貴方は英雄ですか? いえいえ。まだ一般ぴーぽーです   作:カルメンmk2

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 2万字超えです。繰り返します、2万字超えです!!

 皆さんの予想と異なりますが作者の展開的にはOKなのでよろしくお願いします。一種のオリジナル展開です。

 後半は汚い表現が多く出ます。人によっては不愉快に思われるかもしれません。そういう方は静かにブラウザバックをし、癒し系画像を鑑賞下さい。








知っているか、と爺は問いた

 

「「なんでお前がここに居るんだ! って、真似するな(するんやない)!!」」

 

 

 二人そろって全く同じことを叫び、昼の頃の話によれば非常に仲が悪いと思われるこの二人。

 嫌いな相手が目の前に、それも楽しい飯時に現れたのなら、こうもなる。

 見苦しいとはこの事よ、と爺のような青年は一人ごちた。

 目の前で行われる神々の争いに、完全にどっちらけてしまったのである。互いに頬や、一方の胸をつかみ、健全な男諸君が思わず前かがみになるような柔らかさと、特定の女子の虚ろな視線に、軽蔑の眼差し。それが豊饒の女主人に渦巻いた。

 美味い飯もこの争いを見た後では大分損なってしまう。

 とりあえず、ヘスティアと男のような神を無理に引き離す。首根っこを掴んで引き離すと、周りの観客がざわざわとどよめいた。

 

 

「何するんや!!? おどれぇえ!!?」

「離すんだシグレ君! この無乳に身の程ってやつを…………!」

「うるさい」

 

 

 無乳と呼ばれた神―――赤髪にへそ出しルックの食え無さそうな細目の神物(じんぶつ)を、一塊でまとまる連中に放り投げる。

 どこかで、あいつ死んだぞ、と憐れむ声が聞こえた。

 

 

「ロキっ!」

「ぬがっ!!」

「何をするんですか!!」

 

 

 放り投げられた細目を褐色肌の少女が受け止める。

 細目の無事を確認すれば紅葉色の髪をしたエルフがこちらに杖を向けてきた。ロキ、というと確か――――

 

 

「赤髪のお前さんがロキか」

「そうや! 神を雑な扱いしおって………………なんちゅう、不届き者や!?」

「喧しい。女神ならまだしも、男神ならこの程度で堪えるほど軟ではなかろう」

 

 

 空気が死んだ。はて? と辺りを見回すと、いい加減営業妨害と介入しようとしていた女将も固まり、ロキファミリアの連中もロキから離れ始めた。

 なんぞこれは? その疑問もすぐに晴れる。

 怒りに満ちた声がロキから発せられ、発揮できる最大限の神威が放出されたのだ。

 

 

「―――――おどれ、命はいらんようやなぁ………?」

「……………………」

「うちは女神や。男神やない。それでな………」

「……………………」

「――――うちのことを男神って言うたやつは、死ぬほど後悔させるって決めてるんや……………!!」

 

 

 まばゆいほどの輝きが永嗣に向かって、指向性を持って放出される。ヒトに畏怖を抱かせるソレは、使いようによっては心を砕くことすら可能だ。

 そんな危険なものを他所のファミリアの眷属に向かって放つ。

 ロキファミリアの団長、フィン・ディムナは頭が痛くなった。この失態を穴埋めするためには非常に面倒だからだ。この場にいる冒険者への口止めや神威の使用理由……………とくにギルドからの追求が厳しいものだ。

 神威が収まり、哀れな冒険者の末路を一目見ようと、怖いもの見たさの感情が湧いてきた。神威の光にわずかながら目をやられ、徐々に慣れ始めた頃、ロキの震える声が聞こえた。

 

 

「――――自分、一体何者や!?」

 

 

 こんな焦り声は久しく聞いたことが無い。何があったのだと、ようやく見えかけた視界に映るのは―――

 

 

「なに、単なる一介の気違い男じゃよ」

「神威がキチガイで防げるか!」

「防げているのだから仕方あるまい。しかし、うむ」

 

 

 ベルに支えられているヘスティアを見る。ここは喧嘩両成敗といきたいところ。この女神にも面子というものがある。力がモノをいわせる社会において、面子とはとておも大事なものだ。

 永嗣はヘスティアのもとへと向かい、彼女を引っ張り立たせた。突然のことにボケっとしている彼女を連れてロキの前に立った。神威の効かぬ相手が目の前に立ったことにより、ロキファミリアの連中も臨戦態勢となるが、それを一人のエルフが止めた。 若緑色の髪を持つ高貴な装いのエルフだ。実に品位がある。

 

 

「いやはや。そちらの主神に対し、無礼を働いた。すまんの」

「そんなもんで収まりがつくかい! ちゃんと詫びを――」

「ロキ、黙っていろ。こちらこそすまない。先に居たのはそちらだというのに………」

「いやいや。神と知りつつ、放り投げる狼藉こそ非難されること。頭を下げられ、謝られても困る。詫びを入れるのはこちらのことだ――――そちらとしてもな」

「―――――そうか。では、それに免じて手打ちとしよう。フィン、それでいいな」

「構わないよ。ロキ、ここは酒場だ。酔って喧嘩を吹っ掛けるなら笑い話だけど、素面で喧嘩はご法度だ」

「~~~~…………しゃあないわ。可愛い子どもたちにそない言われたら、そうするしかあらへん。手打ちにしたるわ」

 

 

 上からの物言いに、ヘスティアが反論しかけるがげんこつを一発、脳天に落とす。ごちんっ! と鈍い音がし、呻きながら頭を押さえてうずくまるヘスティアに、周りは再び唖然とする。

 この世に、他の神の前で主神に手を上げる恐れ知らずが存在したのかと。

 

 

「話をややこしくするな、馬鹿者め」

「そ、そこまでにしておいたほうがいいんじゃないか? えーと…………」

「時雨永嗣じゃ。ヘスティアファミリアに所属しておる。まだまだ駆け出したばかりじゃよ」

「シグレ君だね。僕はロキファミリアの団長、フィン・ディムナだ。まだ団長は決めていないのかい?」

「そこまで多くもないからの」

「そうかい。まぁ、この話も終わりにしよう。今日は僕らの遠征の慰労もある」

「さようか。ならば、これ以上は無粋よな」

 

 

 言いたいこともある者は多くいるが、今はこちらの顔を立ててくれた新人(ルーキー)に感謝すべきだ、とフィンは内心で胸をなでおろした。

 今回の大遠征で被った被害は人的損失は皆無ではあるものの、物的損失は頭を抱えたくなるほどの額だ。オーダーメイドの装備は軒並み壊れ、一から作り直しが殆どである。軽く見積もっても5億以上は確実なのだ。

 ゆえに、この賢明な新人の気配りに心からの称賛を贈りたい。こういう気遣いができるのはロキファミリアの中でもほんの一握りしか存在しないのだ。

 

 

「さぁ、今日は遠征の慰労だ。疲れも嫌なことも飲んで食べて発散しよう!」

 

 

 ―――未だ来ていない、グループの分も頼みながらフィンは一抹の不安がよぎる。

 自分の親指がひくひくと震えていることに、フィンには嫌な予感がしてならない。だから、溺れるほどに酒が飲み、腹が裂けるほど食べて気持ちよ晴れろと思ってしまう。

 

 うずくまるヘスティアと白髪の少年を連れて、彼は戻っていった。そういえば、彼女の言っていた冒険者は白髪頭の冒険者だったはず。

 素直じゃない団員がどうのこうのと叫んでいたが…………。

 

 

