恋姫†無双外史   作:変なおっさん

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董卓と袂を分かつ

 詠の所での仕事を終えた頃には、陽が沈み洛陽の街には小さな明かりが至る所で灯っていた。洛陽での暮らしもだいぶ慣れてきたのだろう。この光景を見ていると落ち着く自分が居る。しかし、今はまた別の所へと移ろうとしている。そして、そこまた同じように思える。

 

「……邪魔じゃないかな」

 

 住居のある本店ではなく、気が付くと恋の屋敷の前に来ていた。この辺りまで来ると明かりも少なく静かなものだ。

 

 門には誰も居ない。門を開け中に入ると恋の家族である犬や猫が侵入者に気づきこちらを見る。

 

「恋は、もう寝てたりする?」

 

 試しに訊いてみる。反応は――無し。セキトはともかく、あまり他の動物達には懐かれていない。もしかしてだが、主を蔑ろにしているダメな人間とでも思われているのかもしれない。

 

「じゃあ、勝手に入るよ」

 

 一言申してから屋敷の方へと向かう。

 

 屋敷の中は外観から見ても分かる通り広いが物は少なく、恋の私物以外は動物たちが眠れる寝具があるぐらいで、あとは霞が置いている酒ぐらいなものだ。ほとんどが空になるが。

 

「……起きてたのか」

 

 静かに屋敷の中を進み、奥の方にある恋の部屋の前まで来る。

 

「おかえり、御主にい」

 

 戸を開けると、寝具の上でセキトを乗せながら小さな窓の方を向いている恋が居た。窓の向こうから差し込む光だけが唯一この世界を照らしている。

 

「ただいま、恋」

 

 断りもなく恋の隣へと座る。セキトがチラリとこちらを見るが、興味なさげに気持ちよさそうに恋の膝を枕に目を伏せる。

 

「……なにかあったの?」

 

 恋が訊いてくる。

 

「あぁ、少しね」

 

「そう」

 

 静かな時間だけが流れる。恋はわざわざ聞いたりはしない。必要だと思えば言うと分かっているから。

 

「何処かに落ち着いた方がいいのかなって少し思ったんだよ。これから世は乱れる。ふらふらとしているのもどうかなってさ」

 

 行商人として大陸各地を回った。今もあれこれと商売をしながらいろいろと動き回っている。

 

「立場としては、今は董卓の陣営になる。月の場所に。でも、それなら此処に根を下ろしてやるべきだろ? 此処に……さ」

 

 だが実際には違う。近々平原へと移る。外での動きも必要だからなのだが、肝心な時にこの場所に居ない。また何かあった時に此処に居ない。

 

「御主にいには、無理。御主にいは、困っている人をほっておけないから。だから、月も詠も助ける……他の所に居る人も」

 

 身体に重さが伝わる。温かい。

 

「月と詠は、恋が守る。御主にいみたいな事はできないけど、頑張る」

 

「ありがとう、恋」

 

 こうして隣に居る恋の頭を撫でている時が一番落ち着く。なにも考えなくてすむ。

 

「いっそのこと逃げ出せればいいんだけどね」

 

「無理、絶対」

 

「……そんなはっきり言うなよ」

 

「見捨てられないから。絶対に。だから安心して。恋は此処で待ってるから……ずっと」

 

「なら、安心だな。天下無双の恋が言うんだから」

 

 時が来れば敵として戦場で相見える事になる。

 

 その時が過ぎてもこうして居られるかは分からないが、不思議とこうして居られる気がする。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 洛陽での仕事もある程度まとまってきた頃、久しぶりに会った詠の不機嫌な言葉から次の分岐へと動くことになる。

 

「張角が討たれたわよ」

 

「張角が……って言うかさ、機嫌悪くな――」

 

 本日二度目の飛んでくる巻物を避ける。

 

「悪くないわよっ!」

 

 部屋に来た時と合わせて二回目。今日はなかなか勢いがある。

 

「悪かったよ、俺の勘違いだよ。これでいいんだろ?」

 

「分かればいいの、分かれば」

 

 元気になったようで安心する。目の下のくまもないから気をつけてくれているようだし……後は、元気かどうかの基準を変えてくれれば嬉しい。

 

「だいだいボクはずっと元気よ。……あれはたまたま寝不足だっただけで――もう、なんでもいいからっ! あの時のボクは少しだけ疲れてただけ! わかった?」

 

 どうやらあの時の事を気にしていたようだ。

 

「分かってるよ。でも、あの時の詠もカワ――」

 

 不覚と言えよう。あの時の弱々しい詠の姿を思い出してしまったが故に反応が遅れた。顔面に当たる確かな感触。詠に初めて会った頃を思い出す。

 

「――えっ!? うそ……ご……しゅ……」

 

 予想していなかった結果に動揺してしまう。

 

「いつも通り避けると思ったのに……なにか言ってよ……」

 

