古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.102猫姉妹とさとり

「……で、2人を連れてきたと」

 

ひょっこりと帰ってきたお燐から事情を聞き、猫が増えた理由を理解する。

灼熱地獄跡に少し用があって出かけていたのは1時間前。

戻ってくるなり、客間の方が騒がしいので様子を見れば何やら猫二匹を部屋に運んでいる。

誘拐の現場を見てしまったかのようななんとも言えない空気だったのを覚えている。

 

「えっと…流石に地上には戻せない気がしてさ…こっちに連れてきちゃったんだけど」

 

分かっている。お燐と椛が言いたいことは分かっている。だけれどそれが……結局はエゴである事が理解できてしまうと素直にいいよと言えなくなる。

お燐達がしたことを責めるわけではないけれど、だからと言ってこんなことをするとは。まあ、口封じで始末しなかっただけマシか。

 

今は眠る2人の姉妹を布団に寝かせ、様子を確認する。

比較的落ち着いているようだが、傷が酷い。

椛達は医務室に言っていた記憶があるし一応応急処置はされているけれど本格的に治療しないといけない。

中途半端に治しても無理に動いて変なふうに治ってしまう…妖怪には大体このパターンが多い。

例えば骨折で腕が変な方向に曲がったまま中途半端に回復をすればその腕は変な方向に曲がったまま治ってしまう。

そういう時はもう一度骨を折るか、傷を入れるかで回復し直すという面倒なことが必要になる。

 

 

「そういえばこの2匹は式神だったのね」

 

「ええ、そのようです」

私の問いに椛が答える。

式神となると、少し勝手が変わってくる。

式神はその性質上、年齢固定、劣化固定、形状固定、そして術者が望む時に召喚したり引っ込めたりするための空間転移などいくつもの縛りと呪いがかかっている。

実際人間には呪いではなくただの術なのだけれど妖怪や霊にとってはこれがまた厄介だ。

一つ一つはそうでもないのだけれど、これらを組み合わせて使用した場合にその影響が出やすくなる。

 

「精神的に少しふれてるわね……」

精神の方が重要になってくる妖怪はどうしても複数の術をかけられたまま長期間過ごすと精神が少し壊れてくる。

影響としては、極度のシスコンとかご主人様に絶対的忠誠を誓っていたりするのは本人の意思というより精神が影響を受けていることが多い。

だから藍さんは橙を式にするとき精神が破損しないよう気をつけているし、紫は式神を作り出す時かなり特殊な方法を使っている。

 

だけどそれらができるのはほんの少しだけ。

それにそこまで深刻な被害でもないのであまり問題視されない…というか気づかない場合がほとんどなのだ。

 

使役している人間は逃げ帰ったと聞いているから…戻って来いと発動されることもない。まあ、なんらかの理由で向こうが呼び出してしまえば2人はここから消えてしまうのだけれど。

 

体に巻かれた包帯を外してみると、傷口がふさがっていないのか数ヶ所から血が流れ出す。

強めのお酒で血の流れ出ている場所を洗う。

本当は医療用エタノールとかあれば楽なんですけどそんなもの存在しない。

 

 

しばらく処理に夢中になっていると、部屋に誰かが入ってきた。

小さくて軽い足音…エコーだろう。

「……式神を解き放つって言ってたけど」

 

「ええ、対象はこの2人です。お願いできますか?」

 

私が見つめればまだトラウマに引っ張られるのか少しだけ体が震える。

それでも大分態度も柔軟になったし怖がらなくなってきた。

まあそれは今考える事ではない。取り敢えず治療を終えた姉の方を見てくださいと指示を出しておく。

それと入れ替わらせるように、部屋の隅で何をして良いのかわからない猫と狼を部屋の外に出す。

 

「……随分犯されているわね」

 

エコーは死霊妖精を操って支配下に置いていたことからも分かるように、かなり術に関して精通している。

だから式神にかかっている術式を解くのもまた他の者を操るために施すのも得意中の得意なのだと。

「冬虫夏草みたいなことになってるわ…」

 

