【スカルな野郎はナルシスト!】   作:めいでん

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〜前回のあらすじ〜
▼ オボロは ハンカチの せんたくをした !
▼ ジュンサーさん こっちです


第十六話【フラフラダンス】

カチ。コチ。カチ。コチ。

 

静かな部屋に降り注ぐのは時計の針が刻む音。

ちびっ子達は奥に引きこもり、みんなしてマングースの帰りを待っている。

ぐずっているのはポケモンを奪われた子ども。「あのおねえちゃんなら大丈夫だよ」と寝かしつけるのはアセロラだ。

 

リーリエは皿の上に乗ったマラサダをつまんだ。小さくちぎってから口の中へ。よくよく噛んでからそれを飲みこむ。

 

苦い。

 

ウラウラの名物であるニガサダ。

その苦さが心の中にも染みこんでいく気がした。なにやら嫌な予感がする。

 

 

「ミヅキさん大丈夫でしょうか。わたし、心配です……」

 

 

リーリエの言葉は真っ白い部屋に溶けていった。だが胸の中ではじわり、じわりと広がっていく。

ぼんやりとニガサダを見つめるリーリエとは正反対。ニガサダをほおいっぱいにつめながら、

 

 

「確かにスカル団のところに一人で乗り込むなんてさー。おれも心配だけどー」

 

 

と心配なんてひとつもしていない顔でハウは言った。

一度区切ると、エネココアを飲む。それからいつもの笑顔でにっこり。

 

 

「けどきっとさー。ミヅキなら大丈夫だよー! 無茶なんかじゃないってねー、おれ思うんだー!」

 

 

ね! と歯を見せ笑う少年に、少女の心は解けたようだった。不安がみるみるうちに消えていくのを彼女は感じた。

 

ハウの言葉にウソはない。もちろん根拠もなかったが、それでも彼は心の底から言いきった。

それは友達であり仲間であり、ライバルでもあるミヅキのことを彼が信じているからだ。

 

 

「ふふ、確かにそうですね。ミヅキさんはあの人達と違って立派なトレーナーですから!」

 

 

この場合、あの人達というのは無論スカル団のことである。

 

オボロはキレていた。

 

常夏の地アローラとはいえ夜は冷える。極寒の中、ドアの前で今か今かと突入機会をうかがっていたナルシスト。

扉に耳をつけてじいっと聞いていた彼には、二人の話し声がばっちり聞こえていた。

 

自慢ではないが、オボロは自分のことをたいそう立派なトレーナーだと思っていた。

コーディネーターの中のコーディネーター。全てのトレーナーの鑑に違いないと。……やっぱり自慢なのかもしれない。

 

とにかく彼には彼なりの信条があったということだ。そしてそれを誇りに思っている節もあった。自分大好きのナルシストには当然のことかもしれない。

 

それをへし折られたような気がした彼はこめかみをひくつかせた。ただでさえ不機嫌な最中。しかもこのクソ寒い外で待機しているなかでのこと。

端的に言うと、彼は怒り心頭だった。

 

 

「どこの誰が立派なトレーナーじゃないだって?」

 

 

ハデな音を立てて扉が開いたかと思うと、飛び込んできたのはスカル団。

したっぱ達があっと言う間に少年少女を取り囲む。その後「大人しくしててね」と二人に歩み寄るのは幹部とその弟子だ。

 

 

「やあ。この間ぶりだね二人とも。元気にしてたかい?」

「楽しくすごしてるところゴメンなさい。けどこれ、スカル団のシゴトなのよ」

 

 

張り詰める空気。子供の声がぴたりと止んだ。したっぱ達もプルメリも口を閉ざしている。

そんな中、ニヤニヤ笑うオボロとリジーはどこからどう見ても悪役だった。

 

結局、悪役の弟は悪役だし、悪役の子供は悪役なのだ。ああ、どこまでも血は争えない。

 

 

 

 

第十六話【フラフラダンス】

 

 

 

 

ぐるりと室内を見渡すとオボロはふうと息をついた。

悪趣味なくらい白い部屋は無機質だ。子供達だけでなく空間も彼らを拒んでいるようで、針のむしろであぐらをかいている気分だな、と彼は思った。

自由奔放という文字が人の形をした彼にとって、あまり好きな空気ではない。

 

 

「やれやれ。どうも歓迎ムードじゃないみたいだね」

「そりゃアタイらスカル団が押しかけてきて、喜ぶ奴なんていないだろ。そんな奴、いたとしたらスカル団よりバカだね」

 

 

