場所は移り、謁見の間。そこで、なにやら知り合いらしいシギュン、ライガット、ホズルが昔話に花を咲かすのかと思いきや。
「しかし、久しぶりだな。いきなり王都へ来て欲しいだなんて、どうかしたのか?ホズル。」
ライガットは旧友に会えて嬉しいのだろう。声色や表情から、彼が上機嫌なのだと判断できる。
一方で、シギュン、ホズルは笑顔を浮かべてはいるものの、どこか無理をしているように見えた。
「ところで陛下。このものは?」
ここでまた一人、会話に加わってきた人物がいる。
白髪にサングラスが印象的な、初老の男性。スラッとした佇まいは、長年軍人として生きてきたもの特有の雰囲気を漂わせていた。
和泉に対し、警戒の目を向ける。
「そういえば、俺もさっきから気になってたんだ。」
ライガットも和泉の素性を気にかける。
「ああ、バルド将軍達にはまだ伝えていなかったか。彼が、第二のアンダー・ゴゥレムの搭乗士だよ。」
ホズルが、バルドとライガットに和泉の素性を教える。
さりげなく、ホズルが「第二の」アンダー・ゴゥレムと発言したことを、和泉は聞き逃さなかった。
「なんと!そうだったのですか。」
まじまじと和泉に視線を集中させるバルド。サングラス越しなので断定はできないが、先程までの敵意は、もう感じられない。
あまりジロジロ見られるのは気分の良いものでもなく、今度は和泉が質問をする。
「…あなたがこの国の将軍なんですか?」
声のトーンが低いのは、バルドを警戒してか。それとも、まるで物のように観察されたことに腹を立てているからなのか。
「そうだ。名をバルドという。よろしく頼む。」
「こちらこそ。ま、俺は捕虜なんですけど。」
バルドと和泉が挨拶を交わす傍ら、ライガットだけ釈然としない様子だ。
「その人の名前はわかったけどよ、アンダー・ゴゥレムってなんだ…?」
「それについて、今から話したいことがあるの。」
シギュンが一歩前に出て、和泉とライガットに紙の資料を手渡す。
何枚かの紙が束ねられて出来ているそれは、戦争について記述したものだった。
「なんじゃこりゃ?」
間抜けな声をあげたのは、和泉。
資料には日本語でもなければ英語でもない言語が使用されていたのだ。
かろうじて数字は読めるものの、それ以外はさっぱり理解不能。
「すみませんが、私、この国の字はわかりません。」
和泉はきっぱりと伝え、資料をそのままシギュンへ返した。
シギュンは和泉が文字を読めない可能性を考えていなかったようで、慌てて資料を受け取った。
「ごめんなさい、イズミがあまりに流暢に西大陸語を喋れるものだから、つい。」
「あれですよ、話せるけど読み書きはできないてきな。あまり気にしないでください。」
気を取り直し、シギュンが説明に入る。
「一ヶ月前のことです。隣国、アッサムでクーデターが起こりました。その際、オーランド、アテネスが武力介入。結果はアテネスの勝利です。今や、アッサムはアテネス連邦領です。」
「なんだと!?…いつの間に隣の国は戦争していたんだ。」
穴があくくらい資料を見つめ、ライガットが歯噛みする。
無意識に手に力がこもり、ライガットの持つ資料にシワができた。
「もう隣国だけの問題ではない。」
ホズルがライガットの隣まで移動し、資料の一部を指差す。
最近の記事のようで、クリシュナの国境付近でアテネスとの戦闘が行われている旨が書かれていた。
「クリシュナの国境で戦闘!?」
自然と、ライガットの声量が大きくなる。
「…それだけではないの。国境での戦いにおいて、アテネス連邦軍の指揮を執っているのはゼスよ。」
続くシギュンの台詞。
「馬鹿な!有り得ない。あいつはそんな奴じゃない!!」
ライガットは『ゼス』という単語が出た瞬間、背筋をこわばらせた。