「――――いや、違うだろう」

「………フィン、遅れた」

「ああ、アイズ。勝手だけど、君たちの分も頼んどいたよ」

「すまねぇ。俺も腹減ったぜ。まともな肉が食いてェ」

「もちろん、頼んどいたよベート。今日は好きなだけ飲み食いしてくれ」

 

 

 シルとは違う銀髪の青年、狼人族(ウェアウルフ)の青年ベートにフィンは労いの言葉をかけた。

 

 実際、帰りの道では格闘戦もできる彼に相応の負担がいったのは事実だ。レベル6という都市では数えられる程度しかいない一級冒険者である自分も、得物の槍が無ければ彼に負けるだろう。

 格闘で戦う冒険者は圧倒的に少ないがそれでも無手の状態で死を待つなどご免被りたい。

 

 

「ムメーも伝令ありがとう。魔法の行使で疲れているのに、よくやってくれた」

「構わんよ。それに、あの状況では私が動いたほうがよかっただろうからな」

 

 

 彼はレベル3でありながら、レベル5や条件次第ではレベル6すら圧倒できるほどの傑物だ。使う魔法も希少(レア)であり、ファミリアの幹部だけで情報を開示しているほど、彼という存在は秘密兵器なのだ。

 

 

「今日はゆっくりしてくれ。それに家事だって分担だから今日はしてはいけないよ」

「私の満足に足るものであればそうしよう」

 

 

 この炊事洗濯家事大好きな癖だけはどうにかしてほしい。リヴェリアと並んで、ファミリアのオカン二号と呼ばれているのに……。

 数々の災難があった遠征だったが、最後くらいは………本当に最後くらいは何事もなく終わってほしい。

 ―――それが数分前の僕の偽らざる気持ちであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時、同じくしてカウンター前の席。永嗣とヘスティアはミアから小言を言われていた。

 冒険者相手の店だが、まさかロキファミリアに喧嘩を売ろうとする新参者が居るとは思わなかった。死ななかっただけありがたく思え、今度やったら出禁にするよ。

 他にも色々とあるのだが、それは置いておこう。当の二人も反省しており、拳が飛んでこないのが幸いと享受している。

 しかし、約一名が上の空だった。ベルだ。ロキファミリアの遅れてきた三人を見て、慌てて前を向いていた。それについては心当たりがある二人、一人はぐぬぬとハンカチがあれば噛んで引き裂きそうになっており、一人はなるほど青春と微笑ましく思っている。

 

 

「あの金髪の少女か」

「…………はい。ミノタウロスに襲われていた時、助けてもらいました」

「ほほう。それはそれは…………」

 

 

 金髪金眼の少女こと、アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアのレベル5であり、人族(ヒューマン)のくくりでは最高峰に近いとされている。二つ名は剣姫で獲物はその名のとおり剣を使う。同じ剣士として、その手前を見てみたい。

 だが、しかし………あまりにも格というものが違いすぎるかもしれない。

 

 

「アレに惚れたか?」

「あぅ///」

「ベールーくーん……!!?」

「静かにしておれ。ベル――――」

「そういや、アイズ! アレ覚えてるか?」

 

 

 覚悟を問おう、とベルに話しかけようとすれば俄に背後が騒がしくなってきた。ロキファミリアのテーブルの方だ。樽のジョッキで酒を煽る獣耳の銀髪ことベートが騒ぎ始めた。酒が入ったためか、ほろ酔いのベートは帰り道であったことを酒の肴にした。

 

 

「アレ?」

「そうだよ、アレだ! 帰る途中で逃げ出したミノタウロス共の群れだよ!!」

「ああ、確か最後の一匹は5階層で仕留めたってやつ?」

「そうだ。でよぉ―――――」

 

 

 曰く、逃げ出したミノタウロスは何の奇跡か、邪神のイタズラかどんどん上層へと上がっていった。

 曰く、冒険者が襲われ殺された形跡はなく、最後の一匹が5階層まで到達してしまった。

 

 

「あー、なんでか上まで行けた奴らか」

「遠征で疲れてるっつーのに無駄な労力をかけさせられたぜ。まぁ、それもこっからのを聞けば笑えるんだがよォ……!」

 

 

 曰く、下級冒険者がミノタウロスに半端な抵抗をしたのか、怒らせて逃げ回った。

 曰く、武器も壊れて、泣いているところを―――

 

 

「アイズが細切れにしたんだよ。壁際に追い詰められて、ブルってべそかいてる兎みてェなガキだよ」

「無事やったんか、その子?」

「無事さ。でもよ? アイズが細切れにしちまったもんだからアイツ………牛野郎の臭ェ血で真っ赤になっちまったんだ。ありゃあ、トマトみてぇだったぜ」

「うわぁ、そりゃ災難やったな」

「まぁ、そこで終わりゃあよかったんだがよ。そいつ、叫び声上げて走ってどっか行っちまったんだよ。ほぉぅああああああ!! ってさ! うちのお姫様は助けた相手に逃げられちまったのさ」

「助けた相手に逃げられるほど怖がらせたなんて、アイズたん萌えー!!」

 

 

 ―――――ほほぅ…………。どこかで声が聞こえた。

 普通ならば笑いもしない。自分たちの失態を棚に上げ、本来なら相手にすることすらないはずの存在と対峙した同業者を笑えるだろうか?

 もし、己が同じ段階で遭遇したとして……………そのような醜態を晒さずに済んだであろうか?

 彼らはそんなことは考えない。なぜなら、今は強いからだ。強いから笑えるのだ。

 ゆえに、彼らは嗤う。笑わないものはそれがどういうことか理解しているから笑わない。ある意味、普段なら笑わない連中も、今回の遠征に不満を抱えている。

 

 暴れたりなかった。

 お気に入りの武器を壊された。

 もっといいところを見せたかった。

 

 

 彼ら以外で笑う連中はもっと単純だ。上を見ていると自分が情けなくなる。でも、下を見れば自分も上の一員だと、陶酔できるからだ。

 そんな連中に果たして微笑むモノは存在するのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん…………」

「…………………ッ」

「べ、ベルくん」

 

 

 死人のように真っ青になり、俯いてしまったベルをヘスティアは慰めるように背中を擦る。

 ベルのことなど露知らず、ベートの嘲りは続く。

 

 情けない。

 同じ冒険者、男として恥ずかしい。

 ああいう身の程知らずの雑魚が増えるから、俺達の品位まで貶めやがる。

 泣き喚くぐらいなら端から冒険者になんかなるな。

 

 

「いい加減その口を閉じろベート」

「ああッ?」

「奴らを取り逃がしたのはこちらの失態だ。それを棚に上げ、(あまつさ)無力な(・・・)少年を笑い者にするなど恥を知れ」

「おーおー、誇り高いなぁ、ハイエルフ様よぉ。けどよ、雑魚を雑魚って言って何が悪い? それは変わりようのない事実だ」

 

 

 確かにそうだ。雑魚は雑魚だ。今は変わらぬ事実だ。

 手が白くなるほど握りしめたベルを、ヘスティアは気遣う。シルもその異常に気づいたか話しかけるも反応数ら帰ってこない。同席する永嗣に助けを求めようとするが、彼は何食わぬ顔で肉とパスタを食べている。

 

 

「笑うな、恥を知れ。イイことだ、小綺麗なこった。だがよ? それは反省している、次はそうならないようにするからって、失敗を誤魔化しているだけだろ」

「私の言葉がそう聞こえたのか? なら……………」

「ベートもリヴェリアももう止めぇ。酒が不味ぅなる。無事やったし、そうならないように気をつける。それで終わりや」

「…………ふん」

「はっ! ――――アイズ、お前はどう思うよ?」

 

