白蓮の勝利で幕を下ろした戦いを終え、一行は白蓮の屋敷で再会の酒宴を開くことにした。
「さすが、白馬長史。見事なもんだったな」
「いや~、それほどでもないぞ~♪」
翠からの酒を白蓮は上機嫌で受ける。勝利の後、観客から称賛の嵐を受けてからすっかり調子に乗っている。
「オーナー、お疲れ様です」
凪は、御主に労いの酒を注ぐ。
「少し乗馬の鍛錬でもするかな。絶追なら差せると思ったんだけど」
「やっぱり、たんぽぽがもらおうか?」
たんぽぽの額にデコピンを一つ。
「痛いよぉ……」
「家族を簡単に渡せるか。欲しければ俺を倒してからにしろ」
「オーナー。たんぽぽは、オーナーよりも強いですよ」
「そうだよ~。御主なんて槍先でちょちょいなんだからねっ」
たんぽぽが指先で御主の身体をツンツンする。
「おいおい、商人相手に威張ってどうすんだよ。あたしに勝ってから威張れよ」
「そんなの無理に決まってるじゃん! お姉さまに勝てるのなんておば様ぐらいだし!」
たんぽぽの叔母であり、翠の母親。馬騰は、侵略者から国を守ってきた猛将。武勇ならいくらでも語れるほどにある。
「怖いもんな、馬騰は」
今思い出してもあの時の事は忘れられない。
「なんだか実感がこもっているな、御主。何かあったのか?」
「白蓮は知らないのか? 結構有名な話なんだけど」
「よく分からないが知らないな。せっかくなんだし話してみろよ」
「じゃあ、せっかくだから話すか。そこに居るたんぽぽが起こしたひと騒動でも」
あれは、洛陽で大将軍の何進の命で良馬の生産に力を入れていた頃の話だ。成果を出し、何進から権限を与えられるうちにやれる事も増えて少しばかり調子に乗っていた頃だろう。当時、取引を始めて少し経過していた西涼から使いの者が洛陽へとやってきた。真名をたんぽぽ。西涼の馬騰との取引に向かった際に面識を持った馬騰の姪になる。
そんなたんぽぽが、洛陽に馬騰の使いで手紙を届けに来たのだが暇を貰ったので泊めてほしいと御主に申し出があった。空いている部屋ならあるので暇の間好きにすればいいと言ったのがまずかった。たんぽぽは、洛陽での生活を満喫するうちに長居してしまった。
するとどうだろう。西涼の方から猛将で知られる馬騰が、一族の精鋭を引き連れて洛陽へと馬を走らせてきたのだ。何事かと思い、洛陽の守護者である呂布や張遼、応援に来た華雄がそれに対応。自分の部屋で仕事をしていた御主の下に凪、沙和、真桜の三人が慌てた様子で部屋に飛び込んできて事態は御主にとって最悪なものへと変わっていく。
部屋から出て店の方に行くと、呂布、張遼、華雄、馬騰が睨み合っており、四人程ではないにしろ共に来ていた武人たちも睨み合う一触即発の状況。御主の店の周りから人の気配が無くなり、まるでそこだけが洛陽から切り離されたような感覚に陥った。
逃げる事もできなさそうなので馬騰に話を聞いてみると、なんとたんぽぽは暇を貰っていなかったのだ。手紙を届けるだけのお使いで、いつまで経っても帰ってこないたんぽぽを心配して馬騰が直接乗り込んできたという訳だ。使者の一人でも寄越せばいいだけの話に思えるが、帰りたくなかったたんぽぽはそれを巧みに躱していた。
その後は更に悪化し、大将軍である何進の耳に入り余興として治めの酒宴を開くように御主が命じられた。悪い時には悪い事が続くもので、騒ぎを聞きつけた者達も加わり御主は胃に穴があく思いで最後まで動き回った事があった。
「――あの時にさ、馬騰と側近たちに睨まれながら話をしたんだよ。知ってはいたけど別に仲が良かったわけじゃないし」
「あの時は、あたしも居たけど……本当にすまなかった」
