袁紹が治める冀州に平原と言う街がある。此処は、黄河の傍にあり豊かな土地に恵まれた穀倉地帯の一つ。しかし、度々起こる黄河の氾濫に悩まされイマイチ発展はしなかった。もっとも、既に冀州には他にも十分な食料を補える事の出来る場所があったためわざわざ開発をする必要がなかっただけとも言える。そんな折、大将軍である何進の重臣にまで上り詰めた呂布と張遼の助力を得た御主人と呼ばれる商人がこの土地に目を付けた。軍事の商談に関わり、洛陽を中心に活動していた御主は、何進を通して袁紹の許可を得て大規模な投資を平原に行うことにした。身分や生まれを問わず、秩序の下に平原で暮らしたいと言う者を生活の保障の下に大陸各地から集めた。食べる者にも困り、乱世の世であるが故に安心して暮らす事ができなかった者達は平原へと足を運び発展を迎えていく事になる。
「桃香様。こちらが新しく平原に来られた方々の生活状況をまとめた報告書になります。それにこちらは、新しく組み直した予算になります」
平原の政務を担う、名を諸葛亮、字は孔明。真名を朱里(しゅり)と名乗る少女は、小さい身体に似合わない量の竹簡を胸に抱え、それを自分が仕える者の前へ説明しながら置いていく。
「と、桃香様。これが、各地からの報告書になりましゅ」
朱里の反対側でも名を龐統(ほうとう)、字を士元(しげん)。真名を雛里(ひなり)と名乗る朱里と同じぐらいの小さな女の子が同じように胸に抱えた沢山の竹簡を置いていく。こちらは、軍師を担当している。
「桃香様。こちらは、軍部からの要請状になります。詳しくは訊いて頂ければお答えしますので今日中に目を通しておいてください」
名を関羽、字を雲長。真名を愛紗と名乗り、先の二人に比べると背が高く、凛々しくも厳しい双眸を向けながら主へとまとめた膨大な竹簡をトドメと言わんばかりに置いていく。
「今日もこんなにあるの……うぅ……」
自分の机に積まれた大量の報告書の山に思わず泣き言も出る。彼女達の主で、つい先日に平原の正式な勅使に就任した名を劉備、字を玄徳。真名を桃香と名乗る少女は今にも泣きだしそうだ。
「桃香様。今や立派な平原の勅使となられたからには一刻も早く情勢を把握する必要があります。今まで以上に、朱里、雛里と共に厳しくしていきますので覚悟しておいてください」
「わかってるけど……この量は……」
「既に大陸の流れは勢いを増しつつあります。今や桃華様の治める此処平原には多くの民が居ます。乱世の世に巻き込まれ、住む場所を失い、土地を奪われ追い出された者達が桃香様を頼り此処に居ます。どうか、今は耐えて下さい」
「わ、わたしも応援します……桃香様」
正式に勅使に就任する前からも政は行っていた。しかし、黄巾党の教祖である張角が討たれたと大陸各地で広まるとより一層、平原へと足を運ぶものが増えてきた。多くは、元黄巾党の者になるのだが、この先の情勢に不安を感じ移り住む者も少なくはない。
「そうだよね……みんなが私を頼ってくれてるんだもん。愛紗ちゃん、朱里ちゃん、雛里ちゃん。これからも私に力を貸してね。そうと決まったら頑張るぞー!」
桃華は、気合を入れ改めて積まれた報告書の山を見る。
「……少し休憩してからじゃダメ……かな?」
「ダメです」
「あぅ……」
愛紗に即断で断られる。
「これでも大分マシになった方なんですよ。商業や物流に関しては、街の方で御主さんがやってくれているんですから」
「御主さんはいいの。田舎に住んでた私だって名前を聞いたことがある豪商だもん」
「その御主に信頼され、平原を任せられた事をお忘れなく。それとも投げ出しますか?」
黄巾党の討伐で名をあげた関雲長の鋭い視線が桃華へと向けられる。
「に、逃げないもん! 見ててね三人とも! 私の頑張るところを!」
「いい心掛けです。朱里、雛里、他にもあるか?」
「はい。それでは、今後黄河で行う公業事業の草案もお願いします」
「えっと……その……最近の各勢力の情報をまとめて考えたものがあるんですけど」
また新たに加わる竹簡の束。これも自分への期待の表れだとは分かっているがなかなかに辛い。
「ね、ねぇ……そう言えば、鈴々ちゃんや星ちゃんはどうしてるのかなー? まだ今日は会ってないんだけど」
「鈴々は、新しく加わった者達の訓練を行っています。星は……誰か知っているか?」
「いえ、私はなにも」
「わたしも知りません……ごめんなさい」
「またサボりか。まったく星にも困ったものだ。どうせ、街の治安を守るのも私の務めとか言ってサボっているに決まっている。桃香様からも星に厳しく言っておいてください。私達は、多くの者の生活と命を預かる立場に居るのだと」
