古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.95 覚り姉妹の尾を踏んだ

だいたい妖怪が集団で住むとすればそれは人里なんかではなく山の中。

勿論勝手に入れば怒られたりするのは妖怪の山と大して変わらない。

だからどこの山をだいたい根城にしているとかはある程度知っていないとここら辺では生きていけない。

そんなわけだから女将さんに教えてもらった方の山にお邪魔している。

「静かですね」

 

「バレてないんじゃない?」

 

「紫苑さんそれはあり得ませんよ」

多分向こうもこっちに気づいていますね。

一応こいしが光学迷彩を展開しているけれどあまり意味はない。

たとえ姿を見えなくしても気配や音、それに匂いですぐにバレてしまう。

実際この迷彩が大きな効果を出すのは人混みの中など視覚以外の情報もしっかり錯乱できる状態がないといけない。

「バレてるんなら襲ってくるはずじゃ…」

 

「多分深くまで連れて行って囲って撃退?殲滅?でもする気なんじゃない?」

大胆ですねえ…でもこいしの考えが正しい気がします。向こうは私達を逃す気は無い…目的は分かりませんけど私たちを狙っているようですね。一体何のために?

考えても分からない。

 

「分かってるならどうして敵の術にはまるのさ…」

 

「こうでもしないとお空も貴女の妹も助けられませんよ」

それに包囲網戦には一点突破という弱点がある。こいしの火力を使えば容易い。

まあ向こうが包囲戦を仕掛けるかどうかですけどね。捕らえる目的ならしっかりと檻に誘導するでしょうね。

その場合はお空たちが餌。

まあ、やることは変わらないのですが……

 

そろそろなにか出てきても良いのですが…なかなか出てきませんね。

どれだけ用心深いのやら……

 

「ねえお姉ちゃん、威嚇射撃していい?」

こいしが魔導書を開きながら聞いてきた。

「ええ、いいわよ」

 

向こうがその気ならこちらから攻めるまでです。光学迷彩に回していた魔力が切れ、私たちの姿が丸見えになる。

こいしが持つ魔導書がひかり、彼女の後ろに金色に光る波紋が生まれる。

そこから飛び出してくるは大型のガトリング砲。

銃身だけ出しているにもかかわらずその姿は大きく、そして恐ろしい。

こいしの掛け声とともに砲身が高速回転。中に込められた弾丸が暗闇に吸い込まれる。

まあ、ここまでは予定通り。本来の狙いはこの時代では殆ど聞かないであろうこの轟音に対する向こうの反応。

 

勿論ヒトは聞きなれない轟音がすればびっくりしてしまうものであり、それは戦場において命取りとなる。

びびって頭を出したのをこいしも私も見逃すほど甘くはない。その頭に向けてこいしが銃口を向ける。

たちまち悲鳴が上がる。

私も拾った小石を弾き飛ばす。

たかが小石と侮ってはいけない。

指で弾くだけでも顔面に当たれば怯むし目に当たれば失明まで持っていくことができる。ある意味身近にある凶器なのだ。

最初の何人かの悲鳴が功を奏したのか、周囲で次々と妖怪達が頭をあげる。

ほらやっぱり狙ってたんじゃないですか。

あまりここに留まっていても意味はないので駆け出す。もちろん周囲に向けて弾幕を展開したりと反撃を許さない。

 

「流石にやりすぎじゃ…」

紫苑さん、これくらい牽制しないとすぐに囲まれて終わりですよ。

そういえば、お空たちが捕らえられている場所…分からないですね。

ここにいるヒト達が知っているはずもないし…こうなったら情報を知っている幹部とかそのあたりの位のヒトに突撃取材をする方が良いですね。

ついでですし報復しましょうか。

「お姉ちゃん…変なこと考えてない?」

 

近くに迫ってきた妖怪の腕を双剣で斬り落としながらこいしが呟く。

「別に何も……」

 

「報復しようとかしてたでしょ」

あら…鋭いわねこいし。

「当たらずとも遠からずよ」

 

「復讐とか報復はなにも生まないよ」

紫苑さん言いたいことはわかりますけどそんな正論…戦いの中では無意味なものなんですよ。

「ええやんなにも生みませんよ。ただしスッキリします」

そもそも復讐はやめなさいとか言うけどあんなのにしたがって復讐やめる時点で復讐する気なんてないんですからね。そもそも恨みつらみを晴らしてスッキリしたいがためにやる事ですから。ほら、もやもやしたままだとなんだか嫌じゃないですか。まあその結果として復讐の連鎖ができるかもしれませんけど…それは覚悟の上ですしその時考えるのです。将来のことなんて分からないのだしわからないものをただ心配するだけじゃ無意味。ある程度対策は取っていますよ。原作通りに地底を封鎖するとか私に対する悪評を撒き散らして地霊殿に篭るとか。