「もうちょっとマシな例え無かったんですか?」

見た目があれなので私としてはその例えは困る。想像できてしまうからさらに恐ろしい。

 

「例えだからなんだっていいでしょう?問題は例えじゃなくてこっち…術を壊すことは出来るけどこれで精神が変な方向に行っても責任は取れないわよ」

 

「すぐに影響が出るものでもないでしょう?」

まあねと言いながら彼女は手で印を結び始めた。

妖精離れしている……のはもう慣れた。

そもそも彼女より妖精離れした子を知っているからなんとも……

 

「終わったけど…そっちの子は?」

 

「ああ、お願いしますね」

 

私の隣に来たエコーが妹の方にも手を施していく。

 

 

「一応解除はできたけどどうするの?」

 

「しばらくはここで傷を癒してもらって後は好きにさせましょうか。ここに残らせたくもないですからね」

 

珍しいことを言うものだとエコーに不審な目を向けられる。

どうしてそこでそんな目をするのか理解ができない。

私だって自由意志の尊重くらいするわ。

「……そ、そう」

なんで引いてるのですか。

よく分からない…

 

 

そういえば地上は今どうなっているんでしょうね?

お燐達が暴れたからもう決着はついていると思うのですけれど…

なにせ天狗と河童を中心に山の妖怪の殆どが戦っているのだ。たかだか百人でどうにかなるとは思えない。

奇襲も失敗したとなればもう無理だろう。

 

私なら奇襲が失敗した段階で撤退、全力で逃げに入る。

だってそうでもしなければやってられない。

 

 

とかなんとか思っていれば、眠りが浅くなったのか精神にかかっていた負担が無くなって楽になったからなのかもぞもぞと姉が寝返りを打った。

だけど思いっきり布団から落ちて頭を畳にぶつけている。布団だから良いけどこれがベッドだったら大変だろう。

 

「う……ここは?」

ぶつけたせいで起きてしまった。

 

多分、今彼女の頭の中は知らない天井だ状態だろう。なんとなく考えていることはわかる。

 

「おはようございます」

 

「……あんた達は?ここはどこなの?」

一応隣の布団で妹さんが小さな寝息を立てているからか、暴れ出したりすることはなかった。

これで妹がいなかったら多分暴れていた。確信します。

「私は古明地さとり、この地霊殿の主人をやっています」

 

「地霊殿?」

 

まあ今すぐに全部を教えても頭が混乱してしまうでしょうからゆっくりと教えていきますか。

「地底の行政機関よ」

エコーが素早く答える。下手に屋敷と言われるのは嫌なのだろう。私も屋敷と思ったことは……思ったことは……だめだ引っ張られる。

「……あんた達何者?」

目つきが急に鋭くなる。どうやらお燐の匂いを感じ取ったらしい。流石猫と言うべきか…鋭い。

 

「貴方達を襲った黒猫の主人…と言えばいいかしら」

隠す必要はない。そもそも下手に隠して後でバレたらそれこそ大変だ。

私の言葉を聞いて爪を爪を立てる猫さん。毛も逆立っているので相当警戒されてしまっている。

「落ち着いてください。別に危害を加えようとは思っていませんよ」

 

「敵の言うことなんてっ!」

 

「聞く聞かないは自由ですが、ここにいる限り暴れるのはお勧めしませんよ」

 

「くっ…今に私のご主人が助けてくれるわ!」

完全に敵意剥き出しなのですけれど……どれだけ警戒しているんですか。

「そう……貴方達の主人は貴方達を手放したわ」

信じてくれるかどうかは分からないけど事実を伝える。それにもう彼女達は式神ではない。

「そ…そんなのっ!」

 

「嘘と言い切れますか?」

 

「……っ!」

 

心当たりがあったのか言葉が詰まる。

虐めるのは趣味じゃないのでここら辺でやめておく。

「もうしばらくすればご飯だから、持ってくるわね」

 

「……要らない」

 

「体に悪いですよ?それにお腹も空いているでしょう」

 

「……食事は私が持ってきます」

 

