海老名さん√がまちがっているわけがない。   作:あおだるま

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濡れネズミの報酬

 

 今日は金曜日。

 

 翌日の休みのために学生はせっせと学校に行き、社会人は今日で終わりだと自分に言い聞かせ、馬車馬のように働く日。先日某新垣結衣が出ていたドラマであったが、「仕事の半分は仕方ないでできていて、もう半分は帰りたいでできている」なかなか的を射ているのではないか。まあ俺の将来は専業主夫なんで、関係ないんですけど。

 

 さて、そんな金曜日。俺も死んだ目で学校に行っているかというとそんなことはなく、家でポケーっとアニメを見ている。か、勘違いしないでよね、別に学校に居場所がないわけじゃないんだからねっ!…いや、まじで。

 

 先日海老名さんに傘を差しだし、寛太君張りのテンションで帰路についたところ、見事に風邪をひいてしまった。雨に打たれたくらいで風邪をひくとは思わなかった。

 そう、俺こと比企谷八幡、あまり風邪をひかない。というのも、小町が小学生まで少し体が弱く、よく風邪をひいていたからだ。…いや、説明になってないな。つまり、両親はよく風邪をひく小町の世話で手いっぱいで、比企谷家カーストワースト一位(カマクラよりちょい下)の俺が風邪をひくわけにはいかなかった。兄の鏡じゃないか。

 

 そんなわけで今俺は自室で寝転がりながらスマホでアニメを見ているわけだ。万が一にも小町に風邪をうつすわけにはいかず、満足にトイレにも行けない。兄の鏡というか、俺こそ小町の兄である。

 

 ちなみに今年から晴れて総武高校に入学を果たした小町は、すでに兄を家に残し登校していった。風邪の兄に何か気を遣ってくれるかと思ったが、今日の小町との会話は「あ、お兄ちゃん、小町時間ないから鍵かけといてよ」

 

 …兄の安全に配慮してくれるとは、なんと優しい妹か。

 

 そんな小町は総武高校に入ったらもしかしたら奉仕部に入るかもしれないと思ったが、そんなことはないらしい。

 

「だってあそこはお兄ちゃんたちのものでしょ?」

 

 当然のように小町は言った。

 

「それよりもお兄ちゃんがごみいちゃんだから、小町は権力を握らないといけないのです」

 

 何を企んでいるのかは知らんが、千葉のお兄ちゃんとしては小町がすくすくとたくましく成長しているようでうれしい限りだ。…そろそろ気持ち悪いな。

 

 ぼーっとアニメを見て、気づけば時刻は正午。ごろごろしてるだけでも腹は減る。風邪といっても微熱がある程度なので、飯が食えないほどではない。リビングに下り、何かないか探す。すると

 

 

  「お兄ちゃんへ

 

    お昼のおかゆです。おなかがすいたら温めて食べてね。

 

      愛しの小町より 愛をこめて☆

 

    あ、今の小町的に超超ちょーーーーーうポイントたっかい! 」

                                

 

 …お兄ちゃんポイントがカンスト寸前だよ。

 なんなの?うちの妹は千葉の妹なの?うん、間違いなく千葉の妹だ。まちがったルートに行きそうで怖い。

 

 ありがたくおかゆをいただくことにする。うまい、うまいよ小町。

 冷蔵庫にゼリーもあったので、それも食べる。もしかしたら親が買ってきてくれたのかもしれない。まあさすがに風邪の時くらいはね。

 

 ご飯も食べたからさっさと寝ることにする。アニメをスマホで見るのはいいが、目が疲れるしついつい止め時をなくしてしまうのは困りものだ。一応病人なのだから少しは休んでおこう。病んでるといえば普段から病んではいるが。目とか性根とか。

 

 

 

 

「ピーンポーン」

 

 誰だ。

 

 インターホンの音でたたき起こされる。時計を見ると時刻は17時。どうやら割とぐっすりと寝ていたらしい。

 それにしてもインターホンと電話の音はどうも好きになれない。こっちの都合などお構いなしに一方的にかかってくるからだろうか。あ、電話はかけてくる人いませんでしたね。インターホンもアマゾンの宅配以外俺には関係なかった。八幡、友達捏造しちゃった☆