「こわい…お姉ちゃん怖いよ」

こいし?怯えなくていいのよ…むしろ怯えられるとなんだか悲しい。

 

「見た目は猫なのに中身が悪魔だった時ってこんな感じなんだろうね」

 

「失礼ですね。私は猫でもなんでもないですし悪魔のような思考だってしてませんよ」

至極真っ当に私に頭が考えられる最善の判断を考えてるだけです。

「例えがこれしか出てこないから……」

 

「あえて言うなら悪魔はこいしの方が近いと思うのですけれど」

 

「そこだけは同意」

走りながら紫苑さんの手に拳を当てる。向こうも私の手に拳を当ててきた。

「ちょっと2人ともひどい!」

 

「じゃあそこで転がってる肉片はなに?」

いつのまにかこいしの目の前にはバラバラになった何かが転がって…後ろに消えていった。

「え?あ……ごめん死体蹴りしちゃってた…」

やれやれ…せっかく頭を吹き飛ばして楽にしてあげられたのにそれはあんまりですよ。

「だって轆轤首の首気になったんだもん」

轆轤首の首がいくら気になるからって切り刻んじゃダメですよ。

わざとではないだけまだ良い方ね…

 

後ろですごい悲鳴が上がってる…まあ追いかけてる最中にあんな無残になった仲間が来たらそうなるわなと思いつつ時間稼ぎになったからいいかと思い直す。

そろそろ本気で撒いた方が良いですね。

 

「怪符『夜叉の舞』」

私たちの後ろで弾幕の壁が形成され追っ手の動きを封じる。

ちなみに当たっても痛くないんですよ?でもそれが弾幕ってだけで本能で避けようとする。

こればかりはどうしようもないですね。

 

そうこうしているうちに追ってはいなくなりあたりは静寂に包まれた。

今まで獣道のようなところを突っ走っていたから行き先は分かってしまっている可能性が高い。多分また待ち伏せなのだろうか…

それにしても建物一軒すら見えませんね…結界でも張っているんでしょうか。でしたら早く開けてくださいよ。そうすれば特大級の檻になりますよ。

「ねえ…私必要だった?」

息を整えながら紫苑さんが聞いてきた。

「人数は多い方が良いですよ。それに私達だって無敵じゃないんですから。むしろ弱いんですからね」

それに紫苑さんの方が十分に強いですから。戦いにもいろいろありますけど不幸をばら撒くというのはなかなかの物ですよ。まあ私たちも被害を受けやすいのが難点ですけど。

「特に悟り妖怪は近距離が苦手とか言うしなあ…」

不意に目の前から声をかけられる。やや落ち着いた女性の声。

だれ?

歩いてくる人影…だけど匂いは私たちと同じ、つまりそういう事です。

「盗み聞き?趣味悪いと思うけど」

こいしが剣を双剣を構え、攻撃態勢に入る。

それに臆した様子はなく、声の主は私達の前に姿を現した。

「ええやんええやん。それにさとり妖怪がいたなんてなあ…とっくに絶滅したかと思ってたよ」

黒い長髪、黒生地に赤色で蝶の模様が刻まれた浴衣を腰部分で赤い帯で止めている。かなりの長身であり多分女性すら魅了してしまうほどの美人ですね。

「絶滅したんじゃないんですかね?」

 

「目の前におるのは悟り妖怪やろ」

 

「覚りですよ。悟りじゃないです」

 

「同じだと思うんだけどなあ」

のらりくらりと話していれば言葉遊びになってしまう。つかみどころがないと言うかなんというか…話していると相手のペースに乗せられそうですね。

 

「というかよく私たちが覚りだってわかりましたね。何ですかそんなにわかりやすいですか?」

 

「そうだねえ……匂いでわかったんじゃないかな?私は興味ないけど覚り妖怪はここら辺結構いたからねえ。よく殺したり食ったりしてたらなんとなくわかるんだろうよ」

 

彼女の言葉でこいしの顔が青くなる。まあ普通はそう言う反応ですよね。

反対に紫苑さんは怒りをあらわにしていた。別に…怒ってももうどうしようもない事なんですけどね。

まあどうして貴女たちが私達を覚りだと確信したのかはもうどうでも良い話です。興味なんてないですし…

「話が通じるようなので交渉したいのですが…お空達を返してくれます?それだけ果たせたら手を引きますから」

 

「ダメって言ったら?」

 

「そしたら奪い返すまでです」

足を引いていつでも飛び出せるようにする。

「あっそう、でも私は勝てそうにないから諦めるよ」

だけど向こうは戦意はないと言わんばかりに手を振る。

それは本心なのか私を欺くための罠なのか…しかし覚り妖怪に嘘はつけない。その固定概念が入っているなら彼女の言っている事は本当なのでしょうね。

「意外と賢明ですね」

 

