【スカルな野郎はナルシスト!】   作:めいでん

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〜前回のあらすじ〜
▼ オボロは スケートを たのしんだ !
▼ いくZ!!


第十四話【きずなへんげ】

オボロは目を丸くしていた。唇を震わせながらじいっと相手を見つめていた。

 

グズマの声で我にかえった彼は取り急ぎ笑みを貼り付ける。

もちろんただの虚勢にすぎない。目線は定まらず、せわしなくキョロキョロと動かしている。

 

オボロは腰につけたコンテストリボンをひとつ取り外した。それからリボンを掲げると、

 

 

「もちろん分かってるさ! バトルに関して、ボクの辞書には『完全勝利』の四文字しか載っていないからね。特にアローラに来てからは!」

 

 

とにっこり笑った。まるで自分自身に言い聞かせるように。

 

実は言葉どおり、アローラの地で彼はバトルに負けたことがほとんどなかった。真剣勝負ならなおさらだ。

 

勝てないバトルは挑まず、負けそうなバトルは上手く逃れて雲隠れ。

彼は自分の実力を正確に把握していたし、相手を過大評価はすれど過小評価はしなかった。

 

だからこの野良試合は彼にとって未知数だった。

その上ゲッコウガというイレギュラーが飛び込んできたもので、オボロはちょっとしたパニック状態。

 

見せつけるようにリボンにキスを落とすと、どうにでもなれとオボロは声を張り上げる。

 

 

「あのゲッコウガを成敗してあげるよ、グズマくん。美しさを極めたこのボクが、華麗に! 雄々しく! ゼンリョクで!」

「そういう茶番がいらねぇつってんだよ。空気読めや」

 

 

グズマは低い声でうなった。

から元気を出す彼にも、相手に気圧されている自分にも腹が立って仕方がなかったからだ。

けれども肩の荷がストンと降りたように、張りつめすぎた心はどこかへ消えてしまった。

 

 

きっとオボロのせいだ。このしょうもなくて情けない男のおかげだ。

多分この男は自分のことなど考えていなかったに違いない。それでも彼にほんの少し、助けられたのは事実だった。

 

 

「だがよ。あんがとな」と呟くと、グズマはオボロの肩を叩いて一呼吸。

 

彼はにたりと笑うと相棒を “舞” わせた。本日二度目の剣舞は手馴れたものだ。

シャーン……シャーン……と辺り一面にグソクムシャの外皮がこすれる音が響き渡る。

 

その姿は素人目、たとえばスカル団のしたっぱ達や見習いから見ても隙だらけだ。

もちろん、だからといってそう簡単にいくものではない。

彼の側にはトドゼルガ。白く鋭い牙を光らせて、ゲッコウガを今か今かと待ち構えている。

 

 

「ゼンリョク出すよ、ゲッコウガ! “かげぶんしん” !」

 

 

ミヅキが一声かけるとゲッコウガは地を蹴り跳ねた。

そして無数の残像が空に浮かび上がりトドゼルガ達を惑わせる。

 

バケモノ級の分身だな、とオボロは冷や汗をかいた。

普通はよくても二、三できれば大成功なのが “かげぶんしん”。それなのに創り出されたゲッコウガの影は両手でも足りないほど。

しかも鼻に付くほど完璧で、ホンモノと見分けが全くつかないときたものだ。

 

 

「トドゼルガ、“こおりのキバ” で地面を崩せ!」

 

 

勢いよく白い牙を地に立てた!

池、土、橋。全てのものの上の氷に亀裂が走り、轟音。

たちまち氷は崩れ落ち、トドゼルガの白い体躯は青い水の中へ溶け込んでいく。舞を終えたグソクムシャも池の中へ潜りこむ。

 

ゲッコウガは後を追った。水かきを使ってスイスイ泳ぐ。

見ればトドゼルガは池の奥深くに。グソクムシャは浮かび上がり、所々浮かんでいる氷の上へと移動している。

 

彼はグソクムシャの方をターゲットに決めたようで、上へ上へと水を蹴った。

おそらくミヅキとゲッコウガはの考えはこうだ。『体力が少ない方を叩いて、早い所1vs1に持ち込もう』。

 

迷いを見せずに水上を目指すその魂胆は丸見えで、余計にグズマを苛立たせた。

 

 

「ゲッコウガ、回り込んで!」

 

 

ゲッコウガは空に飛び上がると、持ち前の素早さで氷の上を思うがままに駆けていく。大量の分身もついてきていて、相変わらずどれが本物か分からないという有様だ。

 

上下左右・四方八方、青い影があたり一面取り囲む!

