【スカルな野郎はナルシスト!】   作:めいでん

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〜前回のあらすじ〜
▼ オボロは やつあたりを した !
▼ エーテルパラダイスへ むかうようだ !


第十七話【がんばリーリエ】

海は闇に染まり、ザブザブと音を立てている。みな甲板に出て、広い海をじっと眺めていた。

二つにまとめた髪をたなびかせて薄笑いを浮かべる男。その肩にしがみつく子供。ぎゅっと服を握りしめる少女。舵を切るしたっぱ達。

 

そんな彼らをプルメリは黙って見つめていた。

船内でひとり休む気にはとてもじゃないがなれなかったからだ。

 

彼女は長年付き合ってきた仲間に視線を絞った。

 

髪が口に入ったのか、うっとおしそうにする男。

弟子に髪をのけさせる。また顔にへばりつく。のけさせる。また髪がつく。

ほおを撫でるどころではない潮風は時に起こりうるものである。

 

堂々めぐりのやりとりに苛立ったのか、彼はくるりと海に背を向けた。

彼が海を見ていたのはエーテルパラダイスを見るためでも外の景色が綺麗なためでもけっしてない。

美しい自分は海に映えるし、その方が様になるだろうという安直な理由からだった。こんな時でもナルシスト魂は健在である。

 

男は自分を観察している彼女に気がついたようだった。一瞬目を丸くすると、にこやかに手を振る。

 

そんな彼から目をそらしながら、彼女は口を開いた。

ずっと不思議に思っていたことを尋ねることに決めたのだ。

 

 

「オボロ」

「なんだい? プルメリちゃん」

「グラジオが言ってた、アンタの戸籍がないってやつ。あれは本当なのかい?」

 

 

おそるおそる場に出された彼女の言葉。心配そうにする同僚に、そんな大したことじゃないのになあとオボロは唇を尖らせる。

「なんて説明すればいいのか分かんないけどさ」と前置き。それから少し考えこむと、

 

 

「うーん、それね。多分だけどね。ボンボンくんは嘘ついてないよ」

 

 

と軽い口調で彼は返した。

とはいえごまかしているわけではないらしい。説明に困っているだけのようにも見える。

 

もちろんただ面倒くさがっていただけというのが正解である。

仲間の心配より自分の都合。自己中界における不変の真理だ。

 

意味が分からないとでも言いたげなプルメリに「けどね!」とオボロ。

 

 

「ボクも嘘なんかついてない。ボクの名前はオボロ。カイナシティ出身のスカル団幹部で元コーディネーターだ」

 

 

彼はにっこり笑って宣言する。

追求される前に仲間をてきとうに丸めこもう。そういう算段だ。

 

 

「誰がなんと言おうが、たとえこの地がボクを否定したとしても、ボクはボク! 戸籍も本当はちゃんとあるし、ないなんてのが間違いなのさ」

 

 

大げさに胸を張るオボロ。

さすがは舌先三寸で生きている男。彼の言葉は相変わらず矛盾にあふれている。

 

けれども自信にまみれた彼の姿は嘘を言っているようには見えなかった。

ただし真実そのままを喋っているわけでもないというのも分かる。いかんせん彼はうさんくさすぎるのだ。

 

 

「とりあえず、グラジオの言葉が正しいってことは理解したよ」

「お師匠さまってトンチがすきよね。なにをいいたいのかはよく分からないけど」

「簡単にいうと、ここの政府はポンコツだねってことさ」

 

 

ため息をつく女性陣にオボロはやれやれと首を振った。

使い回されたありふれたポーズ。だが世の誠実な青少年と違うのは、彼がすると無性に腹がたつ動作だということだ。

現に温厚極まりないプルメリでも少しムカついたし、弟子のリジーも白い目で彼を見ている。

 

まるでオオカミ少年のごとく。日頃の行いがいかに大切かを学ぶ場面だ。

少なくとも彼はしたっぱ達のいい手本にはなっていた。反面教師として。

 

「アンタってホントにさあ」とプルメリ。

どこまでも揺らがない男を半眼で見つめると「まあ、一理はあるか。スカル団に好き勝手させてるくらいだからねぇ」と眉根を寄せた。ナルシストのナルシストさゆえに彼女はポッキリと折れたのだ。

