うつけもの幻想記   作:やまやまや

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第3話

 

 

 

 夏の夜。にも関わらず、一切の音がない空間がそこにはあった。

 まるで空間を隔絶されたような場所。鬱蒼と生い茂る木々の真上。

 その闇の中に、蠢くものがある。

 見ればそれは、一人の少女だった。

 

「ふふふ……」

 

 頬を持ち上げただけのような笑顔を張り付かせる少女は、何かに腰掛けるようにしてそこに在った。

 真夜中であるというのに、片手には日傘を差している。

 月を背にして、空間の裂け目に座った彼女は――あまりにもおぞましい。

 その出で立ちも、その美貌も、奇妙な笑みも。

 それこそが、博麗の巫女の言うところの、胡散臭いスキマ妖怪。八雲紫のパーソナルだった。

 彼女が何を見て、笑っているのか。その笑みにどんな意味があるのか。それは誰にも分からない。

 ただ、彼女の眼下。月の光すら入り込めぬ樹海の中には、全速力で走り続ける一人の男が居た。

 源安綱、自称源頼光の子孫である。

 

 

 

 

「どこだ……ッ、どこにいる」

 

 何かを探すようにして、辺りに視線を飛ばしながらも移動速度だけは少しも落とさない。

 安綱は今、闇に支配された魔法の森を駆けていた。

 自身の義務を果たすために。

 ――事の発端は、博麗神社からの帰り際の事だった。

 

 人間が恐れ、可能な限り外出を控える時間帯。それはひとえに、闇の中に住まう異形を警戒しての事だった。

 しかしそれを意にも解さず、夜の小道を悠然と歩く一人の若者がいる。

 着物の裾を揺らせながら、腰に帯びたふた振りの刀に片手を置いて、彼は自身の住処である人里へと帰る最中であった。

一見して無表情。動作も無機質で、何を考えているのかは余人には及びもつかない。

 だが、その安綱の胸の内は、夜の静けさを吹き飛ばさんばかりに荒れ狂っていた。

 いわく。

 なぜ、俺は空を飛べぬのか、と。

 疲れた。面倒くさい。つまらん。何もなさすぎて退屈だ。巫女とか魔女とかメイドとか、あのインチキ臭い龍玉探しだす戦闘民族の親戚じみた力の一端でもあれば、里までひとっ飛びなものを――。

 などなど。益体もないことをつらつらと胸中で叫びながら、しかしこれだけ無表情を貫けるのも一種の才能だが、当然この状況には全く役に立たない。

 結果。

 足を止めて、小さく頷く。

 ――今日はここで寝よう。

 霊夢が居れば玉串で張り倒して、どんだけあんたは命知らずなのかと小一時間説教なのだが、生憎彼を止めるような人影は皆無だった。

 現実は馬鹿にとって非常である。誤字ではない。

 善は急げ――本当に善かどうかはともかく――と、彼は早々に寝支度を整え始めた。

 手頃な大木を発見して背を預け、さあ寝よう。

 としたその時だ。

 

「……ん?」

 

 ふと、なにかをとがめたように顔をあげる。視線の先は、里の方向へ。小道の先の、その上方。

 そこから、何かが飛翔する音が小さけれども耳まで届いた。

 妖かしか。

 つい先程腰掛けた樹の根元から、弾かれるように飛び起きて刀を抜いた。

 慢心はない。故の戦闘態勢への即時移行だったが、月明かりに照らされながらも近づく影に、安綱は構えた刀を下ろした。

 見知ったものだ。それも、里では珍しく彼に親しく接してくれるもの。

 

「先生――!」

 

 何かを目指して飛ぶ人影に、安綱は注意を惹くよう呼びかけた。

 

「ん? ……安綱か!」

 

 声音は女性のものだった。月と夜の闇の間を、割くようにして飛翔していた彼女は、そのまま目の前に降りてくる。

 青みがかった銀髪をさらりと揺らす彼女に、安綱は幼少時代から世話になっていた。

 上白沢慧音。白澤と人のハーフであり、半妖とは言え安綱が唯一友好的に接する人外だった。寺小屋で里の子どもたちを相手に、歴史や簡単な勉学を教えている。

 そんな彼女が、日の暮れた後に人里を離れることは珍しい。

 

「こんなところで何をしていたんだ、安綱。いや、そんなことよりも早く里に戻りなさい」

「……?」

 

