魔法少女リリカルなのはStrikerSの二次創作小説となります。ギンガ・ナカジマが主役、内容はシリアスです。この作品は以前、サークル「真夏の夜の夢」にて刊行された同人誌「機動六課勤務日誌(I)」に寄稿した作品です(掲載許可は取得済み)。現在pixivとのマルチ投稿となっています。
寄稿先サークル情報は右記URLをご覧ください。http://orange.zero.jp/kazahara.fox/top.html
それは、まだあたしがギン姉って人のことを、よく理解してなかった頃の話。
ギン姉はいつも姉として、年上の女性として、そして母さん亡くなった後、その代わりとして、いつもあたしの側にいてくれた。
あたしにとってギン姉って人は、とっても大きな存在だった。
そんな風に見ていたあたしは、わかっていなかった。
ギン姉があたしとたった二歳しか違わない、ひとりの女の子であることを。
あたしの知らないギン姉が、まだ十七歳の、少女という時間を終えたばかりの女性でしかないことを。
これは、ギン姉がずいぶん後になって話してくれた物語。
あたしの知らないギン姉が出会った、人と人との交差点で起こった物語。
* 1 *
「どうしたの? スバル。ぼぉっとしちゃって」
声をかけられて我に返ると、すぐ目の前にあたしのことを見つめてくるギン姉の瞳と、その瞳に映ってるあたしの姿が見えた。
「そんなんじゃダメだっていつも言ってるでしょう? ほら、買ってきたよ」
そう言って手渡されたアイスクリーム――大きめのワッフルコーンにトッピング付きで盛られたそれは、アイスってよりももうサンデーって言った方がよさそうだけど――、を受け取る。
「おいしそぉ~! いっただっきまーすっ」
長い髪をかきあげてベンチに座ろうとしてるギン姉のことも待たずに、添えられたスプーンを脇にどけてアイスにかぶりつく。生クリームが添えられたストロベリーアイスが口の中に広がっていった。
「ん~っ、おいしっ。さすがギン姉!」
あたしもよく食べる方だけど、それはギン姉も同じ。ただなんでもおいしく食べられるあたしと違って、ギン姉はおいしいものを選んで食べてることが多い。あたしも食べるならおいしいものがいいとは思うけど、ギン姉の場合どっかにそれ用のセンサーでもあるのか、お店でも街角でも、おいしいものは見逃さない。
「行儀悪いよ。それにもう少し静かに食べなさい。いつも言ってるでしょう?」
スプーンで掬ってひと口ずつ食べてるギン姉が、ちょっと頬を膨らませながら睨んできていた。かぶりついた方が絶対おいしいのに、と心の中で思いながらも、「はぁ~い」と返事してどかしておいたスプーンを取った。
お昼を少し過ぎたくらいのこの時間、繁華街に近い公園には、早くもスクールが終わったらしい学生服姿の男の子や女の子、子供連れの主婦らしい女の人たちが、柔らかい陽射しの下で楽しそうな時間を過ごしていた。
ギン姉と非番の日が一緒だった今日、あたしたちは少し前から話し合ってミッドの繁華街まで遊びにきていた。本当はティアも誘ったんだけど、「姉妹水入らずでどうぞ」なんて言って来てくれなかった。
三人の方が楽しいのに、とは思うけど、Bランクの魔導師試験はもうすぐ。たぶん今日ティアは、自主練に明け暮れてるんだと思う。
午前中の間にブティックやデバイス関係のお店、ゲームセンターなんかを回っていたから少し疲れて、あたしもギン姉もけっこう広いこの公園のベンチで、ひと休みしている。
「試験の準備の方は大丈夫なの?」
「うん、ちゃんと準備してるよー。大丈夫だよっ。……たぶん」
ちょうどそのことを考えていたところで、ギン姉に心配されてしまう。
試験の準備は、ペアで受けることが決まってからティアと一緒にしっかり進めてる。筆記はなんとかなりそうなんだけど、正直実技の方はCランクとは比べものにならないくらい難しいなんて話も聞いてるから、自信が充分って言えるほどじゃなかった。
「試験内容は直前にしか発表されないからアドバイスはできるようなことは、あんまりないのよね」
いつのまにかアイスを食べ終えてたギン姉が自分のことでもないのに不安そうな視線を向けてくる。
自分でも不安はあるけど、あたし以上に不安そうに目を細めてるギン姉。
あたしにとってギン姉は頼りになる姉であり、シューティングアーツの先生であり、母さんが亡くなってからは母さんの代わりだった。
そんなギン姉にこれ以上心配をかけたくないから、あたしは笑顔で応える。
「大丈夫だっ、て!」
突き出した右手の親指ぐっと立てて笑むと、ひとつ溜息を漏らしてギン姉もまた微笑んでくれる。
「そうね。そうだよね。スバルもいつまでも子供じゃないもんね」
言って空を仰いだギン姉は、何かを思い出してるみたいに、遠くを見ていた。
「スバルはいつまでも子供じゃないし、自分の夢を持って、それに向かって頑張ると言うなら、できる限り手伝うし、応援してるよ」
「う、うん」
少しいつもらしくない顔をしてるギン姉は、いままで以上にどこか大人びた――、まるで本当の母さんのような表情であたしのことを見る。
「でもやっぱり心配。スバルはスバルだから。たとえ何歳になっても、スバルは私の妹だから」
にっこりと笑ってそう言うギン姉は、どこかいままでとは違う雰囲気をまとっていた。
* 2 *
『配置完了』
暗号通信によって別働隊からの報告が入る。
作戦開始の準備は整った。
膝をついて待機していた私は、同じような体勢で時を待っていた分隊の仲間に目配せをする。
正面に戻した視線の先に見えるのは、人の手が入っているようには見えない岸壁にぽっかりと空いた洞窟の入り口。木も茂みもない広場に面したその穴は、実は人の手が加えられている。魔法を使うと感づかれてしまうから、電子式のスコープを使って穴の付近にいくつかの熱源があるのを再確認する。センサー。
「ギンガ」
後ろからかけられた声に振り向かずに頷き、スコープをベルトポーチに仕舞って潜めていた魔力を解放した。
「突撃!」
声とともにインラインスケートに魔力を注ぎ込み、茂みを突っ切って一気に洞窟に向かって走り寄る。分隊のみんなもほとんど同じ速度で着いてきていることを音で認識しながら、洞窟から顔を出した男のボディにリボルバーナックルで一撃を加え、昏倒させた。
「一気に行きます」
返答の声を聞きつつ速度をさらに上げて洞窟の中に侵入する。
入り口から見える範囲は天然洞窟のままだったけれど、そこを通り過ぎるとライトが灯され、白で塗り固められた床と壁を持つ人工区域に入る。あわてて武器を構える男たちを部隊の仲間と連携攻撃で行動不能にしつつ、確保は後から来る隊員に任せて最深部に直行した。
この世界には登録上では人が住んでいない。自然保護のために調査以外の入植は制限されているから、こんな大きな施設が存在しているはずはない。
私たちが突撃したのはそんな違法施設であり、そして売買目的で魔法の素質を持った子供たちを掠っている犯罪組織のアジトのひとつ。掠われた子供たちの行く先は、武装組織の訓練所や違法な研究を行う研究者の元が多い。
組織の全貌を明かすことはできていないものの、子供たちの身柄を保護するためにも、ここのところミッドで頻発している誘拐事件を止めるためにも、陸士一○八部隊が出動することとなった。
ドンッ、という洞窟全体を揺るがすほどの振動と音が響き渡る。
それは岸壁上部に配置されていた別働隊が、砲撃魔法を使って一気に最深部に突入した証拠。
正面から突入した私たちは陽動。私たちが最深部に到着する頃には岸壁上部から突入した分隊が指令系統を制圧する。それが今回の作戦だった。
『四名制圧! 奥へ』
私たちに続いて洞窟に侵入した後続部隊から通信が入る。行動不能にさせておいた誘拐組織の犯人を次々と確保しているという連絡。作戦は大詰めに入っていた。
「突入します!」
立ちふさがるのは大きな両開き扉。この先には作戦通りならばすでに制圧されてるはずの、アジトの司令部がある。
「ロードカートリッジ!」
リボルバーナックルのカートリッジを二発ロードして魔力を高める。
『ストームトゥース』
インラインスケートの勢いを緩めることなく扉に接近し、魔法が発動したのと同時に魔力で強化した拳を叩きつけた。
倒れ込んでいく扉の向こうに広がっていた風景は、犯人たちを確保した別働隊の仲間の姿。……ではなく、床に転がった仲間と、掠ってきたらしい女の子を片手で抱えて盾にし、現れた私たちに驚きの目を向けているリーダーらしい者以下数名の男たちの姿。
「う、動くな!」
焦りを含んだうわずった声を無視して、私は部屋に突入した動きのままリーダーに向かって身体を滑らせる。
犯人は冷静さを失っている。魔法の準備も終わってはいない。いまの状況に舌打ちしてるくらいなら、一気にクロスレンジでの戦闘に持ち込んで犯人を確保する方が状況は良くなる。
今回の作戦のために、子供たちを盾にされることも想定した訓練は積んでいたし、ここで立ち止まって事態を膠着させれば、傷ついた仲間の生命も危うくなり、犯人たちに逃げる隙を与えてしまう。それに長時間の極限的な緊張は、子供には悪影響を及ぼす。
カートリッジを一発ロードしながら、安否を確認するために盾にされた女の子に視線を向ける。
――スバル?!
リーダーに抱きかかえられた女の子。恐怖に歪んだその子の顔に、四年前の事故のときのスバルの顔が重なる。
――違う!
