トリステイン魔法学院付近の草原。
二年生進級試験の一環として使い魔召喚『サモン・サーヴァント』が行われていた。
そんな自身の今後の学生生活が懸かった試験の中、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは嘲笑の的であった。
彼女の同級生が口々に野次をとばす。
「ゼロのルイズ!いつまで待たせんだよ!」
「もう諦めろ!ゼロのルイズ!」
「もう何十回目だと思ってんのよ!いい加減諦めなさいよね!」
うるさいな。
グツグツと沸騰しそうなマグマが腹で暴れまわっている。
しかし、ルイズは唇をつぐみ肩を震わせるだけで何とか堪えた。
「コルベール先生!もう一度やらせてください!」
振り替えってやや離れたところで見守る男性教諭にそう訴えた。
毛根の後退が顕著に現れる男性教諭、コルベールはうーんと唸る。
本来の儀式終了予定時刻は大幅に過ぎており、次の予定を押しているのだ。生徒達の不満の声も大きくなっている。
しかし、目の前のピンク髪の少女は誰よりもひたむきで、恵まれない素質に挫けず今の今まで努力してきている。
個人としては何時までも応援したい気持ちだがそうもいかない。
そんなコルベールの内心を知ってか知らずか、ルイズは何度も懇願した。
コルベールは「ふっ」と僅かに微笑む。
「そうですね。ならもう一度頑張ってみなさい。
しかし、予定も押しています。今日は次が最後ですからね。
それでもダメならまた後日、個別で挑戦してみましょう。」
「はい!ありがとうございます!」
気合いを瞳に燃やし、ルイズは再び詠唱を声に乗せた。
古明地さとりはぼーっと眼前を見つめる。
隈のできた濁った瞳を左右にずらすと、少年少女くらいの人間が数多くひしめきあっている。
何が起こっているのか。
太陽が見える。
数百年ぶりの太陽の姿。さとりは人の時間に換算すると他の追随を許さないエキスパート級の引きこもりである。
あまりの日射量に日射病を起こしそうだ。
疲れたように額を拭い、少し離れたところでこちらを見つめるピンク髪の少女を見つめる。
通常であれば困惑と動揺で慌てふためくところであろうが、寝起きで働かない頭と妖怪として裏打ちされた長年の経験が冷静さをもたらしていた。
「へ、平民!?
しかもこんな小さい女の子が私の使い魔!?
まだ子供じゃないのよっ。」
私と同等の身の丈しかない癖に。この人の子は自分の身長を知らないようだ。
つり上がった瞳は気性の荒らさがうかがいしれる。
ピンクの髪を振り乱し、少女は隣に歩みよった成人男性と口論している。
話の内容を察するに、教師と学生か。
「ただの平民というわけではないようですね。人とは異なる目のような器官があるようです。亜人でしょうか。」
「で、でも子供の女の子に変わりはありませんし。
もう一度やらせてくださいっ。」
焦りを多分に含んだ声が少女の喉から発せられる。
「ゼロのルイズが亜人を呼んだぞっ。」
「いいえ、きっと平民よ!さすがゼロのルイズ様ね。貴女には打ってつけの使い魔じゃない。お似合いだわっ。」
「しかもまだ子供の女の子じゃない。
妹ができてお姉さんぶれてよかったわね、ゼロのルイズ。」
ピンク髪の少女と同じ学生と思われる周囲の人達から嘲笑の声が響き渡る。
うるさい。煩わしい。
自分を含めたピンク髪の少女への嘲りと、第三の目が伝える情報で耳鳴りが起きそうだ。
さとりは久しく感じていなかった雑多の声の不快さに耳を押さえる。
これも全て目の前の彼女が原因なのか。
さとりはジトリと覇気のない目付きで眼前の少女を睨む。
「勝手に呼び出しておいて放置とはいい御身分ですね、ゼロのルイズさん。
こちらも不本意ですが、そろそろお話願い出来ませんかね?」
「な、あんたっ……」
「その名で呼ぶなと。すいません。
周りの声が貴女をその名でしか呼ばないので、本名を知らないのですよ。」
「はぁ!?