「いいえ、貴女は2人を見ていてちょうだい」

 

「……承知しました」

渋々と言った感じだけど大丈夫かしら…まあ私より多少は話しやすいと思うけど…

よろしくねと言い部屋を後にする。

サードアイを出しっぱなしにしていても私の正体に気づくことはなかった…多分さとり妖怪を知らないのだろう。

 

それが悪いにしろ…先入観だけで否定されないだけ良いかな。なんて思ってしまうのはただ臆病で逃げているだけなのだろう。

 

 

 

 

 

お燐達が無事に戻ってきたこともあって夕食は少し豪華にすることにした。とは言っても食糧事情から作っているものは…前世知識で言えば普遍的な家庭料理なのだけれど。

それでも、まあ豪華といえば……豪華なのだろう。私達の感覚からすれば。

なにせ、塩や胡椒すらなかなか手に入らない。海が近ければまた事情は変わったけれど幻想郷は内陸部。岩塩があればと思うもののそう都合よく見つかるわけもない。

胡椒くらいならなんとか自家栽培しているけれど量は少ない。

まあ…それ以外にも色々と大変なのだけれどね。

 

それでも卵が安定して手に入るのはありがたい。

養鶏を趣味でやっている鬼がいて助かりました。他にも味噌を作っている妖怪とか……この地が格好の商売場だと思ったのでしょうね。

勇儀さんもこういう人たちへの支援を惜しみなくやってくれたから一部の食材については地上よりかは手に入りやすい。

後は広大な熱源を利用した穀物や野菜などの栽培とか。

ある意味すごいかもしれない。ちなみに私は提案しただけで具体的な事は首を出してはいない。素人だし、測量してくれた鬼の方とか機械に強い河童とかまとめ役かつ人望のある勇儀さんとか…うん、私やっぱり要らないね。

 

 

「お姉ちゃん何作っているの?」

 

ふと後ろに気配を感じ振り返ってみれば、そこにはこいしが立っていた。

すごく体が近いのですが……

「ただのオムライスよ」

 

「へえ…珍しいね!」

まあ普段作らないですからねえ。作るのも少しコツが要りますし…

少し前にお燐とこいしにオムレツを作らせてみたのですが…ことごとく失敗してスクランブルエッグになりましたよね。

ただ珍しくお空が綺麗に出来てましたね。才能ありますよ。

 

 

 

 

完成したものを2つ、お盆に乗せて運び出す。

「あれ?その2つはあっちじゃないの?」

食卓用に使っている居間をこいしが指差す。

「これはお客さん用、先に部屋に持っていくわ。みんなの分は…少し遅くなってしまうけど向こうが終わってからでも良いかしら?」

 

「私は大丈夫だよ!」

そういうことかと頷きながらこいしはふらーっとしながら隣の部屋に歩いて行った。多分あの調子だとお燐かお空を捕まえてもふもふし始めるのだろう。

 

まあいいや…それよりもこれを冷めないうちに持っていかないと。

部屋に入るなり、私に注がれる2人の猫の視線に背中を擽られる。

特に姉の方はつい数時間前に浴びていた殺気が嘘のように消えているではないか。

一体どういう心情の変化だろう。

 

「なにやら落ち着いているようですけど?」

いつのまにか引き出されていた机の上にお盆を置き2人に向き直る。

側にいたエコーがドヤ顔してるけど…何を吹き込んだのだろう。

「先程は姉が失礼しました」

妹の猫が深々と頭を下げてくる。別に気にしてはいないから良いと言ったら何故か安心された。

どうして怯えてるのだ…私はそこまで怖くはないですよ。

 

「そこまで怖がらなくても大丈夫よ」

 

「でも…そこの妖精から聞いたけどあんた相当怖いって…」

姉さんまで怯えるとか一体何を吹き込んだんですか。

まあそんなことは置いておくことにして…ご飯を差し出す。

美味しい匂いにようやく意識が回ったのか2人の前にお皿を差し出せば、同時にお腹の虫が鳴る。

 

