【スカルな野郎はナルシスト!】   作:めいでん

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〜前回のあらすじ〜
▼ オボロは こげたポロックを たべた !
▼ タイプ : ヌルを さがすようだ !


第十八話【ヤドン】

 

白くて無機質で、静かなエーテルパラダイス。

外界から閉ざされた中、聴こえてくるのはエレベーターが動く音だけだ。

 

その中には例の師弟がいた。けれどもいつもと雰囲気が違う。

ドロバンコにも衣装とはよく言ったもの。姿形が変われば同一人物かと思うほど変貌を遂げるのは、全人類みんなが知っていることだろう。

 

たとえばの話。

どんな男でもファッションセンスと一流のメイク技術があれば、絶世の美女とまではいかなくてもそれなりの女性にはなるものだ。

かくいうナルシストも知り合いにしてやられたことがあった。かつて女装した青い髪のロケット団を口説いたことは彼の中で完全に黒歴史と化している。

 

チン。

扉が開くと飛び出したのは凸凹コンビ。いつものカバンを持つ彼らは喜色満面、得意げだ。

 

ただエレベーターから出てきた二人は普段と致命的に違うところがあった。

もしプルメリが今の彼らを見たら、オボロに熱があるのか確認するだろう。グズマだったら大好きなエネココアをこぼすに違いない。

彼の上半身はかっちり白いフォーマルな服に身を包んでいた。白の帽子までかぶっている。全身真っ白だ。

 

 

「いやあ、順調順調! もう最深部にまで入れるなんてね。案外ここがザル警備で助かったよ」

「けどべんりよね。カードをかざすだけで、どこの部屋でもいけるんだもの」

「無駄に集めちゃったよ。もし食玩だったら、そろそろシークレットがでてきそうだ」

 

 

弟子がパラパラと固そうなカードを数えている。その量は片手では足りないほど。

さすがハイテクなエーテルパラダイス。最新技術のICカードをバッチリ導入しているらしい。

 

師匠の方はといえば、白い手袋越しに細長いなにかを握っている。透明なそれは冷たいのか、オボロは時折手に息を吹きかけていた。

もちろん手袋に息をかけても無意味。プラセボ効果しかないだろう。

 

それでも彼は吹きかけた。よっぽど凍えているのだろうが、いくらやっても焼け石に水。

口から風がもれるたびに、手のひらから雫がポタリと地面に垂れていた。

 

どうやら細長い塊は氷のようだ。

表面には水以外のなにかが付いている……が、精神衛生上あまり考えない方がいいだろう。

 

オボロは鼻歌を歌いながら足を踏み出した。弟子もその後に続く。二人は静寂の世界を練り歩く。

カツン、カツンとヒールの音がリズムよく響いた。陽気で小気味好く。それはそれは、ルンパッパの踊りに合わせて鳴らされる太鼓のように。

 

彼はタイプ : ヌルがエーテルパラダイスにいると確信していた。といっても、もちろんグラジオのヌルではない。彼が探していたのは別個体の『タイプ : ヌル』である。

 

エーテル財団の叡智を結集させて創り上げた人工ポケモンのタイプ : ヌル。

金も時間も労力もかけて、せっかく創ったそれを持ち出されておいて、今の今まで放置?

スカル団の庇護下。もとい事実上の監視下であったとしてもあまりにお粗末な対応だ。

 

普通ならばなにがあっても連れ戻すだろう。貴重なデータなのだから。

それがたとえ失敗作であったとしても同じこと。

 

けれどもルザミーネはそうしなかった。なぜだろう。

 

 

──決まってる。連れ去られたヌルとは別にもう一匹、代替品(スペア)がいるからだ!