彼が脚を光らせるのと、ミヅキが意気揚々と叫ぶタイミングはほぼ同じ。

 

 

「いっけえ “つばめがえし” !」

「お前も廻れよ、なあグソクムシャ。“シェルブレード” !」

 

 

攻撃は最大の防御とは上手く言ったものだ。

グソクムシャは廻るとゲッコウガを弾き飛ばす。斬りつけるための外皮を盾にして、高速回転。

 

攻撃を受けた分身達は消え、残された本体もバックステップを踏んで距離を取る。

グソクムシャから二、三離れた氷の上にストンと着地。

脚が痛むのだろうか。一人と一匹は顔をしかめて自分の足を押さえている。

ゲッコウガだけではない。ミヅキもだ。

 

それはまるで感覚でも共有しているかのように。

 

一方、オボロのパートナーはというと相変わらず水の奥深くでじっとしていた。

戦線をグソクムシャに明け渡し、彼女はじいっと空を見上げている。

 

「さあ良く狙うんだよ、ボクのカワイコちゃん」とオボロはささやいた。

クスクスと笑う彼が見つめているものはグズマとは違う。ミヅキでもゲッコウガでもない、別のなにかだ。

 

もう一度ゲッコウガが跳ねた。「まだまだもう一回!」と歯を見せ笑い、相手はがむしゃらに向かってくる。

ただ、少女が浮かべているのは何か企んでいそうな顔。

 

グズマはひとつため息をついた。

随分と自分もナメられたものだ、と怒りを通り越してあきれている。

「アレ、なんとかしとけ」と呟くと隣の仲間が肩をすくめた。了解、という返事代わりのいつものサインだ。

 

グズマは満足そうに前を向いた。

彼の頭には『目の前のクソガキをどのようにブッ壊し、どのように世間の厳しさを教えてやろうか』ということしか残っていない。

 

彼は少女を壊したかった。見ているだけで苛ついた。

 

かつての自分のようにまっすぐで、かつての自分よりもはるかに強い。

その上すんなりと周りに受け入れられた少女が憎たらしくて憎たらしくて仕方がなかったからだ。

 

 

「“たきのぼり” でも喰らっとけってんだよお!」

 

 

グソクムシャは水を纏うと、ただただ蒼いポケモンへとひたすらに。

「残念でした! 相手は私じゃないんです!」というはしゃぎ声も「ぼくも忘れちゃ困るぜ? “10まんボルト” !」という因縁の相手の声も切り捨てて、ゲッコウガに向かって飛び上がった。

 

勇猛果敢? それとも無謀? いや、そのどちらでもない。

グズマは “10まんボルト” が自分のポケモンに当たるなんて微塵も思っていない。避けられるとも思っていない。

 

水の中に潜む仲間がなんとかしてくれる。そう彼は信じていたからだ。

 

 

「ふふふ、今だよ。マイ・スウィーティー、“はかいこうせん” !」

 

 

水の奥底がピカッと光ったかと思うと、真っ白い光の塊が氷ごと突き抜けて飛び出した。

 

それは一直線にジバコイルへ!

“10まんボルト” を打つために動きを止めていた彼は隙の隙だらけ。おまけに体力もほとんどないときたものだ。

水中からと距離があるとはいえ、サッと避けれるほどの力は残っていない。

 

結果はもちろん戦闘不能。ククイ博士はジバコイルをボールに戻すと、清々しいまでの笑顔を見せた。

 

後はミヅキの腕の見せ所。

彼女がどうあがくのか。未来のチャンピオンの勇姿をククイ博士は微笑ましそうに見守っていた。

 

 

「ゲッコウガ、“つばめがえし” !」

 

 

ゲッコウガとグソクムシャが正面からぶつかり合う。鈍い音が走り水飛沫が飛び散った。

双方威力はかなりのもの。グソクムシャに至っては、力強い攻撃技の “たきのぼり” のタイプ一致、さらにはぐーんと力が上がっている状態だ。

 

それでも決着はつかなかった。

互いを跳ね除け、両者は氷の上に着地する。

 

 