とプルメリ。てきとうに言葉を投げる彼女は気だるげだ。今回の作戦、どうやらあまりやる気がないらしい。

真面目なプルメリちゃんにしては珍しいな、とオボロは首をかしげたが、思考を頭から弾き飛ばすとすぐにリーリエと向き合った。

 

スカル団の仕事は筋を通す。

なにがあろうと今も昔も変わらない。それは命の恩人に対しての不器用な彼なりのケジメだった。

 

……顔をキズモノにしてくれたグズマには、正直殴り飛ばしたいほど腹を立てていたようではあるが。

 

 

「あのさあリーリエちゃん。前にも言ったろ? 『悪いことは言わないから、そのショルダーバッグの中身を持ち主に返した方がいいよ。でなきゃひどい目にあっちゃうかも、ね!』てさ」

 

 

後ずさるリーリエは守るようにしてカバンを抱きしめる。

 

ひと足、ふた足。

 

三歩目を踏み出そうとして、彼女はそっと足を戻した。それからカバンを抱く力を強めて、周りの男達を必死で睨む。

後ろにはもうなにもない。あるのは壁だけだ。

 

そんなリーリエの姿にオボロは晴れ晴れとした気持ちになった。ヤングースのように弱っちい少女があがく姿は小気味よかった。

気分よく鼻歌を歌いながら意気揚々と少女に迫る。

 

 

「コスモッグを返してもらおうか。正当なる持ち主にさあ!」

「なにもこっちも手荒な真似をしようっていうんじゃない。ただ命令どおり連れて行くだけ。まあ、アンタが素直に返してくれたらってのが付くけど」

 

 

小さな少女はたじろいだ。それから震える声で一言。

 

 

「信用、できません」

 

 

「気持ちは分かるよ。すっごくね」と言った後、プルメリは黙って首を振る。続けて「スカル団なんてロクでもないバカの集まりだからね」と彼女は付け足した。

 

はあ。

プルメリはため息をついた。しかし、それは少女にあきれているようなものでもなく、少女を責めるようなものでもない。

まあそりゃそうだろうな、という諦めから来るものだった。

 

 

「けどね。ホントはアタイも気が乗らないんだよ。アンタがポケモン泥棒なのかってのも、疑わしくなってきちゃあね」

「ドロボウじゃない? プルメリちゃん、どんな事情があれ『人のポケモンとったらドロボウ!』だよ。万国共通のルールじゃないか!」

 

 

プルメリは オボロを むしした!

 

きゅうしょに あたった!

 

こうかは ばつぐんだ!

 

したっぱ達の空気読めよという視線にも負けず、律儀に反応を待つオボロ。もちろん二人は華麗にスルー。

大げさな身振り手振りを披露する男に目もくれないで、プルメリは少女のカバンをじっと見た。

 

 

「けど驚いたね。今回は消えないのかい」

「あの時は、このコも絶体絶命のピンチでした。ですから能力を使って、けれど、このコには負担が大きくて」

「まさかそいつ、 “テレポート” もロクにできないのかい? なんでこのポケモンに執着してるんだか」

「この子には不思議な力があって……。ウルトラビーストを呼び出すのに必要なのだそうです」

 

 

リーリエが暗い顔を見せるとしゃしゃってきたのはナルシスト。女性陣に露骨に無視され心に深めのキズを負ったらしい。

とにかく構ってもらいたいスカル団幹部の男は「へぇ。おかしな話だね。ウルトラビーストは異空間に住んでるんだろ?」と訳知り顔で呟いた。

 

 

「その空間との穴──ウルトラホールを創り出せるのは、世界広しといえどもルナアーラだけのはずだ。アローラ地方の常識だよね!」

「そんな常識初めて聞いたし、なんでよそ者のアンタが知ってるのか謎だけどさ」

 

 

とそこまで言って、プルメリは頭の中によぎったハテナを考えないようにした。

 

遠いところからやって来たこの男。

自分達よりはるかに物知りで、頭がキレることは長年の付き合いでようく知っていたからだ。おそらくそれは年の功というやつのためだろう。

 

ただしその知識が使われるのは彼の美容と手持ちのポケモンに関してだけ。

彼はケチなので、それがスカル団に還元されることはあまりなかった。自己中の極みである。

 

「まあいいよ」とチラリと時計を見て彼女は言った。

これ以上話をそらせばマズい。ボスの実力を彼女は信じていたが念には念を、だ。

 

 

「コスモッグを渡せば周りのコにもなにもしない。ただ渡そうとしなければ……分かるよねぇ」

「多勢に無勢。バカでも分かるだろ? ロクに戦える子がハウくんしかいないじゃないか!」

「ふふん。こっちはたくさんいるんだから!」

 

 

