【スカルな野郎はナルシスト!】   作:めいでん

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この話で前半部分は終わりです。後半もよろしくね

〜前回のあらすじ〜
▼ オボロは すなのしろを つくった !
▼ じぇるるっぷ !


第十一話【カイナシティ】

目鼻がなく、ただ白くて白くて真っ白で、ぽっかりと宙に浮かぶそれ。目の前で虚ろげに揺れている何か。

ポケモンとはいえポケモンと認めがたいもの、ウルトラビースト。

どちらかというと彼らの姿はポケモンというより『動物』に近いのかもしれない。

 

弟子のポケモンが怯んでいる。

気圧されてしまったのだろうか。彼が出していた “あやしいひかり” は消えてしまった。

 

それにも関わらず、洞窟内は岩肌までもくっきりと見えていた。白いウルトラビーストが炎のように紅く強烈な光のつぶてを放っていたからだ。

 

 

でぃぐだぐ! でぃぐだぐ! だぐ・だぐ・だぐ!

 

 

異様な雰囲気を感じたのだろう。地面に潜るディグダの大群が一斉に逃げていく。巻き込まれてはかなわぬと、ズバット達もギィギィ鳴きながらどこかへ消えてしまった。

 

その場に残されたのは彼とその弟子、オボロとリジー。加えて彼らのポケモンだけだった。

 

 

白いウルトラビーストは甲高い声で高らかに叫ぶと、ぐっと体を仰け反らせた。

きらきらと輝く光がポケモンに集まっていく。洞窟内に響き渡る音は興奮のあまり泣き出す女のようだ。

 

オボロは血走った瞳でじっとそれを見つめながら、ぱちんと指を鳴らす。

洞窟内を急速に満たしていく泡。マリルリの “バブルこうせん” だ。

 

この技は少し前にも使った。かつてメガやすのあった場所で、島キングから逃げるために。

ただ以前と違うのは、彼が逃げる気はさらさらないということだった。

 

収束された光が放たれる。暖かい。

泡を通された光は威力が弱まり、オボロとリジーの肌を柔らかく照らした。

 

威力が低く、コンテストでもポケモンより技が目立ってしまうため使いにくい “バブルこうせん” 。それをオボロのマリルリが覚えている理由。

 

それは彼が必死になって考えた “パワージェム” 封じのたまものだった。

 

 

「目論見通りってね。マリルリは “てだすけ” ! ラグラージは泡を隠れ蓑にあいつに近づくのさ!」

 

 

マリルリが自分の耳を二回打ち鳴らすと、ラグラージのボルテージが高まっていく。

大小の泡をくぐり、軽やかに駆け抜ける彼女の姿はボンヤリと視界を覆う泡越しに見ても鮮烈だ。

 

邪魔だとばかりに白いポケモンは目の前の泡々に毒液を浴びせかける。

 

ぱちんぱちんと割れていく泡。無防備に現れるラグラージ。

はるか後ろにはオボロとマリルリ。さらに少し離れたところにはリジーとゴースト。

 

目的(Fall)を見つけたそれは触手を尖らせた。びくびくとヒクつく触手は膨れ上がり、先からぼたぼたと毒液が垂れ始める。

 

その時真っ白なポケモンは無我夢中だった。本能のままに行動した。彼以外のことは頭になかったのだ。

目の前のラグラージすら忘れてしまうほどに。

 

 

「いいよラグラージ、そのまま “たきのぼり” !」

 

 

指示を受けた彼女は足場に水を作り上げる。ごおごおとうなる水を纏い、真っ白な腹に勢いよく突進した。

 

それは年端もいかぬ少女のような悲鳴をあげた。金切り声のようだった。

尖らせた触手の力も抜け、溜めた毒液がだらりと地面に落ちていく。どうやら『こうかはばつぐん』のようだ。

 

天に舞い上がったラグラージがそれを足蹴にすると、あっけなく地面とキスをした。泥と砂にまみれたそれはピクリともしない。

 

 

