古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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ちなみにさとりは11


depth.101お燐の戦闘力は10くらい

天狗2人が飲みに付き合わされ、夕食は流石に取れそうにないと判断したため放置。その後もなんだかんだで戻ってきたこいし達と食事をしたり出かけたりと平穏といえば平穏であろう時間を過ごしていた。

ひとつだけ違和感を除けばですけど……

 

お燐の姿が見えない。

それに気がついたのは、お燐とあの部屋で会ってから実に2日経ってからだった。

元々猫故の性格か1日2日帰ってこないということはいつものことなので気にしてはいなかったのだけれど流石に帰りが遅すぎる。

それに地上があれなのでなるべく家にいるかちゃんと帰ってきて無事を確認させてと言ってあるしどこかに行く時はちゃんとどこに行くかを教えてくれる子なのに今回に限って私は知らされていない。

 

ただ単純に私が見ていないだけなのかと思ったので文さんやこいしに聞いて回ったものの、やはり会っていないとの答えが返ってきてしまう。1人だけ見ていたヒトがいたのですがどうやら街の方に歩いて言ったらしいです。

気まぐれな猫だからと言うことで納得しかけてしまうものの、私は心配が拭いきれない。

「さとり様どうかしました?」

私が書斎の椅子に座り悩んでいると、いつの間に入ったのかお空が隣にいた。

本を見にきたらしいけれどお空が持っているのはクトゥルフ神話の本だ。何故それをチョイスした。

「お空、お燐が帰ってこなくて少し心配なだけよ」

 

嫌われただろうか…そんな考えが頭を横切ってしまう。いやいやそんなことはないだろうとその考えを振りほどく。

 

「お燐?うーん…そういえば見ていませんでしたね」

どうやらお空も見ていないらしい。行き先は……もちろんわかるはずないか。

「だから心配なのよ……」

唯一気になる点といえば、お燐が所持している火器の全てがなくなっていたということ。

お燐が持つ武器はこの数年の合間に天狗のせいで増え続け、完全に中隊規模になりかけていた。

半分以上は趣味やおふざけで作られ、倉庫の肥やしになって困っているものをお燐が買い取ってしまったものだ。

月の科学技術を習得するための練習品と思えばいいよとかなんとか言っていたっけ。

「地上に出ちゃったなんて事ありませんよね」

お空が、私が真っ先に否定した……否定したかった事をつぶやく。

「……調べて見た方がいいかもね」

結果が怖くて仕方がなく…どうしても調べられなかったもの。

家の方にある転移用の門は使用した形跡がないので出ていないだろうと思っていたのだけれど……

「私、聞いてきましょうか?」

 

「大丈夫よ…私が聞くから」

 

 

書斎を出た私はすぐに近くの電話に向かう。

電話といっても壁に固定され音を出す部分を耳に当て本体から伸びたマイクに向かって喋るだけの古臭いもの。

それに電話というより旧世代の通信機みたいなものです。

ちなみに通信線を手元のスイッチで交換する。

これのためだけに直径5ミリの電線が十何本も束になって床に吸い込まれている。そして発熱しやすい。本当に大丈夫だろうか…

 

後は向こうがこれに応答してくれるか…

居るなら応答してくれるけどねえ……

 

『はいはーい』

 

 

 

 

電話の向こうにいるヤマメとの通話を終え耳に当てていたラッパの先端のようなところを元に戻す。聞かされた結果は最悪の予想が当たってしまったことを告げている。

「やっぱりあの子地上に行っているわ…」

後ろで頑張って聞き耳を立てていたお空に結果を告げる。

「あーでもお燐のことだから考えがあるんですよ」

あれだけの装備を全て持ち出していればそう考えたくもある。それにお燐は時々母親っぽい一面もある。

「そうね……多分私に告げずに言ったってことはおとなしく家で待っていろという意思表示よ」

「お燐らしいね」

なんともいえないけれど確かにお燐らしい。

「ええ……帰ってきたら叱って…撫で回さなきゃ」

いつも心配をかけさせている身では、あるけれどだからと言って貴女が心配をかけさせて良いというわけではない。

そう思っていると急に眩い光が私の視界を奪った。

「あの…しんみりしてるとこ悪いのですが無表情じゃちょっと……」

いつのまにか文さんがカメラを構えて立っていた。しかもざっくりと心に刺さる言葉まで用意してだ。

「勝手に撮らないでください。後無表情は言わないで…気にしてるんですから」

好きで無表情やっているわけではない。これでも感情は豊かなはずです。表情に出ないだけで……あと反応が冷淡なだけ。

「あ…気にしてるんですね」

 

