前世では物語として平安時代に書物化され伝承されるはずの物語が現実にあろうとなかろうとそんなことは世界にとって些細なことらしい。
今は昔、そう語られる時代を生きている私にとっては今は今、未来なんて知らない。若干良くなるように立ち回ろうかな程度の考えで行動する事がほとんど。
何が言いたいのかって言われれば、結末は結局同じなんだし大きな目で見れば私が何をしようと大体のことは世界の真理とかそう言うわけ分からんもんでどうにかかき消されちゃうんだよねってことで要するに…
「村を一つ襲っても問題ないですよね」
結局それを行うためだけの理由付けである。
(唐突だねえ…どうしたんだい?)
「いえ、ねえ…勝手ですけど家を作る資材を一から作るって時間と手間がかかるじゃないですか」
「そうねー…私はふわふわしてるから完成したら呼んで欲しいのだ」
いやいや、そう言うことじゃ無くてですね。
(要するに村の家に居候したいけどどう見てもそんなの不可能な面子だから家だけ貰おうって事でしょ)
「おお、大体合ってます」
「んー?なんて言ってるのかわからないのだー」
あ、分からなくて大丈夫ですよ。この件はこっちで対処するので。
問題は、都の近くで暴れてしまえば都から陰陽師達が飛んで来て大惨事になるって事なんですよね。
ここは上手く立ち回って家に居候……今出来ないって潰したばかりの選択肢だった。
「実質十数年くらいしか使わないような家なので別になんでもいいんですよね」
(じゃあ作った方がいいじゃん)
そうなんですけどね…いやあ〜丁度いいところに都の近くの集落に空き家ができたんですよ。なんででしょうね。
(……知らない)
「ま、私が住む家じゃ無いんですけどね」
そう言うとお燐がびっくりしてこっちを見る。
(え?どう言うことだい?)
「私はちょっと都の中に身を置きます。必要な情報が見つかれば直ぐに出ますんで気にしなくていいですよ」
お燐とルーミアさん…特にルーミアさんには無理な話だ。だってあそこは首都である。
一流の妖怪退治屋が大量にいるいわば敵地だ。
そこに連れてくなんて殺すと同じである。
「なので二人には待機していて欲しいんです。大丈夫です。頃合いを見て呼びますし定期的にそっちの家にも帰りますので」
「うーん…ついて来ちゃったのは私だし…分かったのだー。その代わり美味しいご飯待ってるのだー」
分かってます、お燐の事も頼みますよ。
お燐のことを頼み都に足を進める。
置いて行ってしまうことに罪悪感を感じていないわけではない。だがこっちの都合で死んでしまったらそれこそ計り知れない罪の責任を背負っていかなければならない。
結局私は臆病だった。
全幅70メートル以上の道の真ん中に立つと、なんだかすごい目立っているような気がしてしまう。
実際私のような不審者がいたら目立ってしまって仕方ないのだがまあこの際その事は置いておく。
お昼過ぎ…殆どの人は仕事してるか家にいるかの時間帯だ。妖怪だってこんな時間に人前には来ないだろう。普通なら…
それにしても都の大通りだけあって商業店がちらほら見受けられる。
この時代といえば金銭が流通し始めた頃…都では既に貨幣経済の形が出来上がっているはずだ。
なるほど、もう既に金銭を使った商売を始めている人もいるわけか。
金属品や大陸からの品を売っている店の中で多少時間つぶし。
なにを待つのかって?さあなんでしょうね。
店主は私のようなよくわからない少女が入って来たことに不審に思っているようだ。
まあ私のような年代の子はこの時代家で嫁修行ですからね。どこの変わり者なのかと奇異な目で見られるのも仕方のないこと。
早めに立場をしっかりさせなければ陰陽師とか妖怪退治屋のお世話になりかねない。
潜入するのは簡単ですけど潜伏するのは難しい…ルーミアさんたちは潜入する時点で大戦争になっていただろうからまだましか。
「お嬢ちゃん、農民の出かい?」
装飾の施された短剣をしげしげと眺めているとがっしりとした体つきの店主が声をかけて来た。
身なりから農民だと判断したのだろう。買いもしないのにずっと居座られても迷惑だと言うことだろうか。
「ええまあ…荷物運びで摂津国から来ました」
娘にまで荷物を運ばせるのかと店主の目が哀れみを持った目に変わる。同情しているのだろう。見た目によらず随分と優しい人みたいだ。
「それにしても都は随分と賑わってますね。いつもこんな感じなら毎日飽きない事でしょう」
実際に賑わっているとかそう言うことは別として情報を引き出す。
密かにサードアイを服の隙間から少しだけ出し店主を視界に捉える。
「確かに…普段よりは賑わっているな《噂じゃすげえべっぴんさんだからなあ…》」
ほうほう、べっぴんさんですか。
もう十分なのでサードアイを隠す。
「きっといいことでもあったんでしょうね。摂津もこんな賑わいがあったらいいんですけど」
「ならお前さんが頑張って綺麗な女になるこったな」
少し冷めた目で見つめる。下心が見え見えじゃないですか。そんなんだから嫁が出来ないんですよまったく…
さて、情報料ついでに何か買って行きましょうかね。
「装飾のない短剣ってありませんか?護身用に欲しいんですけど」
「ああ、それならあるが…」
金を持ってなさそうなやつに売りたくないと言う魂胆が一瞬だけ見える。
「お金がないから渡したくないって雰囲気出ちゃってますよ」
「流石にばれたか」
そんな露骨に目をそらしたりすればばれますって。それでよく商売できますね。
まあ私が金なしなのは事実なのでどうしようもないのですがね。
「こんな感じのしか無いんだが、流石にただとはいえねえな」
目の前に短剣…と言うよりは小刀に近いものを差し出してくるが渡すつもりはないらしい。
「……交換ではダメですか?」
「すまんな。この店は金銭以外の取引が原則禁止なんだ」