 

 ベートはまだ蒸し返したがる。リヴェリアが不快感をあらわにしたことで、他所の冒険者は黙ったというのに彼は当事者の一人であるアイズに求めた。

 

 

「………何が?」

「決まってるだろ。自分の目の前で震えるだけの情けねぇ野郎をさ。あんなのが冒険者を名乗ってる。俺たちを同じ冒険者だと言ってやがることだ」

「………あの状況では仕方ない、と思います」

「――――本当にそうかよ?」

 

 

 ベートの嘲りは鳴りを潜め、アイズに問いかける。

 

 

「強さの欠片もないガキ。震えるしかできないガキ………お前は認められるか? お前は同じ状況だったとき、震えて死ぬことを選んだか?」

「――――それは………」

「俺だって、クソじゃあねぇ。どうしようもねぇ状況だって知ってるさ」

 

 

 ジョッキの中のエールを一口呷る。ベートはベートなりの価値観を説いた。

 

 

「こんな稼業だ。死ぬことは当たり前だ。それは当たり前のことだ。だがよ? 俺があのクソガキを―――トマト野郎を罵ってんのは、手前で選んだくせに諦めてんじゃねぇって言ってんのさ」

「ベート………もしかして、酔ってる? は!? もしかして偽者!!?」

「ンなわけあるか!! ったく………俺はトマト野郎が追い詰められても抗ってンなら、言わねェよ。だが、あいつは諦めた。向かってくる死(ミノタウロス)を前に無抵抗を決め込みやがった」

 

 

 乱暴な言動が多いベートだが、実際は相手を気遣ってのことが多い。彼は不器用で、口汚く罵るがそれはその程度で諦めるぐらいならば儲けものだからだ。

 ベートの種族、正しくは彼の生まれた集落は強さというものを特別視する。強いからこそ横柄なことが許される。これだけ見れば未開な蛮族としか言いようがないが、強者は常に誰よりも前に出て戦うことを義務付けられる。義務を果たすから権利を振るえる。強者足らんとするのであれば、常に戦う意思を見せることが、誇り高い一族の証である。

 

 

「俺はな、俺の一族はな。そういうやつが反吐が出るほどに嫌いだ」

 

 

 これだけは譲れねぇ、と残ったエールを一気飲みして追加を頼んだ。

 彼なりの考えを聞いて、古参連中は変わらないなと呆れ、彼と一緒に育った連中は意外なものを見たのか固まる。

 そんな中で、永嗣は動き出した。

 

 

「―――――ああまで言われると、どうじゃ?」

「………」

「下を向いても地面しか見えんぞ。面を上げて前を見んか。ん?」

「シグレさん………僕は……僕はッ……」

 

 

 顔を上げて、ベルは永嗣を見た。するとどうだろうか。若々しいはずの彼は老いた老木のような姿に見えた。それは死んでしまった祖父が自分の夢を語ったときに見せてくれた顔に似ていた。

 

 

「僕は…………強く、なれますか?」

「―――――成れるとも」

「強いって、なんですか?」

「お主が見つける、お主だけのモノじゃよ。誰かに与えられた強さなど、きっかけにすぎぬさ。うむ」

「どうすれば強くなれますか?」

「その道筋は知っているじゃろう。だが、その前にやるべきことがある。わかるな?」

「――――はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 湿っぽくなったのに耐えられないのか、ベートは不機嫌そうにエールを飲んでいた。にやにやとこっちを見てくる貧乳アマゾネスをあとでボコると心に誓っていると、ふと視界に移るその姿に彼は一層不機嫌になった。

 ベートの不機嫌さ―――正しくは、敵意の籠った視線に気付いたロキファミリアの人間はその先を見た。

 

 

「あの……」

 

 

 アイズはほんの少し後悔した。当の本人があの話を聞いてしまったことに。

 彼女の様子に気づいたリヴェリアが察したようだ。フィンもロキもアマゾネスの姉妹も、話の冒険者がこの場にいることを知り、居心地が悪くなってしまった。

 これでは自分たちが悪人みたいで、この兎のような少年をいじめていたみたいじゃないかと、心なしか罪悪感が湧きあがって来てしまう。しかし、ベートは違った。

 

 

「ンだよ、トマト野郎。てめぇを見てると酒も飯も不味くなる。さっさと失せろ」

「ベートッ!!」

「いえ、いいんです。事実ですから」

 

 

 さすがにこれ以上は看過できないとリヴェリアはベートを叱責しようと立ち上がりかけた。でも、それはベルによって止められた。

 だからだろうか、ベートはベルの顔を見た。ドワーフの男、ガレスは彼の顔を見て、ほほぅと感心したような声を出す。

 

 

「その、ヴァレンシュタインさん」

「……………あ、えっと……ごめ―――」

「黙ってろアイズ。ほら、続けろよ」

「すみません。―――――――助けてもらってありがとうございました」

 

 

 アイズの謝罪の言葉をあえぎったベートは続きを促した。出てきたのは感謝の言葉だ。

 

 

「あのままだと、僕は殺されてました」

「仕方ないよ。ミノタウロスはレベル2でも上のほうじゃないと単独では危険だから…………」

「それでも……僕は諦めてました」

 

 

 ―――後悔しました。なんで冒険者なんかになったんだろうって…………。

 本当に思ったことだった。調子に乗って、怖い思いをして―――無様姿をさらしてしまった。あんな化け物を一瞬で細切れにしたアイズに憧れを抱き、ベートによって惨めさを突き付けられた。

 もしかしたら、僕はそのまま終わっていたかもしれないとベルはそう感じた。

 

 

「そちらの人の言う通りです。僕は………抗うことを諦めてました」

「でも―――」

「けど、僕は………それが許せません」

「―――」

「弱いままでいたくありませんッ………!」

 

 

 血を吐くような声と決意は強者である彼らに伝わった。彼らは真剣だった。

 

 

「だから僕は………強くなります」

「うん」

「強くなってみせます」

 

 

 ガレスはこのなよっとした少年の評価を上方修正した。なるほどなるほどと。

 

 

「強くなって……………貴女の隣に立てるぐらい強くなります」

「んなっ……!?」

「……………私は止まらないよ? どんどん進む」

「それでいいです。その方が、隣に立った時に胸を張って言えますから」

「………そう」

「だから――――ありがとうございました」

「――――どういたしまして」

 

 

 深々と頭を下げ、礼を言うとベルは元いた席へと戻る。そこには当然、ロキを放り投げた青年が微笑みながら見ていた。

 

 

「シグレさん、行ってきます」

「おう、行ってこい」

「神様! 朝には戻りますからっ!!」

「必ず帰ってくるんだよっ!」

 

 

 半ば折れたショートソードと数打ちのナイフを携えて、ベルは迷宮へと向かった。若い冒険者が決意を胸に駆け出していく。

 ベートもその意思を尊重する。死んだとて本望だろう。同業者であるならば。

 ムメーは見た。かつて、夢を追ったあの日の姿を。

 ロキは目の前で一つ成長した子どもに心の中で祝福を与えた。

 酒場でくだを巻くような連中も、少年の姿にかつての憧れを思い出した。

 この少年の、この行動は彼らの心に火を灯したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ああ、なんという三文芝居なのか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び出していったベルは小洒落たドアの破砕音とともに豊饒の女主人へ戻ってきた。

 固まる一同に、外からうすらデカい男が下品な笑い声と下衆な笑顔で上がりこんできた。あまりの悪臭に鼻を抑えてしまう。男はそれほどに、まるで汚物が人の姿形を真似して動いているようなものだった。

 

 

「くセェ、くセェ。なんつー話をしてるんダァ?」

疫病男(ホモペスティス)!?」

「話っテのは、この俺様みテェに、香しく(フレグランス)なきゃいけネェよ」

 

 

 ―――ナァ? 黄ばみに黄ばんだ、糸を引く歯がおぞましい。開いただけで猛烈な刺激臭を放つ口臭が、命を奪おうとしているのではないかと思うほどだ。臭いで眼が痛くなるなど、劇毒以外の何物であろうか?

