平原には大陸でも最大の書店がある。通称『虎の穴』。覚悟があればどんな書物でも置いてあるという場所。店の入り口近くには比較的新しく需要が高い物が陳列されているのだが、店の奥の方に行くにつれ一部の層にしか需要の無い書物へと移り変わる。中には、一度見たら決して忘れる事の出来ない物もあるので注意が必要な場所だ。
「自分で経営しておいて言うのもなんだけど酷い店だよな」
朱里と雛里と今居るのは、秘境への入り口前。黒の天幕で奥が見えないようになっているのだが、これがあと3回程ある。当然、奥に行けば行くほど危険度も増すので引き返すための目安になる。
「ですが、この店にしかない物も沢山あるんです!」
「頑張ろうね、朱里ちゃん!」
普段のオドオドしている二人からは想像も出来ないほどに気合が入っている。本当に書物が好きなんだな。
「意気込みはいいけど気をつけるんだよ? 噂じゃ、帰らない人も居るみたいだし」
あくまでも噂。しかし、火の無い所に煙もたたない訳で一つの話はある。内容はいたって簡単なもので、自分の探し求めていた物があったので気が付いたら一月ほど時が経過していたと言うものだ。栄養失調、脱水症状などを患っていながらも無事に救助されたがいったい何が彼をそうさせたのか未だに不明だ。
「せめて、目録ぐらいあればいいんだけどね」
量が多すぎて把握ができていない。特に旧家などからまとめて買い上げていた時などは量が多すぎてとりあえず店の奥に仕舞っていた。
「それで、俺は此処で待っていればいいの? なんなら一緒に探すけど?」
「大丈夫です! 御主さんは、此処で待っていてください!」
「お、お願いします!」
「お、おう……」
二人の気迫に圧され引き下がる。
「行こう、雛里ちゃん」
「うん、朱里ちゃん」
秘境へと続く天幕をくぐる少女たちを見送る。いったい、どんな書物を探しに行ったのだろうか?
「さて、どうしようかな?」
書店で一人になった。なにをしよう? とりあえず人気のある所から見て回る。
「やはり、阿蘇阿蘇か……」
売り上げの順位を書いてある表を見てみる。ダントツで阿蘇阿蘇が一位だ。最近、交易路の確保に凪と共に行っているからかもしれないが、喜屋武喜屋武と美似美似の売り上げが少し落ちている。これを見たら沙和がまた騒ぎそうだ。
「げっ!? なんであんたが此処に居るのよ!」
この声は……確かに朱里や雛里に負けず劣らず書物が好きだったが。
「ようっ、桂花」
「私を真名で呼ばないでよ! 汚れたらどうしてくれるのよ、この変態!」
「真名で呼ぶ決まりだろ? それと、外で変態はやめてくれよ。俺、一応此処の名士なんだからさ」
「それがなによ? あんたが変態の女の敵なんてみんなが知っていることじゃない。それに、あれはあくまでも華琳様と桃香の間でのものでしょう? あんたはお呼びじゃないのよ」
相も変わらず桂花は容赦がない。ただ、本当に嫌っていたら口も利かないのでまだマシと言える。
「それで、桂花は此処になにしにきたんだ?」
「なんであんたなんかに言わなきゃいけない訳? 別に私が何をしようと関係ないでしょ……まさか、私の事を調べて変な事を……最低、近寄らないで!」
「分かったよ。でも、此処で朱里たちを待たないといけないから出るのは無しで頼む。さすがにあの二人だけを残しては行けないから」
「そう言えば、そんな事を言っていたわね。それで、肝心の二人は何処よ?」
御主は、店の奥を指差す。風もないのに天幕が揺れ、存在感を醸し出すあの場所を。
「あんな危険な所に行ったの?」
「探し物があるみたい」
「探し物があるって言ったって、あんなオドオドしたような子達が生きて帰って来られるような場所じゃないのよ? 前に秋蘭と一緒に入ったけど……思い出したくもない」
文武に優れる秋蘭と一緒に行って何があったんだよ。本当にこの店は営業していていいのか?
「でも、あの二人は結構行ってるみたいだよ?」
「噓でしょ!? ありえないわ……」
なんだ、急に真面目に考え込み始めたぞ。やっぱり俺も行くべきなのか? そう言えば、未だに入った事が無い。自分の店なのに何も知らないのか、俺は?
