いつも物事は私の関与しないところで勝手に起こり、私を巻き込みにかかる。
天魔さんから、一枚の招待状を貰った時真っ先に思ったのはそんな事だった。
理不尽…ええ、理不尽ですよ。
内容はと言えば…地底と妖怪の山の友好関係をアピールしたいから宴会をしたので是非来てと…と言うか来てください。という内容のことが天魔さんらしからぬ程の装飾された言葉で書かれていた。
多分これ天魔さん名義ですけど大天狗が書いたものだろう。
本人に書かせれば良いのに…でもこういう業務的なものはある程度型が決まっていますからね。
返事はもちろんしておいた。
個人的に天魔さんに向けての手紙としてですけれど…
『行くから待ってろ』と一言だけ。
ちなみにヤクザかと手紙で説教された。
説教されたけど辞めるつもりがない。そもそも手紙なんていちいち書くより直接言いに行った方が良い。それを言ってしまったら本末転倒ですけれど。
いずれにせよ、向こう側は古明地さとりを何に使いたいのかが問題になってくる。
友好関係とは聞こえは良いけれど実質他と仲良くするのを控えてくれと暗に警告してるようなものだ。
絶対地底にある産業を独占とまではいかないけれどある程度有利にあやかりたい…そんな政治的魂胆だろう。権利を独占しようとしないのはこの前の会談で私が紫に近い位置に居たからか、天魔さんが口利きをしたのか。真偽はわからない。
政治的なやりとりは嫌い。だけど私の立場上どうしようもない。ジレンマで心が壊れそうです。
「……勇儀さんに全部お願いしたい」
本音がほろりと溢れてしまう。
でもそれを本音だと思った人は1人もいなかったようだ。なんだか悲しいやら嬉しいやら複雑なものです。
ただ、変わってくれるのであれば勇儀さんに全部譲って私は地上でのんびり隠れて過ごしたい。
正直私がいなくても十分地底は回っています。うん、私絶対要らない。
そんな事を思っていれば、いつの間にか私は勇儀さんと合流しようと歩き出していた。
不思議なもので彼女がどこにいるのかというのは分かっていなくても会いたいと思った時には大体出会う。
そう…普通に出会える。
ただし……
「お、さとりじゃねえか!」
ただし、酒を飲んでいることが多いけれど。
さっきまで飲んでいたからかものすごく酒臭い。どれ程の量を飲んでいるんですか……
それでも思考回路自体はしっかりしているのが鬼。多少性格が変わったり絡み酒をしたりするようにはなりますけれど根は良い人ですから酒に溺れてなければまだ大丈夫。
だけどまた居酒屋に入ろうとするのはやめてください。
話というかお誘いがあるんですから…って私まで連れ込まないでくださいよ!
あ、では個室願いできます?ちょっと大事な話あるので。
酒が入らないと真面目な話を聞く気力にならないと言われてしまえばもう抵抗する事も出来ない。
せめてもの抵抗として邪魔が入らない個室にしてもらうことにした。
なんか部屋代が余計にかかるらしいですけれど仕方がない。必要経費という事で私が払いますよ。
勿論自腹ですよ?
「それで、私に話っていうのはなんだい?」
席についてしばらくは普通の会話が続いていたものも、お酒が運ばれてきてしばらくすれば、勇儀さんの方から切り出してきた。
お酒を飲みながら大事な話って言うのも鬼ならではで新鮮。少し疲れますけれどね。
「実は天狗から宴会に誘われましてね。出来れば勇儀さんも一緒に行きませんか?」
「お!いいじゃんいいじゃん!久し振りに山の連中とも会える訳だな!」
食いつきは良い。まあ宴会楽しいですからね。何も知らないうちはですけれど…
「地底代表として呼ばれたのですが…正直私が行く意味が無いような気がするので勇儀さんに代表を代わっても?」
「あたし?そりゃ無理だろう。向こうだってさとりが代表って認識なんだろうしあたしは政治的な事は拳で解決する派だから多分無理だぞ」
いや自覚あるなら少しは拳以外も考えましょうよ。普段から何かやろうとするときはなるべく話し合いで通してるじゃないですか。
「天狗の長…ああ天魔じゃない奴らな。あいつは話しやすい。問題はその周りの大天狗、あいつら頭固いし考えも保守的な奴らが多いから面倒なんだよ」
それは同感です。ですがどうしようもないんじゃないんですか?
