満天の夜空を凪と共に肩を寄せ合いながら眺めて過ごす。凪が部屋から毛布を持って来てくれたおかげで夜風を受けても何とかなりそうだ。
「綺麗な星空だよね」
どの場所から眺めても星は変わらずにそこにある。たまに流れもするが、これだけ沢山あれば減ったとしても気づくことはないだろう。
「オーナー。現実逃避はやめてください」
凪から容赦のない言葉で現実へと戻る。
別に凪と逢引きをしているわけではない。今居る場所は、白蓮の屋敷の屋根の上。追ってくる翠から逃げてきたのだ。
「もう大丈夫かな?」
「どうでしょう? ただ、私は翠の気持ちが少し分かります。オーナーは、あまりにも色事が多すぎます。困っている人を放っておく事ができないのは重々承知しております。私や沙和と真桜も、その中の一つでしたから。ですが、そこから毎度色事に発展するのはどうにかできないのですか? このままだと戦とは関係ないところで命を落とすかもしれませんよ?」
「……刺されたりするのかな?」
「分かりません。ですが、孫家の方の場合は……」
孫家。すっかり忘れていた。
「そう言えば、あっちはどうなっているんだろうね? 連絡を取らないようにしているからさっぱり分からない。予定だと、呉の豪族たちと話し合いで揉め事を解決しているはずだけど孫策がどうでるか……」
「飢えた獣のような方ですからね。話し合いよりも剣を振るう方が好きな方が大人しくしているとは思えないです」
凪の言葉に苦笑いが出る。それだとまずいが、ないとは言えないのが孫策を知っている手前困る。
「話はついているけど孫家はいくらでも好きに動ける。こちらが提示した内容が最も良い結果を生むと分かっていても必ずそうするかは別だ。周瑜が孫策を上手く……無理かぁ……」
董卓の賈駆。曹操の荀彧。劉備の関羽。そして、孫策の周瑜。主君に対してお目付け役となっている者達は、総じて主に対して物凄く甘い。そう言えば、凪も御主に甘いがそんなものなのだろうか。
「確か、袁術の要請を受けて呉から治安維持の為の討伐隊が派遣されるそうです」
「凄く聞きたくなかった」
本来なら孫策は、袁術の要請を受ける必要がない。しかし、孫策は袁術には逆らえない――という事になっている。
「ですが、必ず平原には立ち寄られると思います。なにせ、平原には――」
御主は、凪の口を手で塞ぐ。
「凪?」
「すみません、オーナー。私は、何も知りません」
口から手が離れると凪はすぐに謝る。
「俺と凪は、何も知らない。アレは、誰も知らない。そもそも平原にはない。ただでさえ、袁術とはまだ交流があるんだ。袁術は、袁紹と同じで無害だけど……あそこには、張勲が居る。おそらくだが、張勲は気づいていると思う。でなければ、わざわざ俺に荷を運びに来させないからね」
ある意味では、袁紹よりも質の悪い相手。袁紹の所もそうだが、袁術の所にもいずれは行かなければならない。華佗に会いたい。たぶん、胃に穴が空く。間違いなく。
「オーナー一人だけで来るように言われていますからね。袁術の領地の傍までしか私達は付いていけません」
建前上は、袁術の責任の下にあちらが用意した者達が御主と荷物を守る事になっている。しかし実際のところは、袁術の監視下に置かれることになる。
「場合によっては、事故死もありえる。凪、分かっていると思うが俺に何かあった時は後を引き継いでくれよ?」
「それは分かっています。しかし、オーナーでなければ交渉は難しいと思います。それにオーナーは、肝心な事を一つ忘れています」
「肝心な事?」
「孫策ばかりをお気にされていますが、孫権様をお忘れですか?」
名を孫権、字を仲謀。孫策の妹だ。
「なぁ、凪。前に孫権に会った時に何があったんだ? あの時、俺が少し席を外して戻ってきてから同席していた真桜もそうだけど、なんで孫権に様を付けるんだ? どっちかと言うと孫策の方に付けた方がいいんじゃないのか?」
呉の方から孫権が商業に関しての話をしに平原に来たことがあった。その時に凪と真桜を同席させたのだが急な要件が入り御主は席を外した。それからだ、二人が孫権に様を付けるようになったのは。
「……なにも……なにもありません」
そう呟くといつも虚ろな目をする。真桜に聞いた時もそうだったが本当に何があったんだ。
「まぁ、来たら来たで――」
此処に誰かが来る気配を感じ、凪を抱きかかえいつでも逃げられるように体勢を整える。
「うんしょ、あっ! やっと見つけたぁ!」
屋根の上に登って来たのは、たんぽぽだ。見る限り特に怒っている気配などはない。
「たんぽぽ、一人か?」
「お姉さまは、白蓮と一緒に飲んでるよ。今日は、やけ酒だぁー! って感じで」
「そうか……あぁ、そうだ。すまなかったな、凪」
「い、いえ……急で少し驚いただけですぅ……」
抱きかかえた凪を解放する。解放するが、顔を伏せてこちらを見ない。
「もぅ~、本当になにやってんの、御主は」
「いや、翠たちなら逃げようと思っただけでなにも」
言い訳する御主に呆れながらもたんぽぽは傍まで来ると毛布に一緒に入る。三人で入るとさすがに狭く、たんぽぽが御主の足の間に入る形になる。
「意外とあったかいね」
「あんまり動くなよ」
「え~、なんで? 別に問題ないでしょ?」
「……分かって言ってるよな?」
「御主がナニを言ってるのか、たんぽぽ子供だからわかんなぁ~い」
翠と比べ、たんぽぽは積極的だ。足して割れば丁度いいだろう。
「ねぇ、御主。今日のレース、たんぽぽの勝ちだよね?」
「一着は白蓮だったけど、二着はたんぽぽだからな」
「じゃあさ、お願い聞いてくれる?」
「普通、一着になった時じゃないか?」
「でも、勝ちは勝ちだよね?」
下からたんぽぽが見上げている。純粋そうな子供らしい瞳をしているが、何を考えているか読めない。
「それで、お願いって?」
「別に大したことないよ。たんぽぽ、平原に遊びに行きたい」
「……問題はないよな? 前みたいな事は嫌だぞ?」
「大丈夫だよ、今度はちゃんと言っておくから。それに、たんぽぽには認めさせる秘策もあるし」
「秘策?」
「おば様もすぐにこっちには来れないでしょ? だからたんぽぽが先に行ってあれこれ見ておくの、どう? 完璧でしょ?」
確かに問題はなさそうだ。馬騰は、外からの侵入者を中へと入れない為に簡単には動けない。だから反董卓連合の中でも集まるのは最後の方になるだろう。仮に問題があるとするのならたんぽぽにその任が担えるかだ。
「許可が取れれば別にかまわないよ。但し、その場合は俺の方からも確認するけど」
「もぅ、信頼してよ」
「前科持ちには無理だよ。でも、今の平原はうるさいぞ? 人が沢山いるから」
「その方がいいよ。たんぽぽ楽しいの好きだもん」
「たんぽぽが楽しいだけだと困るから気をつけろよ?」
平原へ帰る時の同行人が増えた。少々どころではなく多くの問題を抱えているが、馬騰との連絡に役立ってもらおう。