うつけもの幻想記   作:やまやまや

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二話

 

 意識は、闇から上昇するようにして浮かび上がった。

 

「―――」

 

 ここはどこか、と安綱は疑問に思った。

 身体が重い。意識は未だ霞がかっており、視界はぼやけ、視点は定まっていない。

 ただ、何者かが自分を見下ろしていること。

 そしてその頭に二本の角が生えているのを確認して、彼は意識が定まらないまま呟く。

 

「――は。鬼だ。俺は死んだのか」

 

 言った瞬間、安綱は頭に衝撃を受けた。

 ぐお、という呻きを漏らすとともに頭がはっきりしていくのを感じ、同時に笑い声と怒り声の

二つが降り掛かってくる。

 

「いい度胸してるわ。死にかけてたところを介抱してやったってのに、人の家を地獄呼ばわりか

しら」

「まあ手加減なんてちょっとしかしてないから、記憶吹っ飛ぶのも仕方ないさ」

 

 彼としては、「目の前に鬼がいる。と言うことはここは地獄だ。地獄に居るということは俺は

死んだのだな」などと寝ぼけた思考回路から、悪意なく零した寝言のようなものなのだ。それも、

怒り声の持ち主の攻撃に寄って吹き飛ぶ。

 代わりに弾き出した脳内の司令が、瞬時に安綱を動かした。

 

「……ッ!」

 

 鬼がいる。なら倒す。

 彼の行動を文字で表すなら上記のようになるだろう。

 その情熱、執念がどこからくるかは定かではないが、いまだ戻らぬ少し前の記憶をそのまま置

き去りにして、臥した自身の横に置かれたふた振りの刀を手に取り――。

 

「やめなさい」

 

 声と同時に降りかかった知覚外の攻撃により、またも安綱は宙を舞った。

 薄れ行く意識の片隅で、「あ、やりすぎた」という声を聞きながら。

 

 

 

「おい、巫女」

「なにかしら?」

「そろそろコレを外せ」

 

 博麗神社、その母屋の一室に彼らは居た。

 神社の巫女、博麗霊夢。酒天童子、伊吹萃香。自称源頼光の子孫、源安綱。

 ちゃぶ台を囲んで、お茶菓子と茶を目の前に、さっきまでの殺伐とした雰囲気は霧散している。

 いや、原因はそれだけではない。

 その雰囲気を一人で振りまいていた張本人、安綱が縄でぐるぐる巻きになっている事がその際

たる理由であろう。

 

「いやよ」

「なぜだ。俺にも茶を飲ませろ。茶菓子を食わせろ。がんじがらめに縛って放置し、出した茶と

茶菓子を見せるだけとかふざけとるのか」

「黙りなさい」

「うおっ」

 

 うごうごと蠢きながら恨めしそうに抗議したが、黙殺どころか蹴り倒されて足蹴にされる。怒り

心頭な霊夢に、冷や汗を掻く安綱。それを見て、超楽しそうにニタニタ笑う鬼の図が展開されている。

 

「ぐ――おのこを足蹴にするとは何事か貧乏巫女」

「神社の鳥居を粉砕するとは何事なのかしらナンチャッテ退魔師」

「あれは鬼がやったのだ」

「原因はあんたでしょうが!」

 

 あーだこーだ、ぎゃーすぎゃーすと言い合いを始める二人。

 既に日は頂天を越え、もはや山の向こうへと消えるだけだ。あと数時間もすれば夜の帳が下りるだろう。

 

「まあまあ、そんくらいにしてやりなよ」

 

 包帯男を踏みつける紅白巫女を眺め続けるのも面白いが、このままだと日が暮れると思った萃香

は、霊夢に声をかけた。

 そもそも手加減したとはいえ、鬼の一撃を受けて木々をなぎ倒しながら吹っ飛んだ人間が、日も

落ちぬ内に意識を取り戻した事自体が異常なのだが。

 その事に両名ともが気付いていたが、一方は安綱の噂を知っていたため深くは考えず、もう一方

は些細な事と斬って捨

てて考えることを放置した。

 

「……はあ、まあいいわ」

 

 当事者の一人でもある萃香に止められた事に、不満を覚えないでもなかったが、それら諸々を飲

み込んだ。

 ため息を突きながら、ぼろぼろになった安綱にしゃがみ込んで視線を合わせる。

 

「縄は解くわ。でも今度暴れたら人里まで吹っ飛ばす」

 

 威圧。

 抑揚のない声が更に後押しし、流石の馬鹿(安綱)も何度も頷いた。

 この言葉に比喩はない。

 それを本能で感じ取ったのだ。

 

「それで。あんたいったいどういうつもりなのよ?」

 

 解きながら問いかける。と言っても、霊夢が手をかざしただけで、まるで縄自体が意思を持って

いるように、ひとりでにスルリと床に広がった。

 開放された安綱はもっさもっさと茶菓子を搔き込みながら、ちゃぶだいに頬杖をついた霊夢に視

線を飛ばす。

 

「どういうつもり? 何の話だ」

「鬼に喧嘩売るなんてどういうつもなのかって聞いてるのよ」

「――答えるまでもないな」

 