「グソクムシャの “たきのぼり” と “つばめがえし” がイーブンってよお。バケモノかよ、そいつ」

 

 

グズマは吐き捨てるように呟いた。

本来相容れないはずのひこうタイプの技。火力も低い “つばめがえし”。

それなのに育てに育てた自分のポケモンと互角に渡り合うゲッコウガに、少女に恐れを抱いていた。

 

 

「でやあっ! “みずしゅりけん” !」

「同じことだぜ。“シェルブレード” !」

 

 

グソクムシャは回転し相手の攻撃を弾き飛ばす。それにもへこたれず、ゲッコウガは瞬時に氷を蹴ると今度はクナイを作り出し、「そのまま “いあいぎり” !」と踏み込んだ。

 

グソクムシャは地面に倒れこむ。これ幸いと、少女と一匹は腕に力を入れた。“つばめがえし” をする気のようだ。

畳み掛けんとばかりに彼は水上を走る。そしてグソクムシャを追撃しよう、と彼らが思ったその瞬間。

 

指をくわえて見ていたナルシスト、オボロが動き出した。

 

 

「巻き込んだらゴメンよ、グズマくん。トドゼルガ、思いっきり “ぜったいれいど” !」

 

 

瞬く間に水面が凍り、池はスケートリンクのよう。

水と少しの氷が散らばる崩れ切った様はもうどこにもない。あたりの木々も少し霜が降りてちらちらと白く輝いている。

気づけば、端から端まで均整のとれた銀世界が見渡す限り広がっていた。

 

素早さに素早さを磨いたミヅキ達。とはいえトドゼルガの存在をすっかり頭の片隅に追いやっていたようで、反応に遅れをとってしまったらしい。

彼らの脚は触れた水面ごと凍りつき、もがけども、もがけども、むなしく手は空を切るばかりだ。

 

よくやったとトドゼルガにキスを投げると、オボロは味方のポケモンの様子を見た。

 

全身が氷に触れていた彼はゲッコウガよりもさらに酷い。頭からつま先までが凍りつき、ピクリとも動かない。体に色もやどさない。

“ぜったいれいど” は巻き添え、というより彼にクリーンヒットしたようだ。どこからどう見ても戦闘不能の有様だった。

 

「あれま。けど及第点かな。ゲッコウガの動きは封じ込められたし」と呟くと、オボロは彼のボスに手の平を合わせた。

グズマはなにも言わずに鼻を鳴らすと、グソクムシャをボールへ戻す。早くしろ、と言わんばかりに彼は隣の男にあごで指図した。

 

オボロはそれに少し笑うと、同じく笑いっぱなしのミヅキの方を見据えた。「ボクのポケモンの体力もなかなかに削られちゃったし、早く決着つけなくちゃさあ」とミヅキへ語りかける。

 

 

──この長ったらしいバトルの幕を、鮮やかに、自分の手で、下ろす。

 

 

ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、これ見よがしに言い放つ。

 

 

「てなわけで、トドゼルガからとっておきのプレゼントだよ!」

 

 

彼と彼女がこのスペシャルマッチの締めに選んだのは “はかいこうせん”。

二匹が乳繰り合っている間に地面へ上がり “ぜったいれいど” を打ち出した彼女は、今回も悠々とエネルギーを溜め始めた。二本の白い牙の間に白い光が徐々に集められていく。

 

それなのにミヅキは焦っていなかった。むしろ落ち着き払っていた。ゲッコウガもだ。

少女はオボロへにっこり笑いかけると、当たり前のことのようにゲッコウガへと指示を出す。

 

少女は自分のポケモンを信頼しきっているようだ。彼は脚を氷漬けにされて、一歩も動けないにもかかわらず。

その一人と一匹の様子はどこか気狂いじみている。

 

 

「ゲッコウガ、“かげぶんしん” だよ」

 

 

ミヅキが静かに言葉をこぼすと無数の分身が現れた。

「え? 本体はそこにあるって分かりきってるのに、なんでわざわざ」とオボロはきょとんとしている。

それもそうだ。ホンモノは脚が氷漬けにされているのだから、水面だったものに張り付いているポケモンに決まっている。

 

なのにミヅキとゲッコウガは “かげぶんしん” を出した。そのどれもが赤い頭、黒い髪の毛、鋭い目つき。

 

そして後ろに大きな水手裏剣を背負っていた。

 

