「や。シラカワくん。」
「これはこれは、ボルキュス殿。」
アテネスの、ボルキュス将軍私室。戦場から帰還したその翌日。疲れも残るミユキは、朝早くからボルキュス将軍に呼び出されていた。クリシュナのアンダー・ゴゥレム。ゼスと美由紀が戦闘した相手は、桁違いな性能と、美由紀のゴゥレムに似た外見だとの報告がボルキュスにされたようだ。
「昨日はご苦労だったね。君のおかげで我が軍は致命傷を負わずに済んだ。いや、本当に助かったよ。」
「それを本心でおっしゃっているのなら、何もこんな時間に呼び出さなくても。もう少し、休ませてくれても良かったのでは?」
現在美由紀はボルキュスの下で行動する立場。しかし上官にも物怖じしないのは、彼女の性格か。
いきなり上官に嫌味を言い放つ美由紀に、ボルキュスは嫌な顔一つ見せなかった。
「ははは。それはすまなかった。ただ、今回一戦交えた敵ゴゥレムに関しては、君以上に詳しいものがいないと思ってね。率直に聞こう。クリシュナのゴゥレムは、君のそれと同じなのかね?」
「………」
ボルキュスが初めて美由紀と会ったのは、ゴゥレムによる長距離移動の演習中だった。
アテネス領内で2日かけて定められた距離を移動する訓練があり、ボルキュスは仕事の合間に演習の様子を見にいっていた。クリシュナ攻略を間近に控え、軍内部は普段よりも空気が張り詰めており、気分転換として見物していのだが。護衛も連れず、一人ゴゥレムで隊舎に戻っていた道中。見慣れないゴゥレムを発見し、足を止める。
「そこのゴゥレム。どこのものだ?見慣れないが…」
「!!?」
誰何の声に返答は無かった。操縦士の驚きや焦りが僅かに伝わってくるのみ。自国の領地で不審なゴゥレムを放置できるはずもない。
「よもやクリシュナのものか?で、あるならば投降しろ。私はアテネス軍、ボルキュス将軍だ。もう一度問う。貴公はクリシュナ軍か?」
「………??」
依然沈黙したままの敵パイロットに、ボルキュスは痺れを切らす。
「沈黙は肯定と受け取るぞ。では、死ね。」
スコルピオンテール。将軍、ボルキュス専用のゴゥレム、ヒュケリオンに搭載された武器の一つ。サソリの尾を連想させる多関節武器。ヒュケリオンの背後から、美由紀めがけて勢いよく伸びた。死角からの一撃に、並大抵のゴゥレムは撃破されてしまうが、美由紀とロボットの機動力は並大抵では無い。軽やかなバックステップで軽く回避すると、一振りの剣を振り抜く。スコルピオンテールを振るいつつ、右手に装備したランスで追撃を試みたボルキュスだが、打ち払われた。
「ふむ!反応や良し。どうやら、少しは楽しめそうだな。」
戦闘狂。ボルキュスを知るものは、彼をそう呼ぶことごある。普段は冷静沈着に物事を運び、隙の無い采配をするボルキュス。しかし、自身がゴゥレム戦を行う際はその限りではない。相手の力量が高く、拮抗する程、戦いを楽しむ傾向があるのだ。
「なに!?ここはどこ?私は誰!?この変なロボットは、まさかアメリカ兵なのっ!!?英語っぽいし!でも、アテネス軍って…??」
コールドスリープから目覚めたばかりだった美由紀は、何もわからないままボルキュスに襲われたのだ。ボルキュスのゴゥレムが一目で日本のものじゃないと把握出来ていなければ、殺されていたもしれない。
更に距離をとった美由紀は、ライフルでヒュケリオンの胴体を狙う。
「プレスガン?いや、アレもまた奇妙な形をしている。異形のゴゥレムに、異形のプレスガン。殺してもいいが、それよりは捕虜にして情報を得たい…!」
背中に装備していた多重シールドで胴体を隠しつつ、ジリジリとヒュケリオンが前進する。先ほどボルキュスの攻撃をかわした機動力。アレではボルキュスがプレスガンのみで【ほぼ無傷で】捕虜にすることは難しい。であれば、やはり距離はつめないと話にならない。
「こっちへくるな!」
ライフルの引き金を引く。たったそれだけのアクションで、ボルキュスの左腕を盾ごと吹き飛ばした。美由紀にとってもボルキュスは貴重な情報源。殺すのは情報を引き出してからだ。両者の思惑が一致する中、先に致命傷を与えたのは美由紀。
「馬鹿な。多重シールドを一発で貫通し得るプレスガンなど、存在しない。」
無残に四散した、肘から先のない左腕を見る。軽々と盾を貫通した弾丸は、そのまま腕の中を通り抜けていった。
「降参しなさい。次は、胴体を撃つわよ。」
宣言通り銃口はヒュケリオンの胴体を捉えている。また引き金を引けば、次はボルキュスが弾け飛ぶだろう。スコルピオンテールとランスで防いでも、弾丸は止まらない。試すまでもなく、威力はさっきの一撃で証明済だ。
「ふっふっふ。私が一対一で敗北するのは、随分と久しぶりだ。」
ボルキュスが浮かべた笑顔は、まるで勝者は自分だと言わんばかり。
「そう。援軍でも呼んだってわけ?」
ロボットの敵察知レーダーには、味方識別の無い機体が数機。こちらを囲うようにちかづいてくる。
「驚いたな。お見通しとは…!しかし、しかしだ。多勢に無勢。どちらが優勢かは考えるまでもなかろう?」
ヒュケリオンは両手をあげて降参したかのような態度。
それも、援軍が来るまでのパフォーマンスにすぎなかったらしい。
(ここは、日本ではない。ということは、私はコールドスリープに成功した…!?)
