恋姫†無双外史   作:変なおっさん

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外史のはじまり

 黄巾党と呼ばれる者達が世にはばかる時代。風の噂では、洛陽にて董卓と呼ばれる者が悪政を敷き、民の生活は凄惨なものへと変わり果てたとあちらこちらで人々が口にしている今日この頃。そんな洛陽で依頼人の下へと荷を運ぶために小さめの荷車を一人で押している者が一人。名を御主(ごしゅ)、字は人(じん)。若くして洛陽をはじめ、大陸各地に店を持つ豪商である。そんな豪商が一人で荷車を押しているには訳がある。

 

「重い……」

 

 慣れた道のり、慣れた荷物。度々運んではいるが量が量なので辛くもある。

 

「また恋が動物を拾ったから量が増えて困る」

 

 届け先の相手を思い出しては愚痴の一つも吐きたくもなる。別に嫌だという訳ではない。届け先に居る名を呂布、字は奉先。真名を恋(れん)と名乗る人物は、血は繋がらないが兄弟同然で育った妹みたいなものだ。親が居ない御主は、親代わりである貂蝉(ちょうせん)の手により并州(へいしゅう)にある恋が住む村に預けられる事になったのだが、その際に引き取り手になってくれたのが恋の両親だ。それからは、兄弟同然に育ったのだがその頃から恋には困った癖がある。昔から動物に懐かれ、その動物を拾ってきてしまう。どうやら恋が言うには、寂しい、一緒に居たいという事らしい。ある意味では、自分も恋の家に拾われた動物のようなものなので強くは言えず、恋がしたいようにしていたら後ろにある荷車に積まれた山のような動物たちの食料となる。

 

「あぁ……セキトか」

 

 荷車を押し、道を進んでいると目的の家の門の前で赤毛の犬が御主を待つようにして待っていた。名はセキト。犬種は分からないが、恋の拾ってきた動物の中では最も古くから居る動物たちの長のような立場に居る。セキトは、こちらに気づくと近づいてくる。

 

「お出迎えご苦労さん。恋は居る?」

 

 御主の言葉にセキトは一吠えで答える。セキトは人の言葉が分かるらしく、先を歩き案内をしてくれる。どうやら門の中に入る様子を見ると恋は家の中に居るようだ。いや、家と呼ぶには少し誤解が生まれるかもしれない。そもそも洛陽は、大陸で最も大きい都である。そこに住むという事は、それだけでそれなりの身分にあるという事になるのだが恋の屋敷はその中でもかなり広い方になる。

 

「いつの間にか差をつけられたなぁ……」

 

 豪商と呼ばれる自分もそれなりの立場に居る。それは間違いないだろう。しかし、恋の居る場所は自分とは比べ物にならないぐらい高い場所にある。

 

 門をくぐり、屋敷へと入るといつもの場所に荷車を置く。そして、先を歩くセキトの後に続く。わざわざ後ろを振り向き、こちらの様子を確認している。本当に賢い犬だ。

 

「いい加減、人を雇うようにセキトからも言ってくれ」

 

 この家には、恋以外の人間は住んでいない。此処はあくまでも家族との場所。その考えが恋にはある。セキトはそれを知っているからか、前を向き直し歩き出す。

 

「困ったなぁ……」

 

 今はこのままでもいい。自分が掃除なり手伝いに来ることもできるからだ。しかし、最近はそれもできなくなった。それ以前に洛陽に居ることも少なくなった。

 

 あれこれと頭の中で浮かぶがそれらを今は何処かへと追いやりセキトの後を追う。すると、いつもの場所、いつもの面々と共に屋敷の庭で日向ぼっこをする血の繋がらない妹の姿が見える。いや、犬や猫に囲まれ、または上に乗られたりしているために姿があまり見えない。

 

「5、6匹ぐらい増えたのか?」

 

 注文の内容から察してはいたが新たな家族が増えた。前に数えた時は20を超えていたが――まぁ、恋がいいならいいか。

 

 御主は、恋の下に近づく。すると、それに気づいた動物たちは御主に場所を譲るように動く。別に御主のためではない。

 

「ただいま、恋」

 

 地面に座り、横で丸まるように眠りにつく恋の頭を優しく撫でる。燃えるような真紅の髪。何故か昔から髪が二束だけ触角のようになる癖のある髪。何度、櫛でといてもとかせないこの髪を久しぶりに弄ってみる。

 

「起きないとこのまま弄り続けるぞ」

 

 クルクルと弄っているとゆっくりと恋は目を覚ます。そもそも本当に寝ていたか怪しいものだ。

 

「……おかえり、御主にい」

 

「ただいま」

 

 起きたので触角を弄るのをやめて改めて頭を撫で直す。

 

「御主にいに撫でられるの好き」

 

 恋が頭を押し付けるようにしてくる。

 

「俺も恋の頭を撫でるのは好きだよ。でも、やる事があるだろ? セキトたちのご飯を持ってきたんだ。荷車から降ろすのを手伝ってくれ」

 

「……わかった」

 

 少し返事をするまでに間が空くが、ゆっくりと身体を起こす。

 

「ねぇ、御主にい」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「今度はいつ行くの?」

 

 恋は顔を御主に向ける。澄んだ瞳。まっすぐに見られると言葉を口にし辛くなる。

 

「しばらくは此処に居る……と思う。詠と話してみないと何とも言えないんだ、ごめん」

 

 本当は分かっている。こうして会う事ができなくなることを。少なくともしばらくの間は。

 

「……早く片付ける」

 

 恋は立ち上がると先を歩く。

 

「……そうだな」

 

 恋も分かっている。だけど、訊きたくなったのだろう。これから先、どうなるか分からない流れを。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 荷車から食料を積み下ろし屋敷の中にある倉庫へと仕舞う。どれも重いのだが、それらを恋は軽々と運ぶ。こちらが箱一つに対して、恋は二つ。それもこちらは頑張って、恋は余裕を見せて。情けなくもなるが今更なので少しだけで済む。そもそも競う相手を間違えている。

 

「さて、どうする? 何か食べに行くか?」

 

 荷物は、恋の活躍のおかげで早く片付いた。恋と一緒に食べる為に間食はしないでおいたのだが、おかげで今はいい感じにお腹が空いている。

 

