古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.98さとりの日々かもしれない

どうやら私は眠ってしまっていたらしい。

覚醒した意識を全て使い状況を理解することに努める。

昨日は確か家に帰ってきてしばらくしてお燐に説教をされてそれを聞いている途中から記憶がなくなっている。おそらくそこのところで寝てしまったのだろう。

普段の私は睡眠は必要ないはずだから…多分、心的疲労を回復していたようだ。

それもそうだろう。普段は読まないものを何度も読んだし再現したのだ。

 

さて現状が理解できたところで次は時間と場所を確認するまでです。このまま二度寝というわけにはいきません。

ですが特に何をするというわけでもなかったような気がします。

 

上半身を起こしとじられた瞳を開いてみれば、私の家では唯一異質な雰囲気を放つであろう場所…私の自室のベッドの中であった。

 

多分お燐が運んでくれたのだろう。少し前まで私のそばにいたのか彼女の黒い毛玉が落ちている。

 

場所が分かればあとは時間。ですがこれがまた大変。

この部屋には窓がなく、日の登りぐあいで時間を特定することはできない。文明の機器である時計もこの時代には存在しない。

まあ…それも部屋を出れば分かることです。

 

ベッドから出て洋室には不釣り合いな襖を開ければ、部屋の中は随分明るいことがわかる。

そしてこいし達の声…どうやらまだ朝だったみたいだ。

 

昼まで寝ていたなんてことにならなくてよかったですよ。

 

 

 

声のする方へ歩いてみれば、なにやら美味しそうな匂いもしてくる。丁度ご飯の時間なのだろう。襖を開ければ三人が食卓を囲んでいた。

「あ、お姉ちゃんおはよう」

真っ先に私に気づいたこいしが隣に座ってと手招き。

それに応えて隣に座れば、お空がおはようございますと声をかけながら私の分のご飯を持ってきてくれた。

「おはよう。随分ぐっすり寝ていたようだけど」

私の髪の毛についた寝癖を目線で指摘しながらお燐が聞いてくる。

「疲れていたみたいですからね…」

私が疲れて寝るなんて意外だと言われた。

そんなに意外だろうか…たしかに普段は寝ないですけど…

 

「やっぱりご飯の匂いがすれば起きてくるって言ったじゃん」

 

「こいし様よく分かりましたね」

 

「あたいだったら寝れるだけ寝ますけどね」

 

好き勝手言うのはいいけど私は偶然起きただけよ。食い意地の張っているこいしと一緒にしないで…

あ、今日のご飯はお空が担当なのね。

 

最近少しづつではあるけれど誰がご飯を担当したのか味で分かるようになってきた。

まあ…分かるようになったところでどうするわけでもないのだけれど……

それにしても美味しいわ。

「あ…そうそうお姉ちゃん、紫さんが呼んでたよ」

 

どうやら今朝方に紫が訪ねてきていたらしい。偶然おきていたこいしが相手をしたのだが私が寝ているとわかったらそのまま退散したのだとか。

私にだけしか知られたくないことを話したいのかはたまたなんなのか…

「旅行楽しんでいたようねって嫌味みたいに言われたんだけど…」

 

「あーなんとなく察しがついたのですけど」

嫌味というより…話したい内容はそれだから来いと安易に伝えているようなものね。もうちょっとちゃんと言えばいいのに何を変に言い回すんだか。

「なに?お説教?」

 

大体そんな感じだろう。だが私は後悔も反省もしていない。開き直る事にしよう。

「多分それであってる」

 

「さとり…もうちょっと自分を大事にしてくれないかい?」

 

「ごめんなさいねお燐…」

 

心配なのはわかるけれど…でもこればかりはどうしようもない。

 

 

 

 

 

とまあ朝にそんなことがあった後なのでなんとも言い難いけれど、しばらく家の外をうろうろとしていれば勝って気ままに紫は私に接触を図ってきた。

 

目の前に隙間が開かれ、入れと言っているのかはたまた偶然か、青色の道路標識が中に入れと誘う。

これを道路標識と理解しているのは私だけだろう。そもそも紫だってこれが何か知るはずはない…なのになぜ隙間の中にはあるのやら…もしかしたら未来世界と繋がっているとか?

