古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

111 / 248
時々こんなあややあんなあやや。
またたびあんな天魔こんな天魔



depth.100さとりと愛される阿呆

温泉で多少揉めてから二週間、いつのまにか私の中の砂時計はどこかへ行ってしまったらしい。

久しぶりに天魔に呼ばれてみれば、あれよあれよと物事が進み気づけば私は天魔さんと同じ部屋にいた。警備とかそういうのってもうちょっと厳しくなってると思ってたのですが…それに今回はこいしもいるんですからね。

 

「よう、たまには顔見せにこいよ」

 

「布団を用意してそうなのでお断りします」

布団が用意されていた日には数日係でしたからね。

「なんだ?畳の上でやりたいか?」

そういう問題ではない。そもそも長時間やるには畳は不都合です。床よりかはましですけどそれでも限度というものが……

「ねえねえなんの話?」

蚊帳の外にされたこいしが割り込んでくる。しかしその目はなんですか?赤飯炊かなきゃみたいな感情を読み取ってしまうのですが……え、間違いじゃない?

「「将棋の話」」

 

天魔さんの持つ将棋は普通のものとは違って大きさもコマ数も多い。ルールも複雑なので長考しやすいんですよ。

その為布団は必須。そのまま仮眠も出来ますし…主に天魔さんが仮眠するんですけど。

後ふかふかしてるので足腰の負担が軽減されますし乗るだけでもずいぶん違いますよ。

「前にやった時は3日かかったっけなあ」

難航しましたからねえ……定石を外れた手ばかり打つとどうしても長考してしまいます。

「だからあまりしたくないんですよ」

普通の将棋なら良いのですけれど…

「なーんだ……お姉ちゃん嫁に出ないんだ…良かった」

こいしが胸をなでおろす。どうしたのだろう。

「どうして嫁に出るの?」

 

「なんとなく」

 

なんとなくで嫁に出されても困るのですが…

「そうだ。こいしちゃんもやるかい?俺が手取り足取り教えてあげるから」

そう言いながら天魔さんはこいしの背中に手を回そうとする。姉の前でよくそういう事出来ますよねえ。

「言い方が卑猥です」

 

「将棋のやり方教えるだけだろう?」

 

分かってやっているからタチが悪い。

 

「それで、真面目な話私とこいしを呼びつけた理由はなんですか?」

まあおふざけはここまでにしましょう。

 

かれこれ二週間近く地底の方につきっきりになっていた私をわざわざ地霊殿まで出向いて呼び出してきたのだ。何かあったのだろう。

そもそも私を呼びつけるくらいなら勇儀さん呼べばいいのにと内心思いますけどどうなんでしょうねえ。

 

「一週間前、妖怪払いの連中が山に入った」

瞬間、天魔さんの雰囲気が変わる。さっきまでのふざけた態度から、今度は妖怪の山を治める立場の者に…

「それって江戸から来た人達ですよね」

紫が言っていましたね。確か京都の方に行く人たちでしたっけ。

何を気が狂ったのか東海道を通らずこちらを通るとは風情も何もあったものじゃないと思いますけどね。

「それがどうかしたんですか?」

だがそれがどうしたと言うのだろう。

むやみに手を出さなければどうということはないはずですよ。目的は京都の筈ですから。

顔を伏せてしまう天魔さんに少しだけ不安を覚える。

こいしもなんか不味いんじゃないかと雰囲気を察したのか私の側に来た。

「いや……それがな」

 

「まさか手を出しちゃったんですか?」

私の言葉に首を縦に降る。ああ……どうして妖怪はこうも勝手なのでしょうか。自分で首を締めてどうするのやらです。

「部下が勝手に……」

 

その言葉を聞いて呆れ返る。

怒ったところでどうしようもない。

 

「天狗の縦社会って…こんなに制御きかないの?」

 

こいし…それはいっちゃだめよ。

縦社会とかだと生まれつき中の上あたりの子は横暴になる場合が多くて上の連中の言うことすら若さ故の過ちか聞かないことがあるんだもの。きっと今回もそれが原因……ですよね。