 

 

廊下の突き当たりまでくるとオボロは髪を結び直した。普段二つにまとめている髪は、今はひとつに結わえられている。

 

鼻歌を歌って指で回す。

白がくるくると回り、星のようにちらちら瞬く。その様に目を細めると、彼は帽子を再びかぶり直した。

オボロの心は弾んでいる。彼はこの状況を心の底から楽しんでいた。

 

 

「えーっと。ここは……シークレットラボBね。いかにも怪しそうじゃあないか!」

「お師匠さま、なんで手前の部屋からしらべないの?」

「いちいちうるさいなあ。ボクはね、なんでも角から調べる派なの! 掃除でもなんでも一緒だよ」

 

 

弟子をたしなめてから扉に手をかけると、ピシャリ。

勢いよく開けると部屋の中にいた二人組が振り向いた。もちろんエーテル財団の職員だ。

夜遅くまで仕事熱心な彼らは社会人の、いや社畜の鑑である。

 

一瞬、部屋に緊張が走った。が、彼らが師弟二人の姿を見た途端にふっと空気が緩む。

白の擬態はこうかばつぐん。おそるべし制服パワー。そういうことだった。

 

 

「やあ! えーっと、キミ達はなにをしてるんですか?」

「見ない顔だけど、新入り? 随分小さいのねぇ。ここには特別な職員しか入っちゃダメなんだから」

 

 

ぱたんとファイルを閉じながら女は言った。

小さな子供を連れた男に「あなたの子供?」と尋ねる職員。少女を見つめる彼女の瞳はきらきら輝いている。

 

生粋の子供好きなのか、母性愛に溢れているのだろうか、はたまたどちらかか。

とりあえずこの職員に全くもって悪気がないことは誰でも分かる。

 

けれども自己愛溢れるアラサー野郎にそんなことは関係なかった。

「いやいや。この子はボクの妹なんですよ。妹!」と笑うこの男。陽気な声に反し、彼の(ひたい)には青筋がばっちり。

 

自分のことをまだまだ男盛りで若々しいイケメン……と思っているにもかかわらず、なぜか子持ちに見られること。

彼にとって絶賛お悩み中の事案である。

 

 

「なぁに和んでるんだよ。仕事中だっての」

 

 

蚊帳の外にいたもうひとり。アローラきっての高給取りはあきれたようにため息をついた。

生粋のエリートマンはなにからなにまで几帳面なようで「子供の相手やめて、とっとと仕事に戻れよな!」と仕事仲間にお怒りだ。

 

矛先はもちろんオボロにも。苛立ちを隠しもせずに睨みつけるは財団の職員様々だ。

 

 

「こいつが言ったとおり、したっぱはここに入っちゃいけないんだ。お前らの業務時間は終わったろ? 早く家に帰れよ」

 

 

したっぱねぇ、とオボロは呟いた。

グズマも上司というより親友の要素が強かったし、そもそもスカル団は馴れ合い・オブ・馴れ合い。ヤンキー集団の上下関係はキツイようで案外緩い。それに彼は一応幹部でもある。

 

オボロはますます愉快な気分になった。

泣く子も泣かすスカル団である彼がこうも上から目線で見下されることはあまりなかったからだ。

 

 

「いえ、なあに。今日ボクどこかでものを落としたみたいでしてね。もしかしたらここにあるんじゃないかと思いまして」

「こんなとこにあるわきゃねーだろ。天然くんかよ」

「そうですね、ボクの勘違いだったみたいです。お二人ともお忙しい中、失礼致しました!」

 

 

左手を後ろに隠したまま敬礼をするオボロの姿。彼の爽やかな笑みは二人を騙すには十分だ。

職員達には『一生懸命なのだけどちょっぴりドジで間抜けな後輩』としか映っていない。それが子連れならなおのこと。

 

 

「おうよ。出世するまでここに来るんじゃねぇぞー」

「見つかるといいわね」

 

 

職員はひらひらと手を振った。その顔は見るからにほころんでいる。

ドアが閉まったのを確認すると、彼らは再び棚と向かい合った。ファイル整理との再戦だ。

「まあいい息抜きにはなったよ」と男。横で女が「可愛い二人組だったわね」と言う。

 

和やかな雰囲気に流されるまま女に同意──しようとして、ピタリと男は動きをやめた。ふと彼の頭によぎるものがあったからだ。

 

アローラでは見かけない赤い髪をした男。エーテル財団と同じ、外の者だと分かる肌の色。青の瞳。

 

彼はファイルを無造作に置くと、子連れの二人が消えた扉の方を即座に振り向こうとした。しかしそれは叶わなかった。

 