「もう大丈夫だよ。リジー、出ておいで」

「お師匠さまなんともない? だいじょうぶかしら」

「当たり前だろ? こんなものに遅れはとらないさ」

 

 

岩陰からうかがっていたリジーとゴーストがひょこひょこと師匠の方へやってくる。

 

白いポケモンを一瞥すると、リジーは心配そうにオボロを見上げた。

彼の様子はいたって普通。いつもと変わらず自信に溢れ、腹が立つほどの薄ら笑いを浮かべている。

 

 

「にしてもコイツ、生け捕りにしたいなあ。ルザミーネ女史から貰ったコレ、使っちゃダメかな」

 

 

黒いケージを取り出すと、ウツロイドと交互ににらめっこを始めるオボロ。ケージはエーテルパラダイスに呼び出された時、コスモッグ用に貰ったものだ。

 

彼はルザミーネの言葉を思い出した。

 

 

『特別なポケモンだから、逃げないようにするにはこれが必要なの』

 

 

コスモッグと同じく目の前にいるポケモンは『特別なポケモン』だ。

その共通項はウルトラビーストだということ。

 

なぜディグダトンネルに白いポケモンがいるのかは分からないが、大方エーテル財団が絡んでいるに違いない。

もしかしたらコスモッグと同じように保護をしていて、逃げられたのかもしれない。

つまりは野生のポケモンだ。

 

 

──だったらボクが貰っても文句は言われないよね。バレた時に知らないふりして差し出せば、きっと大丈夫さ!

 

 

オボロは小さく畳まれたケージを組み始めた。

 

すぐ物に当たり、元の面影もなくブッ壊す。

この場にいたのがグズマであれば、一分も経たずしてケージは地面に投げ捨てられたことだろう。

 

だが手先が器用なオボロには造作もないことだった。

平べったかったケージはたちまち立方体になり、淡く淡く光りだす。どうやらちゃんと完成したようだ。

 

ただ青く光るケージの大きさは、目の前のポケモンにはかなり小さい。

 

 

「ううん、困ったなあ。メノクラゲもどきを無理やり押し込むってのも品がないし」

「品がないよりまず入らないと思うわ、お師匠さま。だってこの子、頭が大きいんだもの」

「うるさいなあ。そんなの見れば分かるよ。ボクだってさ」

「あきらめるのが吉って、きっと神さまが言ってるのよ」

「イヤだね。絶対こいつを手に入れてみせる」

「お師匠さまのいけず。わからずや」

(カプ)に仇なすならず者集団のスカル団が、カプ()の言うことなんか聞いてどうするのさ」

 

 

イラついているようで、オボロは弟子に向かって舌打ちを重ねる。

さてどうやってこのポケモンを捕まえるか。

気分は目の前に人参をぶら下げられたバンバドロ。彼の心はひとカケラも余すことなく白いそれに囚われていたのだ。

 

だから彼は気がつかなかった。地面に転がるポケモンの触手が一瞬、動きを取り戻したことを。

 

 

「──お師匠さま!」

 

 

焦りに満ちた弟子の声。はっとしたオボロが振り返ると、触手は間近に迫っていた。

彼のポケモンでも弟子のポケモンでもなく、また近くにいる弟子でもなく、ただただ彼に向かって一直線に。

 

目を丸くするオボロ。迫るウルトラビースト。

 

そんな両者に異議を唱えたのはマリルリだった。指示を待たずにオボロの前に滑り込むと、透明の盾を展開させる。

盾はオボロの目の前で毒液を撒き散らす触手を受け止めた。

 

派手な色をした液体は透明な壁を滑っていく。

マリルリの顔にほんの少し紫色の粒がかかったが、ちっとも堪えているそぶりを彼女は見せなかった。

あの毒、ポケモンには害がないのか、とオボロは胸をなでおろす。それから、

 

 

「ボクのために “まもる” を出すなんて、キミはポケモンの鑑だよ!」

 

 

と言って、きらきら瞳を輝かせた。

彼は自分のポケモンにうっとり見惚れている。

 

