故みたいなものなんだけどね。学期の終わりって、授業でする事が無くって、好きに過ごしていいって言われるときがあるじゃない。ウチの美術の先生、あんまり熱心な方じゃないし。
一年生の三学期の終わりだったかな、…夜一くんはその時に、絵を描いてたの。美術室の隅の、目立たないところで。そんな自由時間にわざわざ絵を描く人なんてあんまりいないじゃない?それで私、気になってこっそり覗き込んじゃったんだ」
そう言って彼女は何か思うところがあるのか暗い表情になった。過去の自身の行いを、悔やんでいるらしい。少し目を伏せて彼女は続ける。
「…あの時、ちょっとデリカシーがなかったなって思うの。絵なんて、誰かに見られながら描くものじゃないよね」
「何か、おかしな絵でも描いていたのですか?見られて困るような」
「違う。夜一君が描いてたのは風景画だったの。木炭みたいなのを使って、スケッチブックに。雪が積もった校舎の風景だった」
そこで彼女はほう、と息を吐いた。そのときの絵を思い出したのか、どこか遠い目をして。
「その絵、よくある『上手な絵』みたいな、写真みたいに本物そっくりって訳じゃなかったの。…でも、あの絵は本当に凄かった。木炭しか使ってないのに、その白銀の世界が見えるくらい。私みたいに知識が無い人に言われてもなんだろうけど、教科書に載ってるみたいな絵だった」
「…ほう」
「見てるだけで、その風景を見た人―――つまり、夜一君の感情が伝わってくるような、そんな絵だった。まぁ、私が見たのは絵の一部だけ、しかもまだ完成しきってない段階の絵だって私が分かるくらいだったんだけど。
…でも、夜一くんが私が見ているのに気が付いたとき、すっごく怖い表情をしてた。本当、今まで見たこと無いくらい怖い表情。私はすぐに謝って、『絵、凄く上手いね』ってだけ言って自分の席に戻ったんだけど。…そこから夜一くん、人前で絵を描くのを止めちゃったんだ」
「その時、彼は何か言ったのですか」
「何も。その怖い顔もすぐに消えて、本当にそんな顔してたのかなって私の方がわかんなくなるくらい。
あ、睨んでごめんってその後に謝ってきたんだ、その後。私も勝手に見てごめんなさいって謝って、それっきりかな」
「今は、彼に避けられたりとかは?」
「全く、何にも。今までどおりに接してくれるよ。私のほうが逆にちょっと遠慮しちゃうときだってあるわ」
「そうですか」
不思議な話だ。絵を見られて怒ったというのか。いや、もちろんそれで不機嫌になる人間もいることは分かる。他人から見た絵の完成度と描いた本人から見た完成度は違うのだから。
だが、話を聞き調べたところによると、白沢夜一はいつも無表情で無感動だと皆が口を揃えて言っている。例外なく、表情が大きく崩れたところを見たことがないと。
しかし、彼女は彼が、一度だけ『怖い表情』をしたと言った。それは、一体何故なのだろう。
「では、なにか今までに彼がトラブルを起こしたということは、聞いたことがありますか?」
「へ?うーん…。夜一くんが大きな問題を起こしたって話は、ちょっと聞いたことないかな。まぁ、よく授業中に寝ちゃって怒られてるらしいけど」
「授業中に…?」
でも妙だ。授業中に寝ているにしては、職員室でこっそり覗き見た彼の成績はそう悪くはないように記憶しているのだが。そんなノンナの思案を感じたのかそうでないのか、女子生徒はこんなことを言った。
「成績自体は悪くないの。授業中に寝てた部分は、クラスメイトにノート見せてもらって補ってたみたい」
「ほう。では、彼の交友関係はある程度広いのですか?」
「そうでもないんじゃないかな?というか、夜一くんが仲よさそうにしてる人なんて見たこと無いし。話しかけてきた人には反応するけど、自分から話しかけるところなんて見たことないしね。
あ、そのノートを見せてたクラスメイトとは結構話してた気がする。…というか、そのクラスメイトの方から夜一くんに話しかけてるのがほとんどだったみたいだけど」
「…そのクラスメイトの名前、覚えていますか?」
