「できました、師匠っ!」
生地を練り上げた桃香が胸を張り華琳へと合否を求めるように姿勢を正して待つ。
「そうね……」
華琳は、桃香の練り上げた生地に手を触れて確かめる。その表情は真剣そのもの。
「悪くないわね。でも、少し水気が足りないかしら? 今日は、水餃子だからこれでいいけど、頑張ったわね、桃香」
「はいっ! ありがとうございます!」
合格が出たのが嬉しかったのか今日一番の声で答える。
「やったよ……愛紗ちゃん? どうかしたの?」
「いえ……なんでも、あり……ません……」
桃香の目には、息を切らし懸命に姿勢を正そうとしている愛紗の姿がある。
「もしかして体調が悪いの? ごめんね、無理に付き合わせちゃって」
「いえ、決してそのような事はありません。桃香様の勇姿、しかとこの関雲長……見させて頂きました」
「ありがとう、愛紗ちゃん。愛紗ちゃんが一緒に居てくれると心強いんだ……本当にいつも傍に居てくれてありがとう」
「……なんと勿体なき御言葉」
愛紗は気合を入れ姿勢を正す。主への忠誠心を支えに。
「頑張りましょう、桃香様。私も御傍で共に頑張りますので。どんな責め苦を受けようとも必ず御傍で」
「う、うん? 一緒に頑張ろうね?」
素晴らしきかな、主君と忠臣の絆。それを朝からしかとこの御主人、見させて頂きました。
(愛紗も頑張るなぁ、普通に逃げればいいのに)
桃香が生地を練っている間中、手技による愛紗への愛撫は続いていた。さすがに途中から止めようかなと思うぐらいに酷い内容だった。別に逃げたとしても華琳の性格を考えると、ちゃんと最後まで桃香に教えるのに。
「こんな所で何をしているんだ、御主?」
急に背中の方から声を掛けられる。一生の深く、まったく気が付かなかった。
「なんだ秋蘭か……どうかしたの?」
「なんだとは、人に向かって。私は、華琳様の様子を見に来ただけだ。そう言う御主はどうしたのだ? まるで家に盗みに入った盗人みたいだぞ?」
「いやー、別にナニも。それよりも様子を見るのなら今のうちにしといた方がいいぞ?」
「……なんだか朝から可笑しな奴だな」
秋蘭は、御主に対して疑問を持ちながらも台所へと入る。
「華琳様。そちらの方はどうでしょうか?」
「あらっ、秋蘭。こちらの方は順調よ。後は、仕上げをするだけだから」
「そうですか。姉者と鈴々が朝の鍛錬を張り切り過ぎたようでお腹を空かせています。できれば、少し早めて頂けたらと伺ったのですが」
「あの鈴々ちゃんたち……怪我とかしてないですか?」
桃香の心配も分かる。どちらも頭に血が上りやすい。なにがきっかけで本気の戦いになるか分からない。
「それがだな……途中から星が参加したのだが、どちらも倒してしまった。疲れていたとはいえ、あの二人を倒すとはなかなか見事だった」
「なるほど。これは、愛紗以外にも欲しい人材が居るようね。朱里や雛里も桂花が言うには相当のもののようだし、此処に居る間に全員頂こうかしら」
「ダメです! みんなは、私のなんです!」
安い挑発に乗った桃香を華琳は楽しそうに見ている。なんだかんだ桃香を気に入っているのかもしれない。しかし、仮に言葉通り本当に桃香も入れた全員だとしたらゾッとする。桃香、君主としてでなければ十分に華琳の対象なんだよ?