 

 

「さっさと失せな。アンタみたいな奴はお断りさね」

「おいおい。俺は客だ。店が客を選ぶのはおかしくネェか? ミアヨォ」

「馬鹿馬鹿しい。アンタはどこも出禁さ。ギルドにもそう言われてるだろう」

「ンなこと知るかヨォ。俺はレベル6だゼェ? ギルドも手出しなんザァ、できネェ」

 

 

 げびゃびゃびゃと、その笑い声ですら不快感しか湧かないこの男。レベル6といい、周りの反応といい、かなり知られているのだろうか?

 すると、ヘスティアに聞こうとしている永嗣に一人のウェイトレスが近づいた。リヴェリアと呼ばれたエルフと同じだが、彼女は金髪に碧眼だ。だが、その雰囲気は抜き身の刃のように殺気立っている。

 

 

「アレはなんじゃ?」

「…………知らないのですか?」

「知らん。それより、アレはなんじゃ?」

「…………………オラリオで数少ないレベル6の冒険者、その汚さからあらゆる店で入店を断られるほどに汚い男。ポプヌス、二つ名を疫病男です」

 

 

 垢塗れで、もはや茶褐色の部分しか見えないその肌をぼりぼりと掻いている。ぼろぼろと垢が剥がれ落ちるが、次の瞬間には見えていた肌色が茶褐色になっている。

 

 

「あのように、あまりの汚さに垢が剥がれ落ちてもすぐに垢となります。アレはそれ自体が防御力を持っていて、上級鍛冶師(ハイスミス)が製作した鎧と同程度の強度を誇り、かつ、触れるだけで装備も腐食させてしまいます」

「―――――ベルは無事かの?」

「それは―――」

「無事だゼェ、兄ちゃんヨォ」

 

 

 ポプヌスがこちらを見る。視線を向けられただけで犯されそうだと、エルフは身構えるが彼女の腕を引き、涙目になっているヘスティアを頼むと陰に隠す。

 

 

「…………」

「すまんが………」

「あ、いえ………神ヘスティア、こちらへ」

「おいおい。野郎なんザァ見たカァ、ネェんだぜ? 後ろのカワイ子ちゃんを見せろヨォ」

「黙れい。貴様のような醜男(しこお)に見られては可憐な華が汚れてしまうわ」

「/////」

(うおお…………さりげなく口説いてるよ、うちの子は!?)

 

 

 何か言いたそうな顔だが、今はすべきことがある。

 

 

「お前の近くで気絶しているやつはの、うちの団員なんじゃよ。何をした?」

「人聞きのわリィこというんじャア、ネェよ。この坊主がぶつかってきただけダァ。そんで気絶した。白目剥いて痙攣していやがる。この香りにまいっちまっタァんじゃネェのか」

「こりゃあ、重症じゃな」

 

 

 この汚臭とも腐臭とも似つかぬ、刺激臭がいい香りとは――――ほんとにウジでも湧いておるんじゃなかろうか、主に頭のなかに。

 

 事実、ポプヌスはベルに何もしていない。その悪臭で気絶し、ムカついたポプヌスが蹴り飛ばしただけである。

 

 

「そうかそうか。臭いの云々はどうでもいい。ならば帰れ」

「人様にぶつかっておいて、それはなネェんじゃあネェか? おい」

「結局のところそこか」

「げびゃびゃびゃ! テメェらみテェな雑魚にも俺様は優シィのさ。それともなんだ。一丁前にやるってのか?」

「…………………」

「待つんだ」

 

 

 無言で刀に手をかける永嗣に、フィンは待ったをかけた。

 じろりとその小さな手に似合わない力で永嗣の腕を止める。フィンはじっと永嗣の瞳を見た。初見では気づかなかったが、その瞳は昔見た迷宮の縦穴のように奈落を思わせる瞳だ。

 歴戦の自分を鼓舞するように、彼は永嗣に告げた。

 

 

「下げたくない頭を下げる気持ちはわかる。だが、ここは我慢した方がいい。君の目論見どおりには行かない」

「目論見じゃと…………?」

「僕らの加勢を期待しないでほしいってことだ。僕らはアレと事を構えるつもりはない。不愉快だが、言ってみれば他人事だ。もっと下のファミリアなら、場を収めることもできたが、アレでも最上位の一つなんだ」

 

 

 とすれば、後ろに控えていたエルフが補足をしてきた。納得いかないと、滲み出し始めた雰囲気からはやまうと思ってしまったのだろう。僅かな必死さが伺える。

 

 

「疫病男が所属するファミリアはオラリオでは少人数です。ですが、かつてのファミリアの有力者を取り込み、さらには団員たちの持つ希少能力がロキファミリアですら二の足を踏ませます」

「………………リオン、僕らは別に恐れているわけじゃ―――」

「わかっています。貴方達なら必ず勝利できます。しかし、無傷ではない」

「そうだね。シグレ君、彼らは敵に回すと非常に厄介な能力を持つんだ。だから僕らは事を構えない。君らに加勢できない。我慢してくれ」

 

 

 フィンは未来のある彼らを潰したくはなかった。自分の親指がうずうずする。ポプヌスに彼が近づくほどにその動きは大きくなる。

 こんなときは結果が二つに別れる。いい事と悪いこと。そして、これは悪いことだ。

 彼を見たとき、その仲間がアイズに告白まがいのことをした時、感じていたうずきはいい事のほうだ。彼らは大きくなる。このまま行けば、よき隣人になってくれる。漠然と、自分にとって良い結果を導いてくれるとナニカが囁くのだ。だからこそ、ここで潰させるわけにはいかない。フィンにはそんな打算があった。

 

 

「できん相談だ」

「なぜ?」

「あの手の輩はな? 一度、下手に出れば調子に乗るだろう。厄介なことに己の力量をよく理解しておる。嬲ることが快楽を生み出すことを知っている眼よ」

「それは……………」

「ここで下がっても、アレはすぐにやってくる」

 

 

 手を離せ、とフィンの顔をじっと見る。フィンもこれ以上は無理だと諦め、後は知らないと入れ替わり、ヘスティアとエルフを守るように立つ。

 

 

「せめて、これだけはさせてもらうよ。すまない」

「女子見せるには、汚すぎるからの。任せる」

「任されたよ。神ヘスティア」

「な、なんだい?」

「もしもの時は―――お願いします」

「―――――もちろんだよ。家族を守るのに、躊躇するなんて馬鹿げているからね」

 

 

 なら、止めてほしいと思ったが、どうやらこの小さな女神は眷属に絶大な信頼がある。というより、何かを確認したいといったところだろうか。

 アイズが止めようと近づこうとするが、それをムメーとベートが止める。

 リヴェリアはすでに回復魔法の準備を済ませているのだろう。ラウルに、ポプヌスが離れ次第、少年と、生きていれば事後の彼を連れてくるようにと命じているようだ。

 

 

「心配ないよ、フィン君」

 

 