 

「それも中途半端に手を出したから数名が逃げ帰った……」

 

「なんでですか…やるならやるで徹底してくださいよ……まあ天魔さんに言っても意味ないですけど」

 

「すまん…だが部下以外にも妖怪の一部が攻撃したらしくてな……」

ああ……責任の所在が分かりづらくなってどうしたら良いかわからなくなってしまうやつじゃないですかそれ。

うわ…これ一番まずい状況ですよ。どうするんですか。

 

「あーそれでだな…紫殿に聞いたら案の定大規模な部隊が編成されたらしくてな…」

情報が早いですね。

まあ言ってしまえば幻想郷の危機のようなものですから向こうも手段を選べないのでしょうね。

 

「もういいです。結果は見えましたから」

どうせ私にも手伝えとか言うんでしょう?こいしにも手伝ってと……嫌ですよ。こいしも嫌だって意思表明してますし…

それに疲れますし……

「いや、さとりに頼みたいのは戦ってほしいわけじゃないんだ」

意外にも私の考えは外れた。

「え?前線に引っ張り出すとかじゃないんですか?」

天魔さんの言葉に拍子抜けしてしまう。

「流石に今回は事態が事態だから八雲紫も動く。その時に言われたんだ。あんたを戦場に出させるなって」

まっすぐな眼差しが私を見通す。その瞳が自分の考えも紫と同じだと暗に示している。

それにしても紫は珍しいことを言いますね。

利用できるものはなんでも利用すると思っていたのに…どういう風の吹き回しでしょうか。

 

……ああ、もしかして私が華恋さんと戦う事態を避けようとしているのかもしれませんね。

「それで、私を呼んだ理由はなんですか?」

だとしたら渡すを呼んだ理由はなんなのだろうか。

「少しばかりヒトを預かって欲しいんだ」

 

預かる?また妙なことを言いますね。でも、地上が戦場になるかもしれないなら確かに比較的安全な地下に逃げさせた方が安全は確保されますね。

なるほど理解出来ました。

 

「それで、その間はで地底からダメって事?」

こいし…それはいちいち聞かなくても暗黙の了解というか暗黙の縛りですよ。

「そうだよ。なるべく安全にしていてね。こっちの問題はこっちで片付けるから」

 

「よかった…お姉ちゃん傷つくの嫌だからさ」

 

「それは俺も同じだよ」

私だって怪我するのは嫌ですよ。痛いですし血だって流れますし疲れますし…誰かを殺すかもしれませんし。

 

「ところで、預かるヒトはどこですか?」

私の思考が変な方向へ行ってしまいそうだったのですぐに話を振り頭を切り替える。

「入っておいで」

私の言葉を予想していたのか天魔さんが部屋の外に聞こえるように話す。それとともに空気を切り裂く音が微かに聞こえる。

鳥類が羽ばたいているそんな音だ。

だけどどうしてそんな音がするのだろう………

 

その答えはすぐにわかった。訥々に天魔の後ろの窓が開き、

風が流れ込んでくる。

突風に思わず目を閉じてしまう。

その瞳を開けてみれば、開け放たれた窓のそばに1人の天狗が片膝をついてひれ伏せていた。

 

「射命丸、楽にして良い」

その途端、射命丸と呼ばれた彼女はゆっくりと首をあげた。

「どうも!清く正しい射命丸です!」

なんて言っていいか分からず少しの合間固まってしまう。

「え……彼女ですか?」

結局私から捻り出せた言葉はこれくらいだった。

「一応密着取材も兼ねているんですよ」

そんなもの兼ねなくてよい。戦場でも撮ってくれば良いのに……

「私は取材一切お断りです。勇儀さん相手なら良いですよ」

グイグイと詰め寄ってくる文を押しのけながら鬼の四天王の名前を出す。

「それは遠慮しておきます!」

 

笑顔できっぱり否定しましたね。

でも勇儀さん曰く文さんは天狗にしては頭が柔らかいやつだそうですよ。良かったですね!気に入られてます。

ちなみに天魔さんは天狗にしては趣味が合うやつ。はたてさんは砕けていて面白いやつだそうですよ。

 