 その上、どこか何時もとは違った雰囲気を、その言葉から感じた安綱は眉根をひそめた。

 常に静かで落ち着き払った彼女が、今日はどうも余裕が無いように思えたのだ。

 

「先生、どうした? 里で何かあったのか」

 

 みれば表情も硬い。物腰が柔らかく、気立てが良いと評判な慧音が、この時だけはその片鱗すら見受けられなかった。余裕が無いのだ。

 安綱の問いに、慧音は一瞬の逡巡を見せた。しかし思い直すよう首を振って、

 

「――里の子供が、妖怪にさらわれた」

 

 それだけを口にした。

 それ以降を、安綱は聞く事もなく地を蹴り飛ばして走り出した。

 

 

「おい、安綱! お前は里に帰るんだ! ……くっ、聞いてないか。何処の妖怪が誰を攫ったのかも聞かぬまま走り出しおって」

 

 見る見るうちに小さくなる安綱の背を、見つめながら考える。

 連れ戻すか。

 里を襲った妖怪がさほど強い類のものではないといっても、その相手を安綱がするとあっては話が別になる。しかし、時間が惜しい。幸いといっていいものか、安綱はなんの情報もなく飛び出した。それではいくら彼でも、妖怪を見つけ出すことは出来ないだろう。

 考えに考えた末、慧音は一刻も早く博麗神社へと向かうことを決意する。

 妖魔を討伐しに行ってそのまま行方不明になったというような事は、博麗霊夢には頼めない。だが今回の事案は違う。

 里を襲い、無力な子供を攫った。ならば、あの怠け者にも働いて貰えばいい。

 彼女は当初の予定通り、その意識を神社へ向けた。

 

 

 

 

 魂が凍る程の、恐ろしい闇があった。

 木々が空を隠し、月の光を遮り、故にこの場は、混じり気のない闇が支配している。

 その中を、ただ疾走る。乱立する木々を避け、抜刀した刃を引っ掛けぬように注意しながら、意識はどこかに居るはずの里の子供を探し続けた。

 

 

「……ッ」

 

 耳をすませる。嗅覚を研ぎ澄ませる。それで補足できる距離などたかが知れていると理解しながら、それでも出来うるすべての手を打って、彼は疾走る。

 そして――。

 

「見つけた――」

 

 それはいったいどれほどの幸運か。ただ闇雲に走り回った彼が、しかし遂に探した相手を見つけ出す。まるで樹海の中から特定の木を一本探り当てるような所業を、安綱は短時間で成し遂げていた。

 その異常性に疑問を持つ事もなく、彼はひらけた場所に倒れる子供に駆け寄った。

 

「おい」

 

 声をかけ、手を当てる。

 体温はある。息もしている。意識はないが、命に別条はなさそうだ。

 ほうっと息を吐き、身体が忘れていた疲れをじわりじわりと思い出していく。

 だが、頭は逆に冷えていった。

 なぜだ――?

 安綱の目の前に倒れる子供は、妖怪にさらわれた。しかし、見たところ全くの無傷だ。しかも一人で倒れていた。攫った妖怪は何処へ行った。疑問が疑問を呼び、看過出来ぬものへと変わっていく。

 ありとあらゆる異常が、とある一つの結論に至るまで時間はかからなかった。

 

「まさ――」

 

 轟音と衝撃、次いで痛みが安綱を襲い、視界が四方を回転した。

 一瞬だけ見えた毛むくじゃらの腕と巨大な体躯が自分を攻撃し、吹き飛ばしたのだと理解するまでに時間はかからなかった。

 

「ぐ、あ」

 

 うめき声すら満足に出せず、安綱は地を這う。腕がやられた 最早使いものにならない。

 いや、腕だけではない。既に彼は満身創痍だ。

 横合いからの不意打ちとはいえ、たったの一撃で彼は致命を受けていた。

 痛みが熱を伴って頭を燃やす。それでもなお、首だけを動かして自身を攻撃したモノを睨めつける。

 

「ばけ、もの」

 

 視線の先には、異形の頭をした二足歩行の妖怪が立っていた。

 やはりか、という声は後に続かない。胃から競り上がった血液を零しながら、彼は思う。

 子供は餌だ。見事に釣られた。

 

「は、かかったのは雑魚か。無駄なことをしたな」

 