 酒をらっぱ飲みしていた萃香が、意識を安綱に向けた。

 安綱の視線が彼女を貫いている。

 

「神社に鬼がいるとは何事だ博麗の巫女。それどころか、その鬼の棲家はここだと聞いたぞ」

「こいつが勝手にここに居るのよ」

「ならば討滅しろ」

 

 それがお前の仕事だろうと、言わんばかりに。

 その姿に、霊夢は呆れたと言うように溜息を吐く。

 

「まだ、そんなことを言ってるの?」

 

 それが開始の合図だった。

 これまで状況は違えど、何度も繰り広げた決まり問答のような舌戦の。

 

「時代は変わったの。知ってるでしょう、スペルカードの誓約を」

「知っている。人、妖の双方が致命に至らぬよう定められた決闘法だ」

「そう。霊力、魔力、気。力の性質なんてものは関係なく、ただ練り上げた弾幕による戦い。いかに避

け、いかに当てるかで競い合い、弾き出された結果をただ受け入れる」

「そうして、今の幻想郷は人と妖怪の釣り合いを保っている。どちらも減りすぎず、どちらも増えすぎ

ず。――そんなことは百も承知だ」

 

 慣れたようにスラスラと、萃香を置き去りにしてちゃぶ台を挟んだ彼らは言い合った。

 

「なら分かっているでしょう。討滅なんて出来ない事は。人里を襲い、人を襲い、結果殺めてしまった

ならともかくとして」

「被害が無ければそれでいいと言うのか。動くのは、誰かが殺されてからだと。全てが手遅れになって

から、お前はお前の義務を果たすのか」

「そうは言っていないわよ」

「そうとしか聞こえんな」

 

 ――沈黙。

 室内の雰囲気は、またも殺伐とした何かに変わっていた。

 常人に立ち入る隙を与えない気配に、空気がだんだんと冷気を帯びていく。

 

「恐れている訳ではないのだな」

「――なんですって?」

 

 その言葉に、霊夢が怒気を表した。

先程までとは桁違いの威圧感に、安綱は顔色も変えず言葉を続ける。

 

「鬼に、だ。議論の中心はそこで酒をかっくらっている赤鬼だ。人には勝てないと、数多の伝承に綴られ

てきた化け物だ。人であるお前が、鬼を恐れて退治できないのではないかと言っているのだ」

 

 力は人の万人分。智慧もあり、なおかつ数ある特殊能力と汎用性。

 恐れるには充分だ。腕を払えば千人が塵と化す。恥じることすら馬鹿らしい力の差。

 しかしそれは、ただの人であるならばといった制限が課される。

 安綱はこう言いたいのだった。

 幻想郷の妖怪の抑止力たるお前が、まさか鬼を恐れてはいるまいなと。

 

「あんた、人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ」

 

 ざわりと、安綱は全身が総毛立つのを感じた。空気が軋むほどの怒りを放つ霊夢に、顔を険しくして何事

かを言い放つ――その直前に。

 

「それは確かに言いすぎだよ」

 

 横合いから声が掛かった。

 二人は視線だけを動かして、声の主――にへらと笑う萃香を見やる。

 

「霊夢はやろうと思ったらやる奴さ。少ししか一緒に居ない私が言うんだ。あんたもわかってるだろ」

「言われるまでもない。ただ、里の者はそう思わない」

「なんだ、霊夢を心配したのか?」

「違う。黙ってろ鬼。斬るぞ」

「お、やるかー? よーし表出ろ。長々と私をほったらかしてくれた報いをくれてやる」

「――やめなさい」

 

 鈍い打撃音が二つ響いた。

 心なしか、安綱の方が痛そうに聞こえたが、それで霊夢はなにやら満足したらしい。

 ふうと息を吐いて、冷めたお茶を一気飲みする。

 頭を抑えて痛がる萃香と、呻きながら動かない安綱を横目に、彼女は口を開いた。

 聞くべきことを、まだ聞いていないことに思い至ったのだ。

 

「で? 私が聞きたいのはそんなどーでもいい事でもないし、うざったい思い違いでもないんだけど」

 

 口調に隠し切れない棘を含ませながら、改めて問いかける。

 

「あんたそもそも何しに来たのよ。あ、萃香を倒しに来たとか言ったら張り倒すわよ。百回やっても勝てな

いことくらいわかってるでしょ」

「いや、鬼を討伐しにきたのだが」

 

 何を言っているのだ、と言わんばかりである。

 あまりにさらりと言われた一言に、霊夢も呆れを通り越して感動すら覚えてしまった。

 ここまで馬鹿だったなんて。

 

「ねえ、花妖怪とか吸血鬼とか、胡散臭いスキマ妖怪とかに片っ端から喧嘩売ってボコられて、学習能力無

いのかしら」

「あいつらにまで喧嘩売ったのか安綱! はっはー、お前すごい馬鹿だな!」

「黙れ鬼。気安く名前を呼ぶな化物。あと馬鹿じゃない」

「いや馬鹿ね」

 

 今世紀最大の、とまでは言わなかったが、一人を除いて満場一致で心に浮かべた言葉であった。

 

