【SAO×AB】相似形の世界   作:鬱蝉

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十七話「着地点(エンド・ザ・ペナンス)」

「殺り損ねたッ!」

 

キリトが呻く。彼らはボスの足元で静止したままである。その場を離脱しようにも、身体が、システムが、言うことを聞かない。

そして、キリト達の硬直と《コボルドロード》のスタン、解けるのが早かったのは、数秒差で《コボルドロード》であった。

 

「逃げろォッ!」

 

クラインが吠える。だが、それが出来るのならば、とうにやっている。

《コボルドロード》が重心を落とし、横薙ぎの斬刀態勢に入る。来るぞ……プレイヤーを上空へ吹き飛ばす《旋車》から振り上げの大ダメージ斬撃《浮舟》の、悪魔めいたソードスキルコンボが。

 

「てめぇら退けェッ!」

 

その時、背後から男の叫び声があがる。振り向けば、剣を水平に構え、豪速で《コボルドロード》に突進する日向の姿。日向の剣《ロイアルティ》が客星のごとく煌々たる輝跡を残す。

 

《コボルドロード》の前に群がる人波がモーゼの十戒めいて割れ、その間隙を、衝撃波を引きながら日向が駆け抜ける。

 

そして、跳躍。

 

筋力値が余り無いためさしたる高度を得られなかったが、それでも《コボルドロード》の心臓の高さまで至る。

転瞬、音速をも超えるような速度で《ロイアルティ》の刺突が放たれる。

 

片手剣突進ソードスキルーー《レイジスパイク》。

 

《コボルドロード》の急所を捕らえた剣が深々と仮想の肉に突き刺さると、絢爛な電子の華を散らす。

 

直後、なけなしのHPバーが完全に破壊され、《コボルドロード》はポリゴンの破片となって散華する。そして聞き慣れたSEと共に、視界正面に《戦闘に勝利しました》という文言が書かれたウィンドウが表れた。

 

コルの所持数が加算され、驚くべき上昇率で伸びる経験値メーターが上限を切り。また一つレベルが上がった。レベル12だ。

 

「やったぜ」

 

向こうからボスを仕留めた日向が凱旋してくる。

 

「よくやった」

 

そしてグータッチを交わす。

 

「ところで、日向。LAボーナスは一体どんなものだったんだ」

「《コートオブミッドナイト》とか云う服飾品だった」

「して、スペックは?」

 

日向は暫し(俺からは不可視の)メニュー画面を見つめ、答えた。

 

「STR値とAGI値、防御力の上昇のようだ。防御力はライトアーマーと同程度。しかし、STRとAGI値が加算されるものはなかなか無いな」

「どうだ。使えそうか?」

「保留だ。次の層辺りで考えよう」

 

そう言って、日向はメニュー画面を閉じた。

 

「そうだ。それよりディアベルさんは大丈夫なのか?」

「安心しろ。HPが赤まで突入していたが、すぐに後方部隊に回復してもらった」

 

日向の先導で後方支援のパーティーの元へと向かう。俺としても彼の安否を確認しておくべきだと思ったし、助命といっても、彼をダガーで刺してしまったことを謝罪したかった。ボス部屋の扉の前には人だかりがあった。

 

「大丈夫ですか、ディアベルさん」

「もう……!無理しないでくれよ」

 

彼を気遣う言葉が聞こえる。

 

「ディアベルさん。無事でよかった。そして、助けるためとは言え、貴方を刺してしまったこと、謝罪させて頂きたい」

 

慇懃に頭を下げる。

 

「何を言うんですか《オトナシ》さん。君の行動は実に的確で、且つ聡明だった。それにしてもノックバックとは……よくそんな発想が浮かんだものだね」

 

ディアベルは素直に感嘆していた。そう言ってもらえるだけでも自分の行為のし甲斐があるというものだ。

 

「ディアベルはん!」

 

部屋内に一つ、関西弁の野太い声が響く。サボテン頭のプレイヤー《キバオウ》である。

 

「良かった……!無事やったんか……」

 

そう言いながら男泣きをするキバオウ。SAO内では、感情表現が割合、ダイレクトに表現される。つまり自制や誤魔化しがしづらいのだ。

 

「それにしてもなんでボスが攻略本と違う行動パターンをとったんや……まさか――」

「ディアベルさん」

 

俺は研ぎ澄ませたバタフライナイフのような声音で口を挟む。

 

「分かっているでしょう、貴方も。彼らにそんなことをするメリットはない」

 

つまり彼はこう言いたいのだ。βテスターが一般プレイヤーを嵌めるために虚偽の情報を流布した、と。

 

