【スカルな野郎はナルシスト!】   作:めいでん

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〜前回のあらすじ〜
▼ オボロは ミヅキとのバトルに かった !
▼ オボロのはが おれた !


第十五話【アローラ】

突然だが、スカル団幹部の部屋はそれぞれ別の階に置かれている。

 

ここはいかがわしき屋敷一階。廊下の奥の一室。落書きひとつない、キラキラ光る白い白い部屋だ。

狭くはないが広くもないオボロの部屋に四人と一匹が集まっている。

 

そのうちの二人が誰かは言うまでもない。

オボロは真っ白なソファーに座ってグランブルマウンテンをすすっている。弟子も横でエネココアをちびちび飲んでいた。

 

側に立っているのはしたっぱ二人。そしてもう一匹。

毛を逆立てて、黒いズボンにガブリと噛み付く茶色いポケモン。

 

 

「やあヤングースくん。もしかしたら『ちゃん』かな? まあどっちでもいいけど、ボクの足を噛むのをやめておくれよ」

 

 

とオボロは眉根を寄せてカップをソーサーに置いた。ズボンを引っ張るヤングースを足蹴にするも、なかなか離れようとはしない。

むしろ逆効果。ヤングースの噛む力はどんどん増すばかりで、穴は余計に広がりダメージジーンズも真っ青な有様だ。

 

お気に入りのズボンをダメにされ嫌そうな顔を隠さないオボロ。それとは正反対なのが、バカばっかりのスカル団の代表とも言えるこのしたっぱだ。

ソファーに座らず突っ立ったまま、ニコニコと彼と一匹を見守っている。

 

 

「可愛いっスよねえ。この子、オボロさんにすっかり懐いたみたいっスよ!」

「これが懐いたように見えるんだったら、キミはそろそろコンタクトを変えた方がいいよ」

「自分、コンタクトしてないっスカら。三百六十度・二十四時間三百六十五日! 遠くまでしっかり裸眼で見渡せまスカら!」

「相棒。オボロさんが言いたいのは、多分そういうことじゃないぜ」

 

 

古今東西、皮肉が通じない相手ほどやりにくいものはないというのが不変の真理である。

 

幹部のオボロが思い切り顔を歪めても、常識人の相方があきれ顔を浮かべても、誇らしそうに胸を張るのがこの男。

最近左遷に次ぐ左遷を経てきた彼は、ある意味スカル団で一番有名なしたっぱなのかもしれない。

 

 

「ボクのズボンに穴を開けないでくれよ。全く」とヤングースの首根っこを掴むと、オボロは自分のズボンから無理やり剥がして放り投げた。

 

ナイスキャッチ! したっぱ二人はホッと胸をなでおろす。

「危ないじゃないでスカ!」と文句を言うと、彼らは赤ん坊をあやすように抱き抱えた。ポケモンに優しく声をかける男は幸せそうに腕をかじられている。

 

 

「あのさあ。ヤングースなんか捕まえても、はした金にもなりゃしないよ。それにプルメリちゃんから聞いてなかったのかい? 今ボクは休んでるんだ」

 

 

そう言ってオボロは干したきのみをつまんだ。

甘みが増したドライフルーツはお茶受けに最適である。

 

隣の弟子もひっきりなしにきのみを胃に流し込んでいる。

ミルタンクの食事風景としては一般的だとしても、年頃のレディとしては見るに耐えない。少なくとも師匠の彼はそう思う。

 

全く親の顔が見てみたいよ、とオボロはため息をついた。なぜ甘いものと甘いものを一緒に食べられるのかだとか、美容によくないだとか、糖尿病になるぞだとか、彼は弟子に言いたいことが山ほどあったが口をつぐんでいた。

 

 

──そんなことよりも。ボクの優雅な午後を邪魔しに突然やってきた、したっぱ達の相手を済ますのが先だよね。

 

 

ぐちゃりぐちゃり、とドライフルーツを噛みながら彼はしたっぱ達を見上げた。自分よりはるかに年下相手に思い切りガンを飛ばしながら、彼は返事を急かしている。

 