 投げられた巻物が顔面に直撃した拍子に御主は盛大に後ろへと倒れた。普段なら危なげながらも避けると思っていた詠にとってそれは予想もしていなかった。

 

「――ッ……ィッ……」

 

 倒れた御主は、仰向けのままうめき声をあげ動こうとしない。

 

「ど、どうしよう……だ、誰か……」

 

 詠は受け止められない現実に翻弄されながらも御主の下へと向かう。その足取りは不安定なもので今にも倒れてしまいそうだ。

 

「しっかりしなさいよ、しっかりしてよ!」

 

「……ごめん、冗談」

 

 御主の脇腹に渾身の蹴りが叩き込まれたのは言うまでもないだろう。

 

「悪趣味な真似すんじゃないわよ! 本気で心配したじゃない!」

 

 ガシガシと何度も蹴られる。普段と変わらないはずなのにいつもより痛く感じる。

 

「別にわざとじゃないって。本当に最初は意識が飛んだんだから」

 

「最初以外はどうなのよ! 人を本気で心配させて!」

 

 それからまた、心配してくれた事をからかったら痛い目をみた。

 

「すみませんでした。もう二度と詠には悪ふざけしません」

 

 正座しながらの平謝り。そっぽを向く詠にただただ頭を下げる。

 

「今度やったらただじゃおかないわよ。あんたみたいなただの商人、ボクの力なら簡単に首をはねられるんだからね」

 

「仰る通りです、はい」

 

「……最後になるかもしれないのになんでこんな事するのよ」

 

 詠が横目でこちらを見る。

 

「最後になんてなる訳ないだろ?」

 

 正座をといて、足を崩すように座る。

 

「ただ、そうだな……しばらくは詠とこういう事もできなくなると思うと少し寂しくてね」

 

「……変態なの?」

 

「違うって、痛いのは好きじゃないよ。でも、初めて会った時からこんな感じだったから……変えたくない。仮に変わるとしたら後の楽しみにとっておきたい。その方が頑張れる」

 

 張角が死んだ以上、此処に居る場合じゃない。

 

「……手紙くらい書きなさいよ? こっちからも書くから」

 

「やり方はいつも通りで。それで、これからどうする?」

 

 立ち上がり、詠の傍にある椅子へと座る。ここからは真面目に行う事にする。

 

「張角が死んだって話だけど、誰がやったか分かる?」

 

「分かるって他に居ないだろ? この状況でわざわざ宣言するんだ。曹操ぐらいしかいないよ。どうやら準備が終わったみたいだな」

 

「そうね。ボクたちの予想よりも少し早いけど」

 

 張角の事に関しては誰も信じない。既に黄巾党の討伐を行っている者達から偽張角を討ち取ったと幾つも話が出ているからだ。事前にあったように既に張角は居らず、黄巾党の一翼を担っていた者達が自分こそが張角だと名乗り好き勝手行っていた。捕らえた者達の話だと随分と前に張角は姿をくらましていたようで、偽張角の情報をこちらが得る頃には既に張角不在の黄巾党だった。

 

「曹操の下には優秀な者達が日々集まっている。予想を上回っても仕方ないか」

 

「ボクとしては、予想を外したくはないんだけどね。でもこれで黄巾党の乱は一つの終わりを迎える。他も分かっていたとしてもこれ以上長引かせたくないから曹操の話に乗るだろうし」

 

「派遣も金が掛かるからね。後は、近くで何かあれば対応するぐらいかな?」

 

「ウチも華雄を引き揚げさせるわ。華雄はともかく隊の人間は休ませないといけないし。恋に洛陽を中心として残党狩りをさせれば少なくともこっちには来ないでしょ」

 

 呂布奉先が居ると分かって行く馬鹿も居ないだろう。

 

「しかし、曹操になにか朝廷から出すんだろ? 何を出すんだ?」

 

 御主の言葉に詠は面白くなさそうな表情を見せる。黄巾党の教祖である張角の首を取った以上は曹操に褒美を取らせなければいけない。そうでなければ皇帝である献帝の立場、ひいては董卓の立場まで悪くなる。

 

「本当はあげたくないけど太守にでもしてあげるわよ。既に兗州での影響力も馬鹿にならないしね。精々、反董卓までにどれだけまとめられるか見せもらうわ」

 

「土地を与えるのはよくないが、治めるのは大変だからね。でもここまでは問題はない」

 

「当り前よ、ボクが考えたんだから。……あんたには、予定通り平原に入ってもらう。ちゃんとやりなさいよ」

 

「精々頑張るよ。じゃあ……今日限りで董卓の下から離れさせてもらう」

 

「あんたが決めんじゃないわよ。コレは、ボクが言うんだから」

 

 御主は、席から立ち詠の前で臣下の礼をとる。

 

「不敬を働いた罪により董仲穎に代わり賈文和が、御主人に与えている全権からの解任を命ずる。宮廷はもちろん、董卓に属する場所に立ち入る事を禁ずる。何か言う事はある?」

 