分身達が水手裏剣を背中から抜くと、それを本体へ投げていく。みるみるうちに膨れ上がる本体の水手裏剣。まるで分身達のを吸収しているかのように。

 

そんなバカな、ありえない。とオボロは呟いた。

分身はあくまでも分身。ホンモノの幻影に過ぎず、実体にはなりえないからだ。

その認識は合っていて、そしてある意味で間違っていた。

 

オボロがそのように考えたのは無理もない。

全てにおいてイレギュラー。特性にきずなへんげを持つポケモンなど、この世に少女のゲッコウガを除いていないからだ。

 

膨れ上がった水手裏剣を本体が抜いた。

それは “みずしゅりけん” と呼べるほど可愛いものではない。もっとおぞましいなにかだ。

赤く紅く真っ赤に輝く水手裏剣は神々しく、まるでカプ・コケコの化身のようだ、とオボロは思った。

 

──笑えないね。まるでボク達を断罪する刃みたいだ。ジョークにしては、本当に笑えない!

 

 

「トドゼルガ、“はかいこうせん” だ! 早く!」

「これが私のゼンリョクです! “みずしゅりけん” !」

 

 

白い光の奔流と紅く輝く塊がぶつかり合う。大気が震え、大地が轟いた。

紅の水は光をも飲み込まんばかりにうごめいている。光は必死にその動きをとどめていた。

したっぱ達、見習い、そしてグズマ。スカル団の面々は固唾を飲んでその様を見守っている。

 

だがその幕切れはあっけないものだった。

 

突然、ふらりとミヅキの身体が傾いた。まぶたを伏せて地面に倒れこもうとした。

するとその瞬間、“みずしゅりけん” は通常の青々とした色に戻り、大きさも小さく小さくなった。ゲッコウガも同様で、赤い頭など、黒い髪など、もうどこにもない。

 

これ幸いと光は水を打ち消した。邪魔なものは何一つとしてなかった。一直線にゲッコウガへと向かっていく。

 

衝撃。轟音。静寂。

場に残っていたのは転がる全身真っ青のゲッコウガ。それと、オボロのポケモンだけだった。

 

歓声が沸き起こった。周りのギャラリー達は拳を突き上げ、彼らの兄貴分の勝利を喜んでいる。

弟子も拍手を送っていた。リジーは感動のあまり涙ぐんでいる。色あせた青いハンカチで目元を押さえながら、師匠に賛辞の言葉を投げかけた。

 

もっともはしゃぐ周りとは違い、バトルをしていた三人 (気力を使い果たしたのか、ミヅキはククイ博士の腕で気絶していた) は呆然としている。オボロもグズマも、勝者が浮かべる顔とはほど遠い。

 

 

「勝った、のか?」

 

 

ぽかん、と口を開けてオボロは呟いた。グズマもククイ博士も目を丸くしている。

 

三人が三人とも目の前の結果が信じられないようだった。

ククイ博士はミヅキの勝利を。スカル団二人は自らの負けを。あの “みずしゅりけん” を見た時に、それぞれ確信していたからだ。

 

そんな彼らの気も知らないで、オボロさん、一言くださいよ! としたっぱ達は声をかけていく。

なんだかんだ頼れる兄貴分だとオボロをひとしきり見直して、やんややんやと騒ぎ立てるしたっぱ達。さながらヒーローインタビューだ。

 

彼らの声で我にかえると、オボロはバカで可愛いスカル団員に笑いかけた。自らの勝利を受け止め、彼らの興奮を盛り立てる。

 

 

「ううん。危ういところだったけど、まあ勝ちは勝ちだよね! やっぱりボクってすごいや!」

 

 

観客に向かってVサインをすると、さらに声は大きくなった。どれもこれもオボロとグズマを褒め称えるものばかりだ。

彼は笑って手を振ると、ククイ博士へ向き直った。

少女を抱える博士に向かって、

 

 

「まあそういうわけだからさ。ククイ博士も倒れてる彼女を運んで、どこかへ行ってくれないかい?」

 

 

とオボロ。

それに「しょうがないね。ミヅキもボロボロだし、ぼく達はおとなしく退散するとするぜ」と博士も応えた。

 

ポケモンバトルは結果が全て。運も実力のうち。

それをオボロもククイ博士も十分理解していたからだ。

 

ただし、それを認めたがらない者もいる。

努力してきた過程こそ大切なのだと。結果などおまけに過ぎないのだと。努力を裏切る結果など、無意味なのだと。

 