保守的と言っても自分の利じゃなくて妖怪の山の利を優先する方達ですから決して悪いわけではないです。
「石頭は認めますけど私だって飾りだけの主やってるのは嫌なのですよ」
「いやいや、さとりは飾りじゃねえよ」
え……飾りですよね?
だって基本的に私いなくても会議回りますよね?
だけれど私の疑問にため息を吐いた勇儀さんがお酒を飲みながら話し始めた。
「あのなあさとり。あんたが一番人を動かすきっかけを作っているんだ。あたしらが集まったところでどこに何をさせればうまく行くってそこまで考えられねえっての」
うーん…マニュアルでも作っておいたほうが良いですかね?
一応設備のマニュアルは作ったのですけれど…
まあマニュアルばかりで臨機応変に動けないのは最悪ですけれど。
あ、却下ですかそうですか。
「それに向こうだってさとりに来て欲しいんだろ?」
「その方がまだ話がわかると思われているからでしょうね。それに…鬼じゃない分こちらが上であると意識させやすいとか」
また面倒な奴らだなあと勇儀さんは呆れる。
だけど一緒に行くのは了承してくれました。おかげでなんとか1人で面倒な裏方に引き込まれるのは回避できそうです。
って勇儀さんまだ飲むつもりですか?もうやめましょう?え…飲み直し?いやいや、お店だって迷惑ですよ。それ5本目ですよね?真面目な話するときは飲むペースが早いのは理解してますけど…私に酒を押し付けないでください。
個室だから他の客に絡めなくてつまらないからせめて私に絡ませろと……嫌だと言い切れないのが辛いです。
あ…ここって珈琲あるんですか?珍しいですね…じゃあもらいます。
「おいおいなんでそんな泥水なんか…」
「最近中毒になっているみたいでしてね…やめられないんですよ」
苦いのが好きってわけではないけれど…どうしても飲まないと落ち着かないのだ。それを伝えれば訝しげな目線を胸に突き立てられた
痛いですからそんなもの刺さないで。
それに苦い泥水でも砂糖を入れれば……あ、私は砂糖とか入れてませんよ。
「まさかまた仕事のしすぎか?」
「17時間くらいまだ普通ですよ?」
そもそも書類に目を通したり製作したりする程度…単純作業に近いので思考を別の事に使えますし。少し体を動かせばそれなりに続けられますよ?空腹とか眠気を感じないこの体だと時間が経過するのに気づかない場合が多いですし。
「エコーに頼んで強制的に休ませてやるか…」
「面倒なことを……」
「さとりの身が心配なんだよ。最近エコーの奴もまた仕事が少なくなったとか言っていたのはそういうことか」
へえあの子そんな事言っていたんですか…
今度広報活動に出して主です感出させておいた方が隠れ蓑になりますね。辞めれないのならせめてそうさせてもらおう。
ゲス?違いますよ。
宴会の日の当日、旅館を兼任する我が家に天魔さんが舞い降りた。
毎度のように突風を伴ってやってくるから家の周りは台風でも来たのかと言うくらい荒れてしまう。
いい加減やめてほしいのですけれど本人曰く発生する風で服を翻したいのだとか。
最低な発想だとは思うけれど対処のしようは幾らでもあるので怒らないでおいた。
だけど家の周りをこうも荒らされると…片付けが大変なんですよね。
笑顔でやってきた天魔さんの頭を私とこいしの蹴りが襲う。
女の子がするようなものではない潰れたカエルが鳴くような声を上げて後方に吹き飛ばされた。
もちろん傷が残らないようにしましたから大丈夫ですよ。
一緒に飛んできた大天狗達もこちらには突っかかっては来ない。
10割天魔さんが悪いんですから仕方がない。
ちなみに傷にならない程度で殴ったので勿論対処されたのは言うまでもない。
「なんだよ。危ないじゃないか」
「危なくしてるんですよ…それに毎回言ってるじゃないですか。突風起こさないでくださいって」
「だって下着見たいんだもん」
だもんじゃないですよ!後こいしは残念でしたって下に履いたズボンを見せびらかさないの。
ほら天魔さんショック受けちゃってるじゃないですか。