ずずい、と迫ってきたノンナの圧力に驚いたのかのけぞる女子生徒。彼女は至近距離のノンナの顔から目を逸らせ、こう言った。
「確か、『小此木』…だったと思うけど」
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「はァ。つまり、ノンナ…さンは夜一のことが聞きてェと。そのつもりで俺ンところまで来たってことでいいンだな?」
「はい。その認識で間違いありません」
話を聞いた女子生徒から名前を聞いた『小此木』という男子生徒は、妙な喋り方の男だった。
一歩間違えれば『ガラが悪い』と思われそうな雰囲気、加えてがさつそうな言動だが、あまり悪い印象は受けない。視線はキョロキョロと落ち着き無くさ迷ってはいるが、そこらに腐るほど転がっているような男どもと違ってノンナの胸や足を見まいと努力しているのかもしれない、と彼女は彼の行動を推測する。
女性の胸をじろじろ見るのは失礼だと思っているのか、出来うる限り見まいとしているのだがどうしても視界に入ってきて落ち着かないらしい。終始目を泳がせている。
「つってもなァ、俺もそこらの一般生徒と同じくらいにしかアイツのこたァ知らねェよ」
結局、彼女の豊満な胸を視界から外すことを諦めて、小此木は言った。
「?貴方と白沢夜一は仲がいいと聞いたのですが」
その言葉に小此木は手を広げて肩をすくめた。…そのジェスチャーは、何故か妙に彼に似合っている。アメリカ的な印象、フランクな印象は見受けられないが。
「いやいや、それよく言われンだがよォ…。ンなこたァねェのさ。俺も、アンタも、他の誰だって。夜一にとっちゃ、他人であることに変わりはねェ。なら、あいつが態度を変えるなンてこたァねェんだ」
まぁ、多少は変わるのかも知れねェが、と付け足す小此木。
…なるほど、『白沢夜一でないもの』か。あの目は、そういう目か。目に映るモノ全て、全てに興味がないのか。なら、受動性を徹底したところで生活に困ることはないのかもしれない。…その在り方は歪んではいるが、『そういう人間もいるのだろう』と言える範囲内だ。
…彼自身は『知らない』と言ったが。本当は、なかなか詳しいじゃないか。
「それでは、貴方の彼に対する印象を聞きたいのですが」
「あァ?…そりゃア一体どういう意図の質問なんだ?」
「…いえ。純粋な疑問です」
「そうかィ」
そう言って目を閉じ深く小此木は息を吸った。今は昼休み。彼らがいる廊下、そこにいる生徒たちは初めて見るノンナと小此木のツーショットには目もくれず…いや、多少興味の目はありつつ、普段の喧騒を維持していた。
そんな日常に混ざるかのように、小此木は深く息を吐いた。
「あいつに対する印象かァ…」
「ええ。些細なことでも構いません。何か、ありませんか」
「なンだろうなァ…。強いて言うなら」
「強いて言うなら?」
「…初めて会ったときの夜一は、誰のことも見てなかったような気がすンなァ。いや、こりゃア俺の主観だがな?今と同じように、誰であっても仲良さそうに話すなンてこたァなかったンだけどよ、それに加えてもあの頃のアイツは人を見ちゃアいなかった」
「人を、見ていなかった…?」
ああ、と小此木が答える。人だけじゃアなくて物に関してもだったような気がするけどなァ、と言った上で、なお口を開く。
「何に対してもまるでやる気がなくて、まるで闘志ってモンがなくって、そンで…」
「まるで、目的がない?」
思わず口から出てしまったノンナの言葉に、小此木は黙り込む。そうしてややあってから彼はこちらを見た。気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、小此木の方だった。
「まァ、アイツの第一印象なんてそンなモンだ。…ンじゃア、もういいか?」
「え、あ…」
深呼吸。『ブリザードのノンナ』がこんなところで失態を晒すわけには行かない。ましてや私的な行動でなど、許されない。
私はカチューシャのためを思って行動している。それは間違いない。
だが、私はどうして、あの男にこれほどこだわっているのだろう?