見たことない料理に不安そうにしていた2人だけれど、流石にお腹が空いている状態では食べないわけにもいかない。

気がつけば2人揃ってものすごいがっついていた。

「どうですか?」

 

「美味しい…初めて食べたよ…」

 

「本当だ!美味しい」

目を輝かせながら食事をしている2人を見れば、なんだか気が和らぐ。

 

少し多めに作ったのですがあっさりと完食してしまった。

もう少し作った方が良かっただろうか…普段から少し食べる量が足りていないようですし…

 

「ご馳走さま…」

 

「それで、この2人はどうするの?」

ずっと黙っていたエコーが私に詰め寄ってくる。

正直2人にどうしたいかを選んでもらいたかったけれどどうやらそれは難しいらしい。

ここで追い出されても行くあても生活する術も無い…こうなるとまた誰かの式神になるかくらいしかないのだろう。

「仕事くらいならある程度提供できますよ?望むなら住む場所も用意します」

 

「流石、孤影悄然の妖怪ね」

 

「その呼び名やめてください」

いったいどこからその呼び名を聞いたんだか…ああ、エコーからですか。

私がその呼び方を嫌っているのを知っていてやってるわね。もう今更言っても無駄だろうけれど、後で少しお仕置きが必要ね。そう…ご飯に野菜多めにするとか。

 

「そういえば2人とも名前をまだ聞いてませんでしたね」

 

「ああ、私たちは名前無いよ」

 

「あら?そうだったの?」

 

少し前まではあった気がするのですけれどね。

「あの名前はもう捨てる…元々人間に付けられた名前だし…私達は嫌いだったし」

 

「じゃあなんて呼べば良いかしら…名無しさんじゃ困るでしょ」

 

「一応私も提案したのですが……ことごとく跳ね返されました」

 

「だって…アズ◯バーとかウルトラ◯カとかわけわからないものばかりなんですもん」

妹の方が呆れたように事情を話す。ああ…エコーはセンス無いですからね……

「じゃあ何がいいのよ」

 

「なんでも良いわけにはいかないからなあ……」

 

うーん……あ、お燐にも聞いてみましょう。

 

 

 

 

 

結局あの2人は傷が治ってしばらくしたら旅に出たいと言い出した。

まだ治ってないのだけれど…まあ治ったらと言う前提があるから良いか。

それまではごゆっくりと言っていたけど妹の方はどこからか見つけてきた使用人が着る燕尾服を着込んでいた。何をしたいかといえばその服から察するように…使用人だ。

「どうですか?」

目の前で完全に使用人の態度をとられても何にもいえない。下手に言おうものなら隣にいる姉さんの怒りを買いかねない。

 

なんか浴衣のようなもの着ていたよね…あれは一体どこに行った…

似合わない訳ではないのだけれどなんだか落ち着かない。

 

「かっこいいじゃん」

こいし、かっこいいのはわかるのだけれどなんだか違う。多分胸があまり出てないから違和感が消えているだけであってやっぱりわたしには違和感が残る。

「あたいも似合ってると思いますけど…姉の方はなんで着ないんですかねえ?」

お燐、あんた絶対服従させたいだけでしょ。怪我してお空に泣き疲れて怒られてをしたのに懲りる気配がない。

「あんたにだけは言われたくないわ」

どうしてこう…仲が悪くなるんですかねえ。妹の方は結構お燐に懐いたのに……同族嫌悪?

 

「さとり、もう今からでも追い出していいんじゃないかな?」

 

「お燐、落ち着きなさい。怪我がちゃんと治ってからよ」

 

「言われてやんのー」

 

「野郎ぶっ潰してやる!」

お燐を制止すると今度は向こうが煽ってくる。

これじゃあ終わらない。

いい加減にしておきなさいと2人の頭にげんこつを落としておく。

 

「お姉様喧嘩はダメだよ」

 

「ほら、妹も言ってるんだから…」

未だに落ち着こうとしない姉をなんとかして宥める。

「ふん……」

そもそも、名前がないのが辛い。

お燐曰く名前なんて無くてもいいよと暴論を加えられこの件は1時間前から保留状態。だけどやっぱり煩わしい。

「唐突なんですけど名前やっぱりつけませんか?」

 