 

追求を諦めたプルメリにこれ幸いとナルシスト。

面倒ごとのタネが減ったとにんまり。調子づいた彼の中では紙吹雪が舞い散り太陽がさんさんと昇っている。

 

 

「分かってもらえたかな? じゃあせっかくだから、プルメリちゃんもご一緒に! 『ボクの名前はオボロ。カイナシティ出身の』」

「遠慮しておくよ」

 

 

舌戦で本日二連勝を果たした彼はいい感じ。先ほどまでやな感じだったとは思えないほど上機嫌だ。

それこそ、歯を折ってくれたグズマのことも少しは許してやってもいいかなと思うくらいには。

 

時を同じくして、高笑いをするオボロとは対照的に深く底なしに落ちこむ少女がいた。リーリエだ。

 

小さな弟子に “バトンタッチ”。

プルメリは仲間の相手を放棄すると、少女に声をかけることに決めた。

 

なにせ少女は母親そっくりの金色の髪を光らせて、母親そっくりの翡翠色の瞳を潤ませている。

少女の側には黒いケージ。したっぱ達に組み立てさせたものだ。そこから時折ぴゅいと笛のような音が聞こえてくる。

切なそうに、友達(リーリエ)を慰めるように。

 

少女はもうすぐ友達(コスモッグ)を奪われる。

 

プルメリはそっと腰のボールを撫でた。中にいるのはゴルバット。彼女の相棒だ。

なつき進化こそしていないものの、彼女にとっては大切な二匹といないパートナーだ。愛情を持って育ててきたポケモンだ。なくてはならない存在だ。

 

プルメリは自分の手持ちを心の底から愛していた。

だからこそ、彼女はこの歳若い少女が不憫で不憫でならなかった。

 

 

「アンタが緊張するのも無理はない。けど、今からそんなんじゃあ身がもたないよ」

 

 

そう言ってプルメリは少女の手を握った。

白くて冷たい小さな手。どこもかしこも自分とは違う。

 

 

「代表を──アンタのお母さんを説得するんだろ?」

 

 

プルメリは雪のような手を包みこんだ。

じわじわと熱が伝染していく。雪を溶かすように冷たさが解けていく。

少女の瞳には女の姿がじっと映し出されていた。その目はまるく、そして澄んでいる。

 

こくり。

黙って頷いた少女に微笑むと、彼女はポケットから小瓶を二つ出した。

ひとつは焦げついていて不恰好な、もうひとつは白くて綺麗な立方体のものが入ったもの。例の師弟が作ったポロックだ。

 

 

「これでも食べな。なにか飲み物出してあげるからさ。エネココアとロズレイティーとグランブルマウンテン、どれがいい?」

「では、プルメリさんのお言葉に甘えて。ロズレイティーをお願いしますね」

「アンタ達にもついでに注いであげるよ。どうする?」

「あたしはエネココア!」

「ボクはグランブルマウンテンかな。プルメリちゃんとお揃いのね」

 

 

優雅なひととき。船上のティータイムが幕を開けた。

 

家庭力という文字が人の形をしているプルメリが淹れる飲み物は安物にもかかわらず美味しい。スカル団の常識だ。

舌鼓……ならぬのど鼓を打ちながら、彼らはポロックを口に放りこんだ。

 

黒いポロックは大人衆が。白いポロックは子供達が食べる。

別にリジーが作ったポロックも不味いというわけではなかったが、美味いというわけでもなかったので幹部二人はポイポイ口に入れると噛み砕く。

 

それは少女への配慮──と見せかけて、ナルシストにとっては承認欲求を満たすための行動だった。

自作のポロックを食べさせて美味しいと褒めてもらう。それも芯の強い美少女に。

 

プルメリ(もうひとりのお気に入り)の関心が少女に向けられている今、彼はターゲットを少女にロックオン。

あわよくば、少女に褒められることでプルメリからも賞賛を得ようと考えていた。彼はどこまでも欲に忠実だった。

 

 