 どこが、と言いそうになるが、その碧眼を見て声をつまらせる。

 

 

「彼はね、強いから。そしてこれからもっと強くなる自慢の家族だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表に出ろとは永嗣の言葉。ポプヌスはニタニタと笑いながら人通りどころか、もはや灯りすらなくなった道に出る。悪臭に悲鳴を上げ、逃げる猫に、この香りの良さがわからないとは、これだからケダモノはと文明人のように貶す。

 さてと、ポプヌスは自分の背後からついてくる新人――――はそのまま店を背にするのではなく、風上のほうへと向かった。

 

 

(考えてるじゃネェか。風下なら香りに惑わされることもネェ)

 

 

 そのぐらいは考える理性はあるようでない頼だ。なのに、この香りを理解できないとは…………嘆かわしいことだ。

 得物を見る限り、腰に携えたカタナのみ―――と思いきや、人様の手すりを切り落として二刀になりやがった。

 

 

「そんな棒切れでやるってのか」

 

 

 怖いもの見たさに外を覗きこむ冒険者たちも、失笑せざるをえない。恩恵を持つ鍛冶師が作った数打ちならいざ知らず、そこら辺の鉄の手すりを得物にしたところでへし折られるのが関の山だ。

 風切り音を響かせて振り回すその姿に、蛮勇どころかキチガイの類と笑えもしない。

 

 

「黙んまりは酷いぜ?」

「―――――――よし、ならば斬る」

「はっ、斬るだと? 馬鹿言うんじゃあネェヨォ。雑魚が」

「吠えるな、糞蟲。吠えた分だけ悪臭が回って不愉快じゃ」

「態度がデケェんだヨォ!」

 

 

 悪臭を放っていても、レベル6家二つは離れていた距離を2歩で縮めた。

 空気に色がついているのではないかと思うほどに、何かを含んだ拳が裂いて迫る。大振りのテレフォンパンチは直進というよりも、大きく弧を描いて手のひらを叩きつける―――ビンタのように振るわれた。

 

 

「知能はあるか」

「そっちこそな」

 

 

 後ろに下がるのではなく、前へと進み、脇を通り抜け様に棒切れで水月を強かに打ち込んだ。効いた様子はなく、瞬く間に棒切れは腐食し錆びだらけになってしまった。

 打ててあと一、二回といったところだろう。

 

 

「腕を振れば垢も飛び散るということか」

「隠し玉を言うほど俺は馬鹿じゃネェぜ」

 

 

 買ったばかりの服が所々に穴が開いていた。紙魚(しみ)に喰われたような小さな穴だが、これは厄介だ。実に厄介である。

 大振りのテレフォンパンチは散布界をとるため。受け止めるのは愚行であり、砂利石のように飛んでくる垢を武器で払うも、無視するのも愚か。なるほど、ロキファミリアが戦いたくないわけだ。

 ――――割に合わない。

 

 

「おら次ダァ」

「うぅむ。これはちと……………不味いか」

 

 

 

 

 

 

 

 二人の戦いを見ている観客たちは、早々に勝負の決着を予感していた。だが、始まってみればレベル1がレベル6の猛攻を凌いでいるではないか。

 何かのスキルか? と、彼の主神であるヘスティアに目を向けるが、その女神は倒れていた白髪の少年につきっきりだった。ラウルが二人が外に出たと同時に連れてきて、リヴェリアが怪我の確認をしている。

 

 

「問題ない。悪臭で気絶したのと、本当に軽く蹴られただけのようだ」

「よかった。……………ベル君」

「私も残念に思う、神ヘスティア。不幸だったとしか言いようがない。願わくば、今日の志を失わないでほしいが…………」

「大丈夫だよ、リヴェリア君だったかな? ベル君は強い子さ。実力ではなく、心がね!」

「――――ふっ…………余計な心配でしたか」

「いざとなれば女神の抱擁で………!!」

「うちの主神の前でそれはやめてくれ」

 

 

 形容しがたきお○松さん顔をしているロキに、ホントは切れ者なのになんでこうなるかな、と頭痛がしてくるリヴェリアであった。

 などと、見目麗しいハイエルフがキャットファイトを始めそうな二人の女神を宥めようと齷齪(あくせく)していたが、かぶりで外の戦いを見ている連中は驚きを隠せなかった。いや、一人を除いてだが。

 

 

「すっごい、レベル1だよね?」

「戦いも様になっているの。どこぞで名を挙げた剣士か?」

 

 

 薄いアマゾネス(どこがとは言わない)とドワーフが感心したように見る隣では、分厚いアマゾネス(こっちもどことは言わない)が団長になにやら質問を投げかけていた。いや、なんか怖い―とか棒読みで抱き着こうとしているだけだった。

 

 永嗣の戦いに一番興味を持っているのはアイズであった。同じ剣士として、種類は違えど何かしらの足しになるのではないかと物見遊山と心配の半々で見物しようとしたが―――――学ぶべきことが多くて、じっと見つめている。

 それを面白く思わないのはベートと紅葉色の髪のエルフだ。意中の女、あるいは憧れの女性が他の男、駆け出しの冒険者をじっと見ていることは不愉快だと、エルフの少女は思っていた。

 ベートはアイズの気持ちもわかるが、それでも俺を見ていてほしいし剣については門外漢なのが堪らなかった。アイズの隣に立つムメーは鷹のように鋭い眼で戦いを観察している。ムメーは盗めるものはなんでも盗む、とじっと見つめるアイズにこう投げかけた。

 

 

「よく見ておくといい」

「うん」

「アレが剣士の極みの一つだ。ひたすらに剣を振り続け、狂っているとしか思えないような信念の果てに辿り着いた存在だ」

「…………ムメーの知り合い?」

「―――――かつてはな」

「ンだよ。あいつのこと知ってるのか!!?」

「ベート、あまりプライベートなことに突っ込んでほしくはないのだが?」

「五月蠅ェ! ありゃ、一体何なんだ? レベル1ができる動きじゃねーだろ」

「別に不可能ではない。彼なら恩恵なしでも同じことが出来るだろうさ」

 

 

 時折響く風切り音が、道に積もる埃を巻き上げる。ポプヌスもそれの意味するところしているのか、次第に嘲りがなくなり始めてきた。

 

 

「アイズさんと同じ魔法を使っている? 無詠唱で?」

「今持っている角材で引き起こしたものだよ、レフィーヤ。振りが速すぎて風を巻き起こしている」

 

 

 腕を振るい、垢や頭垢(ふけ)を飛ばしても風で受け止められ、自分の方向へと返される。ただ、考え始めたのか逃げ道を塞いでいくように飛ばし始めている。いずれは靴すら腐食してしまうだろう。あんなものが肌に付着すれば…………………想像しただけで悍ましい。

 

 

「とはいえ、もう決着がつくな」

「あン?」

「――――――奴相手にポプヌスの鎧は無力だと言っただけだ」

 

 

 聞き耳を立てていた誰もが、ムメーの言葉を理解できなかった。早く続きをと催促しようとすると、汚い悲鳴が彼らの視線を戦いへと引き戻した。

 唯一見ていたのはアイズだけだった。

 

 

「――――――――剣が…………四つ出てた?」

 

 

 煌く銀閃は確かに四つ。ポプヌスの右腕を斬り飛ばしていたのだった。

 

 

 

 

 

 時は僅かに遡り、錆を通り越して朽ち果て始めた棒切れを捨てて、積まれていた角材を手に、永嗣は何度目かの打ち込みを行っていた。

 角材は見る間に朽ち、粉々になる前にポプヌスへと投擲、奴の背中に当たるも弾かれて今度こそ粉々になってしまった。

 