 

 こちとら調子がよくないのだ。宅配でアニメグッズもゲームも、イケナイおもちゃも頼んだ覚えはないので、ここは無視することにする。寝よ寝よ。

 

「ピーンポーン」

 

「…」

 

「ピーンポーン。ピーンポーン」

 

「…」

 

「ピーンポーン。ピーンポーン。ピーンポーン」

 

「…」

 

「ピンp…」

 

 ああ、うるせえなぁ!あきらめろよ!なんであきらめないんだそこで!!

 気分は逆松岡修造。やはり今日は少しおかしい。

 

 くだらないことを考えるのはやめ、いい加減出ることにする。ここまであきらめないということは宅配といったものではなく、何か明確な用事があってきたのだろう。となればいつ諦めるかわかったものではないし、もしかしたら人が中にいるのがわかっているのかもしれない。しかし、家に人がいるとわかるのはいったいどういう時だろうか。

 

 深く考えを掘り下げる前に玄関の前につく。この間もインターホンが鳴っていたので少しせかされた。

 

「あー、すみません、何もかも間に合ってるんで…」

 

 ドアを開ける。そこにいたのは

 

「比、比企谷君のお宅でしょうか!!」

 

「は?」

 

「え?」

 見たこともないほど緊張した、海老名姫菜だった。

 

 

 

「…で、海老名さんは休んだ俺にプリントを届けに来た、と」

 

「う、うん」

 

 リビングのカマクラとの距離をはかりながら、海老名さんは答える。恐る恐るカマクラに手を伸ばしたり引っ込めたりしてる姿が、どうも雪ノ下を彷彿とさせる。

 

 とはいっても。

 

「かといって、別に海老名さんが来る必要はなかっただろ」

 

「じゃあ、他に誰が来るの?」

 

 …言葉に詰まる。去年であればとつかわいい戸塚が筆頭だ。まあ部活で忙しいなら由比ヶ浜あたりが奉仕部とクラスメイトの義理で来るかもしれない。しかし、今年は。

 

「…来てくれて助かった」

 

「素直なのは、いいことだ」

 

 花の咲くような笑顔を向けられる。いや、冗談抜きで助かった。さっき俺は風邪をひかないといったが、ひくわけにはいかないのだ。ボッチであることのデメリットの一つ。休むと周りの状況が全く分からなくなる。だから俺は大学に行っても授業には毎回出ることになるだろう。…大学生活がタノシミダー。

 

 ふとここで先日の疑問に行きあたる。

 

「そういえば、なんで俺の家知ってたんだ?」

 

 そう、先日のやり取りの中で、彼女は二度、俺の家を知っているということを示唆する発言をしていた。別に年賀状をやり取りする仲でもないだろう。なんなら幼稚園以来、同級生から年賀状が来たことはない。…あ、今年は材木座から来たな、墨使って筆で書いてあった。中身は知らん。宝くじが外れてたことは確認したのでだすとしゅーと。難しい漢字たくさん知ってるねっ!

 

「ああ、私の家もここから五分くらいだから、たまに見かけてたんだよ」

 当然のように海老名さんは言う。

 

「いや待て、中学で海老名さんを見た覚えはないぞ」

 

 同じ中学からほとんど人が来ないから、総武を選んだのだ。

 

「だって引っ越してきたの去年の冬くらいだからね。…ヒキタニくんは全く気付いてなかったみたいだけど」

 なぜかジト目を送られる。考えてみれば俺はぎりぎりで学校に行くことが多いし、放課後は奉仕部で下校時間まで過ごす。部活に入っていない海老名さんとは生活パターンが違ったのだろう。

 

「なるほど、それもあって平塚先生に頼まれたんだな」

 