 

文さんも今回の事態は知っているようなので深くは言ってこなかった。だけど私がただ見守るだけかと言えばそういうわけではない。ちゃんと手は打ってある。

 

「流石にお燐1人じゃ心配なのは事実よ。だから手を打たせてもらうわ」

その言葉にお空は首を傾げ、文さんはそう言えばと何かに気づいた。

「そういえば……椛の姿も見えませんね」

そう、姿が見えないのはお燐だけではない。

「ふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

山の中にも時々木が無くなるところが点在する。

そういう見晴らしの良いところは隠れて進むには少し難しい場所で、でもちゃんと対策すれば待ち伏せにはぴったりの場所だ。

「さて……」

葉っぱを乗せて地面に固定したそれらを隠す。

さとり達はあたいが地上出ているってもうわかってるはずだからあまり長くはいられないや。せいぜい明日の昼までが限度かな。

だとしたらこれらもなるべく使って短期決戦を仕掛けた方が良い。

 

一応陣地は出来上がった。

まあ陣地って呼べるようなものじゃなく、ただ武器を転々と隠しただけなんだよね。

それでも陣地は陣地だ。

ここまであたいが1人で頑張ってこんな大げさなものを作ったのには訳がある。

第1に奇襲。天狗達はふつうに山道周辺を登ってくると考え江戸からの道が続く周辺に待ち構えている。だけど相手だって同じことを考える。つまり背後を取るはずだ。

第2にあたいは誰にも知られてはいけないということ。

今回は天狗の面子に関わることだから行動は隠密にする。天狗達と同じところで待ち構えたら意味がない。

 

それにしても随分大所帯できたねえ……天狗とか河童が待ち構えているのはあたいとは反対方向。こっちの方には偵察か奇襲用の少人数を最初に送り込んでくると思ってたのに……

遠くから聞こえる足音は数人ではなく十数人に及ぶ。全員が強い陰陽師や妖怪退治屋だったりするとなればちょっと困る。

それにしてもこうやってやすやす裏を取られるあたり天狗の戦略家はたかが知れてるねえ……天魔様は戦術を考えるより現地で暴れる方が性に合ってるから殆ど口出ししないんだろうけどちょっとはどうにかしたらどうなんだい。

 

あたいだって言えたことじゃないけど流石に背後から来るとか考えようよ。それくらいはしないと…それとも裏に回れば何か罠があったりするのかい?そんな形跡ないんだけど…もしかして道無き道を進めるほど体力ないだろうって?

実際登ってきてるじゃん。

そんな愚痴を言っていれば、どうやらそろそろお出ましのようだ。少しづつだけど音が近づいてくる。

耳に集中した意識を少しだけ下げる。

最初の攻撃ポイントに向かって歩く。

それともう1人……一陣の風があたいの背中を擽る。その風が止んだ時、あたいの隣にはひとりの天狗が立っていた。

そういえばこの天狗結構前から尾行していたね。

「椛とか言ったっけ。なんであんたが付いてきているんだい?」

白い髪の毛が風に揺れ、透き通った目が私を見つめる。

「なんとなく追いかけた方がいいと思ったからです。後さとりさんからもよろしくと…」

どうやら律儀にも穴の方から登ってきたらしい。少しだけ心拍数が高まっている。

あたいのようにエレベーターを使えば良いのにねえ……

「心配性だねえ…」

 

「まあ…少し鬱陶しいと感じる方が丁度良いと言いますし」

隣に腰を下ろす椛につられてあたいも腰を下ろす。

「それもそうか」

納得してしまうあたい自身ももしかしたらどこかでさとりに甘えたいとか、面倒を見て欲しいとか…そんな感じの求める欲求があるのかもしれない。

あるいは気を引きたいからなのか…でもまあそんな細かいことを気にする必要はない。

「向こう側に参戦しなくてもいいのかい?」

 

「向こうは人手が足りてるでしょうからね。むしろ不意を突かれる方が困りますよ」

話を聞けば彼女もこっち側から攻めてくるなんて想像していないらしい。

不思議だねえ……それともさとりの戦略がおかしいのかなあ?

