恋姫†無双外史   作:変なおっさん

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ちんきゅうきっく

 華雄と少しだけ飲んだ後に別れ、工作活動に移る。桃香たちには事情を話し、朝までに戻らなければ先に平原に戻るように言っておいた。心配されたが仮にも此処は、御主にとっては慣れた土地である。各村には力を貸してくれる者は居るし、商業圏なので交易路付近には護衛付きの商団や警邏が至る所に居る。今回も近くの村で御主か側近である凪たちでしか判断できない事案が発生したことにした。恋の所に行き、村に行って戻ってくる。絶追に負担はあるが、絶追なら分かってくれるはず。

 

 予定通り、陽が沈み始めた頃から南皮を出発。北西へと馬を走らせるが大岩の基準が分かりにくい。森もあるそうなのでなんとなく分かるがもう少し何とかしてほしかった。それでも大岩を探し森の周辺を探索していれば、華雄が御主の事を見つけてくれる。言われた通り森の中に入ると用意されていた具足へと着替える。董卓配下の兵装。御主にとっては、初めて着る戦衣装だ。

 

「意外と似合っているな」

 

「そうか?」

 

 華雄に褒められるがお世辞もいい所だろう。兵達の鍛錬を見せてもらった事は何度もあるが、御主にはとてもではないが無理だ。華雄隊は、倒れるまで鍛錬を行うのは普通。張遼隊は、馬上での本気の打ち合い。呂布隊は、大陸最強の武人の呂布に合わせて隊の兵の質も高く士気も高い。最精鋭の隊の鍛錬を見た御主は、しきりに「馬上での一騎打ちならなんとか……」と言い訳するのが精一杯だった。

 

「それで、此処からどれぐらいなんだ?」

 

「さすがに絶追は連れて行けない。私との相乗りだとそうだな……御主が我慢できるぐらいだな」

 

 恋の拾ったちんきゅう。何者かは知らないが、どうやら呂布の隊に同行しているらしい。

 

「なら相当近いんだな」

 

「はははっ! なら気合いを入れて耐えるのだな」

 

 絶追は、自由にしたままで此処に残す。手綱を繋げておかなくても何もなければ待っている。何かあれば、その時は逃げてもかまわない。絶追に別れの挨拶を済ませ、華雄の馬に乗せてもらう。

 

「触るなよ?」

 

「無理言うなよ」

 

 できる限り気をつけながら華雄の身体に腕を回すとしがみ付く。華雄も馬を優雅に乗るような性格ではない。舌を噛みたくないので黙って先を見る。

 

(……あれか?)

 

 しばらくすると暗闇の中に明かりが見える。天幕が点々と張られている。数は……重なっているので此処からだけでは分からないが数十。あの中心に呂布が――恋が居る。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ご苦労」

 

 華雄が兵装を身にまとった御主を連れて陣営の中を進んで行く。その度に兵達が挨拶を返すのだが、怖い。黄巾党の残党討伐の大義名分がある。まだ互いに戦の準備をしている段階だ。それでも中には先走る者も居ないとは限らない。敵地の中に居るこの部隊は、いつでも動けるように警戒を怠る事はない。それが大陸最強とも称揚される部隊なら場の空気の辛さも分かる。

 

(息がし辛い)

 

 ただの商人である御主にはこの張り詰めた空気はなかなかに堪える。ただ、これだけのものとなると心配も募る。兵は、指揮を執る上官の影響を受けるものだからだ。

 

「人払いはしてある。安心しろ、お前も知っている恋の忠臣たちだ」

 

 陣営の中でも一際大きく、中央に設置されているその場所。恋の愛馬である赤兎馬。それに、呂布の傍に付くことを許されている者達。この場所は、今までよりも空気が更に辛い。

 

「お前達は、少し離れていろ」

 

 将軍である華雄の命令。しかし、それでもすぐには動かない。彼らの主人は、あくまでも呂布だ。

 

「了解しました」

 

 後ろに控える御主を見て察したのだろう。兜で顔を隠していてもよく見れば分かる。少なくとも御主からは見知っている顔だ。

 

