貴方は英雄ですか? いえいえ。まだ一般ぴーぽーです 作:カルメンmk2
カルメン流の最強というものです。
若ければ強いのは強いが、年老いた果ての強さは個人として、触れえざる者に相当すると思っています。
つまり、主人公は年老いている状態が現状で最強だってことです。
穴があったら入りたいと、正村トーリは顔を覆い隠したくなる衝動を堪えていた。
なぜなら目の前で繰り広げられる、剣士を瞼を閉じる一時たりとも見逃したくはなかったのだ。
「―――――アレでレベル1? ふざけてるわ………!」
それ故に、己の見る目のなさが恥ずかしく、愚かしい。これではオラリオの鍛冶師を笑えぬではないか!
無様に棍棒を振り回す疫病男を、さらりと躱し、最小の旋回半径で斬り込もうとする。
だが、それも垢の前に阻まれる。
だが、先ほどよりも食い込んでいく。
つまりは図り直している。
つまりは試している。
――――――あと数合、片手で足りる数ぐらいしか通用しない。あの垢は無敵の鎧ではなくなった。単なる汚物に成り下がるのだ。
「――――なぜだ」
剣士の持つ大太刀。所謂、かつて極東の戦で使われていた野太刀とも呼ばれるもの。
アレは逸品、業物だとわかる。しかし、だ。
「何故、あのような
手に握る工房一の刀。自身の一刀だ。あのような伽藍洞の野太刀など容易く上回る代物。
かなりの魔力を秘めているが魔剣でもないのなら不必要だ。
「――――私が言えたことか…………?」
そこまで言って、ようやく気がついた。この刀も伽藍洞なのだ。淡い期待と惰性と諦観で鍛った刀。どうせ使われないと思い、かと言って手を抜くには自分が許さず、無聊を収めるように鍛った刀。
なんだ。自分の刀もアレと同じ――――否、アレより劣るものではないか。
剣士が攻勢に出た。図り直しも終わり、仕留める段階になったのだろう。
無造作で、殺意の籠った一刀が、
「血ではなく、異臭を放つ白い軟体。切り離さなければならない、か」
近づかせまいと瓦礫の山を剛腕で薙ぎ払い、少しでも痛打を与えようと悪足掻く。
見るべきはもう無し、と頸を断とうした瞬間、剣士が手に持つ刀は消え失せた。
それと同時に瓦礫の影から人影が飛び出して、剣士の片腕に鉄輪をはめたのだ。
ポプヌスは、疫病男は馬鹿ではない。阿呆でもない。もしそうであったら、彼はレベル6になんて成っていない。彼我の実力差を考え、その上で勝てる者には理不尽に叩き潰し、手強いと思った者は狡猾に罠に嵌めていった。
だが、察するにポプヌスは本当の格上――――――触れてはならない存在と戦ったことは無かった。
かつての輝かしい栄光。ヘラファミリアの幹部として、グランドクエストを三度にわたって経験し、最後には疲弊しきったところをロキとフレイヤの連合に強襲され、捨てられたのだった。
単に、強いが不細工だという理由だけで。
彼は最強のファミリアの重鎮から、どこからも相手にされなかった醜い
醜いのも事実だが、それ以上に彼は
殺し切れない怪物。無敵の光。ヘラの醜き鎧。戦わずに逃げた男。仲間を売った幹部。
――――策略だった。
「ッッゥ………!」
レアスキル、【
自分を見捨てた者たちを許さない。
神を許さない。
不要と断じたオラリオを許さない。
栄光を傷つけた怨敵を許さない。
ポプヌスの怨念は溶岩のようでいて、汚泥よりもなお汚れた
復讐の女神ネメシスに見出された彼はスキルを変質させ、己の傷を相手にも押し付けるという特性を得た。
しかし―――――
(なんでこいつには効かネェんだ!?)
耐腐食効果の棍棒はすでにバラバラにされた。あの薄っぺらいカタナで受け流されて、バラバラにされた。
腹を裂かれ、腕を斬られ、肉を削がれ、指を落とされた。なのにアイツに僅かたりとも負傷が見えない。
垢の鎧を超えた者は今までもいた。打撃ならば衝撃は伝わる。レベル5以上なら斬れもする。そのどいつもこいつもが肉塊になったのだ。肉塊にし続けたのだ。
なのに、なんでこいつは効かない!!?