そんなことを考えていれば、早く入れと怒ったのか標識が私に向かって伸びてきた。

膝蹴りで軽くあしらい入ることにする。

意思のある標識って初めて見ましたよ。付喪神とかならわかるんですけど…

隙間を潜れば目玉まみれの空間…ではなかった。

気づけば私の足は再び砂の地面を踏んでいて、そこにはいつぞやの八雲家が変わらず建っていた。

お茶くらいは出てきそうですけど…少し貰っていきましょうかしら。

 

入れと言わんばかりに玄関を指す標識に導かれるように玄関の扉を開ける。

「やっほう、ゆっかりんでーす!」

キャピっという効果音が出てきそうな感じに笑顔を向けて前かがみになる紫。

状況がつかめず困惑するしかいない。

確かに永遠の何才とか言っている人ですけど流石にこれは痛々しいというか…この場に誰かいれば他人のふりをしたくなる。

 

「…………」

 

「ごめんなさい。忘れてちょうだい」

私の反応に真顔に戻った紫が忘れろと言う。かなりインパクトがあったせいで忘れることができるかどうか怪しい…まあ忘れる努力くらいはしましょうか。

「藍さんに何か言われました?」

 

「そういうわけではないわ…」

 

ではどうしたのだろう?急にあんな奇行に走るなんてこと早々無いはずですけど。

「ちょっと藍が最近式神ばっかり構ってるから」

 

式神?どの式神でしょうか。

思わず首をかしげてしまう。

「最近藍が橙にばっかり構ってるから…」

橙…ああ、猫の式神ですか…そういえばこの前ついに新しい式神が出来たとか言ってましたね。それも後継人になるとかなんとか。橙の事だったのですか。藍さん式神七体ほど使役していますし最初どの式神だったのか分からなかったですよ。

飼い猫として引き取ったと聞いたのですけど…

「なんだろう…どっちが主人かわからなくなってきた」

 

「私が主人よ。でも寂しいときだってあるじゃない」

 

「ですが…さっきのをやってもイメージは良くなりませんし藍さんには呆れられますよ?」

 

「想定していた最悪の事態ね……」

 

想定していたならしなければいいのに。

しかも最悪って……当たって砕けろはありますけど砕けても何も成果が得られていないから…

「賢者も大変ですね」

もう何んて言っていいかわからずそんな慰めのような諦めのような言葉が出てきてしまう。

「賢者は大変よ」

 

 

 

「それで…本題に入りましょうか」

いつまでも玄関にいてはあれなので紫の案内の元客間に移動。

少しばかり経って紫が話の本質に斬り込んできた。

私をここに呼んだ本題…まあ分からないとは言わない。

「そうね……貴女随分とやってくれたわね」

何をとは言ってこない。だけれどこれだけで十分です。

「ええ……ですが当然の報いです」

半分逆恨みだったりとばっちりがあったりするけれどそんなものは知らない。

「その点は気にしていないわ。だけどあれはかなりの影響が出るわ…実際幻想郷にも少しだけ影響が出てきているのよ」

どうやら妖怪の合間では相当なものだったらしい。

妖怪大戦争って言われてるくらいですから当然といえば当然、それに幻想郷にだってまだ各地のそういう集団とコネなり恩義なりがある妖怪は沢山いる。そのヒト達の合間で小競り合いが起こってもなんら不思議ではない。

 

「大変ですね……でも郷に入っては郷に従えですからある程度抑えられるんじゃないんですか?」

他人任せかもしれないけれど…所詮そんなものだろう。

紫は私の言葉に少しだけ眉をひそめる。

「抑えられない事案が生まれそうよ。それにまだルールの浸透ができてないないわ。今のままだと郷に従うどころか郷を奪われかねない」

 