悪態をつきたくなるのを必死に抑える。
「なら……ごめんなさい」
右腕を店主に伸ばす。
「少し眠ってください」
え?買おうとかなんだとかどうしたって?相手がダメって言った時点で交渉破棄ですよ。ええもちろん証拠隠滅はしますよ。そうじゃなきゃすっ飛んで来るであろう人達に消し炭にされかねないですからね。
声もあげる暇すらなく、大きな体が店の奥に倒れこむ。
なんのことはない。眠ってもらっただけだ。
別に刀なんていらないって言って素直に店を後にすればよかったのですけど、折角ですしこういう武器は貰いたいじゃないですか。
「さて、さっさと逃げないとこわい人たちが来てしまいます」
証拠隠滅と簡単な記憶操作を店主に施し一条南大路と東四坊大路の交差点まで戻った私は途方に暮れていた。
「都に潜伏する方法…どうしましょう」
別に輝夜姫らしき人物は既に存在しているということは分かったから別に都に居座る理由などないのだ。あるとすれば姫の屋敷を探し出すくらいなのだが…
「まだ上流階級の合間でしか噂になっていないとは…情報統制でしょうか」
どっちにせよあまり時間がないのは変わらないだろう。
多分都から出て来た貴族を追いかけていけば見つかる可能性があるのだが…
「せっかく都に来たのになんかパッとしません」
観光くらいしてもバチはあたりませんよね。
後…あんなこと言っちゃったのにまさか数時間でただいまーって無いでしょ。
恥ずかしいですし…
「……あ」
そうだった…なんでわざわざ潜伏するのにそんなこと考えなきゃいけないんだっけ。
私はさとり妖怪だ。わざわざ潜入するのにそんな深いことを考えなくても良かったではないか。
さっき私は人間に何をした?周りにバレないように何が出来た?そうだ、そうだった。
「……成る程、私はだいぶ間抜けだったみたいです」
思わず笑みが溢れる。
先ずは場所を変えなければならない。この体だと少しばかり時間がかかるが、到着まで時間はかからないだろう。
数時間後
平城京だからと言って貴族ばかりいるかといえばそう言うわけではない。
彼らに税を納めたり土木工事に駆り出す人材、物や食材の製造など彼らにとって必要不可欠な人も平城京にはいるのだ。
そんな労働階級の人の一つに私古明地さとりはお邪魔している。
住人は一人、いや、元住人だろう。
独身の男の身柄はさっきまでこの部屋に存在していた。
どこにいったのかは誰も知らないし知る必要はないだろう。
それを私が知ってしまったらなんだかかわいそうという感情が生まれてしまいますから。
周辺の住人にはちょっと記憶操作。
理由は二つ。
一つ目は私のような少女がなぜこの家に住んでいるのか。と言う疑問を起こさないようにするため。
こうしないと不審に思った誰かが妖怪退治屋を呼ぶかもしれないから…いえ、間違いなく呼ぶでしょうね。
もう一つは…
この家は前から無人の状態だったと認識させておく必要がある。
さっきこの家に少女が出入りしていて疑問を持たないようにしなければならなかったがこっちを行う理由はちょっと難しい。
簡単に言うと、この平城京では籍が作られておりそれを元に正確に税を集めている。
つまり税を徴収しにくる税官が近いうちに必ずくる。その時のために周辺住民にこの記憶を入れておく必要がある。もちろんこの場合出入りしている私が怪しまれてしまうが、それ用の手は打ってある。
「私はここには住んでいない。別のところに住んでいる子供が遊び場にしているだけ」
これをつけておくだけでおそらく大丈夫だろう。後は後々に対処すればいい。
最初からそう言う認識にすればよかったんですけど…なかなか人の記憶というのは難しいものです。特に大勢の記憶を初めて操ったのでね…
「さて、まだ庶民の間に噂として生まれていないと言うのは…ちょっと困りますね」
要は、輝夜姫の屋敷の位置が分からないのだ。
貴族の後をつけていってもいいのだが、そう言う貴族には必ず護衛の人達がつく。
それはそれで厄介であるし私の隠蔽が破られることだってあるかもしれない。リスクが大きすぎるのだ。
だからこそ庶民の人達も輝夜姫の屋敷に行くと言う状況が必要なわけだ。
まあ、護衛なしと言ってもあんまり安心できるものではないんですけどね。実際、陰陽師とかに金を払って代わりに行かせるってこともあり得ますし…
数日後、都は庶民も貴族もみんなして輝夜姫の噂で持ちっきりになっていた。
人の噂とは恐ろしいもので噂として広まり始めたものはたとえ事実じゃなくてもあたかも事実のように人の心に刻み込まれていってしまう。
既にここまで広がってしまった噂は何が真実で何が嘘なのかもはや分からなくなっていた。
唯一分かることは、輝夜姫と言う美女がとある屋敷にいると言うことである。
そして男性どもの欲というのはいつの時代も変わらないものだ。
早速行動に移る人が続出しているのであろう。
しょっぴかれる人が多くなった気がする。
え?私はどうしているかって?そりゃもちろん…
「ご飯できましたけど?暴れてないで用意くらい手伝ってくださいよ」
のんびりと食事の準備をしていますよ。
「わーい!」
ほんと…ルーミアさん子供化してきてますよ主に思考が…
「そういえば噂話が凄いことになってるよー」
あら?もうここら辺まで来ているのですか。
いやあ噂の早い事なんのです。
(……絶対何かしたでしょ)
え?そんなわけないじゃないですか。噂を誘導するなんて出来ませんよ。私は…あくまで心を読んだりなんだりするだけですから
「まあどうでもいいのだーそれより早く食べようなのだー」
食欲旺盛ですね。あなたさっきまであっちで肉食べてましたよね?あの肉どうしたんですか?
「食べたのだー」
おおう…早い早い。
(あたいは早く寝たいねえ…)
早く寝たいって…まだ日は落ちてませんよ?
ん?お燐?