恋愛感情ではない。
わからない。だが、今は考えている時間はない。
あくまで今はこちらが頼んで時間を作ってもらっているのだ。今は話を聞くときだ。情報を整理するときになったら、もう少し掘り下げて考えよう。なぜ昼休みになれば毎日のように寝ているのか、なんてことは本人に聞けば分かることなのだし。
そうしてややあって、ノンナは口を開いた。
「彼が絵を描いている、ということを知っていますか」
「…はァ?」
反応を見るに、どうも知らないらしい。小此木は首を傾げてノンナに問いかける。
「質問に質問で返すようで悪いが、なンだって?アイツが描いた絵、だァ?何でそンなことを聞く必要がある」
「以前、ある女子生徒が彼の絵を見て睨まれたことがあるらしいのですが。何か、彼がそんなことをする理由に心当たりはありませんか」
はァ、と小此木は曖昧に頷き、考え込む。その表情を見る限り、あまり心当たりは無いようだ。少しして、首を小さく傾げながら小此木は口を開いた。
「確かになンか女子が絵を描いてるアイツに近付いてったのを見た記憶があるような…。でもあの時、俺ァ内職で忙しかったからなァ…あンまり覚えちゃいねェや。というか、マジで睨まれたのか、その女子?夜一が誰かを睨むなンてこたァ中々ねェことなンだがなァ」
「やはり、そうなのですか」
「ああ。どっちかっていうとありゃア植物に近い感じがするタイプだぜ?他人に干渉すること自体、嫌ってる節あるしなァ」
「…貴方は、今まで彼が誰かを睨んでいるところを見たことが?」
「ンー、よく考えてみりゃアねェな」
でも四六時中一緒にいる訳じゃアねェし、一年生の頃とかほとんどアイツと喋ったことなかったし、と言いつつ、何か思い当たったのか小此木はノンナが何か言う前に言葉を続けた。
「そういやァ、一年生の頃のアイツって、昼休みの度に色んな所で昼寝してたンだよ。教室、図書室、保健室、空き教室やらで」
最近は見ねェけどなァ、と言って、更に小此木は続ける。
「ンで、ある時な?俺が保健室でサボっ…休ンでるときに、さっきまで寝てた筈の夜一が突然叫ンだンだよ」
「…何の前触れも無しに、ですか」
あァ、と頷く小此木。続く彼の話によると、彼を驚かせる目的でも何でもなくて、単に白沢夜一が叫んだだけらしい。汗を流し、何かに怯えるように。
その後何も言わず、真っ青な顔色で保健室を出て行った、とも。
…一体、どういうことなのだろう。絵を見られて睨み、寝ていたはずが急に叫ぶ。…悪夢でも、見ていたのだろうか。
「まァ、俺が知ってるのはそンなもンだ。もういいか?」
「…ええ。わざわざ、ありがとうございました」
考え事をしていて、時間が経ってしまっていたらしい。声をかけてきた小此木に、ノンナは頭を下げる。そうして話は終わったとばかりに歩き出した小此木の背をなんとなく見つめていると、不意に彼はこちらに振り返った。
「告白なら考え直したほうがいいぞォ。幻滅するだろうからなァ」
その言葉に、にっこりと微笑みを返す。
「大丈夫です。告白なんて、露ほども考えてはいませんから」
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「…キッツいなァ、なンか嫌われるようなことでもしたのかねェ」
「では」と礼儀正しく礼をしてから立ち去ったノンナに背を向け、小此木は呟いた。4組のノンナといえば通称『ブリザードのノンナ』。始終無表情で、特に男子生徒には厳しい態度を取ると聞いたことがあったけれど、別段そういう印象は受けなかった。眼光は鋭く凍りつくようではあったが。あの無表情から来た根も葉もない噂だったのだろうか?