たたみこむスカル団の面々。したっぱからは野次が飛ぶ。

囃す。遊ぶ。楽しむ。嗤う。憐れむ。彼らの姿は多種多様。

 

そんな中、少年はオボロとのバトルを思い返していた。

もしあの時ミヅキがいなかったら。もし自分とこの男だけのシングルバトルだったなら。

きっと自分はなすすべもなく負けていた。そのはずだ。そうに違いない。

 

祖父と同じくらいとまではいかないが、やっぱり男と自分の実力は離れていた。それは今も変わらないのだろうか。

……いや、変わっていたとしても。この人数を相手にするのは不可能だ。

 

 

「ううー。たしかに言えてるー」

 

 

ハウは手に持ったボールを腰に戻した。

中身はシャワーズ。オボロから貰ったみずのいしで進化させたポケモンだった。

 

絶対絶命。四面楚歌。

たじろぐハウ。口を閉ざすリーリエ。笑うスカル団──の横で、プルプル震える子供がひとり。

 

 

「こら! さっきからみんな、アセロラをむしするな! なの!」

 

 

ここで登場、キャプテン・アセロラ。奥の部屋から出てきた彼女は見るまでもなく怒っている。

家主であるにも関わらず、どこまでも蚊帳の外だったのを気にしているらしい。

 

 

「ああ、この間会ったウラウラのキャプテンじゃないか! 久しぶりだね。相変わらず小さいな」

「ほんとスカル団って、女の子に対して失礼なの!」

 

 

プンプン怒る少女をオボロはからかった。メガやす跡地で出くわした時より、面白そうに彼は少女で遊んでいる。

理由はひとつ。自分よりも強い彼女の保護者(島キング殿)がいないから。

 

はあ。

プルメリは再びため息をついた。もちろん、今度はあきれから来るものだ。

気を取り直すと声を低くして彼女は言う。

 

 

「アンタもさ。そのチビッコ達になにかされたくないだろ? いくらキャプテンだからって、どうにかなるなんて思ってないだろうね」

 

 

力ずくでも別にいい。バトルなら時間はかかるだろうが、物理的になら周りのしたっぱ達を使えば一瞬て片がつく。はっきり言ってそっちの方が楽だ。

それでも彼女は言葉で解決したかった。

 

全てはバカで非道になりきれない、愛すべき半グレ共(したっぱ達)のため。

 

 

「諦めな。勇気と無謀は違うんだ」

 

 

それは、優しい姐御としての説得だった。

 

ぐっとアセロラは言葉に詰まる。聡い子供は分かってしまったからだ。

彼女の言葉は全て正しく、それも善意から来るものなのだと。

 

 

カチ。コチ。カチ。コチ。

 

誰も喋らない。たった二人、例の師弟を除いては皆暗い顔をしている。

少年も少女も別室に隠れている子供も──スカル団でさえ、それは変わらない。

 

静まり返った部屋の中。響くのは時計の針の音だけだ。

 

ふいにリーリエが一歩踏み出した。先ほどとは違い、今度は前に。

まっすぐにプルメリを見つめ、少女は口を開く。

 

 

「分かりました。けれども、ひとつ。ほんのひとつだけ、お願いがあります」

「なんだい? 聞いてみようじゃないか」

「もし、あなた達がこのコを連れて行くならば。わたしも一緒についていきたいのです」

 

 

プルメリは思わず息を呑んだ。

目の前にいる金髪の少女は懸命に自分を見つめている。翡翠色の瞳は星のように瞬いていた。

代表と同じ色、同じ形をした瞳。けれどもその『色』は似ても似つかない。

 

圧にのまれたプルメリの横で、オボロは少女をじいっと観察していた。プルメリの姿を映すまん丸の目は、全てを包みこむ太陽のよう。

 

オボロは昔、彼の兄が何気なく言ったことを思い出した。

 

 

──どんな悪事もお天道様が見てるんですって。つまらない迷信だと思わなぁい? ほんっとナンセンスなんだから!

 

 

オボロの兄は悪人だった。

彼のように法律に触れることをするとまではいかなかったが、限りなくそれに近いことをやっていた。お世辞にも善人とは言いがたいオカマだ。

もはや誰にも信じてもらえないだろうが、どこから見ても当時オボロは善人だった。兄がライバル達を潰し、不正を犯すたびに小言を言って諌めるのは彼の役目だった。

 

似ていない兄弟だとよく言われた。

ただしそれは故郷での話。今、もし横にいる彼女──プルメリが兄に会えば、アンタにそっくりだとあきれ果てるだろう。ありありと想像できた。

 

けれど、兄とは違って迷信だと笑い飛ばせる自信はもうなかった。

だからだろうか。プルメリと同じように彼がやすやすと少女の提案に乗ったのも。

 