 

「その必要はねぇよ。ククイさんよ」

 

 

その時、自室に輝く銅のトロフィーをグズマは思い出していた。

 

 

「なあオボロ。お前のトドゼルガの “はかいこうせん” は “みずしゅりけん” に押し負けていた。だが、あの変身が解けたからなんとか勝てた」

「何が言いたいんだい?」

「トレーナーに、あのガキに異変が起きていなければ、オレ達はどうあがいても負けていた。なあ、そうだろ?」

「そうだね、その通りだよ。けど勝利は勝利だ」

 

 

なにを言ってるんだ、と言いたそうな顔でオボロはグズマを見た。したっぱ達も不思議そうにボスを見つめている。

 

グズマは眉間のシワを一層深く刻むと「そんなまぐれは勝ちでもなんでもねぇよ。胸くそ悪りぃ」と吐き捨てた。彼は心の底から嫌悪しているようだった。

オボロの様子にも、したっぱ達にも、自分にも。

 

 

「おいお前ら! ここは一旦引き上げるぞ! このガキに免じてよ」

 

 

スカル団の面々は絶句した。というより訳が分からなかった。

なぜ勝ったのにこちらが引き上げるのだろう、と頭にクエスチョンマークを浮かべている。

 

言葉を詰まらすオボロやしたっぱ達に、ククイ博士はあちゃーとため息をついた。

 

 

昔なじみのグズマは相変わらずこじらせている。それも自分の勝利を認めないほど、とことん悪い方向に。

 

 

彼のためにも早くリーグを作らなきゃな、とククイ博士は慌てふためくスカル団を観察しながらぼんやり思った。

 

アローラの闇は根が深い。彼にとって、その象徴ともいえる存在がグズマだった。

 

 

「早くしろ。オレ様の顔に泥を塗りてぇのかよ」

「へ、へい!」

 

 

庭園にいたスカル団が続々と引き上げていく。

黒アリのようにうじゃうじゃいた彼らがいなくなり、マリエ庭園は元の静けさを取り戻していった。

 

最後にグズマとオボロが去ろうとした時だ。グズマはククイ博士に声をかけた。

彼は少女を抱えながら青年の方を見た。男はぶっきらぼうに、ガキは大丈夫か、と小さな声で呟いた。寝てるだけだぜ、と博士が答えるとグズマは少しホッとしたようだった。

にこやかに笑う博士に、バツが悪そうに彼はこうも続ける。

 

 

「そのガキ、一体なんて名前だよ」

「ああ、ミヅキって言うんだ。カントーから来たトレーナーだぜ! どうだ、きみもビックリしただろ!」

「……ミヅキか、グレイトな奴だったぜ。壊しがいのある奴として胸に刻んでおくぞ!」

 

 

焦り。怒り。悲しみ。羨望──それらに彼の心は覆われていた。

 

きびすを返すと彼は仲間の元へ向かう。

ひとまずアジト、いかがわしき屋敷へと戻る。そしてエネココアを飲めばこの心はおさまるはずだ。おさめなければならない。そうグズマは思った。

 

けれども簡単におさまる性質のものではないことは、心の底では分かっていた。

 

 

 

 

第十四話【きずなへんげ】

 

 

 

 

「だけどいいのかい? マリエ庭園、まだ調べ終えてなかったじゃないか」

「どうせあの庭園にはいねぇよ。オレ様のココがそう言ってる」

「そ、そんな動物じゃないんだから……。まあ、けどグズマくんの勘は当たるからなあ」

 

 

自分の頭を指差すグズマに、オボロは顔を引きつらせたままほおをかいた。

それからカバンからポットを取り出すと、オボロはマグカップにエネココアを注ぐ。アジトへ帰る途中で寄ったカフェスペースで購入したものだ。

 

バトルお疲れ様、と差し出すとグズマはすぐに手に取り一気飲み。

相当鬱憤が溜まっていたらしい。お代わりに次ぐお代わりで気つけ薬(エネココア)はみるみるうちに消えていき、ポットが空になるまでそう時間はかからなかった。

 

「足りなかった? ゴメンね」とオボロ。側にいたしたっぱを呼びつけると次のエネココアを買いに走らせる。

すると部屋にはグズマとオボロ、そしてその弟子だけになった。

プルメリはちょうど料理中でキッチンに。さすがはみんなの頼れる姐さんだ。

 