「行くしかないようね」
「えっ!? 行くのか、桂花……」
「だから真名で……いえ、今はそんなことはもうどうでもいいわ。華琳様の軍師としてあの二人に負けるわけにはいかないのよっ!」
「おいっ、桂花! 一人で行くのは……」
御主の言葉を無視し、桂花は天幕をくぐり奥へと向かって行く。
「追いかけるべきか、それとも何かあった時のために待っていた方が……」
それからしばらくして桂花は、朱里たちと共に無事に帰還した。その顔には、なにを見たのかは分からないが恐怖に歪んでいたという。それに対し、朱里と雛里は満面の笑みであったと御主は当時の事を語った。
さすがに桂花をそのままにはしておけないので一度屋敷へと戻る事にした。まさか桂花をおんぶする日が来るとは思わなかったが驚くほど大人しかった。しきりに「なんで……はだ……おとこ……ありえない……」などと呟いていたが何を見たのだろうか?
♢♢♢♢♢♢
平原には、多くの娯楽施設がある。その中でも特に人気なのが競馬場、入浴場、そして見世物小屋だ。これらは、産まれや身分に問わず人を集めた際に少しでも円満に物事を解決する手段として考えられた。ただでさえ文化や風習の違う者達が同じ場所で暮らすのだ、不満などはいくらでも溜まる。それを解消する手段として平原をはじめ各地に建設されている。
「このデカい飴は、公演中に使う物らしい」
桂花を無事に屋敷に送り届け、朱里たちも買った物を屋敷に置いてから見世物小屋へと来た。従業員の案内で、関係者席に案内された三人は売店で購入した品々を吟味していた。
「一緒に頂いた紙には、これを振りながら掛け声を言うそうです」
やたらと長い飴。これを一つ、二つ手に持ち公演中に数え役満☆姉妹の歌に合わせて掛け声をする。初級編、中級編、上級編、親衛隊専用と細かく分けられており三人は初級編を貰って来た。
「この飴も美味しいですよ」
御主と朱里が紙を読んでいる横で雛里が飴を舐めている。こうして使った後は食べられるという素晴らしい仕様だ。
「……本当だ、意外と美味い」
「これは、ウコンとハチミツですかね?」
「身体に良さそうですね」
使う前に食べてしまっているがいいのだろうか? 関係者席は観客席の端に特別に用意されているので会場内がよく見える。こうして先に食べている人の数は少ない。
「しかし、本当に人気なんだな。紹介してそれっきりだったから知らなかったよ」
たまたま道端で彼女達が演奏をしているのを見た沙和があまりにも良いと言うものだから此処を紹介した。確かに黄巾党での慰安でも人気があったようだが実際にこの目で見てみると今後の付き合いを考えた方がいいかもしれない。
「あっ、御主さん。いよいよ始まりますよ」
朱里に言われて舞台上を見ると見世物小屋の従業員が開始のお知らせをしている。それに合わせ、観客席の熱が上がっていくのを感じる。
「なんだか凄いな」
まだ始まってもいないのに戦でも始まるのではと思うぐらい観客達の目つきが変わっていく。
「みんなー! 今日も私達の歌を聞きに来てくれてありがとー!」
音楽が会場内に響き渡り始め、それに伴い声も響き渡る。この声は、長女の天和(てんほう)の声だ。ピンクの長い髪に黄色の大きなリボンが特徴的で、三姉妹の中でも一際明るい彼女が最初に舞台上に現れる。観客から「天和―!!」とうるさいぐらいの声が出る。
「今日も、地和に会いに来てくれてありがとー!」
今度は、次女の地和(ちーほう)だ。小さなポニーテイルを揺らしながら元気いっぱいに舞台上に上がる。売店で買った小冊子に書いてあったが生意気な小悪魔系なのが売りらしい。個人的な意見で言えば、小悪魔ではない気がする。
「今日も私達の歌を聞いて行ってね」
最後に舞台上に上がるのが三女の人和(れんほう)だ。ショートカットで眼鏡を掛けており、二人の姉に振り回され気味の苦労人である。もっとも本人はそれを大変だと思いながらも楽しんでいるようだった。人和が数え役満☆姉妹の運営管理を行っている。
「はわわ……ど、どうしよう……」
「あわわ……」
いけない。急に盛り上がった会場の空気に呑まれ、朱里と雛里がテンパり始めた。
「落ち着くんだ、二人とも。ここは、郷に入っては郷に従え。今は全力で紙に書いてある通りにするんだ。行くぞ!」
御主が先陣を切るようにして飴を力いっぱい振るう。
「天和―!! 地和―!! 人和―!! さあ、二人も一緒に!」
「が、頑張ります! て、てんほー!」
「ちーほー!」
それからは、力の限り流れに乗った。もう紙なんて読んでいる暇もなく、目まぐるしく繰り広げられる歌と演出に負けないように飴を振り、声を張り上げた。
「疲れたぁ……」
「もぅ……ダメですぅ……」
「ふぇ~ん」
あっという間に終わった気がする公演。熱も冷めない会場で、終わった後もしばらくは観客席から三人は立てないでいた。