「……御主にいの肉まんが食べたい」

 

「肉まん? ん~、別にいいけど食べに行った方がいいぞ?」

 

 此処洛陽には、美味しい料理を出す店は沢山ある。それこそ金さえ出せばいくらでも。もちろん身分は必要になるが御主と恋の二人なら問題はない。

 

「御主にいのがいい」

 

「本当にいいのか? 俺は、あんまり上手くないぞ? 昔、店で働いたことがあるぐらいで」

 

「それでいい。昔の、昔に御主にいが作ってくれたのがいい」

 

「わかった。味は……まぁ、期待もなにもないか」

 

 恋の頼みを聞き台所へと入る。恋は自分ではあまり料理はしないが、それでも最低限の道具はある。材料は、セキトたちから貰おう。肉と野菜。内容だけでみれば、寂れた村よりも上等な物ばかりだ。昔の村で暮らしていた頃を思うと御馳走とも言える。

 

「今思うと良い物を食べてるな」

 

 動物より貧租な物を食べていた頃を思い出す。家にお金を入れる為に働いていた店の残り物を恋と一緒に食べていた頃が懐かしい。野菜や肉の切れ端に濃い味を付けて誤魔化して、なんとか美味しく恋に食べてもらえるように頑張った頃を。

 

「恋。肉まん以外も作ろう。久しぶりに頑張りたくなった」

 

「やった」

 

 あまり感情を表に出さない恋が言葉にして喜んでくれている。これは、やるしかない。

 

「恋。仕舞った肉と野菜を持ってきてくれ」

 

 御主の言葉を聞くと頷き、足早に仕舞ったばかりの食料を恋が取りに行く。その足取りは軽い。

 

「さて、こっちは準備するか」

 

 肉まんは作るとして他には何を作ろう。恋が喜ぶのならなんだって作ってみせる。そんな気分だ。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「美味しいね」

 

 卓を挟み恋と作ったばかりの料理を食べる。結局、作れたのは肉まんと炒飯、それにある材料を適当に入れて煮込んだ鍋ができた。味に関しては……まぁ、あれだ。予想通りの味だった。

 

「恋が喜んでくれたのならよかったよ」

 

 これでも商人として料理に関わっている。それこそ料理を出す店の経営もやっている。宮廷で働いていた経験のある人間を雇ったりもしている。古今東西にある様々な料理を調べて店にも出している。調味料や酒だって知らない物があったら仕入れてみたりもしている。ただ、料理の腕は大して変わっていないようだ。気持ち少し美味しくなったかなぐらいの出来だ。

 

(自分でも作るか)

 

 こんなに喜んで食べてくれる人が居るのなら作りたくもなる。また時間があれば挑戦してみるか。そんなことを考えながらの食事は来訪者が来るまでのんびりと続いた。恋は元々あまり話をするような性格ではないし、こちらは美味しそうに食べている恋を見ているのが楽しかったので話さなくても十分に楽しい時が過ごせたからだ。だからだろう、来訪者の登場はなかなかに場を賑やかにさせる。

 

「おっ!? なんや、来とったんか御主!」

 

 急に呼ばれる名前。この家には、優秀な番犬たちが居る。そのため見知らぬ者に気づかないという事はない。当然、声の主は知っている人間になる。

 

「ただいま、霞」

 

 来訪者の名は張遼、字は文遠(ぶんえん)。真名は霞(しあ)。表情はにこやかで、口数の少ない恋と比べると対照的な程に賑やかな女性だ。

 

「いやー、元気そうでなりより。まぁ、御主はそう簡単には死なんやろうからなー。あっ、ウチにも一つちょーだーい!」

 

 そう言いながら御主の隣に空いている席へと座り、肉まんを手に取ると口へと運ぶ。

 

「相変わらず塩辛いなー。でも、これがええんやけどな♪」

 

 持って来ていたのだろう。酒と書かれた白磁の酒瓶にそのまま口をつけ酒を飲む。

 

「塩辛くて悪かったな」

 

「あははっ、ほんまや。でも懐かしいわー」

 

 文句を言いながらも残りをまた食べ始める。霞とは、恋と共に村を出て行商人をしていた頃に出会った。霞も并州の出身なのだが当時の霞は暇を持て余していた。その為か自分達に興味を持って一緒に行商をしていた事がある。

 

「あの時は、まさかこんな所に居るなんて思わんかったわ」

 

「そうだな。当時の霞は、気に食わない奴を片っ端からぶん殴っていたようなチンピラだったもんな」

 

「せやなー、あん時は他にする事もなかったし。でも、恋に出会ってウチの世界は変わった。まぁ、きっかけは女とみれば見境なく口説くのが趣味な御主のおかげやけどなー」

 

 嫌味に嫌味で返される。ニヤニヤと見ている霞に少しイラッとするがあながち間違っていないので言い返せない。

 

「何度も言ってるが、あくまでも物を売るために言っていただけだ。世辞は必要だろ?」

 

「そう言ってますけど、妹である恋さんはどう思います?」

 

 霞の言葉に恋の手が止まる。恋にジッと見られる。悪かった。だからそんな目で見ないでくれ。

 

「あははっ! 豪商と名高い御主人も恋の前じゃタジタジやな」

 

「恋の前じゃただの豪商なんてそんなもんだろ? というか、何しに来たんだ? 今の霞も忙しい身だろ?」

 

「あぁ……せやったなー、詠に頼まれとったんやった。恋、詠が呼んどったで」

 

「わかった。後で行く」

 

「ほんまは急いだほうがええとは思うんやけど、久しぶりの御主だからな。それにウチも一緒したいし」

 

「いいのかそれで? 立場を考えるとまずくないか?」

 

 本来ならまずい。それも相当。

 

「詠なら分かってくれるって。それよりも酒が足りないな。どっかで飲みなおそ。御主の店でええで」

 

「別に構わないが、俺は関係ないからな。あくまでも無関係だからな?」

 

「なに言ってんねん、ウチラは運命共同体やろ?」

 

「御主にいも一緒」

 

 二人の古い馴染みの言葉。

 

「いや、ダメだ。詠が怖い。準備はしておくから早く行きな」

 

「なんやつまらん奴やな。昔の御主なら詠にバシッと言ってたはずや!」

 