 

「無駄無駄ァ、そんなのじゃあ、俺の鎧は超えられネェ!」

「三太刀、いや四太刀か?」

「何度やっても無駄なもんは無駄だ。俺に傷をつけたきゃあ、不壊属性(デュランダル)武器でも持ってきな!」

 

 

 ―――まぁ、お前が手に入れられるはずもネェがヨォ。

 不壊属性とは、ごく一部の上級鍛冶師のみが施せる決して壊れない武器のことである。その値段は一般人であれば一生遊んで暮らしていけるほどになるだとか。

 

 

「皆目知らんわ」

「じゃあ、さっさと死んじまいナァ!」

 

 

 今度はボリボリと頭を掻き始めた。汚いもので、その手のひらと爪の間ではごっそりと頭垢がくっついている。

 

 

「ソォら、よっ!」

「何から何まで汚いやつじゃの……………………!」

 

 

 その内、股間でも掻き毟って襲い掛かってきそうだ。いや、痰を吐くのも考えられるか。

 じっとりとした頭垢が永嗣に向かって飛来する。しかし、新たに手に入れた角材を一振りすれば、逆にポプヌスへと戻ってきた。

 

 

「ああ? 魔法でも使えるのカァ?」

「さぁの」

 

 

 ざわざわと観客からも無詠唱、魔法名も言わないで発動できるレアスキル? とざわついている。

 単に風圧を生み出したわけなのだが、この世界の連中はどうしてレベルや魔法に繋げたいのだろうか? 恩恵万能主義というやつか?

 

 二度三度と続けてけば、流石に自分の攻撃が無駄だと考えたのだろう。むしろ、周囲にばらまいて逃げ道を塞ごうとし始めている。それを考えるだけの頭は残っているようだ。腐り果てていると思ったが、自分の能力について、冷静に捉えている証拠だろう。

 そろそろ頃合いでもある。速さは家2軒、錆つきは一当てでは朽ちない。垢が再び浮き出るまで瞬き三つほど。十分すぎるほどである。

 ―――で、あるなら…………………………。

 

 

「―――――殺るか」

「逃げ道はもうネェ! 体に触れれば、火傷じゃすまネェぜ!」

「必要ない。あとは斬るのみ」

「ほざケェ!!」

 

 

 他の人間からすれば追えぬ速度も永嗣からすれば十分追える速度。足の使い方を知らないのか、ダン、ダン! と全身を震わせながら突撃をしてきた。

 ぽろぽろと垢が剥がれ落ち、振り乱された汚い光沢を持つ髪から頭垢がばらまかれる。切り抜けるには上を跳んで越すか、後ろに下がって脇道に逃げ込むしか無いだろう。

 

 しかし、永嗣は迎撃の構えを見せていた。今まで構えらしい構えをせず、小兵のように跳んで駆けて逃げまるのではない。横水平に構えた、極東固有の武器カタナ。

 オラリオでカタナの評価はあまり高くない。その代表的なものはあまりに脆いこと。片刃でしか無いこと。斬れないモンスターが多いこと。値段が高いことだ。

 

 新人が一度は陥る、神々曰くチューニ病による影響もある。他人と同じものは使いたくないと、それを知らない新人が使えないものを高い金を出して買い、その悪評を広めるのだ。

 あの新人も同じかと思っていた―――。

 

 

「―――秘剣―――――鷹の爪……!」

 

 

 同じことを思っていたポプヌスも無警戒に突き進んでいた。そも、このスキル『汚れた光』に太刀打ちできるものは数が限られている。

 

 一つは不壊属性の刀剣類。垢を貫き、超弩級の耐久力を誇るポプヌスの肉体も傷はつけられるだろう(・・・・・・・・・・)

 

 一つは上位の魔法。耐久力が高くても、垢の鎧を持っていても九魔姫(ナインヘル)千の妖精(サウザンド・エルフ)の魔法には耐えられない。

 

 一つは………………………あり得ないが、都市最強が襲ってくること。グランドクエスト級モンスターに襲われること。これはあり得ない。

 

 自分の防御は駆け出しの新人なんかには負けない―――――そう思っていた。

 体格のいいバーバリアンが自分に襲いかかり、似たようなシチュエーションで吹き飛ばしたときの喜悦を外でも味わえるとポプヌスは妄想していた。

 それは間違いだった。新人が構えを見せた時点で手打ちにすべきだった。

 

 長年の冒険者生活で培った危機感がポプヌスに警鐘を鳴らす。咄嗟に両腕で首を守るようにガードした。

 そしてそれは正しい判断であった。新人の間合いに入った瞬間、ポプヌスの右腕は宙を舞った。

 

 

「ウギャアアアアアアアアア!!!?」

「勘のいいやつじゃの」

 

 

 ぼとりと落ちた右腕、流れでる血液――――否、血は出ていない。こう、白く粘つく何かが糸を曳いている。

 何が起きたのかわからない。何が起きたのか? 疑惑と憎悪を綯交ぜ(ないまぜ)にしたポプヌスは腕を抑えて睨み付けていた。

 

 対して、永嗣は無傷だった。あるとすれば持っている刀の切っ先が腐食し始めていること。その刀に申し訳なさそうな顔をしていることだ。

 

 

「何しやがった!!?」

「斬っただけのこと。知らんのか?」

「ああ!?!」

 

 

 先ほどと同じ構えを見せると、ポプヌスは己の直感に従った。

 間違いない。さっきの一撃は紛れもなく、首を刎ねに来ていた。遊び半分じゃなくて、本気で殺しにかかってきている。そしてこいつは――――

 

 

(俺のスキルが通用しネェ…………レベル1の分際で………!)

 

 

 冷や汗がポプヌスの全身を伝っていく。決して逃がすつもりもない、かつて見た死神や冥界の神が発していた逃れられない死。それがポプヌスの前にしかと形をもって存在していた。

 観客たちは大番狂わせに熱中している。アレはスキルか? レベルを偽っているんじゃないのか? そうであればどれだけ自分が慰められるだろうか。

 

 そして永嗣が二の句を告げる。その気配を察したのか、彼らは固唾をのんで待った。つばを飲み込む音すら彼の言葉、あの強さの秘密を聞き逃す要因だと、息すら止める者もいた。

 

 

「―――――当てれば斬れる………ただそれだけじゃよ」

 

 

 切っ先の朽ちた刀、朽ちていない刀身が死相の浮かぶポプヌスの顔を写し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なんなんだ、彼は……?」

 

 

 フィンの驚きは正しいものであった。レベル差は5という、天地を覆したところで変わることのない定理が目の前で覆された。

 思わず、店内にいるであろうヘスティアを見てしまう。彼女はすでに、自分たちの主神からキツイ尋問を受けていた。必死に何かを隠しているようだが、あの狡知な女神を騙せるほどではない。純真なのだろう。

 

 

「ムメー、何が起きたか知ってる?」

「まぁな」

「それは聞き捨てならないね。教えてくれるかな?」

「マナー違反だぞフィン」

「公衆の面前で奥の手を出すほうが悪いのさ」

 

 

 団長命令で吐かせてもいい。ティオナやティオネ、ベート。何よりアイズが同じ剣士として一番知りたがっている。

 

 

「……………単純に言えば、四度攻撃を当てただけだ」

「あの一瞬で?」

「不可能ではない。先ほどもアイズたちには言ったが奴なら可能だ。恩恵がなくとも、瞬きする間に打ち込むことは出来るからな」

「………そんなの、あり得るのか……?」

「かつては神などいなかった時代、英雄と呼ばれる連中なら不可能ではないだろう。気の遠くなるような死線と鍛錬、経験によってな」

 

 

 ならば、彼は英雄の子孫だというのだろうか?