ライガットの反応を見た和泉はそれをいぶかしみながらも、ホズルとシギュンに不明な点を問いただす。
「あの、ちょっと話に追いつけていないんだけれど。ひとつ聞いても?」
「もちろんだ。」
ホズルがゆっくりと、首を縦に振る。
「では、ゼスとは誰なんです?」
話を聞く限り、クリシュナとアテネスという国が国境で小競り合いを始めたのは理解した。
しかしながら、個人名を出されてはどうしようもない。
「ゼスは、俺とライガット、シギュンと、学校が一緒だったんだ。アッサム王立士官学校でな。」
「ほう、ご学友でしたか。」
「そうだ。アテネスの最高司令官の弟でもある。正義感に溢れた、戦の嫌いな奴だったよ。」
ホズルが遠い目をしたことに、和泉は気がつかなかった。
質問したのは和泉だったが、ホズルの説明に意を唱えたのはライガットだ。
「だから、あのゼスが戦争なんて仕掛けてくるワケねーだろ!!」
ヒートアップするライガットを衛兵が取り押さえようとするも、シギュンとホズルが視線のみで制す。
なんだか衛兵が不憫に思えて仕方ない和泉だったが、特に行動を起こすわけでもない。
「…ライガット。ゼスを信じたい気持ちは私も一緒よ。でもね、アッサム陥落の立役者は、ゼスだって噂なの。」
シギュンが右手で自身の胸元を押さえ込む。そうすることで、ようやく言葉を発しているみたいだった。
シギュンも、ライガットと同様にゼスと敵対していることを認めたくないらしい。
「それで、現在の戦況は?クリシュナとアテネス。どちらが優勢なんです?」
ゼスというのがどのような人間なのかも、アテネスがどんな国かもわからない和泉。
興味があるのは戦争の状況のみ。
(アテネス、それと、さっき話にでてきたオーランドやアッサム。これら全て国の名前のようだが、見事に聞き覚えがない。仮にアテネスとクリシュナが本格的に戦争をはじめても、日本には直接的な関係はないか。)
心情を抜きに、純粋に第三者として現状の把握を急ぐ和泉。
…聞き覚えのない国名が複数存在する事実が、この世界が千年後である可能性を高めている。そのことに、無意識下で和泉は気づいている。
それでも、『戦争中なのだから、新興国などいくらでも出来るだろう』と、またもや無意識下で頭の隅に追いやっていた。
かなり楽観的な、和泉らしからぬ思考。
シギュンに聞こうとして失敗したのは僥倖だったのかもしれない。
仮にこの世界が千年後で、あの場でありのままシギュンから事実を伝えられていたら。
巻き込まれたとはいえ戦争中という一大事に、和泉は思考停止を余儀なくされたはずだ。
「クリシュナは、アテネスの五分の一の戦力しか持たない。国境を突破されるのも時間の問題だろう。」
ホズルの口から告げられたのは、非情な現実。
ライガットの顔が引き攣る。
しかし、そんなライガットに、ホズルはこう続けた。
「そこで、ライガット。お前の力を貸してくれないか…?」
「力って?俺はろくな戦闘経験もないぞ。悪いが、なんの役にもたてないと思うのだが。」
「…来てくれ。それとイズミ、後のことはシギュンに聞いてくれ。」
ホズルがライガットを引き連れて部屋を出て行く。
「聞いてくれ、と言われてもねえ。」
ライガット。彼もまた謎の多い人物だ。農民のようだが、戦争中に、学生時代の知り合いというだけで王都に呼ばれるなんてことがあるのだろうか。
「シギュンさん。あのライガットさんとは、どういう人なんです?」と、和泉。
聞いてどうなるわけでもないが、聞けるうちに聞いておくべきだろう。
「彼は、私たちの学友。そして、皇太子のホズル、軍事大国総司令官の弟であるゼス。その二人の喧嘩を止められた唯一の人…。」
「それは…すごいな、考えてみたら。」
シギュンは、昔を懐かしんでか、とても良い笑顔をうかべた。
その笑顔がどういう感情からきているのか、和泉には知る由もない。