「なにも。謹んでお受けいたします」

 

「……これで、全てが終わるまでは他人だからね」

 

「あぁ、そうだな。すぐに出て行く準備をしないと」

 

 董卓に不敬を働いた御主人は、宮廷専属、董卓に関する商談の全権から解任。董卓が治める洛陽への立ち入りを禁止された。これでもう、此処洛陽には居られなくなる。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 詠の屋敷から本店に戻り、凪と沙和に洛陽から出て行く事を伝える。既に移転の準備は終えているので身軽なものだ。

 

「此処も愛着があったんだけどね」

 

 洛陽に招かれてから住んでいる場所だから名残惜しさもある。

 

「そうですね。此処から始まりましたから」

 

「沙和としては寂しいけど、皆が居ればいいかなって思うの」

 

 沙和の言葉には同意だ。

 

「既に洛陽にある店や交易路は譲渡が終わっている。一時的な物ではあるが、下手をすれば返ってくることはない」

 

「そうならない事を願うばかりです」

 

「ねぇ、オーナー。お店も大事だけど、恋ちゃんたちに会わなくていいの?」

 

 本当なら別れの挨拶ぐらいはしておきたい。しかし、あくまでも追い出される身。

 

「やめておこう。董卓とは仲たがいしたことになってるんだから」

 

「……少し会うのもダメなんですか?」

 

「こういうのは型にはめるのがいいんだよ。だからこそ月にも会ってないわけだし。今頃、俺が不敬を働いたことは洛陽中に広まっているはずだよ」

 

「みんな辛そうだったの。オーナーの悪口を言いまわるの」

 

「それは仕方ないよ。……そう言えば、俺は内容を知らないんだけど何を働いたことになってるんだ?」

 

 実は、内容に関しては知らなかったりする。自分がしでかした不敬を考える場には居たくなかったからだ。

 

「言わなければいけませんか?」

 

「もしかして、言いにくい事なの?」

 

 凪と沙和が互いに顔を見合わせ、どちらが言うか決めている。

 

「えっとー、そのー」

 

「別に怒らないから」

 

「……女の子絡みなの。董卓のお気に入りの女の子にちょっかいを出したことになってるの」

 

 そう言えば、詠が月を隠すために広めている董卓は男だったな。なるほど、その男の董卓の女に手を出したのか。

 

「他になかったの?」

 

「みんなで話した結果、これなら信憑性が高いってことになったの。ねぇ、凪ちゃん」

 

「すみません、他に浮かばなくて。オーナーは、他には特に悪評がないんです」

 

 女絡みの悪評はある訳か。聞きたいような、聞きたくないような。

 

「董卓が男であるという根拠の一つになればいいか。月の安全が確保できたと思えばその程度問題はない。では、平原へと行こうか」

 

 洛陽を離れ、平原を拠点としての戦いが始まる。

 

 これからは、敵として支える事になる。

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 御主が立ち去った後の屋敷で。

 

「これで、御主とは敵同士になるんやな」

 

「そうですね」

 

 詠と御主が居た部屋の隣。月の私室で、月、霞、そして恋が事の成り行きを見届けていた。

 

「それにしても遅いなー、詠は」

 

 御主が部屋から出て行ったのは足音などで分かる。しかし、終わったにも関わらず詠がこちらに来ない。

 

「詠ちゃんには、辛い役をさせてしまいました」

 

「仕方ないやろ。董卓が怒り心頭で顔も見たくないって事になっとるからなー。これぐらいでないとなかなか上手くはいかないもんや」

 

 悪評の中の董卓なら首をはねてもおかしくはない。これでも本当なら足りないぐらいだ。

 

「……来る」

 

 恋が口を開いてすぐに部屋の扉が開き、詠が中へと入ってくる。

 

「終わったわよ」

 

 そう言うと、三人が居る卓の空いている席へと座る。

 

「遅かったやないか、詠。もしかして、泣いてた?」

 

「なんでボクが泣かないといけないのよ」

 

「いやー、なんだか叫んでたみたいだし」

 

「べ、別に何もなかったわよ……あのバカがいつもみたいにバカな事をやっただけで何も」

 

「そっか、いつもみたいにか。御主らしい最後やな」

 

「別に最後じゃないでしょ。終われば会えるんだし」

 

「今は少し離れるだけですもんね。また会えます」

 

「会える」

 

「せやな。なら、こっちもやる事やろか」

 

 霞は、用意しておいた杯に酒を注ぐ。

 

「一つ多くない?」

 

「なに、これは前借で御主のや。表向きは敵でもウチらの為に動くからな。それじゃ、ウチが音頭をとらせてもらうで」

 

 それぞれが手に杯を持つ。残りの杯を囲むように。

 

「また5人で酒を飲む。それまで死ぬことは絶対に許さへん、ええな?」

 

 霞の言葉に皆は頷く。

 

「では、飲もか」

 

 こちらもまた動き出す。

 

 先の見えない未来へ向けて。

 

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