「やっぱりそう思う?」

 

どうやら2人とも気になってはいたようだ。実際名前がないと妖怪は固定され辛い。

種族という枠で括られているからまだ良いけれど名前と言う個を縛るものがないとまず自我や性格そのものが不安定になってしまう。

実際それで良いのなら別ですが2人は一応式神として名前がありその名前によって自我そのものが形成されている。いつまでも名前がない状態でいるのは性格の破綻…いや、自我の破綻に繋がってしまう。

そうでなくても式神にしていた影響で自我に影響があったのだ。

どうにかしないといけない。

 

「まあ…2人がどんなものを望むかですけど…」

 

「どんなのがあるんだい?」

 

「アルデバラン、アンタレス、アトランタ、アンドロメダ……」

 

「お姉ちゃんなんで全部外来語なのさ……」

 

「ちゃんとアで始めてますよ?」

 

そうじゃないと怒られた。解せぬ。

確かに日本で使うには少し抵抗がある名前ですけど……

「じゃあ三毛ちゃんとか珠ちゃんにします?」

 

今度は逆に安直すぎると怒られた。いや、安直でいいじゃん。むしろ捻り過ぎてもいいことないですよ。飼い猫みたいな名前やめろって?

あーまあそうですよね。妖怪ですから飼い猫じゃないと…

 

「うーん……イチとハチじゃダメですか?」

「あんたは私達を犬と勘違いしてるのかい?」

流石にこれは怒られた。まあ仕方がない。私だって本心で言ったわけではないし…思いつかなかったのは事実ですけど。

あ…これはどうでしょうか?

 

紅香(こうか)千珠(せんじゅ)はどうでしょうか?」

 

まともなものが出てきたことに驚いたのか2人の動きが止まる。

どうやら気に入ってくれたらしい。内心がこれにすると叫んでいる。

 

決まりですね。

「うん、それでいいかな…私が紅香で…」

 

「私が千珠だね!」

 

決まりですね。

「お姉ちゃんにしては意外だね」

 

「こいし、あなたよりはマシよ」

なにせこいしの場合発想は別としてセンスがあれなのだ…なんか世紀末のような感じなのだ。多分マッドマックなんちゃらあたりに出せるんじゃないかって言う感じに…

 

 

ふと思いつきで姉妹の心を探る。

精神は安定方向へ向かっている…どうやら名前をつけられたことで自我の固定がうまく行っているらしい。

 

 

「さとりさん、天魔様が…」

 

そうこうしていると、部屋の入り口の方から文さんの声が聞こえる。

どうやら仕事のようだ。

少し外すとこいしに伝え、部屋を後にする。

 

「文さん、天魔さんはどちらに?」

 

「えっと……私の部屋にいます」

 

応接間で待っていた方が良いのに…どうしてそんなところに行くのだろう。

まあそう言う方だからとしか言いようがないけれど彼女は自我を持っているわけではないからなんともいえない。

多分彼女の自我っぽいのを生み出す天狗の総意そのものがそう言う少し常識はずれな方向へ向いているのだろう。

文さんとか椛さんとか基本的には普通ですけれど潜在的なところは今の天魔さんと同じ…

恐ろしや恐ろしやである。

 

文さんに続いて部屋に向かう。とは言っても部屋2つ分しか離れていないんだけどね。

この距離ならむしろこっちの部屋に来ても良かったんじゃないかななんて思ってしまうけど…まあいいや。

 

「失礼します」

自分の所有する建物なのにどうしてこんなこと言わなきゃいけないのかなあなんて思うのは野暮。

引き戸になっている扉を開けようとしたら何故か扉がバラバラに壊れた。

 

「……」

 

「直すって言ったのに……」

 

いやいや、数分で直せるわけないじゃないですか。

そもそも扉壊したんですか⁈こんなバラバラに!