ためらったのはほんの一瞬。けれどその一瞬が命取り。
構えた拳を繰り出す直前に、リーダーが完成させたいくつかの魔力の光球が、仲間からひとり突出した私に向かって集中した。
肌にピリピリと来るその魔力の感触は、おそらくAランクかそれ以上。防御が間に合うタイミングでないそれが全弾命中すれば、私は死なないまでも行動不能に陥るのは確実だった。
けれど――。
「莫迦野郎! なに気ぃ抜いてやがる!」
命中するはずだった光球は、すべて目の前に張られたバリアによって無力化された。
「レイン?」
比較的珍しいその赤黒いバリアの魔力光は、同じ分隊に所属してるガードウィング、レイン二等陸士のもの。一瞬のことで頭が着いていかず、後ろからかけられた声の主の名を呼んでしまう。
「惚けてる暇なんざねぇ!」
その声は後ろからではなく、私の正面方向から聞こえてきた。
転移魔法でリーダーの背後に移動した茶色の髪をした壮年の男――レインは、私のことを睨みつけながらも短いバトン状のデバイスから伸びた魔力の刃を振るい、リーダーを気絶させた。
我に返った私は、倒れ込もうとしているリーダーから女の子を奪い取るようにして抱き寄せる。少し遅れて私に続いていた仲間たちが、他の犯人たちを次々と確保していった。
作戦は、一応成功に終わった。
*
「はぁ……」
今日の失敗の自己嫌悪で何度目かの止まらないため息を漏らしていた。
事前調査の段階では、犯人グループの戦力はBランク魔導師数名だった。人質となった子供の保護を優先したために、調査班の事前調査が不足していることはわかっていた。だから想定していた戦力は調査結果よりも高めにAランク魔導師数名とした。実際にその場にいたのは、AAランク魔導師をリーダーとした、Aランク魔導師中心の戦力だった。
そのために発生した被害は重傷者二名と軽傷者三名。子供たちはみな無傷。犯人全員を確保。結果としてはそれで終わった。
けれどリーダーの前で私がためらい、仲間を危険に晒したことには変わりない。
ミスをしてしまった今日は、本来フォワードの仕事ではない撤収後の後始末を手伝い、さらに報告書を仕上げていたためにずいぶん遅くなってしまった。
「はぁ……」
その程度では気分が収まるはずもなく、もう一度ため息を吐きながら陸士一○八部隊の隊舎に入り、更衣室へと向かう。整備担当の隊員を除けば、フォワードもバックアップも大半の人は待機や休息に入っているから、夜になったいまは常夜灯の弱めの明かり以外、廊下を照らしている照明はない。
その後も何度かため息を漏らしながら明るい場所に出る。仕事用に使う業務区画と宿舎などの一般区画を区切るようにあるそこは、談話スペース。
簡易給湯設備や壁一面の大型モニター、ソファなどが設置されたそこには、まだ休んでいない男性隊員が何人か、ニュースチャンネルをモニターで映しながら楽しげな声を響かせていた。
疲れきっていた私は早くシャワーを浴びたくて、彼らに声をかけることなくそこを通過して更衣室に向かおうとした。でも……。
「よぉ。今日はお疲れさん、ギンガ・ナカジマ陸曹殿」
男たちのひとりから、棘のある声がかけられた。
「レイン……。レイン・ガーヴィッシュ二等陸士、お疲れさまでした」
仕方なくかけられた声の方に身体を向ける。
ソファから立ち上がった茶髪の壮年隊員ことレイン陸士は、だらしなく着崩した制服姿で側までやって来る。本当は私よりも背が高いはずなのに、わざわざ肩を怒らせ猫背になってまで、下から覗き込むようにして唇の端をつり上げ嫌らしい笑みを向けて来た。
「呼び捨てでいいぜ、ギンガちゃん。作戦中じゃないんだしな。ったくよ、今日のはなんだよ。いったい何に気を取られたってんだ?」
「――すみません」
「作戦は概ね成功だったんだ。謝るこっちゃねぇよ。それよか何を一瞬ためらったんだ? それともあの日だったのか? 女は大変だなぁ」
「いえ……」
癇に障る声で笑うレイン陸士――レインの言葉に反論することができない。
男からそんなことを言われたら、いつもだったらきっちり言い返しているところだけれども、今日のミスは私の失態。反論の言葉も思い付かない。
「おい。んなのいいから、話を続けろよ。その美人陸佐さんとはどうなったんだよ? どうせお前のことだ、かなり貢がせたんだろ? なぁ」
「ちょっと待ってろよ。ったく」
私の倍、までではないにしろそれに近い年齢のレインはずいぶん経験豊富らしい。下品な話題で盛り上がっていたらしい男性隊員たちに険しい視線を向けつつも、話の続きがあるようなのでまだその場を離れることはできない。
何しろあのときバリアで私のことを守ってくれたのは、他ならぬレインなのだから。
「ギンガちゃんはよぉ、思考の切り替えが甘いんだよ。感情は人を強くもするが、弱くもするぜ? どんなに厳しい状況でも、人質が身内でも、敵が友達だろうと、やるべきことは忘れちゃなんねぇだろ? そんなところがまだまだ子供なんだぜ? ギンガちゃん」
「……はい」
彼が言ってることは確かにその通りだと思う。でもひと息毎に嫌らしい笑みを浮かべ、言葉のひと言ひと言に莫迦にしているようなニュアンスが含まれてる。わざわざそんな言い方をしなくても良さそうなものなのに、それが彼の、通称「嘘つきレイン」の言い方らしい。
「経験の方はどうしようもねぇんだ。フロントアタッカーは突っ込むばっかりじゃなくてだな、後ろに構えるガードウィングとかセンターバックのこと忘れずに――」
「報告書は作成しておきました。後なにかありましたら、ミーティングの際にお願いします」
「おい、ちょっと待てよぉ。ギンガちゃんよぉ」
気の重さと不快感でそれ以上話を聞いていられず、言い捨てて私は更衣室へと向かっていった。
「あーーーーっ! もう!!」
脱いだジャケットを思わずロッカーの中に叩きつけていた。
――あんな言い方しなくてもいいじゃないっ。
悪いのは自分。レインの言ってることは正論。それはわかってるけど、言い方が悪い。荒れていいのはむしろミスに付き合わされた仲間の方だと思う。それでも彼の言い方が胸にもやもやと残って八つ当たりせずにはいられない。
「ったく」
「荒れてるねぇ、ギンガ。でもロッカーを殴ったりしないでね。『八つ当たりで破壊されたので』なんて理由で什器を手配する方の身にもなってね」
「……現実的なのね、クレハ」
そんな言葉をかけてきたのは、総務担当のクレハ二等陸士。先祖の住んでいた世界が同じだったことで仲良くなった少し年上の女の子で、主に部隊の消耗品、什器備品の手配などの細かな仕事を担当している。いつもならいの一番で仕事を終える彼女だったけれど、今日は作戦後の消耗品などの手配にいままで掛かってしまって、こんな時間にここにいるんだろう。
クレハの言葉に力抜けして、投げ込んでしまったジャケットを取ってハンガーにかけ直した。
「どうせレイン二等陸士のことでしょう?」
「――なんで知ってるの?」
「今日のギンガのこと、ぶちぶち言ってたみたいだからね」
「相変わらず耳が早いのね」
普通の女の子らしく噂話に明るい彼女は、薄いピンクの上下の下着にシャツを引っかけた格好で、シャワー上がりのクセのある長い髪をなでつけながら人なつっこい少し丸い顔で微笑んだ。
「まぁ、ちょっとね」
スカートを脱いでシャツのボタンに手をかけつつため息を漏らす。
「有名よ、『嘘つきレイン』って。昔からそうだったわけじゃないみたいだけど、ここんところはその通称で通ってるの。事件になっちゃうほどの嘘を吐くわけじゃないけど、細かい嘘とか小さい話をおっきく吹いたりとかね」
「それは私も聞いたことはあるけど……」
レインが一○八部隊に配属されてきたのは三ヶ月ほど前。その際に分隊の配置が入れ替えが行われ、私と同じ分隊の所属になった。
彼の素行は一○八部隊に来る前から有名で、『嘘つきレイン』と呼ばれるようになったのもけっこう前らしい。通称の通り嘘をよく吐き、悪友をつくって隊舎を抜け出したり、訓練を無断で休んだりと、素行の悪いという話も耳にしていた。
実際この短い期間の間に、彼が噂通りの人物であることは確認していた。
「あー。あたしも聞いた聞いた」
「そうそう。この前さぁ……」
そんな風に横から話が割り込まれるくらい、彼の行動は有名らしい。クレハの他にも残っていた女子隊員が声をかけてきた。
「なんだっけ? どっかの陸佐と結婚する予定だったとか、自分はもうちょいで死ぬんだとかさ」
「他にもあったよ。ギャンブルで買って大金持ちになったとかさー」
「それは本当だったらしいよ? 大金持ちってわけじゃないみたいだけど」
「でも、でもさ、この前――」
「あー、うんうん」
いつの間にか更衣室内は、思いの外残っていた女子隊員の声で満たされていた。
それもほとんどは嘘つきであること、下品であることなど、真実とも嘘ともつかない下世話な話ばかり。レインが一○八部隊に配属されてからまだ三ヶ月程度なのにそんな話が出るってことは、それだけ彼が部隊内であまりよく思われてない証拠なんだと思う。
「……でも、今日はすごかったですよね。レインさんってCランク魔導師なのに、AAランク魔法の攻撃を完全に防いじゃうなんて」
隊の中でも比較的目立たない、私が所属してるのとは別の分隊でガードウィングを担当している女子隊員が、ぽつりとつぶやいた。