「昔から逆らう気なんかないわ! 俺からしたら詠も霞も恋も目上の存在なんだぞ? ほら、行った行った」

 

 あーだこーだ文句を垂れる霞と名残惜しそうな恋を椅子から立たせ詠の下へと向かわせる。下手をすれば三人揃って説教だ。なにせ詠とは、名を賈駆、字は文和(ぶんわ)。この洛陽において権力者とされる董卓の腹心なのだから。逆らえば思い切り蹴られる。俺だけ。ちなみに恋と霞は董卓の家臣である。ある意味では、詠にも劣らない程の。

 

「まったく、困ったもんだ」

 

 二人を見送り、食事を片付ける。流れで決まったが夜までに用事を済ませなければいけない。今は、洛陽にある本店に戻り雑務を済ませる事にしよう。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 洛陽にある本店。今では、洛陽のある司隸を中心とし、冀州、兗州、徐州、涼州、并州、幽州、雍州を股にかけて商売をしている。これだけの規模で商売を行えている者はまず居ない。というかへんぴな村の出身者では無理と言える。はっきり言って恋と霞によるものが大きい。なにせ二人は天下に名高き名将。飛将の名を持つ天下無双の呂布。神速の名を持つ騎馬隊を率いる張遼。二人の助力を得て商売をさせてもらっていたらいつの間にかこうなっていた。今では、大陸で最も大きな権力を持つ董卓の腹心である賈駆からも助力を得ているので正に敵なしと言える。実際には胃に穴が空きそうではあるが。

 

「ただいま」

 

 洛陽にある本店は自宅も兼ねている。表から入り簡単にだが店に来ていた客達に挨拶を交わし、そのまま奥にある住居まで向かう。すると、この洛陽にある本店でも限られた者しか入れない場所に二人の女性が居た。

 

「お帰りなさい、オーナー」

 

「お帰りなのー」

 

 礼儀正しく頭を下げて迎えてくれたのは、名を楽進、字は文謙。真名は凪(なぎ)。店や交易路などの警備を担当している御主の三人居る側近の内の一人。対照的に軽く御主を出迎えたのが名を于禁、字は文則(ぶんそく)。真名は沙和(さわ)。こちらも側近の一人で、商品開発の担当をしている。他にももう一人側近が居るが、現在は冀州にある平原に居る。

 

 この二人も恋や霞に次ぐぐらいの旧知の仲なので今更礼儀などを求める気などはない。凪がお茶を淹れてくれている姿を見て、沙和が居る卓へと向かう。

 

「恋ちゃんはどうだったの?」

 

「いつも通りだった。ついでに霞が来たよ。詠に恋を呼びに行くように頼まれたみたいでね」

 

「ざんねーん。せっかく久しぶりに会えたのに」

 

「立場があるから仕方ないさ――ありがとう、凪」

 

 御主と沙和の下に淹れたてのお茶を持って凪も卓へと座る。

 

「新しく入荷したお茶らしいです。オーナーに試飲をしてほしいと」

 

 どうやら新商品のようだ。基本的には、各担当に権限を分けているのでなかなか珍しい。とりあえず一口。

 

「……よく分からないな」

 

「そうでしょうか? 先に沙和と飲みましたが美味しいと思います」

 

「そうなの。飲みやすいって思うの」

 

「いや……なんというか、凪が淹れてくれるお茶だからかいつも通り美味い」

 

「そ、そうですか……ありがとうございます」

 

 照れる凪を横目に。

 

「もう、オーナーはすぐに女の子を口説くんだから!」

 

「本当の事なんだから仕方ないだろ?」

 

 沙和に窘められるがこればかりは事実なのだから仕方ない。これは個人的な意見なのだが、料理とは単純に味だけではないと思う。誰が作ってくれたか、または誰と共に卓を囲むかが大事なのだと思っている。自分の事を思い丁寧に淹れてくれた凪のお茶がまずいわけなどない。

 

「でもでもー」

 

「とにかく合格でいいよ、合格で。俺に試飲を頼むぐらいなんだから味は良いだろうし」

 

「わかりました。では、そのように伝えておきます」

 

 これで試飲の件は片付いた。

 

「なにか急な要件はあったか? しばらく空けていたから何かあったりする?」

 

「いえ、特には。各地でも書簡は受け取っていましたので緊急の要件はありません」

 

「あるとしたら桜王ちゃんからぐらいなの。予算を増やしてほしいって」

 

 名を李典、字は曼成。真名は真桜(まおう)。平原にて商品開発を担当している。沙和と被っているように思えるが内容は違い、沙和の方は装飾品や衣服など日用品を担当。真桜は水車などのカラクリと呼ばれる物の開発を行っている。真桜は、カラクリなどの製作に長けており公共事業や農業などで効率や生産性を高める為の商品を製作している。これがなかなかいい金になるのだがその分開発費が馬鹿みたいに掛かる。

 

「この前……増やしたばかりな気がするんだけど?」

 

「また何か作ってるみたい。沙和には、よくわからないけど」

 

「すみません、真桜がまた」

 

 凪が頭を下げるが想定内なので問題はない。

 

「別に構わないけど内容を知らないと判断できない。近々、平原にも顔を出さないといけないからその時に判断しよう」

 

 真桜はたまによく分からない物を考える時がある。ただ、意外と何かに役に立ったりするのでむげにはできない。

 

「それで、沙和。新刊はできたか? たぶんだが、夜に恋と霞と飲むことになったんだが詠たちも来ると思う。新刊が出来ているなら持って行ってあげたいんだけど、どう?」

 

「バッチリなの! 阿蘇阿蘇(アソアソ)にも負けない会心の出来なの! 今度はフリフリを沢山あしらったピンクのお洋服がトレンド間違いなしなの!」

 

 そう言って沙和が本を二冊持って来る。表紙には、喜屋武喜屋武(キャンキャン)と美似美似(ミニミニ)と書かれている。どちらも若い女性を狙った女性誌である。

 

「阿蘇阿蘇は、古くからある強豪だ。勝つのは難しいが勝てば我らが天下を取る事は確実だ」

 

「阿蘇阿蘇には昔からお世話になってるけど今は敵なの! 沙和が大陸一のトレンドの先端を行くんだから!」

 