「どう? リーリエちゃん、美味しい?」

「はい。とても美味しいです! これ、少しカンタイシティで食べたミアレガレットと似た味がする気がします」

「そうだろうね。これはあのミアレガレットと同じ砂糖醤油味だから」

 

 

何度も言うが彼はリーリエをよく思っていた。プルメリがグランブルマウンテンだとすれば、その中に入れる砂糖くらいには気に入っていた。

 

プルメリは彼の中では特別枠だったので (なにせ自分との間に(アローラ)があると信じているくらいである) これは破格の扱いだった。

ただし、そんな待遇をナルシストにされて嬉しい者がいるのかは永遠のナゾである。

 

「自慢ってわけじゃないんだけどさ」とオボロは言った。そのほおは赤らんでいて、誇らしそうに鼻を鳴らしている。

言動の不一致。彼はどう見ても自慢げだった。

 

 

「それ、ボクが作ったんだよ! 故郷の味に近づけたんだ」

「故郷の、ですか」

 

 

浮かぬ顔をするリーリエに「そうさ!」とオボロはにっこり笑った。

 

 

「ボクの故郷は海の外、アローラに負けじ劣らず暖かいホウエンさ!」

「それは何度もお聞きしたのですが……」

「もしかしたら、キミ達が知るホウエンと少しばかり違うのかもしれないね」

 

 

面倒なこの男には譲れないものがいくつもある。彼なりの美学もそうだし、彼の外見もそうだ。独特のファッションも。

その中でとりわけ彼が譲れないもの。それはメガ進化があるホウエンとも、ないホウエンとも違う彼の故郷。

 

リーリエはオボロをまじまじと見つめた。

 

戸籍がない男。けれども確かにホウエンから来たはずの男。

 

ぴゅい、と側のケージが揺れた。黒いそれは青い光を放っている。椅子の下を静かに照らしている。

闇夜に浮かぶ青は幻想的だった。それも天地がひっくり返っても、いないはずのポケモンや人間が現れても、おかしくないと思うくらいには。

 

 

「まさか、オボロさん。あなたは」

 

 

違う空間から来たのですか。

リーリエはそう続けようとしたが叶わなかった。慌てたナルシストが少女の口にポロックを小瓶ごと突っ込んだからだ。

 

スカル団からは非難轟々。

いたいけな女の子になにするんですかとしたっぱ達もがブーイング。

 

それでも周りの目を気にしないのがオボロがオボロ足る所以だ。

「そんなことはどうでもいい。キミはルザミーネ女史とのことに集中するといいよ」とほんの小さな声で言うと、少女の口から小瓶を出した。いつもの青いハンカチで拭きながら「今の話、あいつらにはナイショにしてね」と耳打ちひとつ。

 

兄貴分への野次が宙を舞う。飛び交うそれにオボロは肩をすくめると、人差し指をそっと口に当てた。

しぃ。静かに。

と黙って口を動かす彼は面白そうに笑っている。

 

 

「ほら。みんな見てごらん? そうこうしてるうちに目的地まで到着だ!」

 

 

見上げるとチカチカと人工的な光が夜を照らしている。

ぼんやり浮かび上がる島はアローラに不釣り合いなほど白くて白くて真っ白で、奇妙で不気味なものだった。

 

 

 

 

第十七話【がんばリーリエ】

 

 

 

 

エーテル財団でもスカル団でも一部の者しか知らない秘密の入り口。そこに船をそっと着けるルーチンワーク。

 

見張りの目に留まらないようゆっくり旋回。モーターの音を立てないようにしたっぱ達が動かすのだ。

口元につけたバンダナをはためかせて、必死に舵をきる。

 

オボロはぴょんと船から飛び降りた。それも先陣をきって。後始末という名の雑務をこなしたくはなかったからだ。

 

彼の視線の先にはひとり、ぽつんと人が立っている。

黒髪で大人しそうな、そんな外見にふさわしくないほど主張が激しい胸を持った女性。エーテル財団幹部のビッケだ。彼らを出迎えようと寂しい白い空間でひとり、待っていたらしい。

 