あんたね、ご主人様に向かっ……」
「公爵家三女。ルイズ・フランソワーズ・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールですか。異国の名前でしょうか。北欧な感じでおしゃれかもしれませんが、長くてくどいのが難点ですね。」
「えっ!?」
「名前なんて個人を特定できればそれで十分だと思うのですが、その名前不便じゃありません?
全く利便性が見当たりませんが。
おや。そういう問題でないと。
ここでは普通なのですか。加えて家柄の高さも示すと。そうですか。随分大事になされているようで。上下関係の優位さを唯一表す、貴女の絶対の誇りなのですね。
わかりました。」
「ちょっと、勝手に1人でべらべらしゃべらないでよ!ご主人様を差し置いて何なのこの亜人はっ。立場を弁えなさいよね!」
「久しくなかった人との対面でつい。
まともな会話なんて記憶を探ってもここ最近は全く覚えがなくて。
ところで確認ですが。やはり私をここに呼んだのは貴女なんでしょうか。」
全く会話をしようとせず、加えて喋らせようともしないさとりに、ルイズの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。
しかし感情の爆発はなんとか消化。
自分が召喚した使い魔の正体を掴もうと、ルイズはキッとさとりを睨みつけた。
「そうよ!それであんたは…」
「私は古明地さとりと言います。
ええ、失敗づくしでようやく成功した貴女の使い魔とやらですよ。29回目ですか。苦労なさったのですね。
平民とやらの私のようなハズレ枠を呼んで可哀想ですね。別に同情はしませんが。
貴族など人間の社会体制なんて本でしか知りませんが、公爵なんてご立派ですね。
サモン・サーヴァント?とやらの召喚で呼び出したのですか。
実感するに、随分無差別な対象選択な方法のようですね。甚だ迷惑なものです。
この後はキスで契約ですか。そっちの趣味はないので御遠慮願いたいですね。
まさか百合の気はないでしょうね。ないですね。よかったです。
私と貴女で相互理解が深まって何より。
ところでモーニングコーヒーを一杯貰えません?
朝起きて顔を洗おうと洗面台に立てば突然この状況ですよ。瞼が重たくて仕方ありません。
訴訟したいところですが、訴えるだけ無意味なようです。冷静な話し合いの場のためにも自重しましょう。」
呼び主の少女は絶句する。隣の男性教諭もだ。
知るはずない情報の数々と、一方通行の会話に為す術がないのだ。
特にルイズは内心焦りと動揺で、次に問うべき言葉が見つからず口をパクパクさせている。
さとりはそんな彼女の心を何の感慨もなく掬いとる。
「ええ。察しがいいですね。理解が早くて無駄な説明は省けそうです。
そうですよ。私は心が読めます。」
「や、やっぱり!?」
周囲共々ざわめきが大きくなる。
心を読む。精神に影響を及ぼすような類いの魔法だ。
精神系の魔法は固く禁じられるハルケゲニアでは大罪である。
あの人体から離れた宙に浮く目。やはり亜人の一種であろうか。そんな予測が人垣の間を縦横無尽に駆け巡る。
「やはり亜人の類いですか。先住魔法のようですが、とても危険な魔法をお使いのようだ。」
コルベールが前に出て、然り気無くルイズを庇う。
ルイズがやや戸惑うが意に解さない。後ろ下がるよう言うと、彼はさとりに失礼のないよう誠実な対応で話かける。
「失礼。私……」
「トルステイン魔法学院のコルベール先生ですね。
どうも。いい先生ですね貴方は。生徒の安全を第一に考えるなんて。
もしもの時は力業ですか。
冴えない見た目に反して戦闘経験のあるような洗練された動きをイメージしますね。今の外部の世では、戦闘に関わる人は軍人か傭兵、テロ組織と聞きますが、もしかして軍人さんなのでしょうか。」
「っ!」
「おや、やはり軍人ですか。元みたいですね。
警戒するのは結構ですが、こちらに敵意はないことは知ってもらいたいですね。
鬼みたく喧嘩上等な戦闘狂じゃあるまいし。痛いのは本当に嫌いなんで。
見ての通り人ではありませんが身体能力は人の子のそれです。引きこもってますから運動不足も祟って、運動音痴もここに極まりですよ。ですから襲われたらと思うと、むしろこっちが怖いのですよ?」
「……それを信用するには些か信頼関係があまりにも我々の間で構築できておりません。
せめて会話くらいはさせて頂きたいですな。」
「やや苛立ってますね。
それもそうですか。先んじて話すのはさとり種族故の性分なもので。
道理でしょう。相互理解のためにも会話が必要みたいですね。了解しましたので、少しは警戒を下げてもらえませんか。」
お互いに改めて自己紹介をし直す。
ピンク髪の少女は散々放置されてご立腹だ。
今にもつかみかかりそうに肩を怒らせ、多分な苛立ちを含ませて尋ねた。
「で、あんたは一体何なのよ。亜人なの!?」
「亜人とは?