「なんだ貴様ら、人を馬鹿だ馬鹿だと。馬鹿と言う方が馬鹿なのだ」

 

 その論理がまさに馬鹿である。

 

「というかそんなことはどうでもいい。勝てなかったからといって、これから先も勝てないとは限らぬ。い

つか倒す」

「おーいいねーその意気だよ!」

「……はあ」

 

 張り切る馬鹿に煽る馬鹿。同じ馬鹿なら……どっちも嫌だと思い至って、霊夢はまたも溜息を漏らした。

 

 

 

 日が暮れた。闇は幻想郷を囲み――セミの鳴き声も、鳥の囀りも聞こえない。

 人が家にこもり、外を恐れる時が訪れる。

 安綱は今、粉砕された鳥居の跡地に立っていた。

 目前には鬼と巫女が居る。

 

「見送りはいらぬ。巫女はともかく、鬼に見送られるとあっては縁起が悪い」

「お、私は邪魔者かー? 仕方ないなあ、あとは若い二人に任せて――」

「やかましいわね」

 

 叩く音。悲鳴。嘲笑い声、打撃音、うめき声。

 

「ぐっ、このクソ鬼。貴様必ず痛い目に遭わせてやるからな」

「いつでもばっちこーい。思い切りなぎ倒すぞ」

 

 負け惜しみに快活な笑みを返され、鼻で笑って背を向ける。

 歩き出そうとして、彼はふと足を止めた。

 

「……鬼」

「なんだい?」

 

 声に、妙な真剣味が感じられた。萃香は首を傾げて問い返す。

 安綱は背を向けたまま、言葉を発した。

 

「お前が生きているということは、ご先祖様は負けたのか?」

 

 自称、源頼光の子孫。安綱が言うところのご先祖とは、そのまま源頼光を指している。

 伊吹萃香、酒天童子と思われる彼女を斃したという伝説を持つ英雄を。

 しかし彼女は生きている。安綱の目の前に居る。

 結果はあえて聞くまでもなく。それでも。

 それでも聞かねばならぬ思いがあった。誰にも言ったことはない、自分の信念に通ずる思いが。

 それに対して、萃香は今までの態度は裏腹に、酔いの醒めたようなしっかりとした声と目付きで答えた。

 

「――いいや」

 

 それは否定の言葉だ。

 思わず、安綱は振り返る。見れば霊夢も、平素では珍しく驚愕の表情を浮かべている。

 

「いいや。あれは引き分けだ。勝ってもいないし、負けてもいない。あとにも先にも、人間と決着をつけら

れなかったのは、あの時がはじめてさ」

「ご先祖様は、源頼光は強かったか?」

 

 その問に、萃香は破顔した。

 思わず安綱は息を呑む。その顔があまりにも輝いていたから。

 闇夜だというのに、光を伴うような満面の笑みだった。

 

「――ああ。後一歩で殺られるところだった。あいつは最高の人間だったよ」

 

 そうか、と。

 落ちるような呟きに、安綱がどんな想いを込めたのかは、萃香たちには分からない。

 言った直後には彼は背を向けて歩き出していたからだ。

 だから、どんな表情をしているのかもわからない。

 

「なら、俺がお前を倒す。覚悟していろ」

 

 だがそうして放たれた言葉には、どこから晴れやかな響きがあった。

 

 

 

 

「ああ、その時を待っている」

 

 ぽつりと、返すように呟く萃香を横目に、霊夢は複雑な心境を抱えていた。

 ――いやだから、スペルカードルールとかあるんだってば。

 空気を読んで表には出さなかったが、何度ツッコミそうになったことか。

 どいつもこいつも話を聞かない連中ばかりで、霊夢は嫌気が差してきた。

 部屋に戻って熱いお茶でも飲もうと思い、そこでふと前々から抱えていた疑問を萃香にぶつけることにする。

 

「ねえ萃香。あいつ、本当に源頼光の子孫なの?」

「ん? なんで」

「だって、あいつの刀」

 

 つい、と安綱が去っていった方向へと指を向ける。

 刀とは、いつも彼が帯びているふた振りの刀のことだ。

 名を鬼切、蜘蛛切。先祖、つまりは頼光から受け継いだ、家に伝わる家宝の刀。

 そして安綱が、源頼光の子孫であることを証明する唯一のもの。

 それに対して、霊夢が言った。

 

「――なんの霊力も帯びてないわ。見たところ、ただのなまくら刀じゃない」

 

 

 

 

 

 




いや!やめて!触らないで。そこはダメっ!いやあああああああああ


(はじめまして皆さん。やまやまやでございます。楽しんで頂けたでしょうか
一話との質の差が酷いと思われるかもしれませんが、一年くらい間が空いてるので許せ。
話は変わりますが、今日ポケットに手つっこんだらカメムシが入ってました。
臭いはしませんでしたし、彼?自身はお陀仏してたので大事には至りませんでしたが
一体全体どうして僕のポケットを死に場所に選んだのでしょう。
今世紀最大の疑問だと思うのですがいかがだろうか

では、また次回お会いしましょう。プロット出来てますのでそう長くは間が開かないかと思います。
半年後くらい。 )
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