トレーナーの期待に応えようとマリルリはすっかり張り切っている。

“まもる” を展開させたまま、白いポケモンの猛攻を上手くさばき続ける彼女。耳をぴょこぴょこ動かすその姿はオボロの兄のポケモンを彷彿とさせる。

 

横のラグラージも食い入るように水玉模様のポケモンを見つめていた。

 

自分の主の関心を根こそぎ奪っていった仲間。

加勢をするのも忘れて、思わず睨みつけるようにマリルリの方を見る。

 

女の心に人間もポケモンも違いはない。彼女の胸底にはめらめらと嫉妬の炎が渦巻いていた。

手持ちは恋人も同然だと公言して止まないオボロだったが、そんな彼にも六股管理はなかなか難しいようだ。

 

 

「ありがとう、マイ・スウィーティー。次は “まもる” をしたまま突っ込んじゃうのさ!」

 

 

頼られていることを感じているのか、マリルリは誇らしげに耳を動かしている。

今日の彼女は絶好調だ。透明の盾を維持しつつ、純粋な力でウルトラビーストを押しやり地面に叩きつける。

 

もはや技でもなんでもないが、白いポケモンには効いたらしい。柔らかな体がミンチになっていく様をオボロとリジーは面白そうに眺めていた。

 

技は特殊技しか覚えていないが、マリルリの真骨頂は脂肪に隠れた鋼の身体。つまるところは筋肉だ。

『ちからもち』な彼女は魅せるバトル以外の方が皮肉なことに魅せられる。

 

だからコンテストで彼女が上手く活かされた試しはなかった。むしろ負ける要員ですらあった。

だがアローラでは違う。アローラにはコンテストなどないのだから。

 

相手の鳴き声が止んだのを認識すると、くるりと翻ってマリルリは教科書に載るお手本のように着地した。

それから “まもる” を解除して主人の元に歩み寄る。

 

彼女はトレーナーに褒めて貰いたかったのだ。そしてしてはならない油断をした。

だからミンチになったはずのそれが、ぐじゅぐじゅと音を立てて体を再生させているのも気がつかなかった。

 

ばしゃん。

 

ふいにある音を長い耳が拾った。それはこの洞窟で聴こえるはずのないものだ。マリルリの大好きな大好きな水の音。

 

不思議に思う間もなく彼女は異変を感じ取った。

背中が燃えるように、熱い。

 

マリルリが叫び声をあげると、白い白いポケモンは宙にゆっくりと浮かび上がった。

 

マリルリの背中は溶けたのか、一部が露出していた。その様はひどくグロテスクで痛々しい。

見ると、それの触手には先ほどとは違う色の毒液が付いている。

 

“アシッドボム” か、とオボロが睨みつけるもウルトラビーストは気にする様子もない。

むしろやる気に満ち溢れているように見える。すっかり回復したようで、威勢良く空を飛び回っていた。

 

 

「もう元気になるって、もしかしてさ。キミ、前より強くなってないかい?」

「なかなかにしぶといわね。お師匠さま、あたしも手伝うわ!」

「いや、キミは黙って見守ってるといい。何度復活しようがその度に、ボク達が華麗に倒していく様をね」

 

 

洞窟の天井あたりまで高く高く飛び上がるポケモンは、海の中にいるかのように変幻自在に移ろいでいる。

それから一気に急降下。オボロめがけてなりふり構わず飛びかかる。

 

 

「さあいくよマリルリ! “ふぶき” でもう一度やっつけちゃうのさ!」

 

 

一気に洞窟内は冷え込み、アローラとは思えない冬の様相が現れた。

“バブルこうせん” で濡れていたからだろうか。そこら中に転がる岩々はたちまち凍りつき、ヒビまで入る有様だ。

 

その威力はかなりのもの。だが、目の前のポケモンは平気そうにしている。

少し触手の先が凍って硬くなっているのが分かるが、あまり効いていないようだ。“ふぶき” が猛威を振るう中、速度を落としたもののこちらへ向かうのをやめない。

 

その姿は自信に溢れているように見える。まるで勝算でもあるかのように。

 

 

嫌な予感がするな、とオボロは冷や汗をかいた。

洞窟中に吹き荒れる “ふぶき” でよく見えないが、あれは光を纏っている?