さっきから足を引き摺っているような…いや、下半身の動きがおかしい。
少し様子を見る。
(さとり?どうしたのさいきなり)
………ああ、そういうことか。
「どうしてお燐はそんなに傷があるのでしょうか?」
毛並みで隠れてしまっていて見え辛いがかなり深めの傷が垣間見えた。
(えと…ちょっとやっちゃって…)
あからさまな動揺。戦闘時の記憶が一気に想起される。
「戦う時はもっと気をつけてください」
慣れていないのに他の妖怪と戦ってきたようだ。
…危ないのでやめてほしいと思うけど同時に仕方ないって思ってしまう。
しょぼくれてるお燐を抱きかかえる。別に怒ってるわけではないのですが……そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。
近くにあった布を傷口の上に被せて固定する。
妖怪が傷が原因で死んでしまうなんて呪詛を使わない限り平気なんですけどね。
見ていると結構辛いんですよ。心だってダイレクトに視れるんですから痛みだって共感するときはしますし。
「あれー?怪我してたのかー?」
「あなたが気づかなくてどうするんですか…」
全く、呆れてしまいますよ。
「あーだから血の匂いがしたのか…ごめんなのだー」
困りますよ。私はあなた達と違って血の匂いに異常なまでに鈍感なんですから…
「まったく…私は母親じゃないんですけど…」
「じゃあ母親になって欲しいのだー」
「断ります!」
(さとりが母とか…ないわ)
「そこまであからさまに否定されると逆に傷つきますよ!」
(嘘だよ嘘……というのは嘘)
どっちなのよ。
もはや私の寝床に近いよくわからない何かの家。
もちろん普段は開けているし中にいても周りとの接触は避けている。
例外を除いて…
噂話はじっとしていても分からない。
だからと言って外に出てうっかり妖怪とバレてしまってもいけない。
家の窓からこっそりと通り行く人の心や会話を聞くためだけではあるが限定的にサードアイを出して使っている。
噂が広まれば色々な人がその一定の話題に対しての思考を行う。
そうすれば本能的に知っていることなどは比較的想起されて見やすくなる。
まあ庶民が知ってるかどうかって言われれば貴族たちより得られる情報量が低いのでなんとも言えないんですけどね。
じゃあ貴族の心はどうかって?貴族の前に妖怪退治屋を倒さないといけないんですよね。
え?じゃあなんで人の心を私が読んでいるかって?
そりゃ…
《……姫の屋敷に行くか》
おっと、きましたね。通り過ぎる人の心を一瞬だけ捉える。
捉えた人物を捕捉、後ろ姿だけだが細かく心を読むには問題ない。
余談だが心を『読む』のと『視る』のでは全く違う。
『読む』と言うのは複雑な心理とかそういうのは抜きで表層心理が丁度今考えていることを声として認識する事を言う。これは常時発動型だからどうしようもない。対処法はサードアイへ映らなければ良い。
もう一つの『視る』は相手の記憶や複雑な心理などを全部映像として私が認識することを言う。
こっちは能力のオンオフが効く。こっちはちょっと使い勝手が悪かったりするし燃費も悪いので普段は使わないようにしている。まあ、余程のことがない限り使うことは無いだろう。
えっと…見た目は農民、屋敷の場所なんてどっから仕入れてきたのだか…わからないもんですね。
視界から消えるまで思考を読み続ける。
「なるほど…あまりここから離れてないようですけど…」
……おかしい。ここに来た時しっかりと都の外周は回ったはずだ。
となると妖怪避けの結界かまたは異空間になっているか。屋敷は私たち妖怪には認識出来ないような仕組みで護られているのだろう。
どちらにせよくっついていけば問題は無いはずだ。
人間が入れるならその人間を見失わず追いかけていけば結界通過も可能。
実際はそう簡単ではないが大まかなことを言えばそんな感じだろう。
「それじゃ…行きますか」
まだ日は高い。日没までには時間があるけど私には関係ない。
あの男があのまま行くというのだ。それを逃すつもりは毛頭ない。
サードアイをフードの中にしまい家の外に出る。
「ここが輝夜姫の屋敷…」
男の後をつけること数時間、目的の建物にたどり着いた。
途中結界のようなものを通過した感じがしたが私の体に変化はない。おそらく視覚的な結界だったのだろう。
目の前に堂々と立っている立派な門構え…高い塀。そして警備の兵と思われる人達。侵入には適さないものだ。
さっさと中に入りたいのだが、足がどうしても止まってしまう。
今ならまだ戻れる。
下手をすれば命を落とす。そんな危険を冒す理由は?
……まあ戻る気なんて今更ない無い。
「行きます…」
既に私の意思は決まっている。
再び私は歩み出した。
閑話休題
竹林の近くに一軒、巨大な屋敷がありました。
その屋敷には沢山の部屋があってどれも質素ながら質素ではないと感じさせ、心置き無くゆったりできる寛容さを備えた部屋でした。
「………」
「………」
気まずい空気がそんな部屋を支配する。
「……さっきのは見なかったことに」
黒髮のいかにも大和撫子って言った風格の少女が消え入りそうな声で話す。
「すいませんが記憶は消せないんです」
慧音さんあたりなら『見なかった事』にすることもできるだろうが私はそうはいかない。
見たものは記憶されるしされたものはいつか無意識の底に沈んでいく。
「そう……」
再び沈黙。
うーん、どうしてこうなってしまったのでしょうか……
遡る事数十分。
輝夜姫の屋敷がごめんくださーいって言って素直に入れるようなところでは無いってのは重々承知していた。
陰陽師と、どこから雇ったのか槍や剣を持った兵士が巡回、更に犬などで二重三重の警戒網が敷かれている。
いくら私でもいきなり子供が輝夜に合わせてなんて出来るはずがない。
もうちょっと前なら出来たかもしれないのだが…
今更とやかく言っても仕方ないのでいつもの方法に移ることにした。