「あり得ネェ! そんな巫山戯たことがあってたまるかッ!!?」
今度は出っ張った腹を深く斬られた。
切り傷に対し、首や心臓を斬られない限りはすぐにくっつく。その上で回復能力すら誇る。ダンジョンの
再生能力に頼り切り、【汚れた光】による報復攻撃。
「こんなガキに!」
首を狙う一撃を、キンシで絡め取る。
すぐに引き抜かれた。相手に傷はついていない。
「俺の!」
今度は骨すら断って、振り抜かれた。
レベル6の身体能力を駆使して避ける。相手の腕はくっついている。
「憎悪が!」
瓦礫の山を殴り飛ばす。
まるで当たらない。もう刃が届く範囲に来ている。
「届かネェはずがネェんだヨォ………………………!」
剣の消えた剣士など単なる無能。
武器も失い、手枷をはめられ、動きの鈍った剣士はポプヌスの豪腕の前に枯れ葉のように吹き飛んだ。
「行ったらアカン」
枯葉の様に、もっと酷く言えばその昔、
レベル1がレベル6の攻撃をまともに喰らった。その結末は瓦礫の煙に遮られているがまともな状態ではないだろう。
ティオナとレフィーヤ、そしてアイズは加勢しようとした。守るために。しかし、主神であるロキにそれは許可できないと厳命されていた。厳命したのはガネーシャファミリアのパーティーの後…………ファミリア全員に告げたのだ。
でも、そんなことは知らない、と三人は飛び出そうとした。それをロキは止めたのだ。ティオネとムメーを使って止めた。
「アカン。ネメシスファミリアの連中に手を出したらアカン!」
「ロキッ!」
「うちはお前たちの親みたいなもんや。
子どもたちがポプヌスのような下衆に負けるなど露程も思っていない。むしろ、同じレベル6のフィンやガレスに比べるべきものもない、しぶとい敵なだけだ。それはパーティー以前の認識だ。
もし、自分の傷を相手にも強いるスキルが存在するのなら、大切な子どもたちと戦わせるわけにはいかない。
「これはお願いやなく、命令や。見捨てろ。神威を使ってでも止める。アイツがこっちに来たら、わき目も振らずに撤退や。モンスターは倒しとるんや。文句は誰にも言わせへん」
「でもさ! それだと見捨てて逃げたって―――」
「言わせておけばええんやッ! 死んだらそこで終わりや」
「ふむ………」
退く気はない、とロキの決断に三人は逡巡してしまう。
それに対して、ムメー………否、多くの戦場を経験したアーチャーとして赤い弓兵は少ない情報から推測する。
――――何故、疫病男は自分の矢を弾いたのか?
(スキルの発動には条件がある、と見て間違いない。では、条件とはなんだ?)
暗がりに潜むポプヌスに対して自分は威嚇目的で放った。当たれば重畳、当たらなくても退くのであればそれも好し。
視界内に完全に収めているのが条件か。だとすると、彼になんの異常もないのが気になる。
(もう一つ気になるのは奇襲をかけた奴の仲間。確か――――
ブラックスモークのレンズを填めた鴉のような仮面の人物。服装もそれに似せているのか、烏羽のようなマントと黒い羽根つきの帽子、黒革の戦闘衣。中世のペスト医師と貴公子を足して合わせたような出立だ。
性別は分からない。
得物は大小のサーベル。
背丈は低くもなければ高くもない。
余分な肉は付いていない。
(こちらが気取ることが出来なかったところを見れば………水子以外のアサシンか?)