おや、人間以外の人形の生き物を指すのですね。
まぁ、そうですね。その理解で構いません。
私達は妖怪といいますが、大した問題ではないでしょう。
詳しくはサトリと言います。」
「いや、それあんたの名前よね?種族とかそういうのを質問してんだけど。」
「ですから『サトリ』という種族なんですよ。
私の名前にもなってますけど。
心を読むことが生業であり、営みとしていますね。」
「先住魔法ですかね?
先住魔法は危険な魔法が多いと書物でもありますが。
失礼ながら、その力は間違えば人に災厄を招くものになり得るかもしれません。
その力の使用を止めることは出来ないでしょうか。」
「そうよ。勝手に考えを読まれるなんて不愉快だわっ。
今すぐ止めなさい。人の心を土足で踏みあらそうなんて、そんなの絶対許されないんだからねっ。
最悪刑に処されるわよっ。」
「人の道理を聞く義理はないのでそう言われましても。
それに、この能力を止めることはできません。」
「な、なんでよ!ご主人様の命令に従えないっていうの!」
「違いますよ。
これは常時発動型でして。自分の意思で切り替えられないんですよ。」
「その目をつむればいいだけじゃない。」
「よく勘違いされるのですが。
これはあくまでも目という器官を形作っているだけなんですよ。能力の実態は視覚聴覚を複合したようなもので私の脳内に響いてくるように貴方達の思考を感じとっているのです。
なので、私の意識が覚醒している限り貴方達の思考は常に感じざるを得ない訳ですよ。」
「な、なによそれぇ。常に頭の中を覗かれるなんて嫌よ私。」
「私だって好き好んで読んでる訳じゃありませんよ。
貴方の頭の中身なんてボウフラよりも心底興味ありません。」
「何ですってぇ。」
「ミス・ヴァリエール。落ち着いてください。」
憤りに震えるルイズをコルベールがなだめる。
気の短いご主人だ。
怒りを素で煽る元凶のさとりは、原因は自分にあると理解しながらも「はぁ」と小さくため息をついた。
興味なさげに周囲に目をやると、待ちぼうけを食らっている他の生徒は退屈げだ。
「ミス・コメイジ。それで使い魔の件ですが。」
「あぁ、はい。
その前に聞きたいんですけど、私って元のところに返すという選択肢はないのですか?」
「出来るわけないでしょ!サモン・サーヴァントは呼び出すためだけの魔法なのっ。」
「はぁ。呼び出せるなら送り返す手もあるような気もしますが。駄々をこねても仕方ない感じですかね。」
「て言うか、帰られたら私が困るのよ!」
「知ってますよ。進級に関わってるんですよね。
それで失敗したら実家に強制送還ですか。御愁傷様です。強く生きてくださいね。」
「あ、あんたまた勝手に覗いたわねっ。」
癇癪を上げる眼前の少女を無視して、さとりは思考に耽る。
地霊殿主としての仕事や、慕ってくれるペット達のことが脳裏に過る。恐らく心配しているだろう。
しかしそれよりも、気にかかるのは唯一血の分けた妹のことだ。
複雑な思考と感情が交差する。
……今更心配して何だというのか。
さとりは「はっ」と諦観の混ざるため息を吐き捨てる。多少いなくなってもどうということはない。
使い魔は一生主人に付かなくてはならない。しかしそれは百年も満たない時間だ。
