「海風は今、幸せか?」

※pixivに同時掲載。

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欠けても欠けないもの

「あ……提督、ありがとうございます」

「いいんだ。いつもの事だろ?」

 

 とある冬の日の執務室。壁に掛けられた時計の針は、もうすぐ頂点で重なろうとしている。

 この執務室は、俺がなるべく彼女の傍に居れるようにと部屋を改装した為、他の鎮守府と比較すると二倍は広くなっている。

 昨年、この部屋の大きさに対応できる暖房器具を求めて、数々の家電量販店を奔走したのは今でも記憶に残っている。その時の暖房器具は、今も現役を続行している。一年で壊れる方がレアケースというこのご時世、当たり前と言えば当たり前だが。

 そんな拡張されたスペースには、ベッドと車椅子が一人分。部屋の隅に置かれたベッドには、一人の少女が横たわっている。

 

「でも、お仕事もあるのに、海風の面倒まで見てくれるなんて……」

「なに、一年もすれば、いい加減慣れたよ」

 

 彼女──白露型駆逐艦の七番艦である海風は、両足と左腕、加えて左目の機能が停止していた。かろうじて生きていた右腕も、調子が悪い時は力を入れることすら適わなかった。

 その事実に直面したのは、昨年のこの時期のこと。遠征で受けた傷が入渠ドックに入っても治らず、高速修復材も効果が無かったのだ。

 しかし、その時の海風が取った行動は、悩むにしては決断が早く、凄く潔いものだった。

 ──それは、右腕を除く四肢を切除し、左目に義眼を仕込む、というものだった。

 

「そうだ海風。今度の非番に何か美味しいものを食べに行こうと思っているんだが、何がいい?」

「美味しいもの、ですか……何か候補はありますか?」

「いや、海風の食べたいものを言ってくれれば、探しておくよ」

 

 彼女は他の艦娘と比べると、物欲が少ない。彼女から何かを欲するとすれば、何かに対して途方もなく困ったときくらいなものだ。

 それに加えて、大本営から支給されたたった一つの指輪を渡すと心から決めていたのは、彼女だった。

 だから、そんな彼女の行動を否定、もしくは拒否するなんてことを、俺に出来るはずがなかった。

 

「ええと、そうですね……出来るなら、提督の手料理を食べてみたいです」

「俺の料理を?」

「はい」

 

 それはおかしい、なんて言われたりするかもしれない。彼女を、それこそ文字通り解体するという選択肢はどこに消えたのか、とも。それでも、俺を突き動かすには十分すぎる理由もあった。

 ──海風が機能を失ったのは、俺のせいだからだ。

 俺が報告を聞き流していた所為で敵潜水艦の事が頭に入っておらず、接近を許してしまった。また、その接近に海風率いる第二艦隊は気付いていなかった。それ故に、奇しくも敵艦隊の奇襲、という形になってしまったのだ。

 

「分かった。口に合うかはわからないけど、努力はするよ」

「ありがとうございます。手料理、楽しみにしてますね」

 

 その時の第二艦隊は海風のみが大破──というよりほぼ轟沈とみていいだろう──で、他は無傷だった。

 どうして海風だけが致命的な怪我を負ったのか、という過程を、俺は知らない。彼女たちが頑なに語ろうとしないのだ。

 

「海風、トイレに行きたい、とかはまだ大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

「そうか。何かあったらすぐに言うんだぞ」

「はい」

 

 俺がもっと早くに指輪を渡していれば、とか。

 俺が報告をきちんと聞いていれば、とか。

 海風の怪我が入渠で治るものだったならば、とか。

 彼女が自分の意思で解体を望んでいたら、とか。

 たらればを上げていけばキリがない。

 

「あ、提督。日付が変わりました。では、本日も海風がお側で時刻をお知らせしますね」

「……ああ、頼むよ。じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「はい」

「今、車椅子に乗せるからな」

「はい、お願いします」

 

 それでも、今までしてきたことは、間違ったことではないだろう。

 確かに、海風が五体満足の状態で、俺が指輪を渡すこともできたのかもしれない。むしろ、世間一般的にはその方が良いのだろう。

 ただ、その方が良かった、などと口にするのは、今感じているこの充実感と幸福感を全否定することになってしまう。

 だから、判定するのは目の前の彼女に任せることにした。

 

「……なあ、海風」

「はい、なんですか?」

「海風は今、幸せか?」

 

 薄暗い廊下を、車椅子を転がしながら歩く。その車椅子に座る彼女の背中越しに、そう問いかけた。

 すると、彼女は悩むそぶりを見せずにこちらへと振り返り、笑顔を見せた。

 いつも見せる、あの控えめな微笑みだ。

 

「はい。……海風は、凄く幸せに包まれています」

「……そうか。それなら、よかった」

 

 ──ただ、その笑顔が見れるだけで。

 俺があれからしてきたことは、無駄ではなかったのだと。そう感じることが出来た。




ツイッターでこんな感じのシチュエーションが流れてきたのに身を任せて、(比較的)短時間で殴り書きしたものなので推敲もなにもあったものではないですが、自分は意外と気に入ってたりします。


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