 

「いいさ。コスモッグさえ取り戻せれば問題ない。アンタは『事の成り行き』で『たまたま』『間違えて』アタイらについてきちまったんだ。だよねぇ、オボロ」

「ハイハイ了解。そういうことだからさ。リーリエちゃん、お手を拝借」

 

 

オボロはリーリエに手を差し出した。スカル団として色々なものを奪ってきた手のひらだ。

 

 

「ボク達が責任持って、ちゃんとキミをお届けするからね。スカル団の名にかけて!」

 

 

リーリエはまじまじと彼の手を見つめた。大きくて細いしなやかな手だ。

その手の持ち主はにっこりと笑っている。プルメリもムスッとしながら暖かく見守っていた。

 

友達を奪おうとする、敵のスカル団なのに!

 

少女は自分を抱きしめた。身体の震えを、止める。

それからおずおずと手を前へ。彼の手の平にそっと重ねようとして──

 

 

「その必要はない!」

 

 

大きな声に遮られた。直後、オボロから引き剥がされたかと思うとぎゅっと抱きしめられる。

自分より少し大きな身体越しに見えたのは男のしかめっ面。それに目を見開く女。ざわつくスカル団の男達。

 

 

「にいさま? にいさまなのですか?」

「間に合ってよかった。リーリエが無事で、本当に……!」

 

 

生き別れの兄妹の感動の再会というわけである。

 

放蕩娘と放蕩息子は二人の世界に入り込み、周りの者は置いてけぼりを喰らっている。

兄の方はその場にいた面々からあまり好かれていなかったのでなおのこと。

 

お騒がせ集団・スカル団の用心棒であり、グズマのお気に入り。近所の奥様からの評判は言うまでもない。

 

スカル団でもそうだ。したっぱ達は兄貴分からなぜか可愛がられる後輩にジェラシーを。オボロはプルメリに馴れ馴れしいとご立腹。

厨二病治りたてのハイティーンが多いスカル団にとっては、彼の言動がこっぱずかしいというのもあったのだろう。

 

好意的に受け止めているのはハウだけだった。

「えー! 兄妹だったのー!?」と驚いた後「よかったねー!」と手を鳴らす。感動ムービーへの反応としては百点満点の回答だが、この場には全くそぐわない。思わずアセロラも苦笑い。

 

乱入者、再び。

しかも今度はばりばりスカル団に関係している人間だ。

 

身内が持ち込んだ予想外の展開。それを誰よりも面白くないと思う男がいた。

もちろん自己中極まりないナルシスト、オボロである。

 

 

「なんでボンボンくんがいるの? 別に呼んでないしキミの仕事じゃないし。ていうか、スカル団の仕事だからね。来るならせめて手伝ってほしいんだけど」

 

 

と紅くなった手を擦っている。どうやらリーリエを引き剥がすついでに手をはたかれたらしい。

地味に痛かったようで、弟子に差し出された軟膏を塗っていた。彼は基本的に打たれ弱かった。

 

つっけんどんに言い放った後、オボロはリーリエの手を掴もうとするも、空振り。

再び彼の手をはたいたグラジオ。鼻を鳴らすと、彼は目元のシワを深く刻んで男とその弟子を睨みつけた。

もう一人の幹部は少年の眼中にはない。

 

 

「コスモッグも、リーリエも渡さない! それがスカル団なら、特にオマエら二人が絡んでいるのなら!」

「熱くならないでよ。うるさいなあ。鼓膜が破れそうだ」

 

 

両手を用い耳を押さえるも彼の声は突き刺さる。耳栓しようかな、とオボロは呟いた。

 

なにせうるさい。ドゴームどころか、バクオングと同じくらいにはうるさかった。

本当に地震が起こったのかと一瞬疑ってしまったくらい三半規管がイカレる音だ。

バクオングは闘う時しか大声を出さないという。きっと彼にとっては今こそが闘う時なのだろう。

 

 

──その相手はボク? 本当にバカバカしいな。

 

 

オボロは鼻で笑った。仮にも味方(スカル団)である自分がなぜ彼に歯向かわれているのか、彼には理解できなかった。

 

 

「あのさあボンボンくん。コレ、グズマくんの命令なんだよ。『コスモッグを探せ。見つけろ。持ってこい』って。分かる? ボスの指示なの!」

 

 

ざわつくしたっぱ達を手で制すと、彼はグラジオを糾弾する。苛立ちを隠そうともせず声を荒げて。

得意の舌でまくし立てながら、オボロはふと疑問に思った。

 

 

そういえば不本意ながら前おごってやったのに、なんでこんなことを言われなければならないのだろうか。

 