 

 

些細なことですといい文さんが先に入る。少し遅れて入ってみれば、布団に顔を埋めている天魔さんがいた。

ものすごく息遣いが荒いのですけれど…

「……変態?」

「俺は疲れた…だから少しくらい体を休めてもいいと思うんだ……なのに変態呼ばわりはないだろう!」

私の呟きはしっかり聞かれていたらしく睨んできた。怖いからその顔やめてください。

「落ち着いてくださいよ天魔様」

「そうだな…悪かった」

よくよく見れば、天魔さんの服はボロボロで、サラシも外れているのか胸が服を押しのけている。

少しと言うか…ものすごく目のやり場に困るあられもない姿だ。

というか服をサラシ込みの状態にしていたためかすごくギチギチになっている。

サラシが外れた時点で服の固定を緩めると思ったけど…あ、服の固定具が壊れて緩められないのですか。ご愁傷様。

 

「さとり、どうして哀れみを含んだ目を向ける?」

 

「……胸が哀れだから」

 

「失礼すぎないか⁈流石に俺も怒るぞ!」

すいません。少しふざけすぎましたね。

「……着替えましょうか」

一周回って落ち着くと、天魔さんの顔が少し赤くなっていることに気づく。やっぱりあの格好じゃ羞恥心が刺激されるのだろう。

 

まず何かする前に着替えさせた方が良い。

確か客間は浴衣がいくつかあるはずだけれど…文さんが使っちゃっていると体型的に合うものがない気が……やっぱりない。

仕方がないので隣の部屋に行き一枚回収してくる。

その数分の合間に、天魔さんは服を脱ぎ、なぜか全裸待機していた。

反射的にドロップキックを顔面にねじ込んだ私は悪くない。

しかも子猫ちゃんカモーンとかわけわからないことほざいたので追加で蹴りを入れておいた。

完全に心配した私がバカだった。

そしてどうして顔を赤らめる。裸で恥ずかしいならさっさと服を着てください。

 

「さっさと浴衣着てください。後下着はどうしたんですか?」

 

「戦闘中に破れたから捨てた」

じゃあ仕方がない。

流石にそう言う事情があったのならあれです…ずっとつけてないなんてことがなくて良かった…

ってそうじゃなくて戦闘中に下着だけ破れるって一体何があったのですか!それ絶対周囲で戦っていた天狗とか敵さんとか気まずくなりますよね!

「破れた時は周囲の空気が止まった気がしたわ」

 

「でしょうね…」

なんだか天魔さんってあれですね。◯ラブる体質ですよね。

 

「まあそれは置いておくとして…まあ座って話そうや」

 

そうですねと天魔さんの前に腰を下ろす。

少し離れていた文もすぐに隣に座ろうとこちらに来たが、床に散らばっている扉の破片に足を引っ掛けた。

 

 

「いったああああああああい⁈」

転びはしなかったけど、バランスを崩した文さんは壁の角に足に小指を思いっきりぶつけた。甲高い悲鳴が上がる。

 

大丈夫ですか?ものすごい勢いでぶつけてましたけど…しかもすごく痛そう…

「大丈夫ですか?」

のたうちまわる文さんをなんとか止める。部屋の中は土足厳禁だったから余計痛い。

「い…痛いです…」

運がないと言うか…何というか。

地味に痛いですよね、それに下手すると痛みがずっと続きますし…

気の毒だとは思うけれど…仕方がない。

「おいおい、射命丸大丈夫か?」

 

「だ…大丈夫です……」

大丈夫そうには見えないのですけれど…

 

「…痛みがひかないようなら後で診察してもらいなさい」

椛さんは応急処置上手ですからなんとかしてくれますよ。まあ…流石に折れてるってことはないでしょう…多分。

 

「舐めればいいんじゃない?」

 

「天魔さん、次ふざけたこと言ったらその口を縫い合わせますよ」

舐めたって治りません。

「冗談だってば、取り敢えず真面目なことを話し合おうか」

 

ようやく真面目になってくれたようです。

真面目になるまでにものすごく疲れたのですけれど…

 

「とりあえず追っ払った事には追っ払った。なんか…癪に触るんだけどな」

 