どすん。ばこん。

彼の視界に映しだされたのは倒れる仲間。それと満面の笑みでなにかを振り下ろす男だけだったからだ。

その直後、彼は目の前が真っ暗になった。

 

彼の身になにが起きたのか。

それは改めて言うまでもない。ヤドンにだって分かることだ。

 

 

 

 

第十八話【ヤドン】

 

 

 

 

「ふぅ。力加減も手馴れたもんだよ」

 

 

オボロは青いハンカチで汗をぬぐった。

それから床をちらりと見る。先ほどまで話していた男女は戦闘不能。目もグルグル回り、すっかりのびているのが分かる。

 

そんな彼らの胸元をごそごそ漁るのは彼の弟子。

ポケットから出したのは白くて硬いICカード。「ねぇ、お師匠さま。この人達の分ももらっておくわね」とちゃっかりしまいこんでいる。

使えるものはあるだけあった方がいい。リジーの貧乏性は今日も健在だ。

 

オボロは氷でできた棍棒を壁に立てかけた。それからすっかり濡れた手袋を外すと、指を鳴らしてほくそ笑む。

 

 

「さあ、この部屋を調べようか!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 

作戦開始。即行動。

ファイルや紙束をひっくり返し、棚を漁り、職員のブログまで盗み見る。エーテル財団にとっては大変不幸なことに、凸凹師弟の快進撃が止まる気配は未だになかった。

 

 

「お師匠さまこれは? 『モーンはかせが発見したウルトラスペースにはウルトラビーストがいる』ですって。コスモッグの写真も挟まってるわ」

「そういえばここ、ルザミーネ女史に呼び出されたところじゃないか! スッカリ忘れてたよ。コスモッグ専用のラボだったのかな」

「こんなにせまいところでジッケンなんてできるのかしら」

「まあ、あんなに小さなポケモンだからね。だからできたんだと思うよ、実験」

「ふぅん。コスモッグもかわいそうね。ここじゃいきがつまりそうだもの」

「逆にあえてそうしてるのかもよ、リジー」

「つまりどういうことかしら」

「ここに載ってるのさ。『コスモッグはストレスを与えるとウルトラホールを形成する。だからストレスを与えて維持する装置を開発中』ってね! まるで夢みたいだ」

 

 

そう、彼にとっては夢物語にすぎなかった。

ため息をつくと、オボロは椅子に思いきり寄りかかる。ギィと背もたれを軋ませて、手を上にあげ伸びをした。

パソコンの画面が虚しく光り続けている。そこに彼の興味はもう、すでにない。

 

 

「どうでもいい話ばかりだなあ。タイプ : ヌルの情報はゼロだ。しかもどれもまゆつば物の情報だしさあ!」

「まゆつば物って?」

「真実味にかけるってこと! まったく、ゴシップじゃないんだからさ。勘弁してほしいよね」

 

 

「ああイヤだね、本当エーテルの連中はボクのことをバカにしてるよ」とボヤきながらオボロは目薬を点していた。

 

ほんの少しのブルーライトにも過剰反応。裸眼であるにもかかわらず、ポーチには目薬が常備されていた。

スカル団員にとって──ナルシストにとってはとりわけ──身体は大事な大事な資本だからだ。

 

 

「ううんと、なんでお師匠さまはウソだと思うのかしら」

「そりゃもちろん、この世界とウルトラスペースを繋げるメリットがエーテル財団にはないからだよ。むしろデメリットしかない」

 

 

そんなことも分からないのかとあきれる師匠。その言葉に弟子はただ目をぱちくりさせている。

 

部屋に眠るエーテル財団の極秘情報。

これを嘘だと疑うなんて、そんな発想自体少女にまるでなかったからだ。

いや、少し語弊があるかもしれない。正しくは少女は真実そのものだということを知っていたからとでも言うべきだろうか。

 

驚く弟子にオボロは続ける。間違いだらけの答えあわせの始まりだ。

 

 

「だってウルトラビーストは凶暴だし、アローラの生態系も乱れるだろ? そんなことエーテル財団がするわけないよ。裏ではボクら(スカル団)と手を組んでるけどさ。それも全部、本来の目的(野生ポケモンの保護)のためにやってることだからね。ルザミーネ女史はいけ好かないけど、あの熱意だけは本物だよ」