 

「人数は…先頭が12名、その少し後ろに28名程いますね」

どうやら見ているようだ。瞳孔が細まり目が少しだけ黄色く光っている。

「随分と人数を送り込んできたみたいだね」

 

「元の編成が100人程だったと報告が上がってましたからね…裏をかくにはこのくらい出てくるでしょう」

 

それもそうかと納得する。だけど椛にまでその情報が伝わってるって…情報統制がなってないと思うんだけど…ああそうか。まだ戦力は鼓舞して示すもの。決して隠すものではないのか。

 

「戦略って難しいねえ……」

 

「戦術なら分かりますが…」

 

いくら戦術で勝っても戦略で負ければ終わりだよ。

金銀飛車角を落としても王自体がとられたら終わりと同じ。

 

 

そういえば椛って千里眼使えるんだったよね。実際千里眼って名前なのかどうかは知らないけれど遠くまで見る能力を持っていたいはずだ。

「なあ……頼みごとがあるんだけど」

気づけばあたいは椛に向かって頭を下げていた。

「なんですかお燐さん」

 

「観測手やってくれないかい?」

あたいの視力だけじゃ限界がある。それに…せっかく手伝ってくれるんだ。その思いを無下にはできない。

「良いですよ」

 

 

ここに恐怖の狼猫が誕生した。

 

 

 

 

 

山の斜面の上から白い銃が下を向いて固定されている。

煙を小さくあげている煙草を咥え直し外見はSG550に似ているそれのグリップを握る。

そういえばこれはあたいが最初に手にした武器だったねえ…

既に胴体以外面影はないし、色も白に変えているから一見すれば別物だけど。

「それ…体に良いとは思えないんですが」

 

「知ってる…もう中毒みたいなもんだからねえ……落ち着かないんだよ咥えてないと」

 

「先頭との距離は2000…風は北北西から微風、追い風です」

隣でしゃがみこんだ椛がじっと虚空を見つめている。だけどその瞳にはしっかりと映っているのだろう。

「風向は必要ないかな…」

これは風に流されることはまずないからね…

「分かりました」

 

 

「それじゃあ…照準つけるから修正よろしく」

暗闇でこれを使うと相手にバレる可能性もあるので電源を落としていたそれを起動させる。

当たり前だけど椛に照準を調整してもらうためだ。

「分かりました」

赤い光が銃身の付け根の下から僅かに漏れる。

「そうですね…僅かに右……あ、ちょっと上です」

この距離だとほんの少し動かすだけで大きずずれる。だから調整作業は本当に地味で細かい作業だ。

「この位置?」

 

「ええ、合図で発砲」

 

「今!」

 

引き金が引かれ、赤色に光る棒のようなものが飛んで行く。

目標にしっかりと当たったのか、あたいの耳に悲鳴が聞こえてくる。

 

「次」

ボルトを開き排熱。煙が出なくなったところで再度ボルトを閉じる。

この銃は弾丸が発射されるわけではない。

勿論銃弾も撃てるけどそれをやってしまうと音がうるさい。

 

だから妖力を小さく固めたものを高速で撃ち出す事にしている。

にとりさん曰く妖力弾なので普通の弾丸みたいに弾道を考えなくても真っ直ぐ飛んで行ってくれるのだとか。そのかわり貫通力は弱い。

 

だから肩に当てたけど腕が千切れたりして死ぬことはまずない。まあ…あの程度で戦闘不能になるのは少し無理だろうけど。

「右に少し……その位置です。すぐに発砲」

 

「了解」

 

「次、少し上にあげて…右側に……そこだね。発砲」

 

反動もなく引き金は軽い。撃っているのかどうかすらわからない。だけど確実に赤い弾丸状のそれは飛び出して相手にあたり爆発をしている。

あたいの視力じゃこの距離の狙撃は無理だっただろう。椛がいてくれて助かった。

だけど何度も使えるわけではない。

1人が照準に気づいたのかこっちを指さしたらしい。

椛が私の肩を叩く。

 