たった百年。
ずっと薄暗い宮殿に引きこもっていたさとりは、眩しげに太陽を見上げた。
この突飛な展開はいわば、少し長めの1人旅。
さとりはそう片付けることにした。
「いいでしょう。貴方の使い魔になってあげますよ。」
「えぇ~」
嫌がるのは当然だ。つまりは一生心を無断で覗かれ続けるのだから。
私であれば御免被るし願い下げである。
さとりは自身の力を棚に上げ、自虐的にそう断ずる。
見るのはいいが、見られるのは嫌なのだ。
ルイズはコルベールに促され、呪文を唱え嫌そうに私に口づけを交わした。
メルヘンなおとぎ話にでもありがちな契約の儀式形態だ。ベタである。
そんな感想を抱くと、突然左手の甲に熱と痛みを感じた。
「使い魔の証よ。すぐに収まるから我慢なさい。」
痛いのは嫌と言ったのに。
苦々しげに手を擦ると、コルベールが物珍しげな視線で左手に浮き出た紋様を見つめる。
「珍しい紋様ですね。スケッチさせて頂いてもよろしいですか。」
どうぞ、と手を差し出す。
スケッチが終わると、コルベールは手を叩いて注目を集め、学院に帰還するよう号令を出した。
次々とルイズの同級生達が上空へ飛び上がる。
魔法使いだから当然か。
さとりは特に感慨もなくぼうっと見上げた。
「『フライ』もろくに出来ないゼロのルイズは亜人と仲良く歩いて帰れよ!」
「ちゃんと学院まで使い魔を連れてってあげるのよ?」
「何もできないゼロには優雅なフライは難しすぎますものね。肉体労働がお似合いでしてよ。」
煽り文句の雨が頭上から降ってくる。
「ガルル」と唸り声をあげる隣の少女。
強烈なまでの憤怒と惨めさを堪える意地が第三の目から通じてくる。
彼女が魔法使いでありながら、魔法に明るくないのは承知の上。彼女自身の心と周囲の雑音がうんざりするほど伝えてくるのだ。もはや耳たこだ。
さとりは気だるげにルイズの背中に周り羽交い締めの要領で彼女を掴む。
「ちょっ、ちょっと!いきなりご主人様に何無礼なことやって……………きゃあああ!!!」
上空へと到達。
マントをはためかせる生徒達と同じ高度に並んだ。
生徒達は異口同音に驚嘆し、目を白黒とさせた。亜人でも平民と変わらない。飛べるはずがない。そう信じて疑わなかったにも関わらず、第三の目を携える亜人がルイズを掴んで飛んだのだ。
周囲の少年少女達は動揺する。
「これも先住魔法なの!?
ていうか、あ、あんた魔法使いだったの!?」
「別に飛べないとは言ってませんよ。」
「そう言うことは聞かれなくても早く言いなさいっ。
ふ、ふんっ。まぁいいわ。仕方ないけど褒めてあげてもいいわよ。光栄に思いなさい。」
なんだ。メイジを召喚するなんて超当たりじゃない。
ルイズは「ふんっ」と偉ぶるも、内心嬉しくて堪らなくなる。
しかし同時に、視線を暗く落とす。
感情の浮き沈みの激しい子だ。しかしまだ16という齢であり、多感な思春期。
よく耐えている。自分というものを確立していないうら若い少女にしては、称賛に値するほどだ。
さとりは何も言わずルイズの感情を眺めていると、1人の少女が舌打ちした。
「な、何よ、ゼロのルイズの癖に。
使い魔にぶら下がって飛ぶだなんて、メイジの恥もいいところね!」
「な、何ですってぇ!