 

カネの恨みは怖い。

彼は段々イラつきが増していった。元々腹が立っていたが余計にムカッ腹が立った。

その対象はグズマからグラジオへ。完全に八つ当たりである。

 

 

「雇い主の意向に従わない用心棒って、てんでダメじゃないか。契約違反も甚だしいよ。いくら身内のことだからってさあ」

「フッ。確かにグズマの命令ならば、オレも従っていたかもしれないさ」

 

 

そう言ってグラジオは言葉を区切ると、物憂げに瞼を伏せた。それから首をゆっくり振ると師弟二人をより激しく睨む。

拒絶。拒絶。拒絶。

得体のしれない敵でも見つめるように。

 

 

「だが、これはオマエ達の陰謀だろう? オマエ達の魂胆は分かっている。このオレには全て、な」

「インボウってー? それ、さっきあった時言ってたことと関係あるのー?」

「ああ」

 

 

きゃっきゃと話す少年についていけない大人達。

不思議そうにするオボロに向かって真っ先に疑問を投げたのはプルメリだ。

 

 

「……アンタさ。またなにか企んでたのかい?」

「えっ全然。ボクにはなんのことかサッパリ分からないし、心当たりもひとつもないよ」

「あっちはそう思ってないみたいだけどね」

 

 

こういうところで日頃の行いが効いてくるのだろう。

普段つるんでいる兄貴分より、少年の言葉の方が信用度は高い。スカル団の総意だった。

 

けれどオボロは不思議そうに首をひねり続けるばかり。

 

 

「うーん。けど、プルメリちゃんだって知ってるだろ? ボクがグズマくんを操れる訳ないじゃないか。じゃなかったら歯なんて折ってないし」

「とぼけても無駄だ。オレはオマエらが手を引いているという証拠を握っているんだ。それも決定的なのを!」

 

 

少年は叫ぶ。大きな声で弾劾する。

それでもこのナルシストには心当たりが欠片もなかった。なぜグラジオがこんなにも自信満々なのかも謎で謎でしょうがなかった。いい迷惑だ。

 

オボロは横にいる弟子を見た。

自分と同じようにアレコレ言われている小さな少女。にもかかわらず、やけにすました顔して佇んでいる。

怪しい。はっきり言って、怪しすぎる。

 

 

「……リジー、なにかやった?」

「まさか。あたしはお師匠さまじゃないもの」

 

 

弟子のつれない回答に顔を引きつらすオボロ。この弟子は師匠をなんだと思っているのだろうか、とほおをピクピク動かしている。

そんな彼らの様子も気にせずにグラジオはとうとうと語り出した。必然的に場のスポットライトは彼に当たる。

 

 

「オレはオマエ達に会った時、疑問に思ったんだ。なぜこの男はスカル団にいるのかと。なぜこの子供は弟子をやっているのかと」

「ああ。キミが無銭飲食したあの時ね。ボクが代わりに払ってあげたんだけど」

「その一点だけはオマエに感謝していなくもない」

 

 

このままなあなあにさせるかとオボロ。

「後で返してね百九十八円」と彼は両手を突き出すも、グラジオは金色の頭を二度振ると何事もなかったかのように「話を元に戻すが」と口を開く。誰からも相手にされない両の手が虚しく宙に浮いている。

 

触らぬ神に祟りなし。

金欠で苦しんでいるのは家出少年も同じだった。

 

 

「オレはヌルと共に調べた。オマエ達が何者なのかを徹底的に、な」

「へぇ。そりゃあ無駄な努力、ご苦労様って感じだね」

「フン。オマエには分かっていたんだろう。オレの試みが水泡に帰すことを!」

「なるほどー。それがさっき言ってたことにつながるのかー」

 

 

ポンとハウは手を叩いた。

なるほどなるほどと頷く彼に「にいさまが言っていたこと、ですか?」とリーリエ。少女は未だ合点がいかないらしい。

そんな可愛い妹のために「ああ。さっき道で会ったハウ達には言ったがな。アイツらは致命的に信用できない人間なんだ」とグラジオは続けた。

 

 

「スカル団幹部のオボロ、ホウエン出身の元コーディネーター。その弟子のリジー、マリエシティ出身の子供……」

 

 

自分自身でも内容を確かめるように少年は言葉を紡いでいく。

目の前の二人のプロフィール。それはどこにも怪しいところはない。ごくごく普通のありふれたものだ。

ただし、それは正しいものであればの話。

 

 

「アイツらはな。このアローラに存在しない人間。それどころか、世界中どこを探したっているはずがないのさ」

「それって、どういうことですか?」

「戸籍がないんだ」

「なんだって?」

 