成る程……やはり京都の妖怪は他の地域への影響が強いですね。流石何千年の歴史がある京妖怪と呼ばれているだけある。

「こういう時の賢者でしょうに……」

だけど紫だってそこそこ影響力はあるはずだ。まだルールが浸透して。いや理解すらされていないとは言っても幻想郷自体のルールは浸透しているはずだ。

「賢者の友人がやらかすからよ」

ああ…それで揺れているのですね。しかしどうしてそんな情報が回っているのでしょうか。

不思議ですね……

「まあそっちはもういいわ。ルールも後数百年かかるけどなんとかなりそうよ。話を変えるけど、もう1つ問題があるわ」

ここからは友人としての相談事……紫の雰囲気が一気に柔なくなる。

でも友人への相談内容が……

「人間の技術力…ですか」

 

「人間だけじゃなく月もね。正直今のままでは幻想郷を守り通すことは難しいわ」

なかなか難しいことを…私に相談してもどうしようもないですよ。

 

この時代の幻想郷はいくら森が味方しているとはいえまだ結界はない。

まだそれでも大丈夫ではあるけれど…この先の人類史を知っていればもうどうしようもなくなる。

科学技術が進歩したからと言って妖怪が存在意義を失い消えるということはまず無いですが、今よりも人間の力が脅威になるのは間違いない。

それに月の方も心配ですね。

むしろあっちの方が私としては怖い。なんせ幻想郷は月の都を放棄した場合の第2の都となる予定地の認識なのだから…

「結界で幻想郷を隠すというのは……」

原作で紫がやっているようにそうすれば良いだろうに…私に相談されても何も案なんて出てこない。

「それだと出入りの問題があるわ。まあ手がない訳じゃないんだけど…」

 

「結界だけならいくつか案はありますよ」

 

とは言っても実現できるのかどうか全く分からないので素人の案ですけれど。

 

「気になるから後で聞かせてくれない?まあ…結界で隠すとしても大きな問題が残るわ」

 

「今の幻想郷は少し混ざりすぎている…」

 

「ご名答。知恵のない獣は害をなすだけよ。ルールすら理解できないんじゃ話にならないわ」

ああ…そう言えば獣のような妖怪とか多いですよね。意思疎通してくれないし襲ってくるし獣と妖の違いが曖昧で困ります。

紫が言いたいのは結界で幻想郷を閉じれば移動可能な地域が制限される。そういう獣達にとってそれは死活問題に陥る。結果として人里への被害が増える…長期的に見ると大きなマイナスですね。

「まあそうですよね……しかし人間と妖怪とを共存させるとはいえ……」

 

「分かってるわ。さっきのはただの愚痴よ。貴女にどうこうしてもらう必要はないわ。適当に聞き流してちょうだい」

 

しばし無言が続く。何やら話だしそうで話さない…なんとも言えない雰囲気が流れる。

 

「やっぱり紫寂しいんじゃ…」

 

「話し相手が少ないのは問題ね……」

賢者という肩書きゆえか普段からの人との接し方が悪いのか…

「賢者も大変ですね」

 

「ええ……」

 

「今度藍さん達と温泉でもどうですか?地底にあるいい店知ってるんですよ」

 

「あらお誘い?珍しいわね」

意外だと言うように、紫は私を見つめる。

「気を利かせたつもりですが……どうします?」

 

「その誘い乗るわ。せっかく眠りから覚めたのに楽しめないんじゃ損よ」

 

「同感です」

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば江戸の方から人間達がまとまってきていたわね」

長話も程々にし、さて帰ろうかと思い腰を上げようとすればそれを見計らったかのように紫は私に言葉を投げかけた。

「それ私に言います?」

 

「ただの独り言よ。忘れたいなら忘れなさい」

それでは忘れることにしましょう。何かあれば貴女が最初に動くでしょうし…

「目的地は京都ね。まあここは通過地点だけど…あまり歓迎できそうな人達じゃないわ」

毎度毎度どこから情報を取って来ているのかと思ってしまう。まあ賢者ともなればそれなりに人間や妖怪にコネはあるはずだかあ不思議ではないけれど…

それにしても人間達ですか…思い起こすのは昔起こったあれくらいですね。嫌いな記憶だから詳細はすぐには出てこない。

「彼等にだって仕事とか理念とかあるんですから…」

 