『洪水』のモンモラシーの分際で!」
「『香水』のモンモラシーよ!変な二つ名付けないで頂戴っ。」
「私知ってるんだから。初等部高学年の年になってもアンタがお漏らししてたってことくらいっ。
ああ、淑女として恥ずかしいっ。」
「ななな、何言っていますのっ!?いい加減なこと言わないで頂戴っ。下品よっ。このメイジの恥っ!」
「うるさい、うるさーいっ。
無駄口叩く暇あったら、漏らしたパンツでも干してなさいよっ。」
「まだ言うのっ。このゼロのルイズがぁぁぁ」
キャットファイトも辞さない気勢の二人。
さとりはホトホト呆れた。よく衆目監視の中、ここまで罵詈雑言をぶつけ合えるものだ。
やや遅れてコルベールが制止に入り、事態は終息。
学院に帰り、中庭にて使い魔とのコミュニケーションを取り合う指示が出る。
それぞれが自身の使い魔と触れあう中、黒肌の目立つ赤毛の少女がこちらに歩み寄ってきた。
スタイルを鑑みるに女性と言うのが正しいか。
「ルイズ、あんたにしては珍しいもの呼んだじゃないの。初めての空の抱っこの感想はどう?」
おちょくるような口調でそう問いた赤毛の女性に、ルイズは「うげぇ」といった感じに顔を歪めた。
心を見るまでもなく相性は最悪であることがわかる。
「何かよう?疲れてんだからあっち行きなさいよ、ツェルプストー。」
「何よ連れないわねぇ。折角の触れ合いの時間なんだから、ちゃんと相手しなさいよねぇ。
ヴァリエールは失礼ね。ねぇ、フレイムー?」
そう言って彼女は、足下を這いずる赤色の大きな蜥蜴を抱き寄せる。尻尾からは炎が灯っている。
見たことのない生物にやや興味を引かれながらも、さとりは赤毛の女性は誰かとルイズに尋ねる。
彼女はキュルケ・フォン・ツェルプストー。ゲルマニアン民族という他国の人間。ヴァリエール家と領土を隣り合う関係である。
心を見るに、祖先の代から痴情のもつれで色々あったようだ。
キュルケがさとりを値踏みするように無遠慮に見回した。
「ふふ。アンタに似てチンチクリンな使い魔を呼んだものねぇ。
私なんか火竜山脈に生息するサラマンダーよ?
しかも見てこの大きな尻尾の炎。レア中のレアものよ。好事家も値段がつけられないほどなんだから。」
「あっそ、よかったですねー。」
「『微熱』が二つ名の私にはぴったりな使い魔だと思わない?」
「全く同意するわ。だからあっちいって。」
「私の内にある情熱を燃え上がらせたら男子には刺激が強すぎる。だからこその微熱。
一度火がついた男を虜にして蕩けさせる灯火。
ああ、私ったらなんてふしだらなのかしら。これも一重に罪深い女の宿命なのよ。」
「聞いてないし。」
「完全に自分の世界が出来てますね。」
赤毛の女性の自画自賛がダラダラと続く。
ルイズはうんざりと顔にはっきり書いて、鼻を鳴らした。
さとりも同様だ。数百年生きた妖怪とはいえ、さとりも女性に分類される。普段は気にしないが、こうまで露骨に女として自慢されるとイラっとくるものがある。
さとりも疲れたようにため息をついた。
「貴女も随分空気が読めないのですね。」
「あら、何かいったかしら。ルイズの使い魔さん。」
「ゲルマニア民族の貴族はつまらない自慢が十八番のようです。自己陶酔は結構ですが、やるなら舞台劇場でお願いしたいですね。
観衆の中で女優ばりに身を抱いてる姿は、ただひたすら引くしかありません。友達がやってたら鳥肌ものですし、距離を取らざるを得ませんね。友達いないですけど。道化でもピエロでもおひねりは貰えませんよ。」
「言うじゃないの。ルイズの使い魔さん。
でもごめんなさい。貴女も私の魅力を妬むのはわかるけど、私はただ事実を語っているだけなの。
独りよがりでもない、ただひたすらに目の前にある現実を!