「同じCランクですけど、わたしではAランクの魔法でも防ぎきれなくて吹き飛んで仕舞うのに――」
「えー、でもそれはさ」
「けどやっぱりすごいよぉ~」
それをきっかけに、レインを評価する話題と逆に卑下する話題で入り乱れ始める。
確かに今日のレインはすごかったと思う。
防御が決して得意とは言えない私だと、たとえ間に合っていたとしてもAAランクの魔法を完全に防ぐのは難しい。それをCランクのレインは攻撃の残滓ひとつ残さず完全に無力化していた。
魔導師ランクは絶対的な魔力の評価ではないし、得意分野の魔法であれば一ランクくらい上のものを使うことも決して難しいことじゃない。
ガードウィングのレインは防御魔法に長けている。それも経験豊富な彼には防御魔法にも信じられないほどのレパートリーがあり、発動の距離や範囲の幅は相当広い。けれども彼が一番得意としているのは、転移魔法。
大質量を転移させることはできないものの、その制御能力においては部隊の中でも右に出るものはたぶんいないと思う。運動神経も悪くなく、自身を転移させた直後の空間把握にも隙はない。
ただ転移魔法は得意であっても召還魔法は得意ではなく、攻撃魔法もまた不得意だった。
短いバトン状のデバイスから魔力を刃状に伸ばして行う魔力斬撃や、四つまでならミリ単位で制御できるとレイン自身が自慢している、主に牽制用の誘導操作型の射撃魔法がある程度だ。
制御や収束においてはAランクには相当するかも知れないけど、放出においてCランクだと思われるレインの魔法資質では、AAランクの射撃魔法を完全防御するのはやっぱり困難だと思えてくる。
「レインのことが気になるの?」
「そう言うんじゃなくって!」
考え込んでる私に気づいたらしく、うつむいていた私の顔を覗き込むように意地悪な笑みを向けてくるクレハ。
「彼のことなら、所属隊員のファイルにだいたいのことは書いてあるよ。個人情報はないけど、得意分野とか陸士部隊での履歴とかはね。フロントアタッカーみたいに目立つ活躍はないけど、そこそこだよ、彼」
「……気が向いたら見てみることにする」
見透かされたような言葉に二の句が継げず、下着を脱いでバスローブを羽織った私は、シャワー室へと足を向ける。
「あ、そうそう、ギンガ」
「なに?」
背中から向けられた声に振り向くと、さっきとは打って変わってものすごく爽やかな笑顔を浮かべているクレハ。
……悪い予感がする。
「たぶん明日の半休が明けてから、隊長から呼び出しが掛かると思うよ」
たぶん今日のミスのことだろう。
クレハはどこからそんな情報を仕入れてくるんだろうと思いながら、今日何度目かわからないため息を漏らしつつ、シャワー室の扉を開いた。
*
コンコンッと扉を叩き、「入れ」の声を待って扉を開ける。
報告書に目を通していたらしい陸士一○八部隊隊長こと私の父さん、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐は、報告書を開いていた空間モニターを閉じて私の方に視線を向けてきた。
いつもの優しそうな表情とは違い、父さん――隊長は少し険しい顔をしている。ミスを含めてすべてを書いた私の報告書は、もう読んでいるんだろう。
休息のために一部を除いて半休になった作戦の翌日、訓練もなく事務処理をこなしている間に時間は過ぎていった。夕方前になってやっと、ナカジマ隊長からの呼び出しがかかっために、隊長室を訪れていた。
「申し訳ありません。先日の作戦では私のミスで他の隊員を、そして保護対象を危険に晒しました」
何かを言われる前に、深く頭を下げる。
「今回のことは私の経験不足から来るミスです。誠に申し訳ありませんでした」
「経験不足は致し方ない。自分でミスがわかっているなら、同じミスは繰り返さないだろう。想定戦力の読み違えは俺の責任だ。それでも作戦自体は成功した。ミスも始末書が必要なほどじゃない。甘いかも知れないが、処分は特になしだ」
「隊長、それでは――」
手で言葉を制して、隊長は表情を和らげる。
「今日の勤務時間はいま終わった、ギンガ」
「……はい」
それ以上の追求がないことに安心しつつも、不満は残る。隊長から視線を外して顔を伏せた。
「けど次、同じようなミスは絶対に許さないぞ」
「はい」
「これ以上、娘の心配をさせるようなことはしてくれるな」
優しげな父さんの笑みに、胸にこみ上げてくるものを感じる。それと同時に父さんにそれほどまでに心配をかけてしまっていたことを申し訳なく思いながら、「はい」と小さな声で返事をした。
「スバルだろ? 盾にされてた子に重ねて見たのは」
「――えぇ」
「俺がその場にいてもためらっていたかも知れないさ。仕方ないとは言わないが、ギンガの気持ちはわかる」
そこまでのことは報告書にも書いていなかったのに、さすがは父さん。私が感じたことを見抜いている。
執務用の机を立ってソファに移動した父さんに続いて、私も正面のソファに腰を下ろす。
「スバルは三八六部隊でよくやってるよ。公開されてる報告書に目を通してるだけだけどな。今度Bランクの魔導師試験を受けるみたいだなぁ」
「うん、それはスバルからも聞いてる」
優しそうな笑顔を浮かべ続ける父さんに対して、私はそんなに明るい顔をすることができない。父さんの顔を見ることができずに、用意してくれたコーヒーの入ってるカップの辺りに視線をさまよわせてしまう。
『人を守れる強さがほしい』
そんなことを言い始めたスバルに本格的にシューティングアーツと魔法を教え、それなりの形にしたのは私。陸士隊の訓練の内容はだいたい想像がつくし、非番なんかで時間が取れるときには自主練にも付き合ったりしてるから、いまのスバルの能力がどれくらいなのかは把握してるつもりだった。
不足はまだまだあるけれど、彼女が望む強さは着実に身に付いている。その実感はある。でもスバルには弱く、脆い面があるのも確かだった。
「でもちょっと、私には心配に感じるところがあって……」
濁らせた言葉に大きな声で笑って、父さんは言う。
「スバルもいつまでも子供じゃない。心配しすぎだぞ、ギンガは。そういうところは母さん似だな」
私の不安をそんな風に笑い飛ばす父さんに少し元気が出て、少しだけ笑みが漏れてくる。
「スバルの成長を、遠くからでも見守ってやろうじゃないか。手助けしてやれるところがあれば、俺でもギンガでも、助けてやればいい。そうだろう?」
「そう、ですね」
スバルにはいつもなにか言い足りないことがあるような気がして、別れた後に不安に思ってしまうことがある。
感じてるほどの心配をする必要がないのはわかっていても、どうしても胸の奥にわだかまる不安。
父さんの言葉に頷きながらも、私は不安を拭いきれないでいた。
*
「お父様にこってり絞られてきたか?」
隊長室を出て扉を閉めた瞬間、そんな声がかけられた。
夕暮れに染まる廊下の壁に背を預けて立っているのは、レイン。
「いえ、とくには」
思わず表情と口調を固くして答える。
「そうだろうな」
わかっていたかのように言い、喉の奥でクククッと嫌な笑い声を上げる。
「ゲンヤ父様は優しいからなぁ~? 女の子には、それも自分の娘には格別にな」
私自身始末書の一枚、そこまではなくても反省文くらい書かされると思っていたから、その言葉には反論の余地はない。
嫌な笑いを続けているレインから、かすかに酒の匂いが漂っているのに気がつく。
「お酒を飲んでいるのですか? 勤務時間は終わったと言っても準待機任務中です。ほどほどに願います」
準待機時間中の飲酒は禁止はされていない。部隊の仲間と親交を深める意味でも精神の安定を図る意味でも、少量の、適度な飲酒は有効に働く。とはいえ緊急出動がかからないとも限らない。
彼の武装隊での経験は、私の数倍になる。性格的には不真面目でもそんなミスはしないとは思うけれど、どうしても固い反応になってしまう。
「大丈夫さ。この程度はな」
酒の臭気は漂っているものの、彼には酔っている様子は見られない。確かにいま飲んでいるくらいならば問題はないのだろう。
「……昨日は、ありがとうございました」
「ん~? なんのことだ」
「私に向けられた攻撃を防いでくれたことです。助かりました」
「礼を言うのが遅ぇんだよ。ったく。つうか礼を言われるこっちゃねぇよ。同じ分隊の仲間なんだ。フォローし合うのは当たり前だっての」
不機嫌そうに顔を歪ませるレインに、それでも私は頭を下げて感謝を表す。
「けれども本当にすごかったですね。AAランクの魔法を完全に防いでしまうなんて」
礼を言い、彼の能力を認めるつもりだったのに、つい棘のある言い方をしてしまう。どうも彼には、柔らかい対応をすることができない。
「たいしたこっちゃねぇよ」
さらに顔を歪ませてそっぽを向くレイン。
「いいえ。本当にすごかったです。私でもあの魔法を完全に防御するのは難しかったですから」
魔導師ランクが絶対評価ではない。確かに魔力放出量には生まれ持った資質があるのはわかっているけど、高い能力を持つ者はそれだけ責任と危険を追う仕事が与えられる。要は適材適所。差別的な発言をしたいわけじゃない。
そう、思っているのに……。
レインはひとつ息をつき、苛立ちのような色を含んだ瞳を向けてくる。
「実はオレはな、Sランク以上の力があるんだ」
「それならCランクに甘んぜずにもっと上を目指せばいいじゃないですか」
――あぁ、もう!