バレないように強行突破である。
ええまあ言ってる意味がわからないと……
大丈夫です。だいたいそんなものですから。
いくら高い塀であろうと上がふさがれていない限り入るのは簡単である。
事実、塀の近くに木なんて堂々と立っていたらどうぞそこから侵入してくださいである。
ほんと、これ罠なんじゃないんですかね。
もちろん普段のように力の行使は出来ませんので、私も木を使って侵入する。
「警備が甘い…いえ、あえて甘くしてるのでしょうか」
どっちにしろ好都合なのに変わりはない。
さて、難関なのはここからです。
使われている家というのは必ず人がいて、大きい屋敷では複数人が必ず活動している。
しかも狭い室内でだ。
普通にお邪魔しますじゃあっさりと見つかってしまうだろう。
記憶を書き換えればいいんですけどその為には一度私の姿を認識させないといけないです。
見つかっちゃダメなのに見つからないと使えない。
さらにここは結界の中。下手に妖怪としての力を出せば一発でバレる。
そこでいつもの方法。床下から進入である。
いつもってわけでは無いですけど屋根裏を進むよりは安全です。
屋根裏の場合気をつけないと天井を踏み抜いてしまいかねないんです。
というわけで侵入。まさか妖怪がこんなことして侵入するなんて思ってないだろう。
妖怪らしくないといえばそれまでだが文句言う前に固定概念に縛られちゃダメなんですよ。
えっと…どこがお部屋なのでしょう。
人の気配が無いことを確認し板のつなぎ目から家の内を見る。
とまあ格別何をしたとかそういうことはない。
人気が無いのを見計らって何回も覗き見を繰り返して輝夜姫を探すだけだ。
「ーー」
「……ーー」
屋敷が広いせいでかなり時間を費やしたがようやく姫のいる部屋を見つけた。
姫の根拠なんて無い。だいたいは感覚と記憶のみですけどね。
さて、話が終わったのか話し声が聞こえなくなる。
複数人と話していた気がしますがなんだったのでしょうか。
部屋の中に姫っぽい人以外いないのを確認。
床板の一部を軽く押して上に持ち上げる。
この時代まだ釘や棒などでの木材の固定は行われていない。ほとんど木組みである。
だから床もこうやって下からなら結構簡単に…開く。
「もうやだー!求婚してこないで!やりたくない遊びたい!魔法少女みたいに魔法でパパ〜っとしたい!キラリーン(星)みたいに!」
「お邪魔しまー…」
私が顔を覗かせるのと同時に姫は床に寝っ転がりジタバタと子供のように暴れていた。
しかも、急にキラリーンって…なんというタイミングだろう。
最悪なことに床に寝っ転がってるせいで私と目線は同じ。さらに私の方向に向かってである。
その瞬間時が止まったのは言うまでもなく…時どころか空間すら亀裂が入った気分だ。
「もういっそのこと逃げようかしら…」
ハイライトの消えた目でボソッとそんなことをつぶやく姫…っぽい人。
「……あ、邪魔しちゃいました?」
いたたまれなくなり戻ろうとする。
一旦仕切りなおさないといけないな。
「いやいやいや!あんた誰⁉︎ってかどうやって入った妖怪!」
な!なぜ妖怪とわかった!私の隠蔽は完璧なはず…少なくとも結界はすり抜ける程度に騙せるのに!
「あ…あの…えと…」
「と言うかさっきの…どこまで聞いてたの?」
「……ガタガタ暴れ始めたとこから」
「全部じゃない!」
そう叫んだ少女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
まあまあ、そんなに知られちゃまずいもんじゃないでしょ。
人には人それぞれの黒歴史があるのですから。
「……」
あれ…まさかみちゃいけないものだったのでしょうか。
私の心配をよそに姫っぽい人もとい姫はずっと黙りっぱなしになってしまった。
そして冒頭に戻るわけだ。
「……まあ、さっきのことは置いといて自己紹介しましょうか」
このまま黙りっぱなしじゃ嫌なのでさしあたり定型文として、こう切り出す。
え?話下手?しょうがないじゃないですか。
「私は古明地さとり。ただの妖怪です」
「……輝夜よ。呼び名は姫でもなんでもいいわ」
「じゃあ便乗して姫ということで…」
何に便乗したのかは知りません。
「それで?一介の妖怪が私の元に何用かしら?命を奪いに来た?それとも誘拐でもしに来た?」
何かを探るような目で見つめてくる。
またまた物騒な。確かに妖怪ですけどそこまで物騒ではないですよ。
「なんていうか…風に乗って流れてきただけです」
「……陰陽師に突き出すとしましょう」
流れ作業で部屋を後にしようとする姫。
「…すいません。調子に乗りましたあああ!」
正座体勢からのバク転土下座である。
陰陽師?いやいやいや!ここの護衛ときたら絶対ヤバい人達じゃないですかーやだなー。
「んで、あなたは何をしにきたの」
貴方のこの後を知ってます。協力しましょうなんて言っても絶対信じないし下手したらこの場で潰される。はて、どうしたらいいものか。
「端的に言うなら会いに来ました」
間違ってはいないけど正解ですらないような事を述べる。
「……まさかあんたそう言う気があるの?」
はて?そう言う気?一体なんのことでしょう。
急に意味のわからない事を口走る姫。その顔は驚愕と若干の軽蔑と…何故か期待が入り混じった表情だった。
「あの…意味がわからないのですが」
「あ、いや!気にしなくていいわ」
ならいいんですけど。何がいいのかは知らない。
「とにかく!妖怪なんかに来られても困るの!大したことでなければ帰って」
えー…なんで不機嫌になるんですか。
それにこんなことを言っても信じないってのに…あー仕方ないですね。
「……月が綺麗ですね」
「はい?」
まだ外は日があり明るい。その上今日は新月だ。
月など見えるはずもない。じゃあこの言葉は…姫なら分かるだろうか。
何かを考えるような表情をしていた姫であるがいきなり顔が赤くなった。
あれえ?なんか反応が違う。あーまさかそっちの意味で捉えました?