だとすると、もしかしたら。あれは、あれが発動しているのは──

 

 

「避けろ! “ミラーコート” だ!」

 

 

白い体は光る。光り輝く。そしてパッと瞬いたかと思うと、そこら中にエネルギーを解き放った。

 

大きな塊がマリルリに当たる。残りが散らばる。彼と弟子は伏せた。

あたりに飛び交う。断末魔が聞こえる。その声は慣れ親しんだものだ。すぐ近くには向かってきたポケモン。

 

 

「ラグラージ、“メガトンキック” !」

 

 

脚を振り上げたラグラージは思いきりそれを蹴飛ばした。白いポケモンは綺麗に吹っ飛んで壁にぶち当たる。

だが戦いに終わりは見えなかった。ちぎれた手足が、ちぎれた触手が、音を立てて再生するのが見えたからだ。

 

白いそれは赤い輝きを一層増して、ぽつんと不気味に浮かんでいた。

マリルリは倒れて動けそうにもない。オボロは黙ってボールに戻すと、ぎりぎりと奥の歯を噛みしめる。

 

彼の瞳は目の前のポケモンに吸い込まれていた。眉間のしわを深く深く刻み込んで、じいっと。

それから視線が外れることはない。外せない、と言った方が正しかった。

 

歯噛みする彼の頭を包んでいたのは焦燥の念。

 

 

何としてもあれを手に入れたい。何としても手に入れたいんだ。

 

元の世界への貴重な手がかり。ウルトラスペースにいるはずの、忌々しいポケモン。

 

故郷に戻るのが第一だ。他に優先するものなどない。

少なくとも今まではそうだった。これからもそうだ。そのはずだ。だから捕まえる。

 

毒なんかどうでもいい。どうせたいしたことはない。

むしろ感謝してるくらいだ。おかげで今のボクがいる。

 

弟子のことなんか知るか。もし言いつけを破って勝手に毒を喰らったとしても、いつかは縁の切れる人間だ。

 

だけど今のままだとジリ貧だ。あのポケモンはいくらでも復活する上に、なぜか昔より強さも上がっている気がする。

 

本当は撤退するべきなんだ。

ケージは小さいし、捕まえられる保証もない。

手持ちが無駄に傷つくだけだ。またの機会を伺うべきなんだ。

 

分かってる。そこまで馬鹿じゃない。

 

だけど、けど、ああでも。なんで。

ああ手に入れたい。手に入れたいなあ。手に入れたいよ。手に入れたいんだ。手に入れたい。手に入れたい。手に入れたい。手に入れたい。手に入れたい。

 

 

「オボロ!」

 

 

ふと我に返った。

幻聴かと思った。そうであって欲しかった。

 

洞窟に響く声が耳に入って、オボロは初めて白いポケモンを視線から外した。

 

洞窟の出口は存外、すぐ近くにあったらしい。

オボロの方へと近寄る女は異変に気がついた様子はなかった。いつもの調子で歩いている。

 

赤い光もオボロかリジーの手持ちが出しているものだと思っているのだろう。

 

 

──プルメリちゃん!

 

 

「こんなところにいたのかい。全く、いつまで待たす気だったのさ。もうハッピーアワーは終わっちまって」

「来るな!」

 

 

血相を変えて叫ぶオボロに、思わずプルメリはぎょっとした。鬼気迫るものを感じた彼女は反射的にひるんでしまったのだ。

 

その姿はなんとも無防備だった。そして不幸なことに、白いポケモンはオボロ(Fall)の相手に疲れていた。

 

誰だって、何度も好きこのんでミンチになりたがる奴はいない。得体の知れないポケモンだって同じだ。

 

宙に浮かぶポケモンはプルメリの方をくるりと向いた。触手の先を尖らせて、地表に向かって空の間をスイスイ泳ぐ。それは絶望の速さだった。

 