「でもね…妖怪と人間が共存していると知れたらどうなるやら…正直京都よりこっちを滅ぼしにくるわよ」

それは困りましたね…しかし京都に行くのにわざわざここを通るなんて物好きもいますねえ…普通は東海道を歩くと思いますけど…

「それをどうにかするのが賢者ですよ」

 

「ええ…そして原因を作った貴女にも手伝って欲しいかなあなんて思ったりしてるのもまた賢者よ」

 

そんな賢者の意思に反するのが私です。

 

「すぐにと言うわけでもないでしょうし…作戦くらいは立てますけど?」

 

「貴女自身は手を汚さないと言うわけね。賢いこと」

 

「それは貴女も同じですよ。紫」

 

「違いないわ…でも時々手が汚れて見えるのよね」

それは罪悪感からだろうか…いずれにせよわたしには関係のない話ですね。

 

 

 

 

 

「ヘクシュッ‼︎」

 

「あら華恋。風邪?」

 

「いえ…温泉に行く前に風邪なんて引いてられないですよ靈夜さん」

 

それもそうねと華恋の頭をくしゃくしゃと撫でてお茶を飲む。隣でそのお茶は私のと言っている巫女がいるけれどそんなものは気にしない。

「それにしても良く一緒に行くなんて言ってくれましたね」

 

「なに?来てほしくなかった?」

私は温泉好きよ?誰かと一緒に入ったことなんてまずないけど…

「そんなことないですよ。今まで一緒に風呂とかに入るって事が無かったですから…」

 

「ああ。そういえばそうだったわね。さとりは一緒に入れないし」

 

それにここの風呂じゃ2人で入ったら狭いわよ。

あ…でも小柄だからあまり狭くはならないか…ってなんのことよ。

 

「さとりさんも来て欲しかったなあ……」

 

「……ちょっとだけ空けるわ」

 

 

 

 

        2

 

さて、ずっと忘れていたことだけれどあの妖怪の山は活火山なのよ。

正確に言えば火山活動はとうの昔に止められている。それはあの山へ繋がる溶岩の元を旧地獄という蓋で押さえつけているから。

 

結果として昔はあの山にも僅かだけど温泉はあったらしい。今となっては全て旧地獄に持っていかれてしまっているけれどそれでも旧地獄自体は行き来が自由だから困ることはない。

妖怪にとってはだけど……

勿論人間だってこれないわけではない。だけど安全のために色々と手続きを踏んだり護衛がついたりとなにかと面倒なので地底に遊びに行く物好きはいない。

「旧地獄ってどのようなところなのですか?靈夜さん」

少し後ろを歩く華恋が訪ねてくる。そう言えば彼女には旧地獄とか教えた記憶がないわ。

かくいう私もどのような場所なのかまでは分からない。地霊殿くらいしか…

「そうね…私も言ったことがないから分からないわ」

 

天狗の縄張りだとかいう場所を強引に通過していけばようやく縦に続く穴を発見する。

近くに少し大きな小屋があるから見つけるのは簡単ね。

 

見張りはいるのかいないのか…ここからでは確認することはできない。いたとしてもねじ伏せるだけなんだからいない方が良いのだけれど

そもそも堂々と入るという選択肢は私達にはない。だってそうだろう…向こうのルールに従う義理は無いのだ。

素知らぬふりをして中に飛び込む。

 

 

明るかった空が切り取られ、岩肌が周囲を埋め尽くす。

振り返ってみれば満月のように丸く空が切り取られている。

「急に涼しくなりましたね!」

 

「そりゃ地下だからね」

 

耳元で聞こえる空気を切り裂く音に負けじと大きな声で話す。

体が加速して行くにつれてだんだんこの音も大きくなってくる。

先を急ぎましょう。

 

 

 

 

 

旧地獄と言うくらいだからきっと地獄のようなものなのだろうと勝手に偏見を抱いていた。

実際その偏見は旧地獄へ行く途中の門で打ち砕かれかけていた。

陽気なんだか、適当なんだかわからない土蜘蛛に門を開けてもらいながら説明してもらった内容は普通の街だと言う。

地獄なのだがそれでも街。詳しくは行ってからのお楽しみなのだとか。

 