 

 

「あの人四十超えてるのにさ。よくやるよね!」とオボロ。グズマが側にいないからと言いたい放題である。

冗談半分、いや冗談二割であれこれ言った後「本当なのはモーン博士のことくらいじゃないかい? まったく。他のは侵入者用のニセ情報かな」と彼は吐き捨てた。

 

アローラの中でエーテル財団に不信感を持つものなどいない。よそ者とはいえ、彼らは街を護り、ポケモンを護り、人を護っているからだ。スカル団とは違って!

 

それはアローラのぬるま湯にすっかり浸かりきったスカル団幹部であっても例外ではない。

彼らを訝しむものは彼らと同じ、よそから来たものだけである。

 

たとえばたった今部屋に入ってきた、小さな未来のチャンピオンのように。

 

 

「ここにも人がいるよー。またバトルかなー」

「そろそろ疲れてきたけど、そんなこと言ってらんないよね! さあ、かかって来なさい!」

 

 

力む二人はボールを取り出しやる気満々。敵地に乗りこむハウとミヅキはさながらヒーローだ。

ただ彼らを見つめる師弟二人はあまり敵らしくはない。「あれ、ミヅキじゃないか」と軽く手を振るだけ。戦おうとするそぶりを微塵も見せず、のんきにハンドクリームを塗っている。

 

 

「えっとー。ミヅキ、知り合いなのー?」

「ううん全然。ハウは?」

「おれも心当たりがないからさー。聞いてるんだよー」

「なにを言ってるのかしら。二人共ばっちりあたし達の知りあいよ!」

「やれやれ。まあボクの変装スキルって、普通の人は考えもできないほど素晴らしいからさ! 素人が見破れないのも仕方がないんだけどね」

 

 

この場合、彼が指す玄人はドジで間抜けな二人と一匹のことである。

 

オボロは白い服を掴むと早着替え!

少年少女の視界が白で埋め尽くされたかと思うと、次の瞬間。目の前に立っていたのは黒の二人組。

いつもの上裸にリボンがついたいつものズボン。それと、黒のタンクトップもといワンピースのご存知スカル団員だ。

 

 

「これでボクらが誰か分かったかい? やあ二人とも、アローラ! ハウくんはさっきぶりだね」

「えー! エーテル財団かと思ったらー、オボロさん達だったー!」

「変装してたんだよ。変装。ボクがここにいるって、グズマくんやルザミーネ女史にバレたらマズイからね。キミ達もヒミツにしてくれないかい?」

 

 

オボロは人差し指に口を当てて茶化して言った。それから「スカル団にも色々あるのさ」とウインク。

どう考えても色々あるのは彼らだけだったが、おそらくつっこんではいけないところなのだろう。

 

ハウなんかは無邪気なもので「なるほどー」と素直に頷いている。

ああ純真。さすがは純粋という言葉が人の形をしている少年だ。

 

そんな彼を見て、将来悪人のカモにされないか心配だなとオボロは思った。また、ここにいたのが優しさの塊のような自分で運がいいとも。

相変わらず自分のことは全て棚に上げている。付け加えると、彼は自分以外には別に優しくもなかった。

 

 

「それはそうとオボロさん。リーリエはどこにいるんですか?」

「リーリエちゃん? 彼女なら外にいるよ」

「えー! 地下じゃないのー!?」

「ルザミーネ女史の家で話し合ってる。親子感動の再会! ……とはいかなさそうだけどね」

 

 

オボロは苦笑いを浮かべながらブラウザを閉じた。

 

けれども世の中全員、夫婦円満・家庭安泰というわけではないことを彼は重々承知していた。意外とリアリストというのもそうだが、生まれ故郷のカイナシティではほとんどの子供が母子家庭だったからだ。

それは彼も例外ではなかったし、ニホン国ではそう珍しいことでもなかった。むしろアローラに来て父親の存在の多さに驚いたほどである。

 

幸せそうな父親に連れられる子供を見るたびに羨ましいとさえ彼は思った。

その後父親に声をかける。バトルでボコボコに負かす。それから金をせびり、小さな子供に「パパってカッコ悪い……」と言われるのを見て鬱憤を晴らす。

 