こんな事でショック受けるのもどうかと思いますけれど。
「なんだその服……こんなのあんまりだあ!」
兎も角宴会の会場まで行きますから案内してください。
天魔さんの肩に手を回し担ぎ上げる。
大天狗さん達も手伝ってくれてようやく復帰できた天魔さんがフラフラしながらも案内を始めた。
やれやれだ。
「お、なんだもう到着したのか?」
玄関の騒ぎを聞きつけた勇儀さんが縁側から回ってきた。
時折道を塞ぐ瓦礫を蹴りで粉砕しながらやってくる。軽い蹴りで何処からともなく飛んできた木が粉になるのは本当に怖い。
「お、勇儀じゃん」
彼女の姿を見た途端驚いてその場で動けなくなった大天狗2人とは違い、天魔さんは平然を装って話しかける。
内心は少し怖いだろうけれどそこまで怖いというわけではいと言うのをちゃんと理解しているだけあってまだ良い方だ。
「私もいるよう」
勇儀さんに続いて家から出てきたのは萃香さん。鬼の四天王2名の登場に大天狗達が慌てて地面にひれ伏す。
一体何をしたらこうなるのやら。
「さとり殿これは一体…」
大天狗の1人が側にいた私に訪ねてくる。
「宴会に行きたいと申しましたので…一応そちらにも連絡をしたはずですけれど」
「いや、そのような情報は上がってきていないが」
「おかしいですね…人的過失でしょうか?」
私はもちろん送ったはずですよ。2人が来るってちゃんと手紙に書いて…そちらの方で手違いでもあったのでしょうか?いずれにせよ情報が共有できていなかったのは辛いですね。
「ま…まあ余裕を持たせてありますから多少は大丈夫です」
「良かったです。ダメと言われたら私だって無事で済むかどうか分からなかったですから」
ええほんと…ここまで来てダメなんてことになったらあの2人宴会に突撃して戦争をおっぱじめますよ?
それはそちらも嫌でしょう?
こんなところで立ち話もあれですし…天魔さん早く案内してください。
「おっと、わかったわかった。それじゃあ行こうか」
どうして私を抱きかかえようとするんですか?嫌ですよ?だからと言ってこいしを抱きかかえて連れて行こうとしないでください。そもそもこいしは今回呼ばれてませんよね?
え……今連れて行くって決めた?そんな無茶な…
流石にそんな人数増えるのが無理だと大天狗たちに宥められようやく諦めてくれました。やれやれ……
ってこいし?一般参加で行く?まさか最初から行くつもりだったの?
「だって私にも一応招待状来てたもん」
「いやそれお空の招待状じゃないの」
一応お空にも招待状は来ている。
理由はよく分からないけど多分灼熱地獄の管理をしているからだろうとのことだ。だけどお空は宴会に興味がないから辞退していたはず。
「私だって宴会行きたいもん」
「分かりました…じゃあ一緒に行きましょこいし」
「うん!……天魔さん抱きかかえるのは間に合ってるから」
「ショボーン…こいしちゃんにまで言われるなんて…」
「帰りは抱きかかえるか負ぶってここまで連れてきてくれる?」
「喜んで!」
流石こいしね。天魔さんの扱いを心得ている。
私は面倒なのでそういう時は黙っておくか頭を撫でるだけにとどめておくのですけれど。
それにしてもと周囲を見渡す。
このメンバーが集まって飛んでいたら妖怪百鬼夜行…夜じゃないけれどこの面々だと昼でも夜みたいな恐怖を生み出してしまう。
なにせ人妖に恐怖と畏怖をもたらす鬼の四天王2人に妖怪の山を治める天魔とその側近である大天狗。ふむ…大変ですわ。
え?私達ですか?
多分あまり目立たない存在になれるんじゃないんですか?ここの面々の中では一番知名度低くて忘れかけられていますし。
「ねえさとり、まさか自分が無名だと思ってる?」
「実際無名でしょう?天魔さんみたいに何か表立ってしているわけではないですし」
「むしろ俺よりあんたの方が有名だぞ?」
それは一体どういう事でしょうか…私自身そんな気はしないんですけれども
「そういやあさとりの噂って結構耳にするよな」
そうなんですか?