「そういやあ…巫女が神社を留守にして大丈夫なのかいねえ?」

 

重々しいレバーを操作しながら土蜘蛛はそう聞いてくる。

私達は普段着のはずなのに……どうやら地底の門番は頭の回転が速いらしい。

蜘蛛なのに意外だわ…

「なんのことですか?」

 

「ああ…いや、独り言だよ。あんたら2人のうちどっちかが巫女だなあって思っただけさ」

 

「その根拠はなんなのかしら?」

確かに華恋は巫女だし私は元巫女。指摘としては間違っていない。もし巫女が不在と分かればその隙に地上で暴れるかもしれない。

 

「簡単さ。こんなところまで飛んで入ってくる人間はいないよ。大体はそこのエレベーターって言う箱を使ってるからね」

 

そう言いながら土蜘蛛は金属と網で囲われた箱のような装置を指差す。そこから伸びた紐が遥か上空へ向かっている。

なるほど…普段通りにしすぎていたわ。

迂闊だったわね。

 

「それで?巫女がここまで降りてきているから今は地上が手薄って?」

少しだけ探りを入れてみるけど顔色ひとつ変えずに土蜘蛛は笑う。

「そうは言っていないよ。時間があるならいつでもおいで。地底と旧地獄はいつでも来客を待っているからね」

いつでもねえ……さとりが地底の主なだけあるわね。

 

「靈夜さん行きましょう」

既に開ききった門の先を指差しながら華恋が私の手を引く。私より頭一つ分身長が小さいから彼女のリボンが私の顔を擽る。

分かったから引っ張らないでと言い、なんとか離れる。

 

向こうが全く見渡すことのできない不思議な門を抜けると今まで肌寒いくらいだった気温が一気に上昇する。

地上と同じかそれより少し上といったくらいだろう。

暖かいというより熱気に近いものがある。

 

振り返ってみればそこにはいつも通りに扉があり…その扉に続く道とは別に大きな道がそれて進んでいた。

私たちが向かう方向とは完全に逆の方面だからすぐに意識の外にその道のことを放り出す。

 

「靈夜さんみてください!街ですよ」

 

少しだけ先に進んでいた華恋が私の元に戻ってくるなりまた手を引っ張る。だから自分で歩けるから引っ張らないでよ。

 

少しだけ下り坂になっている道を進んでいけば、ようやく華恋が言っていたものが見えてくる。

 

 

確かに、目の前には旧地獄とは想像もつかないような街が広がっていた。

地底なだけあってどうしても夜のような雰囲気が出ているけれどそれがまたこの街を幻想的に引き立たせている。

「時差ボケしそうね」

 

「時差ボケってなんですか?」

 

「眠くなること」

 

結局幻想的なこの街に大した感想を言うことはあまりなく、半分訳の分からない言葉遊びをしながら街に向かって歩く。

ああ見えても妖怪の街、私達の常識は通用しないと改めて覚悟を決めておく。

「そういえば今日行く温泉ってどこなのですか?」

 

「この前さとりに教えてもらったところよ」

 

まあ、おすすめだとは言っていたけれど場所が分からないのだけれどね。

途中で妖怪1匹拉致れば解決するわよね。

 

「靈夜さん顔が怖いです」

 

怖いとは失礼ね。私はただ道を聞きたいだけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ勇儀」

隣でお酒の小瓶を煽りながら私の友人は珍しく声をかけてきた。

風呂に入りながら酒を飲むと大体こいつは黙ってのんびりするのだがその考えは間違っていただろうか。それか酔い足りないのか…私は酔い足りないからしばらくは静かにしている。

 

「どうしたんだい?」

酒が足りないなら持ってくるよう言えばいいだろう。それと私の分はやらんぞ。

……ケチとか言うな。それにここで暴れたら温泉が台無しじゃないか。

「酔い足りないのはあんたも一緒か」

 

「どうもここの温泉のお酒は酒じゃないね」

 

「泥酔して溺れても困るからでしょ」

 