ボスにはこっぴどく殴られ、プルメリ(お気に入りの女の子)の食事をしんみり自室で取り、トレードマークのハンカチをわざわざ自分で洗濯し、ティータイムと洒落込んでいたらしたっぱ達に邪魔され、あまつさえヤングースにいつものズボンをボロボロにされ。

正直、今の彼は不機嫌という文字が人の形をしていた。

 

 

「金にならないのも分かってますし、もちろん姐さんからも話は聞いてるっスよ! だけど、それもこれもグズマさんの指示なものでスカら」

「グズマくんの?」

「そうなんですよ、相棒の言うとおり。それからオボロさんにこいつを渡せって言われましてね」

 

 

したっぱはズボンのポケットの中をゴソゴソ漁ると一枚のメモを手渡した。

畳まれた紙はしわくちゃで、インクが滲んでいる。いかにも走り書きといった乱雑な字で、簡潔にことが書かれていた。

 

 

『エーテルハウスへ向かえ。詳しいことはプルメリに』

 

 

「ふぅん。わざわざこんなのをよこしてくるってことは、グズマくんは今外に出かけてるのかい?」

 

 

と小さな紙切れを眺めるオボロは不思議そうだ。横の弟子も紙をじっと見つめている。

そんな彼らの様子を見て「あー。えーっと。それはですねぇ」と口を開けては閉じ、また開けてはまた閉じを繰り返すしたっぱ。それと空気を読むことを未だ知らないもう一人。

 

 

「グズマさんならばっちり部屋にいますよ! さっきも、しかめっ面してエネココア飲んでたっスカら!」

「あ、こらバカ!」

「………………」

 

 

無邪気なしたっぱ。焦る相棒。そして乾いた笑みを浮かべる師弟二人。噛み続けるポケモン。

部屋の中はさながら地獄絵図だった。

 

 

 

 

第十五話【アローラ】

 

 

 

 

「オボロ。こっちだよ、こっち」

「ああ、プルメリちゃん。それにみんなも」

 

 

アズマオウに乗ってぷかぷかと。オボロ達が15番水道をスイスイ進んでいくと、草むらの陰からプルメリが手を振った。

エーテルハウスの脇の草むらにスカル団が集まる様は少し場違いで面白い。それも一人や二人ではなく、複数人でとくれば尚更だ。

 

アズマオウから降りながら「結構な大人数だね。何をおっ始めるんだい?」と彼は笑って声をかけた。ほおに付いた絆創膏がその笑顔にはびっくりするほど似合わない。

 

 

「ボクはなにをやるのか、サッパリ聞いてないんだけどさ」

「コスモッグを盗んだ子がいるだろ。リーリエって言うんだっけ? その子がこのエーテルハウスの中にいるのさ。後はもう、分かるだろ?」

「へぇ。よく分かったね、居場所」

「したっぱのひとりが見つけたのさ。ゴソゴソ動くあやしいカバンを持った、あやしい金髪の女の子があそこにいるってね」

 

 

「俺が見つけましたYo!」としたっぱのひとりがラッパー顔負けの手さばきをしながら進みでた。

華麗に韻を踏みながら動かす手は激しく、最後に例のポーズをバッチリ決める。その一連の流れはキレがあり巧みである。

 

確実にダンサーかラッパー、はたまたランナーにでもなった方がまっとうな道を歩めそうなものだが、なんの因果か彼がいるのはスカル団だ。

 

 

「なーるほど! それで、あのヤングースはなんだったんだい?」

「あれはエーテルハウスのガキのだよ」

「だからあんなに弱そうだったんだ。けどそれ、必要だった?」

 

 

そのせいでボクのズボンがさあ、とオボロは唇を尖らせた。空いた大きな穴からは少し血が出た肌がよく見える。

 

こだわってるだけあって女顔負けの足をしているな、とプルメリは思った。

むだ毛の一本もなくつるつるで、したっぱ達よりもなめらかな足。そこに残る赤い歯型はいやに映えて痛々しい。

 