固有スキル【気配遮断】を使えば、殺す瞬間までは隠れられる。
(どうして殺さない? 奴の仲間であるなら、殺すつもりのはずだろう)
こちらに召喚されてはや数か月。知らないことの方が多い。情報収集は完ぺきにしたはずだと思っていたがまだまだのようだ。
となれば、この場で一番の物知りに聞く以外あるまい。
――――もっとも、連中が止めを刺そうとするならその暇すらないが………。
「ロキ、あの腕輪―――手枷はなんだ?」
「アレか? 冒険者を捕縛するための恩恵封じや。ギルドの――――待てや。ギルドが関わってるんか?」
「あちらもグルだと?」
「もと
だとすれば好都合だ。こちらが介入する理由が出来た。
「シグレを回収するんや、ムメー。アイズたんとティオナはその援護や」
「ロキっ!?」
「ティオネは監視。レフィーヤは回復。詠唱は覚えとるな? 出来る範囲でええ。イケるで、これなら―――――うちの独壇場や………!」
中立を気取るギルドが一ファミリアの復讐に手を貸す。許されざる行いだ。
ウラヌスの魂胆は分からないがどうでもいい。これをネタに強請れるチャンスなのだ。その証人を死なす訳にはいかない。
腕輪をはめられた者がどうなるかは知っている。でも、わずかでも可能性があるなら利用し、その後に死んでくれたらいい。
ロキたちが行動に移そうと動く中、正村トーリは全身の血液が冷える感覚―――喪失感とも言うべきものを感じ取っていた。
ロキファミリアの会話に出た腕輪――――あの手枷のことは知っている。恩恵を封じるて冒険者を捕縛するための違法アイテム。
トーリは生粋の武芸者ではない。鍛冶師だ。だから、瓦礫の嵐に飲まれた瞬間のことなど見えない。何かが起きて、疫病男が立っていて、鴉男が横に佇み、その遠くで煙が舞っている。
剣士が――――時雨永嗣はどこにも居なかった。希望が居なくなった。
トーリは居ても経ってもいられなくなった。瓦礫に駆け込んだのだ。ヘファイストスの静止を振り切り、憎き敵の前を素通りして。
「時雨殿! どこに居られるのか!!?」
現金なものだと、もう一人のトーリは嘲笑する。
腕が解れば手のひらを返して求めるなど、実に愚かしい。決めた信念は玉鋼でなく、飴細工のように脆いのか? そんなことを言われようとも、時雨永嗣は彼女にとって、救いの光明である
自らの作品を最高の腕前を持つ剣士に使ってほしい。
時雨永嗣にはその資格がある。悲嘆に暮れる、私の悲願を叶えてくれるかもしれないのだ。
「時雨殿ッ」
鍛冶師であっても、レベル4の冒険者。その力は余程の重さを持たない限り、瓦礫は軽いもの。
掘り起こしていると左手が 見えた。ぶらりと垂れ下がった手首に震えそうになるが、助かるかもしれないと心を奮い立たせる。
壁の残骸をどけ、折れた柱放り投げ、割れたガラスに傷つこうとも手を止めない。やがて全身が見えてきた。
「お、老いている………?」
見た時と姿がだいぶ変わっていた。
しわくちゃになった顔には大層立派な赤く染まった白鬚が生えている。
禿げ上がった頭には大きな裂傷の痕が。
鼻が折れ、流血し、髭と顔を朱に染める。
年寄りになっていた。
体は衰えを見せ、筋肉の張りも見えるが先ほどの若々しさに比べれば天と地の差であるもの。
何より、その胸部は不自然にへこんでいた。
ポプヌスの剛腕は胸に直撃していたのだ。
されど、生きているらしく、か細い呼吸音が聞こえる。正常でない、息を吐くたび、血が口から漏れる呼吸を続けている。
「な、なんという………」
「マァだ、生きてやがったのか」
「ッ………下がれ! 下郎ッ!!!」
ポプヌスが来た。担いで逃げようにも、レベル6の速度にレベル4が逃げ切れるわけがない。
せめて、と工房・正村の最上級業物、縁切り丸を構える。
不退転の覚悟で刀を構える。切れ味は保証できるのだ。心臓に突き刺せれば殺せるはずだ。人であるなら!
