今回はだいぶ話が飛びまして。ええ、飛びました。それはもうかなりの勢いで。
この話は私個人がピックアップした部分のみを描いておりますので、話が飛び飛びになるのは勘弁していただきたく。
ここは書いとけよ! って場面がありました、活動報告の方を用意しますので、そちらまでお知らせください。
では、本当に飛びましたが、どうぞ。
ボクは少し、彼女たちを侮っていたのかもしれない。
モニターを通して映る、人類最後のマスターと、そのサーヴァントたちの戦闘。
危険な場所でも絶対に退かない一人の少女。
今は特異点での戦闘も終わり、協力してくれた現地のサーヴァントと和やかな時間を過ごしている。
叛逆の騎士だろうと作家だろうと、彼女にとっては関係なく。途中出会ったサーヴァントたちとも普通に話していたっけ。
もっとも、その二人でさえ、彼女の元に集まってきているんだけどね。
「とはいえ、仲間割れしそうなのはよくないな」
モニター越しでしかないし、彼ら彼女らからしたら、なんてことはないやりとりなのかもしれない。でもまあ、なにごともハッピーエンドじゃないとね。
「ははは。なんだか騒がしくなってきたね。事件も解決したし、大団円には相応しいけど」
『うん、みんな仲良くしよう! ほら、そこ喧嘩しないの!』
マスターとして多くの英霊に指示を出す。
本来の聖杯戦争とはまるで違う、一人のマスターにつき何人ものサーヴァント。彼女でなければ、ここまでは来れなかっただろう。
相手を下手に道具扱いしていたら。
自分でなければ救えないと傲慢で身勝手だったら。
保身のためだけに戦い、すべてをサーヴァントに任せていたら。
きっと、彼らは協力してくれたとしても、互いに笑いあえるような関係は築けなかったに違いない。
「人類最後のマスター……立香ちゃんが選ばれたのは、なにか意味があったのかな?」
答えのない問いをするだけ無駄ではあるけれど、きっと彼女が残ったのは特別な意味があったのだろう。そう思いたい。ただ偶然、その日作戦から外されただけの凡人。僕らの世界とは関わりを持たない一般人。そんな彼女が、未来を取り戻す戦いの最前線に立っている。
「もうこれで4つ目だ。彼女は間違いなく、マシュや彼らのマスターだよ、ロマニ」
隣でサポートに回っているレオナルドも立香ちゃんを認めていた。いや、少なくとも彼は最初から認めていたのかもしれないが。
「最初はどうなることかと思ったけど、なんとかなるものだね。っと、呑気に話している場合でもないか。聖杯の回収を済ませないと。もうこの時代に脅威はないからつい気が……待った、なんだこの反応は!?」
『ドクター?』
「みんな気をつけて! 地下空間の一部が歪んでいる! 何かがそこに出現するぞ! サーヴァントの現界とも異なる不明の現象だ! …………いや、不明?」
観測機やモニター確認していくが、
「これはむしろレイシフトに似ているか? そんなはずはないぞ、カルデア以外にこの技術は……そもそも、外部の人間がいるはずもない状況で!?」
何がなんだかさっぱりだ! けれど、この状況がまずいものだっていうのは感じ取れる。
隣のレオナルドも、忙しそうに機器の操作を始めている。
だが、なんらかの準備も対策を取る暇もなく、それはやって来た。
「――ッ、空間が開く! 来るぞ立香ちゃん!」
彼女に指示を出そうとした直後。
最初に聞こえたのは、感情をまるで宿していない男の声だった。
『魔元帥ジル・ド・レェ。帝国真祖ロムルス。英雄間者イアソン。そして神域碩学ニコラ・テスラ。多少は使えるかと思ったが――小間使いすらできぬとは興醒めだ』
その声はやがて苛立ちを含み出し。
『下らない。実に下らない。やはり人間は、時代を重ねるごとに劣化する』
声は段々と聞き取りやすくなっていくのだが、
「ああクソ、シバが安定しない、音声しか拾えない!」
モニターに映る映像はなく、向こうの状況が確認できない。一方的な、正体の掴めない何者かの言葉が届くだけ。
「どうした、何が起きたんだマシュ!?」
『わ、わかりません! ヒトのような影がゆっくりと歩いてきて――』
『……下がってなレディ。ありゃあヤクいぜ。まっとうな娘っ子が直視していいモンじゃねえ』
『そのようでございますねぇ。私も退散退散。一尾の身では見るだけで穢されそうです』
『いや、おまえさんは平気だろうが。オレとアーチャーが前に出る。せめてサポートくらいはしていきな』
『ふむ……それが道理と言うものか。すまないがマスター、指示を頼む。マシュ、キミはここでマスターである立香を守りたまえ』
マシュとの会話に割り込んできた現地のサーヴァントと、彼女のサーヴァントたち。
どうやら僕と話している余裕はないらしく、一騎当千の彼らの声にも、緊張がはらんでいる。口にする言葉は強気だが、いったい現地はどうなっているんだ?
