宴会から数日が経ち、私は白狼天狗さん達の前に立っていた。
結局、白狼天狗達の対応に困ったこいしは私の元に飛び込んできた。
そこで天魔さんとまた一悶着あり、なんとか私が色々と教えることになった。
そこまでの経緯?それだけで大変面倒かつ私の負の記憶をこじ開ける事になりますからそれ相応の代価をもらいますよ。
等価交換ってやつです。
「えっと…そんな固くならなくても良いのですよ」
「いえ!白狼天狗たるもの、ご教授してくださる方にはこれが通常であります!」
完全に軍隊式じゃないですか。私には荷が重いです。ええ、これはまずい…いや戦闘という点では良いのですが私は別に軍隊とかの戦い方なんて知らないし教えられない。
どうしたら良いでしょうか…って答えてくれる人なんているはずないですよね。
ああ…仕方がない。
「そうですね……私は別に個々の戦い方にああだこうだ言える立場ではないので…防衛戦のやり方でも教えましょうか」
防衛戦と聞いてその場にいた白狼天狗達が首を傾げる。
なんで現場に出る白狼天狗達が理解していないんですか。
おかしいでしょ!まさか上層部だけが全貌を知っていて戦場の兵士はどこで何をすれば良いかは聞かされているけれどそれがどういう結果をもたらしているのか知らないというのですか⁈
それに個人戦闘の基本なんて私たちは感覚でやっているから当てになるはずがない。
最悪、弾幕を使った動きの牽制程度は教えられますけれど。
それじゃ満足しないだろうから戦略を教えることで逃げようとしたのに…
「殆ど座学のようなものですから…取り合えず座りましょう」
えっと…黒板は…そんなものあるはずないですよね。勿論それに似た板は持ってきましたよ?
用意は周到。これ基本ですからね。
「まずは地形を生かした防衛戦術…といってもこれは最初に接敵する白狼天狗達のみが行ういわば時間稼ぎ。敵の進行速度を落とすための戦闘ですから必ずしも撃滅したり無理に突っ込む事はないです」
実際何名かは無理に突っ込んで痛い目見ている方居ますよね。ええ…そこのいかにも歴戦っぽい傷まみれの方とか…
それ誇れるものじゃないですから。そもそも防衛計画に則ってしっかり後退すれば普通あんな怪我追いませんよ?
一対一で戦おうなんてしてもむしろ白狼天狗の方が負けますから。
いやサシで戦うの好きなのは知っていますけれど…
後現場指揮がしっかりしないとこの戦闘は崩壊しやすい。
だから崩壊されないように多少は手を加える。
取り敢えずここにいる人数で3倍近い敵が攻め込んできた時にどう動けばいいかを教えましょう。
被害を最小限にとどめながら相手を撤退する程度で良いので損害を与える…防衛戦で理想とされる戦闘ですよ。
取り敢えず教えるだけ教えて…後は図上演習をやってどうにか定着させておくことにしましょう。
はあ……これを後3回も教えなきゃいけないと考えたら頭が痛くなってくる。
それと個別で数人が手合わせしたいと行ってきたからその誘いに乗ることにした。まだ若い天狗達ばかりでしたね。
多分私の事をよく知らない人たちでしょうね。勝てたらみんなに自慢できるしその戦闘力を買ってくれる上の人達がいると思っているのだろう。
まあ実力だけでもある程度上の方まで行った人たちだって普通にいますからその考えは正しいのでしょう。倒せるかどうかは別としてですよ?
だって単調に突っ込んで来るんですからもうどうしたら良いかこっちが分からなくなりますよ。
フェイントかけていいのか真っ直ぐ顔にねじ込んでいいのか…多分あれはねじ込んで良いという事でしたので…まっすぐねじ込みましたよ?
