「眠れないな。」
和泉は部屋で疲れた身体を休めるためベッドに横になるも、全く寝付ける気がしない。
意識が朦朧としてきたあたりで、昼間敵パイロットを殺した時の記憶が蘇る。
軍人として、人並み以上に人殺しに慣れていたつもりでいたというのに。
(俺も、まだ青い。)
一度、拳を握り締める。幾多の命を摘み取ってきたその拳。
自分が生き残るために、部下を護るために、自国を護るために、敵という敵を殺し続けてきた。
ロボットが完成するよりも前から。まだ戦車部隊に身を置いていた時には既に、和泉は、彼の両手には抱えきれない程の、敵兵の恨みや悲しみを背負っていた。
それゆえに、最早立ち止まることは許されない。
こうしてまた、一人分の怨念を、和泉は背負って生きることとなった。
「風にでもあたってくるか。」
気分転換程度に、和泉は部屋を出た。
・・・・・・
・・・
・・
王城から見下ろす街並みは、静かな闇に包まれている。
照らすのは、満月の明かりのみ。
昼間は活気のある大通りにも、人影は見当たらない。
この時間に人がいるとすれば、せいぜい盛り場のあたりだろうか。
(良い国だな、ここは。少なくとも、日本よりは人がより人らしく暮らしている。)
シギュンやホズルの寛大な処置に対する恩返しとして、和泉は戦っていた。
しかし、また新たに。このクリシュナという国を護るために戦える日が来るかもしれないと、和泉は感じた。そんな日が来れば、どれだけ良いか。
適当な壁に背中を預け、街を眺めること数分。
雲が月に重なり、辺りが完全な闇となる。
刹那。鋭い、鋭すぎるほど研ぎ澄まされた殺気を、和泉は察知する。
(なんだ!!?)
ほぼ反射的に、姿勢を低くする。
そのすぐ上を、プレスガンの弾丸が通り過ぎた。
(王城に、敵兵!?いや、あるいは…)
和泉を危険視する者たちか。
今は戦争中だ。和泉という危険因子を排除しておきたいと思うものがいても不思議ではない。
(どちらでも構わん!まずは、ここから逃げなければ…!!)
敵が、暗闇に乗じて移動する気配を感じる。
豊富な戦闘経験を持つ和泉でさえ、敵の存在を見失わないようにすることがやっとな程、気配の消し方が完璧だ。
またも、和泉に対してプレスガンが放たれた。
「くっ!」
大きく前転することで、かろうじて銃弾を回避する。
避けていなければ確実に、和泉は頭部を撃ち抜かれていた。
(この暗闇で、正確無比な射撃…!!暗視スコープでも使っているのか…?)
そんなことはない。が、そう疑ってしまうほどに、敵の狙いは正確すぎた。
前転により多少距離を詰めたことで、ようやく和泉も敵の位置をつかめた。
「これでもくらえっ!」
靴に仕込んでいた投擲用のナイフを、敵影に投げつける。
「へえ…?」
カキンッ!!
なんでもないかのように、敵はナイフを弾いた。
青年の声。どうやら相手はまだ若く、男性のようだ。
「どんな反応速度だよ!」
もう片方の靴に仕込んでいたナイフを掴み、和泉は敵に接近した。
ナイフを弾くために、敵は腕を振り下ろした状態。再び和泉に照準を合わせる前に、距離を詰める。
だが。和泉がナイフを持った手を突き出す前にはもう、敵のプレスガンの銃口が、和泉の額に当てられていた。
「…速い…!!!」
「残念だったな、だが、君も中々。」
すかさず、和泉は蹴りで相手のプレスガンを弾き飛ばした。
これで、まともな肉弾戦に持ち込めた。それも、和泉のみがナイフで武装した状態。
が、
「ほう?」
男は動揺することなく、和泉が地につけている、身体を支えていた足を払った。
「うおっ!?」
バランスを崩された和泉は、両腕を使って転倒を回避。
反撃しようとした時にはもう、和泉の額にナイフが突きつけられていた。
「ちっ…。」
そこで…。満月の光を遮っていた雲が風に流されたことで、お互いの姿が顕になった。
和泉を襲った相手は、長く、赤い髪の持ち主だった。
メガネをかけているが、衣服はやや薄汚れている。
なにより。
「…手錠?」
男の手には、手錠がかけられている。
「…ふむ、どうやら、アテネスのスパイではないようだ。」
男はナイフをしまう。
呆気にとられたが、和泉はひとまず衣服の埃を払う。
どうやら、もう争う気はないらしい。
「俺は、一応ホズルやシギュンと知り合いだ。クリシュナに恨みとかもないぞ。アテネス軍と戦ってもいるし。」
念のため、和泉は自分がスパイではないことを伝えた。
「そうか。…まあ、口だけではどうとでも言えるだろう。それに、お前のような良い動きをする奴、軍にいただろうか?」
「お前こそ、なんなんだ?その手錠、脱獄者か何かか?」
「…。ああ、そうだよ。月の綺麗な夜には、こうしてビノンテンの街を眺めに来るのさ。その途中で見慣れないヤツを発見してしまったがな。」
なんて奴だと、和泉は思った。
コイツはコイツで、怪しすぎる。
「自分のことを棚に上げてないか?アンタ。」
和泉のもっともな言葉に、赤髪の男は小さく笑った。
「そうかもな。」
「………」
「………」
お互い、相手を観察するように、視線を交わす。
間もなくして。じきに朝日が差し込むであろう時刻となった。
「そろそろ、戻ったほうが良いんじゃないか?『脱獄者』。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
赤髪の男が、和泉に背中を向ける。
そのまま数メートル歩を進めたあたりで、クルリと向き直った。
「お前、名は?」
「…和泉。大柳和泉だ。」
「イズミ、か。俺の名はジルグ。もしかしたら、近いうちに、また会うかもしれないな。」
それだけ言い残し、ジルグは姿を消した。
「…いやいや、アンタ、囚人なんじゃないのかよ。」
和泉の問は、ジルグに届くことは無かった。
みなさんの中には、ジルグが一番好きという方、多いのではないでしょうか。
かくいう私も、ジルグ大好きですな。