モードレットやシェイクスピアの声も聞こえてくるが、神そのもののような気さえするとまで言わせる相手とはいったい……って、作家陣はなに二人して逃げようとしてるのさ!
『だがまさか、本命がこの段階でやって来るとはな』
必死になって止めたいところだが、アンデルセンが不可解なことを述べた。
「本命!? 本命ってどういう事だい!? いまそっちではなにが起きていると言うんだ、立香ちゃん、状況を! キミが見ているモノがなんなのか教えてくれ!」
まさか、キミたちの前にいるとでも? 今回の大事件を引き起こした張本人が、そこにいるとでも!?
『ほう。私と同じく声だけは届くのか。カルデアは時間軸から外れたが故、誰にも見つけることのできない拠点となった。あらゆる未来――すべてを見通す我が眼ですら、カルデアを観ることは難しい。だからこそ生き延びている。無様にも。無惨にも。無益にも。決定した滅びの歴史を受け入れず、いまだ無の大海をただよう哀れな船だ。それがおまえたちカルデアであり、立香という個体』
何者かの、声が響く。
何事かを語っている。けれど、ああ――だけど。何者かの言葉の多くがすり抜けていく。
当然だ。
あらゆる未来――すべてを見通す我が眼。
そんな言葉を聞いて、聞かされて、どうしろと言うんだ。少なくとも僕には、その言葉を口にすることができる存在を知っている。どうしようもなく、知ってしまっている!
『燃え尽きた人類史に残った染み。私の事業に唯一残った、私に逆らう愚者の名前か』
注意深く聞いていれば、どうしても考えてしまう。
未来を見通すことができる者で、一人称に私を使う者。違う、あいつじゃない。だとすれば、彼の名は――。
『――ドクター。いま、私たちの前に現れようとしている、のは――』
『おまえは誰だ!』
マシュが途切れ途切れに報告をしようとし、立香ちゃんは勇敢にも名を訪ねる。
彼女は折れない。
相手がどれだけ強大だろうと、凶悪だろうと関係なく立ち向かう。そんな彼女の姿に、いつだって救われてきた。救われている。たとえその背中が見えないとしても、僕の想いは揺るがない。
『ん? なんだ、既に知り得ている筈だが? そんな事も教わらねば分からぬ猿か? だがよかろう。その無様さが気に入った。聞きたいのならば応えてやろう』
そうして、僕らの敵はその正体を明かす。
僕自身が知りたかった、その名前を白日の元に晒す。
『我は貴様らが目指す到達点。七十二柱の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼすもの。名を――ソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ』
現場にいるすべてのサーヴァントが息を呑む。
「やっぱり……マシュ、念のため聞くよ。ソロモンと、確かにそう名乗ったのかい?」
『……はい。間違いありません。確かにソロモンと……紀元前10世紀に存在した古代イスラエルの王と同じ名を名乗りました』
「本当に……ソロモンが……? こんな、こんなバカな事が――」
どうしてだ? あってはならないぞこんなこと! 彼が存在し、そして崩壊を招いている? いや、そもそも彼はサーヴァントのはずだ。であるのなら、存在していることすら……ッ!