「では、行くぞ」

 

 兵達が少し離れて立哨したのを確認してから中へと足を進める。この中に恋が居る。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 天幕の中に恋は居た。

 

「……御主にい?」

 

 華雄の後ろに居た御主を恋は簡単に見抜く。

 

「なぁ、華雄?」

 

「なんだ?」

 

「普通じゃないか」

 

 御主の目には、いつもの恋の姿が見える。華雄が要らぬことを言うから心配していたが御主の知る恋がそこに居る。

 

「そのようだな。まぁ、いいではないか」

 

 華雄の言う通りだ。華雄が動いてくれなければ久しぶりに会う事もできなかったのだ。感謝するべきだ。

 

「恋、会いた――」

 

 御主が恋の下へと向かおうとした時、強烈な殺気を浴びる。

 

「ちんきゅうきぃぃぃく!!」

 

「――ッ……誰だ!」

 

 あまりにも強い殺気を受け身体が自然に動き、重い一撃を槍の持ち手で受け止められた。ここまで張り詰めた空気の中を歩んできたことも幸いしたか――ん? ちんきゅう?

 

「お前が御主人だなっ! 恋殿に寂しい思いをさせたクズ野郎めっ!」

 

 おそらく目の前に居るのが詠の手紙に書いてあったちんきゅうなのだろう。なるほど、確かに驚く。

 

「恋殿がどれだけ苦しんだかお前にわかるのですかっ!」

 

 まるで猛獣。恋を真名で呼んでいることから親しいのだろう。ただ、全然嫉妬しない。

 

「おい、恋」

 

「なに?」

 

「人さらいはダメだってお兄ちゃん言ったろ? 子供を拾って来たらダメだよ」

 

 ちんきゅうは、どう見ても子供。男ではなかったので安心したが、これはこれでまずい。

 

「ちんきゅうは子供ではないのです!」

 

「いや、どう見ても子供だろ」

 

 朱里や雛里といい勝負。鈴々と同じぐらいか?

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 恋に袖を引っ張られる。

 

「ねねは、家族」

 

「家族?」

 

 知らない間に家族が増えた。

 

「名を陳宮、字は公台。真名を音々音。恋殿の妹であり、家族なのです!」

 

「俺、知らないんだけど?」

 

「ねね、身寄りがない。だから恋が拾った」

 

 とりあえず詳しく話を聞くと、どうやらねねは行き倒れていたらしい。ねねには、張々と呼ばれる大きな犬の家族も居るらしく山中で共に遭難。ねねの居た村は、黄巾党の残党に襲われてしまいそれから逃げたのはよかったのだが、その途中で道に迷ってしまったらしい。その時に残党の討伐に出ていた恋が拾い家族になったらしい。もしかしたら御主が居なくて寂しかったのかもしれない、そう思うと強くは言えない。

 

「状況は分かった。でも、なんで俺はこんなに憎まれてんだ?」

 

 恋の話を聞いている間、華雄がねねを抑えてくれた。そうでないと先ほどの「ちんきゅうきっく」が飛んでくるのだ。おかげで槍が折れてしまった。

 

「それは、恋殿を悲しませたからなのです! 今は、ねねが御傍に居りますがそれまで恋殿はお一人だったのです!」

 

「一人って。セキトたちも居るし、張遼や他にも居るだろう?」

 

「……これだから恋殿が苦労するのですね」

 

 なんだろう。知らない相手なのに物凄く呆れられた。

 

「陳宮、気持ちは分かるが今は時間があまりない。兄妹二人だけにしてやれ」

 

「こんなケダモノと恋殿を一緒になんてできるわけがないのです!」

 

「今更だから諦めろ」

 

 暴れるねねを力任せに抱きかかえ、華雄は外に連れて行く。

 

「恋がいいなら何も言わない。でも、上手くやっていける気がしないんだけど」

 

「大丈夫。ねねは、いい子」

 

「分かった。俺も恋が一人でない方が安心する」

 

 立ち話もなんなので簡易的に作られた寝台の上に並んで腰かける。

 

「御主にい」

 

「ん?」

 