白いポケモンは妥協したのだ。彼にとっては最悪のタイミングで。

 

彼は()()()()()()()()()。無我夢中だった。

 

自分のポリシーをかなぐり捨てて、仲間のためになりふり構わず。

ラグラージへの指示も忘れて、ただひたすらに。

 

迫りくるポケモンをぽかんと見つめるプルメリ。

急なことにあっけにとられる彼女の腕を掴むと、彼は力尽くで引き寄せた。

 

プルメリの状況は先ほどのオボロと似ている。

 

ウルトラビーストに気づかぬ彼の身を守ったマリルリ。

ウルトラビーストに気づかぬ彼女の身を守ろうとするオボロ。

 

ただ一つ違うのは、彼自身を “まもる” 術がないこと。

正真正銘の生身。少し付け足すならば、彼は上裸族でもある。

さあ来い! 存分に毒を刺してくれ! と言っているようなものだった。

 

白いポケモンは怪しい色の毒液を垂らし、触手を尖らし押しかける。もうポケモンは二人の目と鼻の先にたどり着いていた。

 

オボロはぎゅっと目を瞑った。来るべき苦痛に備えるためだ。

暗闇の中でじっとその時を待つ。

 

ただ待てど待てども何も起こる気配はない。おそるおそるゆっくりと彼は目を開いた。

 

ぱちぱち瞬きすると、目の前には例のポケモン。

ただあっちへふらふら、こっちへふらふら。“ふらふらダンス” を踊るようにユラユラと揺れ動き触手がたなびいている。

 

白い奴よりもっと近くにあったのは、見覚えのある小さな輝き。宙に漂う怪しげな光。

それは文字通りの意味で “あやしいひかり” だった。

 

 

「今のうちなんだから! “シャドーボール” !」

 

 

興奮した様子のリジーが人差し指を突き立てている。

その顔は歓喜で満ち溢れていた。頰はりんごのように紅く熟れ、瞳を潤ませ笑っている。

 

フラフラ動く的もゴーストにかかればお手の物。

“シャドーボール” は見事相手の腹に直撃し、うめき声を少女、ならぬそれは苦しそうにあげている。

 

よろめくウルトラビースト。それを見て笑う一人と一匹。

喜び勇んで飛び跳ねながらハイタッチをする弟子達に緊張感は全くない。

 

そんな二人を見て「ったく。黙って見てろって言ったのに」とオボロは呟いた。弟子に邪魔立てされたことに心底腹を立てているような声だ。

けれど彼は笑っていた。眉間にしわを寄せたまま、口角を上げて。

 

ウルトラビーストは不安定に揺れ動いている。それを捉える彼の瞳に焦りの色はない。

彼は腹をくくったのだ。地面に置かれた黒いケージがオボロの関心を呼ぶことはもうなかった。

 

 

「リジーに負けちゃいられないね! ボクらも派手にいこうよ、ラグラージ。とびっきりの “じしん” でさあ!」

 

 

だん、だん、だんとラグラージが地面を踏み鳴らすと小刻みに揺れ大刻みに揺れ。

亀裂が入っていた岩々はトドメとばかりに砕け散り、地表は轟音とともに割れていく。

 

砂埃が大量に舞い上がった。まるで “すなあらし” でも起きているように。

 

リジーはゴホゴホと咳をした。

視界を埋め尽くす()()に目も鼻もすっかりやられてしまい、涙と咳が止まらない。

 

そんな弟子を抱き上げると、オボロはラグラージの背に乗せた。

 

咳き込むリジーには何が起きているのか分からなかったが、前方に人がいる。それだけは分かった。

柔らかな体、何より上半身の服の感触。きっとプルメリだ。

 

砂埃はさらに酷くなった。

洞窟の中の砂、砂、砂。密閉空間のそれは呼吸さえも難しくさせる。

 

オボロはラグラージに飛び乗ると彼女を走らせた。目指すはコニコシティ。洞窟の外へ、外へ!