えー…そっちの意味を姫は知ってたんですか。へえ…
「いやあ、姫ほど美しいのであればきっと月に住む兎も私のように姫を連れ去ろうとくるのでしょうね」
その言葉を言った途端、さっきまでの真っ赤な顔が今度は真っ青になる。同時に、体が震えだした。心拍数上昇、私への警戒レベル二段階上昇といったところだろう。
「あ、あなた!な…なんでそれを!」
姫の右手が腰の方に伸びる。黒髪に隠れて見え辛いがどうやら護身用の武器でも持っているのだろう。
「なんでと言われましても…問題の本質はそっちじゃないので今回は黙秘させていただきます」
「何よそれ!答えになってないじゃない!」
答えにしてないのですから当たり前ですよ。後、あまり大声を出したら人が来ちゃいますよ。
「何が目的?言っておくけど私を連れ戻そうってなら…」
「容赦しないわよですか」
「…っ⁉︎」
まあこんなことくらいは心を読まなくてもわかる。
変な誤解をされているようなのでここらで訂正。
「私は逆です。姫に協力を申し立てにきたんです。後友達になりたかったってのがちょっとだけ」
姫が警戒心を緩めた様子はない。
当然でしょう。あんなので警戒を解くなんてよほどのお人好しくらいですからね。
「……それで私が乗るとでも?あなたが嘘をついているかもしれないじゃない」
「嘘をつくもつかないも、明確に証明することなんて出来ないでしょう」
「悪魔の証明ね…なら…」
「ですが、私はあなたの意思を尊重します。関わってこないで欲しいならそうしますし死んでくれというなら…」
「いまここで死んで差し上げましょう」
ここは冗談抜き。こうでもしないと絶対に信用なんてしてくれないですからね。
「……わかったわ。信じることはできないけれど…友達の方は良いわ」
なるほど、まずは友達からってところですか。
「ええ、どうせ求婚とかしょうもないことしか最近話してないんでしょ」
「あー…わかる?」
「疲れが顔に出てますよ」
やっぱりとため息をついて姫は私の前に静かに座り直した。
「うーん…どこぞの人たちがしつこいのよね…」
「心中お察しします」
この後二時間ほど愚痴を聞かされたのは言うまでもなく、私も愚痴を軽くこぼす感じで距離感はかなり縮まった。
「へえ…ラピュ◯の雷ねえ…面白そうじゃないの。似たようなのがあったわねー月の兵器に」
「物騒ですね…もちろん自爆装置はありですよね」
「勿論あるわよ」
まあ一部愚痴が変なトークになったのはこの際省略しておこう。
不思議な少女ね。
古明地さとりへの第1印象はそんな感じだった。
つかみどころがなくなにを考えてるのかわからない。その上部屋の中でもフード付きの外套という地上じゃ見ることが出来ないと思われた服装。
いきなり部屋に入ってきたかと思えば気まずそうに帰ろうとする。私にも落ち度があったかもしれないけどあの反応は迷うわよ。
それにほとんど妖力が出ていないが妖怪である。
言えばしっかり白状してくれたからどうというわけではないんだけどね。
それを踏まえてみると今まであったことのある妖怪とは全く違う…あえて言えば人間が妖力をまとった異質なものという感覚さえ感じる。
それにしても…まさか協力を持ちかけてくるとは。
どこまで知っている?いや、何者なのか?
終始一貫の無表情なうえ、意図も分からない交渉を持ってくる。
不思議というのはすぐに撤回され予測不可能の謎の子扱いになるのに時間はかからなかった。
少なくとも敵ではないって事は確かよね。だってそんなんならもうとっくに私は捕まってるでしょうし。月の奴らがこんなまどろっこしいことなんてしないでしょうし。
信用はできないけど信頼はできるってとこかしらね。
あと話してて楽しいし。
まさかガンダ○を知ってるとは…
今度月から持ってきたプラモ見せようかしら。組み立ててないけど。
って言うか月の文化は知ってるのに月人でも無ければ月の人と接触した事すらないなんて…嘘かと思ったが本当だったし。
この子もしかして…?
「あの…食事の方は?」
え?ああ、さっきから呼ばれてたわね。
「じゃあちょっと待っててくれるかしら?」
全く、楽しい時間はあっという間なんだから…どうしてくれようかしら。
部屋に再び戻るとさとりは逆立ちの状態で待っていた。
服の裾が少しだけめくれ上がっているが少しだけで収まってるのが不思議である。
どうなってるんだか…
「……」
「突っ込まないんですか?」
人の家で何してるのかと思えば突っ込んで欲しかったのね…
「突っ込んで欲しいなら…」
そう言い私はさとりの無防備なわき腹に肘打ちをかます。
グヘっと変な呻き声を上げてさとりが倒れる。
「悪は去った…」
倒れてるさとりを床に開いた穴に落とす。
「……酷すぎませんか?」
穴から一陣の風が吹き、気づいたらさとりが座っていた。
「ごめんごめん」
思いっきり腰にめり込んだはずなのにもう動けるなんて……それに早い。相当強いわねさとり……
それに汚れたそぶりもない。おそらく地面に落ちる前に復帰したのだろう。
「ねえ、折角だし風呂でも入る?」
「え?風呂あるんですか?」
あるわよ!いくら地上の人が風呂入る習慣ないからって月も無いなんて事は無いわよ。むしろ風呂は一家に一部屋よ。
「あー…遠慮します」
聞いといて結局入らないんかい!
「つまらないわね」
「面白さを求めちゃ終わりだと思ってるんで」
なーにいってるんだか。全く不思議系フリーダム系のキャラは要らないってのに。
そういえばなんでさとりはお風呂を知っているのかしら。
この時代はまだ風呂なんて…
「風呂なら作ったことありますよ」
ボソッと言った一言に私は驚愕することしか出来なかった。
「え?作った?お風呂を?」
「ええ、まあ…」
本当にこの子は何者なのだろう。
日も沈み、月のない闇が辺りを覆う時間になった。
普段なら月明かりだけで十分な部屋も、今日ばかりは何も見えない。
「それじゃあ…私はこれで、御暇させて頂きます」
蝋燭の小さな光の中でさとりは話の隙間をついてそう切り出した。
「あら?帰っちゃうのかしら?」
別に泊まっていけばいいのに。私が許可を下せば普通に出来るのだけれど。
自由奔放な子なのね。
「こちらにも帰る場所がありますので」
そう言ってさとりはするりと立ち上がる。服の隙間からコードのようなものがちらりと見える。
コード…なんのための?
疑問が湧いて来るがそれを聞く気までにはならない。
「…帰る場所ね」
私の帰るべき場所は…いいえ。もうあそこには帰らないって決めたんだから。
「そうそう、さとり。ひとついいかしら?」
なら、使える駒は少しでも多い方が良い。
「はいはい、なんでしょうか?」
床板が外れ空いた穴から顔を覗かせながらさとりが聞いて来る。相変わらずの無表情。なんかこう…表情ないのかしらね。
「貴方に協力の意思があるなら、今後もここにきてちょうだい」
最初に私から断っていながらこんなことを言ってしまうのもなんである。
だが、敵でないなら味方につけていても良いだろう。後話し相手。
「承知しました。これからも宜しくお願いします」
「敬語じゃなくていいわよ。それに姫じゃなくて輝夜でいいわ」
「……え?」
顔には出ないものの目が驚いている。
うん、無感情ってわけでは無いのね。よかったよかった。
「姫って名前じゃなかったんですか?」
「ちがあああああう!」
なんだその名前!輝夜が苗字で姫が名前だと思ってたの⁉︎なに?天然⁈
「だって…ねえ」
なにがだってよ!なにが!