「格下がナマいってんジャがっ!?」
「ぐぅッ………!!」
刹那、ポプヌスの横腹を貫くように黒い剣のようなものが、白い軟体とともに突き出た。
放たれた方を見れば、両の脇腹を抑えて、膝をつくムメーがいる。
ティオナが賭けより、エルフの少女―――魔法使いでは期待の冒険者だったか、レフィーヤがなけなしの魔力で回復魔法をかける。
「意識外、ではな、かったか………!」
「ムメーさん、動かないで!!」
「いなすだけにしとけや! アイズは受け流すんやで! わかったな!!」
「うん………!」
その近くで、ティオナは鴉のマスク、請負人を牽制している。素手同然の彼女がポプヌスと対峙するのはいささかのリスクがあるからだ。
(自分から動くつもりはない、のかな?)
抜刀もしないで佇む鴉に、ティオナは油断―――してはいない。底冷えする殺気は感じ取れているのだからだ。
請負人のギルドへの報告レベルは4。でも、気配は全く感じなかった。
(今、こうしていても薄いんだよね。どんなスキルが発言してるんだろ?)
ポプヌスが相手にも同じ傷を与えるのなら、この鴉はどんなスキルなのだろうか?
気配が薄いから、暗殺とか? だったら、目の前にいるのにこの薄さはおかしい。とすると――――
(私やティオネみたいに、感情やダメージで強化される類の魔法、もしくはスキルかな)
そうであるなら、動こうとしないのも分かる気がする。格上相手に格下が挑みかかるのは愚の骨頂。レベル差は1なのだから、隙を伺いつつ襲うのが常套だ。
(ま、アイズのほうに行かせなきゃいいし。ムメーたちはティオネが守ってるからねー)
こう見えて、ティオナちゃんはずのーめいせきなのだっ!
気楽なことを考えて、それは顔にも出ていた。締まりのない、少し油断している。
いやさ、相手がどんなことをしてくるのか楽しみに待っていて、その上で蹂躙しちゃおうと強者の余裕を見せつける。
けれでも相手は襲ってこない。逆上しない。冒険譚とかだと、「野郎、ぶっ殺してやる!」と素手で来るはずなのだが?
さぁ、どうしよう? このバーバリアンより賢いと褒められた――正しくは貶された――私の予想が覆されるとは………デキるね!
いっそ攻めちゃうか、あの人死んだら、なんか嫌だし。
ティオナが身構え、酷薄な笑みを浮かべて襲い掛かろうとすると、鍛冶師の女の子。確か正村トーリだったか? その子が叫んだ。
――動いてはなりませぬ! その傷では―――
――構わぬよ。それより、剣を貸しておくれ―――
所どころで掠れていたが、あの冒険者が立ち上がったようだ。でも見た目は違った。
まるでお爺ちゃんみたいだと、ティオナは思った。
トーリからカタナを半ば強引に受け取り、それをするりと引き抜いた。
思えばなぜ、彼が立ち上がったことに気づかなかったのだろうか。
この場にいる冒険者はエルフの少女を除いて、一線級ともいえる存在達だ。
何より、普段から隙の無い紅い弓兵すら、彼が立ち上がるのを確認できていなかった。
あれほどの剣士が戦う意思を持っているというのに。戦うと
剣姫も、
敵である
彼は―――――年老いた剣士は雅な所作で剣を抜き、何の構えを見せぬまま、口から血を噴き零して現れた。
服は破け、さらされた前の部分はあってはならない類のへこみが出来ている。
どす黒く変色し、顔色も紫がかった色へと変化している。
ゆらり、ゆらりと幽鬼のように歩いた。
ぽたり、ぽたりと血がこぼれた。
死にぞこないッ! と叫んで突貫した。遮ろうとするアイズを振り切って、もう一度この拳を叩きつけてやると振りかぶった。
老剣士の瞳を見た。さぁ、俺を見ろと睨み付けた。
最初は手首、次に肘、二の腕がバラバラに斬り落とされた。
―――右胸が少し痛い。
左腕が同様に宙を舞った。
バラバラと腕であったものが落ちていく。
―――左胸に激痛が走った。
両の足が崩れた。
輪切りにされて、ぐらりと視線が傾いていく。
視界に一本の線が走った。
何を見ているのだ? 俺は何を見ているのだ? 見下ろすな、死にぞこない。今すぐ挽き肉に――――
―――――どちゃり、骸が一つ出来上がった。
今回はあとがき解説なしです。
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