洛陽に来た者たちの中に翠も居たらしいのだが、あまりにも馬騰が怖すぎて御主の記憶にはない。
「そんなことが……下手をすれば戦争に、いや、戦力差で考えれば洛陽側の勝ちになるだろうが馬一族が居なくなれば国の護り手が居なくなる。本当になにやってんだよ」
「たんぽぽだってさすがに反省したよ。でもあの時は、まさかあんな事になるなんて思わなかったし」
肝心のたんぽぽは、嵐が過ぎるのを待つように隠れているところを見つかった。その後は、西涼に戻り地獄の鍛錬が待っていたらしい。今を見るにあまり効果は無かったようだが。
「でも、あの時のおかげでおば様に御主は気に入られたんだよ? 私の前で平然としていられたのは旦那以外で初めてだって」
「確かにそうなんだけどさ……」
あれだけの面子が居る中で話し合いを行えた御主の事を馬騰は気に入った。おかげで西涼との取引が順調に行え、富を生むことになったが下手をすれば死んでいたので割に合わない気がする。
「確か、お姉さまもあの時に惚れたんだったよね?」
「母さんに睨まれて平気だった男を見るのは、父ちゃん以外では初めてだったからなぁ……って、別に惚れてないからっ! 御主も勘違いするなよなっ!」
卓を挟んでいたおかげで怒鳴られるだけで済んだ。物が飛んでこないだけ安心できる。
「俺が平気だったのは、周りに信頼できる人間が居たからだよ。呂布、張遼、凪、沙和、真桜。それに最後まで戦を仕掛けてきたと勘違いしていた華雄も。でないと、さすがに武人でもない俺が平気で居られるわけはないだろ?」
「あれっ? 真名で呼ばないの?」
たんぽぽの言葉で場の空気が止まる。
「たんぽぽ。反董卓連合の人間が、相手側の人間を真名で呼べるわけがないだろ?」
「そうだよね……ごめんなさい」
たんぽぽに謝られる。
「別にかまわないよ。絶対ってわけでもないしね。でも、この場所だと少しまずい。ただでさえ、馬騰と白蓮は関わりがあるんだ。繋がっていると思われたら今後に響く。上手く使い分けられないなら真名は忘れた方がいい」
此処も既に董卓側から見れば敵陣になる。まだ正式な形で戦は始まっていないが水面下では動いている。
「なぁ、御主。お前は、反董卓後の事で既に動いているが肝心なのは反董卓の方だろ? ちゃんと準備はできているのか?」
「あたしは会った事が無いけど、母さんが董卓を気に入っているからウチは協力すると思うけど実際のところはどうなんだ?」
「そうだな――」
御主は、凪に視線で合図を送り、それを合図として凪は壁際の方へと移動する。
「……問題ありません」
此処には、武人が四人も居るが念には念をだ。
「董卓は負ける。それは、時代の流れがそうするだろう。でも、どう流れるかは誰にも分らない。名も無き兵が放った何処を狙ったかも分らぬ流れ矢に将が殺される事があるのが戦だろ? だからこそ互いに全力で戦い、できる限り悔いを残さないようにするべきだ。俺は、必要とあれば呂布を殺す。その逆も然りだ。最後まで己に課せられた役目を果たすべき立場に居る。商人の俺には分からないけど、それが人の上に立つ者の役目だろ?」
「死によって繋がる未来もあるか。役目とは言え辛いものだな」
「でも、あたしは誰にも死んでほしくないな。知らない仲でもないし」
「たんぽぽだって、洛陽に行ったら一緒にお出かけとかして遊んだりしたもん」
「この時代に居るからこそだが、居なければ会う事もない。できる事ならまた洛陽で飲みたいよ。何も考えず、皆でさ」
いくら策を巡らせても、仕掛けを施してもこれだけはどうしようもない。それだけ時代の節目となるこの流れは大きく読めない。