私がおかしいとでもいうの⁉︎
「……私の本名は蓬莱山輝夜よ!」
「なら最初からそういってくださいよ」
結局私が悪いみたいな言い方になってる!ああもう!
「まあまあ、不老不死とはいえ怒ってばっかじゃ体に悪いですよ」
あんたが言うなああああ!
ま、月にいた頃より楽しいのは確かね。
ならさっさと準備しないとね。まずは手駒を増やすとこから…
さてさて、困ったものです。
「どうやって帰ろう…」
屋敷から出る方法を考えていなかった。
失敗しましたねこれは…
それに夜だからでしょうか。警備も一段と厳しくなってます。
建物から出たらまず間違いなく見つかるかもしれません。いくら新月で暗いからといっても蝋燭の光はどうしようもないですし…
仕方ないです。ここは正面突破で行きますか。
「想起…」
止めていた妖力を解放し、サードアイを服の中から出す。
その夜、輝夜姫の屋敷は戦場になった。
輝夜姫の屋敷を大脱出してから13時間と40秒
未だに警戒態勢は解かれていない。
「いやあ少し暴れすぎました」
(暴れすぎってレベルじゃない気がするんだけど…)
そうですか?私はただ塀を壊して周辺にいた兵士を一時的に無力化しただけですよ。
まあ後遺症が少しだけ残ってしまったかもしれませんが…
静寂な部屋に、猫の鳴き声と私の声が交互に響く。
事情を知らないものが見れば猫と話す謎の少女と思われてしまうがあいにくここにそういうヒトはいない。
「ところで、ルーミアさんまだ帰ってこないのですか?」
(うん、昨日の夜にふわふわーっと出かけたっきりだよ)
「そうですか…」
ルーミアさん不在でも私は構わないのですが、今まで一緒だった人が急にいなくなると心配になってしまいます。
私の勝手な主観ですけどね。
「常闇妖怪にも都合があるのでしょう」
(お、珍しくそう呼んだね)
珍しいですかね?あ、そうか。普段私、ルーミアさん呼びだったのか。
急にどうしちゃったのでしょう。
「まあ、気にしていても気が滅入るだけなので気にしないことにしましょう」
私はこれからあの人のところに行かなければなりませんし。
(あたいはここで待ってた方がいいのかい?)
「そうね、待ってた方が安全よ」
私のせいで警戒度は上がってるでしょうからお燐でも妖怪と見抜かれる可能性が高い。
(じゃあそうする)
即答ですか。
近くに置いてあったコートを羽織りいつものお出かけ態勢になる。
お燐に色々と家のことを頼み、まだ少しひんやりとした空の中に私は飛び出す。
飛ぶといってもずっと飛ぶわけではない。少ししたら降りる。
今回はちゃんと正規の手続きで入るからだ。
手続き…うん、手続き…語弊ですね。
耳元で風を切る音がちょうどいい音色を奏でる。まだ私の好きな音色を奏でる楽器がないこの時代では数少ない楽しみです。
ですが今回はそこまで遠くまで飛ぶわけではないので早々と楽しみはおしまい。
ここからはひたすら隠すことに集中する。
姫の屋敷は、やはりというべきか物凄い警戒態勢になっていた。
これ平城京の兵団の半分はいますよね。
「おい!子供は帰れ!」
普通に入ろうとすると門兵に首根っこを掴まれた。首が締まる。
乱雑に人を扱うものだ。ですが、この人達はどうやら普通の人間みたいですね。昨日の爆破から考えて陰陽師とか妖怪退治屋とかを警備に付かせると思ったのですが…動かせる人員がこのくらいしかいなかったってことでしょうか。
いずれにせよ、私には好都合です。
「輝夜姫に、古明地さとりが来たと伝えてください」
昨日の今日だ。輝夜姫だって覚えているはずだ。
覚えてなかったらそれはそれで問題なのですけどね。
じゃあなんで最初の方にそう言って入らなかったか…そりゃ初対面の…一庶民でしかない私が輝夜姫に合わせてくださいなんて言っても門前払いでしかない。
だが、今の私は輝夜の知り合いで十分通る。あまり褒めらえた事ではないが一度知り合ってしまえばこんなもんである。
しばらく困惑していた門兵が伝言のために建物の方へ走っていった。
しばらくすると血相を変えた兵がまた走ってきた。
そこまで血相を変えますか普通……
「も、申し訳ありません!直ぐに案内します!」
ちょ…輝夜姫、何吹き込んだんですか?どう考えても脅しかけてますよね⁉︎
兵の後に続いて建物の中に入る。
ここからだと昨日私が壊した壁がよく見える。
周辺の木々も巻き込んで地面ごとえぐれているあたり…少しやりすぎてしまったなと後悔する。
屋敷の中からは女中さんに案内が変わる。
一応建物の構造は昨日床下から見たのでなんとなく覚えている。だがそれを踏まえても部屋数が多すぎる。いや、よくよく見てみれば部屋数というより襖で区切られていると言った方がいいのだろう。
しばらく女中に続き廊下を進んでいくとあの部屋に前に着いた。
もちろん私は従うだけ。ここで変な事をして面倒な事になってしまうのは御免です。
特に私はこの時代での人間の作法なんて全く知らないですし。
襖が開かれると奥に凛々しい姿の姫が、これまた威厳のある雰囲気を流しながら佇んでいた。
「二人だけで話がしたいから、誰も入れないでちょうだい」
輝夜姫の言葉に女中は恭しく礼をし下がる。
襖が閉められ人の気配が消える。
同時に威厳を姫として放っていた輝夜の気が抜ける。雰囲気が一気に変わった。
「で、昨日は随分と賑やかだったわね」
「ええまあ…ちょっとやり過ぎました」
「本当よ!おかげで大騒ぎだったんだからね!」
大変だったと身体中でアピール。そんなに凄かったんですか…ちょっとやり過ぎましたね。
「まあいいじゃないですか。それより本題に入りましょう」
まだ不満があったみたいだが私がタイミングを潰してしまったがために言い損ねてしまったのだろう。