『無能どもと同じ位なはずがないだろう。私は死後、自らの力で蘇り、英霊に昇華した』
「はあっ!? み、自らの力で蘇っただって……!?』
なにを言っているんだあいつは! 死後蘇った? そんなことがあるわけが――。
『英霊でありながら生者である。それが私だ。故に、私の上に立つマスターなどいない。私は私のまま、私の意思でこの事業を開始した。愚かな歴史を続ける塵芥――この宇宙で唯一にして最大の無駄である、おまえたち人類を一掃する為に』
無駄、か。
間違いなく、彼はソロモンなんだろう。考えもしなかったが、事実なんだろう。
でも、出した答えは無駄だったのかい? だとしたら、大きく違う。仮にも彼であるのなら、真に彼だと言うのなら、その解答には異議を申し立てたいところだ。
否定してやりたいところだ。
再度、問いたいものだ。
けど、僕はそこには行けない。悪目立ちすることすら、できなくなった。無関心であろう彼の注意を、僅かでも向かせたくはなかった。なにより、これはキミたちの物語。
綴られるのは、キミと彼女の冒険譚。
「だから、その役割は立香ちゃん、キミが変わってくれ」
決して、この声が届いたわけじゃないんだろう。誰に言われるまでもない。彼女はもう、自分で判断し、自分で立てる。
『世界を、滅せるもんか!』
力強く言った言葉は、しかし。
『できるとも。私にはその手段があり、その意思があり、その事実がある。既におまえたちの時代は滅び去った。時間を超える我が七十二柱の魔神によって』
淡々と事実のみを話す魔術王によって、かき消される。
「時間を超える……あの魔神たちは、本当にレメゲトンにある魔神だったのか……? いや、でも伝承とあまりに違う! ソロモン王の使い魔があんな醜悪な肉の化け物のはずがない!」
彼の言葉を聞いていると、嫌でも実感する。
だが。だが、魔神柱がソロモンの使い魔の姿だとは、どうしても認められない。
『哀れな。時代の先端に居ながら、貴様らの解釈はあまりに古い。七十二柱の魔神は受肉し、新生した。だからこそあらゆる時代に投錨する。魔神どもはこの星の自転を止める楔。天に渦巻く光帯こそ、我が宝具の姿である』
天に渦巻く光帯……これまで巡った特異点にあった光の輪。どこにいようと、必ず目に入ったあの光は、まさか!
『あれこそ我が第三宝具、「
まずい……まずい、まずいぞ!
話はまだ終わっていない。彼への対抗策も練れていない!
モードレットはもちろん、エミヤくんやクー・フーリンは戦うしかないと構えを取る。
マシュは、ああ、マシュはまだ呑まれている。このままじゃ、戦線が崩壊してもおかしくない!
なんとかマシュに戦意を取り戻させようとするが、
『それなりの知恵者かと思えば、貴様らの司令官は取るに足らぬ魔術師らしい。もはや私が気に留めるのは娘、その盾を持つ貴様のみだ』
呆れと共に、失礼なことを言われた。
あながち間違いではないが、どうも、彼に言われるのだけは我慢できない。
僕は平凡な、それこそ平均的な人間なんだろう。別に高望みしたわけじゃない。知りたかった。そう在ってみたかった。そう在れる僕を、キミがバカにするのかい?
言ってやりたい。
教えてやりたい。
でも、僕は言葉を飲み込まないといけない。
『さあ、楽しい会話を始めよう』
彼がマシュに興味があると言ったのだから。彼女だけを、危険に晒してはいけない。彼女を、剥き出しの彼に臨ませてはいけない。
『なに、今回は特別だ。その健気さに免じて、使うのは四本程度に留めてやるよ』
直後。
彼の前に、おぞましい姿の肉の化け物――魔神柱が姿を現した。