心の中では素直になれない自分に文句を付けながらも、口から出る言葉を制御することができない。
「身体への負担がでかいんだよ」
「それならば病院に行かれた方がよろしいのでは? 昨日の魔法でも相当負担があったのではないのですか? 精密検査を受けた方がいいと思います」
「病院なら、いつも行ってるさ。……まぁ、そうだな。不相応なんだよ、オレの力は」
不機嫌になった表情から一転、寂しそうな笑みを口の端に浮かべて、レインは私とすれ違う。
「妹さんのことだろ? 気になったのは。妹ってもいつまでも子供じゃねぇもんだよ。ギンガちゃんだってまだ十七歳の女の子だろ。お姉ちゃんだからって頑張り過ぎちゃダメだぜ」
すれ違う一瞬、寂しそうな表情を私に向けることなくつぶやくようにそう言い、肩に優しく手を置いた彼は、私の代わりに隊長室に入っていった。
――なんだろう、あの表情。
言い過ぎたんだと思う。後で謝っておかないと、とも思う。
でもなにかが違う。
彼が浮かべた寂しそうな表情からは、彼がなにか想像もできないような重荷を背負っているような、そんな予感めいたものが感じ取れた。
そして彼が残した手の暖かみに、彼が残した言葉に、父さんと同じ優しさを感じていた。
* 3 *
「そんなこと、ないと思うんだけど……」
無意識のうちに思いを口の端にこぼれさせてしまいつつ、尖らせた口でお気に入りのアヒルのマスコットが描かれたカップから、コーヒーをひと口すする。
父さんどころかレインにまで指摘された過剰な心配。
スバルは確かに力を付けているけど、たぶんあの子が考えてる必要な力にはまだまだ足りてないと思うし、思い切りがよい言えば聞こえはいいけど、無謀とも言えるあの性格は、もう少し慎重さを身に着けないと何かあったときに危ないと思う。
――充分に指摘してやれないって意味では、間違ってはいないと思うんだけど。
私もスバルも陸士隊に所属しているいまとなっては、お互いに非番の日や家に帰ることができた日くらいしかしっかり見てやることはできない。そんな状況では、私の考えは間違ってないと思うのに……。
ぬるくなり始めたコーヒーを飲み干して、私は目の前に開いた空間モニターに注意を戻す。
いくつか開いている空間モニターに表示されているのは、先日の作戦で壊滅させたはずの誘拐組織の続報。組織の人間を逮捕できたこともあり、今までわかってなかったこともだんだんとわかってきている。
組織の全貌が見えているとは言えない状況だけど、本拠地と目されていた先日のアジトは中継地点で、別のもっと大きな本拠地がミッドか、ミッドに近い次元世界に存在している可能性が調査班によって示唆されている。
「たいへんなことになりそうね」
隣の席に座っている同じ分隊のセンターバック、シンシア一等陸士が声をかけてくる。
……そんなに私は難しい顔をしてたのか、シンシア陸士は自分の眉の間を指さし、笑む。触ってみると、私の眉根に皺が寄っていた。
いまフォワード担当が主に使っている事務室には、さっき終わったミーティングで配られた誘拐組織の資料を、みんなが思い思いに確認しているようだった。
部屋の雰囲気はけっしていいものじゃない。前線任務が多いフォワード陣は自ずと事務仕事が苦手になりがちで、和やかな雰囲気になるのはひと息入れてるときくらいだけど、今日の雰囲気は特に重い。
それは誘拐組織の規模は想定を大きく上回っているだけじゃなく、戦力はいまだ掴めず、拐われた子供達の実数も把握できていないからだった。
難しい表情をしているのは隣の席のシンシア陸士も、エラルド陸士も同じ。斜め向かいにいるはずのレインは、ミーティングのときからずっと、不在のままだった。
「コーヒー、淹れてきますね」
「うん、お願い」
暗い雰囲気を払拭するためにも、同じ分隊のシンシア陸士とエラルド陸士のカップを受け取って、事務室に併設された給湯室に向かう。
結構大きな冷蔵庫の冷凍室にはアイスや冷凍食品が詰め込んであってごちゃごちゃだけど、その中でも見慣れた瓶を手に取る。先に準備してあったドリップセットにコーヒーの粉を計量スプーンで二杯ほど入れ、沸騰させておいたヤカンから湯を注いだ。
コーヒーを淹れるくらいなら事務室にあるドリンクコーナーで無料で飲めるけれど、やっぱりコーヒーは香りと一緒に楽しみたい。だから私は、街角で見付けた昔ながらのコーヒーショップでコーヒー豆を買って、給湯室を使って淹れるようにしていた。
ドリッパーに溜った湯が少なくなったのを見計らって注ぎ足しつつ、空間モニターを開く。
表示された情報は、レインに関するもの。
部隊は個人戦力の寄せ集めではないから、分隊長小隊長クラスの人でなくても同じ部隊内なら略歴や戦功、得意とする魔法などの情報は公開されてる。同じ分隊になったときに一度確認したことはあったけれど、先日クレハに言われて、あんまりその気じゃなかったけど、一応ってことで彼の情報を見直していた。
時空管理局に入局したのは十八歳。武装隊を中心に様々な部隊に在籍し、主な担当は防御魔法を活かしたガードウィングか、転移魔法による瞬間移動を利用した戦力の組み立て役としてのセンターガード。大きな功績は見られないものの、特記事項として彼の能力を評価する記述が見られる。
魔導師のランクはやっぱりC。若い頃にCランクに昇格しいることから見て、その後昇級試験は受けていないか、落第したんだと思う。
レインは訓練への参加割合は高くない。事前に連絡があることもあれば、無断で休むこともあって、充分な連携が取れるほど分隊のメンバーに馴染んでいるとは言えない。そんな中でも見ていた彼の訓練時の能力は、確かに防御や転移魔法が得意なCランク魔導師という印象しか、私にはなかった。
「あっと……」
ドリッパーの湯がなくなっていることに気づき、注ぎ足す。ドリンクコーナーのコーヒーでは出すことができない、淹れたての柔らかい香りが給湯室に広がる。
考える限り、やっぱりレインの魔法資質ではAAランクの射撃魔法を防御しきるのは困難に思えていた。
彼が使う魔法はミットチルダ式。バトン状のデバイスも通常のミッドチルダ式で、カートリッジ機構は搭載されていない。そんな彼がAAランクの魔法を無力化したのだとしたら、想像を絶する負担が身体に掛かっていると思うのに、そこまでの様子は見られなかった。
『実はオレはな、Sランク以上の力があるんだ』
そんな彼の言葉を思い出す。
にわかに信じられないけれど、その言葉が本当なら彼があのとき魔法を無力化できたのも納得はできる。
それならそれで、なんでCランク魔導師に留まっているのかがわからなくなる。
『不相応なんだよ、オレの力は』
そう言って寂しそうな笑みを浮かべたレインの顔が思い浮かんだ
レインには何か、誰にも話してないことがあるんだろうか。
ヤカンをコンロの上に戻しながら、表示されてる空間モニターのレインの画像をじっと見つめる。
「なにそんなに見つめてるの? 惚れちゃった?」
ポンと肩に置かれた手に振り向くと、クレハが肩越しにモニターを覗き込んでいた。
「ち、違うって!」
そんなことはあり得ないのに、顔が熱くなるのを感じながらムキになって反論してしまう。
「ギンガってファザコンだもんねぇ。実はレインくらい年上の人が好みなんじゃないのぉ~?」
「違うって言ってるのにっ」
ものすごく意地悪な笑みを浮かべてるクレハの言葉に、思わず声が大きくなっていた。
「まぁまぁ。コーヒー、もういいんじゃないの? それに訓練の時間、そろそろだよ? 憧れの君に見惚れるのもいいけど、時間は忘れちゃダメだよー」
「もう!」
空間モニターを消しクレハの手を振り払うようにして、ジャグからコーヒーをカップに注ぐ。どうしてか押さえられない動悸に気づかれないようにしながら、席に戻るために給湯室を後にした。
*
「変わりなしだ」
ゲンヤ・ナカジマ隊長が表示された情報を読み終えたのを確認し、応接セットのソファに反っくり返るように座っていたレインは、そう言って唇の端をつり上げた。
「……」
しかしゲンヤは渋い顔をしたまま、モニターから顔を上げる様子はない。
腕を上げて時間を表示させてみると、すでに訓練が始まっている時間になっていた。
――まぁ、いいか。
とレインは心の中でつぶやきあっさりあきらめる。
苛立って顔を歪ませているギンガの様子が脳裏に浮かぶが、そんな彼女はむしろ子供っぽくて微笑ましいくらいだった。
隊長室にはいま、ゲンヤとレインの他には人はいなかった。そう近くはないだろうが、次回の出動に備えて訓練の準備が行われているから、それも仕方がない。
どうせ訓練を休むならば酒のひとつでもほしいと思っているときに、どうやら書類を見直していたらしいゲンヤが顔を上げた。
「レイン。いまからでも――」
「やめてくれって、隊長。それは一番最初に説明したことですよ」
自分の子供だけじゃなく、身内には誰にでも甘いところがあるゲンヤに思わず苦笑いが漏れる。
「オレはそのときが来るまで、好きなようにやらせてもらう。それが約束だったじゃないか」
「……」
唇の端をゆがめて笑うレインに、ゲンヤはそれ以上何も言うことはない。
「さぁて、隊長のかわいい娘さんに絞られてくるかな」
ソファから立ち上がり、両手を頭の後ろで組みながら外へとつながる扉に足を向ける。
「済まないな、レイン」
「水くさせぇっての。オレは、オレの好きやりたいだけさ。隊長の娘さんとは違う意味で子供なんだよ。わがまましたいんだ」
言い捨てて扉をくぐる。
「それじゃ」
へろへろと手を振り、レインはギンガたちが訓練をしているはずの訓練場へと向かった。
「もう時間ね。今日はここまでかしら」
そんな声で、訓練は終了となった。
二分隊を敵に見立てて二分隊でそれを攻める形での訓練だったけれど、レインが連絡もなく休んだために充分な内容にはならなかった。
ひとつ深呼吸し、息を整える。
「まったく……」
待避エリアのベンチに置いてあったタオルを手に取って汗を拭き取る。
――休むなら休むって先に連絡しなさいよね。本当にしようもない奴なんだからっ。
心の中で文句を言いながら、レインのことを思う。
彼は何かを隠している。それは彼個人の問題で、私が踏み込むべきことじゃないかも知れないけど、引っかかる。例え私に関係ないことであっても、とても重要なことを隠しているように思えて、話してもらったところでどうにもできないだろうって思うんだけど、でも気になって仕方がない。
訓練の内容を評価し合う仲間の声を聞きながら、エネルギー補給用のドリンクをひと口飲んでふと顔を上げる。
「よぉ。ギンガちゃん」
「……」
待機エリアのフェンスの向こうに見えた顔は、あの嫌らしい笑みを浮かべたレイン。
「ったねぇ!」
いつもと変わらぬ彼の癪に障る笑みを見た途端、頭に血が上って手にしていたドリンクのボトルを全力で投げつけていた。
「おっと」
フェンスの向こうにいるレインにボトルが届くことはない。それがわかっていながら、彼はフェンスに命中する直前でクッションのような柔らかいバリアを張ってそれを受け止め、転移魔法で自分の手元に移動させた。
「いきなりご挨拶だなぁ、ギンガちゃん」
「それはこっちの台詞です! 今日はどうして訓練を休んだんですか?!」
言いながらフェンスに向かって走り、一気に飛び越えて彼の前に立つ。
「次の彼女はギンガちゃんなのかぁ? レイン」
「そうなんだよ。好かれちまって困ってんだ」
男性隊員からの勘違いの言葉にへらへら笑いながら応えるレイン。
「ちがっ。わ、私はっ! ――ちょっとこっち来てください!」
レインの腕を取り、無理矢理隊舎の裏の方に引っ張っていこうとする。
「ちょっとギンガちゃんを借りて行くぜぇ~」
「おーい。訓練終わったからって、まだやること残ってるぞー」
「すぐに戻ります! すみません!!」
その後もかけられる声に応えないまま、力任せに彼の腕を引っ張っていく。「痛ぇよ」という抗議も無視して、人気のない隊舎の建物に沿った小さな雑木林のようなところまでやってきた。
「男を誘うならもう少しスマートにやってほしいもんだな」
「そんなんじゃありません! ……それよりも」
悪びれる様子もなく唇の端をつり上げているレインの言葉に付き合っていたらいつまでも本題に入れそうにない。だからまっすぐに彼の瞳を見つめ、いきなり本題に入る。
「レイン。真面目に答えてほしいんです。貴方には、どんな秘密があるんですか?」