 古くからある最王手の女性誌である阿蘇阿蘇。大陸の女性たちの服装は阿蘇阿蘇によって決まるとまで言われてきた。それを打倒するのが喜屋武喜屋武と美似美似である。沙和が担当しているのだが大陸の女性たちの心をつかむために日夜活動している。

 

「とれんど? 確か流行りという意味でしたよね?」

 

「そうなの。オーナーが作った言葉なの」

 

「作ったっていうか浮かんだだけだけどね。なんかよく分からないけど昔から急に何かが頭の中に浮かぶんだよ」

 

 トレンドもそうだが、オーナーなどの言葉もそうだ。昔から何かを思いつく――いや、思い出すような感覚がある。

 

「オーナーが考える言葉は新鮮で女の子にはウケるからどんどん雑誌に載せちゃうの」

 

「最近では、至る所で耳にしますからね。さすが、オーナーです」

 

 凪の言葉に恥ずかしくなる。

 

「ありがとう。とにかくこれを持って行こう」

 

「うー、でも緊張するのー。もしウケなかったらどうしよー」

 

 沙和の表情が緊張で強張る。

 

「大丈夫だろ。愛読してくれてるみたいだし」

 

「オーナー。私は、沙和の気持ちが分かります。オーナーはあまり気にされていませんが相手はこの大陸では知らぬ者は居ない方々。粗相があればどうなるか……」

 

 凪の言いたいことは分かるが何かあると思えない。

 

「確かにそうだが面識はあるだろ? 噂通りの董卓ならともかく実際は違うからね」

 

 そう違う。噂の董卓と実際の董卓は違う。

 

「そうかもしれないけどー」

 

「なんなら二人も参加する?」

 

 御主の言葉に二人は即答で断る。この大陸の権力者や実力者たちが居る場所に同席する勇気は普通ならない。御主だって二人の立場なら断るだろう。

 

「じゃあ、少し休んだら今後について話そうか。既に知っていると思うが拠点を洛陽から平原に移すことになる。既に開発を行ってきた場所ではあるけど今後は様々な意味で重要な場所になる。凪、報告を」

 

「はい。優先的に平原からの書簡を先に開けましたが先ほども申したように急な要件などはないようです」

 

「そうか。まぁ、あそこの運用は彼女達に任せているからね。まだ少し頼りない所はあるけど」

 

「オーナーの考えは沙和たちには分からないけど本当によかったの? 今までいろいろやってきたのにあげちゃって?」

 

「私も少し疑問に思います。確かに優秀だとは思いますが、上はどうかと」

 

 沙和と凪の口から厳しめの評価が出る。それも致し方のない事だろう。今まで平原には多くの人、物、金を投資してきた。それなのに全てを譲渡したのだから。

 

「二人にはまだ話せないがいろいろあるんだよ。それに……彼女は王としての器を持っている。確かに甘い考えはあるかもしれない。しかしそれはまだ世の理を、汚い部分をあまり知らないからだ。事実、平原を治めるようになってからは変わった。それは、報告書の内容を見れば分かるだろ?」

 

 御主の言葉に二人は納得をする。確かにまだ引っ掛かるところはあるが報告書の内容を見れば納得せざる負えない。

 

「財政や軍事などは仕えている者たちの影響によるものだろう。本当ならウチに欲しいぐらいの人材だ。でも、人を集めているは彼女の徳によるものが大きい。あれは……天が与えたものだ。儚くも脆い、誰もが夢や理想だと言い放って終わってしまうようなものを彼女は誰よりも強く持っている。あとは、きっかけだけ。ひな鳥が天高く飛び立つためのきっかけがあれば……」

 

 そこで言葉を口にするのを止める。我ながら何とも言えない。

 

「いや、夢を語るのはここまでにしよう。あくまでも可能性でしかない。だが、投資するだけの価値はある。それだけの話だ」

 

「そうですね。黄巾党に居た者達が改心し、今では平原の民として真面目に働いているのは事実ですから」

 

「沙和には難しい話で分かんないの」

 

「それでいい。俺だってほとんど分からない。あくまでも役割を果たすだけで精一杯だ。ただ、これからは平原を拠点とする事には変わりはない。此処は他に任せて移れる準備をしておくように」

 

 御主の言葉に二人は答える。既に流れは止める事も変える事もできない所まで来ている。

 

「でもー、本当にそれだけなの? 可愛いし、胸もすっごく大きいの」

 

「……違いますよね、オーナー?」

 

 何故そんな目で見る? せっかくいい感じに終わったのに。

 

「キマッテルダロ……ソンナワケナイジャナイカ……」

 

 御主の言葉に二人は疑いの目を向ける。

 

 痛い。空気が痛い。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 凪と沙和と共に溜まっていた書簡を片付け、恋たちよりも早めに店へと向かう。場所は、洛陽でも屈指の名店。それを今日は貸し切りにして、尚且つ凪と沙和に周囲の警護をさせている。調理をする者達の素性を調べ、検品なども行い、毒見なども厳重に行う。

 

「こんなものか」

 

 今日出される料理の確認を終え一息つく。凪と沙和に確認をとったが周囲に怪しい者は居ない。

 

「いやー、厳重やな」

 

「当然でしょ。月が来るんだからこれぐらい」

 

「わ、わたしは別に普通でもいいよ、詠ちゃん」

 

「お腹空いた」

 

 入り口の方から声が聞こえてくる。霞と恋とは別に二人。

 

「待ってたよ」

 

 御主の言葉に霞の隣に居た詠はジッと睨みつけるように御主を見る。

 

「馴れ馴れしいのよ、このバカァ!」

 

 人差し指をまっすぐに指され怒られる。

 

「詠ちゃん、ダメだよそんな風に言っちゃ」

 

 詠の隣に居る月と呼ばれた少女は御主を庇う。

 

「ダメだよ、月。あれは、女なら見境なしに手を出すので有名なんだから。ちゃんと身の程を教えておかないと」

 

「せやな。月は、カワイイから気をつけた方がええで」

 

「ご飯食べたい」

 

 この場所には、味方は月だけか。

 

「気にしなくてもいいよ。ありがとう、月」

 

 御主の言葉に月は頬を紅潮させ照れる。

 

「なに照れちゃってるのさ、月! 時の権力者である董卓があんなのに照れちゃダメだよ」

 