プルメリや弟子が働く中、彼は右手を軽く上げると「やあ! いつも悪いね」と声をかけた。

だがその顔は悪いことをしたとは全く考えていないように見える。彼はどこまでも誠意というものから縁遠い人間だった。

 

 

「代表はいるかな? 約束どおりコスモッグを連れてきたって伝えておいてよ。ボク達スカル団がさあ!」

 

 

船から降り白の地を続々と踏みあらすスカル団。

ヨワシの群れのような彼らだが見栄えだけはする。

おそろいのタンクトップを身に纏った、一見屈強そうに見える男達。

実際は箱入り育ちの十四歳に負けるほど喧嘩にめっぽう弱かったが、そうは知らないビッケが冷や汗をかくのも無理はない。なにせ全身まっ黒の大群だ。

 

黒。黒。黒。黒。黒。黒。白。黒。黒。

 

 

「あのう、そこにいらっしゃるのは」

「アタイ達の連れだ。文句あるかい?」

 

 

リーリエを見て驚くビッケ。彼女の言葉をプルメリは素っ気なく切り捨てた。

ビッケは少女になにか言おうとした。けれど少女は彼女に微笑みかけている。なにも言えなかった。

 

 

どうやらこの悪党達は少女を無理やり連れきたというわけではないらしい。

なら、きっとそれで十分なはずだ。少女の意思に任せよう。だってエーテル財団どうのではなく、これは親子の問題なのだから。

 

そう自分に言い聞かせると、ビッケはオボロの方を見た。目の前にいる軽薄そうな男はいつもの薄笑いを浮かべている。

 

 

「……分かりました。どうぞ一階へとおあがりください」

 

 

エレベーターに乗り込む一同。大人数では案外狭く、寿司詰めパックよりすし詰めだ。

無機質な三角形はこれまた無機質な音を立て、上へ上へと昇っていく。

 

取引先の建物。それも、お偉いさんに会いにいく真っ最中。

そんなときに遠足気分で騒ぐ大人は世界広しといえどもそういない。

とはいえ何事も例外はある。もちろんバカの集まりことスカル団の面々だ。

 

 

「一階かあ! ボクは一度も行ったことないや」

「アタイもないね。あそこに行くのはグズマに任せきりだったから」

 

 

少しばかりウキウキする大人達に「一階の外にはわたし達のお家があるのです」とリーリエ。

それを聞いて「ああ、そういうことか。なるほどね」とポンっとオボロは手を打った。

なぜわざわざ一階に連れて行かれるのか、ようやく合点がいったらしい。

 

 

「アンタ、もしかしてそんなことも知らなかったのかい?」

「もちろん! だってルザミーネ女史に興味なかったし」

 

 

「彼女に興味あるのはグズマくんくらいだよ」とオボロ。

アローラ屈指の変人奇人として名を馳せているオボロだが、『女子の好みは同年代。胸があればなお良し』とわりかし一般的なものだった。

たとえどんなナルシストといえども、二十代の男性としてはこんなものなのかもしれない。

 

 

「けどあたし、代表さんのおうち見てみたいわ。あんなにきらびやかな人だもの。きっとごうかなシャンデリアがあるのよ!」

「シャンデリアだけで済めばいいけどね。白いエンテイとか、白いカエンジシのデカイ像とかがババーンと飾られてるんじゃないかな」

「そんなホテルじゃないんだからさ。だって三人か四人かの家族だろ? 一軒家だとしても豪華すぎやしないかい」

 

 

チン。

雑談している間に一階へ到着。人払いを済ませたのか、誰ひとりいない。職員もだ。

 

道が分かるリーリエを先頭に。大人達は後ろでゾロゾロと。エントランスをまっすぐ突き進むと現れたのは外への道だ。

 

意気揚々と進み出た彼らは次の瞬間、ぽかんと口を大きく開けた。彼らの瞳に映ったものがキャパをいとも簡単に超えてきたからだ。

 

それは白い白いエーテルパラダイスよりももっと白くて、アローラに建てられた家よりもっと大きな『家』だった。

二階にはバルコニーがあり、物語にでも出てきそうな幻想的な雰囲気さえ匂わせている。

とてもじゃないが小家族が住むような家では決してない。マンションと言われたら納得できる。そういうレベルだ。

 