「でも地霊殿で過ごすとなると……」

 

こいしが最もなことを言う。彼女の言葉にハッとなった文が慌ててなにかを考え始めた。

どうして鬼のことを忘れているのでしょうかねえ。本当にこれで大丈夫なのだろうか……

「あの…天魔様…私、地上で戦っちゃダメですか?」

 

「無茶を言うな。まだ傷も病気も治ってないだろ」

 

「あれ?文って病気だったの?」

こいしの言う通り病気であるようには見えない。

本当に病気なのだろうか。さっきも窓からダイナミックこんにちわーしてましたし。

 

「一応な……この前ちょっと色々あって生死さまよって…その後なんだっけか?病気になってたよな」

 

「お恥ずかしながら、免疫力が低下している時に少しやられまして……」

まあそれは仕方がない。それに……傷口はまだ閉まりきっていないようですね。服の上からでも僅かですが体に巻かれた包帯を確認することができた。

こいしも気づいたのか、じっと文を見つめていた。

 

「もしかして背中に縦の深い切り傷、片方の肺も潰れかけた?」

 

「あやや、よくわかりましたね」

 

「だって…呼吸の時に胸の上がり下がりが左右で少し違うんだもん」

 

なかなか鋭いですね。

「それと右足の複雑骨折ね」

見落としがあるので付け加えておく。

「さとりも随分と……人を見てるな」

 

「少しだけ震えてますからね…多分まだ完全に治ったわけじゃないんでしょう」

 

「さとり妖怪に隠し事は通じないというけど…これじゃあ覚りというか探偵だな。人里で商売でもしてみたらどうだ?」

 

「面倒なので嫌です」

そもそも探偵なんて柄じゃないですからね。

 

「まあそういうことで…よろしく頼めるか?」

 

「別に構いませんよ」

 

「私も良いよ!ちょっと長いお泊まりって考えれば楽だね!」

そう考えられる貴女が羨ましいわ。

って文さんどうして顔を赤くしているのですか。え…お風呂?いやいや、普通にお風呂ですよ?それがどうかしたのでしょうか。

 

「そういえば地上って危なくなるんだっけ?」

 

「さっきの話的にはそうなるわね」

こいしは急に何を言いだすのだろうか。あ、家のことですね。最近帰っていないから忘れてました。

「うーん…少しの合間休業かなあ…」

 

「最悪破棄する事にならないと良いのですけど」

後はお燐とお空には地上に出るのを控えるように言っておかないと…まず私?私だって流石に節度は弁えますよ。どうせ地上にいてもお荷物になるしかないですし。え……私がいると相手が可哀想だから?それを言ったらこいしでしょう。

「2人とも同じだよ」

 

同じでしょうか…少なくとも体は大丈夫だから平気だと思うのですけど。どうせ精神なんて後からどうとでもできますし。というかしますし……

「体壊した方がまだ慈悲はあるよ……」

 

「だからどっちもどっちだってば」

 

うーん難しいですね。

「なんだか怖くなってきました。家にいていいでしょうか?」

 

「俺は天魔だぞ?逆らうのか」

 

「も、申し訳ございません!」

あ…バク転土下座上手いですね。

 

……私はできませんよ。だってパンツ見えちゃうじゃないですか。あ、もちろん文さんの色とか柄は言いませんよ?彼女の名誉がありますからね。

「おおー文ちゃん色気満載の下着だねえ…」

 

「……はっ!天魔様!一体何を…」

 

「あーあ……無茶するから」

 

「ん?何色だったの?」

こいし、それは聞いちゃダメですよ。

「しりたい?知りたいよねえ…お姉さんが教えてあげよう」

 