むすっとした表情のまま彼女がきりだす。
「一応確認だけど、ここに来たってことはそういうことであってるのよね」
「私に百合っ気があるって事……嘘です嘘です。貴方が月へ帰るのを阻止する手伝いですよね」
「わかってるならちゃんと言いなさい」
怖い怖い。いきなり刀を突きつけないでくださいよ。
「言っておくけど、これでも剣術は出来る方よ」
へえ、そうなんですか。あれ、でもその持ち方…剣術にしては持ち方とかが不自然だ。
「近接戦闘…どっちかっていうと軍隊に近くないですかそれ」
体を構えた刀の軸線に入れるような足腰の運び方。そして刀の持ち方……完全に近接戦闘向けだ。
「ああ、分かるのね。そうよ、月にいた頃仕込まれたの」
それなら刀をそのようにして構えるのも納得です。
その構え本来はナイフなのですが…まあ刀でも出来なくはないのですね。
「これはまた厄介な相手になりそうですね」
輝夜でさえここまで綺麗に出来るのだ。もし相手が正規兵であればシャレにならないでしょう。
前世記憶で言えば海兵隊クラスと思ってもいいでしょう。
「でも貴方はそれを承知なのでしょう?」
「ええ、そうですよ」
ちょうどそこに女中がお茶を持って来た。話の途切れるタイミングを計って来たのだろう。
有能な女中さんですこと。
「じゃあまず状況整理からね」
出されたお茶を飲んで一息ついた輝夜が状況を語ってくれた。
二ヶ月後、島流しの期限が切れ月の民がお迎えに来るそうだ。
地上に流された理由はもちろん不老不死の薬を飲んでしまったからという事でここら辺は私の知識と一致する。まああまり役に立つとは思えませんが…
ただ、月の兵力はどのくらいで来るのか。それだけはわからないとの事だ。
大まかな予想でいいから尋ねてみたものの、私の問いに輝夜は渋い顔をした。
「多分、二個中隊くらいかしら」
パッとしませんね。
「いえ、多くてもそのくらいなの。ただ、装備が…」
装備?装備ってどういうことでしょうか?
「ここだけの話よ。あまり詳しくはわからないけど、銃とか戦車とかいろいろよ……って言ってもわからないか」
「え、ええあの…銃とか戦車って…」
中隊クラスで戦車とかですか…機械化歩兵部隊でしょうか?それとも海兵隊の戦車もどきな輸送車?
「気にしなくていいわ」
そうですか……まあ確かに詳しくはわかりませんよ。詳しくは…ですけど。
「へえそうですか。別にいいですけどそれを込みで逃げる作戦とか考えてますよね」
「まだ2ヶ月あるんだしまだいいじゃん」
楽観視しすぎですよ!何も考えてないってどう言うことですか⁉︎まあ確かに後二ヶ月あるのでしょうけど。
「一応向こうに話のわかる人が一人いるわ。その人に協力してもらうの」
つまりは細かいことは全く考えてないと…
ま、実際に不確定要素が多いのであまり細かく決められないのも事実ですし…
って言うか戦車とか出してくる相手にどう立ち回ると…この辺り私は私で準備しないとですけどそれはそれで大変ですし完全に対策は出来ないでしょう。
「まあその事はいいです。後は迎えの連絡とかってくるんですか?」
「ええ、一応来るわ。地上の人たちには理解すらできないでしょうけど」
そんな高度な技術があるのですね…
これなら確かに賢者が月に進行しようとした理由もわかります。
ただ、協力者がいるなら、私はどこで何をすれば…まあある程度予想はつきますけど。
「じゃあ…私は、」
私の問いかけを遮るように輝夜が手を出す。
「お迎えが来た時に逃げるのを手伝ってくれれば、いいわ」
少し苦悶の表情を浮かべながらそう呟いた。
それ、結構危険なやつですよね。
「でも、貴方が危ないって思ったら私に構わずすぐ逃げて」
それほどまでに危険な相手なのだろう。まあ戦車とか銃とか使ってるみたいですしそれなりに強いのであろうことは想像がつく。
「……」
「大丈夫です。死ぬ気は微塵もないです。それに…」
それにと聞き返して来そうな雰囲気。
「私をあまり舐めないでくださいね」
自分でも驚くようなほどの気が流れる。
流石に流しすぎると外にいる人にバレてしまうのですぐに引っ込める。
「え……ええ、貴方がそこまで言うなら」
私の気に思うことがあったのか少し考えていた輝夜はそう頷いた。
「それに…打つ手がないわけじゃありません。相手が生きている生物なら望みはあります」
その後も少しの間屋敷にとどまって話をしていたが、貴族がお見合いに来てるとのことで私は帰ることにした。
屋敷を後にしてから数十分。なにやら後方から誰かがつけてくる。
こんな私を尾行するなんて誰でしょう。
まさか先ほどお見合いに来ていた人でしょうか?ですが私は裏手から屋敷を出たから顔は見られていないはず…
サードアイを使って確認してもよかったが、むやみに力を使うのは愚策と考えやめる。
「おや…前から兵団…?」
どうしようか悩んでいると前の方から貴族の兵と思わしき集団がやって来た。
あれ…もしかして後ろから来てる人達って…あ…挟まれた?
気づいた頃には私の前後に槍とか弓を持った人達がたくさん立っていた。
戦闘態勢ではないようですし本気で攻撃はしてこないのでしょうけど威圧が凄い。
「あの…私に何か用でしょうか」
その中の一人、どうやらいかにも貴族ですと言った格好をした人が歩み寄ってきた。
「ふむ、これほどの人数で囲まれてながら全く怯えぬとは…」
なにが言いたいのでしょう。それより前に本当に誰でしょう。
私はこんな人物知らない。
「申し遅れた。我が名は藤原不比等。お主に興味が湧いた」
……え?
私は固まった。
まさかこの人…そういう趣味?幼い系が…うわ、逃げないと…!