「普通はそれでいいかもしれないが鬼にこれはダメだろ」

お湯の中で体を伸ばしながら散々文句を言ったその酒を飲み干す。

さとりがよくくれるワインの方がまだましだ。アルコールが低い分あっちはまだ味がある。

 

「いやお酒の話は置いといてだな…」

 

隣で寝っ転がっていた萃香が胡座に戻る。

体系が小柄だからなのかこいつは落ち着かねえなあ…まあ鬼に落ち着けなんて野暮なことは言わねえけど。

 

「どうしてもあそこに見える金髪が賢者に見えて仕方がないんだが…」

そう言って頭の二本のツノが器用に方向を指す。確かに萃香がツノを指す方向には私と同じ金髪の女性がくつろぐようにして湯に浸かっていた。

整った顔に遠目からでもわかる美しい体、透き通るような髪がそれらを崩さずに引き立てる。あそこまでの美貌を持っている奴は私の知る限り1人しかいない。

「奇遇だな、私もそう思う…」

 

「気のせいだと良いんだけどねえ…」

 

「気のせいに見えんな…飲みすぎたかなあ…」

 

「鬼が飲みすぎたはあり得ないでしょ。そもそもあんたは飲み過ぎたら見境なく食いにかかるわ襲いかかるわで手がつけられねえぞ」

それは萃香も同じだろうに…自分のことを棚に上げてよく言えるな。まあそんな事を口論しても意味がないからしないけどな。酔ってたら即座に殴っていたよ。

「そうだよなあ…」

 

「だが妖怪の賢者がここにくるか?」

普通来ないと思うぞ?あ、でもさとりなら連れてくる可能性がある…うーむ悩ましいな。

 

「じゃあやっぱり見間違いでいいんじゃないのか?」

 

「失礼ね、本人よ。後式神もいるでしょ」

いつのまにか金髪の女性は私の隣に来ていた。彼女の言葉でそういえばと思い起こせば確かに彼女の後ろに隠れるようにもう1人誰かいたような気がするが…どうだったかなあ。

「本人って八雲紫?」

 

「当たり前よ」

 

鋭い視線が私の体をなめずり回す。

そんな不快な感じを振り払うかのように、ああやっぱりかと私はため息をつく。八雲紫に対する私の評価は面倒、出来れば関わりたくない。美味しいお酒をくれるのは嬉しいけどノリが悪い。の三点揃ってマイナスでしかない。

「珍しいな。妖怪の賢者がこんなところで下集と一緒に温泉かい」

 

「別に見下してなんかないわ。ただ忙しいだけよ」

はいはい、賢者は大変でしたね。私だってそれなりに忙しい身だから分からなくはない。

 

「よお、藍!後で飲みにいかねえか?」

萃香、何先に声かけてんだよ。さてはオメー狐の尻尾目当てだな。

「生憎だが主人の元を離れるわけにはいかないのでな」

 

「堅いねえ…」

 

相変わらずだろ?諦めろって。

「んで…賢者もたまには休息か?」

 

まあ温泉入ってるってことはそういうことだろう。だけど賢者の事だ、何裏があるのではないかと思ってしまう。

「ないわよ。さとりにおススメされて普段の疲れを癒しにきただけよ」

なんださとりが勧めたのか。まああいつに罪は無いけどちょっとなあ…

体制を少しだけ変えて背後の岩に身を委ねる。

少し熱くなってきたな……

「………」

 

なあ萃香。どうしてお前の目線はさっきから下に行くんだ?

それとどうして体を上げたり下げたりする。さっきから挙動不審すぎるぞ。

ほら藍に睨まれてるじゃねえか。何やってんだよ。尻尾もふれねえじゃねえか。

「くっ……勇儀、この世界は格差社会だ!」

叫んだかと思いきやいきなり泣き始めた。なんだなんだ?