そこだけ自分をお姉さん呼びするのやめなさい。天魔さん女性ですけどお姉さんは合わなさすぎですよ。

ええ、本当に合わないです。

「や…やめてください!」

文さんが真っ赤になって抗議しているけどそれを気にも止めずこいしに耳打ちをする天魔さん。

その頭にかかと落としを入れておく。

「イッタイ、アタマガアアアァ‼︎」

ものすごい悲鳴をあげて天魔さんが転がる。いい気味です。

でもなんだか言い方がおかしいような気もする。爆裂少女のあれみたいなそんな感じ…って何を思っているのでしょうか私は。

「結局なんだったのさー」

どうやらこいしに教える直前だったらしく何も聞けなかったこいしは不満げに頬を膨らませていた。プクーっとしたその表情は控えめに言って可愛い。

おっといけない。つい見惚れてしまいました。

「さとりさんナイス!」

 

「いえいえ、文さんの下着が黒色なんて興味ないですから」

 

「なんで言っちゃうんですか!」

 

あ……口が滑った。まあ良いや。

 

 

「言っておくけど文のお世話と見張りに椛も同行するからそのつもりで」

痛みから復活した天魔さんが思い出したかのようにそう付け加えた。

なるほど……それは私たちの監視も兼ねているようですね。

全く…用意周到なんですから。

「承知しました」

 

「え⁈私聞いてませんよ!」

どうやら文は椛が監視役で同行する事を知らなかったようですね。

「当たり前じゃん言ってないんだから」

天魔さんも人が悪いですねえ……

言いたいことを言い終えたのか、天魔さんは私に向き直りまたふざけたいつもの態度に戻った。

「それじゃあ…やろっか」

そう言いながらへんな笑みを浮かべる。これだけ見ればただの変質者ですけど…何をしたいのか言わなくても視なくてもわかる。

「将棋ですか?良いですよ」

 

「ま……待ってください!」

将棋を始めようとする私達に話は終わっていないと文さんが絡んでくるものの、すでに天魔さんは話を聞くつもりはないらしい。

「文ちゃん諦めて」

こいしがぽんぽんと文の肩を叩く。

完全にうなだれてしまう文。その光景に少しだけ罪悪感を感じたものの次の瞬間には楽しそうだからいいかと思う私が思考を支配していた。

 

 

 

 

        2

 

流石の文も地霊殿の中に入ったことはほとんどなく、その多くは応接間とそこと直結しているエントランスだけらしい。

 

だからなのか地霊殿の客室や食堂といった設備を始めて目にしたかのようにパシャパシャと写真を撮り始めた。

 

「あの…ここは撮影禁止です」

 

付き添いで加わったエコーが文さんを止めようとするものスイッチが入ってしまった文さんを止めることはできないでいた。

 

「好きにさせておきましょう。公開しないように釘をさしますから」

このままでは埒があかないので私はエコーの頭に手を置く。

まだ慣れていないのかそれだけで身震いをしてしまう。耐性がついているとはいえ少しやりすぎましたかね。

「すいません。文さんが余計なことを……」

「椛のせいではないですよ」

私もエコーも気にしないでと慰める。

実際撮影禁止なんてことは私もさっき知ったのだしそこまで厳しいわけでもないですからね。

 

「いい写真が撮れました」

 

しばらくして満足した文さんが戻ってきた。ほんといろんなところを撮りますね。何か気になるものでもあったのでしょうか?

それとも珍しかっただけ…どっちでもいいや。

 

「文さんもうちょっと抑えてくださいよ」

 

椛が文さんの首を腕で締め付けながらカメラを没収する。

苦しい苦しいと言いながらも奪われたカメラを素早く取り戻しているあたり本当に病人なのか疑ってしまう。

まあ椛も傷口が開かないように手加減をしているようですしいいか。

 

「そういえば地底となると温泉なのですが…地霊殿に温泉はあります?」

 

思い出したかのように文さんが温泉について聞いて来た。まあ温泉といえば地底と言われるほどにここら辺の温泉は有名です。ただ妖怪しか来ないですし天狗なんかはまだ鬼に苦手意識があるのか自ら来ようとするものは少ない。