「私は無関係ですよ?」

 

「それは射命丸から聞いてるから分かっている。だけど何故か椛は傷だらけになってるし、お燐ちゃんも包帯巻いてたよなあ…」

 

うーん…まあ、2人の不祥事は監督役である私の責任です。黙って頭を下げることにしましょう。

「いや、怒ってるわけじゃないんだ。ただ…確認したかっただけでな…うん、取り敢えず2人の面倒見てくれてありがとな!」

 

頭を下げられるのは想定外だったらしい。よくわからないけど…丸く収まってくれたのでよしとしましょうか。

「ところで、一応追っ払ったと言うのは?」

 

「なんか…第2弾出動けってーいみたいな?」

 

そんな軽い感じに言っても事態が好転しているとは思えない。

「……諦め悪いですね」

 

「そうなんだよねえ…だから紫に頼んだ!」

でしたら出撃前に蹴散らされてますね。でもわざわざそのことを言うためだけじゃないでしょう?

どうせ手伝ってとか言うんでしょう?今回はある程度安全が確保できるからとかなんとかで…

「こいつらに指示を出しているお偉いさんを見つけてボコボコにしたいから手伝ってくれって……紫が」

 

「じゃあ紫自身がこっちに来るべきです。それが道理というやつですよ」

私に頼むなら本人から直接話しを通すのが筋、いくら友人でもここは譲れません。

「だよなあ……俺もそういったんだけど取り込み中でな…」

 

「なんかあったっぽいですね」

 

「狐が病気で看病が忙しいとかなんとか言っていたぜ」

なるほど…それでですか。

たしかにそれならあまり彼女の側を離れるわけにはいきませんね。

それにしても藍さんが病気ですか……

 

 

その後も少しだけ話し合いその日はおかえりいただくことにししてもらった。勿論文さんと椛さんも引き連れてだ。

護衛の1人や2人来ているかと思ったけれどそう言うことはなく、三人だけで帰って行った。

多分地上のゴタゴタで忙しいのだろう。

私も後で様子を見に行くことにしましょうか。

 

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん戻ってきた」

 

紅香と千珠がいる部屋に戻ってみれば、何故か服が散らばっていた。

しかもこの服…私とこいしが持っているものばかりだ。

 

ふと、姉妹の方に視線を戻せば顔を真っ赤にした紅香が私の視界から逃げようとしていた。

「……こいし、あれあなたが着せたの?」

「そうだよ!」

 

笑顔で悪びれることなく答えるこいしの背中に肘打ちを叩き込む。

女子が発しちゃいけない声がしたけど気にしない。

だってこいしが着せたのは…黒歴史の産物なのだ。

袖口はふんわりとしたフリルで飾られた黒いワンピース型の服。その上から白いエプロンが重ねてあるその姿は間違いなく給仕人服。

それもふざけて作ってしまったものだ。

 

確かこいしがメイド服を見てみたいとか言ったから私が1着作ったものを…なんか地味とか言って私と一緒に改良しまくったゲテモノ品だったはず。背中の部分はワンピースの下に着ているシャツが見えるように大きく開かせてあるし…色々と魔術式が組み込まれているからやばい奴だ。

 

「恥ずかしいです!見ないでください!」

 

「可愛いじゃん!お姉ちゃんにも見せてあげなよ!」

 

「そうですよ!お姉様似合ってますから」

布団を被って隠れてしまった紅香を千珠とこいしが引っ張り出す。

 

まあ確かに似合ってないわけではないのだけれど……

これでその髪の毛を三つ編みにして丸メガネをかければどこかのやばい戦闘メイドになりそうです。

実際、服に仕込んだ魔術式を発動したらそれっぽいことできますし…

まあこいしにしか使えないので意味ないですけど…

 

「完全に自尊心やられてるじゃないですか。離してあげなさい」

 

「はーい……」

 

聞き分けが良くて助かりました。って千珠はいつまで燕尾服来てるんですか?もう十分でしょう…

 

 

「気に入ったのですが貰っても良いですか?」

 

「え……まあいいですけど…」

 


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