唇の端をつり上げた笑みとは違い、口を引結び私の視線から逃れるように片目だけを閉じる。
「確かにオレは素行の良くない陸士隊員だけどよ、もし注意勧告だってんなら、それなりの手順を踏んでほしいもんだぜ? もしそうじゃなくて個人的な興味だってんなら、話す気はねぇ。オレにだってプライバシーってもんがある」
「わかっています。それはわかってるけど!」
――予感。
それは私が感じた、予感のようなもの。
彼がたまに見せる表情が、彼が言葉の端に漂わせているものが、私に不穏な予感を覚えさせる。
私は彼にとって同じ陸士隊の隊員でしかない。同じ分隊に所属している仲間という関係でしかない。
それでも私は彼のことを知るべきだと感じていた。
それは私のわがままなんだと思う。でも、でも知らなければ後悔する気がしてならなかった。
求めるようにレインのことを見つめる私に、レインが見せた笑顔。
「ったくよ」
気恥ずかしそうに鼻の頭をかき、頬を緩ませて、子供っぽくも見える、いままで見たことがないような笑顔をするレイン。
そんな笑顔を見せてくれたのは一瞬。ふと顔をうつむかせ、また上げたかと思うと、いつもの唇の端をつり上げた嫌らしい笑みをしていた。
「本当にオレに惚れちまったのかぁ? しょうがねぇお子様だなぁ、ギンガちゃんは」
「違うって言ってるじゃないですか!」
どうしてそんな話になるのだろう。
喉の奥に詰まったような笑い声を上げる彼を睨みつける。
素直に教えてくれるとは思っていなかった。けれど私は知るべきだと思った。一方的なことかも知れないけど、後悔はしたくなかったから素直に問うたのに、彼がそれに応えてくれることはないみたいだった。
「オレのことを知りたいんだったらよ、次の非番の日、つきあえよ」
「え?」
「確か明後日、ギンガちゃんも非番だったろ? まぁ準待機扱いだから呼び出しがあったらいかにゃならないが、調査にゃまだまだ掛かりそうだし、一日くらい大丈夫だろ?」
「た、たぶん……」
どういう意味なのかわからなくて、困惑してしまう。
おろおろとしてしまう私にレインは、いつも通りの嫌らしい笑みを向けてくる。
「デートしようぜ、って言ってんだ。惚れちまったのかも知れねぇが、ギンガちゃんはオレのこと、あんま知らねぇだろ? だったら一日くらい付き合ってもいいじゃねぇか」
「へ?」
「明後日の朝十時、ステーションの時計台の下で待ち合わせな」
「……い、行きません!」
レインのような男には興味はない。
そりゃ好みの男の人、って言われてはっきり答えられるほど考えたことはないけれど、少なくともレインのような軽薄な男は好みではない。
「絶対行きませんから!」
「くっ、くっ、くっ、くっ」
力一杯拳を握りしめてそう言うのに、彼は私に背を向け、隊舎の入り口の方に行ってしまう。
「じゃあ、明後日な」
「行かないって言ってるじゃないですか!」
何度もそう言うのに、彼はへろへろと手を振り、行ってしまった。
*
――絶対行くもんですか!
そう、思っていたのに……。
繁華街に一番近いそのステーションの時計台の下と言えば、絶好の待ち合わせスポット。
まだ高く登っていない日差しの下で、私は次々と待ち合わせのカップルがその場を立ち去っていく様子を眺めていた。
「まったく、いつまで待たせるのかしら……」
別にデートなんてする気はない。レインのような男は好みじゃないし、一緒にいて楽しいとも思わない。デートをするなら……、そう、もっと素敵な男の人と、と思ってる。そう思ってる。
けど、彼のことを知るためには、こうして今日、ここに来るしかないと思った。
「ヘンじゃ、ないかな?」
服の裾に小さな糸くずを見つけて、払い取る。
少し前に隊の仲の良い子たちと一緒に出かけたときに買った、白いシンプルなワンピースと、焦げ茶色のボレロ。みんなからは地味だとは言われたけれど、裾の辺りに小さく模様が入っていて、そんなひっそりしたかわいらしさが気に入っていた。
いままで着る機会がなくて仕舞ってあったけど、別にデートじゃないにしても男の人と歩くなら、少しくらい可愛い格好をしていたいと思った。
「……」
私のすぐ隣にいた、私と同じタイミングで時計台の下に来た女の子が、待ち合わせの男の子と手をつないでその場を離れていった。ずいぶん長い間待っていた彼女で、時計台の下に集まっていた人はだいたい一巡した感じ。
左腕を上げて、手首の辺りに小さな空間モニターを開き、時間を確認してみる。
十時十五分。
十五分くらい早く来ちゃったのもあるけど、もう三十分も待ってるのに、レインが姿を現すことはない。辺りを見回してみても、あの嫌らしい笑みが見つかることはない。
「はぁ……」
とため息を漏らしたのは、私じゃない。少し離れたところにいる、待ち合わせの子にデートをすっぽかされたらしい、私よりも前から待ってる青年。
――ち、違うからっ。
私が待っているのは、レインとデートをするためなんかじゃない。彼の話を聞くため。彼が話していない、彼の秘密を教えてもらうため。
それを聞かなければ私は後悔してしまうという予感があるから。ただそれだけだから。
気を引き締めて、でも両手に持ったハンドバックを無意識に握るようにしながら、私は改めて時計台の下に両足を踏ん張る。
「あと十分、待ってみよう」
誰に聞かせるでもなくそうつぶやいて、私は現れないレインのことを、もうほんの少しだけ待ってみることにした。
「えぇい、くそっ」
タダでさえクセッ毛で苦労してるのに、起き抜けで大爆発している髪を大量の水で濡らして適当に拭き取り、無理矢理整える。マシなシャツをハンガーから選んで羽織り、いつクリーニングに出したのか忘れたくっきりと折り目の入ってしまっているスラックスとジャケットを着込んだ。
古道具屋で買ってきた柱時計のアナログ表示は、十時五分前。今時珍しいバッテリ式の時計がどれくらい遅れてるのかは忘れたレインだったが、どちらにせよ今すぐに出てもステーションまで走って十分。遅刻確定。
寝坊だった。
ギンガの部隊用の通信コードは知っていても、パーソナル用の通信アドレスは聞いたことがない。遅れたことを謝るならば、直接言うしかないだろう。
扉の鍵をかけつつ、行こうと思っていた場所の割引クーポンを忘れたことを思い出しながらも、急ぐためにステーションに向かって走り始める。
「――ちっ」
ステーションの近くまで走ったところで膝から力が抜けるのを感じた。
膝だけじゃなく、身体全体から力が抜け、自分じゃないように重くなった身体が無様に道路に転がる。意識が遊離する。
「――っ ――――!!」
誰かが自分に声をかけてきているのはわかっていたが、もうその意味を理解することはできなかった。時間の感覚も判然としなくなり、気がつくと車に乗せられようとしているのはわかったが、待ち合わせの場所に行こうと抵抗することも、言葉を発することもできない。
――いつもより、激しい発作だな。
身体を動かすことはできないのに、意識が混濁しているのに、けれど身体から離れたように感じる意識の一部が、妙に冷静に自分のことを見ていた。
――済まねぇな、ギンガちゃん。行けそうにねぇや。
またふと気がつくと、白い天井を眺めている自分がいた。
おそらく病院だろうということはわかったが、どこの病院で、どのような処置をされたのかは覚えていない。意識は続いていたはずなのに、思い出すことはできない。
おそらくそれほどまでに、身体が浸食されているということ。
耳に、なにか聞こえる音がある。
断続的な電子音を響かせるそれは、壁に掛けられたレインのジャケットから聞こえてきているようだった。
――呼び出しか。
それは部隊から緊急を告げる呼び出し音。記憶を探るまでもなく、レインはその音が緊急招集のものであることがわかっていた。
「ったくよ」
文句をひとつ口に出し、レインは目を閉じて深呼吸をした。
『せっかく遊びに出てるとこなのにゴメンね』
「いえ……。すぐに隊舎に戻ります」
それだけ伝えて通信を切った。
通信用のバッチをハンドバックに戻し、深く息をつく。
空間モニターに表示された時間は、十時四十二分。レインは、姿を見せなかった。
――やっぱりそういう奴なんだよね。
そうだということはわかっていたつもりだった。軽い男だという話は一昨日から昨日、さんざん同じ隊の、それどころか違う隊の子からも聞いていたし、実際長いつきあいではないにせよ、彼の様子は同じ分隊に所属する者として、見てきたから。
このデートの誘いだって、たぶんそんな軽薄な彼が、気まぐれに遊び相手を捕まえるための口実だったんだろう。
そう思う。
そう思うしか、なかった。
出撃の準備をするために、隊舎に向かって走り始める。
増えてきた広場の人にぶつかりそうになって思わず立ち止まり、そして一度時計台を振り返る。
――でもレインは、笑ってた。
悲しそうに。寂しそうに。
彼のそんな表情には、嘘はないように思えていた。
* 4 *
鬱蒼とした森の中。
そこには老朽化により遺棄された巨大な研究施設が存在している。
元は公的にも重要な施設だったらしいけれど、とにかく時代的に古く、施設に関する詳細な情報は残されていない。すっかり蔓に覆われ、森に没しようとしていたその建物に、誘拐組織が居を構えた。
「時間がない……」
斥候の分隊から送られてくる映像では、建物の側に大型のヘリがあり、鎖につながれた子供たちが順次それに乗り込まされて行っている。
できるならヘリが飛び立つ前に制圧して、子供たちを助け出したい。
「緊張しすぎよ、ギンガ。この距離ならまだ対象に捕捉されないから、少しリラックスしなさい」
側に寄ってきたクレハが、カップを差し出してくれる。中には湯気の立つ香りのいいコーヒーが入っていた。
「ありがと」
受け取ってブラックのまま口を付ける。
作戦開始まではもうすぐ。もうすぐだけど、ほんの少しだけ、時間に余裕があった。
まだ、誘拐組織の全貌は明かせているっていう状況ではない。それでも、これまでわからなかったこともわかってきている。
組織の規模は、陸上本部で予測していたものよりも遥かに大きなものだということがわかってきていた。誘拐事件はミッドだけで行ってるものじゃなくて、他の世界でも今回の組織により起こっていることが確認されている。
複数の世界をまたがる次元犯罪に発展してるから、本来なら管轄は「空」に移るはずだけど、その辺は最初に犯行が行われたのがミッド、「陸」の管轄であったことが関係しているらしい。いまも陸士一○八部隊の担当になっていた。
その地上本部からの情報によると、誘拐によって集められた子供がもうすぐ別の世界に移送される動きが確認された。別の世界に、それも拡散して子供たちを移送されたら手は出しにくくなる。だから今回、作戦が長期に渡ることを想定して通常勤務に近い体制にすることを父さんが決めた途端、緊急招集がかかることになった。
緊急だったために、部隊の全員は揃っていない。待機任務に就いていた隊員と、緊急招集ですぐに集まっていた人だけがいま、ここにいる。
人数は全隊員の半分以下。残りの半分は父さんの直接指揮で人数と装備を調え、本隊として駆けつけられるよう準備が進められている。
「本隊は間に合いそうにないね」
「そうねぇ」
通信機材の調整を進めてるクレハが、顔も上げずに同意の言葉を返してくる。
彼女は本来隊舎勤めの隊員だけど、通信関係の資格を持っていたために、特別任務として先行部隊に同行していた。
……そして、レインはこの場に姿を見せていない。
彼のことだから、私との約束をすっぽかした上に、他の女の子とどこか遠くに遊びに行ってしまって、第一陣に間に合うことができなかったんだろう。先行部隊が出発するときにすら、彼の姿は隊舎にはなかったから。
『突撃準備』
今回の先行部隊をまとめる部隊長からの通信が入る。犯人のアジトを映したモニターを見ると、ヘリのローターが回転を始めている。子供たちの乗り込みもまだ済んでいないようだけど、飛び立つまでに時間はなさそうだった。
「行ってくるね」
「気をつけて」
コーヒーカップを受け取っていったクレハの言葉を背に受けて、私は配置に付く。
配置の場所は、犯人たちが集まっている場所の正面。そこからは目視で子供たちの様子が見える。
希望を失った昏い目をした子供たちは、犯人たちの誘導に抵抗するそぶりすら見せず、さらに希望がないだろう場所に移送させられるのがわかっているだろうに、ヘリの中に入っていく。
「作戦開始!」
――絶対に、助け出す!