 

 

「ボクの言うことも聞いてくれよ。ゴースト、あいつの近くに “おにび” を出すんだ!」

 

 

走るラグラージを追いかけながら、ゴーストはオボロの指示を聞いた。

ゴーストタイプのゴーストにとって砂煙なんて関係ない。白いポケモンの位置把握など赤子の手をひねるよりも簡単だ。

 

ゴーストは “おにび” を出した。それも例のポケモンがいる場所とほぼ同じ位置に。

 

爆発音が轟いた。衝撃が彼らを貫いた。

ラグラージごと吹っ飛ばされた彼らは、彼女にしがみつくのに必死だった。というより、しがみつくことしかできなかった。

 

ただ全員、目の前が徐々に徐々に明るくなっていくのだけは感じた。それは希望の灯りだった。

 

 

 

 

「ディグダトンネル、やっぱり崩れちゃったね。後でコニコシティの住人に怒られそうだ」

「しょうがないわ。爆発が起きたんだもの」

「それにしても粉塵爆発なんてさ。よくもまあしようと思ったもんだよ」

 

 

岩と砂ですっかりふさがったトンネルだったものを見て、三人は好き勝手に言い合っている。

 

運も彼らの味方なのか、側の交番はもぬけの殻。

泣く子も泣かすスカル団だが、ただ灯りをともしているだけの空き家なんて恐れるに足りなかった。

 

島の要の交通をブッ壊した元凶である彼らだが、反省している様子は全くない。

いざとなれば9番道路の海を渡ればいい。そう思っていたからだ。

 

 

「お師匠さまザンネンだったわね。ゲットできなくて」

「仕方がないよ。そういう時もあるさ」

 

 

とってつけたような棒読みセリフに、オボロはやれやれと肩をすくめた。それから弟子に向き合って「だけどねリジー」とため息をつきながら彼は言った。

 

 

「あいつには手を出すなって何度も言っただろ? 助けられたのは事実だけど、ボクはあいつの毒に刺されても別に問題なかったんだから」

 

 

つまりは小さな親切、大きなお世話ってことだよ。と言う師匠にリジーは首をかしげている。

不思議そうにする弟子。少女を見て少し笑うと、彼は解答を差し出した。

 

 

「あのメノクラゲもどきは前にも会ったことがあってね。けど素晴らしくスゴいボクだからさ、毒に刺されたところでなんの問題もなかったよ!」

 

 

その言葉を聞いて、少女はギョッとしたように目を見開いた。ぽかんと口を大きく開け、まじまじとオボロを見つめる少女はコイルのような目をしている。

 

びっくりしてるのかな、とオボロは思った。

まあ無理もない。あんな奇抜なポケモンと関わりがある者なんてそうそういないだろう。

 

そう心の中で片付けると、「まあいいや、早く食べに行こうよ。もうボクのお腹はぺこぺこさ」と彼はスタスタ歩き始めた。

 

「今日もオボロは野菜定食かい?」とプルメリ。

コニコ食堂では野菜定食しか頼まない。彼がカロリー計算を怠らないのはスカル団では有名な話だった。

 

 

「そうしようと思ってたけど、やっぱり魚定食にしようかな。今日は懐かしい気分に浸りたくてね」

「へえ。珍しいことでもあるもんだね」

「ほんの気まぐれさ。ボクは港町で生まれたんだ。だからたまにはこういうのも悪くない。そうだろ?」

 

 

そうオボロが言うと、彼女は「初めて知ったよ。アンタが故郷のことを話すなんて、本当に珍しい」と驚いたように言った。

彼は故郷のことをめったに話さない。これもスカル団では有名な話だ。

有名すぎて、彼に故郷の話を振ることがタブー視されていたほどだった。

 

 

「港町? だから持ってるのが全員、みずタイプのポケモンなの? お師匠さま」

「うん。そうだよ」

 

 

よく口が滑る日だ、とオボロは思った。

これもウルトラビーストに会ったせいだろうか。あいつを見逃したり故郷のことを喋ったり、今日は本当にらしくない。

 