 

プルメリは耳を疑った。だがそれと同時に納得もした。

てきとうなことばかり言って自分のことをはぐらかす。誰にでも気を許しているようで、自分の殻にこもったまま。

彼は分かりやすいようで、その実謎に塗れていたからだ。

 

オボロをちらりと見ると、彼は涼しい顔をして突っ立っている。それがなんだい? とでも言いだしそう顔だ。

彼女の仲間は身をもってグラジオの言葉を証明していた。

 

彼の様子にグラジオは鼻を鳴らす。焦りもしない彼にひとつ、とても面白くなさそうに。

けれど確信は持てたらしい。グラジオは調子付くと人差し指を真正面に突き立てた!

 

 

「あの歪んだ師弟関係はカモフラージュ。アイツらはスカル団にまんまと潜り込んだエーテル財団のスパイなんだ。オレとヌルを監視するための! そして、リーリエを連れ戻すための!」

「えっ。リジーそうなのかい?」

「お師匠さま、そうだったの!?」

 

 

びっくり仰天。

目を見開き叫ぶ師弟二人。彼らの瞳はまん丸だ。

お互いを見てぱちぱち瞬きをする二人はひょっとこのように滑稽である。誰が見てもどう見ても、彼らは予想外のことに面食らっていた。

 

 

「って、なんでオマエらが驚いているんだ!」

「そりゃおどろくわよ! そんなこといきなり言われたら!」

「本人が驚くのはおかしいだろう!」

「しょうがないじゃない! そんなこと言われたって、あたしは本当に知らないんだもの」

 

 

ぎゃあぎゃあ騒ぐ子供らを見て冷静になったのだろう。

オボロの脳裏によぎるのはマセガキ二人と彼らのボスだ。「やれやれ。ボクの周りには妄想たくましい子が多いみたいだ」と彼はため息をついた。

 

 

「だいたい監視してもボクにメリットがないよ。キミもタイプ : ヌルも、悪いけどボクより全然弱いじゃないか」

「それはヌルがタイプ : ヌルだからだろう」

 

 

「えー、ぜんぜんわかんないけどー。どういうことー?」とハウは首をひねる。周りの者もみな同じ。

少年の言葉を理解できるのは彼の妹、それと敵の弟子の二人だけだった。

 

 

「ヌルはウルトラビーストの天敵として──ビーストキラーとして造られた。エーテル財団の科学力を結集してな」

 

 

オボロは感嘆の息を漏らした。ビーストキラーねぇ、と呟く彼の瞳は今日一番に輝いている。

彼は紙切れを取り出すと、がむしゃらに手を動かし始めた。どうやらメモを取っているらしい。

 

彼の頭にはウルトラビーストのことしかなかった。

 

いつもいつでも手こずってきたポケモン達。それの天敵として作られたポケモン。

べらぼうな再生力を誇る白いのも、べらぼうに恐ろしい赤いのも、楽に倒せるのだとしたら。

上手くいけば自分の手持ちを傷つけずに済むのではないだろうか。

 

彼は思った。こいつは使える。

 

 

「ねえグラジオー。なんかさー、あの二人グラジオの予想からはずれてそうだよー」

 

 

グラジオの話に首ったけ!

書くのに必死なオボロを見てハウは言う。もしビーストキラーのことを知っていたのなら出てはこないだろう反応だ。

 

「当たり前じゃない!」とリジー。

ぺたんこな胸を張るといきり立ち、少女は声を張り上げた。

 

 

「あたしはショウシンショウメイ、生まれも育ちもマリエシティよ。コセキがないとかなんとか。そんなのデータの方がまちがってるんだわ!」

 

 

ムッとする少女に対しスカル団に同情の嵐が吹き荒れた。未届けなのかなんなのかは分からないが、戸籍もないなんて相当だ。

したっぱ達はすっかり凍りつき半笑い。プルメリはしみじみとした瞳で少女を見つめている。

事情を知らない子供達ははてなマークを浮かべていたが、知らぬが仏というやつだろう。

 

こんな辛気臭い空気はいやだとばかりにオボロはひとつ、咳払い。それから一呼吸置くと「一応言っておくけど。ボクも正真正銘、カイナシティ出身のコーディネーターだよ」と弟子の言葉に便乗した。

 

 

「まあこのリボンを見れば分かると思うけどさ。複製できる類のものじゃないからね」

「………………」

「そもそも。スカル団のボク達とエーテル財団が繋がってる訳ないじゃないか」

 

 

もっともらしく言う男。ズボンにはキラリと五つのリボンが光っている。

そのリボンの作りは精巧で、とてもじゃないが量産できるものではない。簡素ではあるが、よくよく見れば細かい細工がなされている。

いくら手先が器用でも、個人で作るのは不可能なほどに。

 

上手な嘘のつき方は本当のことを織り交ぜることにあるという。仲間達をも騙してきた彼の本領発揮というわけだ。

 

 

「自信満々だったのにね。ボンボンくんの調査ミスかな? 恥ずかしいね!」

 

 

彼は思いきりグラジオを笑った。

カネの恨みもあってか、あまり好きではないこの少年。彼を上手くやりこめたことでオボロは胸のドロドロが消えていく感触がした。

 

 

──さあ愛する妹の前で恥をかきなよ! もっともっと、もっと!