撤退、というより少し後ろに下がって第2の戦闘に備えるわけだ。

ここからは少しうるさくなっても仕方がない。

 

 

それじゃあ第2弾、ここからが本番だよ。

 

少しだけ盛り上がったところの葉っぱを外してみれば、そこに構えてあるのは6つの銃身を束ねた大型の銃。持って来るのに苦労したよ。

それが2つ。

 

「そろそろ上がって来る頃ですよ」

 

「だいたい1000切ったら教えてくれないかい?」

 

多分これを喰らって生きている奴がいたら…それは正真正銘の化け物だろうね。それかさとりがよく言うゴジなんとかっていう怪獣とか。

 

 

「天魔様、後方が騒がしいような気がするのですが…」

 

「……気にすることはない。今は目の前の敵を相手にすることを考えろ」

 

 

 

 

 

 

真っ赤に焼けた砲身を一旦冷やす為に水をかける。

相当な熱さだったのか水のかかったところから水蒸気と湯気が立ち上る。

煙草の煙よりもはっきりとした湯気…だけどどちらも同じく途中で消えて無くなってしまう。

「派手にやりましたね」

 

「派手にやっても倒せてなければ意味がないんだよ」

感心したような椛に釘をさす。

最初の数人は斉射を喰らい弾けた…文字通り体が肉片に切り替わった。

だけど向こうも対応が素早いのかすぐに散開して距離を取り始めた。

固定式にしてしまったから射角が取れないところにみんなして逃げちゃってなかなか当てられない。頭が良いのか生存本能からなのか。困ったなあ……まあ向こうも迂闊に動けないようだから良いんだけど。

 

「それで、どうするんですか?まだ30人くらい残ってますよ」

言われなくてもそんなことは分かっている。だけどこの銃じゃもう弾が…

ほら手を出したり頭を出したりして確認しない!

引き金を引き、銃身を回転させる。

熱くなった水が弾き飛ばされ、爆音とともに弾丸が手や頭に殺到する。だけど確認のためにやっていたからなのか直ぐに引っ込んでしまい岩肌や地面を削るだけだった。

「さっきのでもうすこし削りたかったんだけどなあ……」

仕方がない。いつまでもこうしていると反撃されかねない。

攻撃側は常に反撃をされないように立ち回らないといけない。だから次の手を使わせてもらう。

「何ですかそれ?」

耳を抑えていた椛があたいが草陰から引っ張り出してきたそれを見て訝しげな顔をする。

全長はさっき持っていたSG550に近いけどそれよりも圧倒的に太い銃口とグリップより少し上に設けられた巨大な弾丸が収まるリボルビング。あたいの髪の毛と同じ赤色が所々に設けられている。

「ただのグレネード弾。天狗も採用したらどうだい?まだにとりのところに在庫があったはずだけど」

 

「河童の手はなるべく借りたくないって言う天魔様の方針ですので」

そっか…じゃあ仕方がないね。それににとりも大量生産するものじゃないとか言って絶対量産しないからなあ…だからここにあるのは趣味で作ったもの。お値段も張ってしまう。まあ…在庫処分で引き取ったって事だから安いけど。

 

そう言いながらも断続的に潜んでいるところに向けて40ミリ榴弾をボンボン打ち込む。

山なりの軌道を取るから物陰に潜む相手には有効。なんだけど爆発音が慣れないんだよなあ…

真上から何かきたのに気づいていくつかのグループが飛び出してきた。気づくのに遅れた集団が2、3人まとめて吹き飛ぶ。

素早くガトリングの引き金に手をつけ乱射。周囲に弾丸の雨を降らせる。

当たらないけどそれでよい。一方的に攻撃されているのは精神的に負担になるし判断を誤らせやすくなる。

飛び出した瞬間撃たれる。飛び出さないで篭っていても撃たれる。完全に詰んでいると認識に刷り込めたはずだ。

 

とかやっていたらガトリングの方が急に動きを止める。

引き金が弾かれるように戻り勝手に安全装置が作動する。

それが示すのはひとつだけ。弾切れ…

ガトリングに再び水をかけその場を離れる。

って言っても反撃されないように背中に背負っていたマシンガンを素早く乱射。こっちも弾数が少ないからあまり無茶はできない。

グレネードはまだ少しある…だけど今撃ったのを撃ち尽くせば弾切れ。

 