 

「カイナシティ。ボクはホウエンのカイナシティで育ったんだ」

 

 

赤い門をくぐりながら、彼は故郷についてつらつら語る。

 

博物館があって、幼い頃はよく通ったこと。人が集まる暮らしやすい街だったこと。

大きなコンテスト会場があって、兄と二人でコーディネーターになろうと将来の夢を語り合ったこと。

 

肝心の兄さんは気が強いオカマになってさ、結局ボクと反りが合わなくなっちゃったんだけどね、と最後に言って二人の笑いを誘った。

 

よどみなく口から出る故郷の話にオボロ自身驚いていた。

まるで自分とは関係ない、ただの昔話を語っているかのようだ。

 

そういう日もある。きっとただの気まぐれだ。

そう結論づけると彼は空を見上げた。

 

月がなんとも美しく光っている。いつもと変わりない雲ひとつない空だ。

 

ふと風が吹いた。

オボロのサラサラとした髪がたなびいている。縮毛矯正のたまものだ。

 

アローラの風が吹けばなにが起こるかわからない。

オボロは親友の口癖の一つを思い出した。鼻腔をくすぐる風はほのかに潮の香りがした。

 

 

 

 

第十一話【カイナシティ】

 

 

 

 

8番道路のモーテルで金髪の少年が机に向かっている。

 

小さなノートを広げその上に顔を付けている。まぶたは伏せられ、手にはペンが握り締められたままだ。

どうやら書きものをしている途中に眠り込んでしまったらしい。

 

ノートには流暢なカロス文字が書かれている。

 

『○月×日 天気は晴れ』

 

……どうやら日記のようだ。少し読んでみよう。

なになに? ワタシのチカラなら大丈夫。この少年が日記の上に寝ていようが、そこによだれを垂らそうが、中身を見るなんて造作もないことなんだ。

 

ほうれ、そら!

うんうん。分かる、分かるぞ。この少年の秘密の記録!

よしよし、せっかくだから読んでみようか。なあに、ワタシはケチじゃないからね。あの親子とは違うんだ。そりゃだてに長く生きちゃいないよ。

 

 

『○月×日 天気は晴れ

 

オレはかねてから気になっていた連中を調べることにした。

スカル団の幹部。アローラきっての変人。オボロのことを。

 

スカル団の奴らが怪しい動きをしているからだ。

その中でもオボロという男は怪しさの塊だ。

 

貴重な休みを投げ打って調べに調べたオレ。

ただ、アイツについて分かったことはひとつもなかった。なにひとつもだ。

 

結論から言うと、奴は怪しいどころか得体の知れない人間だった。

 

戸籍がない。

 

ホウエン地方出身だと聞いたが、ホウエンのどこにもいた形跡はなかった。

ミシロタウン、トウカシティ、カナズミシティ、ムロタウン、カイナシティ……。そのどこにもだ。

 

存在しなかったオボロと名乗る人物。

アイツは突如としてアローラに現れた。そしてスカル団に加入した。なんのために?

 

弟子についてもそうだ。

マリエシティにリジーなんて人間は存在しなかった。周りの連中に聞いても、誰一人としてあのチビを知る者はいなかった。

 

 

あの二人はなんだ? 一体奴らは何者なんだ?

 

 

今後オレは細心の注意を奴らに払うことに決めた。もしかしたら、あの二人はエーテル財団の差し金なのかもしれない。

 

そういえばリーリエはどうしているのだろう。元気だろうか。心配だ。

もしオレの予想が当たっていたら、リーリエは、妹は危ないかもしれない。

早くミヅキとハウにもう一度会わなければ』

 

 

日記はここで途切れている。

 

ワタシは窓から出ることにした。バイバイ少年。

あーあ、つまんないや。もう少しアローラを観光していよっと。

 

今度は守り神(カプ)を従えた太陽を喰らいし獣(ルナアーラ)とやらに会ってみるってのも、ちょっとは悪くないかもね。

 

 

 

 

 

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