それに少し騒がしいというか喧嘩っ早い集団が多いのも事実ですからね。

多分地霊殿のところなら安全に温泉に入れますよとでも宣伝しようとかしてますよね。ダメですよここ一応行政機関ですから。

いくら邸であって生活用のお部屋とか食堂とか台所とかがあっても現在の使用状況はただの役所です。

でも答えないのもそれはそれでまずい。しばらく2人はここに住むのだから風呂の場所くらい知っておかないとである。

「一応ありますよ」

実はシャワー設備だけしかないなんていえないしシャワーってなんぞやってところから説明をしないといけないのですが…

 

え?浴槽…そんなものありませんよ。

ええ、近くに温泉なんて腐るほどあるんですからわざわざ室内に作る必要があるとは思えない。

 

「一応って…気になるのですけど…」

 

「普通の風呂ではないですね」

エコーさんは時々使っているから分かると思うけど業務中に少し体洗おうとかなった時は便利ですよ。そもそもここ長期滞在に適した建物として設計してませんから。

ゆっくり体を休めたければ街の温泉を使うかあそこの掘っ立て小屋に行ってください。

 

「なるほど……気になるので見に行ってもよろしいですか?」

 

「案内しますから大丈夫ですよ」

エコーと私が先導し後ろを2人の天狗が続く。

ちなみに水を利用する設備は殆どが一階にある。

理由としては色々あるけど最も大きいのは配管工事が面倒だったからである。

そもそも台所のようにある程度地面に近い位置にあるならともかくシャワーのようなものは上までお湯を組み上げなければならない。一応井戸についている手動組み上げ装置のようなものを基に、にとりさんが作ってくれたポンプがあるけどそれでも二階まで持っていくのは難しい。結局技術的な問題であきらめざるをえなかったのだ。

 

そんな経緯を軽くゆるーく説明していたらお風呂に到着していた。

もちろん文さんも椛も困惑する。

普通風呂といえばあるはずの浴槽がない。それでいてよくわからないお湯が出るノズルだけがあるのだからそう思うでしょうね。

普通にお湯に浸かりたいといっても文さんが一応傷のこともありますから当面はダメですよ。

感染症になったら嫌ですからね。

 

まあ行動そのものを縛り付ける訳ではないので傷がちゃんと治っているのであれば温泉に入りに行こうがなにしに行こうが私は止めませんよ。でも後2日だけは待ってくださいね。

文さんならそれだけの時間があれば傷を完治できるはずである。

まあ治癒に使った体力が戻ったりなんだりなので戦闘などの激しい動きはできませんけれど。

 

私が次に行きましょうかと言いかけたところで地霊殿中に重々しいサイレンが鳴り響いた。

お腹の底を揺さぶるような重々しく、長いサイレン。原子力施設で緊急事態が起こったときに使われるサイレンの音をなんとか再現し河童に作ってもらった警報装置が作動したらしい。

聞いたことがない文さんと椛は何事かと慌て出す。さっきまでの少しふざけた感じは完全に抜けていた。

「大丈夫ですよ。抜き打ち訓練です」

 

「訓練…ですか?」

 

「ええ、灼熱地獄で異常が発生した際には万が一に備えてこうやって警報を鳴らすんです」

 

私が灼熱地獄になにも対策していないと思ったら大間違いです。

勿論冷却装置も用意しているし使わないに越したことはない設備もいくつか作ってある。

ちなみにそれらの管理を現場でやってるのはお空。

もし連絡が取れなくなったら地霊殿側で操作するように仕様書は作ってある。

今までそのような事態になったことはないですけれどね。

「ちなみにエコーはもう行きました」

 

「あ…そういえば姿が見えないですね」

 

椛も音に気を取られていたのか彼女が駆け出していった事には気づかなかったみたいです。

「結構しっかりしてるんですね…」

 

文さんは感心しているようですけど実際これが本番で使用される事態になったら貴女達はすぐに逃げてもらうんですからね。覚悟していてくださいよ。

 