「じゃあ、これを何だと説明するんや、ワレは。まさか、うっかり勘違いで済ます気やないやろな」

 

キバオウがおぞましい眼光と共に問いかける。

 

「恐らくですがそれは、β版と正式版の間の仕様変更によるものではないかと思われます」

 

俺の言葉に、キバオウが一瞬息を詰まらせる。俺は裏を取らんと日向に訊問する。

 

「日向、俺はオンラインゲームの経験がほとんどないから断ずることはできないのだが、こういうことはありえるのか?」

 

「SAOがどうだかは分からないが、普通はありえるはずだ」

 

日向の証言にキバオウが怯む。

 

「それはあくまで推測や。証左を挙げてみぃ!証左を!ここでβテスターが名乗りを上げ、こいつらの推測が正しいことを証言してみぃ。どうしたんや。たった一言、『β時代はホンマのこと湾刀を使っとった』って言うだけやで。どや、影に隠れてばっかの奴らには出来ひんやろ」

 

キバオウが嘲笑気味に言う。レイド全体に気まずい雰囲気が充満した。

 

「証言しよう」

 

その空気を断ち切るがごとく口を割ったのは、キリトだった。

 

「俺はβテスターだ。そして彼らの言っていることは真実だ」

「何ッ!」

 

よもや名乗りが上がるとは思わなかったキバオウがたじろぐ。

 

「俺はβにおいても攻略メンバーとして活動していたので確信できる。第一層ボスは湾刀を使っていた」

「……そ、そんなん、嘘やッ。アンタがβを擁護するための、でっちあげやッ!」

 

何たることか。自分から証言しろ、と言っておきながら、当の証言が出るや否や無根拠に否定し出す。否定というよりも、拒絶が正しいか。

 

あぁ……また泥沼になるのか、とプレイヤー間に諦観めいた感情が伝播する。

 

「俺も証言しよう。彼らの言っていることは正しい、と」

 

凛と響いたその声の主にキバオウが目を剥いた。俺も。日向も。キリトも。皆が。

 

「俺はβテスターだ」

 

それはディアベルだった。

 

「な、な……」

 

キバオウが声にならない声を紡ぐ。

 

「う、嘘やろ……!?アンタがβテスターやなんて」

「真実だ。俺も攻略メンバーの一員だったんだ。なんならこの先の層の情報をここで公開してもいい」

 

キバオウが押し黙る。キリトは、「そうかアイツ……《ディアボロ》か」と呟いていた。

 

「黙っていたことは謝罪する、この通りだ」

 

そう言って、ディアベルは膝をつき、両手をつき、そして額をついた。

 

「そんな……!顔上げてくれや!」

 

そう言われると、彼は神妙な面持ちで頭を上げた。

 

「これだけは言わせてほしい。騙す気はなかった。本当はあの場、攻略会議で言うつもりだった。だが、キバオウさんがβテスター(俺達)に対する怨恨を語り出したから言えなくなった。言えば、攻略に支障を来たすと思った……」

 

ヒューマンエラーは人間の感情に最も因る。彼の行為は自利の為ではない。徹頭徹尾、攻略のために、あくまで利他精神に基づき実行されていた。キバオウも、そんな彼の気持ちを汲めないことはないだろう。

 

「すまん……」

 

キバオウの次の台詞は、半ば予想できたものであったが、実際言われると驚くものだ。

 

「辛かったよ、君達を騙すのは……」

 

ディアベルは伏し目がちに言った。

 

「ワイの勝手な怨恨のせいで、ディアベルはんに、そんな思いを……」

「気にしないでくれ」

彼は快活に笑む。

 

「俺はキバオウさんに、βテスター(俺達)への悪感情を全て解消してほしいとは望まない。ただ、攻略の場は緩衝地帯としてほしい。戦場では、手を取り合ってほしい。

俺達は本来、共通の敵、共通の目的で動く同士なんだ――」

「……ッ!」

 

キバオウは膝をついた。

 

「すまん、すまん、ディアベルはん……」

「キバオウ君、そう思い詰めないでくれ」

 

ディアベルは、自身が立ち上がるとキバオウの腕を掴み、そっと引き上げた。

 

「俺は今から《黒鉄宮》に行こうと思う。皆、ついて来てくれるかい?」

 

キバオウはその言葉に驚いたように声を発した。

 

「ディアベルはん、それは、つまり……」

 

「ああ、俺達も自分の使命と責任を忘れたつもりではない」




最近ご無沙汰しててすみません……試験期間があったりソシャゲのイベントに奔走してたりでなかなか機会がありませんでした。今日はあと1話ほど投稿しようかと。

あと少し学習しました。連続した会話の時はあまり改行しない方が良いですね

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