 詠が月の変化に気づき言葉を掛ける。

 

 そう、真名で月(ゆえ)と呼ばれる少女こそ悪名高き名を董卓、字は仲穎(ちゅうえい)。その人だったりする。

 

「――ん?どうかしたか?」

 

 いつの間にか隣に恋が来ていて服の袖を引っ張られていた。

 

「早く、食べよ」

 

「そうだな。準備はできているから早く食べよう。凪、準備を」

 

 部屋の外に待機していた凪に声を掛ける。これで問題ないはずだ。

 

「詠も遊んでないと早う座り、月もほら」

 

 霞に押されるようにして詠と月の二人が席に着く。一応、二人が座ってから御主たちも座る。別に誰も気にはしないが意外と身体は動かないものだ。

 

「御主、今日は何かええのが入ってたりするんか?」

 

「并州と涼州の酒を用意させた。月と詠は……今日は飲むのかな?」

 

「少しだけ頂きます」

 

「ちょっとだけだからね、月。酔った所を襲う気なんだから」

 

「襲わないよ」

 

 完全に警戒されている。日頃の行いによるものなのでこれ以上は言わない。

 

 それからしばらくして料理と酒が運ばれてくる。凪が全部段取りをしてくれているのでこちらは見ているだけでいい。

 

「なぁ、凪っちも飲もー」

 

「いえ、私は勤務中ですから」

 

 霞が凪に絡み始めた。霞は、カワイイ女の子が好きだったりするのだが、凪はその中でもお気に入りの一人だ。真面目な凪にいろいろするとカワイイ反応があるのだそうだ。

 

「凪は警備中なんだから離してやってくれ」

 

「ええやん、沙和も居るんやろ?」

 

「何かあったらまずいだろ」

 

「えー、だったら後で一緒に飲もなぁー」

 

「オ、オーナー……」

 

 凪に助けを求められる。凪は武人として優秀なのでなかなか狼狽えたりしない。助けを求める凪の弱々しい瞳もたまにはいい。霞の気持ちがよく分かる。

 

「すまない、凪。その酔っ払いの相手をしてやってくれ」

 

「飼い主からの許可も得たし、今日は朝まで付き合ってもらうでー、ナーギー♪」

 

 凪の助けを求める声が聞こえる。これは今からだろうな。

 

「もぅ、盛るんなら他所でやってよね。月、見ちゃダメだからね」

 

「凪さん……すごい……」

 

 顔を真っ赤にしながら手で顔を隠してはいるもののしっかりと指の隙間から見ている。霞が凪を抱きかかえ、胸や足に手を――いや、これはなかなか。

 

「御主にい、それとって」

 

 恋の声で、視線を乱れる二人から料理に戻す。

 

「これはオススメだ。柔らかくなるまで煮込んだから美味しいぞ」

 

 この店でも人気のある子豚で作る角煮。それを恋のために取り分ける。

 

「……美味しい」

 

「だろ? 最近、幽州の方で畜産に力を入れてるからね」

 

「あんたいつのまに……ちゃんと軍用馬も生産してるんでしょうね?」

 

 話を聞いていた詠の口から言葉が出る。

 

「わかってるよ、もちろん。でも、馬だけじゃつまらないだろ?」

 

「面白いとかじゃないでしょ! 必要だと思ってるから投資してるんだからね、それ分かってる?」

 

「でも詠ちゃん。これ、美味しいよ?」

 

「月―、そうかもしれないけどー」

 

 美味しそうに角煮を口に運ぶ月に詠はタジタジになる。天下に名高き知略に長けた詠であっても月には敵わない。

 

「詠も月には弱いな――すまない」

 

 思わず微笑ましくて笑ったのだが、妖でも逃げ出すような睨みに委縮してしまう。

 

「まぁ、いいわ。それで、アレはあるのよね?」

 

「持って来てる」

 

 詠に言われ、持ってきた物を渡す。

 

「喜屋武喜屋武と美似美似の最新刊。いや、確かに嬉しいけどコレじゃないでしょ」

 

 詠が受け取った本を隣に居る月に渡す。

 

「いつもありがとうございます」

 

「お礼なんていらないよ」

 

「なに無視してんのよ! 早く渡しなさい、ほらっ!」

 

「わかってるよ」

 

 詠に言われ本命を取り出す。上着の中に隠しておいた密書。それを詠に渡す。

 

「なんだか触りたくないんだけど」

 

「仕方ないだろ? 肌身離さず持ってたんだから」

 

 詠は、汚いものでもつかむように密書を指でつまむ。

 

「普通に読んでくれよ」

 

「嫌よ」

 

 即答で断られた。

 

「まぁ、いいや。月、恋。このスープも美味しいよ。薬膳料理なんだけどね――」

 

 詠が密書を読んでいる間、月と恋と料理を食べながら待つことにする。

 

「このお酒、飲みやすいです」

 

「産まれた土地の酒は身体に馴染むからね。俺には……分からないけど」

 

 月と詠は、涼州の出身だ。だからこそ涼州の酒を用意した。なら、自分は何処の酒が馴染むのだろう。

 

「御主さんは、産まれがわからないんですよね?」

 

「あぁ、貂蝉に聞いても教えてくれないからね」

 

 親代わりの人物の事を思い出す――いや、やっぱりやめよう。命の恩人、親代わりではあるけどいろいろと辛い部分がある。主に見た目が。

 

「せめて、真名が分かればいいんだけど」

 

「もしかして、真名のない土地の産まれなのでしょうか?」

 

「かもしれない。この大陸だと真名があるのが普通だからね。真名と共に命を授かる。そう考えると俺は死人なのかもしれない」

 

「そんなことはありません。御主さんは、生きて此処に居ます」

 

「居る」

 

 なぜ自分だけ真名がないのかが不安になる時がある。ただ、こうして自分を見て答えてくれる人が居るのが救いだ。

 

「ありがとう、月、恋」

 

 こうして誰かと過ごせる時があれば真名などは些細な物なのかもしれない。

 

「――ねぇ、御主」

 

 ふと、密書を読んでいた詠が言葉を口にする。

 

「なにかあった?」

 

「なにかあったって……コレ、本当に調べられたの?」

 

 もしかして不備でもあったのだろうか。

 