「いきなり何言ってるんだよ。そんなもの拳でどうにかしてきただろ」

 

「確かにそうだ…だがこればかりは拳じゃどうにもできねえ!」

 

そう叫びながらこいつは酒を浴びるように飲み始めやがった。しかもそれは私のだぞ。

「てめえ私の酒飲んだってことは…」

 

「うるしゃい!みんな胸でかいのが悪いんだ!」

 

「「胸かよ!」」

狐と私の言葉が重なる。そう言えば多少湯気で隠れてるけど確かに…その……小さかったなってそれは…

「逆恨みじゃねえか!お前さんだってやろうと思えばできるだろ!」

 

「この姿でしか人型とったことないからわからない!」

それはお前が悪いとしか言いようがない。

「子供か!」

 

「いや見た目子供だけど…」

じゃあロリババだ。……おい、今お前もとか言ったやつ出てこい。今なら本気の勝負一回で済ませてやる。

 

「漫才なら他所でやりなさい」

 

「確かにな…ダチが取り乱して悪かったな」

 

「なにおう!」

萃香…少し落ち着け。後で飲み直し奢ってやるから。もちろん地霊殿の経費持ちで。

 

「それで…あんたがいるってことはさとりもいるのか?」

「私っていつもさとりと一緒に見える?」

 

だいたいあんたと会うときはさとりが一緒にいる事が多いからだよ。

それともあれか。さとりがあんたを連れてくるのか。

「残念ですが私は今日一緒ではありません」

さとり本人がやんわりと否定。なんだ、そういうわけではないのか。

「そうだよな……ん?」

普通の事だという認識のまま今彼女の声がしたことを見逃してしまった。だがよく考えてみればそれはおかしい事だと思い直す。

「だから貴女の要望に応えて私も来ました」

その声は確かに私の真横から聞こえたのだ。

 

「うぉい!さとりいたのかよ!」

慌てて振り向いてみればそこには確かに紫色の髪の毛を長く伸ばした少女が湯に浸かっていた。

彼女の頭や腕から伸びる管は途中から包帯のようなもので包まれており目を直接確認することはできない。だが紛れもなくさとりだった。

 

「あ、お邪魔してまーす」

 

なんだ今日はお燐と一緒に来たのか。

それにしてもいたなら声くらいかけろよな。急に混ざって来たらびっくりするだろう。

「さとり?珍しいわね」

なんだ紫も知らなかったのか。

「確かにな……お前さんサードアイ見られるの極端に嫌がるからな」

 

「萃香さんは盗み見しましたよね?」

 

「昔のことだろう。忘れたさ」

 

「なんだ萃香、見たことあるのか」

 

「一度だけね。でもそれっきりだよ」

 

親しい仲でもなければ見せはしないだろうな。ああ…特にさとりの場合はなあ…

 

「それにしてもいいのか?」

眼を見られるのが嫌だったんじゃないのか?それなのに…一応なんか巻いているみたいだけど…

「何がですか?」

 

「私たちは別に気にしないが他の客が入って来たらどうするつもりなんだ」

 

「大丈夫ですよ。人払いしてますから」

いやそういう問題だろうか…でもまあ、それはさとりが私達を安全だと認識しているからであるからむしろ喜ばしいのか?

何やってるんだか。

 

 

「やっと着いたわ」

 

「いやあ…少し疲れました」

 

「全くよ。あんなに美味しそうなお店とか居酒屋とか反則よ」

何か脱衣所の方が騒がしいんだが…本当に人払いしたんだろうな。

……って入って来てるじゃないか!全然人払いできてねえな。

 

扉がガラガラと音を立てて開いていく。そこにいたのは2人の少女。片方は人間、もう片方は…仙人か。

だがどこかで見たことあるな…なんだったかなあ……

「ん?」

私が悩んでいる合間に、人間と仙人はさとりに気がついたらしい。

おい、紫の後ろに隠れようとしているがサードアイが丸見えだぞ。まあ…あんなぐるぐる巻きじゃ分かりづらいだろうがな。

「……あ」

 

「さとり…さん?」

 

「えっと……」

少し空気を察するのが下手だって言われる私でもさすがにわかった。

あ…なんか修羅場だこれ。




さとり「そうだ、温泉を建築……」
違うそうじゃない
靈夜「そうだ温泉にいこうでしょ」

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