「仕方がない…接近して始末しないといけないかなあ」

相手がいるであろうところに残り全てのグレネードを放つ。

だけどそれらは物陰から放たれた弾幕で迎撃され空中で花火になってしまう。

なるほど…考えたねえ…

用済みになったグレネードガンをその場に降ろす。少しの合間はマシンガンを使用していたけどこっちも弾が切れた。

それも地面に降ろす。だいぶ体が軽くなったねえ…

まあ今となっては軽い方が楽なんだよ。

残りの武器を確認して足に力を入れる。

 

「私も行きます」

あたいがしようとしていることが何かわかったのか椛も雰囲気を変えた。

「好きにしな…あたいは流石に面倒見きれないよ」

 

「そんなことを言われると天狗のプライドが傷つくのですが」

 

「だったらそんなプライド捨てちゃいな」

 

プライドなんて戦場じゃ邪魔にしかならないよ。

それにあんたはもう天狗のプライドなんて捨てただろう?あるのは剣士として…椛としての存在のあり方だけ。

「それで?あたいは右側から行くけど」

 

「じゃあ左側で」

 

椛が飛び出そうとするのをちょっと待てと止める。

妖力をバカスカ撃ち出すわけにもいかない。あまり派手にやりすぎると遠くからでも余波を感知されてしまう。

あたいを知っている天狗にそれが知れたら大変だからねえ…

それに椛の妖力が感知されてしまったら大変だ。それはもう盛大に大騒ぎになるはずだから…

「わかりました…なるべくバレないように隠密にやれば良いんですよね」

そうそう、そうしておくれよ。

フィルターまで消費したタバコを吸い殻入れにねじ込む。

ここからはしばらく吸わないでおこう。

ショルダーを使って背中に背負っている大きな銃を取り出す。

マシンガンよりもさらに大きい。だけどその姿は白く、丸い円盤状の装置が側面に縦に装着されている。

「ああ…スペルとかいうやつを撃つやつですか」

 

「あたいのお気に入りだよ」

腰の二丁を使ってもいいけど先にこっちを使うことにする。

弾丸を装填する必要がないのはSG550と同じだけどこっちの方はスペルカードを撃ったり障壁を張ったりするのに使える万能型なんだよ。

 

向こうはこっちが撃ってこなくなって安心したのか、だんだん頭や体を出して反撃をしようとしてくるやつが増えてくる。あーそこ頭出したらカモだよ。

「猫符『怨霊猫乱歩』」

猫のような弾幕が吹き荒れ、頭とかを出していた奴らが悲鳴をあげる。さて、先陣を切らせてもらうよ。

いつまでも隠れているやつらじゃないのはわかっているけどさっきので怯えたのか動きがやや遅れている。

地面を蹴り飛ばし一気に加速。軽くジャンプし重力に逆らいつつ、眼科の敵に向けて銃口を向ける。

放つのは弾幕、それも密度の高いやつだ。

ふと横を抜けば椛も抜刀していた。月の光を刀の刃が反射し怪しく光る。

随分と獣気に溢れていることだ…あ、それはあたいも同じだったかな。

そう考えていれば体は地面に向けて降下。着地…

体をバネのように動かして着地の衝撃を前に逃がす。

すぐ隣で驚愕の表情を浮かべた妖怪退治屋の目の前で引き金を引く。

弾幕が銃口が光り、レーザーのようなものが発射される。

咄嗟に防御姿勢をとったけど直撃なのに変わりはなく、そのまま吹き飛ばされた。

反対側にいた相棒らしき男もあたいの腕がバッサリと切り裂く。

血飛沫が上がり返り血があたいの服や手に飛び散る。

 

恐怖に慄いて逃げ出そうとした背中に躊躇わず弾幕を叩き込み、すぐ近くに接近したやつを蹴り飛ばす。動きの止まった彼の喉元を爪で搔き切る。

周囲にいた奴はこれで片付いた。だけど全体から見ればまだまだ。

背中に殺気を感じ、すぐに飛びのく。さっきまでいた場所を鳥の式神が通過し、衝撃波が地面を抉っていた。

危ない危ない…

おっと!