 

 

この男、大変大人気ない。大人気なさすぎる。故郷でも成人してるか(十歳児なのか)怪しまれる思考回路である。

だがしかし。悲しいことに、彼はアラサーだった。

 

そんな残念極りないオボロに「……フッ。そういう時もあるさ」とグラジオは顔を赤くする。それを見て調子付くオボロ。

 

形勢逆転。

彼は調子付いた。満面の笑みを浮かべてグラジオを責め立てる。それはもう、したっぱ達がドン引きするほどに。

けれどもすぐ、ピシャリと冷や水を浴びせかけられた。

 

 

「いえ。にいさまは間違っていません」

 

 

スカル団の面々は一斉に少女の方を向いた。子供達もだ。

オボロの笑いも止まる。少女は息を吸って、吐いて、続ける。

 

 

「オボロさんは言いました。正当な持ち主にコスモッグを返してもらう、と。それは、ほしぐもちゃんが今までどこにいたのか知らなければ出ない言葉のはずなのです」

 

 

それから少女はオボロの瞳をじっと見て、はっきりと言いきった。

 

 

「オボロさんは母さまと繋がっています。もしかしたら、スカル団自体が母さまと繋がっているのかもしれませんが」

「まいったね。大当たりだよ。オボロ、どうするんだい?」

「どうするもこうするも、ボク達がやることは変わらない。リーリエちゃんをエーテルパラダイスに送り届けるだけだよ。そうだろ?」

 

 

そう、やることはなにひとつとして変わらない。

プルメリが彼をやたらと見つめても、乱入者が増えても、身内がいくらわめいても、彼の秘密が暴かれても。

 

賽は投げられたのだ。回り出した歯車はもう止まらない。

 

 

「ひとり増えたところで戦えるのは三人だけだ。小さな子をかばいながらだから、実質二人。マグマッグに水だね」

「……はい。分かっています」

 

 

とん。

リーリエは兄の手を突き放すと、ゆっくり前へ。オボロの方へ歩み寄った。

その姿に迷いはない。身体の震えも揺れる目の動きも、とっくのとうに収まっていた。

 

 

「リーリエ!」

「にいさま、いいのです。わたしは母さまから逃げ続けていました。母さまと向き合わず、家出して。けど、もう一度話し合えば分かってもらえる。そんな気がするのです」

 

 

少女は笑った。兄を安心させるように。そして自分を元気づけるように。

胸いっぱいに息を吸うと、少女はぐっと拳を握りしめた。

 

 

「ミヅキさんやハウさんはゼンリョクで頑張ってる。今度はわたしの番です!」

 

 

オボロは少女に感心した。ルザミーネ女史と話したところで分かってもらえないと思うよ、と野暮なことを言う気もなくなるくらいに彼は感動していた。

『毒親』と世間からは呼ばれる類の母親(ルザミーネ)。それと向き合う少女の姿は太陽のように眩しく、美しい。

 

だからこそ彼は少年にいっそう嫌悪感を抱いた。

グラジオは未だなお、リーリエを守ろうとスカル団に歯向かっている。それは少女の懸命な姿を台無しにしかねないものだ。

それだけは許せない。そう思った。

 

 

「あのね、ボンボンくん。キミが噛みつくことで彼女の勇気は無駄になるんだ」

「それがなんだ、なんだっていうんだ!」

「ボクらとバトルをしてなんになるのさ。マルチバトルなら? トリプルバトルならなんとかなるかもって?」

 

 

彼は取り繕いもせず嫌悪をむき出しにしている。

自分より小さな少年を見下ろして彼は嗤った。

 

 

「スカル団の幹部を甘く見ないでもらいたいなあ。ボクもプルメリちゃんも、そこの二人より強いよ」

 

 

オボロはハウとアセロラを交互に指差して言った。

彼らはぐっと言葉を飲み込んでいる。男が言うことは嘘ではなく、誰の目にも明らかなまぎれもない事実だったからだ。

 

 