「言われた通り調べたつもりだけど、どこか不備でもあったかな?」

 

「その逆よ、逆。よくこれだけ調べられたわね。頼んでおいたことのほとんどが書いてあるじゃない。ボクの予想だとこの半分でも十分だったんだけど……あんた、変な所で優秀よね」

 

 呆れられているのか褒められているのか。

 

「素直に褒めてくれてもいいんじゃないか、たまにぐらいさ」

 

「ちゃんと代価は払ってるからいいのよ。それで、書いてないことを聞きたいんだけどいい?」

 

「なんなりと」

 

 詠に頼まれたのは、大陸中に居る権力者や有力者に関する情報を集める事。他にも各地での財政状況や軍事、ついでに言うと黄巾党の討伐に関する動きなどだ。正直なところ、調べられない人物や勢力もあったが、直接は無理でも知り合いの商人や信頼できる筋を活用して調べてはみた。

 

「じゃあ、早速聞くけど……黄巾党が討伐された後、何処が今のボクたちにとって有益になるのかしら? 既にこの国は死に体も同然、皇帝も威光を失い民は不満を形にまでした。挙句の果てに董卓を悪として今の世を変えようとしている。ボクたちと違って実際にその目で見たあんたの意見が聞きたいの」

 

 詠の言葉に場の空気が変わる。ここからが本題だ。

 

「既に反董卓の動きは起きている。黄巾党はまだまだ現存しているし、勢力としても十分だ。ただ、それも終わりを迎えるだろう」

 

「ここには、既に張角は居ないって書いてあるんだけど本当なの?」

 

「生きているか、死んでいるかは分からないが既に黄巾党の教祖としての立場はないと思う。はじめは、張角に関して様々な情報が出回った――」

 

 これは、黄巾党が猛威を振るい始めた頃からの話だ。黄巾党の教祖として黄巾の乱を引き起こした張角の容姿や相貌は一切不明だった。髭を蓄えた大柄な大男。骨と皮だけの怪しい老人。場合によっては、三人組の少女などという可笑しな話も合ったりした。しかし、いくら調べても実態がつかめず黄巾党の討伐には手を焼く事となった。

 

「――ただ、最近分かった事なんだが、どうやら複数の張角が居るらしい。もしかすると張角は創られた偶像なのかもしれない」

 

「それだと本当に宗教ね。まぁ、それはもういいわ。それで、既にその張角を名乗る者達の居場所とかは分かっているのね?」

 

「黄巾党に居た者達の情報を集めてまとめてもらったからね。既に各地の太守や刺史に情報を渡して動いているはずだよ。だから黄巾党の件に関しては一定の落ち着きを取り戻すと思う。そしたら次は反董卓だ。当初の予定通り、袁紹が盟主として反董卓連合が築かれるみたいだ」

 

「当然ね。董卓に、月に対してありもしない事を大陸中に触れ回ったんだから」

 

 詠の言葉に怒りが籠る。それも当然だろう。そもそも何故こんな権力なんかと無縁のような少女が今や大陸の権力者になったのか、全てはそこから始まる。

 

 これは少し前の事、先の皇帝である霊帝が亡くなられ、その子供である献帝に世が移った時の事だ。当時の献帝は幼く、とてもではないが魑魅魍魎がはびこるなどと称される朝廷をまとめ上げる事などできるはずもなく、代わりにその権力を掌握しようとする者達が勢力を競い合うことになった。大将軍として巨大な力を持っていた何進と霊帝の時代に専権を振るった宦官の集団十常侍。この二大勢力の争いは苛烈を極め、最終的には共倒れに終わる程であったのだがその後処理をしたのが董卓こと月たちだった。月たちにしてみれば自らに降りかかる火の粉を払いのけていただけだったのだが、争いを治め、献帝や洛陽の民からの信頼を得てしまい皇帝の住まう洛陽を治める事となった。それに対して怒りをみせたのが各地の諸侯たちで、その中でも特にあれこれと悪評を振りまいたのが袁家だったりする。何もなければ、二大勢力の亡き後を継ぐのが袁家だったりしたのだから無理もないだろう。

 

「最初はただの嫌がらせだったんだけど、黄巾党の乱が起きたからね。これ幸いと董卓の悪政によるものだと因縁をつけて討伐……世の中というのは何とも言えないね」

 

 傍で御主と詠の話を黙って聞いていた月の方を見る。本来ならこんな所に居るような子ではない。月は、王としての器はあるかもしれない。事実、本人にその気はなくても争いを治めるだけの事はできるのだから。だが、器があったとしてもそれを支える土台がない。月は、王ではなく優しい少女なのだ。

 

「本当よ、まったく。ボクも月も権力なんかに興味なんてないんだから」

 

「なら、いっそのこと逃げ出せばいい。影武者でも立てれば体裁を保てるだろ?」

 

「――それは、ダメです」

 

 それまで黙っていた月が口を開く。

 

「そんなことをしては、献帝が……不安になられます。まだ幼いあの方にそのような思いをさせてはダメです。母君が亡くなり、悲しみが癒える暇もなく争いが起きてしまいました。今こうしている時も心を痛めています。せめて、献帝を支えてくれる方を見つけるまでは此処に……」

 

「月……」

 

 詠にとっては複雑なのだろう。御主は、献帝に会ったことがないので分からないが詠は会ったことがあるはずだ。

 

「その辺りに関しては、一介の商人である俺には分からない。ただ、一介の商人だからできる事もある。そうだろ、詠?」

 

 詠に目で促す。

 

「そうね。その為に動いてるんだから。御主、それでどうだったの? ちゃんと、反董卓後にこの国を治められそうなのは調べたんでしょうね?」

 

「基本的には、詠も知っていると思う。先ずは、何処が覇権を取りに来るかだが……これに関しては言わなくても分かると思うが袁紹、それに袁術だと思う」

 

「袁術……確か、袁紹とは従妹よね?」

 

「袁家は一枚岩じゃないんだよ。当主である二人は別に対立しているような仲じゃない。微妙に折りが合わないぐらいで仲はそれなりなんだが他は違う。それぞれを支える者達では権力争いがある。今は袁紹側が優勢だけど袁術側がこの機会に立場を変えようとしている。個人的には、当主の二人と縁があるから分かるんだがあの二人は基本的には無害と言っていい。確かにいろいろあるけど意外と何とかなるからね。ただ、袁家の縁者が居る限りこちらから打つ手はない」