心に誓いながら、部隊長が発した号令とともに突撃を開始する。
ウィングロードを展開せず同じ分隊の仲間と歩調を合わせ、まずはヘリを確保するために高速で接近する。
――なに?
私たちの接近に気づいた犯人のひとりが、私の顔を見、にやりと笑んだ。
その意味は、すぐにわかった。
『各員、周囲を警戒!』
クレハのせっぱ詰まった声が通信に入る。
送られてきたレーダーの情報では、先行部隊の二倍以上の反応が確認されていた。それもその反応は、フォワード部隊を取り囲んだだけじゃなく、クレハたちバックアップの部隊もまた取り囲んでいる。
「終わりだ。武装隊の諸君」
いつからそこにいたのか、ヘリの直上にひとりの魔導師風の男が浮いていた。
「動かない方がいい。動けば、すぐさま殺す」
犯人側には、その男の他に、十名を越える飛行している魔導師が、いままさに攻撃を加えようと魔法を準備していた。
フォワード部隊は全員施設の側に集まっている。バックアップ部隊の側には、護衛のための少数の戦力しか残されていない。
いまもし砲撃魔法でも使われたら、フォワードの多くの人間が倒れ、そしてバックアップの部隊は壊滅することになる。
『各自、自己の判断に任せる。あきらめるな!』
『こちら通信担当のクレハ! 完全に囲まれました!』
『こちらグロウ隊。ダメです。保護対象に魔法が向けられています!』
混乱した通信が次々と入る。
「まぁ、動かなくても、もうすぐ君たちは全員死ぬことになるがね」
レインとは違う意味で嫌らしい笑みを浮かべるその男を、私は視線で射殺すつもりで睨みつける。
残酷な色を含んだ歓喜の表情を浮かべ、男は手にした長い杖に、魔法をセットし始めていた。
*
奇襲作戦が失敗し、犯人グループに取り囲まれた通信が入ってから三分、ゲンヤは焦りを拭えずにいた。
増援部隊の準備はまもなく終わる。しかし現場まではどんなに足の速いヘリでも三十分。先行部隊の壊滅は必至であった。
「指揮車の積み込み、終わりました!」
「隊員乗り込み完了まであと二分です!」
「急げ! 時間がないぞ!」
夕日に染まる隊舎の倉庫前では、五機の大型ヘリがいままさに飛び立とうと準備が進められている。必要となる車両の積み込みは終わり、完全武装した隊員の乗り込み完了までもう少し。それが終われば、全速力で現場に向かうことになる。
いつになく声を荒げ、自分もまたヘリへと早足で向かう。
通信妨害がかかったために、続報はない。いまギンガたちがどうなっているのか、それを知る術はゲンヤにはなかった。
犯人グループの戦力が読み切れていないために、増援部隊の準備を充分に整えることにしたのが仇になった。到着したときに息をしていないギンガを見つけることになったとしたら、クイントの墓前でどんな顔をすればいいのか、ゲンヤにはわからなかった。
「よぉ、隊長。大変なことになってるみたいだな」
「レイン?!」
ヘリに乗り込もうとしていたゲンヤはかけられた声に振り向く。そこには武装を終えたレインが立っていた。
「お前、病院から連絡が――」
「状況はここに来る途中に通信を聞いてたからわかってる。劣勢みたいだな。速攻増援が必要なんだろう?」
バトンで肩を叩きながら、レインはあわただしく走り回っている隊員たちにのんきな視線を向ける。
「八人。それが限界だが、それだけいれば状況は変えられるだろう」
これから散歩にでも行くような気楽さで、レインはその言葉を口にする。
「無茶だ。お前は自分の身体のことを理解しているのか?!」
「賭けでしかねぇよ、どっちにしても。でもどうする? 賭けるのはオレの身体ひとつと、先行部隊の……、ギンガちゃんたちの命だぜ?」
にっ、と唇の端をつり上げ、苦虫をかみつぶしたような顔をしているゲンヤに笑いかけるレイン。
「スパークとシャイン! 乗り込み待て! ここに集合だ!!」
ゲンヤは乗り込み途中だったふたつの分隊に声をかけ、レインの周りに立たせる。
「じゃあ、行ってくるぜ」
目を細めながらそう宣言し、レインは小さく強く息を吐く。
その瞬間、彼の身体から赤黒い魔力光があふれ出す。さらにもうひとつ息を吐いた彼の身体からは、あふれるでは済まない、強力な魔力が吹き出した。
『長距離転移』
ひねりもなにもない名前が付けられた魔法をバトンが唱え、集まったレインを含む九人の足の下に大きな魔法陣が展開された。
「長い距離跳ぶからな、酔うなよ? 転移が完了したら防御魔法を準備しながら深呼吸して周囲を確認するんだ。わかったな?」
短く注意を述べ、全員が頷くのを確認し、レインはゲンヤへと視線を戻す。
「出かけてくるな」
「……あぁ」
唇の端をつり上げながら笑い、バトンを軽く振ったレインは、二つの分隊の仲間たちとともに跳んだ。
――ダメ。
グループのボスだろう男は、空を飛んだまま詠唱を開始していた。
おそらくAAAランククラスの、収束型砲撃魔法。
個人を対象としたものではない。着弾した地点からかなりの範囲が爆発し、その一撃でフォワードは壊滅する。
「くっ」
でも私はどうすることもできない。他の犯人グループの男たちが子供たちに向かって魔法を準備している。その状況で動けば、私たちよりも先に子供たちが攻撃を受ける。
――賭けに出るべきなの?
ヘリの前で攻撃魔法の照準を受け、立ち止まっている子供たち。
怯えて泣いている子。緊張で身動きすらできなくなっている子。なにも感じていないかのように無表情な子。
その子たちだけは、どうしても助けなければならない。
『人を守れる強さがほしい』
ギンガの言葉が脳裏に蘇る。
――私もそんな強さがほしい……。それを実行できるだけの強さがほしい! それができずに倒れるなんて、イヤ!!