 

「なんでもあの子供──ミヅキがお姫様(リーリエ)に引っ付いてるってウワサじゃないか。だからあのヤングースを人質にして、あの子をアジトにおびき寄せてる隙にアタイ達がお姫様をさらうって寸法だよ」

 

 

ほうほうと頷きながら、オボロはポンっと手のひらを叩いた。芝居掛かったわざとらしい口調で瞳をキラキラと輝かせている。

 

 

「なるほどね。グレイトな作戦だ! これ、プルメリちゃんが考えたのかい?」

「アタイじゃないよ」

 

 

プルメリの声を聞いた途端、オボロは微妙そうな顔を浮かべた。プルメリを精一杯持ち上げようと準備万端だったのに、実は担ぐ神輿がなかったってくらいのズッコケっぷりだ。

肩透かしを食らった彼は、そっかぁと呟くと眉間にしわを寄せる。少し、というよりかなり不満そうだ。

 

プルメリならともかく、今さっき派手にケンカした男の作戦を持ち上げるほど彼の心は広くない。

むしろどちらかと言わなくても自己中な彼は、腹がたつからなにかケチでも付けてやろうと思っていた。

 

 

「けど、もしだよ。もしミヅキがきちんと言うことを聞かなかったら、どうする気だったのさ」

「なんだい。失敗して欲しかったのかい?」

「そうじゃないけどさあ。けど、そういうこともあり得るじゃないか」

「グズマが来るって言ったんだ。アイツの勘の良さはアンタも知ってるだろ?」

「ぐっ。確かにね」

 

 

グズマの野生の勘はスカル団誰しもが知るところ。オボロは口をへの字に曲げつつも、おし黙ることしかできなかった。

まぶたをピクピク動かしながら心の中で両手をバンザイ。片手には白旗を持ち、パタパタと振っている。

 

 

きっと今頃、ミヅキはアジトに乗り込んでいるのだろう。大勢のスカル団がのんきに草むらでたむろしているのがその証拠。

これはグズマのお膳立てだ。バトルの決着を今度こそ白黒はっきりつけるための。

 

オツムの弱いグズマがこんなことを考え出したのも。自分が直接リーリエを迎えに行ってルザミーネに差し出そうとしないのも。

全部彼が強情で、スカル団ボスにあるまじきスカしてない奴だからに違いない。

 

 

そう彼は結論づけると「合言葉のふくろだたきを一番守ってないのがボスってどうなのさ」とブツブツ文句を言いはじめる。完全に負け惜しみである。

 

 

「まあいいや。楽しいことを考えようかな。それにしても、プルメリちゃんと作戦だなんて! 夢のようなひと時だなあ。ボクは幸せ者だよ!」

「いちいち大げさなんだよ。恥ずかしいからやめとくれ」

「お師匠さま、すっごくうれしそうね。なんていうか。やたらと」

「そりゃあね! むさい男(グズマくん)とやるよりも、やっぱり美しい女性との方が嬉しいに決まってるじゃないか! そう、キミはさながら月の使者、ルナアーラだね。ハニー」

 

 

そう言ってオボロはウインクをした。

にっこり笑う師匠とツンケンする姉貴分。しかし後者は耳を赤く染め、気まずいのか照れ臭そうにしている。

ふぅん、と二人をジロジロ全身くまなく見てから幼い弟子は口を開いた。

 

 

「ねぇお師匠さま」

「なんだい?」

「今さらだけど。あねさんはお師匠さまの()()だったりするのかしら」

「こ、コレって。どこでそんな言葉覚えてきたのさ。キミ、まだ九歳だろ?」

 

 

小さな指をピョコンと立てて尋ねる少女に、オボロは顔を引きつらせた。けれどもリジーは気にせず澄まし顔。

 

 

「あたしのパパよ」

「へ、へえ。親御さんかあ。キミのパパとは教育方針が合わなさそうだ」

 