「なぁ、秋蘭」
「どうかしたか?」
「星って、どんな感じだったの?」
「どうって、凄まじい気迫だったぞ。なんだ、心あたりでもあるのか?」
「いや……ないよ、うん」
からかい過ぎたな。どこかで埋め合わせをしないと。
♢♢♢♢♢♢
秋蘭が加わったことにより、愛紗への色事が無くなり無事に調理の方は終わった。内容は、朝粥に薬味。桃香が生地を練り、愛紗が作った餡を使った水餃子。それに、メンマをはじめ漬物が幾つか用意されている。
「この水餃子、美味しいのだぁ!」
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ~♪ いっぱい作ったからたくさん食べてね、鈴々ちゃん」
朝の鍛錬でお腹が空いていたこともあるのだろう。鈴々は、水餃子を沢山おかわりしている。おかわりの分を器に入れている桃香も嬉しそうだ。
「今度こそは、負けてなるものか!」
昨夜の戦いの再挑戦か、春蘭も負けずにおかわりをしている。
「朝からなにやってんのよ」
桂花の言葉も二人には届いていない。あるのは目の前に居る相手に勝つことだけだ。いや、鈴々は食べるのに夢中で勝負になっていない気がする。
「なぁ、星」
「……なにか? 私は、メンマを食さなければいけないので大した用がないのであるならば失礼する」
隣に座っている星に声を掛けるが返事が素っ気ない。
「もしかして、星さんと喧嘩でもしたんですか?」
「……どうかな? あぁ、そうだ。この水餃子、凄く美味しいよ。生地から桃香の気持ちが伝わってくるようで」
「本当ですか!? いっぱいありますから食べて下さいね♪」
上手くできたのが嬉しかったのか、桃香自らおかわりの受付をしている。
「でも、なんで私が生地を作ったって分かったんですか?」
「なんでって……」
「そう言えば、桃香と愛紗が水餃子を作ったとしか言わなかったわね。秋蘭が来た時には、生地と餡の作業は終わっていたのに……なんで分かったのかしらね、御主?」
華琳からの奇襲攻撃だ。気づいていやがったんだ。あの時に台所の入り口から隠れて見ていた事に。
「それは、あれだよ。言ったろ? この生地から桃香の気持ちが伝わって来たって。みんなに美味しい物を食べてもらいたいって気持ちがさ。本当に美味しいよ、桃香。山盛りでお願い!」
「嬉しいです。沢山入れちゃいますね♪」
勢いで押し切る。奇襲に勝つには、押し返すだけの勢いが大事なのだ。
「そうだ、朱里、雛里! 今日は、何処に行くか決めたのかな?」
「えっ、私ですか!?」
「あわわっ……ど、どうしよう、朱里ちゃん……」
いきなり話を振られたからか静観していた二人は明らかな動揺を見せる。すまない、二人共。こっちも後がないんだ。
「約束だからね。何処でも好きな所に行こう」
御主の言葉に二人は顔を見合わせて確認をしている。なにかあるのかな?
「えっとですね、書店と見世物小屋の方に行きたいんですけど」
「書店はわかるけど、見世物小屋? 何か面白い出し物でもあったっけ?」
「う、噂だと……張三姉妹が来ているようなんでしゅ」
「数え役満☆姉妹か」
数え役満☆姉妹(かぞえやくまん・シスターズ)。詠に言われ、大陸各地を巡っている時に出会った三人組の旅芸人だ。彼女達の話によると、名前に張が付いているという事で黄巾党の慰安の一環で歌を披露していたとの事だ。実際、張三姉妹が歌を披露しているというのは情報として入っていたので間違いはない。ちなみに、張角の正体が三人組の少女だと言う噂の正体は彼女達だったりする。張角はあまり姿を見せず、慰安のために多くの者たちの前に出ていた彼女達を張角と勘違いしていた者も少なくはないそうだ。
「確か、張角だと思われていた子達よね?」
「あの三人が張角に思えるのか華琳は? 陳留にも興行で行ったから見た事はあるだろ? 次女はともかく、長女と三女はないよ。歌うのが好きな三人が黄巾党を率いる意味が分からないよ」
「そうね。確かにあの子達が国盗りなんて大それたことをするとは思えないわね」
そう、あり得るわけがない。仮にあったとしても何かに巻き込まれたとかだろう。
「それで、それを見に行くの?」
「はい。ただ、公演を見るのに必要な券が手に入るか分からなくて」
「人気だから並ばないと、ダメなんです。わたしと朱里ちゃんだけだとちょっと怖くて……御主さんと一緒ならって頑張れるって思って」
「券なんていらないよ。俺、見世物小屋のオーナーだもん」
「せやで、二人とも。此処平原でウチのオーナーの顔が効かん店はないから甘えとき」
「そうそう、真桜の言う通り。いつも忙しい二人なら誰も文句は言わないよ。関係者席にしてもらうから一緒に楽しもう」
「いいな~、私も見に行きたいなぁ~」
「桃香様は、役場での役目があります。共に役目を果たしましょう」
桃香には悪いが、今日は朱里と雛里と過ごすことにする。できれば、途中で星への土産でも買おう。