でもほとんど事実と違っているかねも葉もない噂の塊ですし二ヶ月もすれば消えていくようなものなんじゃ…
「妖怪の山や地底を裏で支配する妖怪とか、人間を守ったり守らなかったりする結構気まぐれなところが多い妖怪とか」
しかも私の容姿も何故かもうちょっと大きくて美人さんのような噂まであるのだとか。
まあ最後の噂に関しては鴉天狗2名が故意に流したものとみて間違いなさそうですけれど。
……あ、そういえば……
宴会と言えば大体は異変解決後に行われる宴会を想像することが多い。
実際そっちの方が有名…まあ私の中ではだけれど。
だが妖怪だけの宴会の方が圧倒的に数が多い。と言うか人間の宴会にこっそり紛れ込んだでは人妖合同とはいえない。
結論、人と妖怪じゃ関係が最悪レベルです。
ちなみに妖怪である私やこいしは人間の主催する宴会の方が参加回数は多い。といっても片手で数える程度ではあるが…
「……活き活きしてるのは良いことですがどうも疲れます」
宴会場について少しの合間は私やこいしの周りにも人ができていた…というより鬼の四天王がいることにびびって全員私たち姉妹を半分盾にしていた。
勿論、そんな小細工通用するはずもなく大半のヒト達は鬼に連行されていった。
後で絶対恨まれるやつですね。
もちろん私は恨まれようが嫌われようが構いません。それで勇儀さん達に向かう感情が消えてくれるのならそれで良い。
私と違って2人は些細なすれ違いが原因なのだ…それをいつまでも引きずっていたら可哀想で仕方がない。
結局、鬼に連れていかれた人達を除けばかなり数が減った私の周りは、テンションが高く誰とでも仲良く話せるこいしのほうに人が集まり私は1人静かに過ごすことができているというわけだ。
勿論私が支配者だと知っている大天狗や、何故かベタベタ付き纏ってくる天魔さんは周囲にいる。
だけど少し鬱陶しいというか…天魔さん以外は結局私の肩書きに寄っているだけなのである意味邪魔。
別にそれが悪いというわけではないが私個人を見る気がないヒトばかり。そのようなヒトと一緒にいようなどと思わないのは当たり前なこと。
まあそんな捻くれを起こしているから私はいつまでたっても嫌われていたり恐れられていたりとあるのでしょうね。それもどうでも良い話か。
しかし体質上酒が飲めないというのは辛い。
正直ここで飲んだら絶対変なことにしかならないから仕方がないとはいえど…うむむ。
裏方に行こうかなあ…なんで来賓が裏方回ってるんだって大問題になりかねないし天狗の面子丸潰れになるからやめておきましょう。
「本気でそろそろ帰って良いですかね…ある意味これ苦行なんですけど」
「そう言わないでよ。これから色々と用意しているのにさ」
それってあそこでやってる模擬戦のようなものですか?私は別に戦いとかそういうのは好きじゃないし観戦も興味無し。
弾幕ごっこならまだしもあんな血生臭いもの見て楽しいですか?
まあスポーツとしてならまだ分かるのですけれど。
「お姉ちゃんお姉ちゃん!」
私の背中にこいしがのしかかって来ようとする。だけど声を出すから直前でバレる。
こいしの腕を掴み背負い投げの要領で前に放り投げる。
「グヘッ‼︎」
地面に叩きつけられたこいしの腕をそのまま捻って関節技を決めておく。
「いだだだ!お姉ちゃんギブ!もういいからあ!」
「ごめんなさい。背後に回られるとつい癖で…」
「こんな癖のあるお姉ちゃんなんて…夕食抜きの刑でぁ…」
まあそんな事は置いておくとして…急に私のところに来るなんてどうしたの?
「お姉ちゃん!あそこでやってるあれやりたい!」
地面に倒れたままこいしは模擬戦の行われている壇上を指差す。
あれをやりたいの?でも周囲に被害が広がらないように力の制限とか厳しいわよ?