 

「今回の騒動の仕掛け人なわけだしね。それで、その二つはどうにかできるの?」

 

 問題はそこだ。はっきり言って既存の勢力で袁家とまともに戦えるところは今のところない。それこそ袁紹、袁術が手を組めば尚更だ。

 

「先ずは、袁紹側。これに関しては、詠の方が詳しいと思う。涼州の太守である馬騰、幽州太守である公孫賛が貿易を介して防衛協定を結んでいるのは知ってるだろ?」

 

「当然でしょ。誰がいろいろしたと思ってるのよ。涼州から幽州まで結ぶ貿易同盟。その為にボクたちがどれだけ頑張ったかあんたに分かる? 涼州を馬騰の下にまとめるのがどれだけ大変だったか……」

 

 涼州から幽州を股に掛けた貿易同盟。別名、渭水(いすい)・黄河同盟、又はまとめて黄河同盟とも呼ぶ。これを作り上げるのは容易ではなく多方面からの動きがあった。

 

 涼州は、大きく分けて北を馬騰、南を董卓で分ける二大勢力だったのだが董卓側が権限を馬騰側に譲る形で涼州をまとめる形となった。その際に月と詠は、各方面に頭を下げたり、裏切り者と罵られたりしたらしい。唯そのおかげで、馬騰はこちらを信頼し協力関係を結ぶ事ができた。現在では、黄河の支流の一つである渭水がある長安まで勢力を拡大するまでに至る。但し、これらはあくまでも水面下での話。表立っては、未だ涼州を馬騰、董卓で分けている体裁を保っている。現状では、董卓の力を減らすわけにはいかないからだ。

 

「よく分かってるよ。詠と月が頑張っていた事ぐらい。涼州と幽州を結ぶ交易路はウチでも重要な場所だ。黄河と陸路の二つで安定して物の行き来ができるんだから」

 

「本当に分かってるの? まぁ、あんたも動いてたしね。でも、よく公孫賛をはじめ他も巻き込めたわね」

 

「公孫賛とは前から馴染みがあったから。あそこは良い良馬が育つから。それに公孫賛は話が分かる人物だからね」

 

「あまり目立たないけど良い噂を聞かない代わりに悪い噂もない……正直、ボクにはよく分かんないけど」

 

 幽州を治めている太守なんだけど、とは言わないでおこう。どうもあの辺りは田舎か異国扱いで困る。行ってみるとのどかで落ち着くのに。

 

「他に関しては、流石に防衛協定を結ぶまでは無理だったけど貿易で利益があれば多少は協力的になってくれる。黄巾党が暴れる中でも交易路を中心に比較的治安は良いよ。黄河では、各太守が。陸路では、涼州と幽州の優秀な騎馬隊が常時警邏しているからね」

 

「……簡単に言ってくれるわね」

 

「そうかな? なんだかんだ協力的だった人は多いけど? 馬騰だって、韓遂の説得とかしてくれたし。公孫賛も周囲に話とかしてくれたよ?」

 

 御主の言葉に詠は呆れ顔だ。

 

「頭で分かっていても行動に移さないのが政治家でしょ? 誰だって安定した交易路を確保できれば利益があるのは分かんのよ。ただ、それをどう分けるか、誰がどれだけ負担を背負うか。過去にあった諍いでも上手く行かない事なんていくらでもあるのに……あんた、世間でなんて言われているか知ってる? 大陸を股に掛ける種馬。各地の有力者である女性達をたらしこんでる種馬豪商人」

 

「……そんな事ないと思うけど」

 

 心あたりがあるのが何とも言えない。ただ、仮に弁解の余地を貰えるのならそこまでではないと思う……たぶん。

 

「それで、それだけでどうにかなるとは思ってないわよね? 仮に袁紹が動くとするのなら後方の憂いを拭うために幽州から攻めるのは分かるでしょ? 涼州から馬騰が援軍に駆けつけるにしても袁家の力はそれに対抗できるだけ強い。決め手が欲しいんだけど……コレでいいの? ボクは、名前すら聞いたことないんだけど?」

 

「今、平原を治めている劉備は、ある意味では切り札になると思う。単純に後の世の安寧を願うなら別だけど、もう一つを成すためには必要だと思う。月を守るのなら」

 

 これは、月ではなく詠からの頼まれ事。月は、自分の身よりも献帝や世の中の安寧を願っているが、少なくとも古くから月に仕えている詠たちにとっては最重要とも言える事案である。

 

「あんたの話だとその劉備は、馬鹿が付くほどのお人好しなんでしょ? 確かに月の力にはなってくれるかもしれないけど……それだけでどうにかなる世界じゃないわよ?」

 

 詠の言いたいことは分かる。

 

「確かに今の劉備は使えないだろう。でも、反董卓連合の時にはそれなりの勢力になっているはずだ。彼女の下には、彼女の徳に惹かれて人が集まる。血縁者ですら裏切る今の世で、敵だった者すら無条件で信じ、受け入れられるだけの器を持つ者がどれだけ尊く思えるか。何もかも失い、自暴自棄に暴れまわっていた黄巾党の者達も彼女を信じ今では立派な平原の民になっている」

 

「確かにそうだけど、ボクたちになにかあった時に月を任せられるか不安なのよ。月は、献帝や後の世を考えているけど、ボクは月がもう一度静かに暮らせればそれでいい……」

 

「詠ちゃん、わたしは詠ちゃんと一緒に居たい。だからその時は一緒に……もしそれが叶わないのならわたしは……」

 

「そんなのダメ! 月は生きなきゃダメなんだからね!」

 

「そうだよ、月。月は、死ぬべきじゃない。月は、洛陽や皇帝、この国のために動いただけだ。そんな月が汚名を被ったまま死ぬなんてあってはならない。そう思うからこそ此処に居る皆が命を懸ける決意をしたんだから」

 

「御主さん……」

 

「大丈夫、月。ボクたちを信じて。御主、上手く行くのよね?」

 

 詠がこちらを見る。

 

「必ず」

 

 言葉は一つだけでいい。月を安心させる言葉は一つあればいい。必ず月も詠も生かしてみせる。

 