今度は剣…それらが飛んできてはあたいの進路を妨害する。

投げてきた方向に向かって弾幕を展開したけど障壁のような六角形の光が空中に描かれ弾幕が無効化されてしまう。

椛は剣の方は少し苦戦していた。

剣術は上だけど障壁を貼られて攻撃が通らないんじゃどうしようもない。だけど隙をついて一撃を加えつつ追撃ができているあたりまだマシだろう。

あたいの弾幕もだんだん弾かれるようになって来た。

それに接近されるとまずいと悟ったのか近づけようとしてこない。

ちょっと危ないけど…やるしかないかなあ……

加速、もちろん周囲に弾幕と剣とかがあたいに殺到する。

それらを避けようとするなら一度後退しないといけないけどあえてまっすぐ突っ込む。

そりゃ回避なんて普通の体じゃできはしないさ。普通の体なら……

 

全ての弾幕が回避不能の距離になったところであたいは体を丸める。

空中に飛び出していた体が一瞬のうちに切り替わり、暗闇と同化する。

小柄四足歩行のこの体は、するりと弾幕達の合間をすり抜けて地面に着地する。

もう一度体を丸くする。

今度は人間、さっきまでの姿に戻る。

 

てりゃ!

呆然とする相手の顔面に蹴りを入れ、そのまま足場として利用する。空中に飛んだあたいの体は少しの合間だけ標的になる。

だけど狙いはつけさせない。

大型の銃を空中に放り投げ、代わりに腰から二丁の拳銃を引っ張り出す。

少しだけ肩の力を抜き、下で弾幕を出そうとしている彼らに照準を合わせる。

 

空薬莢が空中を舞い、下で暴発した弾幕が七色に光っては消える。

そろそろいい頃かな…

落下するあたいの側に放り投げた銃が降りてくる。

素早く拳銃を腰にしまい降りてきた銃の円盤部分にカードを装着。一回転させて押し込む。

再度行くよ…おりゃ!

「贖罪『旧地獄の針山』」

宣言と同時にレーザーや追尾弾幕が辺りに飛び散る。着弾とともに爆発、土煙が至る所で上がる。

 

「ちょっと!巻き込むつもりですか!」

 

着地したあたいに椛が詰め寄る。どうやら巻き込みかけたみたいだ。いやあ…すまんねえ…

そんなことよりも、ほら後ろ気をつけなよ。

背後を取っていた人間のお腹をあたいの腕が貫く。

生暖かい肉を貫通する感触が腕に広がって気持ちが悪い。

 

「気をつけなって」

 

「それは貴女もですよ」

 

椛が抜刀、あたいの後ろでなにかが斬られる。

 

それじゃあ、続けようか。

まだまだ相手はいるんだから…

 

 

2人揃って後ろの敵に向かって飛び出す。

別に計った訳でもなんでもない。

さてさて、いつまでここで粘るつもりなんだい?それとも、ここでずっと戦い続けるつもりかい?

後には引けない…かな。

 

振りかざされた剣を弾き飛ばす。

爪が折れそうになったけど気にはしない。

 

「……?」

少し離れたところでなにかを召喚する時に使われるへんな色が周囲を包む。

なにかが召喚された?いや……式神でも新しく出したのかなあ…

目の前に黒い影が飛び出してくる。

距離が近い……空いている左手で思いっきり引っ掻く。引っ掻くといっても強化されて1メートルもある爪だから切り裂くに近い。

 

「ふしゃ!」

金属とは違う…爪と爪が重なり合い擦れる音が響く。

「え……」

 

理解できない。あたいの爪を同じく爪で弾いた。

人間にできるようなものではない。

少しだけ距離を取り弾幕を展開する。

 

いくつかは命中コースに入っていたはずなのだけれど案の定全部避けられた。

あっちこっちに素早く動く…なんだか動きに見覚えというか親近感がある。

とかなんとか思っていたらこっちに突っ込んできた。

足踏みを二回してタイミングをずらしながら横に飛ぶ。

さっきまでいたところを相手の腕が通り過ぎる。その腕を蹴り上げようとして逆に足を取られた。

体をひねって逃げる。

間違いない…この動きは……あたいの……猫の動きだ。

「あんた……猫又?」

 

「化け猫よ」

化け猫…正直同族がどういう種別分けをされているのかは分からないけれどそれだけで十分だった。

なるほど、使役された妖怪か…

 