「屋敷に来たまえ。妹紅も喜ぶだろう」
え?妹紅さん⁉︎まさかこの人妹紅のお父さん⁉︎
うん、分かりたくなかった!藤原って言ってる時点で察してたけど知りたくなかった。
結局断り切れない性格なのかなんなのか、断り切れなかった私は不比等さんの護衛に連れられ屋敷に招かれた。
輝夜の屋敷ほどではないが、こっちもそれなりに大きい。
かぐやの屋敷が長門なら、こっちはさしずめ金剛といったところだろう。
あれ?あんまり大きさ変わってませんね。
じゃあ、ミニッツ級と、ミッドウェー級って言った方が良いですね。
そんなどうでもいい事を考えながら不比等に続く。
玄関から入ってそのまま建物を通って庭の方に案内された。
家の自慢をしてこないあたり、この人の人柄が見える。
「妹紅!お客さんだ!」
不比等さんがそう叫ぶと庭の奥に広がっている藪の中から黒髪の少女が一人でて来た。
身長は私と同じくらい。かなりやんちゃなのだろう。
服が所々乱れている。だがそれを抜いてもやはり貴族の娘の風格が出ている。
「お父様?その人は……」
知っている姿より多少…と言うかかなり幼いですし髪の毛も白ではなく黒…まだ蓬莱人ですらないからそうなのだろうと納得させる。
「ああ、お前と気があうと思ってな。仲良くしてやってくれないか?」
は、はあ…もしかして友達になってくれって事で呼んだんですか。まあわかってましたけど。
ですがこのタイミングで…厄介です。輝夜と妹紅…うん、あまり組み合わせとしては良くない状況です。
「さとりです…よろしくです」
「私は妹紅!よろしくさとりちゃん!」
元気の良さに圧倒されてしまう。妹紅さんってこんな性格だったんですね。
「あのー…私はどうすれば?」
「遊び相手になってくれんか?」
「え…まあ、いいですよ」
大丈夫だろうか。もしここに陰陽師がいれば私は…いえ、考えたくない事態です。
もし私の正体に疑問を抱いた誰かが、私の正体を看破でもしたら危険がいっぱいになってしまう。
ここは人の世。人ならざる者は生きてはいけない世界なのだ。
「さとりちゃん?どうしたの」
さとりちゃんって呼ばれるなんて初めてです。
やはりこの世代の子供はこんな感じに純粋なんでしょうか。
「あ、いえ!なんでもないです」
まあ少なくとも今はまだ問題は無いかなあ
「それで、何して遊ぶんですか?」
さて、今は…ゆっくり思考を休めて楽しみましょう。
「鬼ごっこ!」
数刻ほど経っただろうか。夕暮れ時、橙色が支配する空の下で、妹紅さんは満足げに奥の部屋に一回入っていった。
本当に野生児みたいに活発に動きますね…私の追跡を完全に振り切るなんて…
「あの…そろそろ帰ってもよろしいでしょうか?」
縁側に腰を下ろす不比等に尋ねる。
実際普通の少女ならこの時間に帰らないと色々とまずい。と言うかこの人が勝手に連れて来たって時点で拉致ですよねこれ。
「ああ、すまぬな。今日くらいはどうだ?ここに泊まってゆかぬか?ご馳走を振る舞うぞ」
やけに親切ですね。何か裏があるのでしょうか。
「……どうして私なんかに?」
「…ははは、いやあ、妹紅があそこまで誰かと遊ぶのを楽しんでいたのはみたことがなかったのでな。やはりお前を連れて来て正解だよ。さとりと言ったか?最初にも言ったが、妹紅の遊び相手になってくれないか?」
なるほど、親バカですね。
「それは構いませんが、どうして私なのでしょう」
結局、私にあそこで声をかけた理由がまだ分からない。
「それか、なんというか、勘だな!はははは!」
ええ、勘ですか。
なるほど、相当運のいい勘ですこと。
「わかりました…私でよければ…」
「よろしく頼むぞ。あと…」
急に不比等さんが小声になる。
「私の身に何かあったら妹紅を頼む」
「……わかりましたけど…そのような事態にだけはしないでください」
この時代、確かに死は突然であるしそれが当たり前かもしれない。
だが、それでも守るべきものがあるなら生き延びなければならない。
あらかじめ手を打っておくにしてもこれは不自然だ。
だって私は…ただの少女…
「まさか、輝夜姫に?」
「……惚れてはいるな」
やっぱりロリコンだー!
いくらなんでも年齢を考えてくださいよ!
っていうか結局輝夜に近づく採算も入れて私に声をかけたんですよね⁉︎完全にダメな人ですよ⁉︎
とまあそんな事はおくびにも出さない。だってこの時代はそれが当たり前。私の感覚の方が異常とまで言われるような世界ですからね
……ですが、夕食は断って帰ることにしましょう。
「ねえねえ、さとりちゃん!」
「なんですか妹紅さん?」
「ご飯一緒に食べよう!」
そ、その問いは…く、さっきまで断ろうと思っていた私の意思が揺らぐ。
「え…えと…家族の方も…心配してますし…」
「やっぱりダメ?」
いやああ!そんな捨てられた犬みたいな目で見ないで!無理です!これを断るなんて出来るはずが…と言うか断ったら絶対報復を受けそう!主に不比等さんに!
「……え、ええ」
勝てなかった。純粋なお願いほど断れないものはない。
私自身がそういうことに敏感であるからこそ余計に断れないのだった。
だってあれ純粋な心で悲しまれると…罪悪感が凄いですから。
すいませんお燐、ルーミアさん。今日はちょっと帰れないです。
「わはー」
闇の中に少女の声が響く。
いや、闇の塊の中から聞こえるといったほうがいいだろう。
その闇の塊は何やらもぞもぞと動きながら液体を垂らしていた。
月明かりの中に浮かぶ闇の球体。そこから垂れるその液体は…かつて人間の体を流れていたもの。
月明かりの下にたまった液体の上に、かつては生きていたであろう肉体ががさりと落ちる。
「……なんか最近敵ばっかりね」
彼女は知らない。敵と呼んでいた相手が輝夜姫の警備で駆り出された連中だと言うことを…
だが、その人が陰陽師をやっていたであろうことは容易に想像がつく。
ま、想像がついたところで何がどうだというわけでもない。かかる火の粉は振り払うだけだ。
「……あら、今度は貴方の番なのかー」
闇から滴る液体はしばらく続きそうだ。