ここまでがワンセット。オボロの日課である。

最近は賞金額をやたら釣り上げて大人達のへそくりを奪い取る作戦に出ていた。やはりこの男、どこも優しくはない。

 

 

「一階のエントランスを抜けたらすぐだ。早く行ってあげるといい」

「敵なのにさー。そんなこと言っちゃっていいのー?」

「そんなの知ったことじゃないよ! だいたい、ボクは帰れって言われた身だし。アジトにいるはずの人間がキミ達を止めなかったところでなんの問題もない。そうだろ?」

「だいぶグズマさんにおこってるわね、お師匠さま。チャラにするって言ってなかったかしら」

「さっきはさっき、今は今! 状況が違うじゃないか。グズマくん、ミヅキに負けちゃったしさ。『勝ったらチャラ』って話だからね」

 

 

オボロは例の人をイラつかせるポーズをとると、ミヅキの方へと目を向けた。頭の中ではもう、グズマは綺麗さっぱり消えている。

腹がたつ話題は即シュレッダー。気の向くままにどこまでも。

真似できる人は限りなく少ないと思われる彼のストレス解消法だ。

 

 

「ああ、そうそうミヅキ。正真正銘の勝利おめでとう。うちのボスに勝つなんてやるじゃないか!」

「オボロさん、ありがとう! グズマの奴、だいぶ手強くて。結構ドロ沼になっちゃいました」

「そりゃあ、まがいなりにも彼はスカル団のボスだからね」

「是非またオボロさんともポケモンバトルさせてください。今度こそゼンリョクで!」

「ゼンリョクで遠慮させてもらうよ。そんなことより!」

 

 

オボロはひときわ大きな声を張り上げると、ミヅキに向かってウインクをした。どうやらこの話題も水に流す気満々らしい。

「ここにはコスモッグの情報が集められてるみたいなんだよね」とにっこり笑う。

少年少女の興味が移ったのを確認すると、ホッとひと息。それから彼は満面の笑みでこう言った。

 

 

「キミ達の役には立つかもね。まあ、ガセまがいのしかないみたいだけど!」

「そんなはずはない」

 

 

軽く音を立てて再び白いドアが開いた。

向こうに広がるのは部屋と同じく一面真っ白な銀世界。

ただ扉の向こうにいるのは黒、黒、黒。全身黒ずくめの少年だ。

 

 

「ああボンボンくん。結局ここに来たんだね」

「二人の帰りが遅いと思ったから見にきたんだがな。まさかオマエがいるとは思いもしなかった」

「まあ安心してよ。今はボク、キミ達と戦う気はないからさ」

 

 

胡散くさそうな目で見るグラジオ。本当だってば、と呟くと、オボロは弟子の頭をぽんぽんと軽く叩く。

 

 

「前言ったとおり、タイプ : ヌルをぬす……弟子にあげたくてね。リジーがゲットした方が、きっとここにいるより幸せなはずさ!」

 

 

側から見ると、自分の弟子をよっぽど可愛がっているように見える。

少なくともグラジオにはそう見えた。自分達親子よりよっぽど通じ合っていそうだと。

 

それと同時に目に留まったのは男の腰にあるボールの数々。

 

同じスカル団とはいえあまり絡みがなかったこの男。

変人奇人でろくな人間じゃないのは明らかなのに、下手なトレーナーよりある手持ち愛。そしてポケモンからあふれるトレーナー愛。

それを彼はようく知っていた。仕事のたびにいちゃつかれては嫌でも目につくというものだ。

 

グラジオは思いきり笑った。久しぶりに──エーテルパラダイスを出てから初めてお腹が痛くなるほど笑った。

あまりにバカバカしくて、信じられなかったからだ。

 

 

彼は気づいたのだ。

自分はこの男のことをずっと羨ましく思っていたことに。

 

 

腹筋がつるほど笑った後、またもやグラジオはポーカーフェイスを貫こうとした。

だが無駄な試みだった。唇の端がどうしても上向きにあがってしまうのだ。

 

 