 

きっと我が弟子の親はスカル団以上にロクでもない奴に違いないな、と彼は思った。

 

アローラのあぶれ者とは言え、スカル団には案外常識的な者が多いのだ。いや、常識を持っているからこそ社会からあぶれるのかもしれない。

例外は自分を棚上げしているナルシストくらいのものだった。

 

 

「もうそんな言葉使っちゃダメだよ、リジー。キミには今以上にこの華麗なるボクの弟子だという自覚を持って欲しいね」

「はぁい」

 

 

少女は小さな手を上げて返事をした。気が抜けるようなスカした声だ。

 

「ついでに言っておくけど、アタイとオボロはそんな関係じゃないよ」とプルメリはため息をついた。

 

この歳にしてスカル団に染まっていく少女にこれでいいのか、と彼女は頭を抱えている。

ヤマンバギャルとはほど遠い。みんなの姉御は誰よりも気真面目だった。

 

プルメリが答えたところで少女の疑問は止まらない。

「でもそんなにあねさんが好きなんだったら、あねさんとケッコンしたいなあって思わないのかしら」とリジー。

 

ただ、オボロがその言葉を聞いた瞬間。

ふと面食らった顔をした後、彼のツボにはまったようでワライダケでも食べたようにゲラゲラと笑い始めた。

 

 

「あっはは! まさか! ないない」

「そうなの? だって、お師匠さまはあねさんのこと好きなんでしょ?」

「確かにボクはプルメリちゃんのことが大好きだし、彼女は愛すべき女の子だけどさあ!」

 

 

ヒィヒィ笑う彼の目元には涙がたまっている。

 

愉快そうに苦しそうに腹を抱える彼に、周りの団員は目が点になっていた。

毎日毎時間プルメリへ好き好きアピールを続けるオボロは、したっぱ達からシタゴコロの塊だと思われていたらしい。当然の結果である。

 

 

「たとえて言うなら『立てばルージュラ、座ればプリン。歩く姿はナゾノクサ』ってくらい、プルメリちゃんはステキだよ。そりゃあ」

 

 

と笑いをこらえながらオボロは言った。分かりづらい言い回しをしているが、つまるところ彼はプルメリのことを美人だと言いたいらしい。

 

 

「それだったら、あたしはいいと思うのだけど」

「ううん、そうだね。それ以前にボクらは仲間なんだ。大切な仲間に手を出すほど、ボクも馬鹿じゃない」

「ほんとに?」

 

 

こてんと首をかしげる弟子に、「もちろんさ!」とオボロは親指を立てて言った。なんなら指切りをしてもいいよと小指を絡ませる始末。

 

 

「もし仮にボクとプルメリちゃんが結婚なんかしたら、とんでもなく大変な天災が起きちゃうよ。それこそ、この世の光がぜーんぶ消えちゃうほどのね」

「光が? うーんと、あねさんがルナアーラみたいだから?」

「そうそう。そのとおり!」

 

 

弟子と戯れる仲間を見て、プルメリは頭が痛くなるのを感じた。

別に告ってもいない男 (しかも相手は自己中ナルシスト野郎である) に一方的にフラれた気分を味わう彼女の心はブルーハワイ。冷たくて真っ青で、甘ったるくて気持ち悪い。

 

冷たく吹くアローラの風がそよそよと草むらを揺らしている。

彼女はまたもやため息をつくと、リジーを諭すように話し始めた。

 

 

「だいたいさ。そういうことは、二人の間に(アローラ)がなくちゃしちゃダメなんだよ。分かるかい?」

 

 

プルメリの声はおとぎ話を語って小さい子を寝かしつける時のように優しい。分かりやすい言葉を紡ぎながら彼女は少女に言い聞かせていく。

 

 

「それもただの(アローラ)じゃない。もっともっと特別なキズナさ」

「たとえば?」

「例えば……そうだね。どんな友達よりもお互い分かりあえてて、どんな時でも味方になってくれるとか。どんな小さなことでも一緒に楽しめるような感じかねぇ」

 

 

黙ってプルメリの話を聞きながら、なんかその言い方だと、プルメリちゃんにもボクにも(アローラ)がないみたいだな、とオボロはムッとした。

 

 

──例えばの後の部分は全部ボクに当てはまってるじゃないか! ちゃんと(アローラ)あるだろ! ないの!?