罪深い私を許して頂戴。」
「なるほど。貴女に節度の重要性をお伝えすることは、ゲルマニアを白く洗うことと同じようです。」
「へぇ、ゲルマニア民族の貴族である私に向かってのその発言。大したものね。」
「貴女には負けますよ。
留学生としての立場上、国の看板としての振舞いが求められると思うのですが。
仮にも公爵家のルイズさんに、喧嘩上等の挑発行為。
本でしか読んだことありませんが、国際問題の発展にいかがな見解をお持ちでしょうか。ツェルプストーさん。」
「ふん。ゼロのルイズにそんな立場と権力を振りかざす資格、持ち合わせてないわ。
私がルイズに絡んだところで何もなりはしないもの。それくらい考えてるわよ。」
「そうでしょうか?
代々争ってきた仲なのでしょう? 名目があればこれ幸いに戦争勃発もあり得るのでは?
子を泣かされて黙っている親がいるでしょうか。親兄弟は誇りある貴族の公爵家。体面は大事になさる家柄でしょう。」
「は、はん、だったらなに?」
「国外にいる貴方は果たして安全なのですか?
魔法学院が貴女を身を呈して保護してくれると?
私はまだ少し読み取っただけですが、ヴァリエール家の名は随分大きいようですよ。
トリステインとゲルマニア。どちらも大国。
異なる人種の交流がただの仲良しこよしのためなら、それは幸せなことでしょう。私も平和を祈る穏健派です。
しかし、貴女の行動、発言はまるで戦争の種を咲かせるようだ。
邪推じゃありませんが、まさか戦争誘発を企む留学生の皮を被った工作員じゃないですよね?」
「……えっ?」
突如飛来した疑いに二の句が告げない。
しかしそれに構わず、落ち着きのある鋭いさとりの言が次々と飛来した。
キュルケの顔色が次第に青ざめ、ごくりと生唾を嚥下する。
キュルケの頭は焦燥で駆り立てられていた。
ついさっきまでは何の気負いもない、ただの日常的な絡み合いだったはずだ。
しかし気付けばどうだ。
耳にするのは、責任ある由々しき国際問題に触れる内容ばかり。
周囲を見やれば、関心をむける野次馬達で囲まれていた。しかしそこに、いつもの騒がしさが微塵もない。
普段聞きなれない単語に、周囲の同級生達も固唾を飲んで見守っている。
「おや、もうだんまりですか。
化けの皮が剥がれるのが早いですね。さぞかし他国で自分を偽るのに疲れが出ているようです。」
こいつは何を言ってるのよ!?
「「違うわっ、私はそんな戦争なんて」」
「…え?」「欠片も考えてないわよ。」
声高く否定の台詞を吐くも、声が重なっていることにキュルケは驚く。
私の言葉が盗られた。続く言葉は自分の声ではなく、目の前の主と同色の髪をした少女のものだ。
キュルケの瞳が動揺に揺れる。
視線の先は隈の残るさとりの瞳。目を背けられない。
「「ま、真似してんじゃないわよこのガキ!!」」
また重なった。キュルケの瞳がさらに揺れた。
「すいません。
サトリとしての性分で、つい。
人の心に先んじて口に出すのは、もはや癖なのですよ。」
淡々とした口調に悪びれる様子はない。
キュルケは何も言えなかった。
誰もがだ。
その場にいる全員が戦慄した。
そして、キュルケを含む同級生全員がここで改めて認識する。否。認識せざるを得なかった。
心を読まれる不気味さを。
「口八丁手八丁で争いを仕掛けてきた家系なのでしょう?
お父さんに上手い言い逃れを習わなかったんですか?あるのでしょう?