もしコールドスリープして未来へ来たなら、ここは降参すべきかもしれない。どのみちこの世界に適応出来なければ死ぬしかない。目の前のボルキュスと名乗った男に、今からでも謝罪し、どうにか国へ入れてもらわなければ。
不意に始まった戦闘だったものの、冷静に考えればボルキュスに取り入るべきだ。決断し、すぐさま降伏した。
「参りました。どうか、命だけはお助け下さい。」
美由紀はライフルを置いてしゃがみ、両手をあげる。
「気骨は無いか。ま、良かろう。ゴゥレムから降りたまえ。」
不幸中の幸い。戦闘する前にいきなり降伏していたら、美由紀の命は無かった。よしんば命は助かっても、奴隷や死刑確定の捕虜にされていた。戦闘してボルキュスを負かしたことで、興味を持たれたことが、命運を別けた。
美由紀がロボットから降りると、同じくゴゥレムからボルキュスが降りてくる。
「なんと、女性の搭乗者とは。つくづく驚いた。率直に問うが、君は何者で、どこからきた?」
「………」
「ふっ、だんまりか。安心しろ、手荒な真似はしない。」
程なく、移動訓練中だったゴゥレム部隊がヒュケリオンを発見した。
「ぼ、ボルキュス将軍!?」
隊長を務めていた男が、ボルキュスの元へ降りてくる。
「やあ、イオ大佐。訓練中にすまないが、少し事情があってな。こちらの女性とそこのゴゥレムを王都へ移送したい。協力して貰えるかな?」
「何故将軍がここに…?それと、ヒュケリオンの左腕は…?」
イオと呼ばれた青年が矢継ぎ早に質問するが、ボルキュスは微笑を浮かべるだけで返答はしない。
「詳しいことは、イリオスで説明する。この女性、もしかするとクリシュナ戦の切り札となるかもしれん。」
「なんですって!?」
更に聞きたいことが増えたイオであったが、ボルキュスが答えてくれないのはわかりきっている。訓練は中止し、美由紀のゴゥレムを運ぶ手筈を整え始めた。
その後、イリオスについた美由紀は、ロボットが自分にしか動かせないことを告げると、ボルキュスの中で彼女の評価が更に上がったことは言うまでもない。
……………
……
それからは小さい任務などに同行し、素晴らしい働きぶりを発揮。短い期間で、ボルキュスの信頼を獲得していった。そして現在、ボルキュスから和泉のゴゥレムについて質問されるに至る。
「現時点では、断定は出来ません。私はゼス様をお助けすることを第一とし、クリシュナのゴゥレムにはそこまで注目しなかったので。」
当然嘘だ。和泉の不利を少しでも無くすための。
「知らないといわれれば、それまでか。未知の敵。自分の手で実力を測るのも良いかもしれん。わかった、すまなかったな。朝早くから呼び出して。」
「…まったくその通りかと。知らないものは、知らないですし。失礼します。」
美由紀が部屋を出て行ったあと、ボルキュスは愉快そうに紅茶を口に含んだ。
「クリシュナにもミユキのと同じ性能を持つゴゥレムがあるとしたら、そこそこ厄介だ。いざとなれば、私自ら性能を確かめるしかあるまい。」