『いえ。ノンナは何時でも非常に厳しいですよ。自身をいやらしい目で見てくる男子生徒等には、ですけど』
「…ァあ?」
突然背後から聞こえたロシア語に眉をひそめて振り向く。そこには、金髪碧眼の美少女がいた。
小此木の脳は突然の事態にフル回転を超えてオーバーヒートし、普段の彼なら絶対にしないような行動、すなわち女子に向かって微笑む、ということを表情筋に命令した。が、すぐに脳は元の機能を取り戻し表情を引き締めさせた。それは言動にも表れる。
「ごめんなさい、日本語のほうが良いですよね」
流暢な日本語で謝罪する少女に対し、
『別に構わない。生憎とロシア語の成績はそう悪くないモンでね。ロシア語の方が話しやすいのならこっちで良い』
小此木は驚くほどに流暢なロシア語で返したのだ。目を丸くする少女。
無理もない。見た目だけで言えば小此木は勉強ができなそうな、はっきり言えば頭の悪そうな顔をしているのだし。
何を隠そう、彼のロシア語の成績は毎回学年三位という好成績である。四位の座を明け渡したことも無ければ、それ以上の成績を取ったこともない。一位にノンナという化け物がいるのを差し引いても、まだ三位なのである。二位の人物についてはよく知らないが。
『…そうですね、ロシア語で話したほうが内緒話っぽくて良いかもしれません』
そう言ってまた微笑む少女。その眩しい笑顔から目を逸らしつつ、小此木は自己紹介をすることにした。
『俺は小此木。あんたは…』
『クラーラです。別に呼び捨てで構いませんよ?』
またいたずらっぽく微笑む。これはノンナ以上にやりづらい相手だとうすうす気付きつつ小此木は口を開く。…ちなみに、彼のロシア語は教科書ならびに辞書から学んだものなので、訛りのない発音である。…日本語の方は変に訛っているが。
『それで?そんなクラーラさんが一体何の用があって俺に話しかけるんだ?』
『おや、ノンナに話しかけられて怯えていた少年を可哀想に思って慰めに来たのですけど』
『怯えてないし慰めも要らない。正直なところ女子と話すのは緊張するんでね、これ以上は勘弁願いたいところだ』
ましてアンタらみたいな美人とは、という言葉を呑む込み、代わりに疲れたように息を吐く。
彼が別段女性に苦手意識があるわけでもなく、むしろ健全な男子高校生としては女性にこれ以上なく興味はあるのだが、そんなことを面と向かって女子に言うわけにはいかない。
それに、ノンナとの会話で疲れたというのも事実だ。彼女にしてみれば何気ない視線なのだろうが、ありゃア正しくブリザードみたいな目線だった、と今振り返ってみてもそう思う。そんな眼を目の前にして胸に目線を向けようものならどんなことになるか分からないと話している最中も思っていたし。
…いや、というよりあの胸が悪い。一般的な男子高校生には刺激的に過ぎる。
と、クラーラと名乗った少女が小此木をじっと見つめて、突然笑い出した。
『ふふ、ノンナとのおしゃべり、そんなに楽しかったんですか?顔に出ていますよ』
「なっ…!」
思わず顔に触れてしまう。鼻血は…出ていない。そんな小此木の様子を見てさらに微笑むクラーラ。
『へぇ、どうして最初に口ではなく鼻の下を確認したんですか?私は、ただ口元がにやけていると言おうとしたんですけど』
「……!」
やられた。
『…からかいに来たのか?趣味が悪いな』
『ああ、拗ねないで。ごめんなさい、やりすぎてしまいましたね。別に貴方をからかいに来たわけではありません』
『じゃあ何で俺に声をかけたんだ?』
『うーん…そうですね…。貴方に興味が沸いたから、ではいけませんか?』
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