他人をタブらかして使い勝手のいい駒をつくる上手い手が。きっと貴方を慕う少年達は庇ってくれます。
貴方にはその力と証明がある。
何せ、散々ルイズさんの家と血の流れる闘いを幾度にも渡ってやってきたんですから。」
「ち、違っ。」
困惑する赤毛の女性はそこで気づく。
周囲の目の色が変わっていることに。
見回せば、誰もが怪訝な眼差しでキュルケを見ているのだ。
不安。懐疑。嫌悪。敵意。失望。
人によって様々だ。
「ま、待って。私は違うの。あの使い魔の言いがかりよ。あんな言葉に騙されないで皆!」
必死に訴えかけるも、誰もがしかと目を合わせようとしない。いつも自分に群がる1人の男子と目があった。
しかし、そこにあるのはいつもの情念や思慕ではない。
疑念と敵意。
はっきりではないが、そんな色合いが見て取れてしまう。他の男子も似たり寄ったりだ。
赤毛の女性ははっとした。ルイズは。急いで振り替えるも、そこにあるのは光とはかけ離れた光景。
嫌疑。
視線を交えるルイズの瞳は静かにそう訴える。
失意に足が崩れた。目尻に涙が浮かぶ。
こんなものなのか。
こんな簡単に見限られるものなのか。
胸の内の様々な感情に折り合いを付けられず、キュルケは俯いて肩を震わせる。その時だ。
「これは何のつもり?」
キュルケの耳に聞きなれた声が届く。
顔を上げれば、そこには青髪の小さな背が自分を守るように立ちふさいでいた。
「タバサっ。」
「………ごめん。助けるの遅れた。」
「ううん。……ありがとう。」
キュルケの顔がくしゃりと歪んだ。
それを見てタバサの瞳に後悔の念がうずく。
「もう一度聞く。これは何?」
殺気のこもる静かな声音と瞳が、第三の目を持つ少女に捧げられる。
唯一の親友が涙を流して地についている。
タバサの身の内は、激情が煮えたぎり渦巻いていた。
第三の目を通して、さとりは当然彼女の感情が手に取るように理解した。
しかし。
「何と言われましても。
ただ質問していただけですよ。」
「そんな訳がない。キュルケが泣いてる。」
「女の涙は恐ろしいですね。男だけでなく親友すらたぶらかすんですから。」
その言葉に呼応するように、タバサは凄まじい殺気とともに杖を突き出す。
「貴女は危険。
他人の心を読んで、弄ぶような輩を許してはおけない。絶対に。」
「まさに竜の眼差しですね。
他者の使い魔を殺したら貴女もただでは済みませんよ?」
「だとしても、貴女を野放しにはしておけない。」
「鎖付きなんですけどね。」
このままでは非常に好ましくない展開になるのは火を見るより明らかだ。
幻想郷で魔法は見たことがあるにしろ、造詣が深いわけではない。本当に見たことがある程度であり、物理戦で対応できるはずがないのだ。
さとりはチラリとルイズに視線を投げ掛ける。
「ルイズさん。いいのですか?
このままでは折角手にいれた使い魔を失う羽目になりますよ。進級が懸かっているのでしょう?」
「はっ!?
だ、ダメ!!」
さとりの一言を瞬時に理解し、ルイズはバッと二人を遮るように前に出る。
「どいて。」
「退くわけないでしょ。勝手に人の使い魔に手を掛けようとしてんじゃないわよ。」
「キュルケを泣かした。許す訳にはいかない。」
「からかってきたのはそっちが先よ。自業自得ね。いざ自分が責められると泣きだすなんて、恥知らずもいいとこだわ。」
「そいつは危険。貴女には手に負えない。」
「危険なのは百も承知よ。でもね、さとりはもう私の使い魔なの。使い魔を見捨てるなんて、メイジとして許すわけにはいかないわ。
使い魔は最後まで責任もって面倒みるのが主の役目。私はそれを放棄する気はないの。」
「貴女では力不足。そいつを制御できる技量があるとは思えない。」
「それを判断するのはアンタじゃないわ。学院よ。
仮に危険と判断されたとしても、殺す役目も資格もアンタにあるはずないでしょ。とっとと下がりなさい!」
小柄な青髪の少女はギリッと歯を食い閉める。
二人の少女が睨みあい硬直する。
譲る気配はどちらもなく、ただ沈黙だけがその場を支配した。
「そこまでじゃ。」
しゃがれた声が当たり一帯に広がる。
見れば、年季を感じさせる白髭をたくわえた爺が杖をついて歩んでくる。
オールド・オスマン。
トリステイン魔法学院の最高責任者であった。
「この場はわしが預からせて貰おう。」
感想、評価待ってます。