 いい忘れていたが、今年も俺の担任はあの万年独身国語教師(白衣)だ。(白衣)って何だ。冷静に考えてなんであの人白衣着てるんだろうな。そこ、キャラ付けとか言わない。

 当然、平塚先生は去年も担任していた海老名さんの家と俺の家が近かったことは知っていたのだろう。

 別におかしなことは言った覚えはないのだが、カマクラの顎を撫で、目を細めていた海老名さんの手が止まる。

 

「え、えっとね、今日は頼まれたんじゃなくて…」

 

 こちらにちらりと上目遣いを送り、目が合うとまた慌ててカマクラに視線を向ける。「かまちゃんかわいいねー」猫なで声を出す。おい、その呼び方はやめろ。

 

 海老名さんはごほん、と一つ咳ばらいをし、鞄から紙束を取り出す。

 

「と、とにかく、これ今日もらったプリントね。あ、あと平塚先生から。「この進路票にふざけた進路を書いてきたらそのときは…わかるな?」だって。…ヒキタニ君。君いったい今まで平塚先生にどういう言動とってきたの?」

 

 海老名さんがあきれ顔で問うが、そんなひどい悪行はした覚えは…ないとは言えないか。まあいい加減あの人を心配させるのはどうかとも思う。進路票には真剣に、専業主夫と書いておこう。

 

「別に大したことはしてねえよ。…まあその、なんだ…今日はありがとな」

 

 ついでのように礼を言うが、なんだかむず痒い。ついそっぽを向いて吐き捨てるようになる。中学生か俺は。

 海老名さんの様子をうかがう。

 

「い、いえ、どういたしまして…」

 礼を言われるとは思っていなかったのか、虚をつかれた顔をし、頬を赤らめる。まあ、気分を害した、ということはないようだ。

 

「ところで、ヒキタニ君、体調は大丈夫なの?」

 

「ああ、別にそこまでひどい風邪じゃねえよ。午前中はアニメ見てたくらいだ」

 

「そっか。…ごめんね?昨日私に傘貸してくれたから…」

 

 海老名さんは下を向く。やはり、そう思ってたか。

 

 彼女の責任感がある程度強いことは、知っていた。文化祭では自らの趣味とはいえ、実質彼女一人でクラスの劇の準備を指揮していたし、体育祭では何の関係もないはずの仕事を最後の準備の段階まで手伝っていた。

 

 まったく、何を浮かれているのか。いまだに勘違いをする自分に嫌気がさす。彼女が今ここにいるのは、家が近く、そして幾ばくかの感じなくてもいい、お門違いの罪悪感があるからだ。

 

「べつに、そういうわけじゃねえよ。海老名さんは断ってたのに返事も聞かずに傘を押し付けたわけだし、むしろ悪いのは俺だ。あんたに非はないし、謝られても迷惑なだけだ」

 

 今度は意図して吐き捨てるように言う。

 

 しかし、目の前の海老名さんからは何の返答もない。勝手な言い分に腹が立っただろうか。それならいいのだが。

 

 しばらくそのまま待つ。すると。

 

「ぷっ」

 

 ぷ?

 

 顔をあげる。

 

「あは、あっはは!やっぱりそういう返しになるんだね、ヒキタニ君は。ほんとおかしいよね、きみ」

 

 盛大に笑っている海老名姫菜がいた。

 

 ひと通り笑い、目じりを拭う。いや、まて。

 

「いまなんかおかしいこと言ったか?」

 

「いやだってさ、本物の捻デレ見れたからさ。」

 

「…だからそれ矛盾してるだろうが。大体どこにデレがあるんだよ」

 

 海老名さんは一つため息をつき、あきれたように言う

 

「え、だってどうせ「お前が罪悪感抱く必要ない」とか思ってるんでしょう?」

 

 う。

 

「わからないとでも思った?だってさ」

 

 一呼吸つき、眼鏡をはずしほこりをふく。

 

「私は比企谷君のこと、知ってるって言ったでしょ?」

 

 その笑顔は、昨日のそれよりもずっと明るかった。

 

 

 

 

 長居しては悪いと思ったのか、海老名さんは帰ろうとしたが、なんの義理もないのに来てもらってお茶の一つも出さないわけにはいくまい。コーヒーを淹れ、海老名さんの前に置く。一応砂糖も添えておいたが、海老名さんはブラックで飲む。…やはりこの人とは相いれないかもしれない。それにしても…。