「フッ。確かにそうかもしれない。エーテル財団の人間よりも、オマエらにくれてやる方がはるかにマシだ」

「言ったね? やったよリジー。御曹司からの許可が下りたよ!」

 

 

相手にいきなり爆笑されて不機嫌だったことも当たり前のように “ドわすれ”。オボロは手を取り合うと弟子と一緒に回りだす。

気分上々。くるくる回転・即興ダンス。

 

あきれた目で子供達が見ていると、男は急にピタリと止まり口に手を当てうずくまった。調子に乗って目を回してしまったらしい。

吐き気と戦う彼の姿は美しさなんてどこにもない。ただの汚い中年だった。

 

 

「うえ。キモチワルイ」

「お師匠さま、大丈夫かしら」

「これが。大丈夫な風に。見えるの、かい? リジー! 頼む。早くおいしい水をくれよ。机にあるやつ!」

 

 

弟子が差し出す前にひったくると、オボロはペットボトルの水を一気に飲み干した。おそらく床に転がっている職員のものだったが、そんなことは気にしない。

他人のものはアタシのもの。アタシのものはアタシのもの。

彼は兄のジャイアニズム宣言に深く感銘を受けていた。人格形成に問題が出たのも納得である。

 

 

「ああ生き返った。……そういうわけでさ。ボクらもタイプ : ヌルを探すのに忙しいし、キミ達のことは見なかったことにしてあげる!」

 

 

押し付けがましく偉そうにオボロは胸を張る。それからニヤリと「でも、手を貸すつもりはないけどね」と彼が笑うと「充分だ」と黒ずくめの少年は返した。

それから少年は彼に歩み寄ると、眉を少しへの字に曲げた。なにやら言いづらいけれど言いたいことがあるらしい。

 

 

「さっきは変な言いがかりをつけてすまなかったな。その、オマエらがエーテル財団だと」

「まあいいよ別に。気にしてないからさ」

「あたしもいいわ。人からヘンな風にウワサされるの、なれてるのよね」

 

 

ついさっきケチョンケチョンにされた相手に謝るなんて、さすがはボンボン。律儀なものだな、とオボロは思った。

少なくともナルシストとは正反対だ。なにせグズマへの怒りは時が経つごとに増している。

 

 

「それにしても、オマエはグズマを止めないのか? オレがスカル団だったらグズマもルザミーネ──オレの母も止めるがな」

「幹部といえども、グズマくんから見たらボクは『したっぱ』さ。ボスの命令には従うまでだよ」

「分かっているのか。コスモッグで、奴らがなにをしようとしているのか! ウルトラホールを開けたら、アローラがどうなるのか!」

 

 

息を荒げるグラジオにオボロは首をかしげている。「ああね。コスモッグの資料、さっき勝手に読んだんだけどさ。どうにも信じらんないんだよね」とのんきな声で独り言。

 

なぜ彼は当事者にもかかわらずこうも他人事なのか。

決まっている。彼は──アローラの民は皆、エーテル財団に全幅の信頼を置いていたからだ。

 

 

「ストレスを与えるとコスモッグが別の空間を開く? それを持続させる装置を作る? エーテル財団が? 生態系が崩れちゃうよ。彼らの理念と真逆じゃないか」

「だったら。もしこれが本当の話だとしたらオマエはどうするんだ」

「そうだね。もし本当だったとしても、大したことじゃない。少なくともボクの興味はないね」

「なぜそう言える!」

「失敗するに決まってるからさ! だって “テレポート” すら満足にできないポケモンだ。ルナアーラならともかく、コスモッグにそんな力があるとは思えないね」

 

 

オボロは鼻で笑うと、横に置いてあったロズレイティーを飲んだ。

ストローでちゅうちゅう吸うそれはおそらく職員の女のもの。おいしい水の主と同じく、彼女は床に転がっている。

 

遠足気分を味わうオボロ。彼はグラジオにろくに目も向けず、てきとうに部屋を漁っている。

余裕が有り余っているのが一目で分かる有様だ。

 