絶対こいしは力の制御を忘れてあそこをめちゃめちゃにするわ…
「大丈夫だよ!壊さないから」
そうして妹の僅かな違和感に気づく。
まさかと思うけれどこいし…貴女。
「ねえこいし、貴女何飲んだの?」
「え?鬼ごろしとか言う奴…」
ああ……手遅れだ。
こいしは酒にはある程度強いものの最初から鬼ごろしを飲むなんてアホな事を…量が少ないからお酒の匂いがあまりしなかったので気付きませんでしたがこれは相当酔っている。流石鬼ごろしと言うべきか。
こうなるとこいしは止まらない。やると決めたらそのまま爆散してもやり遂げようとする。
ある意味からみ酒より面倒である。
「仕方ないわ…もういいわよこいし。いってらっしゃい」
こうなってしまったら私がどうこう言ったところで止めはしない。逆に破壊の矛先がこっちに向かう可能性だってある。こいしを相手にすることになったヒトには悪いですけれど気を強く持ってください。
「わーい!」
駆け出していくこいしの背中を目で追いながら天魔さんに謝る。
「ごめんなさい天魔さん…壇上、粉砕します」
「構わんよ。どうせ終わったら取り壊すものだ。それが早かれ遅かれ大した違いはない」
あはは……片付け手伝います。
気を使ってくれたのだろうがその目には不安が灯っていた。
あの壇上は並みの妖怪が大暴れしても壊れないように結界や素材強化で相当頑丈にしてあるはずだ。それをいとも容易く壊しますなんて言われればそうなるだろう。
だけれどそれは仕方がない事なのだ。
それに勇儀さん達が本気を出せば壊れてしまうのは目に見えている。
つまりこいしが壊さずともアレが壊れるのは目に見えている。そう…私が勇儀さん達を連れてきた時点で…
途端に人々の喧騒が大きくなる。
その騒ぎの中心を覗こうと背を伸ばしてみれば、丁度先ほどまで話題に上がっていた壇上がある方向。やれやれ、あまり目立たない方が良いというのに。
それにしても壇上に上がったのが…狼娘さんとは驚きです。
普通天狗や河童辺りが出てくるものだとばかり思っていました。
そういえば鬼も出るのではと思い周囲を見渡すが連れてきた2人は珍しく観客に徹していた。
どうやらあまり力を見せつけたり暴れたりするのは流石に控えるつもりらしい。
その分普段より飲むペースが早いような気もしますけれど本人のことは本人が一番わかっているでしょうから大丈夫。
それは置いておきましてこいしはどこで道端の草を千切っているのかと思えば、いつのまにか壇上に上がっているではありませんか。
もう少し常識的な入場をしないのかと疑問に思うも常識的な入場ってなんだろうという問いに詰まってしまう。
私が分からないのに彼女にその問いの答えが分かるはずもない。なるほど…ならば仕方がないとも言えてしまう。
しかし闘いの前だというのにあそこまでの清々しい笑顔…ある意味怖い。
あれでは狼娘の方がかわいそうだ。ああ…やっぱり怯えちゃってる。
でも見た目が自分より幼いからなのか少し油断していますね。
あ…動きました。
最初に動いたのはこいし。服の袖からいくつもの剣を引っ張り出してぶん投げる。
もうそれだけで危ない事この上ない。
狼娘さんも必死に避けましたけれどそのうちの一本が腕に突き刺さり肉を貫く。
うわ…あれは流石に痛いですよ。それに壇上も剣のせいで針山になってしまっているし。
ふと天魔さんを横目で見れば顔が引きつっているのが目に見えた。
目線を戻せば、狼娘さんが必死で降参していた。
まあ…懸命ですね。あれ以上行ったら命掛けになりますよ。
壇上を見ているヒト達が一気に囃し立てる。
酔っているから仕方ないとはいえこれ以上は危険なんですけれど…だってどう考えてもそうだろう。しかし命知らずも多いものですね…
天狗が1名壇上登ってるんですが…あれ大丈夫なんですかね?
まだ若い少女ですが相当気が強いようです。それに喧嘩早そう。
「天魔さん、あれ大丈夫なのですか?」
若いから怖さを知らないようですけれど…それは生きていく上で最も危険な事なんですよ。
「まあ…大丈夫だろう。あれでちょっとは理解してくれるだろうし」
教育のために妹を危険なことに巻き込むのやめてくれます?
もう今更なんですけれど…
じっと壇上に登った天狗を観察する。
天狗の速さを生かせばあの剣の嵐は避けられるとでも思っているのでしょうね。でもあれはこいしの本領じゃない。多分かっこいいからやっただけだ。
天狗相手となれば対応も大きく変わる。
こいしより先に天狗の方が動く…
こいしが魔導書を開き魔術展開。あれは…氷属性の魔術。
壇上が完全に凍ってしまう。
うわ…冷気がこっちにも来ましたよ。寒い寒い。
天魔さん毛布…ない?じゃあその羽に潜らせてください。
「……幸せ」
「今だけです…それに…」
案の定、あの天狗は足を氷漬けにされて動けなくされていた。
速度に頼りっきりになると動けなくなった瞬間弱くなる。
短刀を両手に持ったこいしがゆっくりと近づいていく。
それは彼女から見ればお迎えにやってきた死神と言ったところだろう。効果覿面なのかは知らないが完全に気を失ってしまった。
2連続でこいしの攻撃に耐えた壇上だが氷が張ってしまいしばらく使えそうになさそう。
だがこいしはあれだけでは満足できなかったのか氷を炎で溶かし始めた。
びしょびしょに濡れているけれどなんとか元に戻った壇上でこいしがふらふらと回り出す。
先ほどの戦いで多くの者が戦意を失ったのかその場で縮こまっっている。
唯一闘争心を燃やし始めたのは…鬼2名。
そのうちの萃香さんが壇上にジャンプした。
ああ…こりゃ逃げた方が良いですね。
今のうちに避難避難っと…天魔さん後ろ下がりますよ危ないですからね。
私達が後ろに下がり始めたのとほぼ同時に巨大な爆音と衝撃波が通り抜けた。
始まってしまいましたか…しかしもう少し周囲に気を配ってくださいよ。
近くで見ていた人達が何名か衝撃波で飛ばされていきましたよ?