「まあね。死にたくなければ無用な争いはしない主義だから」

なるほど…貴女は流れ者って事ですか。私の考えていることを察したのかご名答と彼女の顔が笑顔に変わる。仮面の笑顔…その下は一体どうなっているのでしょうね。

「じゃあ見逃しましょうか。しかし困りましたねえ…あなたを見逃しても私達はどこに行けば良いのでしょうか」

 

「さあねえ、私は上が考えた三文芝居なんて知らないからなあ。ただの下っ端であって場所を教える係ではないんだよねえ」

 

「その芝居では私は貴女の心を読み場所を特定するでしょうかね?」

 

「そうなんじゃない?私に彼女達を監禁している場所のすぐ近くを通らせて記憶させてからたった1人でここで待てだもん」

 

「じゃあ私はその芝居に乗っかった方が良いのかあるいはそれを無視してアドリブを加え続けるのか」

 

「どっちでもいいけど…やるんだったら私の記憶でも見てしっかり監禁場所を把握してからの方がいいよ。あ、それじゃあ結局変わらないんやな。すまんすまん」

 

ふむ…ですが現状それしか方法がないのもまた事実。

「仕方がありません。ここは舞台役者としてくるくると回ることにしましょうか。舞台を壊しても顰蹙を買うだけですからね」

 

相手の手の中で踊らされているのは嫌ですけど…今はまだ踊ることにしよう。

「それじゃあ私は貴女達に場所を教えてどこかに行くことしましょう」

 

「その前に、あなたの名前はなんですか?」

最初に聞くのを忘れていました。

まあ本当の名を言ってくれるかなんて確証はないですけど…気になったからには尋ねてみないとですよ。

こいしが隣で呆れていますけど…名前を聞くくらいいいじゃないですか。

「そうだねえ……昔は葛の葉と呼ばれたことはあるけど最近は羽衣狐って言われているよ」

 

言われてると言うことはあなた自身の名前ではないのですね…ああそうですか。名前なんて元から無かった…それだけか。

「羽衣狐…ですか。私はさとり。名前も種族と同じ捻りなんてないですよ」

 

「いやいや、それくらい簡単なほうが覚えやすいってもんだよ。へえ覚り妖怪のさとりか」

 

そう言いながら嬉しそうに笑う彼女の心をサードアイで読む。

私との会話でお空達の居場所を考えていないかと思ったものの意外にもそっちを強く考えていたらしく居場所を知るのに大して時間はかからなかった。

器用というか…紫や幽香さんと同じで仮面をつけるのが上手なんですね。

「想起は終わったかい?」

「ええ、おかげさまでね」

 

「それじゃあ私はトンズラさせてもらうよ。派手に芝居を壊しちゃいな」

 

「貴女が随分と壊したからもういいと思うのですけどね」

 

「私はなーんにも壊してないよ。ただ舞台裏をのぞかせただけさ」

それだけでも十分壊してますよ。

手を振りながら彼女は再び闇の中に消えていった。姿が見えなくなれば気配も消え、まるで最初から何もなかったかのようにその場には何も残らない。

さて、2人ともそこでぼさっとしてないで行きますよ。丁度いい感じに時間も潰れていますしさっさと動かないと遅くなっちゃいますよ。

 

「なんだかさとりさんが分からない」

 

「気にしないで、いつものことだから」

 

いつものことではないですよ。私だって普段からあんなひねくれた会話はしてないです。

なんで信用できないみたいな目線をむけるんですか。

「まあ、お姉ちゃんより捻くれてる人沢山いるからいいんだけど…それで、お空達無事なの?」

 

「結界で封鎖された部屋にいるのは分かったのですが中の様子は分からなかったですね」

 

「完全に罠って可能性もあるからなあ……」

 

ああ…そう言う可能性もありますね。ですがそう思うのも向こうの考えのうちの1つ。

じゃあ、私はどうするか…

「罠なら壊してしまえばいいんですよ」

 

「容赦がないね……」

 

「容赦する必要がないですからね」

 

手を出したのが悪いんですよ?それともこんなはずじゃなかったと言いますか?まあ、どちらでもいいんですけどね。

「あまり虐めないでね…弱っちゃうと他の集団がここを襲うかもよ?」

 

「そんなの私の知った事ではないですよ。それもまた運命として受け入れてくださいね」

 

「私そろそろ厄病神やめようかな……」

 

 

 

 

 

 

「……なんか寒気がする」

お空が体を震わせる。危険なものというより本能的恐怖がそうさせているらしい。

「奇遇ね私も寒気がするわ」

貧乏神も同じらしく2人揃ってこの原因を考えていた。

「もしかして…さとり様かな?」

「あんたの主人って…ほんとなんなの?」

建物が破壊されるような雑音と悲鳴が響き渡るのも時間の問題だった。

 


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