手が凄く痛かったですけど。
でもそれ以降誰も挑戦してこなくなったあたりまだマシだった。
挑戦してきた時はもうトラウマでも植え付けて帰ろうかと思いました。
でもまあ……それ以外は普通にいうこと聞いてくれましたし教える側として楽しかったのは事実ですね。ほとんど図上演習ばかりで体動かしてませんけれど。
「お姉ちゃん最近また家にいる時間減ったね」
こいしが珍しく私の下半身に抱きつきながら訪ねて来る。少し怒っているのだろう……
「色々とありますからね」
最近時間が足りなくなりつつある自身の行動に少し反省しなければならない。
白狼天狗達の教育だけでなく、もう一つ別の案件が浮上してしまったのが痛い。
というのも、聖蓮船の設置位置の問題だ。
位置を間欠泉の通り道のなる予定のところに移転させようとしたら少し揉めた。
というのも、封印指定のものを勝手に動かすなとかなんだとか。何処からか情報が漏れたらしくその火消しが面倒で仕方がない。
それでもあの場所が間欠泉の通り道だと知っているのは私だけなのでまだ安心できる。
それで間欠泉に乗って外に逃げたらどうするんだとか言われたらもうどうしようもない。
そもそも逃がすつもりで移動させているんですよ?それがバレたら終わりですって。
「……お姉ちゃんとの時間を邪魔する奴ら…みんな消してきて良いかな?」
「こいし、そういう考えはダメよ。クレイジーサイコレズなんて誰も得しないから。ヤンデレももちろんダメよ」
「お姉ちゃん意味わからない」
ハイライトの消えた目で見るから怖いのよ!ふざけているのはわかるけれど一瞬本気かと思ったじゃないの!
それにこいしは私によくくっついて来るじゃないの。
「……それで、さとりは白狼天狗達に戦術を?」
「正確には防御戦の時の細かい動き方のみですが、防衛計画の大きな手直し無しに組み込めるというのは大きいですね」
同感だと上官は頷く。
白狼天狗の部下が勝手な行動をしさとりを呼び込んだ時は顔面蒼白で各機関に平謝りだった上官だったが得られたものが大きいからから元からそんな気は無かったのか部下に処分は下さなかった。
多分後者だと思うが…この方の腹の中は計り知れない。
「それでは…後の事は君に任せる」
「お任せください」
結局私に一任か…白狼天狗の頂点の仕事が面倒だからって人使いが荒い。
「そうだった。今度昇進が決まった」
「またですか?」
天狗の社会に肩書きはあまりないものの、戦闘を主任務に行う白狼天狗には珍しく階級が存在する。
一応目安のようなものだから種類による階級とは別のものだが上に行けばいくほどある程度階級がものを言うようになる。白狼天狗独特のシステムだ。
まあほかの天狗が階級に頼らずともそこそこのところまで行こうと思えば行けてしまうから他で普及しなかっただけのようだが。
それが導入されてからこの方はまっすぐ昇進し続けている。
上に食い込む事で色々と変えたいものがあるらしい。それが何かは知らないけれど、かなり大切なものらしい。
だがこの人だけでは不安で仕方がない。誰かが下で支えてやらないとすぐ転ぶからな。
「上の考える事は分からんな」
「貴方が言えた事じゃないですよ。あああ、それとさとり自身から直接貴方へとお届け物があります」
少し驚かせてあげたかったから秘密にしていたもの。と言ってもこの人が驚いているところなんて見たことないがな。
「ほう…柳経由で一体なんだろうな?」
「書類ですよ。ただの書類」
中身は妖怪の山の手前で行う防衛戦とそれに伴う陣地の急速な構築の仕方。今までは山での防衛戦だったのにここまで来てまた珍しいものをよこしてきたものだ。おまけに図解付きときた。
上層部だって知らない…それをさとりは貴方の手柄にして良いと言ってた渡してきたのだ。これじゃあこの方はさとりに頭が上がりませんね。
「ほう……じゃあ柳、お前もこの書類の製作者とするんだ。共同制作だよ。もちろんさとりの名前もな」
「さとりは嫌がりますよ?」
「名前を書かれることがか?どうせ見る人が見たらバレるだろ」
それはそうですけれど…
「それに細かい修正をこちら側でするから何も間違っていないぞ」
全く…人が悪いんだから。
上官の言うことには逆らえない。
「そう言えばさとり様」
昨日ぶりに執務室に来たお空が何かに気づいたようだ。
私はお空につられて昨日部屋を出て行ってから一度もこっちには入っていない。
私が見落としているとは考えたくないけれど何か違和感があったのだろうか?