いや、そもそも代表一家を普通のアローラ人と一緒にするのが間違いなのかもしれないとプルメリは思った。

彼らはエーテル財団の代表だし、並行してスカル団のスポンサーもやれるくらいの金持ちだ。

オマケに彼らは多分カロスの人間。自分達と文化が違うのは当然だろう。きっと。

 

プルメリが平静を取り戻しつつある時、横にいたリジーは相変わらず口をあんぐり開けていた。初めて見る大豪邸の衝撃が抜けないらしい。

 

対して師匠。普段通りの顔には戻っていたが、先ほどから冷や汗をかきっぱなしだ。

涼しい顔をしていても残念ながらごまかしが効かない。裸族の大きなデメリットである。

 

 

「あたしの予想より、ずっと大きくてあごが外れそうだわ」

「ボクらが住んでるいかがわしき屋敷より広そうだね。ここって何人住んでるのかな」

「おそらく今は母さまだけです」

「さ、さびしいわね」

 

 

たわいもない話をしながら歩くと、そこはもう代表一家の玄関だ。

職場から徒歩一分。なかなかいいところにお住まいである。

 

「アタイ達はこの先入れない。アンタひとりで入るんだよ」

 

プルメリは歩みを止めると金髪の少女の肩を叩いた。

といってもワルなヤングによる恫喝の類ではない。少女の肩を持つといった方が正しいかもしれない。

 

 

「屋敷の中に入れるのは我らがボスの特権だからね」

 

 

ようするに、そっけなく見える姐御なりのはげましだ。

 

 

「ボクも応援してるよ。なにか困ったら屋敷の外に出てくるといい。グズマくんの手前、おおっぴらには手を貸せないけどさ。足しにはなるんじゃないかな」

「頑張りな。代表もきっと分かってくれるって、信じてるよ」

 

 

リーリエはケージを片手に駆け出すと、扉のほんの数センチ前でストップ。それからくるりと振り向くとギュッと拳を握りしめた。

花のように笑う姿。それこそが彼らに対する少女の答えだった。

ゼンリョクで挑むと、感謝していると。

 

この時リーリエはZ技のポーズをしなかった。それはZ技を憎む彼らへの最大限の敬意の表れだった。

 

建物の中へ消えていく少女を見守るスカル団。彼らはみな、がんばリーリエな少女の姿に胸を打たれていた。

弟子は自前のハンカチで鼻をかんでいるし、したっぱ達のバンダナはすっかりシミができている。

 

スカしたギャングも元はただの悪ガキ。しょせん親とケンカしてグレた者が多いハイティーンの集まりだ。

自分と違って親と向き合おうとする少女に思うところがあったのだろう。敵役のはずなのに感情移入しまくりである。

 

しんみリーリエな雰囲気の最中、少し離れたところからチンとエレベーターの音。

建物の中の音が聞こえるくらい静かな場所、それでこそエーテルパラダイスである。

 

コツコツと響く靴音。誰かがこちらへ近づいてくる。

おそらく、ひとりで。

 

エーテル財団の一般職員だったらマズイとしたっぱ達は慌てたが、建物から出てきたシルエットはとても見覚えのあるものだった。

大柄で猫背。清潔感とは程遠いがに股。柔らかそうな髪。ダボダボのズボンを着こなすあの姿。

 

 

「あれ、もしかしてグズマじゃないかい?」

「確かにグズマくんに見えるような見えないような」

「ふぅん。グズマさん、ここに来るの早いわね」

「てことは、もしかしてミヅキに負けちゃったのかな。グズマくん」

「あのバカが早々負けるかい? それに前勝ったって話じゃないか?」

「ううん。勝ったって言っても、試合に勝って勝負に負けたって感じだったし」

「けどグズマさん笑ってるわよ。ニヤニヤしてるわ」

「あ、ホントだ。じゃあ勝ったのかな」

「きっとありゃ、嬉しくて嬉しくてたまらないのさ」

「なるほど! さすがは脳筋。グズマくんってなんて分かりやすいんだろ!」

「全くグズマってばホント、バカ! だよねぇ」

 