 

 

「間違っても英雄とは呼ばないほうがいい。アレは英雄(げんそう)なんて求めてはいない。いずれ友好を得たいのなら猶更だ」

「………肝に命じておくよ」

「―――――待って」

 

 

 アイズがムメーに食い下がった。これ以上、何を知りたいのだろうか?

 

 

「ムメーは見たの?」

「見た、とは?」

「あの人が剣を振ったとき、確かに四つあった。一本しかないはずの剣が四つ見えたよ」

「どういうことだい、ムメー」

 

 

 彼はアレを見たうえで、四度打ち込んだと偽っていたのか? であるならば…………。

 

 

「虚偽は許さないよ。主神同士の仲が悪いんだ。下手をすれば戦争になる可能性も否定できない」

「なら、私はロキファミリアを辞めるだけだ。幸い、引く手はあるのでね」

「おい、テメェ! 団長の命令が聞けないってのか、ああ!!?」

「ティオネやめるんだ。………君が居なくなるのは困る。内情も知られているからね。どうあっても話せないかい?」

「そうだ。しかし、フィンの懸念は間違っている。アレはロキファミリアと事を構えるようなことはない」

「主神が命じても?」

「するだけの理由があればやるだろう。しかし、主神の仲が悪いだけで剣は抜かんよ」

 

 

 ポプヌスを追い詰めていく永嗣を見て、ムメーは何を思っているのだろうか?

 何かを知っているという確信があるが、それを彼相手に無理やり聞こうとすれば…………。

 

 

「いい加減しろよ、アタシが優しくしているうちに―――――」

「もういい。ティオネ止めるんだ」

「団長っ!」

「得る物より失う物のほうが多すぎる。団長命令だ、彼に問い詰めることはやめるように」

「感謝するよフィン」

「でも、いずれは話してくれるんだろう?」

「敵対することになったらな。そうなりたくなければ………アレの周囲に手を出さんことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、豊饒の女主人の中では女神同士の―――いや、一方的な詰問が響き渡っていた。

 シルは目の前で行われている女神同士の争いより、膝の上で呻っているベルが心配だった。

 彼はまた立ち上がれるのか? 強くなると誓った端から、彼は打ちのめされた。幼いころから持っていた、なんとなく人の色が見えるこの瞳はベルのような透き通った色が濁らないかが心配だった。

 

 

「ベルさん」

「う、うぅ……」

「ベルさんっ!!?」

「起きたのかい?! っと、放せ、ロキ!!」

「ちょ、待てやッ!!」

 

 

 目を覚ましたベルの視界に飛び込んできたのは、銀髪の少女と泣きはらした顔の大事な主神だった。自分はどうしたのか?

 確か、急に気が遠くなって――――

 

 

「はっ!?」

「どこか痛いところはないかい? 大丈夫?」

「えっと、神様……? 僕は迷宮に……あれ?」

「ここは豊饒の女主人や、坊主」

「か、神ロキ!?」

「おう、しばらく。アンタの啖呵、なかなかにキマっとったで」

 

 

 リヴェリアー、と外の様子をうかがっていたリヴェリアを呼び寄せる。今度は何だと、渋々こちらに顔を向けるが、ベルの姿を見ると安心したかのように顔をほころばせた。

 

 

「大事ないか、少年」

「は、はい! 大丈夫です」

「ならよかった。君は疫病男の臭気にやられ、奴に蹴り飛ばされて店内に戻ってきたんだ」

「え…………?」

「恥じることはない。むしろ、短時間で目を覚ますことが凄い。私の知る限り、成り立ての冒険者が奴と遭遇したら、丸一日は寝込むほどだ」

 

 

 ――――――――――迷宮にすら到達できなかったのに?

 

 

「自分を卑下するな」

「ッ………」

「不幸が重なってしまっただけだ。冒険者として名を上げたいなら、まずは生き残ることを考えなさい。生き残ったからこそ、我々はレベル6まで行けたのだから」

「でも!」

「デモもストもない。どういう意味かは知らないが、これが審理であり、事実だ」

 

 

 その言葉にはこれまでの想いが乗せられていた。

 夢を見て、ファミリアの門を叩き、強くなろうと足掻いて帰らなかった仲間たち。当時は自分など影すら踏めなかった存在が、日が昇れば死んでいたこと。

 初めての教え子が無茶をして、そのまま迷宮から帰還しなかったこと。

 共通しているのは誰もが生きて帰れなかったことだ。

 

 

「その意志を強く持つんだ。そのうえで生き残れ。これが我々のできるただ一つのアドバイスだ」

「わ、わかりました///」

「うぉい! ベル君っ!?」

「伊達にママとよばれべしっ!?」

「誰が母親だ」

 

 

 彼女の名前はリヴェリア・リヨス・アールヴ。気高きエルフの王族ハイエルフにして、若干、行き遅れていることに焦りを持つうら若きおつぼ「何か言ったか?」乙女である。

 

 

「しかし、そうだな。外を見ると良い。君の仲間が戦っている」

「シグレさんが?」

「そうやった! おい、無駄乳!! アレはどういうことや、白状せえ!!」

「だから、神力(アルカナム)は使ってないって言っているだろ!!? 無乳のくせに無能になったのかい!?」

「なんやと、ゴルァ!!」

「なんだと、コノォ!!」

「――――――――さ、見に行こうか!」

「そうですね! その方がいいですよね!!」

 

 

 後にロキは、Dいや、C-でもあれば勝てた、と布団にくるまりながら嘆いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 形勢は変わらないと思っていたが、そこは臭くても―――あいや、腐ってもレベル6.すぐに体勢を立て直して近づけないように矢鱈と垢を飛ばしてくるようになった。

 近づいて行こうとするも、唾や痰まで吐きかけてくる始末。汚くて近寄れないのもあるが、地面の石畳を溶かすほどの物質をまともに喰らうわけにはいかない。

 

 

(できればあと一度で仕留めたい。二度目は……………無いな)

 

 

 ポプヌスの腕を斬ったカラクリはこうだ。

 刀の切っ先の部分だけ(・・)を当てるように斬る。その際、かつての見様見真似で体得した秘剣にて垢を一の太刀、二の太刀でそぎ落とす。三の太刀で切断し、四の太刀で飛沫を払うといったもの。軌道は唐竹と切り上げ、胴とつないで逆袈裟で払うといったものか。

 

 だが、今は警戒されたのか近づけない。首を刎ねようと狙うがとっさに腕を盾にされて、仕方がなかった。防げぬ右側をとられないように左腕を盾にするように動いている。

 妙なのは、傷口から血の類ではなく白く粘つく何かが垂れていること。これも危なさそうだ。

 

 

(手負いにして、油断が無くなってしまったか…………斬るには心もとない)

 

 

 同じ剣があと数本あれば確実に斬り殺せるだろう。両腕に二つ、両足に二つ。首に一つ。されど、手元には朽ちて長さが3分の2ほどになった業物一つ。

 半ばで左腕を斬ろうにも、根元の部分で首を断つのはダメだ。出来ないことはないが汚いから近づきたくない。

 

 

「んー…………どうすべきか」

「おぅラァ!」

「んん?」

「糞ガァ!」

 

 