 

「それでオボロ。お前、あのガキ──ミヅキのことをなんでオレ様に言わなかったんだよ。お前は普段、スカル団以外の連中とは交流を絶ってやがるのによお。どうにもこうにも腑に落ちねぇ」

 

 

あごを肘につけながら彼は言った。眉間にしわ寄せ笑みも浮かべず、つま先を小刻みに動かしている。

椅子に座る彼は見るからに不機嫌そうだ。

 

 

「メル友でバトルをする仲、だったか?」

「別に。この間たまたま会って仲良くなった子がミヅキだっただけだよ」

 

 

ほら、この間メレメレ島で賞金稼ぎをした時だよ! とオボロは彼に笑った。

 

スカル団経理担当の彼は時折金を稼ぎに島を巡る。なぜならパトロン(ルザミーネ)からの援助金だけでは到底回っていかないほどスカル団は大所帯だからだ。

それはグズマも預かり知るところ。

 

けれども彼はオボロの言い分に納得していないようだった。

 

 

「それだったら隠す必要はないはずだ」

 

 

じっと自分を見つめ続けるグズマにオボロは面倒くさそうにため息をついた。そんな疑われるほどボクって信用ないわけ? とグチグチ文句を言っている。

 

だがグズマの無言の追求が止まることはない。いつもなら弁がたつナルシストに諦めて、なにも言わなくなるグズマがだ。

 

オボロは折れた。

どうやらグズマは潔く引き下がる気はないらしい。根負けした彼はため息をひとつ。それから心底気が重そうに口を開いた。

 

 

「隠してなんかないよ。言わなかっただけさ。ボクが誰と友達であろうと関係ないじゃないか。キミだってルザミーネ女史(エーテル財団代表)と仲良しだし、人のことは言えないよ」

「それとこれとは違うだろうが」

「同じことだよ。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ? あまり人のプライベートを詮索するもんじゃないよ、グズマくん」

 

 

彼の口から吐かれた言葉は全て詭弁。

困ったもんだよねぇキミにもさ、と盛大に自分を棚に上げてオボロは言った。

それから彼はグランブルマウンテンをすすると、ハイハイこの話はコレで終わりね! と無理やり打ち切ろうとした。

 

しかしそう甘くはないのがこのポケモン時代というものだ。

いつもならこのまま煙に巻いて楽しく食事を待つだけだっただろう。もしかしたら二人仲良くティータイムの続きと洒落込んでいたかもしれない。

 

彼の誤算。それは気まずそうにしている弟子の存在をすっかり忘れていたことだ。

 

 

「コスモッグのせいなんです」

「どういうことだよ」

「ミヅキはコスモッグをぬすんだ子と友だちなの。お師匠さまは、だからミヅキとれんらくを取っていたんです」

 

 

「リジー!」と咎めるようにオボロは言った。

怒りをあらわにする師匠に「ごめんねお師匠さま。けど、()()()()()()()()()言った方がいいと思ったのよ」と弟子は悪びれない。謝罪を口にはしているものの、反省している様子は全くなかった。

 

弟子を詰め寄ろうとオボロはさらに口を開こうとする。それに待ったをかけたのは、もちろん我らがボス、グズマだった。

 

 

「やめろ。弟子の言葉は素直に聞き入れるべきだ。お前がそいつの師匠だってんならな」

 

 

グズマは鋭い目で仲間をひと睨みすると、愛用しているマグカップを手に持った。それから口をつけようとして、やめた。

中は空だ。茶色いエネココアの残骸がそこにこびりついているだけ。

 

グズマは舌打ちをするとリジーの方を向いた。

自分とどこか似たものを感じると常々グズマが考えていた少女。その瞳は今、ただただ自分を映している。

 

 

「遮って悪かったな。リジー、続けるといいぜ」

「ドロボウの名前はリーリエ。おとなしくってかわいらしい子よ。ミヅキと一緒に島めぐりをしていて、ククイはかせのじょしゅをしているの」

「アイツの助手だあ?」

「そうよ。リーリエはミヅキと仲が良くて、ククイはかせのじょしゅなんです」

 

 

グズマは自分の頭がスッと冷えていくのを感じた。そして、なぜオボロが彼に言わなかったのかをも理解した。

視界がクリアになるのを感じた。たとえて言うなら、全身の力が抜けて、心がどこか遠いところに行ってしまったような気分だ。

 