「反董卓に関しては割り切っているつもりだ。それよりもその後が肝心だ。これは、董卓の願い、ひいては皇帝の願いでもある。乱世をできる限り早く終わらせる。俺を含め、動いた者達が死んだとしても少しでもそうなるように協力者を集めてきたんだ。特に馬騰と白蓮は、最初の戦いをしてもらう事になる」
「私と馬騰、それに桃香たちだよな。私の方でもできる限りの事はしているが、あくまでもこの三勢力でやるんだろ?」
「袁紹って金持ってんだろ? 正直、不安がないわけじゃないんだけど」
白蓮と翠が心配なのは分かる。袁家は強い。規模が他とは違い過ぎる。
「規模だけなら余裕で負けているよ。でも、こちらには時間がある。動き出したのは、昨日今日の話じゃない。準備や仕掛けはいくらでもある。それに問題があるとするなら袁紹じゃないよ」
「なら、袁術か? 手を組まれたらどうしようもないだろ?」
袁紹と袁術が手を組む可能性は少ないがありえない訳ではない。ただ、そうならないように既に動いている。これに関しては、特に心配はしていない。
「あぁ……確かにそうだけど残念ながら袁術じゃない。一筋縄ではいかないだろうけど問題は別にある」
ここまで動いて不安な要素は常に一人だけ。
「曹孟徳。どう動くかが未だに分からない。場所的に言えば、桃香たちの後ろをとれる。俺が曹操なら漁夫の利を得る。袁紹が弱り、他の勢力が戦えないぐらいに疲弊したところで動けば丸ごと手に入れられる。馬鹿げた話だが、それができるのが曹操の怖いところだ」
「曹操のことを随分と買っているんだな、御主は。確か、洛陽からだったか付き合いは?」
「あぁ、そうだ。此処だけの話だけど俺は……董卓の件がなければ曹操の下に居たかもしれない。それだけ魅力的なんだよ」
御主の言葉に場に居る者達の視線が集まる。それは、危険視している者に好意を持っている言葉が出たからだ。但し、意味合いは少し違うようだが。
「まさかと思うが、御主……曹操にも手を出したのか?」
「……ん?」
白蓮の言葉の意味が分からない。
「はぁ~、本当に好き者だよな、御主は」
「たんぽぽは、そういうのはあんまり気にしないけど多過ぎだよぉ~」
「オーナー……」
「いや、出してない。曹操には手を出してない。本当に!」
確かに好意はある。魅力的な人間なわけだし。健全な男としては多少なりとも好意を持つのは仕方がない事だろう。
「必死なのがなぁ……私には、手を出さないくせして」
「おやおや~、これは聞き捨てられない発言が聞こえてきたぞ~?」
「私はな、今日フラれたんだよ。太守とは付き合えないって。人がせっかく勇気をもって今まで頑張って来たっていうのに、このっ!」
白蓮が使っていた杯を投げてくる。まだ気にしていたのか。
「……ねぇ、それだとさ。おば様の後を継ぐかもしれないお姉さまはどうなるの?」
「えっ!? あたしか?」
「だって、このままいけばお姉さまも太守になるかもしれないじゃん。ねぇ、御主、お姉さまはありなの?」
「ありって……」
翠の方を見る。
「……もしかして、ダメなのか?」
物凄く不安そうな顔で見られている。どうしよう、言いにくい。
「えっとだな……翠の事は好きだよ。でも、その……俺も少しは筋を通したいというか、正妻は長く――」
避けられた。そして、凪が事前に逃走経路として部屋の扉を開けておいてくれた。
なにを言っているのか分からない憤怒の言葉で怒鳴りつける翠から逃げるように部屋から飛び出す。白蓮からも何か言われた気がするが悠長に話を聞いている暇はない。今は、とにかく逃げなければ死ぬかもしれない。