「さらに言えば、ボクはキミがコテンパンに負かされたミヅキにもこの間勝ったし。結果は分かりきってる」

 

 

効果てきめん。反抗的な顔はほんの少しなりを潜めた。本人は認めたがらないだろうが、少年は間違いなく萎縮していた。

 

まあギリギリだったけどね、とオボロは心の中で舌を出す。

けれど事実は事実だ。勝者(グズマ)が否定しようがこれも変わらない。

 

 

「キミがすべきなのは、勝ち目がないボク達に挑んで無様に負けることでもない。醜くすがることでもない」

 

 

オボロはほくそ笑みながら彼へ口撃を浴びせ続ける。

 

 

「キミが本当にすべきなのは、エーテルパラダイスに行ってルザミーネ女史と向き合うことだとボクは思うけどね」

 

 

それは、それだけは、とグラジオはあえいだ。

ぱくぱくと口を動かす少年に「できないんならすっこんでなよ」と オボロは“ぜったいれいど” の視線を注ぐ。

 

みっともない姿をさらし続ける少年の気持ちが彼は全く分からなかった。

理解する気もなかったし、理解したくもなかった。

 

 

「ああ、リーリエちゃん心配しないで。船の用意はできてるんだ。したっぱ達が手配してる」

 

 

オボロは少女の手を繋ぐと、横の仲間に目配せした。彼女は少し眉を下げると彼に従う。周りの者も彼の後についていく。

 

白くて不気味なエーテルハウス。

そこを後にして、これから向かうのはもっと白くて不気味な場所だ。

 

外へ出ようとドアノブに手をかけたちょうどその時。

どよめきが起きた。全て後ろのしたっぱ達の声だ。

 

うわ。やめろ。よせ。誰か止めろ。

そんな声の集合体が同時に押し寄せる。どれも焦りを含んでいる。どれも新しい門出にはふさわしくない。

 

オボロは振り向いた。すると目の端にちらりと黒いものが見えた。焦点を合わせると金色にも見える。肌色の何かが間近に迫っている。

 

またか、と彼は思った。本日二度目となれば察しがよくなるのも当然である。

 

とはいえ彼は殴られるのは好きではなかった。一度目は親友だからまだ許せたのであって (それでも怒りに燃えていたが) マセガキ小僧に殴られる気にはとてもならなかった。

ただ不幸なことに、他のスカル団と同じく彼はケンカにめっぽう弱かった。なにかと逃げ続けていたツケだった。

 

南無三。ギュッと目を閉じてオボロは衝撃を待った。

 

……。

…………。

………………。

なにも起こらない。おそるおそる目を開けると、ふらふら踊るグラジオの姿。ブツブツなにかを唱える彼の姿は少し怖くて、滑稽で、笑えるものだ。

 

 

「にいさま!」

「こんらんにしただけよ。じきにとけるわ」

 

 

リジーはモンスターボールをくるくる回した。少女の横にいるのはオドリドリ。なんでグラジオがこうなったのか説明するまでもない。誰が見ても明らかだ。

 

あのねリジー、と形だけでもオボロは弟子をたしなめようとした。が、やめた。

ふらふら踊るグラジオの姿は愉快だったし、キザったらしい彼の貴重な姿は写真にでもおさめてやりたいとさえ彼は思った。

 

それになにより自分を殴ろうとしてきた相手である。

あのまま殴られていたら、また歯に直撃していただろう。もしかしたら前歯がなくなっていたかもしれない。

見た目に一番影響を与える愛しい前歯が!

 

彼は再びグラジオへの苛立ちを感じていた。マグカルゴの体に沸き立つマグマのようにボコボコと煮えくり返っていた。

それと同時に彼は清々しさをも感じていた。にっくきグラジオの滑稽な様に存分に鬱憤が晴れたのだ。

 

彼は心の中で弟子を褒め称えた。脳内でくす玉を割りクラッカーを鳴らす。どこからかファンファーレが聞こえてくるような気もする。

まさしくオボロは爽快感という文字が人の形をしていた。

 

 

「いやあ、愉快愉快! さあ、ボンボンくんなんか放っといて早く行こう。キミのお母さんのいる──エーテルパラダイスへ!」

 

 

男の高笑いが響き渡る。釣られて弟子も思い切り笑った。周りの仲間達の顔が引きつっているにもかかわらず。

 

あふれんばかりの笑みを浮かべる師弟はどこまでも悪役にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 




今では陰険ツンデレオカマと名高い愛され悪役キャラの彼ですが、実は他称・コーディネーター界最強のクールビューティーだったりする (詳しくはAGのコンテスト回を観よう!)。
彼とオボロは見た目はそっくり、中身は真逆の兄弟でした。
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