 

 

たとえ心の中だとしても、先ほどまでプルメリに手を出す気はないと豪語して爆笑した人間が言えるセリフでは決してない。

さらにいえば、全ての繋がりを絶ち、アローラからさよならバイバイして故郷に戻る気満々の人間が言えることでもやはりない。

 

ただ彼は都合の悪いことは忘れ、都合の良いことはいつまでも脳に刻みこむ人間だ。

プルメリが続きを話す間も、彼はくちびるを尖らせブスけていた。

 

 

「家族仲良く川の字でなって寝たり、一緒にご飯を食べたり、どこかに出かけたりしてさ。そういう何気ないことでも幸せを感じるのが愛ってやつじゃないかい? アンタも、アンタのお父さんとお母さんを見れば分かるだろうけどさ」

 

 

プルメリはとろんとした目でウットリと。ほおを紅く染めた彼女はまるで酔っ払い。

さもあらん。いつぞやしたっぱ達が言った、夢見がちだという評価もあながち間違っていないのかもしれない。

 

しかし子供は正直だ。

理想を語るプルメリを「ううんと、ちっともわからないです」と斬り捨て御免。

 

 

「パパとママはいっしょにねないし、ずっとオシゴトしてるからいっしょにゴハンを食べたりもしないわ。そういえば自分達のことを『かめんふーふ』って言ってたわね。それにパパなんて、休みの日はのんだくれてねてばかりなんだもの」

「仮面夫婦」

「しかもパパもママも、あたしの顔を見ると少しビミョーな顔をするのよね」

 

 

別にそんなの気にしなくていいのに、と彼女は呟いた。

見事凍りついた大人達とは違い、両親に疎ましがられていることをなんとも思っていないようだ。どこまでも平然としている。

 

対照的なのがプルメリ。まだまだ若い彼女は結婚に壮大な夢を抱いていた。

自分よりはるか年下の少女の言葉に夢を打ち砕かれたのか、彼女は少し呆然としている。

間違いなくスカル団で一番初心で純情なのは姐御だった。

 

 

「そ、そうかい。そういえばさ、オボロはこの子の親に連絡しなくていいのかい? 泣く子も泣かすスカル団とはいえ、年端もいかない子供を連れまわしてアジトに住ますなんてさ。誘拐もいいとこじゃないか」

 

 

それから「そういうの、アタイは好きじゃないね」とプルメリは続けた。師匠の彼も頭をかいて、「ボクもそう思ったんだけどさあ」と言う。

そんな彼らの気も知らず、弟子はひとりVサイン。

 

 

「その点はだいじょうぶです! あたしの家は『じゆうほーにんしゅぎ』だってパパが」

「自由放任主義」

「家にお金がないからあたしも働いてるんだけど、ある程度のお金をパパにわたしたらおこづかいにしていいの。そのお金でこの間、ジョウト旅行に行ってきました!」

 

 

稼いだお金で家族にリップサービスをするのは娘の役割じゃないだろう。

 

したっぱ達は内心一同総ツッコミを入れていたが、嬉しそうに語る少女の姿になにか言えるわけもなく。ひたすらにいたたまれない空気が流れていく。

 

横でオボロはいつぞやのビーチでの出来事を思い出していた。なるほど、ナマコブシ投げのプロになったのも頷ける。

 

 

「マリエシティに住んでるから、ジョウトって行ってみたかったのよね。だんごにほうじ茶! 本場のを一回食べてみたかったのよ」

「確かにマリエ庭園の茶屋は良い店だ。美味しいからね。そう思うのも分かるよボクも」

「けどあたしのお金だけじゃぜんぜん足りなくて、ほとんどパパに出してもらったの」

 