 

「海老名さん」

 

「ん?なあに?」

 

 ああ、これは気づいていないのだろうな。

 

「その…そろそろ眼鏡をかけておいてくれないか?なんつーか、落ち着かないというか…目の毒だ」

 

 そう、彼女は眼鏡を置いた後そのことを忘れてしまったようで、ずっと裸眼だったのだ。おそらく目はそこまで悪くはないのだろう。

 

 指摘され彼女は慌てて眼鏡をかける。

 

 「…見た?」

 

 何か誤解を与えそうな表現だ。

 

「さすがに話してる人の顔くらい見る」

 いや、あーしさんとかは無理だよ?だって怖いし。

 

「ひ、比企谷くん、目、目の毒っていうのは…」

 

 海老名さんは顔を真っ赤にし、カマクラを抱く。

 

 く、失言だったか。

 

「い、いや、それはだな…」

 

 そう、眼鏡をはずした彼女は、なんというか、その…かわいかったのだ。

 

 いやまて!誤解のないように弁明しておく。あの三浦優美子のグループに居られる女子だ。顔がいいのは当然のこと。しかし、彼女は普段の言動、そして眼鏡によって自分の素顔を隠していた。目が悪くないのに眼鏡をかけているのはその傍証だ。腐女子趣味も先日俺がアニメイトで思い当たり口をつぐんだように、もしかしたら男を遠ざけるためかもしれない。

 そしてそんな女子が眼鏡をはずし、こちらに見たこともない笑顔を向けたとしたら。

 

 「かわいくないわけがない」

 

 「え」

 

 「あ」

 

 あああああああああああ!!!!!

 

 だから、思ってることが口に出るとか(ry

 

 彼女を見ると、昨日のように顔を紅くし、ぽかんと口を開けている。うぅ…ごめんなさいぃぃ。

 

 しかし昨日とは違い、今度は紅い顔でおれをしっかりと見据えた。

 た、たのむ、一言「キモイ」といってくれ。雪ノ下のように、まじで引いた目で俺を罵ってくれえええええええ!!!!!!!!!!!!!

 

 しかし、俺の願いは届かない。

「えへへ…ありがとう。うれしい、な」

 

 ぐはっ!!!痛恨の一撃!!!!!はちまんは88888888のダメージをうけた!!!

 

 …だから俺、眼鏡っこは苦手なんだよ。眼鏡外すだけでこの破壊力とか、ちょっとずるすぎないか?

 

 

 

 その後は気まずくなったうえ、小町が帰ってきたこともあり海老名さんには席を立ってもらった。

 

 いやもちろん、小町がタダで帰すわけがない。「こんどのお義姉ちゃん候補は眼鏡っこ!?」「姫菜さんはお兄ちゃんとどこまでいったんですかーーー?」「…ぶっちゃけあの二人に対して勝算ありますか?」というような、まあわけのわからないことをまくし立てていたので、こちらもさっさと自分の部屋に上がらせた。

 

 送っていくといったが、流石に断られた。そういえば風邪でしたね、俺。元々軽い風邪の上、いろいろあったから忘れていた。

 

「ヒキタニくん」

 

 帰りがけ、いつもの眼鏡の海老名さんが、いつもの微笑みを浮かべる。

 

「ヒキタニ君は、眼鏡あるのとないの、どっちがいい?」

 

 …嫌なことを聞くものだ.

 

「いつも通りで、頼む。」

 

 

 

 翌週の月曜日。

 

「ヒキタニ君、はろはろー」

 

 寝たふりの顔をあげ、前を見る。

 

「どう?」

 

 屈託なく笑う、素顔の海老名姫菜がいた。

 

「いつも通りで頼む、といわなかったか?」

 ガシガシと頭をかく。直視できないではないか。

 

 俺のリアクションに満足したのか、ふふんと、彼女は胸を張る。

 

「私、性格よくないの」

 

 うん、知ってた。

 

 

 

 


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