「近々、平原に移る。そろそろ本格的に各地の協力者と合わせないといけないから」

 

 ふと、隣に居る恋を見る。気づかなかったが箸が止まり、こちらをジッと見ていた。

 

「何も問題ないよ、恋」

 

 恋の頭を撫でる。いつもなら気持ちよさそうにするが、変わらずにこちらをまっすぐに見ている。

 

「不安なんやろ、恋も。なんだかんだで御主が一番危険な場所に居るんやからな」

 

 霞の声がする。

 

「御主は、目立ちすぎや。何処からも目を付けられてる。恋はそれが心配で仕方ないんやろな」

 

「霞……そんな状況で何言ってもダメだぞ」

 

 今まで敢えて見ないようにしてきたが既に凪は大変な事になっている。霞の手技による妙技は、凪に甘い吐息を吐かせ、小刻みに身悶えさせている。凪も嫌なら振りほどくなりすればいいのだが、武人としての霞に憧れていたりする。しかし、女性の事をよく知っているからか手技だけでここまで……今度、霞に教えてもらおう。

 

「しゃーないやろ、凪が可愛すぎるんやから!」

 

「それは知ってるけど自重しろよ!」

 

「せやかて――」

 

「いい加減にしなさいっ! 真面目な話をしてるんだからっ!」

 

 詠の怒声が部屋中に、店中に響き渡る。

 

「まったく、どれだけ大事な話をしているのか分かってるの? この大陸の未来を決めるような話なのよ。もう、なんであんたたちはいつもそうなのよ! 真面目にやってるボクの事も少しは考えてよ!」

 

「落ち着いて、詠ちゃん。お水、飲も?」

 

 詠は、月から差し出された水を一気に飲み干す。

 

「それで、袁紹はもういいわ。後は、あんたに全部任すから。それで、袁術はどうするの? 場合によっては、組まれるかもしれないわよ?」

 

「それに関しては、呉の孫策と話はついてる。ただ、あれは食えない。さすが、江東の小覇王と言われているだけあるよ」

 

 呉とは、平原を中堅地点としての幽州との海上貿易を行っている。その為、何かと交流がある。

 

「ちゃんと手綱を握りなさいよ。孫家の当主は、腹の中に虎を飼ってるんだからね?」

 

「精々食い殺されないように気をつけるさ」

 

「あの……御主さん、そんなに孫策さんは怖いんですか?」

 

 怖いもの見たさか、月が興味ありげに訊いてくる。

 

「油断したら食われそうな怖さはあるね。孫策の瞳の中にある獰猛な炎は何とも言えないよ。それと、月は別の意味で食われるかもしれない。孫策もそのなんだ……霞に似てるんだ」

 

「霞さんに?」

 

 月が意味も分からず疑問に思っている時だろう。詠の方から先ほどまで飲んでいた水の入っていた茶器が飛んでくる。

 

「月に変な事吹き込まないで! 月、気にしないで! 考えちゃダメだからね!」

 

 詠の剣幕に月は、ただただ頷いて答える。

 

「……今の、下手すれば死んでるぞ」

 

 間一髪避けはしたが、詠からは『死ねばよかったのよ』と返ってくる。新たに飛んできた皿と共に。

 

「それと、詠に頼まれた中で調べられなかった話は……してもいいのか?」

 

 御主の言葉に僅かばかりの冷静を取り戻す。

 

「いいから言いなさいよ!」

 

「分かった。曹操に関しては何も分からなかった。少なくとも既に知っている内容しか」

 

 御主の言葉に詠は眉をひそめる。

 

「これだけ調べられるあんたでも無理だったの?」

 

「そもそも警戒されてるからね。貿易同盟に名前はあるけど、曹操が治める陳留での商いには制限があって、あちらさんが主体で行っているから調べようがないんだよ。まだ勢力としてはそこまで大きくはないが人、金、物が集まっている。平原からも引き抜きで曹操の所に行った者達も少なからずいる」

 

「そう……本当なら早く何かしらの手を打たないとまずいわね」

 

「そうだな。曹操は、大陸の覇権を狙っているなんて噂がある。本当なら邪魔になるかもしれない」

 

 名を曹操、字を孟徳。兗州の陳留で刺史を行っているのだが日を増すごとに周辺を吸収する形で勢力を伸ばしている。平原から近い事もあって交流はあるのだが、孫策とはまた違う怖さを持っている。

 

「念のために聞くけど、あんたは引き抜きとかされてないわよね?」

 

 急に詠の視線が鋭くなる。眼鏡越しなので少々、気持ちばかり弱くなっているのが救いだろう。孫策や曹操にも負けていない気がする。

 

「曹操が人材を集めているのはボクだって知ってるわよ。当然、あんたにだって目を付けるでしょうしね。それで、どうなの?」

 

「……ナニモナイヨ、ホント」

 

 飛んでくると分かっていれば避けるのは容易い。皿に載っていた食べ物はともかく。

 

「まさかとは思うけど裏切ってないわよねっ!」

 

「裏切ってないよ……ってか、ベタベタだな」

 

 餡かけがいい具合に頭の上から滴り落ちてくる……味は悪くない。

 

「確かに話はあったけど断わってるよ」

 

「本当でしょうね? 自分の価値を分かってないようだから言っておくけど、今のあんたはかなり重要な位置に居るんだからね? これだけ好き勝手大陸中で動けるのなんて稀有なんだから」

 

「そうかな?」

 

「そうなの。はぁー、もういいわ。とにかく日を改めて話し合うわよ。今日は、久しぶりに月が街に出られた日なんだから」

 

「暗殺とか警戒しないといけないからね。月、今日は好きなだけ食べてよ。頭の上の餡かけも美味いよ」

 

 そう言って、頭の上から指でつまんで口に入れる。

 

「そんな汚い物を勧めないでっ! 新しいのを頼むから待っててね」

 

 詠は、動けない凪の代わりに追加で料理を頼みに行く。

 

「御主さん」

 

「ん?」

 

「いつまでもこうして皆で過ごせればいいですね」

 

「そうだね。餡かけさえなければね」

 

 月の空いている杯に酒を入れ、交わしてから飲む。

 

 こんな日ばかりならいいと願いながら。

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