 

盛り上がる幹部達。悪口もどきを言いつつも、我らがボスの勝利は自分のことのように嬉しいらしい。内容に反して顔はすっかり緩んでいる。

周りのしたっぱ達もそうだ。ガッツポーズをしたり「さすが俺達のグズマさんだぜ!」と褒め称えたりと様々だが、すっかり浮かれきっている。

 

 

「やあグズマくん! ご機嫌麗しゅう」

 

 

真っ先に声をかけたのはナルシスト。殴られた恨みもすっかり忘れ、グズマに景気良く声をかけた。

彼の周りもにこにこと心から嬉しそうに笑っている。

 

 

「無事に勝てたようでボクらは嬉しいよ。グズマくんの勝利に祝して、ボクの顔を殴ったのもチャラにしてあげる!」

「アタイもあのコと戦ったけど、生半可じゃ勝てる相手じゃない。アンタはよくやったよ」

「さすがはわれらがスカル団ボス、グズマさんだわ!」

 

 

幹部も弟子もしたっぱもボスの勇姿を褒める。讃える。奉る。

なんと優しい世界。もし世界中の人間がスカル団員だったら、きっと島巡りに挫折した後グレる子供はいなくなるに違いない。

 

……だというのに、当の本人はいつもの薄い笑みを浮かべるだけだ。というよりうわの空と言った方が正しいかもしれない。

彼らの言葉が脳みそにたどり着かず、耳から耳へと通り抜けている。そんな風にも見えた。

 

 

「どうしたのさ、グズマくん。ほらキミの言葉をみんな聞きたがって」

「グズマァ!! なにやってるんだああ!! 自慢のポケモン達に、もっと破壊させてやれよおお!!」

 

 

いきなりグズマの絶叫が闇夜に響き渡る。一瞬でみなの笑顔が凍りついた。

察しの悪いバカばっかりのスカル団でも、ここまであからさまにされるとさすがに察せるというものだ。

 

やらかした。

この時、全員の思いはひとつだった。

 

半笑いを浮かべる一同。冷や汗をだらだらかきながら、お互いチラチラアイコンタクト。

 

 

誰だよ最初に勝ったんじゃね? とか言ったやつ。誰かグズマさんのフォローしろよ。というかこの空気なんとかしろ。

 

 

高度の情報戦が繰り広げられる中、グズマはヒステリーを抑え込んだようだった。元の薄笑いに戻ると、部下の彼らをじっと見る。ただし、瞳は全く笑っていない。

 

こんな時生贄に選ばれるのはお調子者と決まっている。さらに言えば、中間管理職とも決まっている。

つまりは一択だった。最大限に目を泳がせながら、オボロとプルメリが進みでる。

 

 

「あー、グズマくん。そういう時もあるよ。けど作戦は成功したからさ」

「コスモッグは代表に届けたよ。まあ、お姫様も付いてるけどね」

「んーっと、えっとね。ほら、今日は空が綺麗だよ。満天の星空だ! 嫌な気分も吸いこみそうなくらい美しいよ。見なきゃ損だって!」

 

 

幹部による雑すぎるフォロー。したっぱ達は笑みを貼りつかせたまま息を飲んだ。

今度こそグズマの地雷の中心を踏んだと思ったからだ。きっと、ボスの大爆発が来る。

 

けれども彼らの予想は外れた。

グズマは冷静に──少なくとも表向きは極めて冷静に──「お前ら屋敷に戻れ」と二人に向かって吐き捨てた。

 

 

「ここはオレ様が守るからよ。だからお前らはいらねぇよ。したっぱ達だけ残してとっとと帰れや」

「え、けどさ。一応アタイ達もいた方がいいんじゃないかい?」

「何度も言わすな。帰れ」

 

 

取りつく島もない。

破壊の化身というわりに石より頑固な彼の言葉を曲げるのは極めて困難だ。これもスカル団での常識だった。

 

半ば追い出されるようにして裏口へととんぼ返り。三人仲良く強制送還だ。

またまたこんにちは地下一階。

エレベーターから降りた後、オボロは周りを見渡した。

 