怒りからか悲しみからか。「オマエがどう思おうが勝手だが。この部屋のコスモッグについて書かれた資料は全て正しい」とグラジオはいっそう眉間にしわを寄せた。

いや、きっと哀れみだ。文句の数々とは裏腹に彼が親友を大切に思っていたのも、少年はよくよく知っていたからだ。

 

 

「以前、エーテルパラダイスで騒ぎがあったのを知っているか? 空間に裂け目が入り、見たこともない白いポケモンが出てきたという」

「あ、それ私とハウがいた時のやつじゃん!」

「懐かしいねー。ウルトラビースト見たときー、びっくりしたなー!」

 

 

ズズ。

ストローの音がピタリと止んだ。机の中をさぐるのもナルシストはストップ。

 

白いポケモンの覚えは大いにあった。デマだなんて、見間違いだなんて、彼は嘘でも言えなかった。今でも同僚や弟子とともに食べた魚定食の味は思い出せた。

 

彼の青い目はグラジオにだけ、ただひたすらに向けられている。

 

 

「なぜいきなり、ウルトラビーストがエーテルパラダイスに現れたのだと思う? 単なる偶然? アローラの地でもない、この人工島に!」

「……さあね」

「ここからはオレの推測にすぎないが。母はきっと、ウルトラビーストを捕らえたいのだと思う。だからヌルも造りあげた。全てはウルトラビーストを自らのコレクションに加えるために、な」

 

 

オボロはなにも言えなかった。黙って飲みこんだ彼の言葉を反芻していた。

少年の言っていることはおそらく正しい。否定しようとしても、心の底では認めている自分が確かにいた。

 

 

「奴らはおそらくウルトラスペースに行くつもりだ。そこで、ウルトラビーストを捕まえる気なんだろう」

 

 

その言葉を聞いた途端、彼の瞳から『色』が抜けていった。開ききった瞳孔はグラジオの姿を映している。

「ウルトラスペースにだって?」とオボロ。何度も何度も噛み砕くように、ウルトラスペースに? と呟いている。

顔に笑みはない。取り繕うための仮面はすでに剥がれていた。

 

 

「当たり前だが、あそこが一番ウルトラビーストがいるだろうからな。まあいい。ミヅキ! ハウ! 早くコスモッグの元へ」

「待って。待ってよ」

 

 

「お師匠さま、あたし達にはかんけいないわよ。気にすることないわ。ヌルを見つけて帰りましょう」とリジーが言った。

だがオボロは弟子の言葉を聞きもしない。髪を二つに結び直すと、大きく息をつく。ズボンにしがみつく弟子を振り払い、それからグラジオの目を真摯にじっと見た。

 

 

「前言撤回だ。ボクも手伝う」

「えっオボロさんがですか!?」

「スカル団なのにさー。いいのー?」

「簡単な話さ。小さな女の子をいじめるのは性に合わないと思ってね。それにお姫様(ヒロイン)を助けるヒーローが多いに越したことはない。そうだろ?」

 

 

オボロはいつものように茶化して少年少女に笑いかけた。

だがいつもとは少し違う。上っ面だということが誰から見ても明らかなのだ。

 

いつも明るくて、いつもテンションが高くて、いつも嘘ばかり。

嘘くさいほど人間くさい。そんな彼が、子供達の前で初めて見せた人間くささ。

 

 

「急ごう。ウルトラホールが開く前に、早く!」

 

 

止めようとする弟子を引きずり()()ナルシスト。そんな彼らを少年少女は追いかける。

 

 

「フッ。そう来なくてはな。きっとオマエはそう言うと、オレは思っていた」

 

 

グラジオは嬉しそうに呟いた。誰のための救出劇か分からないと、心から嬉しそうに。

 

よそから来た少年の孤独を埋め合うものはヌルだった。そしてその孤独はまだ埋まりきっていない。

同じくよそから来た青年の孤独を埋め合うものは、仲間であり弟子であり、同じ幹部であり、親友だった。

 

そして今や、彼の孤独は埋まりつつある。

少年はそのことにも気がついていた。同じよそ者としての勘だった。

 

 

世の人は言った。

忘却とは神からの贈り物である。

誰であっても、客人(まれびと)であったとしても変わらない。信じる神が違ったとしても変わらない。

 

それはある意味ナルシストにはとても残酷なことかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

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