収束砲が放たれる一瞬を狙う。
防御魔法を使ってる余裕はない。ぎりぎりでかいくぐりウィングロードでボスに接近し、一撃で倒す。
犯人たちに気づかれない程度に左足を引く。
――ゴメンね。スバル、父さん。やるだけのことは、やってみるね。
心の中で謝りながら、私はやるべきことを心に決める。
決意は、固めたのに……。
「終わりだ」
「なぜ!」
残酷な笑みは私たちにではなく、後方、クレハたちバックアップが陣を張る場所に向けて、放たれた。
青い凶悪な光の筋が頭の上を飛び越えていき、振り向いたその瞬間に森の木々をなぎ倒すほどの爆発が起こった。
「――!!」
腰をかがめて衝撃波に耐えながらも、声にならない悲鳴が喉の奥から漏れ出てくる。
「まさか、どうして……。そんな……」
木々はあらかたなぎ倒され、着弾地点までの見晴らしは良くなっていた。
土煙が上がるそこがどうなったのかは見ることができない。けれどあれだけの衝撃が発生する砲撃を受けたのだ、クレハたちバックアップ部隊は、おそらく……。
少し前まで固めていた決死の覚悟が折れる。膝に力が入らなくなり、もう力が失せてしまった目で、薄れゆく土煙を見る。
土煙はだんだんと晴れてきた。もうすぐ着弾地点の様子が見えるようになる、と思った時だった。
それはおそらく高速型砲撃魔法。
四条の砲撃魔法が土煙から飛び出し、防御魔法を展開する間も与えずにボスを打ち落とす。
「ぼぉっとしてんじゃねぇ! 莫迦野郎ども!! 一番強そうな奴はぶっ倒した! 流れはオレたちにある! 増援は来た! やられた分はやり返すぞ、野郎ども!」
晴れ渡った土煙の中から現れたのは、レインと八人の武装隊員たち。
「なぁに惚けてやがる! これだから子供の世話は嫌いなんだ」
転移魔法で一気に私の側まで移動してきたレインは、唇の端をつり上げ、けれど優しさの籠もった笑みを向けてきてくれる。
「ったくよぉ――」
「なに言ってるんですか? 約束はわすれてしまったんですか? 四十分も待ってたんですからね!」
レインと背中を合わせ、戦闘態勢を取る。
無力感にうちひしがれていた他の隊員たちもまた、デバイスを手に取り、反撃の体勢を整える。
「ちっと遅れたが、来てやっただろ? そんなにぷりぷり怒るなよ」
「遅すぎます。……でも、来てくれましたから、水に流します。だから今度もう一度――」
「背中は任せろ。お前のことはガードウィングのオレが完璧に守る。お前は攻撃にだけ専念しろ。野郎ども! ガキどもを助けて、奴らを殲滅するぞ! 本隊だってもうすぐ到着する。流れはもうオレたちのものだ!」
私の言葉を途中で遮りながら、レインが宣言をする。その言葉を発端に攻撃を開始した。
レインに何かを言おうとしたけれど、彼の戦闘用になった視線に促され、私はウィングロードを発動して空を飛び続けている魔導師に突撃を開始する。
気がかりはあるけれど、いまは忘れる。レインがつくってくれた流れを、逃すわけにはいかなかったから。
レインたちが来てくれたからと言って、戦力差が二倍ほどであることに変わりはなかった。
多くの仲間が倒れ、傷ついた。
けれども司令塔だったんだろう魔導師を最初に倒すことができ、さらに不意に現れたレインによる号令が犯人たちの戦意を削いだのが功を奏したのだろう。戦闘の結末は、勝利は間近に見えていた。
「本隊だ!」
そんな声とともに頭上に到着したヘリから、飛行可能な魔導師が降下し、森の中からは人員輸送の車両が現れた。
「これでもう、大丈夫ね」
使いすぎた魔力と体力のために肩で息をしながら、私は展開を開始する本隊のことを見ていた。
「そう、だな」
私以上に疲弊しているらしいレインは、それでもあの嫌らしい笑みを浮かべていた。
レインは言葉の通り、私のことを完璧に守ってくれた。そして子供たちの周囲に強力な防御魔法を張り、数度の砲撃魔法、数限りない射撃魔法を防ぎきった。
鮮やかなまでに味方を、敵を転移させた転移魔法。遠隔発動や時限発動、トリガー発動の防御魔法。「必殺技だ」なんて冗談めいて言いながら見せてくれた魔法を反射する不思議な魔法。
経験、技術、バリエーション、そして魔力放出量でもCランク魔導師とは思えない活躍をしてくれたレインに、私は笑みをかける。
「お疲れ様」
「あぁ……」
増援部隊の到着で、戦闘は掃討戦に向かっている。けれど戦い自体が終わったわけじゃない。
「終わらせないとね」
「オレはこの辺でギブアップだ」
疲労の色が濃い暗い顔を見せ、レインは膝をつく。
「うん。あとは、大丈夫。頑張ってくる」
「あぁ、頑張れよ……」
後方まで行けばいいのに、傷だらけのレインはその場で大の字になって寝転がった。
「なぁ、ギンガちゃんよぉ」
「……まだ作戦中です」
「固いこと言うなって」
寝転がったままにやりと笑うレインの側に寄り、周囲を警戒しながらも彼の顔を見下ろす。
「ギンガちゃんの妹はよ、ギンガちゃんにとっていつまでも妹かも知れねぇ。いや、妹以上なのかも知れねぇ。でも妹っても、いつまでも子供ってわけじゃない。肩肘張るなよ、ギンガちゃん。守ってやることだけがやれることじゃない。伝えてやることもまた、ギンガちゃんができることだと思うぜ」
「うん」
頷いた私に、レインは優しい笑顔を見せる。
「うん。ありがとう、レイン」
「ギンガちゃんだって女の子なんだ。もう少し、自分が女の子だってことも、意識してみてもいいと思うぜ」
「……努力してみる」
言って目を閉じるレインに、私は苦笑いを浮かべることしかできない。
どうやら力を使いすぎた様子の彼は、その場で意識を失ったらしい。優しい笑顔を浮かべたまま、私の言葉に反応を示すことはなかった。
「さて、終わらせます」
残った二人の分隊の仲間と頷き合い、まだ残っている戦場へと向かっていった。
*
「……」
奇跡的にと言うべきか、先行した部隊にひとりとして死者は出なかった。子供たちにも傷ひとつない。犯人グループにも死者はほとんどなく、ボスの男も確保することができた。
作戦は、成功と言うことができる内容ではないものの、目的を達成することはできた。
『こっち、急いで!』
『包帯が足りてないよっ。それと麻酔薬、追加よろしくっ』
救護班による救護活動が進んでいる。重傷者を優先したその作業は、あまりに人数が多いためにはかどっているとは言えない。
だから……、だから私の足下で倒れている人も、まだ運ばれてはいない。
そう、信じたかった。
「……レイン」
星明りもない曇り空の夜闇を切り裂く強い光に照らされ、大の字になって横たわっているのは、レイン。
横になったときと同じなにかをやり遂げたような、満足そうな、優しい笑みを浮かべ、彼はそこに横になり続けている。
……彼はもう、ぴくりとも動いていなかった。
呼吸をするときの胸の動きすらも、なかった。彼のリンカーコアからは、もう魔力の欠片も感じられなかった。
「不相応な力」
彼の言葉を口にしてみる。
確かに、レインの活躍はすごかった。訓練のときには見たこともないくらいの魔力と、魔法を使っていた。身体に相当の負担がかかっていたんだと思う。
それでも、死んでしまうほどのことだとは思わなかった。
「いつもの、嘘ですよね、レイン……」
呼びかけてみる。
それでも、彼はあのいつもの嫌らしい笑みを浮かべて立ち上がることはない。
私は、彼の言葉を理解していなかった。
彼のことを無理矢理知ろうとしてなくても、彼は言うべきことは話していてくれていた。そのことに、気づくことができなかった。
もう二度と起きあがることのないレイン。
彼の身体に毛布を掛ける。
顔に毛布を掛ける一瞬、彼が残した笑みに泣きそうになる。
レインは嘘つきだった。
軽薄で、下品で、約束を破るような奴で……。
けど、本当は優しい人。
そしてもう、二度と話をすることはできない人。
毛布で顔を覆い、奥歯を噛みしめる。
「レイン……」
ついさっきまで、私のことを守ってくれていた人。背中を預けることができていた人。
そんなレインは、死んでしまった。
実感はまるでなかった。
なにか、大きな落とし物でもしてきたみたいな感じがするだけで、それ以上、なにも感じることができなかった。
悲しいはずなのに、寂しいはずなのに、私の目からは、涙が流れることはなかった。
* 5 *
「次はどこに行こうか?」
そんなギン姉の言葉に、あたしはにんまりと笑む。
「お願いがあるんだけどさ、ギン姉」
「どうしたの? スバル」
まだベンチに座ったままのあたしを見下ろすようにしながら、ギン姉は訝しむように眉をひそめる。
「少しだけでいいから、訓練、手伝って!」
拝むように両手を合わせて頭を下げたあたしに、にっこりと笑んだギン姉。
「そう来ると思ってたよ。朝のうちに自主練習用の訓練場の予定、確認しておいたの」
「さっすがギン姉!」
ベンチから立ち上がって腕に組み付き、優しい笑顔のギン姉を引っ張るようにしながら一○八部隊の隊舎に向かう。
姉妹ってことで顔は知られてるけど、部隊のスペースを借りるためには申請が必要なはず。それなのに簡単な個人認証だけで隊舎に入ることができたのは、たぶんギン姉が訓練のことをあたしが口にするのがわかってて、申請してくれてたんだと思う。
さすがに自主訓練で全力全開ってわけにはいかないから、バリアジャケットは装着しないで、ラフなTシャツと運動用パンツ姿に、お互いリボルバーナックルだけで対峙する。
「始めるわよ」
そんなギン姉の合図とともに、あたしもギン姉も構えを取った。
姉としてあたしのことをいつも叱ってくれたギン姉。
母さんがいないと泣いているあたしの頭をいつもなでてくれたギン姉。
わがままを聞いてくれて、こうやって鍛えてくれるギン姉。
『でもやっぱり心配。スバルはスバルだから。たとえ何歳になっても、スバルは私の妹だから』
さっきのギン姉の言葉を思い出す。
いつも大きく見えるギン姉が、どうしてかあのとき、あたしには小さく見えていた。
たぶん、あたしは間違ってるんだと思う。
姉さんで、母さんで、先生のギン姉。でもギン姉もまた、あたしと同じ女の子。
だからこれ以上、あたしはギン姉を心配させたくない。
――そのためにも!
警戒してすり足で移動し続けていたあたしとギン姉。隙が見つかったわけじゃない。でも、隙がないなら、それを生み出すのも戦術。
たぶんあたしはまだまだギン姉には勝てない。あたしよりもずっと鍛錬を積んできたギン姉に並ぶには、もっともっと修行しなきゃいけない。
――けど、もう少しギン姉が安心できるくらいの力は、示して見せる!