そんな私の内心をしってか知らずか、さらに複数回の爆音と煙が上がる。その度に何人かがまとまって吹き飛んでいく。
早速修羅の宴会に変わってしまった。もうどうしたらいいのやらと頭を抱えるしかない。
それでも少ししたら音も衝撃波も小さくなっていった。
だがその代わりに戦いの跡が上に上にと伸び始めた。
降りて来なさいよ2人とも。
衝撃波が上空に逃げていくので助かりますがいつまでも飛んでいたら壇上の意味がない。
そもそも鬼の拳を衝撃波が発生するように耐えきるなんていったい何をしているのやら。私には絶対できない。私の場合は力の方向をずらして直撃を回避するだけ。多少真空波ができることはあるけれど衝撃波までは生まれない。あれは拳が硬いものに接触して発生するものだ。
多分こいしは魔導書の収納に収めたものを利用しているのだろう。
一体何を入れているのやら……
とかなんとか愚痴を口の中に溜め込んでいたら隕石が空中に発生した。
正しくはこいしあるいは萃香さんが真下に向けて本気で叩き落としたのですけれど。
完全に隕石のように赤くなってしまっている。
あれは赤い彗星…いや違いますか。
再び爆発…それと同時に耐えきれなかった壇上が粉々に粉砕され破片を周囲にまき散らした。
「あーあ……」
「すいません監督不行届で…」
「さとりのせいじゃないよ」
それにしてもここまで破片が飛んでくるとは…よく飛びますねえ……
勝負はさっきので片がついたのか辺りは水を打ったように…とまではいきませんが静かにはなってくれた。
うーんでもあれを見たところ決着付いてませんね。
撃ち落とされたのはこいしですがなんとか防御できたみたいですし…あ、でもこいしが降参しましたね。まあ勝ち目ないですから…潔いといえば聞こえはいいですが萃香さんは…満足そうな顔してますし大丈夫ですね。
それに……もうこれでこいしに絡もうとかいう阿保もいなくなるでしょう。ええ、大丈夫……
だからそこでサインくださいみたいなことをしようとしている鴉天狗とか弟子にしてくださいとか頼もうとしている白狼天狗は直ぐに引っ込みなさい。
ダメですよ!絶対ダメです!
後萃香さんもこいしを売るようなことしないで…
こいしだって困惑してどうしたらいいかわからなくなっているじゃないの。
「おうおう、いい感じだねえ」
「……地底との親交が深まれば良いとか思ってるでしょうけど…こいし相当嫌がってますよ」
あの子は誰かに何かを教えたりなどは苦手だし好きじゃないのだ。
と言うか嫌いらしい。仲良くなる…対等に近い関係以外を彼女は嫌う。私も嫌いですがこいしの場合は私よりずっとずっと嫌いなのだとか。
ルーミアさんに戦いの基礎を教えてもらった時は右も左も分からない時だったからまだそこまで嫌ではなかったしルーミアさんも誰かに教える師弟関係というより友人同士で教え合うに近かったから大丈夫だったのだろう。
「じゃあさとりやってくれる?」
「私がですか?」
面倒なんですけれど……そもそも人に何かを教えるなんて下手くそだから飲み込みが良い子ぐらいしか分からないですよ?
「さとりは教師とか教える側の方が得意だと思うんだけどなあ……」
「貴女の思うんだけどなあは信用できそうにないんですけど」
「まあまあ、騙されたと思って少しだけ……それにここでこいしが断っちゃったら関係良くならないもん。さとりが代わりに教えてくれるっていうのならみんな納得するよ」
完全に向こうの空気に乗せられましたね…仕方がないです…ここは私が折れるとしましょうか。
結界が張られるまで後85年