「お空どうしたの?」
「あそこにあった書類ってどこに行ったんですか?」
そう言って机の端っこを指差す。
確かあそこには…ああ、あの書類でしたね。確かお空にも見せていたから印象に残っていたのでしょうね。
「ああ、あれは柳君に渡しておいたわ」
山以外の場所での防衛網の構築方法、考えるのに苦労しましたよ。この時代に存在する知識では彼らは対処できるようなものではないかだからこそ人類の叡智を借りました。ええ、さすが人類です。
「良かったんですか?」
「良いのよ。あそこにあるより適切なところに送られた方が良いわ」
だって、色々とこの後忙しくなりますからね。特に…彼女達がやって来るとなればそれは恐ろしいことになりかねない。
あれに対応するには山だけの防衛は不可能でしょうね。
他にも人里とか…まああそこは慧音さんがなんとかしてくれると思いますけれど、それでも念の為に色々と手は回す。後は…こっちに攻めて来ることはないと思いますけれど入り口の周りとかはある程度護りを固めなければいけない。
まだ早いけれど動くのは早い方が良い。その方が怪しまれない。
それと…少しでも戦力が欲しいですから…彼女もできればこちらに来てほしい。思い浮かぶのはひまわり畑で微笑みながら…敵を粉砕しようとする幽香さん。
でも幻想郷の外に畑があるせいでこっちにきてくれそうにない。
実際紫も彼女を幻想郷に連れて来たいらしいけれどどうも渋って動かないらしい。
やれやれと思ってしまうが藍さんによれば、私を交渉役に抜擢したいと言っていた。
そもそも紫が頼んでも動かない相手を私がどうにかできると思っているのでしょうか?
ああそう言えば何回かどうにかしてしまいましたね…まあそれは向こうがおかしいだけであって決して私が出たからというわけではいはず…だって私なんて寝ている合間に家ごと破壊してしまえばやられますよ?
うーん…でもどうせ説得してと言われそうですし言わなくても紫の言いたいことは大体分かるようになってきた。主に私に頼む内容ではあるけれど。
「さとり様、お手紙きてますよ」
「ああ…机に置いておいて頂戴。私は話し合いが連続しそうだから少しここを開けるわ」
「分かりました!じゃああの妖精に伝えてきます!」
そう言いだしたお空は咄嗟の制止も聞かずに部屋の外に飛び出してしまった。
彼女にもここを任せようと思ったのですが…記憶力は悪いですけれどそれ以外はかなり天才的ですからね。
チルノと似たタイプですからむしろ私よりこういう支配者系に向いていると思うんですけれど。
あれでレミリア並みにカリスマがあったら絶対彼女が上の立場になっているだろうし。
私がいなくなるなんて事態がまた起こるかもしれないのだ。その為にも私に変わって地底を引っ張っていく子が必要なのだ。
こいしは出来ないとか言っていたし支配者には向かない。私もですけれど…お燐は気まぐれすぎるから向かない。唯一素質があって本人も多少乗り気なのがお空なだけですけれど…
まあいいや…本人の好きにさせてあげる事にする。道を踏み外さない限りですけれど…
どれどれ…手紙の差出人は……
えっと紫?ああ…やはりきたか。なぜ手紙をよこして来るのかよく分からないけれど彼女のことだから気分とか言うのでしょうね。
ええ…どうせ。
話し合いに行く前に少し中身を見ておきますか……
えっと……やっぱり幽香さんの説得か。
何回か失敗したから偶然面識があり話している間の話題に少しだけ浮上した私を利用してと言ったところですね。
そんな事で幽香さんが説得できるとは思いませんが…やるだけやってみましょう。
うん、だって彼女との関係はそれが主体ですからね。
貰った手紙に火をつけて灰皿の上で灰にしていく。
お燐しか使わない灰皿は今まで一度も使われず綺麗なままでしたが…まさかこんなことに使うとは。
確かに灰ですから灰皿で良いんですけれどなんだかおかしな気分だ。
さて、では早めに話し合いを済ませるとしましょう。
あまり遅くしてしまうと紫が怒ってしまいますからね。
それに…早めに彼女にこちら側に来て欲しいのは私も同じですから。そしたら色々と植物の知識とか貰えてプラントの効率も上がりそうですし…ふふふ。
銀用意しておかないとなあ……