俺は手を挙げた。
ディアベルの無言の許可が居り、俺はその場に立つ。日向が大丈夫かという目で俺を見てきた。普段、積極的な性格ではないはずの俺のアクションに彼なりに驚愕しているらしい。大丈夫だと俺は見返す。
この場を何とかしなければ、なんていうヒロイックな感情が湧いたわけではない。多分、俺はこの男に怒っているんだ。怒りを通り越して呆れを覚える、とはよく言うが、今回は違う、呆れを通り越して怒りを覚えたようだ。
それに俺はただ単に早くホームに帰って眠りたいだけなのかもしれんな。日も落ち、黄昏が迫ってくる時刻だ。朝早くから行動している者には辛いものがある。人間は睡眠欲を阻害されると一番怒りの感情が発露するものだし。
「キバオウさん、率直に言わせてもらいます。早く俺達を帰してください」
「……は?」
思いもしなかった俺の発言にキバオウの目が点になった。いや実際俺も欲望が先に出すぎたな、と後悔した。
「ナニ言っとんのやワレ」
「言葉の通りですよ、キバオウさん。貴方との無益な論議に時間を空費するのは至極無駄と言ってるんです」
「何やとぉ!?ふざけんなや!こちとら真面目に話しとんのや!」
「それは明日の攻略よりも優先することですか」
「……!」
キバオウが言葉に詰まる。
「貴方、明日がボス攻略って現状を理解してますか?遊びじゃあないんですよ。命が懸かっているんですよ。この中にだってもう帰りたがっているプレイヤーが大勢いるはずです。貴方の独り善がりな演説で彼らをここに縛り付けるのを良しとしていいんですか?」
「だからッ!早よぉβテスターの畜生共が地ベタに頭付けて、持ってるモン全部出しゃあいいんやッ!」
「分かりませんね。何故、彼らが所有物を全て放棄する必要があるのです」
「それが誠意っちゅうもんやろがッ!」
「誠意?嘗めたこと言わないで下さいよ。仮に彼らが所有物を余すことなく出したとして、それをどうするんです?分配ですか?それに一体どれだけの時間を使うおつもりで?貴方によって食い潰された時間だけ第一層の攻略は遠のくんですよ」
「さっきから何なんやワレェッ!やけにβを擁護する真似して!アンタ自身がβかッ!それとも単なる偽善者かッ!ワイは死んでいったプレイヤーの代弁をしてるだけやッ!β共がちゃんと謝罪賠償をすれば、それだけでアイツら報われるんや!」
「死者にもなったことがない癖に適当なことを抜かすなッ!」
一段と張り上げた声にキバオウがたじろいだ。
「貴方、さっきから死んでいったプレイヤーの総意だとか代弁だとか……勝手に死者の気持ちを語ってんじゃねぇッ!」
自らが死者だったからこそ分かる。死者が望むのは決して生者の苦しみではない。
「それに貴方、βテスターがここにおける最高戦力だって分かってるんですか?彼らから徒に戦力を削いでどうなるんです。戦いにもまだ慣れないプレイヤー達が大勢居る中、彼らの存在は、ほぼ絶対的なんですよ。貴方のしようとしている行為の方がよほど偽善的で、貴方こそが偽善者です。そんな私利私欲にまみれた偽善のせいで彼らを欠いて、堕ちに堕ちた攻略レイドでボスに突っ込んだところで結果は見え透いているでしょう?」
「………………」
「貴方はここに居る皆を殺す気かッ!」
俺は渾身の思いで叫んだ。
それ以降、キバオウが言を発することはなかった。俺らしくもない。感情と勢いだけで黙殺した、理系らしくもないやり方だった。
「長広舌、失礼しました。ディアベルさん、後はどうぞ」
そう言って俺は再び席に着いた。隣ではキリトもアスナもクラインもビーチェも、日向ですら目を丸くして俺を見ていた。声を荒げて悪かったな、と俺は謝罪した。
「いいや、そんなことはない。助かったよ」
キリトはそう言い、後は閉会の辞を述べるディアベルに耳を傾けていた。
俺もそうしようとして、日向が肘で小突いてきた。何となく意図を読み取り、俺も小突き返す。
「――というわけで、すまないキバオウさん。一度席に戻ってくれ」
そう促されて、キバオウは肩身が狭そうに元座っていた席に着いた。
「じゃあ攻略は予定通り、明日の午前十一時から!集合は三十分前までが望ましいからそれまでに宜しく!じゃあ、皆。明日は頑張ろう!オーッ!」
プレイヤーは皆、言われても無いのに揃って「オーッ!」と復唱した。俺と日向、ビーチェも乗じる。彼のリーダーの器が見てとれた。キリトとアスナは特に何もアクションせずに傍観者の立場で居た。反抗したい時期なのかな。
「それでは解散!」
その言葉を皮切りにプレイヤー達は三々五々に散る。しかし、キバオウはしばらくの間、一人会場に座り、項垂れていたと言う。
明日は遂に第一層攻略の時。
現実世界へと帰るため、ここで立ち止まるわけにはいかない。
特典小説まだ貰えるかな?