 

眉を下げて言うリジーに「まあそりゃそうだろうさ」とオボロは言った。

いかにナマコブシ投げが高時給とはいえ、子供が稼ぐには限界があるし、海外旅行の資金とまで貯めるのは難しい。家に金を納めていたならなおさらのこと。

 

案外ちゃんとした親なのかもな、とオボロは弟子の親への評価を上方修正した。

そうでなければ、この子は性根がひん曲がっていたはずだ。たとえばの話、グズマみたいに。

 

 

「ジョウト旅行、楽しかったかい?」

「とびきり楽しかったわ、お師匠さま。結局すぐにアローラにもどってしまったけれど」

「旅行なんてそんなものさ。家族みんなで行けてよかったね、リジー」

「いや。ひとり旅よ、お師匠さま」

「え」

 

 

沈黙が彼らを覆い尽くした。

 

 

──小卒大人法はどうしたんだよ。この子はまだ成人してないだろ!

 

 

オボロは弟子の親への評価がバブルのように弾け飛んでいくのを感じていた。というより、マイナスまで突き抜けていった。少しのことで評価のアップダウンが激しくなるのも彼がなせる技である。

 

ただ彼はこうも思った。

ここはアローラ。常夏の国。元々住んでいた場所と常識が違うのは当たり前。

 

 

──いや、こっちの世界では小さな子でもポケモンを持っているし。キープポケモンなんてのもないし。成人前のひとり旅も案外普通のことなのかもしれない。

 

 

やっぱりボクにはアローラ人の感性は理解しがたいね、とオボロはひとりごちた。

普通のことなのかとホッと一息ついて彼があたりを見渡すも、どうやらそんなことはなかったらしい。

 

したっぱ達は上下左右ひっきりなしに目玉を動かし、プルメリは幻想(ゆめ)を木っ端みじんに爆破されたらしく、もはや無の表情を浮かべている。

その中できょとんとしている少女の様子ははっきり言って浮いていた。

 

 

「……リジーのパパとママは今どこにいるんだい? 今度よくよく話してみたいんだ」

「そうだね。その時はアタイもついて行くよ」

 

 

必死で笑みを浮かべる二人。ただヤケクソなのが丸わかり。口の中は乾きカラカラと声がすっかりかすれている。

 

したっぱ達も喉がなります牡蠣殻と。

そんな中、不思議そうにしているのは少女ただひとり。

 

 

「今はパパもママも遠いところにいるわ」

「は?」

「すぐには会えないんです。けど、きっとまた会えるから」

 

 

そう言って笑う弟子にオボロは少し恐怖を覚えた。彼の頭の中ではネグレクトだとか親戚たらい回しだとか、そういうゲスの勘繰りが高速スピンで飛び回っている。

 

オボロはカバンから甘味を取り出すと、そっと少女の手に握らせた。自己中な彼も弟子のことをさすがに哀れに思ったらしい。

プルメリもそうで、少女の頭をぽんとさわると優しくなで始めた。

 

御涙頂戴。しんみりとしたムードが漂う草むらで、唯一不満そうにするのは当の本人。ナルシストの弟子、リジーだけ。

 

 

「なんかカンチガイされてそうだけど、パパもママもやさしいのよ。お師匠さま達とおんなじくらい。あたしはね、いつもそっけないけどやさしくしてくれる二人が大好きなの」

 

 

作戦前の草むら。エーテルハウスの横で、新たな幕が切って落とされる。

 

ミヅキとグズマが戦う屋敷。スカル団が潜む草むら。憩いの孤児院。

カントーから来たトレーナーとスカル団。島キングの孫にコスモッグを連れた少女。加えてキャプテン。

それともうひとり。建物の陰で話すスカル団をじっと見る少年──グラジオ。

 

役者は出揃った。物語は終わりへと廻り始める。世界で一番、長い夜が始まる。

 

それはスカル団にとって悪夢の始まりとも言えるものだった。

 

 

 

 

 

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