「いいの、恋に会いに来て?」

 

「本当ならダメだ。俺の方もそうだけど、恋の方でも敵と通じているなんて思われたら大変だからな。でも、今回ばかりは別だ」

 

「別?」

 

 まさか嫉妬して来ましたなんて言えない。今まで築き上げたものを捨ててでも来たなどとは言えない。

 

「なんでもないよ。それよりもどうだ? 元気に過ごしているのか?」

 

 恋は、言葉にはせずに御主に抱きつく。それに応えるように頭を撫でる。久しぶりだ。

 

「……恋はズルい」

 

 御主の胸に顔が埋もれて恋の顔が見えない。

 

「よく分からないけど、恋はズルくないだろ?」

 

「……霞も、月も、詠も会いたがってる。でも、恋だけが会えた」

 

 さすがに洛陽には行けない。霞なら今回のように会えなくもないかもしれない。しかし、月と詠、特に月にはとてもではないが会えない。

 

「今度会うとしたら戦場なんだよなぁ……」

 

 開戦となる場所は、洛陽へと続く道に設けられた虎牢関になる。そこで、両陣営の代表が揃い開戦が告げられる。反董卓連合は、盟主である袁紹。董卓側は、董卓の代わりに呂布が代表になる。

 

「恋? 俺と戦えるか?」

 

 おそらくだが戦う時が来る。

 

「……嫌だけど戦う。御主にいが望むから」

 

「辛いかもしれないけど必要なんだよ。互いに生き延びるためにも。だからその時は、遠慮なんてしなくていい。むしろ、遠慮なんてされたら生き延びられなくなる」

 

 恋の腕に力が込められる。少し苦しいぐらいだ。

 

「御主にいは怖くないの?」

 

「死ぬのは怖いけど……そうだなぁ……」

 

 どう答えるべきか。

 

「また一緒に暮らせるのならこの程度簡単に乗り越えて見せるよ。死ねばそれまで、生きれば俺達の勝ちだろ?」

 

「……もう少しだけこのままで居たい。そしたら頑張れる」

 

「わかった。恋の好きなだけ此処に居るよ」

 

 時間に限りはあるが、恋が満足するまではこうして居たい。今だけは、他の事は考えずに恋との時間を過ごす。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「随分と荒れていたな」

 

「うるさいのです」

 

 御主と恋が居る天幕から少し離れた所に華雄とねねが居る。

 

「陳宮が言い出したのだぞ? 御主が南皮に居るから連れてきてほしいと」

 

「そんなことは言われるまでもないのです」

 

「……悔しいのか?」

 

「恋殿は、あの馬鹿兄に会うまで本当に寂しそうで……悲しい表情をしていたのです。ねねやセキトたちでもどうにもできなかったものを会うだけで解決できるなんてズルい……」

 

「嫉妬からか」

 

「恋殿は、ねねたちの命の恩人。家族として迎えてくれたのです。たとえそれが寂しさを紛らわす為であっても……ねねには、救いだったのです」

 

 家族を失い。飢えと恐怖から救い出してくれた恩人。

 

「なら精々頑張るといい。御主は強敵だぞ? ねねは知らんだろうが、月も詠も霞も御主が居た時と比べてだいぶ違う。御主が居れば、なんとかなるのだと知っているからな。居ないと不安なのだ」

 

「そんなのズル過ぎなのです。居るだけで良いなどとは本当に」

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 既に陽が昇り始め、世界に命の光が満ち始める。

 

「陳宮だったな。恋を頼む」

 

 結局、恋が眠るまで此処に居てしまった。後悔などはないが。

 

「言われるまでもないのです」

 

 どうもねねには嫌われているようだ。御主に責任があるとは言え、一筋縄ではいかない家族が増えたものだ。

 

「では行くぞ、御主」

 

「あぁ、頼む」

 

 華雄と共に来た道を戻る。

 

 分かれた道を互いに進んでいる途中に偶然できた合流点から離れ、本来あるべき道へと戻る。

 

 それだけのこと。

 

 ただ、また何処かで交わればいいとだけ今は願う。

 

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