 隙ありとみて、殴りかかってくるがすぐに退かれてしまう。前にも思ったが、馬鹿ではないようだ。

 朽ちて崩れた部分を見て、出来てあと二度ぐらいと予想したのだろう。確かにその通りだ。

 

 

「これじゃ、埒があかネェ」

「黙って首を出せばそれで終わりぞ?」

「ざけんなよ。俺ァ、まだ死にたくネェんだ」

 

 

 千日手になりかねない、と腹をくくるしかない。永嗣は再び、あの構えを見せた。首を狙ってくるのは分かっている。自ら首を絞めるように腕を巻いた。

 それに対して―――――

 

 

「腹ががら空きじゃのぉ」

「へっ、その刃渡りじゃ断てネェのは分かってるぜ」

「背骨を斬れば動けなくなるじゃろ? あとは、さっくりと…………な?」

そんなのじゃ俺は殺せネェ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 どうやら隠し玉はまだあるらしい。どんなものか…………。

 雰囲気を変えた永嗣をポプヌスは脂汗をかいて、じっと見つめていた。

 俺はここで死んじまうがお前も道ずれにしてやる。覚悟を決めた手負いの獣。それが今のポプヌスだった。

 

 しかし、それは無粋な横やりで幕を引く。

 

 

「こんな夜更け、通りの真ん中で何をしているのですか?」

 

 

 ギルドの服を着た偉丈夫がやってきたのだ。

 観客の誰かが彼を見て、丐叫んだ。

 

 

「ハルバルスだ! 判事ハルバルスが来やがったぞ」

 

 

 ハルバルスと呼ばれた偉丈夫は、何の感情も宿さない瞳で二人をねめつけた。いけ好かぬ顔つきと態度。戦いに横槍を入れるかと文句をつけようとするが、偉丈夫は矢継ぎ早に告げた。

 

 

「市民からの通報で、冒険者が争っているとありました。ギルドの規約では乱闘はご法度のはずですが?」

「ギルドが不介入の間違いではないか?」

「通常ではそうです。しかし、一般人からの苦情を解消するのもギルドの役目。それが冒険者によって引き起こされているのなら猶更のこと。即刻命じます。このバカ騒ぎをすぐにやめなさい」

「…………わかったよ。ギルドには逆らえネェ」

「逃げるか?」

「バァか。てめえが命拾いしたんだよ」

 

 

 ずしん、ずしんと切り落とされた腕のところまで歩き、拾い上げた腕を切り口へとつなげる。なるほど、そういうことであったかと永嗣は納得した。

 

 

「理解したか? 背骨を斬られたぐらいじゃ死なネェのさ、俺は」

「首は死ぬ。単純じゃろ」

「確かにな。でも、テメェの手の内は読めたぜ。次は殺す」

 

 

 捨て台詞を吐いて、ポプヌスは立ち去っていく。興が冷めたと、飲み直しだと豊饒の女主人へと戻っていく冒険者の中、目ざとくベルを見つけた。

 普段なら気にも留めない存在だが、このガキのせいで久しく感じなかった痛みと手の内を晒すという失態を犯した。腸が煮えくり返りそうで、唾でも吐きかけてやろうと狙いを定めるがハルバルスがそれを止める。

 

 

「それ以上の騒ぎは看過できない。すぐに帰りなさい」

「――――――ちっ……………」

 

 

 溜めた唾を地面に吐き捨て、悪臭を撒き散らしながら立ち去るその後姿をハルバルスは見送った。そして振り返り、永嗣のほうを品定めするように観察する。

 不躾な視線に文句でも言ってやろうかと思ったが、そうする前にハルバルスは立ち去っていった。

 

 

「いけ好かない奴じゃ」

「シグレさん!」

「んん? おお! 気づいたか、大事無いか?」

「はい!」

 

 

 何時もよりキラキラとした目をしているが、大方、戦いの内容でも聞いたのだろう。慣れたものである。

 

 

「凄かったんですね!」

「まぁ、そうでもなければ立つ瀬がないからのぅ。爺の戯言ではなかったろう?」

「はい。鍛錬は重要だって思います。これからもよろしくお願いします!!」

「さようか」

 

 

 では、随分と狂ったがこれからダンジョンに―――――

 

 

「待ちな」

「「ふぁ?」」

 

 

 地の底から響くような声が、背後から聞こえた。振り向きたくない、と逃げようとすれば、ガシッ! と頭を鷲掴みされる。

 ギリギリと万力で締められるが如き痛みを味わい、悲鳴を上げているとぐりんっ、と背後の方に頭を向けられた。

 もちろん、そこには菩薩のような笑顔でありながら背後に悪鬼の幻影が見えるミア・グラントが立っていた。大の男を腕力だけで持ち上げ、手首でこちらを向けさせる。なんたる馬鹿力か。

 

 

「あんたらが乱闘してくれたおかげで、商売上がったりだよ。疫病男の汚れもあるからねぇ」

「は、ははは……………」

「反省はしない。後悔もしない!」

「どっちもするんだよアホンダラァ!!!!」

「「ぎゃあああああああ!!!!」」

「ベル君、シグレ君ーーーー!!?」

 

 

 実が出そうなほど握りしめられるが、そこは商売人。死なれたら困ると死なない程度で抑えてくれた。

 二人はモップと桶を渡され、明日の営業時間までに綺麗にして臭いも取っておけと命ぜられた。

 

 ゴシゴシと床をこすり、匂い消しを塗りたくっていると永嗣はベルにこう言った。

 

 

「知っているか? 男は女に別の意味で勝てないのじゃよ」

「身にしみてますよぅ………」

 

 

 とりあえず、出禁は喰らわなかったと言っておこう。

 

 

 




 ベートを悪者にできなかったよ、とカルメンです。今回の解説ではキャラクターは行いません。用語のみとします。

 感想・質問お待ちしております。誤字脱字の指摘もね!!


『狼人族』
 狼の耳と尾を持つ者の総称。総じて、力に対して敬意を評し、強き存在の振る舞いは如何なものであろうと正当化されるとしている。異を唱えるなら、相手を倒して唱えよという戦闘種族とも云われる。ベートの一族はその傾向が特に強かったらしい。

『希少スキル』
 発現数の少ないスキルのこと。あるいは一つしか確認されていないもの。特異な能力が多く、眷属がそれを持っているだけで神々の間ででかい顔が出来る。
 反面、それを巡って争いが起きる可能性もある。似たものに希少アビリティが存在する。

『人族』
 地上ではもっとも多い種族。基本的に平均な能力値を持ち、能力値で特化したものがない。しかし、適応能力は全種族中で最高であり、育つ環境次第で何にでもなれる可能性がある。

『ミノタウロス』
 中層域において、トップクラスに強い牛頭人間。大きさも大の男より遥かに大きい上に俊敏性もそこそこある。18階層以降に行くためには、こいつを単独で撃破できることが最低条件となる。

『汚れた光』
 ポプヌスの保有する希少スキル。垢の鎧や溶解性の唾など、彼から分泌されるもの全てに影響しているらしい。

『秘剣・鷹の爪』
 原理は燕返しと同じものだが、こちらは四つの斬撃が飛来する。
 元は燕返しを迎撃するためのものだったが、当時の永嗣では身体能力的に負けるため迎撃できなかった。ゆえに、燕返しに対してこれを発動させると必ず打ち負けて死ぬという因果が付与されている。

不壊属性(デュランダル)
 ごく一部の上級鍛冶師が施せる効果。決して壊れない武器を作る――――というより、ひたすら壊れにくい武器を作るものと考えたほうが良い。痛みは出るらしく、アイズのデスペレートは酸により酷い状態になっていた。

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