「う、うん、分かった。だから落ち着こう……愛紗ちゃん」
真面目な愛紗にとっては、サボりは御法度だ。星だからなんとかなっているが他なら大変な事になっている。
(でもいいな星ちゃん……たぶん、御主さんの所に遊びに行っているんだろうな……)
此処に居ない星が何をしているのか想像がつく。それは、自分も今すぐにでもしたい事だから。
♢♢♢♢♢♢
「いやー、まったく此処には美味い酒とメンマがありますなー」
名を趙雲、字を子龍。真名を星と名乗る少女は、平原でも一、二を争う広さを持つ屋敷の一室で好物のメンマを肴に酒を飲んでいた。
「また愛紗に怒られるぞ?」
この屋敷の主にして平原の影の実力者と言われる御主人は、そんな星の相手をしながらも各地から送られてくる手紙などを読んでいた。
「そう言いなさんな。私は、あくまでも武人。文人ではありませんので、官民の真似事はしない主義でしてな」
「それとサボりは違くないか?」
「そうですかな? おっと、御主殿。杯が空いてますぞ」
そう言いながら御主の杯に酒を注ぐ。
「昼間っからそんなに飲みたくないんだけど」
「昼には昼の、夜には夜の酒があります。それとも、私とではお嫌ですか?」
「さっきから愛紗の顔が浮かんでな……とてもじゃないが酔える気がしない」
「こんなにいい女と飲んでいるにも関わらず他の女の事で頭が一杯とは、少し妬いてしまいますな」
「自分でいい女とか言うなよ……その通りだけど」
サボりの共犯だと思われ一緒に怒られるかもしれない。なにかいい言い訳を考えておかないと。せめて自分だけでも助かるものを。
「……一人だけ助かろうとは思ってはいませんよね?」
「さて、なんの事かな? それよりもする事があるんじゃないのか? メンマも酒もタダで振る舞ってるわけじゃないんだけどな」
「私と御主殿の仲ならよいではないか。知らぬ仲でもあるいまいに。それとも、アレは私だけが見た夢か幻か……教えてはくださらぬか、御主殿」
星との話はある意味では詠よりも疲れる。今もこうして楽しそうないたずらな笑みを浮かべている星には勝てない。
「分かった。俺から用事を頼まれた事にでもすればいい。ただはっきりと言っておくがバレてるからな、愛紗以外には」
「愛紗にさえ分からなければよい。愛紗は、御主殿の事を高く評価しているからな。あながち密命でも受けたと思っているのだろう」
「事実として、密命ほどではないけど頼んでもいるしな。サボる程でもないけど。それで、最近の街の様子はどう?」
星には、街の様子を調べるように頼んである。報告書とは違い、なかなか上にはあがらないようなものを。
「うむ。聞いたところによると、新しくできた甘味処が美味しいと人気になっている。あれは、なかなかに美味い」
「新しく開発している地区のだろ? 少し甘すぎた気がするけど?」
「なに、女子はあれぐらいが好きなのですよ」
「そうか。それで、それがどうかしたか?」
「いや、特には」
「おい……いや、なにもないならいいんだけどさ」
呆れてしまうが平和ならいい。もちろん何もないわけではないが警邏で回っている者や街に設置してある意見箱の方で対処はできているはずだ。他にも情報網はあるわけだし。
「あぁそういえば、商業地区の方では見知らぬ者達が居るとは聞いたことがありますな」
「見知らぬ者?」
「なんでも最近来たばかりの者だそうで……どうします、調べてみますか?」
「そうだな……」
平原は、今や交易路の中心の一つである。貿易同盟の要の一つでもある此処には多くの物や金がやってくる。当然、それを狙う者は少なくない。
(それにしても……)
先ほどから星が楽しげにこちらを見ている。黄巾党の残党の対処をする以外は、武人気質である星には少し退屈なのだろう。暴れたくてうずうずしているのが分かる。
「いつも通り俺も星も無関係。彼女に連絡を入れておいてくれ」
「分かりました。では、私の方から彼女に連絡を入れておきましょう。それで、報酬は?」
「ココにあるのだけじゃ足らないか?」
「なにを申します。コレは、あくまでも私の分。彼女には別に必要なのですよ」
「なんだかボッタくりにあってる気分なんだけど。それで、依頼料は何がいいの?」
「今日の酒をもう一つでどうですかな?」
「気に入ってくれたの?」
「まぁ、そんなところです。それでは、伝えておきます。失礼」
星はそう言うと、部屋から出て行く。
「華蝶仮面によろしくね、星」
この街の平和を陰から守る御仁の名を口にする。仮に何かあっても庇う気はない。あくまでも他人。その言い訳が愛紗に通じればいいんだが。