 肯定するように言うのは妖怪だ。追ってくる者を罠にかけ、倒すつもりだったのだろう。その相手が、人間最強といわれるかの貧乏巫女ではない事に落胆しているようだった。

 つまらなさそうに鼻を鳴らしながら、一歩一歩と安綱に近づいていく。

 その挙動には隙が多い。それも当然だ。眼前に居るのは、一撃で血塗れになったぼろぼろの人間。警戒するのも馬鹿らしいとばかりに、無造作に安綱を目指す。

 それを、安綱は未だかろうじて動く右腕に、見えないように刀を握り直して待った。

 

「おい、気をつけろ。そいつ、まだやる気ぞ」

「―――」

 

 ちっぽけな策の、その終結。待った挙句にやってきたのは、軌跡の大逆転でもなく、胸からジワリと滲み這い寄る絶望だった。

 相手は、一体ではなかったのだ。安綱の死角からかかった声によって、彼はそれを悟らせられた。

 

「なんだこの人間。このザマでまだ戦う気だったのかよ」

「脆弱さを自覚していない上に、智慧の回らぬ愚か者だ。刀の一突きで我らを殺せる気で居たのだろうよ」

「は――、雑魚で頭が悪いとは、救えねえな」

 

 振りかかる侮蔑に、悪態をつくことも出来ずにただ唇を噛む。

 圧倒的な実力差。それを覆すことのできない安綱は、動くことすら出来なかった。

 屈辱を押し付けられ、視界に火花が散るほどの怒りを覚えながらも、彼自身が活路を見いだせずに居る。

 そこへ――。

 

「ん……ぅ」

 

 新たな闖入者が現れた。

 いや、それは元よりそこに居たのだ。ただ意識がなかっただけで。

 それがいま目覚めた。攫われた里の子は、数瞬だけ身じろぎし、起き上がって自分の現状を理解する。

 

「ひっ」

 

 恐怖による意識と身体の硬直。それを知った妖怪の意識が、安綱からわずかにずれた。

 

「くっ!」

 

 その機を逃さず安綱は一気に身体を起こす。痛みに軋む全身を叱咤し、地を蹴った。

 

「ああ?」

「……ふん」

 

 妖怪たちがそれに気づき、しかしその後の安綱の行動に疑問を浮かべる。

 

「なにをしているんだ、お前」

 

 言われた彼は、ぼろぼろのまま子供に背を向けて立っていた。化け物の視線を遮るように、子供から化け物を隠すように。

 

「子供の教育に悪いのだ。今後、この子が犬を怖がるようになったらどうする駄犬ども」 

 起き上がり、視線を上げることによって知覚できた狼頭の化け物に、彼は先ほどの侮蔑の借りを返した。

 直後に背筋が泡立った。総毛が立ち、自然に冷や汗が流れてくる。化け物が怒気を表したのだ。

 目眩がするほどの殺気だ。しかしそれでも、余裕のていは崩さない。

 それはひとえに子供のために。年長者が、男が、子供を前に化け物などを恐れてたまるか。

 それだけのちっぽけな理由で、彼は傷ついた身体を無理やり立たせ、無計画に妖怪たちを怒らせる。

 

「そもそも、犬が人間に歯向かうとは何事か。なぜこの子を攫った」

「うるせえ黙れ。ひき肉にされたいか。化物が人間を襲う事に、理由などいらねえだろうが」

「そんなふざけた理由で、子供を殺すというのか」

「だったらどうすんだ? 雑魚で馬鹿でぼろっぼろのオ・マ・エが、どうするってんだ」

「決まっている」

 

 鳴るな歯の根。それだけが今の安綱の思いだった。足元はおぼつかない。手には感覚がない。視界は霞み、恐怖で吐きそうだ。

 それでも、この場面で言うべきことと、やるべきことがある。

 源頼光の子孫であるために、その祖先に恥じない為に、見せるべき姿勢がある。

 

「決まっている。――貴様を倒す」

 

 鬼に認められ、鬼と戦いきった祖先がいるのだ。狼ごときに怯んでたまるか、と。

 

 

 

 

 

 





お前になにが分かる! 全てに満たされ、全てに祝福されているお前に、俺のなにがわかるというのだ!?
俺は、常に日陰者だった。俺は、いつも虐げられてきた。現実に! お前らにだ!
お前には一生わかるまい。俺の気持ちなど――非リア充の気持ちなど!


(どうも皆さんこんにちは、リア充のやまやまやです。
最近お酒と枝豆の最強コンビに打ちのめされました。太らないよう気をつけたいと思います。
あ、体重は52キロです。170センチで。太ったほうがいいですかね。
アルフォート買ってきます。また次回会いましょう)

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