それと地下へ迷い込むのは阻止しないといけないですね。

あそこは私が趣味で作った設備まみれですから……あれが知られると少し問題が起こってしまう。

特ににとりの趣味で作られた大型通信設備や発電施設、レーダー擬きに地上配備型の大型兵器。それらを効率よく運用するために必要な戦闘情報収集室並び指揮所。

地上が万が一にも……万が一にもですけど攻めて来た時ように保険を作っている。勿論半分は趣味、後はにとりさんの趣味と技術屋としての本性が暴走した結果です。

黒歴史なのでにとりさんは忘れたいと言ってましたけど…破棄しないでずっと置きっぱなしなのは万が一があったときに備えて。

実際には門があるから大丈夫だとは思いますけど…

 

「さとりさんどうかしました?」

 

「なんでもないですよ。そろそろ勇儀さんとかが来ますから部屋に戻った方が良いと思いますけどどうします?」

 

「「ぜひ戻らせてください」」

 

ああ、やっぱり勇儀さん怖がられちゃってるじゃないですか。

根がいいのは分かっていても毎回倒れるまで飲みに付き合わされたらまあ仕方がないか。

でも、もう山のトップじゃないんですから平気だと思うんですけどね…あ、そっか地底のトップでしたね。なら断るのはまずいですね。

でも優しいから酒の席を断ったくらいで山に戦争を仕掛けたりはしないでしょう。それに私が止めますし……

 

まあ……頻繁に勇儀さんとか鬼とかここ来て酒飲んで騒ぐのでそのうちバレると思うんですけれどねえ。

まあそんな事は私が後で伝えておくから良いか。

 

一応案内はしていたので2人とも二階へ向けて駆け足で逃げていった。

その数分後、外が騒がしくなる。

 

全く…訓練中だというのに…

分かりやすいように外に非常事態時に点滅するランプをいくつか置いてるのですが酔っていると素通りされてしまいます。

 

仕方がないので手が空いている私が対応する。

本当なら私はお空のいる灼熱地獄に行き彼女をバックアップするのだが生憎お空は灼熱地獄にはいない。私も来れないと言う状況下でもどうにかしなければならないなんて事もあり得るのでこのままでも問題はないでしょう。

 

 

 

エントランスに続く扉を開けて見れば、扉近くのソファに座りながら酒を飲む勇儀さんの姿が目に入った。

また昼間から飲んでるんですか…鬼って恐ろしいですね。

あ…そういえばここ日の光ないから夜も昼も無かったですね。

「よお、さとり!」

 

「また飲んでたんですか?」

それと少し暴れてますよね。服のヨレ方と埃からして建物一棟を壊したってところですかね。

後少しだけ…お酒じゃない匂いが混ざってますね。

この匂いはもしかして……

 

「焼き鳥で暴れました?」

うん…このタレの匂いは間違いなく焼き鳥屋です。

「よく分かったな。後で店主に店を弁償しないといけないんだよ」

あっさりと認めた勇儀さんは再び酒を煽り始める。

少しは控えたらどうなんですかね。まあ言ったところで聞かないのが目に見えてますけれど。それよりも破壊したお店の方が心配です。店主さん絶対泣いてますよね…もう何十年か前に苦労して建てた店なのに……

「建築費用くらいなら出ますけど人件費は落としませんよ」

 

「それくらい私がやるから大丈夫だよ」

流石に店を壊してしまったことは反省しているらしい。

一応勇儀さんはそういうところを弁えてくれているから助かります。それに、負傷者も喧嘩相手だけのようですから大目に見ましょうか。

 

「ああ、そういえばしばらく地上にはいかないように通達お願いしますね」

 

「なんだ、地上で厄介ごとか?」

私の言葉に真剣な顔つきになる。酒が入っても真面目な時は真面目。

それが鬼です。

「どうにも…大規模な妖怪討伐隊が来たようでしてね…妖怪の山が尻拭いするようですよ」

面子のためにも地底側が救援に行くのは極力控えてほしいとの思惑もあるのでしょうけれど。

私としては巻き込まれるだけ損ですので戦いませんよ。

でも私の知り合いが命を落とすのは嫌です。だから万が一になったら負傷者の手当てくらいはこちらで受け入れても良いかと思っています。

「そうか……それ、私が参加してもいいのか?」

 

「特に言われてませんけど面子がどうとか言い出しそうですよ」

 