「同族を傷つけたくはないんだけど」

攻撃してきた敵ではあるのだけれどやはり同族を相手にするのは辛い。

「主人を守るのが私の役目よ」

だけど向こうも譲る気は無いようだ。

それもそうか…主人にも信頼されているようだし。

だけどなあ…

あたいと化け猫の合間に微妙な空気が流れる。ほとんどはあたいが原因。

 

「貴方がやらないのなら私がやります」

硬直を説いたのは椛の声だった。

それと同時に化け猫が後ろへ飛びのく。さっきまで彼女がいたところを刃が通り過ぎる。

月明かりに照らされて、化け猫の姿がようやく鮮明に見えた。

 

黒でも白でもない…灰色の髪の毛が月明かりを反射し鈍い光を放つ。

あたいより少し大きいくらいの女性…だけどその頭には朱色の耳が2つ生えていた。

「っち…天狗か」

闇に紛れそうな漆黒の着物を翻し、椛から距離を置く。その場での足運びが上手いようだ。

「本当はもう撤退して欲しいのが本音なんだよね!」

 

そんなことを言うと真後ろに殺気。普通の人間じゃない!いやここに普通の人間はいないけど…すぐにその場を飛びのく。

あたいのすぐ側を誰かの体が通過していく。

一度前に出された腕を真横にいるあたいに向け振りかざす。

それを足蹴りで弾き体をひねる。

空中で中途半端な態勢になりながら回し蹴り。足で防がれる。だけどこれで良い。

足蹴りをして無防備になったその体に弾幕を叩き込む。

なんだか少しだけ腑抜けた感覚が来て、相手の体が吹っ飛んだ。いや…体を無理にそっちの方向に飛ばして逃げたわけか。

 

「お姉様に手を出す奴は許さない!」

回転しながらそんな叫び声。さっきの化け猫と似ているけど耳の色やメガネをつけていたり姉よりも小柄で、胸周りなどないに等しい少女。

姉妹だったのか…

ますます倒し辛くなってしまった。だけど手を抜けばこちらは命を取られる。なるべく傷つけずに退場してほしい。

そもそもまだ戦いは続いているんだ。何を呑気にしている暇があるのだろうか。

「お燐さんは別のやつを、私はこの2人を相手します」

何事もなかったかのように椛がそう言い放つ。

 

「いいのかい?」

 

「白狼天狗舐めないでくださいね」

 

不敵に笑う彼女の顔が今回だけは怖い。白狼天狗ってそういえば戦闘狂なところがあったんだっけ。忘れていた…

それじゃあ未だあたいを狙おうとしている2人を言葉通りに押し付けて…あたいは残る人達をやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

獣の本性故か、私の体は長期戦になってくるとだんだん理性が消えていく。

父上に矯正されたとはいえそれでも治らないものだ。仕方がないと割り切ってしまってはいた。

だけれどそれがここに来てあだになったかもしれない。

 

目の前にいるのは化け猫の姉妹。姉妹というだけあって連携がある。

さっきから私の剣はずっと爪と弾幕を弾くことだけに使われていた。

勿論、盾など数分前に破壊された。

 

本当ならお燐が戻ってくるまで時間を稼ぎたいのだけれどもう無理だ。

せいぜい死なないように耐えて…とは言ってもそんなものは運次第か…

吹っ飛びかけた意識を辛うじて残し、体の制御のほとんどを明け渡す。

その瞬間、姉の化け猫の左腕を思いっきり斬りつけていた。

私の体にも切り傷やかすり傷が生まれる。

姉を守ろうと妹の方が突っ込んでくる。その進路を見極めて回し蹴り。横に弾かれた化け猫は猫の姿に戻り暗闇に消えた。

再び奇襲を狙っているのだろう。だけれど……

「奇襲をやるときは風上にいない方が良いですよ」

 

姉のお腹を蹴り飛ばし、妹がいるであろう方向へ吹き飛ばす。

当たったのかどうかは知らない。それが追撃をやめる口実になるわけもない。

素早く起き上がった姉の肩に刀を突き刺す。

悲鳴のようなものが聞こえたけれど…気にはしない。

 