ぱりんとなにかが割れる音が聞こえる。それはなにひとつとして現実味がないものだ。

足元を見ると、愛用のマグカップが粉々になっていた。薄明かりに照らされて細かいカケラがキラキラと光っている。

 

けれども彼は気にも留めない。

眉間にしわを寄せるのも忘れて。笑いもせずに。

 

 

「だから言いたくなかったんだ!」

 

 

オボロはつま先から頭のテッペンまで嫌そうに叫んだ。

 

ビードルでも噛み潰したような顔。喉を潰すように出した声。

にこやかに微笑む普段の彼とは同一人物と思えないほど、負の感情がこもったものだ。

 

オボロは存外、友人を大切にした。

元々の性格に難がある上に、そもそもアローラではあまり人と交流していないため絶対数が少ないからだ。

 

それが命の恩人ならなおのこと。

口ではアレコレ言いつつも、彼はグズマをとことん重んじていた。敬愛し自分の弟のように慈しんでいた。

 

そんな彼がグズマの心を案じたのは当然のことだった。

なにせ彼のメンタルは安定して不安定で、些細なことでぐらぐらと揺れ動き、傷つき、悩む。

 

 

「ククイ博士絡みだとキミはおかしくなる。それに、ミヅキと戦って分かっただろ? 彼ら二人がリーリエちゃんについてるんだ。闇雲に動いちゃあ……」

 

 

けれどもそれは絶対に知られてはいけないことだった。

 

 

「ということはよお。つまり、こういうことか?」

 

 

目の前にいる男の言葉を強引に遮るとグズマは立ち上がった。それから彼の前まで歩み、止まる。

脳天が震えるほどの情動に反しその足取りは静かで大人しい。

 

グズマはいっぺんに頭に血が上っていくのを感じた。プライドをのこづちで砕かれてから惨めな様子を衆目の下にさらされているような気がした。

 

彼は悔しかった。そして悲しかったのだ。

けれどもそれが分からなくなるほど、彼の心は真っ赤な感情で塗りつぶされていった。それは純粋な怒りだった。

 

 

「オレ様が真正面から挑んだら、コスモッグを取り戻せないと。そう、お前は思ってたのかよ。『どうせグズマくんはあの男に負けるんだろ』ってか? あのガキにも負けると、そう思ってたのかよ! なあオボロさんよお!」

「そんなこと言ってないだろ!」

「オレ様を誰だと思ってやがる。アローラ中から恐れられるスカル団のボス、グズマ様だぞ! ああ!?」

「ククイ博士との間になにがあったか、ボクは全然知らないけどさあ。被害妄想も大概にしたらどうだい! だからスカル団は、キミは彼らに負けるんだ!」

 

 

感情のまま口走った瞬間、頰に鈍い痛みがはしるのをオボロは感じた。天地がひっくり返り背中を思い切り打ち付けた。

口の中が鉄の匂いであふれかえる。唾液混じりの生臭いそれを吐き出すと、彼はゆっくり目を開けた。

ぽたり、ぽたりと唇の端から垂れた血が床を紅く飾り付けている。

 

ぼやけた視界をなんとかしようと焦点を合わせながら、彼は自分を殴りつけた男を見上げた。

大きな身体。ギラつく瞳。歯を食いしばり、肩で息をする彼は泣いている。

 

 

「どいつもこいつもナメやがって……!」

 

 

グズマはオボロの胸ぐらを掴むともう一度彼を殴った。うめき声をあげると、またもう一発。

 

「歯ぁ食いしばれや」とグズマがうなった。

 

食いしばるもクソももう何回も殴ってるだろ。だいたい殴るなら、ボクの美しい顔じゃなくてみぞおちを殴ってくれよ。とオボロは思ったが、黙って彼に殴られ続けていた。

 

彼のプライドを傷つけてしまった自覚はあったし、特に反抗する気力もなかったし、ここで口出しするのは自らの美学に反するからだ。

 

いかがわしき屋敷の二階。一方的なリンチが繰り広げられる最中、勢いよく扉が開いた。

飛び込んできたのは二人。血相を変えたプルメリと、真っ青な顔をしたリジーだった。どうやら弟子は助けを求めに行っていたらしい。

 

 

「二人ともなにやってるんだい! グズマ、落ち着くんだよ!」

 