一瞬余裕の笑みを見せ、すぐさま戦いの表情になったギン姉に向かって、あたしはリボルバーナックルを叩きつけた。
*
夜の病院の廊下は、照明があるのにどうして暗いように思えるんだろう。
扉の横に置かれたベンチシートに座って、私は力なくうなだれているしかなかった。
別にもうなにかできることがあるわけじゃない。でも私は、隣に座ってる父さんとともに、レインの遺体が安置されている部屋の前で、無力感にうちひしがれているしかなかった。
レインは死んだ。
その原因は、詳しくはわからないけれど、父さんが言うには限界を超える魔力の放出によるよるもの。
ブースト魔法やベルカ式カートリッジシステムの使用、無理な魔力の放出などによって身体に負荷がかかることは誰にだってある。慢性的な負荷は寿命を縮めることになるし、その可能性がある人に対しては定期的な検査が義務づけられていた。
負荷が大きい場合は休暇が取れる制度ができているし、それが大きすぎる場合は、隊長の判断で休暇の辞令が下りることになっている。実際魔力の負荷で前線から退くのが早くなったり、早逝になってしまうことはあっても、いきなり亡くなってしまうことは、ほとんどあることじゃなかった。
考えに沈んでいるとき、足音が近づいてきているのに気がついた。
顔を上げてみると、見知らぬ女性が私と父さんの前に立つ。
「お久しぶりです、ナカジマ三等陸佐。こちらは?」
私から問う暇も与えず、きっちりとした陸士隊の制服に身を包んだその整った顔立ちの美人の女性は、私に厳しい視線を投げかけてくる。
「ギンガ・ナカジマ陸曹。俺の娘だ。……そして、レインと同じ分隊のフロントアタッカーだ」
「そう」
厳しかった視線が和らぎ、女性は優しく、でも寂しそうに笑む。
「時空管理局地上本部警備部第十四部隊所属、エルメラ・キリー二等陸佐よ。あの人が世話になったわね」
立ち上がろうとした私を、笑みを浮かべたまま制する。
警備部と言えば、叩き上げではほとんど行くことができないエリート部隊。そして陸佐と言えば隊長クラス。たぶんまだ三十にもなっていないだろう若く、超がつくほどのエリートの女性が、レインの元を訪ねる理由を見つけられなかった。
「不思議そうな顔をしないでよ。レインとは幼なじみなの。少し年上のお兄さんでね、隣の家だったわ」
「飲み物、買ってきます」
「済みません、ナカジマ隊長。たぶん、話しておくべきだと思いますから」
「あぁ」
話が長くなるのを感じたのか、父さんはシートから立って、ロビーの方へと向かっていった。エルメラ陸佐は私の隣に座り、話を始める。
「聞いてくれるかしら? わたしの話」
「……はい」
満足そうに笑み、どこか遠くに視線を投げかけたエルメラ陸佐。
「出会ったのがいつだったかなんて、憶えてない。家が隣だったから、生まれた頃にはあの人に出会ってた。お互い一人っ子だったから、彼がお兄さんで、わたしが妹のように育ったの。いじめられてるときは、よく助けてくれた。彼が人を守ろうと躍起だったのは、わたしがいたからかも知れないわね。
彼に魔導師の才能があるのがわかったのも、ずいぶん幼い頃。わたしには魔法の才能はなかったけど、ふたりで世界を守ろうと誓って……。彼は武装隊に、わたしは勉強をして、事務方の仕事に就いた。彼は決して強力な魔導師ではなかったけど、ものすごく鍛錬をして、周囲に認められるほど活躍していたわ。わたしも負けないように頑張って、いつのまにかいまみたいな役職がつくようになってた……。
わたしたちは、将来を誓い合っていた。それは幼い頃に交わした約束だったけど、彼もわたしも、そのことは忘れなかった。でもその状況が変わったのは、五年前の話。彼の身体に、古代ベルカで行われていたらしい、実験の痕跡が見つかったの」
悲しそうに微笑むエルメラ陸佐は、泣きそうな顔になりながらも話してくれた。
自分と、レインのことを。
レインは時として強大な魔力を発することができることは、昔からわかっていた。そんなことができる理由が判明したのは、五年前。精密検査により、彼の身体に、正確には彼の血筋に、古代ベルカが残した実験の痕跡が見つかったのだった。
ブースト魔法を使うわけでも、カートリッジシステムを使うわけでも、エクセリオンモードなどのデバイスの機能により魔力を引き出すわけでもなく、彼の身体にはまるでカートリッジシステムが内蔵されているかのように、一時的に魔力を引き上げるための能力が備わっていたという。
魔力ブースト体質とでも言うべきその能力は、ミッドの人よりも平均的な魔力が低い古代ベルカで、カートリッジシステムと同様に研究されていたものらしい。ただ資料がすでにほとんど残っていないために、その能力の研究が続けられず、カートリッジシステムが採用されたのかはわからなかったという。魔法を使用する直前に使用して一発で一ランク程度魔力放出量を補足するカートリッジシステムに比べ、魔力そのものを上昇させるブースト体質は、二ランクから三ランク、もしくはそれ以上、上昇させることができる。
カートリッジシステムでもそれなりに身体に負担がかかるというのに、一回魔法を使用するまでの間だけでなく、ある程度の時間、それも並の魔導師をエース級の能力に引き上げるのは、身体の負担というレベルでは済むはずがない。ブースト能力を一回使う毎にレインの身体は蝕まれ、その寿命を削り取られていった……。
「それがわかってすぐ、わたしは彼を武装隊から引退させようとしたの。でもそれを彼は拒否した。『ヒーローみたいで、人を守るって仕事にはちょうどいいじゃないか』って……。それでも無理矢理事務方に異動させようとさせようとしたら、彼はわたしの側を離れていった。『オレの力は人を守るためにあるんだ』って言って、正式に交わした婚約まで破棄して……。
わたしは彼を止められなかった。わたしは彼が、そんな人なのを知ってたから。ずっと、幼い頃から彼のことを知っていたから」
いたずらな笑みを浮かべ、エルメラ陸士は言う。
「わたしは彼のことを良く知っていた。彼もまた、わたしのことを良く知ってたの。でも知ってるつもりでも、違ったの。だから最高だったわよ、彼に、私からプロポーズしたときは。
二十歳を過ぎても妹扱いの彼に、わたしは言ったの。『貴方の子供を産みたい。その覚悟はできてる』って。そしたら彼、莫迦みたいに口を開けて、いつまでも返事をくれなかったわ……。
彼がわたしのことを理解してなかったように、わたしも彼のことを本当の意味では理解していなかったのね。近すぎたのがいけなかったのかしら? 最終的にはわたしのことを選んでくれる。わたしたちの関係を守ってくれる。そう思ってた。――でも、彼は自分の夢を選んだの。そして、わたしの元を離れていった。彼はわたしに、思い出しか残してくれなかったの……」
寂しそうに、でも、どこか楽しそうに、エルメラ陸佐は笑みを浮かべながら話を続ける。
「彼は、最期の瞬間まで、守ったのね。貴女を、そして自分が守りたいと思う、すべてのものを」
「――はい」
「それなら、よかったわ。敵の攻撃で無様に死んでいたら、わたしを捨てたことを一生恨んでやろうと思ったけど、やりたいことをやり遂げていたなら、安心した」
顔を伏せ、肩を振るわせ始めるエルメラ陸佐は、立ち上がり扉の前に立つ。
「会ってくるわね、彼に」
「はい」
静かに扉を開け、中に入っていく彼女を見送り、私もまたベンチから立ち上がる。
戻ってきた父さんに精一杯を笑顔を見せてすれ違い、病院の廊下を歩いて、外に出た。
外に出た途端、ぽつりと雨粒が頬を濡らした。
あっという間に本降りとなり、私の髪を、服を、身体を冷たい雨が濡らしていく。
レインの死に顔は、笑っていた。
本当に満足そうな、満たされた顔だった。
「だからって……、だからって……」
彼の選んだ道が正解だったのかどうか、私にはわからない。
彼は満足していたみたいだったけれど、でも残された人たちにとっては――、エルメラ陸佐や私にとっては――。
見上げた空からは、絶え間なく雨が降り注いでいた。髪を、額を、まぶたを濡らし、雨粒は頬を伝ってこぼれ落ちていく。
「うわーーーーーーーっ!」
胸の奥底からわき上がってきた堪えられない気持ちは、叫びとなって雨降る空へと消えていった。
*
「勝負あり、ね」
力と力のぶつかり合いだけでなく、巧妙に仕掛けた遠隔発動の防御魔法に引っかかり、スバルは盛大に転倒していた。起きあがる時間を与えず私はスバルの頭に拳をこつんと当てる。
「……ずるい!」
「力のぶつけ合いばかりが戦い方じゃないの。シューティングアーツだけで戦うなら別だけど、任務中はそんなに甘い状況ばっかりじゃないでしょう? 力と魔法は、うまく使わないとね」
笑顔で差し出した手を取り、スバルは立ち上がる。
正直、スバルは思った以上に強かった。
シューティングアーツだけの戦いならまだ私の方に分があると思う。でも災害担当の部隊での経験は、着実にスバルに身に付いている。いまではもう、小手先のフェイント程度では通用しない。いままで見せたことがない手で、今回のような遠隔発動魔法で気勢を削がなければ、もう少し手こずったかも知れなかった。
「もっとよく周りの状況に気を配って、隙をついたり勢いを崩したりしないとね」
「もう少しいいところまで行けると思ったのになぁ~」
悔しそうに口をとがらせているスバルを促して待避エリアに移動する。
「でも強くなったよ、スバル。驚くくらい」
「ホント?! ギン姉。やったぁ! でもこれからも、もっと強くなるよ!」
無邪気に声を上げるスバルに頬が揺るむのを感じながら、私もまた決意を新たにしていた。
姉としても、母親代わりとしても、そして、ギンガ・ナカジマというひとりの人としても、スバルを、そして事件などに巻き込まれる人たちを守れる力をつけよう、と。
正直レインほどの覚悟は、いまの私にはない。
けど、私は私なりに精一杯、頑張っていこうと思っていた。
「どうしたの? ギン姉。……好きな人でも、できたの?」
「な、なに言ってるのよ!」
そういうことには鈍感そうなスバルに言われて、思わずうろたえてしまう。
「だってほら、いつもと少し感じが違うし。女の子がいつもと違うときは恋をしたときだ、って言うし。……それに」
「それに?」
「なんていうか、ギン姉が小さく見えた――。うぅん、悪い意味じゃなくて、あたしと同じ、女の子に見えたっていうか……」
真正面から目を見つめてくるスバルに、私は目を閉じる。
レインは、私のことをどう見ていたんだろう。
エルメラ陸佐と同じように、妹のような存在として見ていたんだろうか? それとももしかしたら……。
まぶたの裏に浮かんだレインの、唇の端をつり上げた嫌らしい笑みに思わず笑ってしまって、スバルの目を見つめ返して、言う。
「恋とは、違う。でも、好きだった。目標としたい人が、一生追いつくことはできないと思うけど、憧れる人ができたんだよ」
言って私は、スバルに微笑んだ。
「ジャンクション ミルキーウェイ」了