『ノンナが男子生徒に声をかけるなんて珍しいんですよ、滅多にないんです。しかも、最後には微笑んでもいたでしょう?…それで、気になってしまって。…迷惑でしたか?』
上目遣いで覗き込んでくるクラーラにうっ、と息を詰まらせる。ノンナほどではないにしても、中々見事なものをお持ちで…。
「じゃなくて!」
と、ロシア語で話そうと言ったことを思い出し、小此木は咳払いをしてから口を開いた。
『迷惑なんかじゃない…。けどな、あんまりそういう風に男子生徒に不用意に近づくものじゃない。…アンタ、美人なんだからさ、変に刺激してしまうだろう』
『心配してくれるんですか?』
さらにずずいっと体を寄せてくるクラーラ。その動きを小此木はかわしていく。その反応に拗ねたようにクラーラは文句を言う。
『どうして避けるんですか?』
『少々昔のことを思い出してね、あんまり女子にからかわれるのは遠慮したいところなんだ…っと!
…というかアンタ、何が目的なんです?』
『そうですね…では、貴方のメールアドレスを目的に近づいてきた、ということにしましょう』
『それ絶対に今考えたろう!?』
『良いじゃないですか、そんな減るものじゃないんですし』
『良くないぞ!そういう小悪魔的態度ってのは!』
ややあって、なんだかんだ文句を言いつつ、小此木はクラーラと最終的にメールアドレスを交換することに同意する流れになってしまった。その過程はここに記すことはないが、小此木がクラーラに押しきられた、という表現の方が適格かもしれないということだけは記しておく。
『なんか負けた気がするなぁ…』
『諦めてください、男の子でしょう』
『ちょっと待て。なんで俺のスマホ持ってるんだ、いつの間に。スリか、アンタ本性はスリだったのか!?今すぐ風紀委員のところに連れていった方が良い感じか!?』
小此木の抗議も虚しく、彼のスマホはクラーラの手によって弄られていく。女性に手を上げるのはダメだ、と小此木はそれを黙って見ているしかない。
そのとき。突然クラーラが小此木のスマホを持った手を上に伸ばし、それと同時にカシャ、という撮影音が聞こえた。
『これでよし、と…』
『何してんのアンタ!?』
『何って、自撮りですよ。貴方のカメラ、風景か本屋のPOPか文字ばかりでつまらないので』
可愛い女子生徒の一人や二人、盗撮なさってはいかがです?などと好き勝手なことを言いつつ、クラーラは彼にスマホを返却する。しぶしぶ小此木が受け取った瞬間、また先ほどとは別のカシャ、という撮影音が聞こえた。
見ると、クラーラがこちらにスマホのカメラを向けている。
『……それこそ、盗撮ってヤツじゃないですかね』
『貴方は私の写真を持っているのに、私が貴方の写真を持っていないのは不公平ではないですか?』
『そんな自分勝手な理論が通用するとでも思っているのか…?』
言いながら、まァいいかとため息をつく小此木。何だかんだ言って、甘い人間である。
『では、気軽に連絡してくださいね~』
クラーラがこちらに手を振って歩き出した。恐らく、ノンナの後を追うのだろう。
今時の女子ってのはあンなに男子生徒との距離感が近いモンなのかねェ、と小此木はスマホの画面を開いた。
「…な」
そこには。
先ほど撮ったものだろう、クラーラの上目遣いの自撮り写真が、ホーム画面の背景として誇らしげに表示されていた。
「…やりやがったなァ、あの女…」
ご丁寧に、彼女のメールアドレスの登録名には『雪原のバラライカ』と設定されている。
その登録名を『クラーラ』に変更しながら、今度からスマホにはロックをかけよう、と、固く誓った小此木だった。