職員なし。壁・天井共に防音素材OK。監視カメラなし。いるのは幹部と見習いのみ。

 

身の安全を確保するとオボロは「ああもう!」と思い切り叫んだ。「毎度毎度、グズマくんの気まぐれには困っちゃうよね!」と大声で続ける。

さすがにボスの悪口を本人にバレてまでする気はなかったらしい。けれども言いたくて言いたくてたまらなかったようで、堰が切れたように愚痴があふれ出す。

 

 

「あれ、ぜーったいただの八つ当たりだよ。それでミヅキに三度目のリベンジをしたいんだよどうせ。『二度あることはサンドパン』って知らないのかな」

「『チャンスはニドキング』とも言うからねぇ」

 

 

プルメリは船へと乗り込んだ。弟子も船へと飛び乗った。

師匠の彼もその後に続──こうとしてピタリと足を止める。そして自分のポケットを二回叩いて、わざとらしく両目を丸くした。

 

 

「あ、プルメリちゃん。悪いけど先に帰っててくれないかい?」

「忘れ物かなにかかい?」

「ああ。どこかで落とし物をしたみたいでさ。船に乗ってた時は持ってたから、多分ここで落としたと思うんだよね。ちょっと探してくるよ」

 

 

「すぐアジトに戻るから心配しないでね」とオボロ。

グズマにバレたら面倒くさくなるからやめた方がいい。そうプルメリは思ったが、この男もこの男で一度決めたら頑として譲らないことを彼女は十分知っていた。

結局彼はグズマと似た者同士なのだ。

 

 

「それじゃあ夜も遅いし、先に戻ってアタイは休んでるよ。本当に船を出発させて大丈夫なのかい」

「もちろん! アズマオウに乗って帰るからね。リジーも手伝ってくれないかい?」

「言われなくてもそのつもりだったわ。お師匠さま、さっさと見つけてとっとと帰りましょう!」

 

 

弟子が降りた後、船はつつがなく出発した。モーターは激しく震え、ざぶざぶと波をかき分けていく。

師弟二人は船に向かって手を振っている。思わずプルメリも笑って手を振った。

どうせ何時間か後には会うのにねと思いながら、少し大げさに振るのが楽しいと彼女は思った。

 

その時、彼女の頭の片隅にちらりとよぎったことがあった。

金髪の少女。島から離れる今となっては、約束どおり少女を助けることはできないだろう。

 

プルメリは横に広がる景色を見た。神聖なる地、ヴェラ火山が煙を上げて紅く煌々と光っている。

 

願わくば、少女に幸運が訪れますように。少女の母親と和解できますように。

 

彼女はアローラを見守る母なる大地に祈った。アローラの民ではないリーリエに加護が届くかは謎だったが、彼女は祈った。

カプ()に認められずカプ()を憎んだ者もすがる相手は皮肉なことに神だった。

 

 

ナルシストの弟子は延々と手を振り続けている。

船が小さく小さく、それも豆粒ほどになるまで少女は振り続けた。

 

ようやく手を下ろすと、くるりと師匠の方を向く。

ただし船へと向けていた笑顔はどこにもない。徹頭徹尾あきれ顔だ。

 

 

「で、お師匠さま。落とし物なんてしてなかったじゃない。ホントはなんのためにのこったの?」

「ふふふ、さすがは我が弟子! 話が早いね」

 

 

ニヤニヤと笑うオボロ。その笑顔はしてやったりと言いたげだ。ただ彼は「でも、ものを探すことには変わりないよ。前に言ったろ? リジーにプレゼントをしたいんだ。とっておきのね!」と続けた。

 

もちろんリジーはなんのことか分からない。心当たりがなさすぎるのだ。

頭にハテナを浮かべる弟子を見て「ボクの素晴らしい考えが分からないのもしょうがないね」とオボロは頷いた。

 

こらえきれない笑いを漏らしながら、ばちんとウインク。

タイムアップ! 答えあわせの時間がやってきた。

 

 

「注意が屋敷に向いている今のうち! タイプ : ヌルをゲットするのさ!」

 

 

 

 

 

 

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