私を吹き飛ばそうと蹴りを入れてくる。間一髪で急所は避けたけど蹴られたせいで少しだけ動けない。

その瞬間を見逃してくれるほど相手も甘くはない。

 

私の腕に妹が噛み付く。

「いっ‼︎」

 

激痛が走り意識がようやく戻った。

危ない…

 

引き戻してくれたこと感謝します。

ただし噛み付いたことは許しませんが……

 

妹化け猫の頭をぶん殴り、腹に膝蹴りを叩き込む。

視界は勿論、姉の方を向けてだ。勿論見えているわけではない。千里眼を応用して姉の方を睨みつけていながらも、実際には妹の方を視認しているだけだ。

 

だからなのか姉の化け猫が動揺した。

三発膝蹴りを入れれば完全に伸びたのか私の足元に倒れる妹。その妹に向けて弾幕を生成する。ほら…降参するならしなさい?

 

「ふざけるなあああ!」

 

想定外だった。私が作り出していた弾幕に弾幕をぶち当て爆発を起こしたのは妹本人。どうやらまだやれるらしい。

 

刀を構え直す。

時間稼ぎに徹底するのは無理でした。

 

 

 

 

そこから先は蹂躙だった。

 

 

「う…うう…お姉様」

完全に動けない妹をかばうように姉が居座る。

だけどその姉ももう戦力があるとは思えない。

「っち…せめて妹だけでも」

ほかの人間達を倒して追っ払って再び舞い戻ってみれば既に決着はついていた。

「今更ですか?虫が良いと思わないんです?」

無情にも刀を向ける椛。

「分かってるけど……」

なんかどっちが悪役なのかわからなくなってきた。

後椛、その顔をしてたら完全に悪役だよ。

「あの…お二人とも悪いんだけど…」

 

「なによ!命乞いでもしろっていうの?」

 

「いや…そうじゃなくて…あんたの主人さん逃げたよ」

 

「「え?」」

 

うん、もうここに人間はいない。あるのは肉片と飛び散った内臓…あとは比較的綺麗な死体だけ。

あんたらが言う主人は尻尾巻いて逃げたよ。結局は使い捨てだったみたいだね。

まあ…仕方がないかな…それとも遠くからでも回収する手段があるのか…

「抵抗しても無駄だから降参しな」

 

「う…でも抵抗したってどうせ殺すんだろ!」

あーまあそうなるよね。うん、分かるよその気持ち。

「そこまで天狗は野蛮じゃないですし、私や彼女は天狗の意思とは関係なしにに動いているので…って言っても信じてくれないか」

あたいらは敵だからねえ。でももうそれも終わりだよ。

「そりゃねえ…」

 

「仕方がありません。眠っていてもらいましょう」

このままだとずっとすれ違ったまま。だからなのか椛は2人の首に素早くなにかを刺した。咄嗟のことで疲弊しきった2人は反応できない。

「な…何を…」

何を仕込んだと言いかけたものの、そのままがっくりと項垂れて眠った。

「睡眠導入剤か……」

かなり強力なものみたいだけど大丈夫なのかねえ?結構危ない気がするんだけど…

「数時間で起きますよ」

いやいやそうじゃなくてだねえ……まあ多用しなければ影響は出ないかもしれないし良いかなあ。

「この2人をどうするんだい?」

寝かせるのは良いけれどここにいつまでも放ったらかしているのはまずいんじゃないかな。ただではやられないだろうけれど…

「天狗では預かれませんからそちらで引き取ってください」

しれっと責任を押し付けられた。

「やれやれ結局そうなるのか」

確かに天狗に渡すと何があるかわからない。

それにここであったことは一切外部に漏れてはいけないんだから彼女達の口を封じないといけない。でも天狗預かりじゃ絶対喋るでしょ。そうじゃなくても喋るだろうけど……

だとすれば地霊殿で引き取るかここで始末するかの二択。

参ったねえ…選択肢なんてないじゃないか。

「仕方がありませんよ。ほらさっさと撤収しますよ」

 

そう言ってつかつかと歩いて言ってしまう椛。

あたいは片付けがあるんだけど…この2人を連れて地底に戻っていってくれないかい?

「片付けしていくから先に2人を連れて行ってくれないかい?」

 

「仕方ありませんね…」

 

渋々椛は2人を背負い歩き出す。


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