「面子なんて知ったこっちゃねえ。私はなあ、知り合いと元部下が傷つくのは見てらんねえって言ってるんだ」

言いたいことはわかりますよ。私だってそれに関しては止めませんから勇儀さんがしたいことをしてください。

出来るだけ手助けしますからね。

 

不機嫌そうな顔をした勇儀さんだったけどすぐに元に戻った。どうやら私の目を見て言いたいことがある程度分かったのでしょう。

思いっきり笑ってますよ……笑顔が怖いですねえ。

 

「それともう一つ、怪我人の天狗2名が上の客室にいますからね」

 

「本当か?」

 

「ええ、久し振りに交流して来たらどうですか」

私の言葉が終わるのと同時に勇儀さんは床を思いっきり蹴飛ばし、エントランスの吹き抜けから二階へ移動していた。

一気に力を入れすぎたのか床の一部はタイルが割れ少しばかり陥没している。

あとで修理しなくては……仕事が増えますねえ。

 

 

上がバタバタと騒がしくなる。悲鳴と怒号と…笑い声…

なかなか混沌としていますね。

まあ……私には関係がない事ですから素知らぬ顔で出て行くだけですよ。

そういえばこの前ワインをもらいましたね。どうせなら渡しておきましょうか。

玄関に向かいかけた私はすぐに方向転換をし、お酒やワインを貯蔵している部屋に向かって歩き出した。

 

 

 

「あれ?さとりここに来るなんて珍しいねえ」

1人だけかと思ったもののどうやら先客がいたようだ。

ワインが置かれている棚を漁っている黒猫の側に私はいく。

「勇儀さんが来ましたからね。最近入ったワインでも一本渡そうと思ってね」

「そっか、あたいもなんだか適当に飲みたくなってねえ……」

 

お燐にしては珍しい。まあ私がここに入るのどちらが珍しいと言われればどっちもどっちと答えてしまう。

「勇儀さんと飲んでくれば?」

 

「鬼のペースに飲まれて潰れるオチが見えるから遠慮するよ」

勿論私を誘うのもだめよ。分かっているとは思うけど一応釘を刺しておく。

「わかってるよ。お空と飲もうかと思ってたんだけどいないからねえ……」

 

そういうとお燐は懐から出したパイプタバコに葉っぱを入れ火を灯した。

私の嫌いな匂いが瞬く間に広がっていく。

「お空はこいしと街に出ているわ…タバコ程々にね」

 

「はいはい、ほんの数分だけだよ」

お燐が本気で吸うとしたらキセルで長々と吸うから言っていることは正しいのだろう。だけど今吸う必要があったのかと思えばそれは本人にしか理解できない。

 

「前々から思っていたのだけど落ち着くの?」

 

「んー落ち着くね。ちょっと臭いかもしれないけど」

一応臭いは気にしているのね。

煙を吹かしたままお燐は適当に選んだであろう瓶を持って歩き出す。私もいつまでもここにいるわけにはいかないのでお目当てのものを持ち部屋を後にする。

 

そういえばいつも腰につけている拳銃、珍しく持っていませんけどどうしたのでしょうね?どこかに忘れたってわけじゃなさそうだし…

 

いくら考えても答えは出てこないしそのうち私の頭からも消えてしまった。

 

 

 

「やれやれ…隠れていろと言われて素直にできるほどあたいは真面目な猫じゃないんだよなあ……」

 

そもそもあたいらの大事な場所にズカズカ入り込んで好き勝手させてたまるかってんだ。

それに万が一こっちにまで攻め込まれてさとりやこいしに危険が及ぶようならあたいは容赦しない。

過剰防衛?ああ、結構だ。

あたいは気に入らないものにはしっかり牙を向ける性格だからね。

誰の性格が移ったのやらだけど…さとりの手をこれ以上汚させるわけにはいかない。

だから今回だけは本気でいかせてもらうからね。




そう言えば今日は七夕でしたね。無数の星が見えなくなった現代の都市部ではもう二人は会えそうにないですけどまだ山とか田舎行けば会えそうですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。