 

グズマはオボロから手を離すと、忌々しそうにプルメリを見た。それからほんのひと言も口に出さず、荒々しく部屋を立ち去った。

 

しんと静かになった部屋に残されたのは三人。スカル団の幹部とその弟子だけだ。

立てるかい? とプルメリ。そこまで酷くないから、と立ち上がって、オボロは自嘲気味に笑った。

 

 

「グズマはアタイがなんかするから、オボロは部屋に戻って少し休んでな。後で声かけに行くからさ。頼むよ」

「……ああ。プルメリちゃん、なにかあったらすぐボクを呼んでくれるかい?」

「アンタの怪我の痛みがおさまったらね」

 

 

そう言ってプルメリも部屋を出ていった。心配そうな声色を隠しきれない彼女が、なにかあってもオボロに知らせる気がないのは明らかだ。

 

はあ、とため息をつくと弟子の肩がびくついた。

 

 

「ご、ごめんね、お師匠さま。ごめんなさい」

 

 

うっとおしそうに彼が見ると、少女は涙をぽろぽろとこぼし始める。大粒の雫が床に落ち、点々とした赤い跡が色あせていった。

 

 

「あたし、まさかあんなにグズマさんが怒るなんて思ってなくて。ぶっきらぼうだけど、いつも優しいから。なのに、それなのに。お師匠さま、だいじょうぶ? しんじゃったりしない?」

「あのさあ。勝手に人を殺さないでくれよ……」

 

 

少女は涙を流し続けている。嗚咽を漏らす少女の熱は、なかなかおさまりそうにもない。

 

ボクの葬式を勝手に脳内で開かないでほしい。というより、グズマくんは別にいつも優しくないだろう。と彼は弟子に突っ込んだ。

近頃の子はどうにも妄想が激しいらしい。我らがボスも含めて。

 

 

「心配してくれてありがとう、リジー。奥歯が折れちゃっただけだよ。あそこまで遠慮なく殴られたのは初めてだったけど、ボクも言いすぎたから仕方がないね」

 

 

泣きじゃくる弟子にすっかり毒気を抜かれたらしい。手のひらを少女の頭の上にそっと置くと、オボロはぎこちなくなで始めた。

後でグズマくんに謝らないとなあ、と彼はひとりごちながら、手を動かす。

 

 

「あんまり落ちこまないでくれよ。最初はキミを嫌々弟子にしたけど、せっかくいい拾い物をしたかもなって思えてきたところなんだから」

 

 

少女をあやすようにオボロは語りかけた。そっけない言葉とは裏腹に口調は優しく丁寧に。

それはそれは、落ち込む子供をあやす家族のように。

 

 

「ボクはあそこで、ウラウラの花園で、リジーと偶然出会えてよかったと思ってるんだ。ホントだよ」

 

 

そう言って彼は青いハンカチを取り出すと、リジーの涙を拭いた。頰をつたう雫も鼻水も全て吸いこんだせいか、ハンカチの赤い刺繍が少しよれた。

 

彼はハンカチをたたむと、再び少女の頭に手を置いた。それから少女の瞳をじっと見つめる。

 

 

「ボクが褒めるなんて、なかなかないよ。誇りに思ってくれていいくらいさ!」

「もしあたしと会ったのが、ぐうぜんじゃなかったら。そしたら、お師匠さまはどう思う?」

「なにを言ってるのさ。この世は全て偶然でできているんだよ!」

 

 

オボロは弟子の言葉を笑い飛ばした。

この世の中は運や偶然でできている。例外はなにひとつとしてない。そのことを彼はよくよく知っていたからだ。

 

それでも彼は一拍置くと「けどそうだね。ボク達はある意味、カプの手のひらの上にいるのかもしれない」と笑った。その笑みは彼にしては珍しいニヒルなものだった。

 

 

「ボク達を操るものがいたとしたら、守り神や月の使者、時空の神だったり──それは人間じゃなくてポケモンだ。きっとね」

 

 

ポータウンのとある屋敷。暗がりの中、それぞれの意思が交錯し人の絆が変質する。

彼らの変わりゆく絆の果てがどうなるのか。それを知るのは、未だ一人と一匹だけだった。

 

 

 

 

 




※みぞおちをある程度の力で殴ったら普通に死ぬので紳士淑女諸君はみぞおちも殴らないようにしましょう
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